それはいわゆる、コラテラル・ダメージというものに過ぎない。作品のための、致し方ない犠牲だ。
本編で、もかちゃんの出番が少なかったので、この世界ではもえかとミケ&シロの立ち位置が異なります。
また、本編で武蔵がどういう経緯であのネズミが乗り込みウィルス感染したのか描かれていなかったので、武蔵のウィルス感染の発端についてはオリジナルとさせて頂きます。
無事に試験航海を終えた天照は再び横須賀の大型船ドックへと戻った。
今回の試験航海では、真霜が手配してくれた福内らみくらの乗員達が乗り込んだが、今後は正式な乗組員達が配置される事だろうと思っていた葉月。
それからすぐに葉月は横須賀女子海洋高校の校長‥宗谷真雪から呼び出しを受けた。
校長室のドアをノックすると、中から「どうぞ」と、真雪が入室の許可をだす。
葉月は校長室に入り、ドアを閉め、軍帽を脱いで脇に抱えて真雪に一礼する。
「広瀬三等監査官参りました」
一応今回の呼び出しは公務と言う事で、葉月は一種軍装の姿で来て、新たに自分に与えられた階級を真雪に言う。
「待っていたわ。さっ、どうぞ座って」
「はっ」
真雪は葉月を応接用のソファーへと座る様に促すと、葉月はソファーへと座る。
「それで、本日の御用件は何でしょうか?」
葉月は早速真雪に今日、自分を呼んだ件について尋ねる。
「その前に先日、天照の試験航海を行ったと聞いたのだけれど、試験航海の結果はどうだったかしら?」
「問題ありません。新装備も全て順調でした」
「そう‥‥実は葉月さんに折り入って頼みがあるのよ」
「何でしょう?」
「横須賀女子海洋高校では、入学式のすぐ後、新入生達は新たなクラスメイトとの親睦を深めると言う事で、二週間の海洋実習を行う事になっているのよ」
「存じております」
「ただ、今年の海洋実習に使用する学校の艦艇が急遽不足してしまったのよ」
真雪の話では、横須賀女子海洋高校が保有する学生艦の内、一隻の艦が高圧缶式の機関を採用している艦なのだが、新入生の海洋実習前の整備中にその機関に不具合が見つかり、長期のドック入りとなってしまったのだ。
とても今度の海洋実習まで間に合わない。
その穴を埋めるために天照を今年の新入生の海洋実習に使用したいと言うのだ。
しかし、実習後はどうするのかと思った葉月だが、その点も真雪は説明をし、海洋実習後は、暫くの間は校舎での座学となり、遠方からの生徒は陸地での寮生活となるので、一先ず今回の海洋実習期間中だけでも天照を借りたいとの事だ。
「宗谷真霜一等監察官はなんと?」
一応、天照は現在ブルーマーメイド所属艦艇と言う事で、ブルーマーメイドの現最高責任者である真霜は許可を出しているのかと真雪に尋ねる。
「宗谷一等監察官は貴女の判断に任せると言っていたわ」
真霜は葉月が断らないと踏んでいるのか?それとも例え葉月が断っても別の艦艇を既に手配しているので、問題ないのか?
しかし、真霜は自分を信頼して、判断を委ねると言ってきた。
本来なら、ブルーマーメイドの現最高責任者である真霜ならば、一言命令するだけで、済むはずなのに‥‥。
(此処まで信頼されていちゃ、期待を裏切る訳にはいかないな‥‥)
「分かりました。そう言う事でしたら天照をお貸し致しましょう」
「本当に?」
「はい‥ただし、二つ程条件が‥‥」
「何かしら?」
「まず一つに、自分を先任士官(副長)としてその実習の参加する許可を頂きたい」
葉月は今度の新入生の海洋実習に天照の先任(副長)として参加させてほしいと真雪に頼んだ。
病院で葉月は真霜に天照をブルーマーメイドに所属させるにあたって天照の指揮権の保持を真霜との取引の中に組み込んでいたからだ。
もしかしたら、真霜が今回天照を学校側に貸す判断を葉月に委ねたのもこの為なのかもしれない。
「あら?でも、貴女は本来天照の艦長じゃ‥‥」
「今度の海洋実習の主役は横須賀女子の学生ですから‥自分はその学生の補佐として参加します」
「分かったわ」
「次に乗員に関して、自分にもその人事権を頂きたい」
「ん?なぜかしら?天照は学生艦で言うと超大型直接教育艦に相当するから、優秀な学生が割り当てられると思うけど‥‥?」
「優秀な学生に関して文句はありません‥ただ‥‥」
「ただ?」
「ただ、天照は通常の戦艦と違ってトリッキーですから、乗員も個性の強い乗員でないと乗りこなせないと思いまして」
「フフ、そう」
真雪は苦笑しつつ葉月に天照の乗員を選出する権利を与えた。
個性の強そうな学生と優秀な学生、その二つの学生達の成績を見ながら真雪と一年生の担当教官との間で話し合うことになった。
そして、校長室に今度の新入生担当の教官が呼ばれた。
「今年度の一年生の指導教官を担当する古庄です」
「広瀬三等監査官です。今度の海洋実習では、お世話になります」
「よろしく。これが、今年の新入生の資料です」
「拝見します」
古庄は今年の入学予定者の成績表と試験時の様子が書かれた資料、志望動機が書かれた履歴書を持って来た。
勿論、個人データ保護の為、履歴書はコピーで住所等は黒ペンで塗りつぶされている。
その中で、まず今回の入学試験の結果を見ると、主席合格はもえかで、なんと次席合格は明乃だった。
(もえかちゃんも明乃ちゃんも頑張ったな‥‥そう言えば、真白ちゃんはっと‥‥)
葉月は続いて真白の成績を探す。
すると、真白は三席で合格を果たしていた。
点数を見ると、もえかの総合評価が100、明乃が98、真白が97であった。
真白のテスト用紙を見ると、最後の問題を含め三つが間違っていた。しかも葉月が指摘した解答する場所を間違えて‥‥。
(真白ちゃん、最後の最後で詰めを誤ったな‥‥)
葉月は真白の答案用紙を見て、真白は最後の方は恐らく問題数も少なくなったので定規を当てずに解いたのだろうと判断した。
それでも三席での合格なのだから、十分誇れるだろう。
主席から三席までの生徒三人の中から天照の艦長にはこの三人に絞られた。
しかし、武蔵の艦長、副長もこの三人の内、二人なのだ。
普通に考えれば、もえかが武蔵の艦長、明乃が武蔵の副長、真白が天照の艦長となるのだが、真白はどうもマニュアルにとらわれすぎていて臨機応変で柔軟な対応に不向きと言う側面が見受けられる。
まぁ、その場合艦長の補佐となる自分が真白を支えればいいのだが‥‥。
それに学校側も主席合格のもえかを武蔵の艦長に置きたい所だろう。
もえかと明乃の仲は葉月も良く知っている。
二人はもう双子の姉妹と言ってもおかしくはないぐらいの堅い絆で結ばれている。
できれば、同じ船に乗せてやりたい所だが、公私は分けなくてはならない。
葉月は古庄との協議の末、天照の艦長にもえか、武蔵の艦長に明乃、副長に真白を当てる事にした。
その後、他の乗組員の割り振りも行われ、天照の乗員はこうして揃った。
「確かに個性的な乗員になったわね」
天照の乗員名簿を目にした真雪は微笑みつつそう呟いた。
葉月が校舎から出ると、受験の時に出会ったあのドラ猫がベンチの上に座って居り、ジッと葉月の事を見ていた。
葉月はまた会えるかなと言う思いからポケットに入れていたパック入りのおやつ煮干しを取り出した。
そして、葉月はドラ猫の座るベンチへと向かい、ドラ猫の隣に腰を下ろす。
このドラ猫にとって人間は見慣れた存在なのだろう。葉月が隣に座ってもそのドラ猫は逃げ出さなかった。
そして、ベンチの上にハンカチを置き、その上に煮干しを乗せると、ドラ猫は煮干しをうまそうに食べ始めた。
葉月は煮干しを食べているドラ猫を撫でていると‥‥
「クシュンっ!!」
入学試験の時と同じように何故かくしゃみが出た。
葉月はドラ猫が煮干しを食べ終え、その場を後にするまでドラ猫を撫でていたが、その間も葉月のくしゃみは止まる事はなかった。
天照の乗員も揃い、その他の学生艦も乗員が決まり、後は入学式を控えるだけとなった横須賀女子海洋高校の生物研究部の部室では数多くの小動物が飼育されていた。
その中の一つ、ハムスターの飼育スペースでは、年始に生まれたばかりの個体が居たのだが、その個体の中には通常のハムスターよりもなんだかネズミっぽい姿をした個体が一匹居た。
しかし、年始は冬休み、その後は入試試験で学校自体がドタバタしていた為、横須賀女子の生物研究部の部員達はこの新種のハムスターの個体の存在には気づかなかった。
それに沢山のハムスターの中に混ざっていた為、部員もそこまで詳しくは見ていなかった事も部員達が気づかなかった要員の一つであった。
そんな中、ハムスターの飼育篭を掃除していた部員が他の部員に呼ばれた際、飼育篭の蓋を閉め忘れたままその場を立ち去ってしまった。
部員が居ない間に、その新種のハムスターは篭の外へと出て行き、横須賀女子の敷地内を歩き回ったが、やがて、桟橋の方へと行くと、入学式会場である武蔵のタラップに乗り、そのまま武蔵の艦内へと入って行ってしまった。
この招かざる客が武蔵に乗艦した事に気づいた者は誰もいなかった。
武蔵に招かざる客が乗艦していたその頃、海上安全整備局の海洋研究所の画面にはあるビーコンの反応が突如現れた。
それは紛れもなく、西之島新島付近の海域に沈められた例の実験艦からのビーコンであった。
研究員達は驚きつつも恐れおののいた。
もし、世間に例の実験の事がバレたら厄介な事になる。
あの時の実験に関わった幹部達は早急な話し合いの結果、密かに実験データを回収した後、実験に使用した実験艦を今度こそ、海の底へ自沈処分させよと命令を下した。
あおつらえむきに今度横須賀女子の海洋実習での集合場所が西之島新島付近と言う情報を手に入れた研究機関は横須賀女子に海洋生物の研究と銘打って今度の海洋高校の際に研究員達を西之島新島へ便乗させる手筈を整えた。
招かざる客と何かの陰謀が蠢く中、横須賀女子海洋高校の入学式が始まろうとしていた。
入学式の日の朝、
明乃は後ろにもえかを乗せながらスキッパーで横須賀女子を目指していた。
なお、明乃の片手には朝食代わりとしてのバナナがあり、彼女はバナナを食べながらスキッパーを運転していた。
「み、ミケちゃん。片腕運転は危ないよ」
後ろからもえかが心配そうに言う。
「大丈夫だよ、もかちゃん。私これでもスキッパーの実技試験で最優秀の成績だったんだよ」
もえかの心配を余所に明乃はスピードをあげ横須賀女子を目指す。
その横須賀女子では明乃同様、スキッパーで来た者、水上バスで来たもので、桟橋は賑わっていた。
真白は水上バスで横須賀女子に来た者の中の一人で、水上バスから降り、桟橋を歩いていると、
「ん?」
真白の目の前に一匹のドラ猫が居り、真白をジッと見ていた。
真白もその猫の存在に気づき、一人と一匹は暫く見つめ合う形となったが、
「うわぁぁぁ」
真白は突如悲鳴を上げて後退る。
そこへ、
「あっ、猫だ!!」
ドラ猫の存在に気付いた明乃が駆け寄る。
「ミケちゃん、走ると危ないよ」
もえかが忠告するもそれは僅かに遅く、
「うわっ!!」
明乃は転んでしまい、真白にタックルする形となった。
その際、手に持っていたバナナが桟橋へと落ちる。
「あっ、ごめんなさい!!大丈夫?」
「大丈夫だ」
真白は制服についた誇りを手で掃うと、
「全く気をつけろ‥‥」
校舎へと向かおうとしたが、その際、先程明乃の手から落ちたバナナの皮を思いっきり踏んづけた。
「うわっとっとっと」
真白は何とか、バランスを保とうとするが、それは無駄な努力となり、カバンを明乃に放るような形で、自身は桟橋から海に落ちた。
「ぷはっ‥‥はぁ~ついていない‥‥」
海に落ちた真白はお決まりの台詞を呟いた。
「つかまって」
明乃は真白に手を伸ばすが、
「いい、着衣泳は得意だ」
真白は自力で桟橋の上に上がった。
「うわぁ~濡れちゃったね‥‥」
「ずぶ濡れだ。あぁ~これから入学式なのにぃ~」
「ついてないね」
「お前が言うな!!」
もえかを含め、周辺に居た生徒達は唖然として二人のやり取りを見ていた。
その後、明乃はもえかに先に入学式の会場へと向かってもらい、真白と共にシャワー室へと向かった。
真白がシャワーを浴びている間に濡れた真白の制服と下着を洗濯及び乾燥機にかけてきた。
洗濯と乾燥が終わった頃、シャワー室の脱衣所へと行くと、真白もシャワーを浴び終えたのか、ドライヤーで髪を乾かしていた。
「下着と制服乾いたよ。此処に置いておくね、プレスもしておいたから」
明乃が制服と下着を渡すと、真白は恨めしそうな目で明乃を睨む。
「でも、よかった入学式には間に合いそうだし‥それにしてもバナナの皮って本当に滑るんだね、驚いちゃった‥アハハ‥‥」
明乃なりのフォローを入れるが、
「着替えるから出てってくれないか?」
「あっ、ゴメン」
明乃は慌てて脱衣所から出るが、一度、顔を出して、
「折角同じ学校になったんだから、これからよろしくね」
一言声をかけた後、入学式会場である武蔵に向かった。
武蔵の甲板上では、新入生の他にその家族も何人かおり、娘の晴れ姿をカメラに収めていた。
「もかちゃん、お待たせ」
「ミケちゃん。もう、間に合わないかと思ったじゃない。さっきの人、大丈夫だった?」
「うん、もうすぐ来るよ」
「クラス発表は最後みたいだよ」
「もかちゃんと同じ船だといいな」
「うん、そうだね」
『間もなく入学式を開始いたします。新入生は整列してください』
明乃ともえかがそんな会話をしていると、入学式の開始を知らせる放送が流れ、新入生達は、武蔵の前甲板に整列した。
そして、武蔵のマストに横須賀女子海洋高校の校旗が掲げられ、入学式が始まった。
「では、宗谷校長よりご挨拶です」
校長の真雪が艦首に設置された壇上に上がる。
((((あっ、ブルーマーメイドフェスターで会った校長先生だ))))
ブルーマーメイドフェスターにて、真雪と出会い、彼女の学生時代、ブルーマーメイド時代の話を聞いた明乃、もえか、黒木、麻侖の四人は壇上の上の真雪をジッと見つめる。
「皆さん、入学おめでとうございます。学校長の宗谷真雪です。皆さんは座学、実技で優秀な成績を収め、この横須賀女子海洋高校に晴れて入学しました。すぐに海洋実習が始まりますが、あらゆる困難を乗り越えて立派なブルーマーメイドになって下さい」
真雪の話が終わり、古庄教官から今度の予定が伝えられ、入学式は終わった。
ブルーマーメイドフェスターにて、真雪と交流を持った四人は早速入学後の挨拶へと向かった。
「「「「宗谷校長先生」」」」
「あら?貴女達‥久しぶり、ブルーマーメイドフェスター以来ね‥皆、無事に合格できた様で良かったわ。皆、入学おめでとう」
「「「「ありがとうございます」」」」
「クラス分けはもう見たのかしら?」
「いえ、まだです」
「そう‥あっ、そうだ。今年の海洋実習には、物凄い船が助っ人に来てくれたのよ」
「物凄い船?」
「ええ、実は学校の船が一隻、長期のドック入りになっちゃってね、それで急遽、手配をしたのよ」
「どんな船なんですか?」
「それは見てからのお楽しみ」
真雪と親しそうに話している四人の姿を見て、周囲の生徒や教官達は「あの四人は何者だ?」と首を傾げていた。
真雪への挨拶を終え、明乃ともえかはクラス分けが表示されている掲示板を見に行った。
黒木と麻侖は家族が来ているらしく、一度そっちに顔を見せてからクラス分けを見に行くと言う。
「このクラス分けによってどの艦の所属になるのかも決まるんだよね」
「うん、そうみたい」
「艦種に問わず、一クラスの人数は大体30人‥それぞれに所属する艦に乗って海洋実習‥‥」
「楽しみだね!ねぇ、もかちゃんは乗りたい艦とかって希望ある?」
「えっ?うーん‥‥どうだろう‥‥あんまり気にした事ないかも」
「そうなんだ」
「ミケちゃんはあるの?乗りたい艦」
「んー‥‥私も特に無いかも」
「なんだ、てっきりあるのかと思った。でも‥‥」
「でも‥‥」
「強いて言うなら、ミケちゃんと同じ艦に乗りたいかな」
「それ、入学式の前に私も言った」
「うん、お返し」
二人はそんな何気ない会話をしながらクラス分け発表が貼られた掲示板の前に立つ。
そして、互いに目を閉じて、
「それじゃあ、『せーの』で見ようか?」
「うん」
「「せーの」」
二人は目を開いて掲示板を見て、自分達の名前を探した。