「さあ、皆さんにご奉仕しましょ――――!!」
「いやぁぁぁー!!帰してぇぇぇぇぇぇ・・・・!!」
「ゴメンね、普段はこんな子じゃないんだけど・・・・」
鈴は鶫に拉致られて、社務所の奥へと引きずられて行き、その後ろを慧はついて行く。
慧は鈴に自分のカマかけでこの様な事になった事について少しすまなそうに言う。
鈴が鶫の手で社務所に連れられて言った時、境内では、一人の少女が参拝客の列をジッと見ていた。
参拝客を見ている少女、立石志摩(たていししま)はあまりの混雑に唖然としている。
立石も今年横須賀女子を受験しようとしている受験生でこの神社に合格祈願をしに来たのだった。
「‥‥にぎやか‥‥参拝‥‥行列‥‥ながい‥‥」
こんなに長い列だとお賽銭箱に辿り着くのにかなりの時間をかけることになる。
立石としては人ごみの多い列には並びたくない。でも、お賽銭は入れたい。
「ん」
そこで立石はある事を思いつき、参列から少し離れると、
「とど‥‥け」
賽銭箱に向かって百円玉を投擲した。
(入りますように)
立石は投擲した位置から、かしわ手を打ち、神頼みを行った。
近くに居た人は立石の行動を見て唖然としている。
彼女の願いである「入る」とは賽銭箱に賽銭が入る事を指しているのか? それとも志望校に入る事を指しているのか?それとも両方か?それは彼女しか分からない。
投げられた百円玉は参拝客の頭上を飛んでいき、賽銭箱へと向かって行く。
その賽銭箱がある境内の最前列では、合格祈願に来ていた真白が今まさに賽銭箱に賽銭を入れようとしていた。
(すごい行列だった‥‥お賽銭、お賽銭)
時間をかけて並んだ為、真白は少し疲れていたが、学業成就として名高いこの神社を参拝するのは受験生である真白にとっては物凄く意味の有る事だった。
そして、財布を取り出し、御縁がある様に五円玉を取り出し、賽銭箱に放ると、先程立石が投げた百円玉が失速して落ちて来た。
このままでは、立石の百円玉は賽銭箱前に落ちるかと思いきや、百円玉は真白が投げた五円玉に当たり、再び勢いを取り戻すと、賽銭箱の中に見事入った。
一方、立石の投げた百円玉に当たった真白の五円玉は急に失速し、賽銭箱前にチャリーンと音を立てて落ちた。
「‥‥」
「なんだ?何かが飛んできたぞ」
「鳥か?」
真白の後ろの列の人がざわついているが、真白本人は、神から見放されたような気分となる。
自分が入れようとした賽銭が、弾き落とされたのだから‥‥。
先程の光景は受験生である真白にとって決して縁起の良いモノとは言えないモノとなった。
「新年早々ついていない‥‥」
五円玉を拾い、賽銭箱に入れ直した真白は重くなるような気分で境内を歩く。
すると、目の前にはおみくじが売っていた。
ただ、おみくじを売っているツインテールで同い年ぐらいの年齢の巫女さんはなぜか泣いているようにも見えたが、今の真白にはそんな事を気にしている余裕はなかった。
「おみくじか‥‥」
引いてみようかと思ったが、どうせ引いても大凶か凶だろうと思った。
しかし、
(いやいや、宗谷真白、そんなネガティブ思考じゃダメだ!!心機一転!!此処で運を取り戻すんだ!!)
真白は頭を振ってネガティブな思考を振り捨てるかのようにおみくじを引いた。
「よしっ、コレだ」
勢いよくおみくじが入った箱に手を入れ、その中から一つを取り出し、開く。
其処に書かれていたおみくじの結果は、『大凶』‥‥だった。
「わかっていた‥‥わかっていたさ‥‥」
大凶のおみくじを引いた真白は、両手を地面につけ、orzの姿勢となる。
「い、いや、待て‥細かく読んでみよう。こういうのは大抵不幸への対処法が書かれている筈‥‥」
真白はこれまで大凶や凶のおみくじを引いて来た経験からおみくじをよく読んでみる事にした。
「はぁ~帰りたい‥‥」
真白がおみくじを見ている間、先程のツインテールの巫女さんは相変わらず、仕事はしているのだが、何だか嫌々でやらされているようにも見えるが真白はそれに気づかなかった。
真白がおみくじの用紙をよく見て見ると、印刷ミスのせいで肝心の部分がよく読めなかった。
(こうなったら、枝に結んで厄落しをしていくか‥‥)
真白はおみくじを神社の枝に結ぼうとその場を離れた。
彼女がおみくじ売り場を離れてすぐ後、
「あっ、大吉だ」
「私は中吉」
真白、立石、鶫 鈴、慧ら同様、受験生である明乃ともえかも本日、この神社に来ていた。
二人は真白よりも少し後に来ていたので、参拝順も真白より少し後に済ませる事になり、参拝後は、おみくじを引いて今年初の運試しを行った。
おみくじの結果は明乃が大吉でもえかが中吉だった。
「新年早々幸先が良いね、ミケちゃんは」
もえかは明乃の大吉の結果を祝う。
普段からついていない真白に比べ、明乃はこれまでの人生において両親を亡くしたこと以外はどちらかというとついている人生であった。
まるで、神が幼い明乃から両親を取り上げてしまった事を詫びるかのように‥‥
懸賞に応募すれば、八割から九割の確率で当たるし、福引においても大体三等~二等は当たる。
おみくじを引けば、中吉以上の結果をたたき出している。
しかし、明乃が一番ついている事は恐らくもえかとの出会いであろう。
幼い頃から今までずっと一緒に居る事が明乃にとっては何よりの幸運なのだろう。
反対に大凶を引いた真白は、厄落しの為におみくじを結ぶ、おみくじ結び所へと来たのだが、そこは既に他のおみくじだらけで結べるスペースが無い。次に境内にある木に結ぼうとしたら、其処も一杯だった。
(なんで、どこもかしこも一杯なんだ?一つぐらい何処かに空いている場所があっても良い筈だ)
真白が辺りを見回すと、木に一箇所だけ、おみくじが結べそうなスペースを発見した。
(あった!!)
真白が早速其処におみくじを結んでいると、枝が折れた。
「‥‥やっぱりついてない」
真白は折れた枝が着いたおみくじを見てボソッと呟いた。
「今年は不要な外出は控えようかな‥‥」
そんな事さえも考えていた真白であった。
昼近くになると、混雑していた神社も参拝客が次第に減り始めた。
「うーん、だいぶ参拝者の数も落ち着いてきたけど、あの子は何処に行ったんだろう?」
「つ、疲れた~」
鶫は鈴の姿が見えない事に気付き辺りを見渡す。
「ああ、あの子なら、さっきお手洗いに行くって出てってから、それっきり帰ってこないけど‥‥」
社務所に居た他の巫女さんが鈴の事を鶫に伝える。
「いなくなっちゃったの?」
「あの子には随分助かっちゃったよ」
「ね~」
「何も言わずにいなくなっちゃうなんて、なんて謙虚なのかしら?もしかしたらあの子は忙しい私達を助けるために神様が与えてくれた御使い様だったのかも‥‥」
鶫は鈴が神からの使いなのではないかと思った。
その鈴は、人知れず帰路についていた。
「はぁ~また逃げてきちゃった‥‥怒っていないかな‥‥でも、やる事はやったし、大丈夫だよね」
鈴は神社の人達が怒っていない心配だったが、鶫達は怒るどころか鈴に感謝していた。
しかし、鈴にはそれを知る由も無かった。
「お守りを買ってすぐ帰るつもりが随分遅くなっちゃったな‥‥」
鈴の手の中には社務所の巫女さんから貰ったお守りが握られていた。
まぁ、お守りをタダで貰ったと思えば、お守り代は浮いたので、鈴はそれで『良し』とした。
「早く帰って受験勉強しないと」
鈴はお守りを手に家路へと急いだ。
その頃、神社では、
「あの子を称える像を作るぞ!!」
鶫は鑿と木槌を手に鈴の像を作ろうと意気込んでいたが、
「勉強したら?」
そんな鶫に慧は一言ツッコンだ。
横須賀女子海洋高校の入学試験までもう間もなくだ。
受験生達は本番の試験に向けて最後のラストスパートをかけた。
そして、いよいよ横須賀女子海洋高校の入学試験の前日‥‥。
「真白、明日はいよいよ入学試験だが、大丈夫か?」
真冬が真白に明日の本番について尋ねる。
「だ、大丈夫です」
「そうか?お前は肝心な所で抜けているからな」
「抜けているんじゃありません!!不幸なだけです!!」
真白はあくまで自分は間抜けでは無く、不幸体質なのだと主張する。
「そこで、いくつか対策を練ってみたよ」
真冬と真白の会話を聞き、葉月が真白の不幸体質を予見し、幾つかの対策案を練って来た。
「荷物チェックに関しては、自分も立ち会うよ。真白ちゃん、受験票を忘れそうだし」
「確かにシロならありえそうだ」
「‥‥」
葉月の指摘に真冬はあり得そうだと口にし、真白自身も自分の不幸体質からあり得ると思った。
「次に受験会場までは、自分が送ってあげよう。公共交通機関だと遅延が起こるかもしれないからね」
「おお、確かにシロの場合だと確かに起こりそうだ」
「‥‥」
この件に関しても真白は反論出来なかった。
自分がもし公共交通機関で行けば、絶対に遅延が起こり、試験時間ギリギリか遅れるかもしれない。
遅れれば、入学試験を受験する事も出来ない。
試験を受ける前に受験失敗なんて洒落にならない。
しかし、自分の不幸体質からそのような未来も十分考えられる。それもかなりの確率で‥‥。
無事に試験会場である横須賀女子に辿り着かなければならないので、
「お、お願いします」
真白は葉月に頼る事にした。
荷物整理の時、案の定真白は受験票をカバンに入れ忘れており、葉月が立ち会わなければ、受験票を忘れている所だった。
そして、受験票を入れたと思ったら、今度は試験問題に出そうな問題を纏めたノートや筆記用具を入れ忘れ、何かもうグダグダだった。
そして、翌日の横須賀女子入学試験当日‥‥
真白は葉月の運転するスキッパーの後ろに乗っていた。
「もうすぐで着くけど、真白ちゃん」
「なんです?」
「試験の時、解答欄の記入ミス、気をつけてね。あと受験会場の場所もよく確認しておきなよ。特に実技試験の方はね」
「わ、分かっています」
葉月は以前真白がした模擬試験でのミスを指摘する。
本番で解答欄の記入ミスなんて起こしたら、不合格の確率もグッとあがるからだ。
そして、筆記試験の後に有る実技試験で、ちゃんと受験する実技科の試験会場の場所もチェックしておくように言う。
「はい、到着」
「あ、ありがとうございます」
葉月の運転するスキッパーは無事に受験会場である横須賀女子海洋高校に到着した。
時間に余裕を持って早めに宗谷家を出たので、真白以外の受験生の人数もまだ少数だ。
「いいって‥‥それじゃあ受験、頑張ってね」
「は、はい」
真白は緊張した面持ちで受験会場の中へと入って行った。
葉月は真白の事も気になったが、明乃ともえかの事も気になっていた。
夕べ、電話をした時、「何時も通りの調子でいけば大丈夫」と言っていたが、模擬試験と本番の試験ではその時の空気が違う。
本番の受験の空気に呑まれないか少し心配だった。
元々真白を受験会場に送るのは彼女の不幸体質の予防と共に明乃ともえかに会う事も目的の一つだった。
受験本番前に明乃ともえかにもエールを送くろうと門前で二人を待つことにした。
やがて、時間が経つにつれ、受験生の人数も増えてくる。
「人が沢山‥‥みんな私と同じ受験生かな?」
「多分ね、横須賀女子はブルーマーメイドの登竜門だから」
明乃ともえかの二人が受験会場に姿を見せた。
「明乃ちゃん、もえかちゃん」
葉月は二人の姿を見つけると、二人に声をかけた。
「「お姉ちゃん!?」」
明乃ともえかは葉月の姿を見て、声を揃えて言う。
二人は何故かブルーマーメイドフェスターの後から葉月の事を「お姉ちゃん」と呼ぶようになった。
「お?おーい!!明乃!!もえか!!」
門前で葉月と明乃、もえかが出会うと、船着き場から二人の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、マロンちゃん!!クロちゃん!!」
船着き場からはブルーマーメイドフェスターにて知り合った柳原麻侖と黒木洋美が此方に向かって来た。
「クロちゃんって呼ばないで」
明乃にクロちゃんと呼ばれて少し顔を歪める黒木。
「ごめんごめん」
「全く‥‥」
明乃と黒木のやり取りを見て葉月ともえかは苦笑する。
「葉月さん、おはようございます」
黒木は葉月に気づき、挨拶をする。
「おはよう、黒木さん」
「葉月さん。あの‥‥宗谷さんは‥‥」
黒木は葉月が宗谷家に居候している事を知っているので、葉月が受験会場に居るのであれば、近くに真白も居るのではないかと思い、葉月に真白の居場所を尋ねる。
「真白ちゃんなら、もう受験会場に入ったよ」
「そう‥‥ですか‥‥」
真白に会えなかったことに落胆する黒木。
「むぅ~クロちゃんにはマロンちゃんがいるじゃねぇか!!」
麻侖は頬を膨らませながら黒木に抱き付く。
彼女のそんな行動に葉月達は思わず苦笑する。
葉月達が門前でそんなやり取りをしていると、
「ほら、早くーっ!!」
「待ってよ~っ!!」
「試験に遅刻とかマジ洒落になんないーっ!!」
「時間はまだ大丈夫だってば~!!」
「汗かいちゃった」
「折角朝シャワー浴びたのに‥‥」
慌てて受験会場に飛び込んできた四人の受験生が居た。
「も~レオちゃんてば、『大丈夫』っ言っても止まらないんだもん」
青みがかった黒髪にツーサイドアップの髪型の女の子が息を整えながら愚痴るかのように言う。
「もとはと言えばルナが寝坊したのが悪いんじゃん」
白いカチューシャをつけた女の子が急いでいた理由を言う。どうやら、ツーサイドアップの髪型の女の子が寝坊したのが原因の様だ。
「あ~全力疾走したから数式忘れたかも‥‥」
赤いリボンのついたカチューシャをつけた女の子が息を整えながら嘆く。
「あっつ~い。コート脱いじゃおうかしら」
四人の中でも背の高いサイドテールの女の子は手で仰ぎながらコートを脱ごうとする。
「サクラ、エロいからやめな」
「えっ!?」
白いカチューシャをつけた女の子が背の高いサイドテールの女の子にコートを脱がせるのを止めた。
エロいと言われ、ショックを受けているような感じの背の高いサイドテールの女の子。
四人はワイワイと談笑しながら会場の中へと入っていった。どうらや、四人とも同じ中学の同期の様だ。
「賑やかな人だったね」
明乃が笑みを浮かべて今の四人の感想を言った。
「それじゃあ、これ以上引き留めるも悪いから、自分はこの辺で失礼するよ。皆、試験頑張ってね」
『はい!!』
明乃、もえか、黒木、麻侖の四人は勇んで受験会場の中に入って行った。
明乃達が受験会場の中へと入っていき、葉月も戻ろうとした時、近くに一匹の大きなドラ猫が居た。
ドラ猫は据わった目つきで葉月をジッと見ている。
(学校で飼われている猫なのかな?)
野良猫にしては体格が大きいので、葉月は目の前のドラ猫が横須賀女子で飼われている猫なのだと思った。
そして、朝食代わりとしてポケットに入っていた魚肉ソーセージを取り出し、地面に置くと、ドラ猫は躊躇なく魚肉ソーセージに食いつた。
葉月は魚肉ソーセージに食らいついているドラ猫に手を伸ばし、頭を撫でてみた。
ドラ猫は気にする様子も無く、魚肉ソーセージに食らいついている。
(やっぱり、学校で飼っている猫か‥‥)
葉月がドラ猫を撫でていると、
「クシュンっ!!」
くしゃみが出た。
(風邪でも引いたかな?)
そう思い、葉月はくしゃみを連発しながら宗谷家へと戻ったが、宗谷家に戻った後しばらくしたらくしゃみは治まった。
(一体何だったろう?)
葉月は謎の連発くしゃみに首を傾げる。
葉月がこのくしゃみの原因を知るのは、もう少し先になってからだった。