横須賀女子海洋高校の入学試験は午前中が筆記試験で午後からはそれぞれの専門科に別れ、その専門の実技試験となる。
その午前中の筆記試験では‥‥
(本番でも模擬試験の時みたく、いつも通りに行けば‥‥)
もえかは模擬試験の時の様に落ち着いて問題を解いていき、
(あっ、コレ、もかちゃんとお姉ちゃんと対策した問題だ‥‥あっ、コレは昨日やった問題と同じ公式でやれば‥‥)
明乃はその生まれながらの幸運と葉月、もえかとの受験勉強の成果があったのか、順調に問題を消化していき、
(ちゃんと定規を当ててやっていけば‥‥)
真白は葉月から言われた定規戦法で解答欄を間違えない様に慎重に問題を解いていく。
やがて、午前の試験終了時間となり、
「では、これで午前の試験は終了です。午後からは各自、受験する専攻の実技試験会場に移動する様に、以上解散」
試験官が答案用紙を纏め、午後の予定を受験者達に告げると教室を去って行く。
午前の試験が終わると、自信の無い者、手応えがあった者と分かれる。
そんな中、真白は葉月の忠告通り、午後の実技試験の会場とその場所を受験票と学校のパンフレットを見比べて会場のチェックを念入りにした。
実技試験前の昼食時の食堂では、午後の実技試験に緊張しているのか食堂に居る受験生達は皆、食が進んでいない様子。
「午後の試験会場どこだっけ?」
「機関科は機械実習室だって」
麻侖と黒木が昼食を摂っていたテーブルの傍では、今朝横須賀女子海洋高校の門前で賑やかだったあの四人の受験生達が午後の受験会場について話しているのが、麻侖と黒木に聞こえた。
「お?あのうるせぇ四人組もマロンたちと同じ機関科志望か」
「さすがのマロンも今日は静かね」
いつもは騒がしい麻侖も入学試験の今日はいつもよりも大人しく静かだ。
麻侖は麻侖なりに緊張しているのだろう。
黒木はそう思っていたのだが、
「女ってなぁ、三人集まりゃ姦しく二人だけなら女々しくなるもんなんでぃ」
「女々しくないと思うけど‥‥」
やっぱり麻侖は麻侖で、一応受験会場だから周りに配慮している様だった。
「うぅ~なんだか、喉を通らないや‥‥」
明乃は昼食のサンドイッチを食べようとしたが、中々口まで運べない。
極度の緊張で食欲もわかないのだ。
筆記の試験は模擬試験や受験勉強の時に対策は出来るが、実技試験ではなかなかそうはいかない。
どういった実技内容なのかは、いざ試験が始まらないと分からないからだ。
「だ、大丈夫ミケちゃん?」
もえかが心配そうに明乃に声をかける
「うぅ~‥‥ちょっときついかも‥‥もかちゃんは?」
「私も‥‥」
合格率90%代を誇るもえかもやはり本番の空気に呑まれかけ、緊張して食欲がわかない様子だった。
それに合格率はあくまでも筆記試験の合格率でこの後の実技試験の出来で、合格率にも変動はある。
もえかが緊張するのも無理はなかった。
そして、昼食時間が終わり、各自午後の実技試験へ会場移動する中、一人の受験生が通路で迷っていた。
この迷子の受験生、等松美海(とうまつみみ)は辺りを見回し、今日自分と一緒に来た受験仲間を探すが、その姿は見当たらない。
「うーん‥‥困ったなぁ。試験会場はどこかしら‥‥」
美海は昼食の後、一人お手洗いに行った後、食堂に戻ったら、受験仲間は誰もいなかった。これは別に美海がいじめを受けて居ると言う訳では無く、受験仲間はお手洗いに行った美海が先に会場へと行ったのだと思い食堂を後にし、それぞれの受験会場へと向かったのだ。
「慣れない学校だと迷路みたいで意味わかんないわね‥‥はぁ~どうしよう、このままじゃ試験に間に合わない‥‥」
美海の脳裏に試験放棄により不合格と言う思いが強くなり、思わず泣きたくなる。
涙は見せられないと通路で蹲る美海。
その時、
「どうかした?」
一人の受験生が美海に声をかけて来た。
美海が顔を上げると其処には背の高い眼鏡をかけた受験生が居た。
「きみ、受験生?」
(い、イケメン!!)
声をかけて来たのは同性の筈なのに美海は思わず赤面してしまう。
「私も受験生なんだ。航海科」
「あ、あの‥何故あそこに?」
「筆記試験の教室に忘れ物をして戻ったの。君は?」
「しゅ、主計科で‥その受験会場がわからなくなって‥‥」
「それなら私、場所知っているから案内するよ」
「あ、ありがとうございます//////」
美海にとって、試験会場までの時間は至福の時間であった。
「あった、主計科の試験会場は此処だよ」
教室の扉には『主計科 実技試験会場』と書かれた張り紙が張られていた。
「じゃ、頑張ってね」
「は、はい‥‥//////」
美海を案内したその眼鏡をかけた受験生は颯爽と自分の受験する会場へと去って行った。
(か、カッコイイ―――!!)
美海はその受験生の後姿に見とれていた。
そんな美海に主計科担当の試験官が見つけ、
「貴女、主計科の受験生?もうすぐ試験始まるわよ」
と、試験が始まる事を告げるが、
「おかまいなく」
と、返答する。
「いや、構うから」
試験官は美海の手を引いて、彼女を会場へと入れた。
航海科の実技試験では、海図の上に船の駒を乗せて、想定された様々な天候や海上におけるケースの中、船の駒を動かし、運用方法を試験官に説明する。その間、適用する法規・旗旒・警笛・発光等の信号を答える。
試験前は緊張していた明乃ともえかであったが、いざ試験が始まると、先程までの緊張は一体何だったのかと言うぐらい、まるで人が変わった様に試験官に説明しながら駒を動かす。
真白も自分の持っている知識をフル稼働して実技試験に望んだ。
一方、麻侖と黒木が受験している機関科では‥‥
「機関科の実技試験は、目の前に有る分解された機関を制限時間内に正常に機能させる事、不具合を見つけた場合、それらを修理し、出来る限り理想の状態まで組み立てる事」
機関科の試験官が機関科の受験生達に実技試験の内容を通達する。
「思ったより簡単だな」
「そう?」
実技試験の内容を聞いた麻侖は問題ないと自信がある様子。
そんな中、
「コラ!!そこ!!筆記試験の自己採点は家でやりなさい!!」
実技試験の最中にも関わらず、午前中の筆記試験の自己採点をしている者達が居た。
それは、例の如くあの門前で賑やかだったあの四人の受験生達だった。
「す、すみません」
「気になって他の事が手につかなくて‥‥」
試験官に注意を受けて、筆記試験のテスト用紙を仕舞う。
「既に決まっていると思いますが、この実技試験は幾つかのグループで行ってもらいます。それでは始め!!」
試験官が試験の始まりを告げる言葉を言うと、教卓の上のタイマーがカウントを始める。
機関科の受験生達は一斉に工具と部品を手に機関を組み立て始めた。
そんな中、あの四人の受験生達は同じグループで、
「そう言えばこの学校、試験の成績でクラス分けするみたいね」
サイドテールの髪型の伊勢桜良(いせさくら)が横須賀女子の合格後のクラス分けについて話しながら機関を組み立てていた。
「あーらしいね」
白いカチューシャを着けた若狭麗緒(わかされお)もそのシステムについては知って居た様子。
「ここでいい点取れれば、特待生も夢じゃないかも」
若狭のその発言に赤いカチューシャを着けた広田空(ひろたそら)は、
「下手に夢見ても足元すくわれるよ」
と、警告し、
「大企業のヒラ社員と中小企業の社長、特待生のビリと一般クラスの主席‥‥どっちがいい?」
微妙な選択肢を突きつける。
「ソラちゃん頭いい」
ツーサイドアップの駿河留奈(するがるな)はそんな広田を褒める。
一方、麻侖と黒木のグループはというと‥‥
「マロン、こっちは終わったわよ」
「おうよ、あとは此処をこうしてこうすれば‥‥」
麻侖が最後の仕上げをし、機関の始動ボタンを押すと、
ドドドルルルルルル‥‥
麻侖と黒木が組み立てた機関は音を上げて動き出した。
「どんなもんでぇい」
「流石マロンね‥‥って、アレ?まだ部品が残っているわよ」
黒木が台の上に置かれたままとなっている機関の部品を見つけた。
「部品は少ない方が優秀なんでぃ」
「いやいやコレ、試験だからちゃんと全部使い切らないと!?と言うか、何で動いているの!?」
本来部品が足りない筈の機関が問題なく動いている事にツッコム黒木。
「すごーい、あの班もう動いているよ」
「マジで!?まだそんなに時間が経っていないのに!?」
留奈と若狭は麻侖達のグループが既に機関を組み立て動かしている事に驚く。
「ホントだ」
「特待生クラスにはあんな子がゴロゴロいるのかな?」
広田と桜良も麻侖達のグループを見ながら呟く。
「あんな小さいのにすごいわね~」
「ほんとだ。凄く小さい」
そんな中、広田と留奈は麻侖の身長につっこむ。
「人は見かけによらないね」
「かわいー」
広田は麻侖の外見と中身の違いを指摘し、桜良は麻侖の外見の感想を言う。
「うるせぇーやい!!なんでぃおまえら!!」
彼女らの会話は麻侖に聞こえており、麻侖は失礼な四人組に抗議する。
「コラ!!其処、私語は慎め!!」
しかし、麻侖の声もデカかったので、機関科担当の試験官に注意された。
やがて、入学試験は全て終わり、受験生達はそれぞれ帰路に着く。
「おわった!!」
留奈は両手を高く上げて背伸びをする。
「まぁ、やるだけやったよね~」
「まぁまぁやったよね~」
「ぼちぼちでんな~」
「自信満々」
広田、若狭、桜良はまぁやるだけのことはやったという感じだったが、留奈だけは自信満々の様子。
「ダメな子ほど、自信があるよね」
「ひどい!!」
広田のジンクスに留奈はツッコんだ。
「四人とも受かるといいね~」
桜良はそんな留奈をフォローする。
「うぅ~一人だけ落ちていたらどうしよう~」
広田のジンクスを聞き、不安になる留奈。
そんな四人の横を主計科の試験を受けた美海が通り過ぎる。
「あの人とまた会えるかな?そう言えばお礼も言えてないし‥‥受かっていると良いなぁ~あの人も私も‥‥そして同じクラスになりたーい!!」
思わず叫ぶ美海に周囲の受験生達は驚く。
「はっ!?そう言えば、私あの人の名前知らないし、自己紹介もしていない‥‥あーもー私のバカ!!」
美海はそんな周囲の受験生達が引いているのも知らず、頭を抱えていた。
しかし、彼女は後に再会する事になる‥‥自身が運命の人だと思っていた野間マチコ(のままちこ)と‥‥。
(葉月さんからの定規戦法で模擬試験の時の様なミスはない‥‥筆記、実技共に完璧の筈だ。死角は無い)
真白は今回の試験において絶対の自信があり、思わずガッツポーズをとる。
(高校に入ってこの不幸体質から抜け出すんだ)
真白は高校に入って新たな転機を迎えるのだと意気込んだ。
「どうだった?ミケちゃん」
もえかは明乃に試験の出来を尋ねる。
「いや~一杯一杯だったよ。でも、葉月さんともかちゃんと受験勉強したところが出てくれて助かったよぉ」
「私も」
「でも、実技試験は無我夢中でやったから、あまり内容を覚えていないんだよね‥‥大丈夫かな?」
明乃は、たははと笑いながら今回の試験の出来をもえかに言う。
「大丈夫だよ、ミケちゃん。皆であれ程頑張ったんだから。『努力に勝る天才無し』だよ」
「う、うん」
もえかの励ましで少しは不安が取り除かれた様子の明乃。
「あっ、麻侖ちゃん、黒木さん」
もえかは門の近くで、麻侖と黒木の姿を見つけ声をかけた。
「おお、お前さん達、試験の出来はどうでぃ」
「まぁまぁかな?」
「うん」
「こっちは、筆記の方はまぁ平均って所だけど、実技が大変だわ」
黒木は試験に疲れた様子で呟く。
「機関科の実技試験、そんなに難しかったの?」
「うーん、内容的にはそこまで難しくは無かったわ。ただ、マロンが先走って機関を組み立てて、部品が残っていたから、一度機関を止めて、ばらして、組み立て直すのに時間が掛かったのよ」
麻侖達のグループは機関科の中では一番に機関を動かしたが、部品が残っていたので、それでは、試験結果をクリアーしていない為、一度機関を止めて、折角組み立てた機関をばらして、残った部品がどの部品なのか検討し、また組み立て作業となり、大幅に時間をロスした。
なんとか制限時間内に組み立てて動かす事が出来たが、組み立ててばらしてまた組み立てる二度手間をしたので、疲れるのも無理は無かった。
「それじゃあ、またね、貴女達も合格できると良いわね」
黒木は麻侖と共に帰って行った。
「それじゃあ、私達も帰ろうか?」
「そうだね」
明乃ともえかも帰ることにしたが、その前に一度、振り返り、横須賀女子海洋高校の校舎を見てから、帰って行った。
それから数日後‥‥
横須賀女子海洋高校の合格発表が行われた。
通常の高校と違い入学試験から僅かな期間で合格発表をするのは、この高校独自のシステム‥‥入学試験の成績によりクラスを決める為、早急に入学予定者を集める必要があったのだ。
更に合格には補欠合格もあり、横須賀女子に入学の意志がある者には直ぐに手続きを取ってもらう必要もあったのだ。
合格者の受験番号が掲示されている掲示板の前には、多くの受験生達が集まっていた。
掲示板の前では、喜んでいる者、涙を流している者、緊張した面持ちで掲示板を見ている者、様々なリアクションをとる受験生達の姿が其処に有った。
そんな受験生達の中に明乃ともえかの姿があった。
二人とも受験票をギュッと手で握りしめながら緊張した面持ちで掲示板を見る。
そして、二人の受験番号は掲示板に表示されていた。
明乃は自分の受験番号が表記されていた事に思わずガッツポーズをとる。
「ミケちゃんどうだった?」
「あったよ!!もかちゃん!!私!!合格したよ!!横須賀女子に!!」
もえかに聞かれ明乃は目一杯の笑みを浮かべる。
「もかちゃんはどうだった?」
「私もあったよ」
「ホント!?じゃあ、高校も一緒だね!?」
「うん、一緒だよ」
明乃は高校ももえかと同じという事で、思わず彼女に抱き付き、嬉しさを表現し、もえかもそんな明乃を抱きしめ、微笑んだ。
明乃ともえかが自分達の合否を見ている頃、真白も同じく合否結果を見に来ていた。
彼女は掲示板に自分の受験番号が掲示されていたのを見て、
(ふむ、当然の結果だ)
と、特に喜びを体で表現する事は無かったが、その帰り道では、スキップをしていたので、彼女は彼女なりに嬉しかった様だ。
また、明乃ともえか同様、横須賀女子を受験した麻侖と黒木も横須賀女子に合格発表を見に向かっていた。
この時、彼女らは屋台船にて、千葉の実家から横須賀へと向かっていた。
屋台船の持ち主は麻侖の実家の近所で和菓子屋を営んでいる杵崎家の移動販売船で、杵崎家の双子の姉妹、杵崎ほまれ、あかねの二人も横須賀女子を受験しており、今日の合格発表を見に行くので、麻侖と黒木、そしてほまれ、あかねの友人である伊良子みかんは便乗させてもらったのだ。
麻侖と黒木は夏にこの三人と出会っており、顔馴染みの仲であった。
ただ、船の中の緊張の為か空気は重かった。
黒木は平然としているのだが、麻侖は少し落ちつきがないし、みかんはじっと黙って顔を俯かせている。
(空気が重い)
便乗した友人達の様子を見て、少し引くほまれ。
「杵崎さん、ありがとね。私達まで船に乗せてもらって」
黒木は杵崎姉妹に礼を言う。
「気にしないで、目的地は一緒だし」
「うぅぅ~‥‥き、緊張するよぉ~もし、落ちていたどうしよう~」
みかんは、甲板に座り込みまるで祈る様なポーズで不安がっている。
「何言ってやがんでぃ、すっとこどっこい!!結果を見る前から落ちた事を考えてどうすんでぃ!!」
麻侖は、そんなみかんを勇気づける。
「マロンちゃん‥‥」
「ししししししし心配しなくても受か受か受か受か受か受か受か受かてやてやてやてやてやてでぃでぃでぃでぃでぃ」
「マロンちゃんが壊れた」
麻侖にしては珍しく動揺しまくっていた。
(あんなマロンの姿初めて見た)
麻侖と付き合いの長い黒木でさえ、此処まで動揺している麻侖の姿を見るのは初めてであった。