「ブルーマーメイドフェスター‥‥ですか?」
「そうよ」
明乃ともえかと交流を持ってから暫く経ったある日の夜、葉月は真霜から近々ブルーマーメイドの基地で行われるイベントについての話を受けた。
ブルーマーメイドフェスター‥それはブルーマーメイドが主催する一大イベントで、当日は、普段一般人は立ち入り禁止となっているブルーマーメイドの基地の一部を開放して、ブルーマーメイドの隊員が基地内を案内をしたり、使用艦艇も基地同様、一部を一般開放したりする。
この他にも音楽隊の演奏やパレード、スキッパーショー、ゲストで呼んだアイドルショー、一般客参加のアトラクションに縁日では定番の露店も出店し、またブルーマーメイドフェスター限定のグッズの販売など、文字通り、当日は基地がお祭り騒ぎとなる。
また、ブルーマーメイドだけではなく、横須賀女子を始めとするブルーマーメイドの育成・教育機関の学校の生徒達も参加し、本職の先輩方に負けじと、教育艦の一般開放や露店を出す予定となっている。
しかし、ブルーマーメイドは現在、女性にとって一番の花形職業‥‥。
当然こうして触れ合う機会が少ないからこそ、一般開放されるイベントには大勢の人が押し寄せられる。
開催当初は、来た人、全員を受け入れて来たのだが、年を重ねるごとに来場者数は登っていき、基地の職員、学生では対処できなくなっていき、等々入場者制限がかけられてしまった。
入場できるのは招待状を持つ者で、一般でも販売されるのだが、販売と同時に即完売と言う人気の切符となっている。
「それが、この券ですか‥‥」
葉月は真霜から手渡されたブルーマーメイドフェスターの入場券をジッと見る。
本職のブルーマーメイド‥‥しかも幹部クラスの真霜の手にかかれば、ブルーマーメイドフェスターの入場券を用意する事なんていとも簡単だった。
「当日は真冬や真白も行くみたいだから、葉月もいってらっしゃい。この後、働く先の職場を就職前に見学するのも良いんじゃないかしら?」
真霜の言う事も最もであり、葉月はブルーマーメイドフェスターに行く事にした。
また、将来のブルーマーメイド候補の為に、中学校にもそれら、入場券は配布されるのだが、入場券の枚数には制限があり、毎年どの学校でも入場券をかけて抽選が行われる。
それは、明乃ともえかが通う中学でも同じで、職員室前の掲示板にはブルーマーメイドフェスターのお知らせとその入場券の抽選会の知らせが張り出されていた。
「ブルーマーメイドフェスター、今年は行けるかな?」
「行きたいよね」
これまで、二度の抽選に応募して、外れてきた明乃ともえか。
今年は受験生なので、せめて受験勉強に集中して入る前にブルーマーメイドの事をより詳しく知る事が出来るブルーマーメイドフェスターに参加したかった。
応募用紙に名前を書き、当たりますように と願掛けをして、抽選ボックスへと用紙を入れる二人だった。
そして抽選の結果‥‥
二人は抽選漏れした‥‥。
抽選に落ちた現実にショックを隠し切れない明乃ともえか。
二人の口からは魂の様なモノが飛び出ていた。
「‥‥」
図書館にて、明乃ともえかの勉強をみている葉月もちょっと引いている。
葉月は明乃ともえかと交流を持ってから、休みの日にはこうして出会い、勉強を教えていたりもしている。
これでも葉月は前世では海軍士官学校、海大甲種卒の経歴を持つ。でなければ、30代で佐官にまで上がるのは難しい。
照和の世と平成の世では多少なりとも学問の内容に違いは見受けられたが、十分葉月の許容範囲内だった。
(自分もあの写真入れを落した時にはこんな感じだったんだろうな‥‥)
今の明乃ともえかの様子を見て、ついこの前の自分の姿を見ているような心境の葉月。
しかし、いつまでの抽選に落ちた事を引きずっていては、本番の受験さえも落してしまうかもしれない。
何とか、彼女らをブルーマーメイドフェスターに連れて行けないモノかと考える葉月。
そして、ある手が思い浮んだ。
(あっ、そうだ!!)
葉月は一度、席を立ち、携帯電話のスペースへと行くと、真霜に電話をかけた。
「どうしたの?葉月」
「実は、真霜さんにお願いがありまして‥‥」
「ん?何かしら?」
葉月は真霜にあるお願いをした。
「‥‥と言う訳なんですが‥‥」
「分かった、いいわよ」
「本当ですか!?」
「ええ、他ならぬ葉月のお願いだもの‥‥でも、その代わりに私のお願いも聞いてほしいな‥‥」
「な、なんでしょう‥‥?」
真霜からのお願いに何か嫌な予感がする葉月。
「‥‥葉月‥‥今夜‥‥やらないか?」
「‥‥」
まさに嫌な予感は的中した。
「な、何故です‥‥先日も自分を襲ったばかりじゃないですか」
「あら?ダメなの?それじゃあ、この話は無かった事に‥‥」
「ちょ、ちょっと待って!!」
葉月は慌てて電話を切ろうとする真霜を引き留める。
「こう見えてお姉さん、ちょっと妬いているんだぞ~葉月が私を捨てて、私より若い子に夢中になっているんだから」
「ち、違います!!明乃ちゃんともえかちゃんはあくまで友人です!!」
真霜の芝居がかった声に思わず真っ正直にツッコム葉月。
でも、友人を助けたいと言う気持ちに嘘偽りはない。
「‥‥わ、わかりました‥‥真霜さんの条件を呑みましょう」
葉月は自分の身体を犠牲にして友人を助ける事にした。
「それじゃあ、お願いしますよ。真霜さん」
「うん、任せて。それじゃあね、今夜を楽しみにしているわ」
「‥‥」
硬い表情で電話を切る葉月。
今夜の事を思うとやや憂鬱であるが、それでもあの二人が喜んでくれるなら、真霜に身体を差し出すくらい苦痛では無い‥‥筈である‥‥。
葉月は携帯をポケットにしまい、明乃ともえかの下へと戻った。
「‥‥」
葉月との電話を切った真霜の心中は揺れていた。
自分の欲求を満たす為に自分は葉月からの願いに対して、彼女の身体を求めた。
これは、相手の弱みに付け込む様な人として最低の行為だ。
それを自分は使ってしまった。
これでは葉月を排除しようと画策している海上安全整備局の上層部連中と同じではないか!!
もう一人の自分が今の自分を怒鳴り付けている様な感覚になる。
それでも真霜にはちょっとした焦りがあった。
最近、葉月に友人が出来たらしい。
年は真白と同い年の女の子達だそうだ。
その内、一人はかつて、葉月の許嫁の姿に似ていると言うのだから焦らない筈がない。
葉月にこの世界で新しい友人が出来た事に関しては嬉しい事だ。
しかし、かつての許嫁と瓜二つの容姿を持つその子に葉月が取られてしまうのではないか?
葉月自身も自分よりその子の下に行ってしまうのではないか?
そんな不安が真霜の中に蠢いていた。
しかし、好きな者と身体を合わせる行為は、これまでの真霜の人生の中で、最高の気分を味あわせてくれる時間であった。
これまで、自分で自分を慰めた事は何度もあったが、葉月との時間はその何百倍にも匹敵する快楽を与えてくれる。
一度、入ればなかなか抜けられない‥‥まるで麻薬の様に甘美で危険なモノだった。
しかし、葉月自身は別のそこまで真霜を毛嫌いはしていない。
だが、彼女はその事実を知らない。
真霜の葛藤はまだまだ続きそうだった‥‥。
葉月が明乃ともえかの下に戻ると、
「明乃ちゃん、もえかちゃんの二人に良いお知らせがあります」
「ん?良い‥‥」
「お知らせ?」
項垂れていた顔をゆっくり上げる明乃ともえか。
「うん、実は自分の知り合いのブルーマーメイドの人が、何と二人にブルーマーメイドフェスターのチケットを用意してくれる事になりました」
「「えっ‥‥」」
葉月の言った事が一瞬信じられなくて、フリーズする二人。
「「それ本当!?」」
念の為、確認をとる明乃ともえか。
「ああ、本当だよ。あと、その人からブルーマーメイドについて色々お話も聞かせてくれる事になった。今度の日曜日にその人と会わせてあげる」
「「ありがとうございます!!」」
明乃ともえかは揃って葉月に礼を言った。
ただ、その裏に葉月の犠牲があったのだが、二人はその事を知らず、葉月自身も二人が喜んでくれるなら、これしきの事‥‥そう思っていた。
そして、その日の夕食‥‥
宗谷家の食卓に並んだのは、 レバニラ、うなぎ、ニンニクたっぷりの餃子、とろろ、etc……
「‥‥」
食卓に並んだ料理を見て、葉月は無言。
真白は何故、この料理のチョイス?と首を傾げ、真冬は気にせず、料理をがっついていた。
真霜もお上品に食べているが、普段よりも多く食べている様にも見えた。
(明日、大丈夫かな‥‥?)
葉月はこの先に待ち受ける蹂躙劇に少しでも抵抗しようと夕食に箸をつけた。
そして、真霜と葉月を除く宗谷家の皆が寝静まった頃、宗谷家の一室に本能の赴くまま互いの身体を求めあう二匹の獣が居た‥‥。
一匹が一匹をまさに蹂躙している様はまさに弱肉強食‥‥自然の摂理を表している様だった。
やがて、事が終わり、二人とも荒い息遣いで、ベッドの上で互いにぐったりしていると、
「ねぇ、葉月‥‥」
真霜が話しかけて来た。
「なんでしょう?」
「葉月‥私の事、酷い女だと思っている?」
「どうして?」
「‥‥その‥葉月の弱みに付け込んでこんな事を‥‥」
真霜は昼間感じた罪悪感を今ここで葉月に吐露した。
「‥‥真霜さん、自分はこの程度で真霜さんの事、嫌いになったりはしませよ」
「本当?」
「本当」
「本当に本当ね?」
「本当に本当」
「本当に本当に本当ね?」
「くどいよ、真霜さん」
鬱陶しく思った葉月が真霜の禅問答を止める。
「ほら、明日も早いんだから、もう寝よ」
「う、うん‥‥お休み‥葉月」
「お休み、真霜さん」
二人は抱き合って眠りについた。
それから時は流れ、約束の日曜日‥‥
「お待たせ、待った?」
葉月は明乃ともえかとの待ち合わせ場所へ予定の時間よりも15分早く着いたが、そこでは既に明乃ともえかが待っていた。
「い、いえ待っていません」
「今、着た所です」
明乃ともえかはそう言うが、それは嘘だなと思う葉月。
自分だって待ち合わせ時間よりも早く来たのに、それよりも早く来た明乃ともえかは一体いつから待っていたのだろうか?
まぁ、彼女達が興奮するのも無理は無い。
手に入らなかったブルーマーメイドフェスターの入場券を貰え、現役のブルーマーメイドの人の話を聞けるのだから‥‥。
「それじゃあ、行こうか?」
「「はい!!」」
二人は元気よく返事をして、葉月と共に宗谷家へと向かった。
「「‥‥‥」」
初めて宗谷家を見た明乃ともえかはその家の大きさに圧倒され、門前でポカンとした表情で宗谷家を見ている。
葉月自身も初めて宗谷家を見た時と同じリアクションであった。
(うん、わかるよ、その気持ち‥自分も初めて来た時は同じ顔していたと思うし‥‥)
「行くよ」
何時までも門前で立っている訳にはいかないので、葉月は明乃ともえかに宗谷家の中に入るように促す。
「あ、あの‥‥」
「ん?」
明乃が恐る恐る葉月に声をかける。
「こ、こんな大きな家、入っても大丈夫なんでしょうか?」
もえかもコクコクと首を縦に振る。
「だ、大丈夫だよ。良い人だから」
葉月はそう言ってテクテクと宗谷家の敷地内に入っていき、明乃ともえかも慌てて葉月の後を追う。
「戻りました」
「おかえり、葉月。およ?後ろの二人が?」
「み、岬明乃です」
「知名‥もえかです」
宗谷家に戻った葉月を玄関先で真霜が出迎えた。
そして、葉月の後ろに居る明乃ともえかに気づいた。
明乃ともえかは真霜に自己紹介をした。
「はじめまして、宗谷真霜よ。ようこそ、宗谷家へ、さあ上がってちょうだい」
真霜は明乃ともえかの二人を宗谷家へと上げる。
リビングへと続く通路を歩いている中、
「家にも貴女達と同い年の妹が居るんだけど、今日は家族と一緒に買い物に行っていていないのよ。もし、会えたら、良い友達になれると思うわ」
今日の宗谷家は真霜以外の皆は買い物に出ていて真霜以外は留守だった。
「あっ、でも妹も横須賀女子を目指しているから、ライバルであるけれど、高校へ入ったら、仲良くしてあげてね」
「「はい」」
リビングにつき、明乃ともえかにソファーに座らせ、
「はい、コレ‥今度のブルーマーメイドフェスターの入場券」
真霜は薄青色でブルーマーメイドのロゴが描かれた封筒をそれぞれ明乃ともえかに手渡す。
「「ありがとうございます!!」」
明乃ともえかは両手で封筒を受け取る。
二人は今からブルーマーメイドフェスターの事を思い、目を輝かせていた。
「さて、それじゃあ、コーヒーを淹れてくるけど、明乃ちゃんともえかちゃんはどうする?」
「あっ、コーヒーで大丈夫です」
「わ、私も‥‥」
「それじゃあ、淹れるけど、カフェオレにする?それともエッソプレッソにする?」
真白の時同様、ブラックでは苦いだろうと思い、甘めのコーヒーにしようと思い、明乃ともえかに尋ねる。
「あ、あの‥‥それじゃあ、カフェオレで‥‥」
明乃はカフェオレを頼んだが、もえかは‥‥
「私はブラックで大丈夫です」
なんと、もえかはブラックのままで良いと言う。
「へぇ~もえかちゃんはブラック大丈夫なんだ。家の真白ちゃんは、ダメだったのよ。もえかちゃん、大人ね」
「そ、そんな‥‥//////」
現役のブルーマーメイドの人にそう言われて嬉しいのか、恥ずかしいのかもえかはほんのりと顔を赤らめる。
「まっ、葉月の淹れるコーヒーは美味しいから期待していいわよ。本人はまだ納得した味が出ていないって言っているけど‥‥」
それから少しして‥‥
「お待たせ」
コーヒーカップをお盆の上に乗せた葉月がリビングへ戻って来た。
そして、真霜ともえかの前にはブラックコーヒーの入ったカップを置き、明乃の前にはカフェオレの入ったカップを置いた。
「さあ、どうぞ」
葉月に促され、明乃ともえかはそれぞれカップに口を着けた。
「美味しい‥‥」
「ほんと、とっても美味しい‥‥」
明乃ともえかも葉月の淹れたコーヒーを気に入った様だ。
真霜も美味しそうに飲むが、やはり葉月だけは何となく納得のいかない顔を浮かべていた。
その後、真霜が明乃ともえかにブルーマーメイドでの仕事や苦労話、横須賀女子での高校生活、海洋実習での思い出話、その他に受験対策を二人に話して、明乃ともえかの二人にとってはとても充実した一日となった。
「今日はとても楽しかったです!!」
「貴重なお話を聞けてとても参考になりました。ありがとうございました」
帰り際、明乃ともえかの二人は真霜に礼を言う。
「こちらこそ、楽しかったわ。ありがとう。それじゃあ、ブルーマーメイドフェスター楽しんでね」
「「はい!!」」
明乃ともえかの二人は手を繋いで寮へと帰って行った。
「いい娘達だったわね‥‥真白とも良い友人になってくれそうだわ」
「ええ」
真霜と葉月は二人の姿が見えなくなるまで、二人を門前で見送った。