今回はいつもよりも長いので、内容は濃くなってると自分で勝手に思ってます。後、表現が少ししつこいかも。過去編は心情に重点を置きたいと考えているので。
では、どうぞ。
「俺はリアン。ショップ大会で当たったら、その時はよろしく頼むよ」
リアン……。俺の横に立つ銀髪の少年は、そう名乗った。やはり外国人みたいだが……日本語上手だな。
「俺の方こそ、よろしく頼む。簡単には負けるつもりはないぞ」
「それは期待できそうだね」
「けど彼、この店では上位クラスの実力を持つファイターなんですよ?」
「ちょ、店員さん……」
横からそういうこと言わなくてもいいだろ……。だが、言われて悪い気はしないな。
「へぇ。このショップのベテランさんか」
「いや、そこまで期待するものではないぞ?確かにショップ大会では何度か優勝してはいるがーー」
「おぉ!それはすごい!そんなに強いんだね……」
と、俺は彼の低いつぶやきに、何かを感じた。なぜか、俺は鳥肌が立っていた。
「なら、ますます楽しみだ。何としても、君と戦いたくなったよ……」
薄ら笑いを浮かべ、俺を見つめるリアン。その表情を見て、俺は確信した。さっき感じたのは、恐怖。彼から発せられた、おぞましい何かだった。
刺すような冷たい視線。獲物を狙うかのように、殺意にも似た執着心を見た。勝利を求め、飢えて……そんな視線に、思わず凍り付いてしまった。
「……じゃ、また来るんで!申込用紙はそこに置きましたからね!」
だが、そんな恐怖など嘘だったかのように、さっきまでの底なしの明るさを見せる。そのまま、申込用紙と闇だけを残して去ってしまった。俺は、店員もそうだが、固まって動けないでいた。
しかし、リアンか……。あの冷たい視線を見せる彼は、一体何者なんだ?
「あっ、兄さん。もう来てたんだね」
と、彼に心を囚われていた俺の耳に、心地よい四文字の音色が響く。今しがたショップに入ってきた、タツヤだ。
「いらっしゃい、タツヤ君」
「こんにちは。今日もお邪魔しますよ」
俺はさっきの彼の事は忘れ、平常心を保つために1回深呼吸する。と、今までは気が付かなかったが、タツヤの後ろにもう一人の男子がいることに気が付いた。
(あいつは、誰だ?)
もの珍しそうに、ショップの中をキョロキョロと見つめている。エフェクトをつけるなら、瞳の中にキラキラマークでもありそうな勢いだ。
「遅かったな、タツヤ。その後ろにいる奴は何だ?」
「あ、あぁ……。この子はね……」
「あなたが、タツヤさんのお兄さんですか!?」
話題に上がったからか、今度は俺に向かって輝く瞳を向けてくる。そして近い。俺は少し後ずさりしながら、こいつの第一印象を決定していた。
間違いなく、めんどくさい奴だと。
「あぁ。だが、話をしたいなら少し離れろ。暑苦しい」
「わわ、これは失礼しました!ナツキさん!」
「わかれば……って、なんで俺の名前を知っている?」
「タツヤさんに教えてもらいました!」
そして、誇らしげに胸を張る。いや、何でだ。
「いいよ、兄さん。真面目にかかわろうとしなくても。面倒だし」
「そんなのひどいですって、タツヤさん!」
「ひどい?俺、嘘は言ってないと思うけど」
「いやいや、事実に反しすぎです!俺のどこが面倒なんですか!?」
「全部」
「あんまりだぁ!」
……仲がいいのか悪いのか、わかりにくいな。タツヤはこいつのことをよく思っている……とは考えにくい?
「というか、お前は何だ。タツヤとはどんな関係だ」
「これは自己紹介が遅れました。俺は小野ヒロムです!タツヤさんとはーー」
「主従関係だよ。こいつは下僕」
「ただのクラスメイトですよね!?」
扱いが雑だな。俺もあれくらいの対応でいいか。
「でも、実際そうじゃん。俺に色々尽くしてるし。……いらないって言ってもね」
「だって、タツヤさんは俺の憧れなんですから!」
「憧れ?どういうことだ」
「タツヤさんは、何でもできるスーパーエースなんですよ!勉強もスポーツもできて、人徳もある。学校では、他学年の人からも注目されるほどのスペックを持ってるんです!」
人の弟を機械みたいに言うのは止めろ。
「タツヤさんの右に出る人はいません。そんなかっこいいタツヤさんに、俺は憧れずにはいられなかったんです!」
「ただ迷惑かけてるだけだよ。いつもいつも付きまとってくるし。俺、ホモじゃないかって思うんだ」
「それは全力で否定させてくれませんか!?」
俺とはまた異なる、タツヤへの憧れか……。それだけ、タツヤが偉大な存在ということか。さっきの話ぶりだと、学校でもその秀才を遺憾なく発揮しているみたいだしな。
こいつは、ある意味で俺と一緒なんだな。……いや、違ったな。訂正しよう。かつての俺と一緒なんだ。
今の俺には、タツヤよりも上に立てるものがある。他人の視線すら虜にし、憧れを抱かせるタツヤよりも、強くいられるものがある。
それが何と誇らしく、素晴らしいことか。俺は偉大な兄だ。誰もが憧れ、見上げるしかできないタツヤを、俺は見下ろすことができる。惨めに後姿を見るしかない、あの頃の無能な俺とは違うんだ。
「まぁ、憧れるのは勝手だが、あまり迷惑はかけないでくれ。お前のせいで、憧れの人が苦しんでいるのは見たくないだろう?」
「そ、それはそうですね!さすがお兄さん!」
「止めろ、そのお兄さん呼びは」
「なら、ナツキさんにしますね!」
「もう勝手にしろよ……。とにかく、タツヤに迷惑はかけるな。それができるなら、これからもタツヤと仲良くしてやってくれ」
「わかりました!これからは、陰ながら見守ることにしますね!」
それ……もはやストーカーだろうが。
***
ショップ大会当日。この日も定員を増やし、64名による大会となった。俺はいつものようにタツヤと店に来ていた。
「あいつは一緒じゃないのか?」
「腹壊して、今日は家にこもってる」
何してるんだ、あいつは……。
「それに、あんなのにいつもくっつかれるのも嫌なんだよ」
「同感だ」
「おっ、兄さんもそう思う?」
「あぁ。タツヤの苦労が手に取るようにわかる」
「多分、その5倍以上に苦労してるから」
自分で上乗せするくらいだから、相当だな……。ご愁傷さまと言っておこう。
「……ん」
「どうしたの、兄さん?」
「あいつ、いるんだな」
人混みに紛れているが、銀髪のせいで一際目立つ少年、リアン。前に会った時と同じ、陽気な笑顔を見せている。
「知り合いなの?」
「いや……前に少し話しただけだ。だが、あいつからは底知れない恐怖を感じた。見た目はそうでもないが、一瞬見せた裏の顔が、俺を動けなくした」
「そこまで……」
話ぶりや見た目からは、むしろ好印象を受ける。が、あの時の視線と表情が、どうしても頭から離れない。
「あっ、君はこの前の!よかった、ちゃんと来てくれたんだね!」
俺に気づいたみたいで、リアンが人混みをかき分けながら、こっちに近づいてくる。
「あれ、そっちの子は?」
「弟のタツヤだ。ヴァンガードは、タツヤに教えてもらったんだ」
「そうだったんだ。君も、ヴァンガードは強いのかな?」
「どうだろ。前のショップ大会では、3回戦で敗退したし。兄さんには……ヴァンガードを教えた時から、1度も勝ったことないしね……」
何だ?今の発言、タツヤの様子が少しおかしかったな……?暗かったというか、辛そうだったというか……。
「強いお兄さんなんだね。ますますファイトしたくなったな。でも、君とのファイトも期待してるからね……」
まただ。あの時と同じ、冷たい視線。タツヤも、強張った表情でリアンを見つめていた。いや、視線を外せなかったのかもしれない。
『間もなく、ヴァンガードのショップ大会を始めます。参加者は、こちらの方に集合してください!』
店員の声で、俺たちは現実に引き戻される。リアンは元の明るい雰囲気に戻り、何食わぬ顔で集まっていた。
『はい、今からショップ大会を始めます。いつもと同じくトーナメント方式で行いますので、参加者はそれぞれ、指定されたテーブルに移動してください』
俺は自分のテーブルを探して、そこに向かう。誰が来ても負けるつもりはない。が、そこにいたのは……。
「……あんたか」
「いきなり戦えるなんて嬉しいな!本当、運がいいみたいだ……」
リアン。テーブルは間違っていないから、1回戦の相手は奴ということだ。
「前も言ってたけど、このショップでは上位層にいるんだよね?だったら、それなりに強いってことだ」
「俺こそ前に言ったが、そこまで期待するものではないぞ」
「そう?でも、俺は全力でファイトしたい。その期待は、裏切らないでよ?」
全力で?俺が手を抜くとでも思っているのか?それとも、軽い挑発のつもりなのか。だったら、相当の自信だ。
『それでは、各自ファイトを始めてください!』
「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」
1回戦が始まった。それぞれ激しいファイトを繰り広げる中、俺はどうにも攻めきれずにいた。
このリアンという少年、大口を叩くだけあってなかなか腕がある。互角……あるいはそれ以上のファイトになっていた。
「さすが、言われるだけのことはあるね!一筋縄ではいかないみたいだ」
「それはどうも」
「……でもね」
するとリアンは、またしても凍り付くような視線を向ける。口元は笑っているのに、目は死んでいる。
「さっきから1つだけ気に入らないんだ。言ったよね?俺は、全力でファイトしたいんだって」
「気に入らないだと?俺は全力だ。今の手の内で最大限にできることをしようとしている」
バカにしているのか?さすがに俺も腹が立ち、語気を強めて言い返す。だが、その言葉に対して返ってきたのは、
「……そんなことないよ。なら、どうして君は……何かを守るようなファイトをしているの?」
俺のファイトに対する、問いかけだった。
「守っている、だと?」
「そうだよ。君は、何かを守っているんだ。だから、ファイトに身が入っていない。ただ結果だけを求めて手を動かすだけなんだよ。……あいつらと一緒だ」
最後の一言は聞き取れなかったが、その言葉に動きを止める。思い当たる節など何もない。守るファイト?だとしたら、俺は何を守っているというんだ?
「このショップで勝ち続けて、有名になった自分の負ける姿を見せたくない……とか?」
「……勝手な想像をしているところ悪いが、そんなことを考えてファイトなんかしていない」
「ごめんごめん。てっきり、周りからは勝って当たり前だとか、勝手な妄想を押し付けられているんじゃないかと思ってね。でも、君のその様子だと少し違うか……」
さっきからこいつは、何を言ってるんだ?変なことを言って、俺の気を紛らわせようとしているのか?
「……じゃあ、弟の事かな?」
「止めろ。ファイトを続ける」
「お?その様子だと、今度こそ当たりかな?」
「いい加減にしろ。店員を呼ぶぞ」
「どうぞ、呼べば?俺は失格になってもいいよ。こんな意味もない大義を背負っている、役者みたいなマリオネットとファイトするよりはよっぽどいい」
散々な言われようだった。俺は本当に店員を呼ぼうとしたが、ここまで言われて引き下がるのも癪だ。
目の前に有用な道具があるんだ。そいつでこの銀髪の得体のしれない奴を打ち負かしてやる方が気分がいい。
「あれ、呼ばないんだ。ま、そうだよね。敵にやられたからやり返したい。そしてまたやり返されたからやり返したい。人間ってさ、そういうものなんだよね。だから、些細な争いごともなくならないし、なくすつもりもない」
「何の話だ。いいから、ファイトを続けるぞ」
「まぁ、そう言わずにさ。で、話の続きだけど、君は弟の前でかっこ悪い姿を見せたくないから勝ちたいんだ。負ける姿なんて。弟の前では似合わない。だから、勝ちたいんだろ?」
「……っ!?そんなことない……!いいから、ファイトを続けるぞ!!」
「だってそうじゃないか。君はただ、自分の私利私欲のためにファイトしているんだよ。この世の愚鈍な人間の姿をよく現した、典型例だ。だとしたら、君は一体何を守って戦ってるの?ほら、やっぱり弟なんだ」
「……何なんだ、あんたは!さっきから!!ファイトとは関係ないだろう!?」
気づけば俺は、大声を上げていた。周りからは怪訝な顔を向けられ、その中にはタツヤの姿もあった。
……止めろ、タツヤ。俺を、そんな目で見るな。
「どうしました?何かトラブルでも……」
「あ、すみません。ついファイト以外の話が盛り上がってしまって、彼を怒らせてしまって。悪気はなかったんですよ」
「そうですか。ある程度の会話ならいいですけど、ほどほどにね」
「了解ですよ」
店員からの注意にも、身じろぎすることなく冷静に対応していた。その場を切り抜け、店員がいなくなったのを確認したリアンは、再び話を再開した。
「関係ない。そう君は言ったけど、関係あるよ。俺は言っただろう……?全力でファイトしたい。そのためには、君が守っているものを捨ててほしいんだ。何事にも縛られない君と、ファイトするために」
明らかに暗い感情がこもった、低いつぶやき。貪欲なまでの勝利への執着心。一体、何が彼をここまで突き動かすのか。
「君は弟のことで何かを守ってる。勝つ自分を見せることで、それを守ろうとしているんだ」
「……そんなもの関係ない!」
「強い自分か、そのかっこよさか。いや、もっと違うものか。弟に対して兄が見せたいと願うものは……兄らしさ。要するに、威厳かな?」
「……っ!だ、黙れよ!好き放題言ってくれるものだな!」
またしても俺は、声を荒げていた。そしてまた、俺は訝し気な視線を向けられる。他の参加者にも、タツヤにも。
その視線が冷たく見えて、逃れようとして顔をそむける。嫌だ。俺はタツヤにまた、あんな目で見られたくはない。
また、力のなかった前の自分みたいに、尊敬の欠片もない目を向けられるのは嫌だ。
嫌なんだ……!
「また君ですか。さすがに2度目はダメですよ」
「すみません!いや、本当に悪気なんてないんですよ!俺はただ、強いファイターの貴重な意見を聞けるものだから、つい夢中に……」
「なら、次に同様の行為が見られたら、その場で失格としますからね。いいですか?」
「も、もちろんです!喜んで出ていきます!」
店員は呆れてため息をつきながら、他のファイトの見回りに向かった。
「邪魔だな、あんな奴。権力があるだけで、何もできない無能な連中。俺はああいう奴が一番嫌いなんだ」
「…………」
「さて、注意されたし、手短に話をしよう」
俺は何も言葉を発することができないまま、奴の言葉が紡がれるのを待つしかなかった。
「さっき、君は威厳について否定した。なら、君が守るものは何?勝つことで威厳は保たれ、負ければ根元から崩れ去る。そんな弱い自分に、弟は興味を示してくれない。だから威厳を欲しがるんだよ、君は。違う?」
「口先ばかりで……!」
そう言いながら、俺の心は揺れていた。俺が負けた先の未来を、奴の口から聞かされることによって、そこには確かに恐怖が芽生え始めていた。
「まだ否定しようって言うの?君の守っているものは、弟に示すための威厳。かっこいいお兄ちゃんとしての姿なんだ。あぁ……何と反吐が出ることか。そんなものに、何の価値もないのに」
「……っ!!」
俺は限界だった。何の価値もない、だと?わかったような口を聞いておきながら、何もわかってないくせに。
俺は、兄でいたいんだ。どれだけ手を伸ばしても、届くことのできなかった高み。それがタツヤなんだ。無力な自分を呪い、蔑み、常に劣等感を感じてきたんだ。兄らしさなんて何もない、そんな自分が大嫌いだった。
そんな俺が兄でいられるのは、この場所だけなんだ。だから、勝つことに意味があるんだ。価値がない?ふざけるな。どんなに苦労を重ねても、掴めなかったものなんだ。今の自分は。
ようやく俺はここに立てたんだ。タツヤの兄になれたんだ。偉大で、尊敬されて、憧れを向けられて、兄としての存在意義を認めてくれるのは、ヴァンガードだけなんだ。
だから……。
「…………」
俺にそんな目を向けるな。俺は兄なんだぞ。憧れを持たれることもない、タツヤの無能な兄。そんな俺が唯一手に入れた強さなんだ。
勝って、勝ち続けたら、あいつは俺を……!
「……残念だよ。君は、どうしてもつまらない自分に酔うことしかできないみたいだね。弟のこと、ずっと見ているんだから」
言われてから、はっと気が付いた。俺はいつの間にか、目の前に立つリアンではなく、タツヤを見ていた。
「全力の君とファイトしたかったけど、仕方ない。捨てれば楽になれる威厳を……今ここで壊した方がよさそうだ」
「な、に……!?」
「ファイト再開。リアガードをコール。そのままアタック」
「が、ガード!」
「今ので残りの手札は割り出せた。ヴァンガードでアタック。これで終わりだ」
ノーガード、するしかない。俺は静かにダメージチェックを始める。ヒールトリガーに恵まれることなく、6枚のダメージが並ぶ。
俺は1回戦で敗退した。タツヤが見ている、目の前で……。
***
「負けたね、兄さん」
「……あぁ」
無様だ。奴の言葉に乗せられ、冷静さを失い、挙句に1回戦敗退。タツヤは2回戦に残っているというのに。
「相手が悪かったんだよ。次は勝てるって」
「……こんな俺に、情けをかけるのか?」
「えっ……?」
こうして慰めてくれるタツヤに、悪気は何もない。それはわかっている。なのに、俺の口から出たのは、思っていたこととは真反対の言葉だった。
『続いて2回戦が始まります。参加者は――』
「……ごめん、兄さん。俺、行ってくるよ」
「……あぁ」
俺の元を立ち去るタツヤ。残された俺は、さっきのタツヤの言葉を心の中で反芻していた。
――ごめん、兄さん。弱い兄さんはそこで待ってて。俺は強いから、次も勝ってくるよ――。
(とんだ被害妄想だな)
自嘲しながら、本当にそう言われている気がして震えた。怖かった。
『勝つことで威厳は保たれ、負ければ根元から崩れ去る。そんな弱い自分に、弟は興味を示してくれない。だから威厳を欲しがるんだよ、君は』
奴の言葉が、タツヤの善意を台無しにする。あの頃の無力な感情が、徐々に深い底から浮かび上がってくるようだった。
そして始まった2回戦。タツヤは危なげなく勝利し、その後も順当に勝ち残っていた。まるで、お前は仮初の強さを身にまとっただけだと言わんばかりに。
いつしかタツヤは、決勝戦にまで残っていた。その対戦相手は……。
「まさか君が決勝の相手とはね。ファイトできて嬉しいよ」
「……兄さんを倒したみたいだね。敵討ちじゃないけど、このファイトは勝つよ。後少しで、俺の初めての優勝なんだ」
「そうなんだ。でも、これは真剣勝負だから。俺だって負けないよ?」
リアンだった。こんなところまで勝ち残っているとは、実力だけは確かなようだな。果たして、タツヤが勝てるかどうか……。
「ブーストして、ヴァンガードにアタック!」
「なんの、こいつでガード!」
「だったら、ヴァンガード同士でケリをつける!」
「……ガード!トリガー1枚で突破だ!!」
嘘、だろ?俺よりも互角に、いやこのままいけば、押し切ってタツヤが勝ってしまう。
「ツインドライブ!1枚目、トリガーなし」
俺でも勝てなかった……。なのに、お前は勝つのか……タツヤ?
だとしたら、お前は俺を……!
「2枚目!」
い、嫌だ、止めろ。トリガーを引くな。俺を、あの場所へ引き戻すな。こんなところで、またタツヤを見上げるなんて、したくない……!
「クリティカルトリガー!効果は全てヴァンガードに!」
「引いたか。ダメージチェック、トリガーなし。俺の負けだね」
俺は今、決定的な敗北を味わった。俺の勝てなかった相手に、タツヤが勝利する。
それは、直接ではないとは言え、タツヤが俺を追い越したことになってしまった。
「惜しかったけどな~。強いよ、君。何事にも縛られない、いいファイターだ」
「それって、どういう……?」
「いや、こっちの話だよ」
俺はもう、呆然とするしかなかった。いくら冷静ではなかったと言っても、奴の強さは相当なものだった。だが、タツヤは……。
「…………」
まさか、ヴァンガードでも上に立つのか?いや、そんなことさせない。させたくない!
まだ、直接手を下されたわけではない。俺がタツヤに負けたんじゃない。それを証明する。
「けど、俺が優勝なんてね。いつもは兄さんが優勝することが多いのに」
「それでも君は勝った。誇りに思うといいよ。君は自分の正しい信念を貫いて、ここまで来たんだから」
それは、俺の信念が間違っているとでも言うのか。いや、俺は間違っていない。
「きっと今なら、お兄さんに勝てるんじゃないかな。今まで勝てなかったんだろう?」
「……そんなことないよ。どうせ俺がファイトしても、返り討ちにされるだけだから」
そうだ。俺はそうやって、自分の強さを誇示してきたんだ。兄である強さを。
「諦めているってこと?」
「そうじゃないよ。ただ、強すぎるんだ。初めは横を歩いていたはずなのに、だんだん遠くに感じるみたいで……」
それは俺が、ヴァンガードを通じて成長できた証。強くなれた証なんだ。
「だったら、今がまた横に並べるチャンスだよ。またお兄さんと一緒の高さでファイトできるね」
そこから先は、もう聞きたくなかった。俺は逃げるようにショップを飛び出し、家へと戻っていた。
***
俺が家に戻ってから数十分後。タツヤは明るい表情で帰ってきた。奴とどんな話をしたのかはわからないが、俺の中で警鐘が鳴り響いているのは確かだった。
「ただいま兄さん。帰るなら、声かけてくれてもよかったのに」
「リアンって奴と仲良さそうに話をしていたからな。俺があの場にいても、邪魔になるだけだと思ったんだ」
至って普通に、いつも通りを心がけて会話を進める。今のところは違和感はなさそうだ。
「リアンさんも探してたんだよ。お兄さんとも話がしたいって」
「……あいつとはファイト中に結構話したからな。もう話題も何もないと思ったんだが」
「残念そうにしてたよ。しばらくはまた別のショップに行くらしいから、会えなくなるって」
そうなのか。ならよかった。もうあんな奴の顔を見るのはごめんだ。
「……そうだ、兄さん。今日の俺、かなり調子がいいみたいだからさ。兄さんとファイトしたいんだけど、いい?今日は勝てる気がするんだ」
俺は鳥肌が立つのを感じた。ショップでの一幕を見ていた俺は、何となくこうなることを予想していた。俺を倒す。昔年の夢を、果たそうとして。
「…………」
「ダメ、かな?」
俺は一瞬迷った。恐怖が胸の中を支配する。だが、それ以上に強く輝きを放っていた感情は、焦りだった。
「……いや、わかった。ファイトしようか」
俺はタツヤに負けた。だが、まだ完全に負けたわけではない。俺がタツヤに直接手を下す。そうして、俺はまだタツヤよりも強いファイターであると知らしめる。俺が、兄であるために。
だが、このファイトで俺は、俺の中にあった何かを、狂わせてしまうことになった。
「じゃあ始めるよ、兄さん」
「……あぁ」
「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」
俺は……ヴァンガードの時なら、兄でいられる。それは今までずっとそうだったし、これからも変わることのないものだと、そう思っていた。
「ライド!そしてコール!アタック!!」
「だったら……ガード!」
何をしても、俺より上なタツヤ。兄らしさなど一つもない。情けない自分。そんな自分を捨て、変わることができたのは、ヴァンガード。
「ドライブチェック……トリガーなし」
「危ない。やっぱり今日はついてるね」
タツヤより上へ。タツヤより高みへ。タツヤよりも遥か遠くの頂へ。
「じゃあ俺のターン。スタンドアンドドロー!コールして、ヴァンガードにアタック!」
「後の事を考えると……ガード!トリガーは、1枚で突破だ!」
勝たないと。俺がお前の兄なんだ。だから、お前が俺を超えるなんてことあってはならない。
「ドライブチェック……1枚目、トリガーなし。2枚目……」
負けたくない。この場所しかないんだ。俺を、タツヤの兄で――。
「あっ……!クリティカルトリガー!!効果は全てヴァンガードに!!」
願いが届くことはなかった。ダメージトリガーに期待してみたが、ヒールトリガーが出ることは……なかった。
俺のダメージが6枚になる。しばらくの間、2人して動きが止まった。嘘のような現実。タツヤにとっては待ち焦がれた瞬間だが、俺にとっては……。
「や、やった!勝てた!兄さんに、初めて!!リアンさんが言ったとおりだ!!」
リアン。その名前を聞いて、俺の中にあった恐怖と焦りが、一気に熱を帯びる。そこから生まれる、もう1つの感情。
「嬉しいよ、兄さん!俺、兄さんに――」
「……もう1度だ」
「えっ?」
「もう1度だ……タツヤ。次は勝つ」
まぐれだ。こんなのまぐれに決まっている。
「兄さん、行くよ!アタック!」
「……ノーガード」
また、6枚のダメージが並ぶ。そのたびに、苛立ちが募る。
「くそ……!もう1回だ!!」
何度も何度も、俺は挑んだ。だが、結果は散々だった。俺のダメージに6枚のカードが並ぶ。それは、最早決定づけられていることのように思えてならなかった。
あのまなざしを向けてくれることは、もう永遠にない。ほんの一瞬見せてくれた、夢でしかなかったのか。なら、この悦びを知ってしまった俺は、どうすればいい?
「……もう1度だ!」
「でも兄さん、俺も疲れてきたし……」
「そうやって逃げるのか?俺に負けるのが怖いのか!?」
「……わかった。やろう」
あの時とは真逆の関係。いや、これこそが本来あるべき形。俺はタツヤを追いかけなくてはいけないという使命。
俺を満たしていたのは、怒り。悲しみ。タツヤよりも下になってしまったことへの、負の感情が渦巻いていた。
そんなことが許せなくて。1度希望を知ったからこそ、もう戻りたくはなくて。だが、それでも……。
「リアガードでアタック!」
「くそ!この手札じゃ……!」
もう、認めるしかないのか?俺は、どうやっても兄にはなれないんだと。希望は、失われてしまったと。
……なんだ。結局、俺はタツヤには何1つ敵わないのか。そんなの、絶望でしかない。これから先、ずっと……劣等感の塊を抱え込みながら生きるしかないのか。
そうだ。今になって思えば、ヴァンガードもタツヤに与えられたものだった。
俺がヴァンガードの才能に恵まれていたんじゃない。タツヤが俺に情けをかけて、こんな俺でも同じ景色を見せてやろうと、そんな力を与えただけに過ぎなかったのではないか?
情けない。弟に情けをかけられ、思いあがって兄になったつもりでいる、そんなどうしようもなくちっぽけな俺が……憎らしい。
そんなことで、俺は……兄になれるわけなかったんだ。
――そう言って、勝負を投げ出すのか?――
(……何?)
――まだ勝負は続いている。ここで、諦めるのか?――
突然聞こえた声。そして感じた、波紋の広がる感覚。
(声、だと?それに、これは一体……?)
戸惑っている俺に、先ほどまでならありえない変化が起こっていた。デッキの中身が、見えている。しかも、タツヤの物も。
(デッキが!?今、見えているものは……!?)
俺のデッキの1番上。そこにはヒールトリガーがあるのが見える。もし、それが本当なら、このターンを耐えきることができる。そうすれば、守りががら空きなタツヤにとどめを刺せる。
「……ノーガードだ」
バカな話なのはわかっている。だが、俺は縋りたかった。こうして見えているものが、本当だとしたら……。
「ダメージチェック」
俺は、兄でいたい。これまでの自分が、弟に与えられた仮初の姿だとするなら……俺はたとえ、この奇妙な感覚に身を委ねてでも、自分の力で兄になる。
「……ゲット、ヒールトリガー」
「何……!?」
信じられなかった。が、どうやら本当のようだった。ダメージを回復してターンが回り、俺のドローしたカードは……またしても見えていたカード。
凄い、凄いぞ!理屈などどうでもいい。俺は今、双方の手の内がわかった状態でファイトしている!!
「……アタック」
「の、ノーガード。ダメージは……」
トリガーじゃない。それすらも、俺にはわかっている。そしてそれは、的中していた。
「……負けたよ、兄さん」
俺は勝てた。この力で、再び。これでまた、強くなれた。タツヤよりも上に、兄に戻ることができたんだ。
「……ごめん、ちょっと疲れたよ。もう自分の部屋に戻っていい?」
「……そうしてくれ」
タツヤが部屋を出ていったのを確認すると、俺の口からは、自然と笑みがこぼれていた。
「ふ、ははっ……!」
それは、歪んだ笑い。だが、もう既に手遅れだった。希望を砕かれ、絶望を知ってしまった俺の心は、つぎはぎだらけだった。
そんな愉悦に浸る俺の瞳には、赤い光が灯っていた。