試験休み中に探し人を求めて街中を散策していた明乃ともえかは路地裏にて、社会不適合者共に絡まれてしまった。
そこを助けてくれたのが、明乃ともえかの探し人である葉月だった。
この日、葉月は生理痛で変則的に襲いかかって来るこの鈍痛にイライラしつつ、贔屓にしているコーヒーショップへ頼んでいたコーヒー豆を受け取りに行き、その帰り道、社会不適合者共に絡まれていた明乃ともえかを助けた。
社会不適合者共を片付けた後、面倒であるが、この社会不適合者共をそのまま放置しておくと、また新たな火種を生む恐れがあるので、警察を呼んだ。
その間に明乃ともえかはこの場から去ったと思った葉月であったが、意外にも明乃ともえかはその場に留まり、警察に事情を一緒に説明すると言うのだ。
やがて、現場に来た警察と通報の際、葉月が腕を負傷した事を通報したので、警察と一緒に救急隊も到着した。
葉月は救急隊員に手当を受けながら、警察に事情を説明し、明乃ともえかも警察に今回のいきさつを説明した。
それにより、葉月にはお咎めなしで社会不適合者共は銃刀法違反、傷害罪で逮捕されて行った。
警察が社会不適合者共を連行して行き、騒ぎは沈静した。
そして、葉月が帰ろうとした時、
「待ってください」
もえかは葉月の服の裾をつかみ葉月を止めた。
「えっ?」
葉月はもえかのその行動に驚き思わず声が裏返る。
「え、いや、その‥‥」
もえかは葉月を引き留めたは良いが、何を話していいのやら、わからず困惑する。
「もかちゃん、落ち着いて」
「う、うん‥‥」
明乃はもえかに声をかけて、彼女を落ち着かせる。
「すぅ~‥‥はぁー‥‥」
もえかは話す前に深呼吸をして、改めて葉月と向き合う。
「あの!!」
「は、はい」
「あの‥今日はありがとうございました!!それに帽子との時もちゃんとお礼が言えなかったので、今日改めてお礼を言わせてください!!」
「えっ?あっ、うん‥‥」
もえかの律義さに戸惑う葉月。
「あっ、それと‥‥」
明乃はポケットをゴソゴソと漁り、
「コレ、この前図書館に落ちていました。貴女のですよね?」
と、葉月に二つ折りの写真入れを差し出して来た。
「っ!?」
明乃が葉月に差し出して来たのは紛れもなく先日、自分が落とした写真入れだった。
「ありがとう‥探していたんだよ」
受け取った写真入れをギュッと抱きしめる葉月。
「あ、あの‥‥」
そんな葉月に明乃が声をかける。
「何かな?」
「その‥‥悪いとは思ったんですけど、実はその‥‥中身を見てしまいまして、その‥‥すみませんでした」
明乃は葉月に無断で写真入れの中を見た事に負い目を感じる様に葉月に語り掛ける。
「私も見ました‥それで、気になったんですけど‥‥その‥‥どうして、その写真の人は私に似ているんですか?その人は誰なんですか?」
もえかも明乃同様、負い目を感じつつも写真を見た者として、葉月に疑問をぶつけた。
「‥‥この人は‥‥自分にとってとても大切な人だったんだ‥‥もう二度会うことは出来ないけれど‥‥」
「「あっ‥‥」」
葉月の口から発せられた「もう二度会えない」その意味は、明乃ともえかにはすぐに理解できた。
自分達にももう二度と会えない大切な人達が居た‥‥。
写真入れの中の写真の女性はきっと目の前の女の人にとって自分達の死んだ両親と同じくらい大切な人だったのだろうと理解する明乃はもえかだった。
「この人が君に似ているのは本当に偶然なんだ‥‥自分自身、あの日初めて君を見た時、驚いたからね」
「な、成程‥だからあの時、私の顔を見て驚いたんですね?」
「ああ‥世の中には三人、自分の顔と似た人が居るって言うからね」
葉月としては許嫁と目の前の居る少女の他に、かつて自分の世界にて、軍令部総長を務めた高野五十六とこの世界に存在していた山本五十六、世界征服を企んだハインリッヒ・フォン・ヒトラーとこの世界で風景画家だったアドルフ・ヒトラー‥‥既に二人のそっくりさんを知っていた。
もしかしたら、前世では自分そっくりな女学生が居たのかもしれないと思う葉月であった。
「あっ、自己紹介がまだでしたね!!私は岬明乃だよ!!」
此処で明乃が自分の名前を教えていない事に気づき、葉月に名を名乗る。
「私は知名もえかです」
明乃に続き、もえかも自己紹介をする。
「自分は、広瀬葉月です。よろしく、岬さんに知名さん」
「あっ、私の事は明乃でいいですよ」
「私も、もえかで‥広瀬さんの方が年上でしょうから‥‥」
「そ、そう?それなら自分も葉月と名前呼びで構わないよ」
こうして葉月、明乃、もえかの三人は互いに名を名乗り、交流を持つこととなった。
「葉月さん、その紙袋は何ですか」
明乃は葉月が持っている紙袋が気になる様子。
「ああ、これはコーヒー豆だよ。これを挽いてコーヒーを淹れるんだよ」
「葉月さんって喫茶店の方なんですか?」
「いや、コーヒーを淹れるのは趣味みたいなものかな?でも、喫茶店を開きたいって言うのは夢でもあるんだけどね」
「へぇー」
一方のもえかは葉月の腕に巻かれた血が滲んだ包帯が気になった。
自分達を護る為に傷ついたのだから心配して当然だ。
「あの‥葉月さん‥怪我は大丈夫でしょうか?」
「ああ、この程度大した事は無いよ」
(前世では、これ以上のケガを負う事なんて結構あったからな‥‥)
軍人である以上、生傷が絶えない職業である事は間違いなく、葉月にとってはこの程度の切り傷など、かすり傷レベルのものだった。
それよりも葉月が今、悩んでいるのが‥‥
「うぅ~‥‥」
生理痛から来る鈍痛だった。
「大丈夫ですか?」
「やっぱり痛いんですか?」
葉月が鈍痛で腹部を抑え、顔を歪ませると、明乃ともえかが心配そうに聞いてくる。
「だ、大丈夫‥‥その‥‥今日は、あの日なんだ‥‥//////」
「「あっ‥‥//////」」
明乃ともえかももう中学生‥‥
当然、女の子が言う「あの日」の意味をちゃんと理解していた。
そのため、二人はほんのりと頬を赤らめた。
立ち話と言うのも現在、生理中の葉月にはしんどいので、どこか座れる場所は無いかと探していると、近くのショッピングモールがあったので、そこのフードコートにて、座りながら、話す事にした。
「そう言えば、二人は学生の様だけど、今はいくつなの?」
「私達は今、中学三年生です」
「そうか、それじゃあ来年は受験だね。何処を目指しているの?」
「横須賀女子海洋学校です」
(横須賀女子海洋‥‥確か真雪さんが校長を務めて真白ちゃんが目指している学校だっけ?)
「それじゃあ、二人とも将来はブルーマーメイドになるんだ」
「はい」
「まだ、なれるか分かりませんけど‥‥」
確かにもえかの言う通り、ブルーマーメイドになるにはまず最初に国が指定したブルーマーメイドの教育・育成機関である学校に入らなければならない。
横須賀女子海洋学校はその中でも最高峰に位置する教育機関だ。
「葉月さんは学生さんですか?」
「いや、学生‥ではないかな?」
(そう言えば、今の自分の身分って一体何なんだろう?)
明乃の質問に対して、葉月は今の自分の身分を考えさせられた。
病院で真霜と取引をして、天照の指揮権を確保し、現在は天照の艤装員長を務めているが、正式にブルーマーメイドに所属したわけでもないし、階級章の様なモノも受け取っていない。
(真霜さんに今夜あたり聞いてみるか‥‥)
自分の身分に関し、悩んでいる葉月に首を傾げる明乃ともえかだった。
「では、働いているのですか?」
「まぁ、働いていると言えば、働いているかな」
現に葉月は今、天照の艤装員長を務めているので、無職ではない。
「どういったお仕事をされているんですか?」
明乃ともえかは葉月の仕事がどんな職なのか興味がある様子。
「今はドックで艤装員の仕事をしているよ」
「ドックで働いて、艤装員って事はもしかして葉月さん、ブルーマーメイドの人なんですか?」
葉月がブルーマーメイドの人間だと多い明乃ともえかは目を輝かせている。
「う、うーん‥どうなんだろう‥‥?契約社員みたいなモノなのかな?」
((ブルーマーメイドに契約社員なんて制度があるの!?))
葉月の回答があまりにも意外だったので、声には出さないが驚く明乃ともえか。
「あっ、でも、今住んでいる家の人で、ブルーマーメイドで働いている人は二人いるよ」
「「えええっ!!」」
葉月の知り合いにブルーマーメイドの人が居る事に驚く二人。
「どんな人なんですか!?」
「やっぱり、カッコイイ人なんですか!?」
明乃ともえかは葉月にグイグイと迫り、ブルーマーメイドの人がどんな人なのかを尋ねてくる。
「うーん‥‥」
葉月は知っているブルーマーメイドの人達を思い浮かべる。
真っ先に浮かんだのが、現在居候先の宗谷真霜と妹の真冬‥‥。
真霜は確かに有能だ‥‥しかも美人でもある‥‥しかし、独占欲が強い‥‥性癖はアレだし‥‥。
真冬は黙っていれば、海の女って感じでカッコイイのだが、彼女の癖にはどうにも問題がある‥‥。
平賀はインスタントコーヒーをコーヒー豆を挽いたものだと勘違いするし‥‥。
福内は‥‥まぁ、知っているブルーマーメイドの人の中では唯一普通かな?ファッションは独創的だけど‥‥。
「うん、凄い人達だよ‥‥」
葉月は明乃ともえかから視線を少し逸らして言う。
「やっぱり!!」
「ブルーマーメイドになれる人ですからね!!」
まぁ、性格や癖、言動はともかく、自分達の職に関しては、誇りを持っている人達なのだろう。
しかし、願わくば、彼女達がブルーマーメイドになってもあの人達の様な人にはなって欲しくはないと思った。
その後、葉月と明乃、もえかはお互いに連絡先等を交換して、この日は解散となった。
葉月が宗谷家に戻り、宗谷家の皆がそろった時、皆は葉月の腕に巻かれた血の滲んだ包帯に驚いた。
真白は血が滲んでいたと言う事で、「あわわわわ‥‥」と狼狽していた。
「ちょっと、葉月!!その包帯どうしたのよ!?」
「あっ、ああ‥これですか‥‥これは‥‥」
葉月は包帯を巻く事になった経緯を話した。
注文したコーヒー豆を買いに行き、その帰り道に社会不適合者共に絡まれている女子中学生を助けてその過程で腕に傷を負った事を‥‥
その話を聞いた真冬は、
「へぇ~流石、葉月。良い根性してんじゃん」
と、葉月の行動を褒めた。
「でも、あまり危ない事はしちゃダメよ」
真雪は葉月に無茶な行動は控える様にと言い、
「どこのゴミクズかしら?私の葉月を傷物にしたのは‥‥」
(貴女ですよ、真霜さん)
真霜の言葉に心の中で突っ込む葉月。
「見つけたら、この世に生まれてきた事を後悔させてやろうかしら‥‥」
ダークオーラを出しながらブツブツと呟き、真雪を除く、他の皆はそんな彼女の姿にちょっと引いていた。
そして、その日の夜‥‥
「真霜さん」
「何?」
「自分‥病院で真霜さんと取引をした時、海上安全整備局の指揮下に入ると言う契約をしましたが、結局のところ、今の自分の立場って、どういった立場なんですか?階級や役職も今のところ聞いていませんし‥‥」
「あっ‥‥」
葉月が真霜に今の自分の立場を尋ねると、真霜も今思いだしたかのような声を出した。
「‥‥まさか、真霜さん‥忘れていたんですか?」
「そ、そんな訳ないじゃない。アハハハハハハハ‥‥」
葉月も自分の立場の事を忘れていたが、てっきり真霜の方が進めてくれていたのかと思っていたのだが、真霜の方も忘れていた様だ。
そんな真霜をジト目で見る葉月。
「ちゃ、ちゃんと用意しておくからそんな目で見ないで~」
葉月のジト目に耐えられなくなったのか真霜が涙目で悲願して来た。
今の真霜の姿を真白や職場の部下が見たら、物凄いギャップを感じるだろう。
次の日、真霜は急いで、葉月の身分証や階級章を発行した。
これにより、葉月の身分は、
海上安全整備局所属 天照艤装員長 兼 安全監督室 情報調査隊 三等監察官と言う身分となった。
真霜と同じ部署所属にしたのは、病院で葉月との取引の際、葉月を護ると言う内容が関係していた。
他の部署では、上層部が移転を命じ、葉月と天照を切り離す恐れがあったからだ。
しかし、真霜が統括する部署に置いておけば、真霜自身の地位と権力でそれをはねのけるぐらいは出来るからだ。
一見、職権乱用にも見えるが、それを最初にやりそうなのはむしろ、上層部の方だ。
真霜自身も自らの権力をこうした形で振るうのは、好まない。
しかし、一度約束をした以上は、全力で葉月と天照を守らなければならない。
約束を違えれば、あの天照の強大な力が自分達に牙を剥けると思うと、これくらいの行為は甘んじて受け入れ実行するぐらいの覚悟は必要で、真霜はそれを実行したのだ。
当然、上層部は葉月のこの配置に不満を零したが、今回の不明艦の発見から乗員の保護に至る全権を真霜が担当した時点で、上層部は勝負のテーブルにさえ座れていない状況だった。
上層部は苦虫を噛み潰したよう顔で今回の葉月の配置を認めるしかなかったのだ。
しかし、上層部もただ何もせずに真霜の独走を許す筈がない。
この先、必ず何らかの陰謀を張り巡らせてくる可能性は十分にあった。
真霜の苦労もまだまだこの先続きそうだった。