葉月が宗谷家にお世話になってから、数日が経った。
この日、葉月は自身が乗艦していた天照が置かれている横須賀の大型船ドックへと真霜と共に向かった。
尚、その際、葉月は遭難時に着ていた第一種軍装を身に纏っていた。
一応、公式な訪問なので、私服ではなくちゃんとした服装が良いと言う事で、葉月は一種軍装を着てドックへと来た。
前世で最後に着ていた服装だった為か、一種軍装も一緒に縮んだのだ。
しかし‥‥
(ちょっと、胸の部分が少しキツい‥‥)
胸の部分は少しきつかった‥‥。
それにズボンだった事に真霜がやや不満そうな顔をしていた。
(真霜さんに頼んで、上着だけでも新調しようかな‥でも、真霜さんの事だから、スカートを穿かせようとするかもしれないな‥‥)
葉月が一種軍装に若干のきつさを感じながらもドックを歩いていくと‥‥
「天照‥‥」
大型船ドックには無傷の天照が鎮座していた。
(あれだけ、酷い損傷を受けていたにも関わらず、全くの無傷だ‥‥)
「真霜さん、天照は既に補修を受けたのですか?」
無傷のままの天照を前に葉月は真霜に海上安全整備局が天照の補修をしたのかを尋ねる。
「いいえ、天照は最初からこの状態で漂流していたわよ」
「そう‥ですか‥‥」
「どうしたの?」
「いえ、真霜さんには自分が天照と共に沈んだことを話しましたけど、詳しい詳細を話していませんでしたよね?」
「ええ、そうね」
そこで葉月は真霜に天照の最後を話した。
病院で話した時よりも詳しく‥‥
大西洋で独海軍と戦った最終決戦時には、船体には60本以上の魚雷を受け、後部電探室は急降下爆撃で完全に破壊され、其処に居た電探員は全員戦死した事、
左舷にばかり集中攻撃を受け、傾斜を戻す為に右舷機械室及び罐室に注水し、大勢の作業員達を見殺しにした事、
艦橋が被弾し、艦長以下艦橋員に大勢の死傷者を出した事、
そんな中でも、多数のビスマルク級、シャルンホルスト級の戦艦、アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦、ドイッチュラント級装甲艦と砲撃戦をやり合った事、
そして力尽き撃沈され、自分もそこで死んだ事、
真霜はその中でも、右舷機械室及び罐室に注水し、大勢の作業員達を見殺しにした事に驚愕した。
艦の安全と大勢の乗組員達の為に少数の乗組員の命を切り捨てた天照の艦長の決断を自分に置き換えてみた。
もし、艦と乗組員の安全の為に、少数の乗組員を見殺しにしなければならない状況下になった時、自分はその命令を下せるだろうか?
考えたくはないが、この職に就いている以上、そう言った機会が来ないとも言い切れない。
葉月の話を聞き、この仕事の危険度の高さと責任者としての立場を改めて認識させられた真霜だった。
やがて、葉月は真霜とドックの技術者達を天照に案内しながら、天照の詳細な部分を教えながら歩いた。
当初は高校生ぐらいの少女が天照の乗員だと真霜から伝えられた時、ドックの技術者達は、困惑や疑惑の目線を葉月に向けてきた。
しかし、ドックの技術者でさえも分からないような部分を葉月は淡々と答える事が出来たので、技術者達は真霜が言ったことを‥‥葉月が天照の関係者である事を認めざるを得なかった。
葉月はドックの技術者からの話を聞き、天照に搭載している噴進弾を彼らに話して良いモノかと思っていた。
この世界では、噴進弾は存在しておらず、噴出魚雷と呼ばれる垂直発射管から発射される噴進弾に似た魚雷は存在している。
技術者達は噴進弾をこの噴出魚雷と見違えた様だった。
「大きいと思ったけど、まさか45口径51cm砲だなんて‥‥」
天照の主砲の大きさに驚愕する真霜や技術者達。
現在公式記録で確認されている最大主砲は大和級の45口径46cm砲‥‥
しかし天照は、口径は同じでも大和級よりも5cmも大きな砲を大和級と同じ数だけ揃えている。
副砲に関しては、大和級は60口径15.5cm3連装砲塔を四基、反対に天照は65口径15cm成層圏単装高角砲が九基‥数とcmにおいては大和級が多いが、口径と発射速度は天照の方が上だ。
ドックの技術者達と協議した結果、天照は、主砲を始めとする火器と機関は全改装され、少ない人数でも運用可能となる様に改装され、レーダーや通信機器等も今積まれているモノから最新型のモノへと改装される事になった。
被弾の可能性が大きい様な場所にはエアバックも装備される。
また、新たな新装備として、インディペンデンス級沿海域戦闘艦が採用している短魚雷発射管も増設する事になった。
中型のスキッパーも積載される予定だ。
それらの大規模改装は一年かけて行われる事になった。
その間、葉月は艤装員長を務める事になった。
技術者達と改装についての意見交換を終えた後、真霜が
「ねぇ、葉月」
「はい?」
「例の約束‥忘れていないわよね?」
「約束?」
「言ったじゃない、海兎に乗せてくれるって」
「あっ、はい」
「みくらも整備が終わってこれから試験航海なんだって、だから海兎をみくらに乗せれば、みくらの試験航海と海兎の試験飛行の両方が出来ると思わない?」
真霜は有無を言わせない感じで葉月に迫った。
「し、しかし、突然そんな事を言ってもみくらの艦長が了承するでしょうか?」
いきなり海兎を試験航海に出るみくらに搭載させるのに、みくらの艦長の許可を得なくて大丈夫なのかと真霜に問う。
「大丈夫よ、福内には既に話をつけてあるわ。彼女も構わないって言っていたわよ」
「は、はぁ~‥‥」
今の真霜の勢いに「No」と言える者が真雪以外に何人いるだろうか?
少なくともこのドックにはいないだろう。
真霜の要請を受け、天照に搭載されていた海兎はドックのクレーンとトレーラーによって天照からみくらへと移された。
みくらの後部飛行船格納庫には海兎を十分に搭載できるスペースがあった。
海兎と突然ながらも真霜と葉月を乗せたみくらは修繕ドックから出航した。
(航空機の類は無いが、艦船の技術力はやはり、照和の世界よりは上だな‥‥)
みくらの艦橋の様子を見た葉月はやはり、この世界が未来の世界なのだと思う。
病院から宗谷家に向かう途中の街並みや道を走っている車を見ても照和の世界より技術力が上だった。
なのに、何故航空機開発が全くされていないのか不思議で仕方がなかった。
しかし、海兎の登場でこの世界にも空への道が開けるのではないかと言う思いもあった。
(間違った使い方はしてほしくはないなぁ‥‥)
気球も飛行船も飛行機も人類が空を飛びたいと言う願いから生まれた筈だったが、いつしかそれは、兵器目的に開発される傾向が強くなった。
この世界が日露戦争以降大きな戦争をしなかったのは奇跡ともいうべき事だろう。
しかし、平和と言うのはほんの些細な事で壊れてしまう。
海兎が戦争の引き金にならない事を切に願う葉月だった。
みくらは埠頭より離れ、大海原へと出た。
辺りは見渡す限り、蒼い海‥‥。
みくらの各部のチェックは終わり、試験航海は終わったが、まだ海兎の試験飛行が終わっていなかった。
みくらの後部にある飛行船甲板に海兎が配置され、折りたたまれたプロペラが開く。
プロペラが開くと勢いよく回転し始める。
「では、どうぞ、乗って下さい」
操縦席の葉月が甲板に居る真霜達に乗る様に言う。
葉月は航海科に所属していたが、いざと言う時の為に、ヘリの操縦免許を研修で取っていた。
真霜達は未知なる体験にウキウキしながら、海兎に乗った。
みくらの乗員達は、
本当にコレが空を飛ぶのか?
危なくないか?
と、意味深しい目で海兎を見ている。
「じゃあ、行って来るわね、暫くの間、艦の指揮は任せたわ」
「は、はい」
福内がみくらの副長に艦の指揮権を一時的に壌土し、海兎の搭乗扉を閉める。
扉が閉まるのを確認した後、海兎はみくらの飛行船甲板を離れ、空へと飛びあがった。
海兎が飛んでいくのをみくらの乗員達は唖然とした顔で見ており、
飛んだ‥‥
本当に飛べたんだ‥‥
と、飛び上がるまで、海兎が空を飛べるのか疑問視していた。
海上は飛ぶ海兎に真霜達は学生の遠足か修学旅行のバスか電車の時の様にはしゃいでいる。
「すごく速いわね‥‥」
「ええ、我々が使用している飛行船よりも速いですし、小回りも効きますね」
「配備されたら、ブルーマーメイドの活動範囲も大幅に広がりますよ」
「そうね‥‥」
真霜は海兎のこの性能を見て、将来的に海兎の生産とブルーマーメイド艦艇への配備を検討し始めた。
みくらに乗せられた様に格納庫スペースは十分にある。
問題は生産と周囲に認めさせることだ。
生産に関してはこの海兎は細かく技術調査をすればいい。
周囲に認めさせるには何か前例があれば良いのだが‥‥
何か良い例は無いだろうか?
真霜が海兎の将来性を考えていると、
「あれ?」
双眼鏡で、周囲の海を見ていた福内が何かを見つけた。
「どうしたの?福内?」
「い、今、海面に何か‥‥」
「どの辺?」
「あの辺りです」
福内が指さす方向を真霜と平賀が双眼鏡で見ると、其処には転覆した小さな漁船が浮かんでいた。
「っ!?漂流船です!!」
「葉月、急いで向かって頂戴!!」
「は、はい」
海兎は急いで、漁船が転覆している海域へと向かった。
「宗谷一等監察官、いかがいたしましょうか?」
「見捨てる訳にはいかないわ。福内、みくらに連絡を!!」
「は、はい!!」
福内は急いでみくらに連絡を入れ、漁船が転覆している事、その位置を急いでみくらに教えた。
みくらも福内からの連絡を受け、全速でその海域へ向かうと言うが、到着まで時間がかかる。
「葉月、海兎で救助は出来る?」
「一応、救助に必要な装備は常備されています。説明書はその座席の下にあります」
「コレね」
真霜達は早速、救助マニュアルを開き、救助の用意をする。
やがて、海兎は転覆している漁船が視認できる距離まで来ると、漁船の船底には乗組員らしき、二人の人間を確認した。
海兎の姿を見て、船底にしがみついている乗員達はポカンとした顔で海兎を見ている。
その間にも漁船は波間にもまれ、何時沈没するか分からない。
一度海に落されれば、落ちた人間を探すのは難しい。
やはり、みくらの到着は待っていられない。
海兎はハーネススリング救助法と言う方法で、漁船の乗員達を救助する事になった。
出来れば葉月が降下して救助したかったが、今の葉月は海兎の操縦で操縦席から離れる事が出来ない。
そこで、降下するのは真霜、平賀、福内の誰かと言う事になるのだが。
「私が降りるわ、平賀、福内、ウィンチの操作お願いね」
「む、宗谷一等監察官!?」
「そんなっ!?危険です!!代わりに私が‥‥」
「いえ、私が!!」
なんと真霜は自分が降りて救助作業をすると言う。
平賀と福内は危険だと言い、真霜に代わって自分がやると言う。
しかし、状況は議論をしている暇は無く、切迫している。
「つべこべ言わずにさっさと動く!!」
「「は、はい!!」」
此処でも宗谷一等監察官の本領と覇気が働き、福内と平賀は真霜の指示に従う。
「それじゃあ、行くわね」
真霜がブルーマーメイドの制服の上からライフジャケットを着て、頭にはヘルメットを装着、手には厚手の手袋を着け、スリングを持って転覆した漁船へと降下する。
「ブルーマーメイドです!!あなた方を救助に来ました!!」
真霜は大声で漁船の乗組員達に声をかける。
「ブルーマーメイド?」
「よかった、来てくれたんだ」
救助が来た事で安堵の表情を浮かべる漁船の乗組員達。
「一人ずつ、引き揚げます。落ち着いて下さい」
真霜は乗員に.スリングを着せ、遭難者の体格に合わせてサイズ調整環を調整し、海兎から吊り下げられたケーブルのフックに乗組員の身体をかけ、引き揚げる。
海兎に引き上げられた乗組員からスリングを脱がせ、真霜はもう一度、スリングを持って降下し、残る一人も無事に救助出来た。
乗組員の救助が終わった直後、波に呑まれていな漁船は高波を受け、完全に沈没した。
みくらの到着やブルーマーメイドが使用している飛行船では間に合わなかったのは言うまでもない。
福内と平賀も目の前で起きたこの救出劇で、海兎の‥オートジャイロの必要性を肌で感じた。
福内はみくらに遭難者の救助が成功した旨を伝え、海兎はみくらへと戻った。
みくらに着艦した海兎に乗っていた遭難者達は、飛行船甲板で待っていたみくらの医療スタッフの手で医務室へと運ばれた。
幸い大きなけがも無く、陸についても一日の検査入院程度だと言う。
真霜は福内と平賀、葉月と共に今回の救助活動の報告書を纏めた。
そして、真霜は海兎の‥オートジャイロの必要性もその報告書に記した。
後日、真霜達からの報告書を見た海上安全整備局の幹部はオートジャイロについて協議が行われた。
その場には実際の救助活動を行った真霜本人がおり、オートジャイロの必要性を説いたが、他の幹部達は、どうもオートジャイロの性能については懐疑的だった。
新しいモノを受け入れるには最初は抵抗がある。
そんな感じが幹部達からひしひしと伝わって来た。
結局、オートジャイロの技術調査は行われるものの、その先の生産、配備については先送りされた。
その理由として、ブルーマーメイドで最近採用され始めた飛行船がハイブリッド飛行船で、従来の飛行船よりも空気抵抗を減らしつつ揚力の恩恵を受けることで、速度、航続距離、搭載量などで通常飛行船を上回ると言う事で注目され始めていた事だった。
突然どこから現れたのか分からないオートジャイロよりも今まで空の移動手段として信頼され続けて来た飛行船の方が、まだまだ信頼度がオートジャイロよりも高かった為だ。
真霜は今回の会議の結果について苦虫を噛み潰したよう顔で聞いていた。