つながり ~君は1人じゃない~   作:ティア

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ride33 それぞれの決意

「……はぁ」

 

今、私は暗い気持ちになっている。暑いから?いやいや。夏休みの宿題に追われてる?時間もあったし、すぐに終わらせた。

 

けど……できればそうしたい。苦痛を味わう羽目になっても、そっちの方がよっぽどマシだ。

 

だって……答えは簡単だ。

 

「もう……至福の時間は終わったんだよね……」

 

「いや、夏休みって言えよ」

 

今日は始業式。2学期が始まり、楽しかった夏休みも終わりを迎えた。

今は朝休み。自分の机に突っ伏して、終わったことを嘆いているところだった。

 

「……戻りたい。あの時に」

 

「俺だって、戻りたいさ……」

 

1ヶ月も自由に過ごしてしまうと、感覚が麻痺して困る。日常を取り戻すまでに苦労が絶えない。

 

「って、ほら星野。そろそろ体育館に移動しないと。始業式が始まる」

 

「そうだね……行こうか」

 

もう教室にはあまり生徒は残っていない。私は小沢君と一緒に、話をしながら移動する。

 

「けど、2学期か……。確か、文化祭があるんだったか?」

 

「そうだったね。クラス対抗で合唱コンクールがあるとか言ってなかったっけ?……1学期に」

 

「……未練を滲ませるなよ」

 

などと小沢君が苦笑していると、

 

「ん、おはよっス。2人とも」

 

「おはよう……佐原君」

 

「……全然元気ないっスね」

 

たまたま佐原君と遭遇した。これから移動するところなのだろう。

 

「夏休み明けにありがちなやつさ。……俺も、若干そんな感じ」

 

「全く……2人とも何を言ってんスか。俺は夏休み終わって嬉しいっスよ?」

 

あれ、意外だ。佐原君の口から、そんな言葉が出るなんて。てっきり、『ずっと夏休みだったらどれ程よかったのか……。超残念っス!』なんて言うかと思ったのに。

 

「むしろ早く終わって欲しかったぐらいなんスよ?特に夏休みは何にもなかったっスから」

 

「「止めろ!そう言うこと言うの!!」」

 

結局、どこかに出かけたことと言ったら、前の焼き肉店の話くらい。

後は、サンシャインにいたかな……?とにかく、思い出らしい思い出がほとんどない。

 

あっ、いや!でも、カラオケとか行ったよ、4人で!それと……えと、お盆に墓参りに行った!

 

……はい。もうないです。本当、夏休みって何だったんだろう……。でも、戻りたい。

 

「じゃあそう言う佐原は、夏休みが終わって寂しくないのかよ?」

 

「まぁ、もうちょいダラダラしていたかったな……って思うっスよ?でも……それ以上に楽しみなことが、この先に待ってる」

 

「そうか……だから、佐原君は……」

 

「そ。グランドマスターカップ秋予選。後2週間もしないうちに、俺たちの挑戦は始まるんス」

 

あっという間だったような気がする。グランドマスターカップに出場すると決めてから半年もあったのに、その日々は一瞬のことのように感じる。

 

「もうすぐなんだな……」

 

「うん……。もうこんなところまで来てるんだ……」

 

「……2人には、感謝してるっスよ」

 

「「えっ?」」

 

佐原君がいきなり足を止めたので、私たちも足を止める。

 

「俺がノスタルジアとファイトしたい……というのは、もう知ってるっスよね?それほどの強豪なら、きっと大きな大会にも出場する。そう考えて、全国を目指していることも」

 

私たちは黙って、佐原君の言葉に耳を傾ける。

 

「けど、俺には全国を共に目指すチームメイトはいなかった……。幸い、1人はすぐに見つかったんスけどね」

 

それが、森宮さんか……。

 

「そこからっスよ。残る1人がなかなか見つからない。ヴァンガードをしている奴ならいくらでもいたっスけど、強いファイターには巡り会えなかった」

 

ノスタルジアを相手にしようとするくらいだ。生半可な実力で、チームに誘うことに抵抗があったのだろう。

圧倒的な強さを前に、心が折れてしまう程のファイターなら、誘わない方がいいのだと、考えていたのかもしれない。

 

「で、そこに現れたのがシオリさん。ファイトの腕もいい。リサさんにも勝ってしまう強さ。この人となら、全国に行けるんじゃないかって、思ったんスよ」

 

「……そこに俺が乱入したわけだ」

 

「あぁ、ワタル君は……自分からチームに入ってくれたっスから。俺たちの本気の想いを聞いてなお、チームに入ろうと言ってくれたんスから、他の人とは違うって思った」

 

だから、小沢君をすぐにチームに……。実力も未知数な中、チームの一員にしたのは、そう言うことだったんだ。

 

「2人がチームに……エレメンタルメモリーに入ってくれて、本当に嬉しかった。これで、ようやく全国に行ける。ノスタルジアを、探せるんだって……」

 

「佐原君……」

 

「2人には、感謝してもしきれない。2人がいたから、スタートラインに立てた。けど……同時に、負い目も感じてる」

 

佐原君の表情が、一転して沈んでいく。

 

「言ってしまえば、自分たちの目的の為に、2人を巻き込んでしまった。都合のいい人を捕まえて、都合よく付き合わせているだけじゃないかって……」

 

佐原君や森宮さんにも、思うことはたくさんあったのだろう。全国に行きたい。そのためにチームメイトを集めないといけない。

 

けど、それは自分たちの我が儘じゃないか?

 

色んなことを考え、考え抜いて、佐原君たちは私をチームに入れようとした。例え、欲を押しつけることになったとしても。

 

「リサさんも、たまに言ってるんス。2人には、悪いことをしたかもしれないって……」

 

「そんなことないよ、佐原君。私は、自分の意志でこのチームにいる。今の私は、目標だってあるんだから」

 

「俺もだ。目標ができて……そのために、頑張りたいって強く思えた。その事で、覚悟を持つことだって……」

 

私たち2人は、そんなことでこのチームにいる訳じゃない。チーム全員が強い想いを持っているから、チームとして成り立っているんだ。

 

「……あら、みんな?何してるの?もう始業式始まるわよ?」

 

「あっ、森宮さん」

 

噂をすれば何とやら、都合よくチーム全員が揃った。

 

「何か話してたみたいだったけど、何の話?」

 

「何でもないよ。……絶対、行こうね。全国へ」

 

「え、シオリさん?いきなりそんなこと……」

 

さっきの話がわからないため、リサは頭を傾げる。だが、その言葉の意味はすぐに理解できた。

 

「……当たり前よ。言われなくても、この4人で行くわ!全国へ!」

 

「……はい!」

 

改めて、全国への想いを確かめ、私たちの気持ちは1つであることも確認できた。

 

「うぉぉーー!!燃えてきたっスよーー!!」

 

「うるさいわよ。トウジ。……それに、盛り上がっているところ悪いんだけど、後3分で始業式が始まる」

 

「「「え!?」」」

 

……まぁ、その熱もすぐに冷め、体育館に全力ダッシュしたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「……アルフレッドでアタック!」

 

「くそ……ノーガード!ダメージチェック……マジか!?ヒールトリガーだ!」

 

「6ダメージ目で、ヒールトリガーを!?」

 

そして、時は過ぎてグランドマスターカップ前日。それぞれが最後の調整に努め、万全の状態に仕上げようとしているところだった。

 

「ブレイクライドはこのままで……よし、これでデッキの見直しは終わりね」

 

「あぁ〜どうするっスかね……?グレード3は文句なしっスけど、他のグレードが……。これを減らして、あれを入れて……いや、でもそうすると……」

 

……約1名、この期に及んでグダグダになってる人がいるが。

 

「何やってるのよトウジ。自分のデッキを信じなさい。それに、リンクジョーカーはまだ種類も少ないじゃない。迷うことなんて……」

 

「大有りっスよ!何というか、イマイチ展開が遅いんスよ!ロックだって、ブレイクライドしないとあんまし使えないんスから!」

 

まぁ、今のリンクジョーカーの切り札ユニット……星輝兵 ネビュラロード・ドラゴンは、CB2で後列ロック。コストが重い上に、対象が後列では不満もある。

 

「せめて『絶華繚乱』が発売していれば……」

 

「それは私だって同じ気持ちよ!」

 

「あ〜あ……何でよりにもよって、秋予選当日が絶華繚乱の発売日なんスか!?」

 

「私に言わないでよ!?」

 

絶華繚乱。明日発売の、新しいブースターのことだ。ゴールドパラディンは収録されていないが、リンクジョーカーとアクアフォースが収録されている。

 

特に、リンクジョーカーの新切り札である、星輝兵 カオスブレイカー・ドラゴンは、CB1と手札1枚をコストにどこでもロックできる。

しかもリミットブレイクを使えば、手札を増やしながら盤面を削れる。強力なユニットだ。

 

安易なロックを可能とするユニットだからこそ、今のリンクジョーカーには喉から手が出るほど欲しいユニット。なのに、この仕打ち。

 

「くっ……もう、嫌っスよ!」

 

「他の地域の予選は、もっと前に行われてたのよ?その人たちのことも考えなさいよ……。贅沢な願いね」

 

「そんなこと言われても!」

 

実は、各地域の予選は、場所によって日時が違う。今回関東地区は、全ての地区の中でも一番遅かった。

 

「まぁ、やるだけのことをするしかないわよ」

 

「……わかってるっスよ」

 

トウジは再びデッキを確認し、カードの選別を始めた。

 

その一方、シオリとワタルは……

 

「これで終わりだ!ペルソナブラストでスタンドした、ジ・エンドでアタック!」

 

「……ノーガード!ダメージチェック、ゲット!ヒールトリガー!」

 

「は!?ちょ、星野!今、アクセス……何とかって力使っただろ!?」

 

「……アクセルリンクね。いや、知らないよ」

 

「嘘つけ!そのヒールトリガー4枚目だろ!?そんなピンポイントでカード引き当てるなんて、都合がよすぎるだろ!?」

 

「……使ってないよ(棒)」

 

「まるっきり棒読みだよな!?」

 

……嘘つくの下手だな、私。はいそうです、使いました。

 

「くっ、納得いかないな……。ターンエンド」

 

「私のターン、スタンドアンドドロー。……でも、だいぶこの力にも慣れてきたな」

 

「やっぱり使ったんじゃないか!?」

 

……まぁ、それはともかく、最上君とのファイト以降、私は力の感覚をかなり掴めるようになっていた。今のように自分の意思で使うこともできる。

 

「今度こそ……!アルフレッドでアタック!」

 

「こんなことで負けるなんて、納得いくかぁ!?」

 

そんな悲鳴と共にダメージゾーンに置かれたカードは……

 

「……え」

 

「おお……」

 

まさかのヒールトリガーだったという。

 

「……不正なんかするから、こうなるんだよな、星野?」

 

「あ、いや、ちょっと待って小沢君」

 

「もう何もできないだろ?早くターンエンドしてくれよ」

 

「小沢君、顔が怖いよ」

 

「ほら、早く。俺のターンで、ちょっとお灸を据えないといけないみたいだしな……?」

 

「悪かったです!ちょっとからかってみたかったんです!」

 

これに関しては本当の話です。

 

「……何やってんスかね?2人は」

 

「私に聞かないでよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪かったよ、本当」

 

「ったく、フリーファイトで使うか!?」

 

で、互いに終盤悪ふざけモードになったファイトは、少しムカついていた小沢君が、ダブルクリティカルを引いて終わるという鬼畜ぶりを見せて終わった。

 

「まぁでも、便利な能力だな。好きな時に引きたいカードが引けるなんてな」

 

「異質みたいだけどね。私の力」

 

「最上ナツキ……だったか。あいつは、デッキを見通すことができるんだろ?そっちの方が強そうなんだが」

 

重々自覚しているんで、あんまり傷になるようなことは言わないでもらえますか。

 

「力とかまだよく理解できてないけどさ、その力があったら、いいところまで勝てるんじゃないのか?」

 

「うん……でも、私はできればこの力は使いたくはないかな」

 

「えっ、何でだ?別に、不正をしてる訳じゃないだろ?」

 

「そうなんだけどさ……。でも、結局のところは不平等じゃない?最上君はデッキが見えてるだけで、何かしらの干渉はない。けど、私の場合は……」

 

全てをねじ曲げてるからな……。来るはずのカードを、自分のいいように変化させてるだけなんだから。

 

「確かにな……」

 

「だから、使うことはしないよ。どうしても、この力が必要だと私が判断した時だけ。それこそ、最上君とファイトする時とか」

 

「……そうだよな。相手も不快だろうし、星野だって、いい気はしないもんな」

 

それに、どうせ1回きりの力だ。使える場面も限られてくる。だから、その場面が来ないようにすればいい。たったそれだけのことだ。

 

力に頼って勝利しても、嬉しくないだろうから。

 

「みんな!ちょっと集合!話があるわ」

 

ん、森宮さんが呼んでる。とりあえず行ってみよう。

 

「今日はもう解散にしましょう。明日に備えて、英気を養わないと。それに……みんなやっておきたい事とかあるでしょ?」

 

4人とも、それらしい表情になっていた。

 

「なら、決まりね。それぞれが気持ちを高めて、明日全力を出しきるために。じゃあ……解散!」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

スマートフォンの着信音が、野外に響いていた。持ち主である男は、画面を操作し、通話画面へと切り替える。

 

「……もしもし?」

 

「もしもし、テツジさん?」

 

「リサちゃん!どうしたの?」

 

その男は、横山テツジだった。電話をかけたのは、リサだった。

 

「今から……会いに行こうと思ってね。そっちに向かってるの。場所がわからなかったから……サッカー場にいるの?」

 

「もう少しで、練習終わりだけどね。後、どのくらいで来れそう?」

 

「10分くらいだと思う。待っててくれる?」

 

「もちろんだよ!楽しみに待ってるから!」

 

それから程なくして、リサはテツジが練習に使っているグラウンドに到着した。

現在、テツジは地元のサッカークラブのコーチをしており、今もクラブの練習を終えた子供たちが、片付けをしているところだった。

 

「リサちゃん!」

 

コーチ席に座っていたテツジが、リサに気づいて手を振る。そのまま立ち上がって、リサの方まで歩いてきた。

足の方は、完全に回復していた。

 

「よかった、ちょうどいいタイミングだった!」

 

「そうみたいね。練習も終わったみたいだし」

 

「あぁ、それもそうなんだけど……」

 

テツジが視線を逸らしたのを見て、リサもそちらに視線を移す。グラウンドの倉庫にもたれ、わざとらしくそっぽを向いている少女。

 

「リン!?どうしてここに!?」

 

「……そっ、そういうリサこそ、どうしてこんなところまで?」

 

「リンちゃんは、練習前から既にいたよ。学校の創立記念日で、休みみたいで」

 

「ちょっ、テツジ!?」

 

暇なんだか、そうじゃないんだか。まぁ、いいけど。

 

「あ、そうそう!リンちゃんがリサちゃんに、言いたいことがあるんだって!本当は練習が終わってから、僕の方から電話するつもりだったんだけど……」

 

「ま、まま、ちょ、止めて欲しいですわ!」

 

わかったわ、何となく。何か言いたいことがあったみたいだけど、自分から言うのは恥ずかしいと。

で、テツジさんに電話してもらって、後は要件を言ってもらう(か、その時だけ代わって、自分で言うか)つもりだったと。

 

「私の方は、テツジさんに用があって来たんだけどね……」

 

「え?俺に?」

 

「えぇ。……実は、明日なのよ。グランドマスターカップ」

 

「えっ!?もう明日!?」

 

テツジさんは驚いてスマートフォンのカレンダーを見ていたが、すぐに納得してポケットにしまった。

 

「だから、その前にテツジさんに会っておきたいって、それで……」

 

「そっか……。平日に来るなんて初めてだから、何だろうとは思ってたんだ」

 

「それから……さ」

 

「ん?」

 

「テツジさんなら、試合とか、そういう時に不安になったら……どうしてたの?」

 

私は不安だった。行きたい場所に行くために、負けられない戦い……。まだ見ぬ強敵もたくさんいる。ノスタルジアの1人だって、参加するのだ。

 

そんな中で、私は戦い抜くことができるのだろうか。そう思うと、不安で仕方ない。

そういうことならトウジにでも相談すればいいのだが、あまり不安にさせるのもよくはない。

 

「……じゃあ逆に、何でリサちゃんは不安なの?」

 

「それは……自分が勝ち進めるかどうか……。負けられない中で、負けてしまうかもしれないんだから……」

 

「自分が、か……。俺ならそんな風に考えないから、何も言ってやれないかな」

 

「そっか……。そうよね。テツジさんが不安そうにしている姿、見たことないし」

 

私なんかとは違うな。サッカーでも、ヴァンガードでも、不安になる気持ちは同じだと思ったのに。不安を感じないらしいなら、仕方ない。

 

「だってさ、俺は自分1人で戦ってたわけじゃないしさ。サッカーは11人のスポーツ。1人が上手くても、負けることはある。逆に、1人が足を引っ張っても、勝つことだってある」

 

「あ……」

 

「リサちゃんにも、チームメイトはいるでしょ?だったら……1人でがんばるんじゃなくて、もっとまわりを頼ってもいいんじゃないかな?」

 

不安にならないんじゃなかった。テツジさんだって、不安になることはある。

けど、頼りになる仲間がいるから……一緒に戦ってくれるから、不安なんかなくなってしまうんだ。

 

「リンちゃんだって、多分不安だったんだと思う。今日ここに来たのは、そういう意味でもあると思うんだ」

 

「えっ!?どういう……」

 

「……私も、参加してますのよ。グランドマスターカップに」

 

「なっ!?」

 

え、初耳よ!?第一、チームとかどうしたのよ!?

 

「中部地方の予選に出場しましたわ。でも、敗退してしまって……」

 

「じゃあ、今さら不安とかって……」

 

「知らないのリサ?住んでいる地方が違う地方の予選にも、2回までなら出場することはできますのよ。つまり、自分の住む地方の予選と合わせて、3回チャンスがある」

 

「そうなの!?……ってことは、リン。まさか」

 

「明日の予選、私も参加しますわ。もしかしたら、ファイトすることがあるかもしれませんわね」

 

でも、リンならあまり怖くないかもしれないわね……。

 

「あの時のリベンジは、果たさせてもらいますわ!だから、その……えと、だから、あの……」

 

急に口調が大人しくなった。なんか目線逸らしてモジモジしてるし。

 

「負けるんじゃないわよ……」

 

「リン……」

 

「だっ、だから負けるんじゃありませんわ!私とファイトするまでに負けたら、許しませんわ!」

 

気恥ずかしかったんだろう。その態度に、思わず吹き出しながら、

 

「……えぇ。負けるつもりなんてないわよ!けど、ありがとう。気が楽になったわ」

 

私は、自然と笑みがこぼれていた。それを見たリンも、笑顔だった。

 

「じゃあそんなリサちゃんに験担ぎとして……はいこれ」

 

「……これって」

 

テツジさんが渡してきたもの。それは、星の装飾がついた銀のペンダントだった。

 

「受け取って、リサちゃん。これは、リサちゃんのためのお守り」

 

「でも、このペンダントって……確か、テツジさんが大切にしているものじゃ」

 

昔からずっと首に下げていたペンダント。試合中も、よく握りしめているのを見ていた。そんな大事なものを、私に……?

 

「大事な物だからだよ。このペンダントをつけてくれたら、俺も一緒に戦える。ペンダントを通じて、リサちゃんに戦う力を与えていられる……」

 

「テツジさん……わかった。明日はこのペンダントつけて、戦い抜くわ!」

 

テツジさんの気持ちも、明日は一緒に連れて行く。そして必ず、勝ってみせる……!

 

「ちょっとテツジ!?私にはありませんの!?」

 

「あ、いや、その……あっ、そうだ!せっかくリサちゃんが来てくれたんだし、3人でヴァンガードしようよ!」

 

強引に話を変えられたな……。あ、でも、

 

「今から?でもテツジさん、デッキは?」

 

「ロッカールームに置いてあるよ。明日のために、俺が最終調整してあげる!だから、どーんとかかってきてよ!」

 

「……わかったわ。じゃあ、何か台になるような物探して、ファイトしましょ!」

 

リサとテツジは、ロッカールームの方に歩いて行く。そんな仲のよさそうな様子を見ていたリンは

 

「……全く。テツジったら、本当にリサのことが好きですわね。さっきから、ずっと笑顔ですわ」

 

1人、この光景を見ることができている嬉しさに、浸っているところだった。

 

「ほら、リンちゃん!早く来て!審判してて欲しいから!」

 

「……わかりましたわ!今行きますわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「……さて。いざ解散して、ここまで来たのはいいんだけどな」

 

ワタルが今いるのは、とあるショップの前。ついさっき店から出て、困り果てたように店の外観を見ていた。

 

「あいつ、いなかったな……」

 

目当ての人物に会えるとしたら、恐らくここだろうと目星をつけたのだが、失敗に終わってしまったという状況。

 

「特に会って何する訳でもなかったけどな……。照山シュンキ」

 

俺に覚悟を教えてくれた人物。もし明日、ファイトすることがあるのだとすれば、宣戦布告でもしておきたいと思っただけ。

 

そのために訪れたのが、星野が中学の時に通っていた店、アテナだ。いなかったが。

 

無駄足を踏んでしまったかもしれない。別にこのショップには用はないし、早いところ家に帰るか……。

 

「……お前、このショップに用でもあんのかよ」

 

「……?誰だ?」

 

見たところ同年代の、体格のよさそうな少年が立っていた。無機質な表情で、どこか冷めた風格を漂わせながらも、その目だけは強い意志を宿していた。

 

「名前なんてどうでもいいだろうが。それに、今シュンキの名前が出てたが……知り合いか?」

 

「ちょっとな。そういうあんたこそ、知り合いなのか?」

 

「今は縁なんかねぇよ。……昔の馴染みってだけだ」

 

やけに悲哀の隠った声だった。こいつは、何だ?

 

「……で、質問に答えろよ。このショップに用でもあったのか?」

 

「いや……あったが、本人がいなかったからな。明日の秋予選の前に、会っておきたかったんだが」

 

「そうか。いきなり悪かったな。久し振りにこっち戻ってきて、この店の前まで来たらお前がいたからな。何か困ってんじゃねぇかって思ったんだ」

 

「久し振りに……?帰省とかか?」

 

「……まぁ、そんなもんだと思っとけ。昔は俺も、この店に世話になったからな。今は━━」

 

そこで彼は、口を紡ぐ。何か、悲しい出来事でもあったのだろうか。

 

「……とにかく、邪魔したな。俺はもう行くわ」

 

「あっ、おい!店に入んないのか?」

 

「見ておきたかっただけだ。……どうせ、俺は今さら入れねぇよ」

 

捨て台詞みたいなものを残して、そのままどこかへ歩いて行く。その姿を、ただ呆然と見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「んだよ、シュンキの奴。いつの間にあんなのと親しくなってんだ?」

 

あの感じじゃ、シュンキに会いに来たんだろうな。で、結局いなかったと。

 

「……にしても、変わってねぇな。この街は」

 

風景1つを見るだけで、俺が過ごした日々が蘇ってくる。いつまでも色褪せない、至高の記憶。

 

「戻れるのなら、戻りてぇな……」

 

今はもう、手の届かない場所にある。だから、渇望してしまう。楽しかった日々に、もう1度。

 

……けど、それは無理な話だ。

 

「はっ……!そんなこと言えた立場じゃねぇか。俺が、全て変えてしまったんだからよ……」

 

俺が、あの頃の日々を歪ませた。友情も、信頼も、信じて進み続けた……俺自身の道も。

 

「…………」

 

ただ、そんな彼が1つだけ、願うことがあるとすれば、

 

「お前は……今頃、何をしているんだろうな?元気にやっているといいんだけどな……シオリ」

 

かつての友の無事を祈ることだけが……少年の、峰塚レイジの願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

『……私のターン、スタンドアンドドロー』

 

家に帰った俺は、自分の部屋に入るや否や、乱雑に物が置かれた机の上をあさり、パソコンを引っ張り出す。

 

そして今、俺はパソコンを立ち上げ、ノスタルジアの対戦動画を見ているところだった。

 

『……ライド。コール。そのままアタック』

 

今見ているのは、ロメリア……シオリさんの動画。ずっと見返してきた動画の人物がシオリさんなんて……案外、世間は狭いものっスね。

 

けど……今のシオリさんには、この動画のような雰囲気は感じない。

ロメリアの時のシオリさんは、もっと淡々としていて、驚くほどに冷めている。今のような明るさなんて、もっての他。真逆の雰囲気だった。

 

(時間は人を大きく変える、とはよく言ったものっスね。やはり……過去に何かあったんスか?)

 

でも、ファイトの腕は確かだ。レゼンタの言う力も、だんだんと感覚を戻しつつある……。

 

『ドライブチェック……ダブルクリティカル』

 

「……ん?」

 

今のシーン、何か違和感を感じた。

 

ロメリアはカードを捲る前にトリガーの種類を宣言した。ノスタルジアは、デッキが見えてる訳だし、それくらいは造作もないはず。

 

最上ナツキの言うように、本来はこちらの力が使えた。変化する方がおかしいと言ってたほどに。

 

そんな俺の、違和感の正体。

 

「瞳の輝きが……ない」

 

確か、最上ナツキが言うには、この力を使った時に瞳が輝いて見える。なのに、今のシオリさんの瞳には、輝きがない。

 

もちろんはっきりと見えてるわけではないから断定はできない。が、他の2人は、一瞬顔が映った時でも(顔にモザイクは入っているが)目の辺りが黄色く変色している。

 

シオリさんには、それがない。加えて言うなら、何か瞳の位置から、波を描くみたいに光のようなものがなびいているようにも見える。

 

「こいつは……一体」

 

謎が浮かび上がりながらも、俺はパソコンの画面を見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「……着いた」

 

私は、とある墓地に来ていた。そう、ここには……私のお母さんが眠っている。

 

「……お盆の時以来だね、お母さん。今日は、ちょっと話したいことがあってさ」

 

時間も遅かったため、誰もいない。都合がよかった。

 

「私さ、明日ヴァンガードの大会に出るんだ。また全国目指してさ。今度は、4人で」

 

返事はない。けど、私は話し続ける。

 

「1度はヴァンガード止めて、カードに触れることも拒んでたのにね」

 

1年前。私が中学3年の時。その時の私は、昔の辛い出来事にショックを受けて、精神が壊れていた。

 

その時の記憶は、ほとんどない。学校にこそ行っていたけど、いつも病んでて、上の空だった。そこから立ち上がるまでに、どれほど苦労したのかわからない。

 

「けど、本の少しのきっかけだったよ。そこから仲間ができて、また世界は変わった」

 

近くの花屋で買った花を供えながら、1人ことばを続ける。

 

「……また、お母さんが出会わせてくれたのかな?アルフレッドに」

 

もしかしたら、きっとそうかもしれない。

 

「見せたかったな……。もう1度。私が……アルフレッドを使う……姿」

 

言葉が途切れていく。口にしようとする度に、別の何かが溢れ出す。

 

「見せたかったよ……!私の新しい友達……新しいデッキも……!喜んで、笑って……くれたんだろうな……。もっと色んなものを、一瞬に、見たかった……!」

 

墓石が滲んで見える。熱いものが、頬を流れて止まらない。

 

「……だから、見ていて。姿は見えなくても、きっと見てくれるって信じてるから……」

 

返事はない。けど、返事をしてくれた気がした。

 

「見守っていて。私のこと。お母さんが私にくれたヴァンガードが、つながりをもたらしてくれると信じてるから」

 

あの日、全ては変わったんだ。病室で力なく横になるお母さんが、それでもなお、笑いながら私に与えた、1枚のカード。

 

「アルフレッドと共に、きっと夢見た場所に向かうから……応援してよ。お母さん」

 

騎士王 アルフレッド。私のヴァンガードは、ここから始まった。

 

そして明日。私は、円卓の解放者 アルフレッドと、新たな道を進み始める。




ようやく次回から、グランドマスターカップ秋予選がスタートです。

ここまで長かったような気もしますが、シオリたちの挑戦は、ここからです。

これからも、よろしくお願いします。

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