横須賀女子の合格発表を見に行くため、麻侖達は杵﨑家の移動販売船にて、実家のある千葉から横須賀へと向かっていた。
この先の人生の大きな分岐点となる今回の受験‥‥。
その結果がこの先に待っている。
その緊張の為か、麻侖は今までにないくらい動揺していた。
そんな動揺している麻侖にあかねはお茶を差し出す。
「はい、お茶」
「お、おお‥すまねぇ」
麻侖は差し出されたお茶をゆっくり啜る。
「緊張するなって方が無理だよね~」
「今日で進路‥‥もとい、未来が決まる訳だしね‥‥」
何だか人事の様に言う杵崎姉妹。
「そうだ、新作のスイーツがあるんだけど食べない?甘いモノを食べたら落ち着くかもしれないよ」
ほまれが麻侖に杵﨑屋の新作メニューを薦める。
「おっ、そんならお言葉に甘えるとするか」
麻侖はほまれに薦められるまま、その新作メニューを注文する。
「はーい、新作スイーツ入りまーす」
あかねはオーダーの確認を取ると厨房へと向かう。
「あっ、ちなみにサービスじゃないよ」
ほまれが注文した後でちゃんとお金は取ると言う。
「しっかりしていやがるな‥‥」
「商魂たくましいわね‥‥」
杵﨑姉妹の商人としてのたくましさにちょっと引きつつも、麻侖は杵﨑屋の新作メニューを食べ、少しは気分を落ち着ける事が出来た。
杵崎家の移動販売船が横須賀を目指している頃、
麻侖達と同じく機関科の試験を受験した若狭、留奈、桜良、広田の四人組も他の受験生同様、合格発表を見に来ていた。
その結果、
「あった‥‥良かった‥‥」
「「イエーイ!!」」
桜良は自分の受験番号が掲示板にあった事に胸を撫で下ろす。
その後ろでは若狭と広田が互いにハイタッチしており、この三人が合格したのは三人のリアクションを見れば、一目瞭然だった。
「みんな、良かったね」
そんな三人を留奈は祝福する。
「留奈はどうだった?」
「まだ探している所」
残っている留奈はまだ自分の結果を知らない様子。
そこで、皆で留奈の受験番号を探す事にした。
「留奈の受験番号は?」
「これ」
留奈は三人に自分の受験番号が書かれた受験票を見せる。
彼女の受験番号は100005で、100000番代を探すと、掲示板に表記されていたのは100000 100001 100003 100008 だった。
この結果を見た留奈は真っ白になった。
留奈が合否の結果を見て真っ白になっている時、麻侖達も横須賀女子に着いて合否を確認した。
麻侖達の番号はあっさりと見つかり、麻侖、黒木、みかん、杵崎姉妹は全員合格していた。
「みんな合格していてよかったね」
ほまれがホッとした様子で言う。
「当然の結果でぇい!!」
移動販売船であれ程動揺していた麻侖は完全にいつものモチベーションに戻っていた。
合否を確認し、実家にいい報告が出来ると、皆は笑顔で家に帰ろうとしていると、
「うわーん!!」
一人の少女が麻侖達の列の横を走り抜けていく。
「人間なんてやめてやるぅ~!!」
「待て、ルナ!!」
「ルナ、人間やめるってよ」
「意味が分からん」
走り抜いていった少女を追って三人の少女達が後を追いかけていく。
「な、なんだ?」
突然の出来事に麻侖は首を傾げ、黒木達も唖然としていた。
麻侖達が唖然としている間も少女は桟橋の方へと走っていく。
「私は今日からお魚として生きていく」
「何言ってんだ!!お前は肺呼吸だろう!?」
「お魚さんなめんな!!」
後を追いかける少女らもなんかズレている事を言う。
「母なる海よ!!」
そう言って彼女は桟橋から海へとダイブした。
桟橋付近ではこの日、他の受験生同様、合格発表を見に来ていた勝田聡子(かつたさとこ)は自分が狭き門である横須賀女子に合格したのを確認した後、自身のスキッパーで家に帰ろうとしていた。
「ぞな?」
すると、桟橋の方から一人の少女が走って来たと思うと、何の躊躇も無く、海へと飛び込んだ。
季節はまだ2月‥‥。
冬の横須賀の海は当然冷たかった。
「冷たいし!!寒いよ!!助けて!!母も私を拒絶するのか!!」
「いや、お前の母親は海じゃないだろう」
自分から海へ飛び込んだのに、助けを求める少女に聡子は若干引いている。
「な、なんぞな?」
すると、桟橋の方から海に飛び込んだ少女の友達なのか、
「すみません!!ソレ、ちょっと助けてもらえませんか!?」
と、聡子に救助を頼んできた。
「では、これで‥‥」
「どーもお騒がせしました」
若狭と広田は海に飛び込んだ友人の留奈を助けた勝子に頭を下げて礼を言う。
そして、聡子はスキッパーで今度こそ、家路へと向かった。
「さ、寒い~‥‥」
冬の横須賀の海に飛び込んだ留奈は寒さで身体をガタガタと震わせる。
「もぉ~ずぶ濡れじゃない」
桜良がハンカチで留奈の身体を拭くが焼け石に水である。
「どこかで乾かさないと風邪ひいちゃうよ」
広田が心配そうに言う。
そこへ、
「何でぇ、誰かと思えば実技試験で隣に居た四人組じゃねぇか」
麻侖達が現れた。
彼女らも千葉から横須賀まで船で来ていたので、帰りにこの船着き場である桟橋に来るのは別に不思議では無かった。
「あっ、ちっちゃい凄い人」
麻侖の声に気づいた四人が振り返る。
「ちっちゃいは余計だ!!」
「あの‥‥よかったら、家の船で休んでいきます?そのままだと風邪を引いてしまうので‥‥」
ほまれが自分の家の船に留奈達を誘う。
そして、案内された杵﨑家の船にて、
「とりあえず、全部脱げ」
麻侖は留奈に来ている服を全部脱げと言う。
すると、
『変態だ!!』
四人は声を揃えて麻侖に変態だと叫ぶ。
「バッキャロ―、濡れた服なんざ、脱いだ方がマシだろうが!!」
麻侖は、自分は変態では無いと言う事を含めて服を脱げと言った訳を話す。
杵﨑家の船の中に有るストーブの上には濡れた留奈の服が干され、留奈は桜良から借りたコートを羽織る。
「はい、杵﨑屋特製の蜂蜜生姜柚子湯です」
「とりあえず温まらないとね」
「あ、ありがとう」
ほまれは留奈に体の温まる飲み物を出す。
「しっかし、一人だけ試験に落ちて、そのショックで魚になろうとして海に身投げするたぁ、すっとこどっこいかオメェは?」
麻侖は留奈が海に飛び込んだ理由を聞き呆れる。
そんな麻侖に黒木は、
「いや。マロンも落ちていたら似たような事をしていたと思う」
流石、麻侖と付き合いの長い黒木も、もし、麻侖が試験に落ちていたら海に身投げしていたと言う。
黒木の発言を聞き、
「「何となくそんな気がするわ」」
若狭と広田も黒木の意見に同調した。
「するか!!」
麻侖は必死に否定するが、あながち黒木が言っている事も間違いなさそうな感じもする。
「まぁ、でも正直意外だったよね~」
「まさか三人も受かるとは‥‥」
若狭と広田は自分達があの横須賀女子に合格出来た事を奇跡の様に言う。
「えっ、そっち!?」
ほまれは留奈が落ちた事に驚いたと思っていたのに、その逆でまさか、受かる事に意外性を感じていた若狭達に思わずツッコム。
「私達って大体同じ学力なのよねー」
「受かるなら皆受かって、落ちるなら皆落ちていると思っていたからね。勿論皆受かるつもりで勉強はしていたけどね」
若狭と広田は自分達の学力について語る。
「多分、私達もギリギリで受かったんだと思うよ」
桜良が自分達だけが受かった事についての予見を言う。
「紙一重だったってぇことか。残念だったな‥約一名は‥‥」
麻侖はチラッと落ちてしまった約一名‥留奈を見る。
「はぁ~いくら積めば裏口入学できるかな?」
留奈は重いため息と共にとんでもないことを口走る。
「人生詰む気か!?」
「金を積むより徳を詰め!徳を!」
もう打つ手はないのかと思っていると、
「あの‥‥」
そこへみかんが声をかける。
「さっき言っていた学力が大体同じって話が本当なら、ルナちゃんも補欠合格枠くらいには入っているんじゃないの?」
「えっ?」
「補欠‥‥」
「合格‥‥?」
留奈達四人はみかんの言う補欠合格と言う言葉にポカンとする。
「見ていないの?」
黒木がてっきり補欠合格枠を見ても番号が無かったから、ここまで落ち込んでいるのだと思っていたのだが、どうやら、彼女達は補欠合格枠を見ていなかった様だ。
「補欠合格者は通常の合格者とは別の場所に貼り出してあったと思ったけど‥‥」
ほまれが補欠合格者の掲示板の位置を伝える。
「うそっ!!見ていない!!」
やはり、彼女達は補欠合格枠を見ていなかった。
「なにぃ!!全員立て!!今すぐ見に行くぞ!!」
それを聞いて麻侖は留奈達に補欠合格枠を見に行くぞと奮い立たせる。
『イエッサー』
「随分息が合っているね」
麻侖と留奈達の様子を見て、ほまれはポツリと呟いた。
幸い留奈の服は乾いていたので、留奈は急いで服を着て、皆で補欠合格者の掲示板を見に行った。
そして、補欠合格枠には留奈の受験番号100005が表示されていた。
「あった‥‥ほんとうにあった!!」
「よかったね」
留奈は補欠とは言え、合格して居た事に桜良に抱き付いて喜んだ。
「ってか、補欠合格ってなに?」
若狭が補欠合格のシステムの意味を尋ねる。
「簡単に言えば、合格者が辞退した時の穴埋めね」
「繰り上げ合格なら学校から連絡がくるよ」
黒木とみかんが補欠合格のシステムの意味を教える。
「それじゃあ、私にもまだ希望が‥‥」
まだ、自分にも横須賀女子に入れるチャンスがあると言う事で先程までの重い空気から一転した留奈。
「まぁ、そうそう辞退者何て出ないと思うけどね‥‥」
黒木は折角受かった横須賀女子の合格枠を捨てる者がいるとは思えないと言うが、
「まぁまぁクロちゃん無粋な事は言いっこなしでぇい」
麻侖が黒木に折角喜んでいるのだから水を差すなと言う。
黒木が留奈達の様子をチラッと見ると、互いに抱き合っている留奈達を見て、
「‥‥そうね」
と、ポツリとそう呟いた。
それから数日後‥‥
「クロちゃん!!アイツらからメールだ!!」
「あいつら?」
麻侖が黒木に自分の携帯を見せながら走り寄って来た。
黒木は麻侖の言う『あいつら?』の言葉に首を傾げる。
そして、麻侖が携帯の画面を見せると、彼女の言う『あいつら』の意味が分かった。
麻侖の携帯の画面には『無事合格』と言うメッセージと嬉し涙を流している留奈と若狭、広田、桜良の四人の画像が添付されていた。
どうやら、留奈は補欠合格枠で合格できた様だ。
携帯の写真からはその嬉しさが伝わってくる。
「良かったわね、あの子達」
「そうだな」
黒木と麻侖も留奈の合格を祝福する様に言った。
葉月がこの世界に転生した時に同じくこの世界に葉月と共に来た天照は横須賀の大型船ドックにて改修工事を施されていたのだが、その作業が漸く完成した。
艦首の付近には白い塗料でY182と明記されている。
「外見は対して変わらないけど、この戦闘指揮所も随分と変わったな‥‥」
葉月は改装された天照の戦闘指揮所を見て呟く。
天照の戦闘指揮所は現代の護衛艦のCICのような作りとなっていた。
そして、明日は改修後のテスト航海を行う事となった。
改装され少数の人員でも動かせる事が出来るようになった天照であるが、流石に葉月一人では動かす事は出来ないので、人員に関しては真霜が手配してくれることになった。
天照の会議室にて、ドックの技術者とテスト航海の打ち合わせを行った後、
「そう言えば、『弟君』の建造はどの程度まで進んでいますか?」
葉月は天照の隣のドックをチラッと見ながら、ドックの技術者に尋ねる。
「ハッ、現在80%の工程まで進んでいるので、あと二ヶ月ほどで完成します」
「そうですか」
天照が鎮座している隣のドックには一隻の重巡洋艦が鎮座していた。
この重巡洋艦は元々船体が六割の所まで完成していた時に、工事が一時中断されていた所に天照の技術を一部導入し、新たに建造されたのだ。
艦首は日本武尊級と同じクローズド・バウ形式の形状をし、左右には半潜航行が可能とする大型のバルジを装備している。
それはまさに日本武尊級を重巡洋艦のサイズにした船体であった。
艦名も天照の技術を元に作られた艦と言う事で『須佐之男』と言う艦名が内定している。
スサノオは伊邪那岐命が黄泉の国から帰還し、日向の橘の小戸の阿波岐原で禊を行った際、産まれた三貴子の一人で天照の弟に当たる。
天照の技術を元に作られた此の艦にはピッタリの名前だった。
既に艦首付近には天照同様、白い塗料でY281と明記されている。
この番号の由来は姉の天照の番号が182なので、弟の須佐之男にはその逆読みの番号が振当てられたのだ。
翌日、天照のテスト航海の為の人員が集められた。
真霜が手配したのは福内ら、みくらの乗員達だった。
天照の乾ドックに水が注水され、ゲートが開かれる。
「機関、微速前進」
「機関、微速前進」
第一艦橋では、葉月が指揮を執る。
福内はその補佐についた。
ドックから大海原へと出た天照は、さっそく機能のテストを行った。
電探能力、自動速射砲を行い、その都度、システムに問題が無いかをチェックした。
自動速射砲の発射速度を見たブルーマーメイドの隊員達は、その発射速度の速さと砲の数に圧倒していた。
射撃の際、海面には幾つもの水柱が立っていた。
それは、大和級の両舷に装備されている自動砲や副砲の水柱よりも多く、水柱が出来る速さも段違いだった。
副砲は大和級の三連装よりも少ない単装であるが、やはり速射速度が違っていたので、ブルーマーメイドの隊員が驚くのも無理は無かった。
(ハンバー川を遡上した時、独軍の戦車部隊と戦った時よりも速いな‥‥流石未来の技術だ‥‥)
葉月は前世で見た時よりも天照の両舷に設置されている機銃や高角砲、副砲の発射速度が上がっている事にこの世界の技術が照和の世界よりも上な事を実感する。
新たに装備された器具のテストが終わると次に従来の天照の機能もテストする事になった。
「半潜航行‥両舷バラスト注水」
「半潜航行、両舷バラスト注水」
天照の両舷バラストには大量の海水が注水されていき、天照の船体は次第に沈み始めた。
船体が徐々に沈んでいくのを見た葉月を除くブルーマーメイドの隊員達は緊張した面持ちで計器や外の様子を見ている。
「両舷バラストタンク満水」
やがて、両舷バラストタンクが満水となり、半潜航行状態となる。
『・・・・』
艦内はまるで水を打ったように静かになる。
それはこのまま沈んでしまうのではないかと言う不安が彼女らの中にあったため、何も言えないのだ。
そんな彼女らに葉月は更に不安を抱かせる命令を下す。
「右舷バラストタンク排水‥‥片舷半潜航行にはいる」
「えっ!?」
葉月の命令に福内は思わず、驚愕した顔で葉月を見る。
「は、葉月さん、そんな事をしたら、転覆してしまいます」
「安全傾斜角度が設定されているので、その角度まで傾けても大丈夫ですよ」
「し、しかし‥‥」
「大丈夫です。福内さん‥自分はこの艦と共に戦ってきたのですから」
「‥‥は、はい」
葉月の正体を知る数少ない福内だからこそ、葉月の言葉を信じたのだ。
右舷バラストから海水が排水されていき、天照は左舷側へと傾き始める。
船体から鈍い音がするたびに、ブルーマーメイドの隊員の口から「ひぃっ」と言う悲鳴が聞こえる。
やがて、安全傾斜角度となり、天照は左舷に傾いたままで航行する。
傍から見たら、事故でもあったんじゃないかと思われる光景だ。
更にそこへ偽装煙を出すと、沈没寸前の軍艦の出来上がりである。
次に天照は左舷のバラスト水を捨て、右舷バラストに注水し、今度は右舷側に傾いたままで航行する。
安全傾斜角度で航行しているとは言え、慣れないブルーマーメイドの隊員にとっては心臓に悪い体験であった。
「傾斜戻せ、船体復元」
葉月のこの命令が出た時、ブルーマーメイドの隊員はホッとした表情となっていた。
船体を復元し、通常航行となっている中、葉月はレポート用紙に、
『注排水システム、問題なし 半潜航行 問題なし 右舷バラストタンク 問題なし 左舷バラストタンク 問題なし』
と、記載した。
次に天照はいよいよ主砲の発射テストとなった。
「一番から三番主砲に模擬弾装填‥‥」
「了解。一番から三番主砲に模擬弾装填」
天照の主砲全てに模擬弾が装填される。
「主砲、一番から三番に模擬弾装填完了」
「警報鳴らせ」
天照の艦内に警報が鳴り響く。
「主砲、一番から三番‥撃て!!」
「主砲、発射!!」
発射命令が出て天照の主砲から轟音と共に模擬弾が発射された。
着弾した海にはこれまでにないぐらいの水柱が上がった。
「す、すごい‥‥」
初めて見る51センチ砲の砲撃に福内らはまたも唖然とする。
その後、水流一斉噴射のテストでは、艦橋や各所にブルーマーメイドの隊員の悲鳴が上がった。
やがて、全ての工程を終えた天照は再び横須賀の大型船ドックへと戻って行った。行った。