では、どうぞ。
「桜川リンが負けたのは、手札の使いすぎが原因っスかね〜?」
「でも、桜川さんはアクアフォースの対策として……」
イベントの優勝者は、森宮さんに決まった。今、私たちは表彰式の準備が整うのを待っているところだ。
もちろん、森宮さんの姿はもうない。一刻も早く、会いに行かないといけない人がいる。
そのため、表彰式には私たちの内の誰かが代理として出ることになった。
で、私たちはさっきのファイトのことについて話をしているところだ。
「確かにアクアフォースの特徴は、ユニットを展開させての連続攻撃……。手札を貯めてそれを迎え撃つのも、逆にリアガードを展開させないように手札を使わせるのも、対策にはなるんスよ」
「そうだろ。あいつもそう言ってたし」
「けど、よく思い出して欲しいっス。さっきのファイトで、リサさんは1回でも連続攻撃してたっスか?」
「それはそうだろ。森宮は先攻で、グレード2になった時から攻撃したな……ん?そのターンはしてない……。グレード3になってからは……あれ!?」
「そう。リサさんは、デッキに連続攻撃するユニットを入れていなかった。回数指定に、4回目以降のアタックを指定するカードも」
そう言えばそうだ。確かに連続攻撃していない。だとすれば、桜川さんの対策は、正直意味がなかったってことになる。
完全にアクアフォースの概念を捨てたデッキだったわけだし……。
「……けど、もうあのデッキを使うことは、リサさんにはないっスね」
「どうして?」
「あくまで可能性として俺が提案しただけっスから。リサさんは本来、連続攻撃する動きがしたいためにアクアフォースを選んだんスから」
その話は前にも言ってた気がする。それなら、近いうちにデッキを改良することになるだろうな。
「……お待たせしました!ただいまから、表彰式を始めます!」
準備が終わったようで、成宮さんがマイク片手に話し始める。
「では、優勝者は前へ!」
3人で話し合った結果、佐原君が代理として前に出た。優勝記念の賞状を成宮さんから受け取り、手を振りながら賞状を参加者に見せつける。……いかにも自分が勝ったみたいだなぁ。
「え〜後、優勝記念品として、これを」
「ん?何っスかね?……これは?」
ここからじゃよく見えないけど、それほど大きなものではなさそうだ。佐原君が戻ってから聞こう。
「では、イベントはこれにて終了とさせていただきます!ご参加ありがとうございました!気をつけてお帰り下さい!」
最後に桜川さんが締めて、無事にイベントは終了した。
で、佐原君もこっちに戻ってくる。
「シオリさん、ワタル君。優勝記念品で、こんなものもらったんスけど……」
「あ、今聞こうと思って……って、ん?」
佐原君の手に握られていたのは、1枚の紙。と言っても、ただの紙ではない。
「……食事券?」
「近くの焼き肉店の商品券っスね。1万円分の」
期限は、8月31日までとなっていた。機会があれば、その店にみんなで行くのもいいかな。
「さて、今からどうするっスかね?時間もまだあるし……」
「そうだね……これから━━」
「ちょっといいかな?」
「ん、シュンキ君?」
と、これからのことについて考えていた時だった。私たちの所に、シュンキ君がやってきた。何だかんだで、今日は全然話してなかったな……。
「ちょっと時間いい?久しぶりだし、2人でゆっくり話そうと思って」
「私も……そうだね。ごめん佐原君、小沢君。私はこれで……」
「そっスか。じゃあまた!」
「うん、じゃあまたね!」
というわけで、シュンキ君と2人で話をすることになった。
***
その頃、リサは病院へと向かうため、電車に乗って移動している最中だった。
(テツジさん……。私が馬鹿だった。本当に大切にしないといけないものが、見えていなかったから……)
思えば、テツジさんに会うことを遠ざける必要はどこにもなかった。名前を遺すだの、そんなこともしなくてよかったはずなのに。
だとしたら私は……逃げていただけかもしれない。あの時の現実が、時が経った今でも受け入れられずに、目を背けていたに過ぎなかった。
けど、リンが……そしてシオリさんが……気づかせてくれたから。
「待ってて……。今行くから」
***
2人と別れた後、私はシュンキ君と一緒に、近くのショップに来ていた。
そのショップには、あまり人はいなかった。多分、昔の話を他人に聞かれないように、シュンキ君が考慮してくれたのだろう。
「それでシュンキ君。わざわざショップに来たってことは……」
「うん。今日はまだ1回もファイトしてないからさ。ファイトしたくなって」
「久しぶりだからな……。よし!始めようか!」
早速空いてるテーブル(ほとんど空いてたけど)に座り、準備を済ませる。
「「スタンドアップ!「ザ、」ヴァンガード!!」」
「……ザ、か」
「そうだよ。……不思議だよね?1年ヴァンガードしてなくて、久しぶりにしたファイトでも自然と口に出てたよ。ザ……って」
こういうのは、体とかが覚えてるって言うけど、私の場合もそうなのかな?
「……最初は、そんな風に考えられなかったのにな」
「レイジ君のこと、思い出してる?」
「うん……。今頃、何してるんだろうな……」
私の脳裏に浮かぶ、1人の少年……峰塚レイジ。彼は私たちと共にヴァンガードをしていた仲間であり……
「……また、シオリさんみたいにヴァンガードを始めてくれたらいいんだけどね……」
「そうだね……。また一緒に、ヴァンガードしたいよ」
今はヴァンガードを捨てた、元ヴァンガードファイターである……。
***
リサを乗せた電車は、テツジの入院する病院の最寄り駅に到着した。ちょうど、夕陽が綺麗な時だった。
ここからその病院までは5分とかからない。少し歩けば、病院が見えてくる。リサは記憶を頼りに駅を出て、病院へと向かう。
「もう……あれから7年も経つのか」
今さらながら、そんなに会っていなかったことに驚いている。けど、もうすぐ再開できる。
「……ここね」
やはり、すぐに着いた。私は病院に入り、受付でテツジさんのいる部屋を聞く。まだ面会はいいみたいなので、すぐに部屋に向かう……が、
「……………」
部屋まで来た所で、中に入る踏ん切りがつかなくなっていた。今さら会っても、どうしようもないのでは……?
……いや、行くしかないか。7年も会っていないのよ?顔を見せないと……。けど、見せる顔なんてあるのかしら……。
散々葛藤した挙げ句、意を決してドアを開けようと手を伸ばす。
一瞬ためらったが、迷いを切り捨て、ドアを開けて━━
「……リサちゃん?」
「……え?」
そうなる前に、後ろから呼ばれた声に思わず振り返る。その声、その姿。何年も野放しにした、幼い時の思い出の人が……そこにはいた。
「……テッ……テツジ……さん?」
「あ……!やっぱり!リサちゃん!リサちゃんだ!!会いたかった〜!久しぶりだよ!!」
……変わってない。何も変わってない。杖をついてるため、足はまだよくなさそうだけど、昔と何も……変わってない。
「会うの何年ぶりだっけ?元気にしてた?いや〜!でも本当に久しぶりだ!嬉しいよ!!」
私も……嬉しい。
「どうして会いに来てくれなかったの?リンちゃんは会いに来てたのに……。会えなくて寂しかったんだよ?……どうしたのリサちゃん?さっきからずっと黙ってるけど……」
私は……馬鹿だ。本当に馬鹿よ……!
「……っ……うっ、うっ……」
「リサちゃん……」
私は人目も構わず抱きついた。溢れ出す涙も、止めようなんて思わない。
「ごめんなさい!本当に……ごめんなさい!!ずっと会えなくて……テツジさんに悲しい思いさせて……ごめんなさい!!」
今こうして会ってみて、私は……とても嬉しい。そんな感情を隠しながら、全国を目指すなんて……どうかしていた。
「……いいんだリサちゃん。今こうして来てくれたんだから、俺は……幸せだよ」
「これからは……できるだけ会いに行くから!7年も…放っておいたんだから……!」
「わかったよリサちゃん。少し落ち着いて。こんな所で立っているのも何だし、病室に入ろう。これまでの話、俺に聞かせてほしいんだ」
泣き続ける私に、テツジさんは昔と変わらない声で優しく言った。
「お互いに、色んなことがあったと思う。楽しいことも、辛いことも。だから、話し合おう。リサちゃんとまた、久しぶりに話をしたいんだよ」
「……うん。わかった、話をしよう。テツジさん!」
***
「……なるほどね。それでヴァンガードを……」
「うん……」
私は全て話した。7年間のことを、テツジさんに余す所なく伝えた。
「……けど、間違っていたわ。全国に行く目的が、テツジさんの道を遺すこと、なんて……」
「そんな大それたことを考えていたなんて、俺知らなかったよ。だから、リサちゃんも会いに来れなかったんだね」
大それたことか……。端目から見れば、私のやろうとしていたことは、そんな風にしか映らなかったのかしら?
「でも意外だったよ。リサちゃんもヴァンガードやってたなんてね」
「……え?」
私も……って、どういうこと?
「俺も、ヴァンガードやってるんだ。病室にいるのも退屈だからね。リンちゃんに頼んで、一緒に始めたんだ」
それでリンもヴァンガードを……。だとすれば、どっちにしても私はヴァンガードと出会うことになっていたのかもしれない。
「今日は時間も遅いし、ヴァンガードをする時間はなさそうだけど……」
「また来た時に……ね」
「そうそう!その時が楽しみだ!」
その時見せた笑顔は、あの時の決勝戦と同じ笑顔をしていた。よほど楽しみなんだろう。
だったら、今度こそ私は、この笑顔を奪わないようにしていかないといけない。
「……で、話の続きだけど」
「そうね……。そう言えば、テツジさんの足の状態ってどうなってるの?」
7年も経っているから、さすがに変化はあるだろう。そのあたりの細かいことはリンから聞いていなかったから、気になった。
「……実は、1度退院してるんだ。足の状態も少し回復してきたから」
「そうなの?」
「もちろんサッカー選手として復帰はできなかったけど……。日常生活ができるほどにはなってるよ」
そうなのか。……なら、どうして今入院をしているのだろう?
「けど、ちょっと病気になってね。それで入院していたんだけど……もう大丈夫。後1週間ほどで退院できるから」
病気という言葉に驚いたが、もうほとんど治っているらしいので、一安心した。
「あ……けど、それじゃあテツジさんに会うのって、どうしたら……」
「大丈夫だよ。退院したら、この近くにあるサッカーの練習場にいることが多くなると思うから。そこに来てよ。いなかったら、リンちゃんに家の場所教えてあるけど……」
だったら後で聞いておこう。後……改めて謝らないとな、リンにも。
「……って、もうこんな時間か。リサちゃん、帰らなくて大丈夫?引っ越したんでしょ?」
「そうね……。名残惜しいけど、もう帰ろうかな……」
「名残惜しいって、そこまで言わなくても……」
実際名残惜しいのだから、仕方ない。もう少し話していたかったとは思うけど、このままだと家に帰るのが遅くなる。
「……そうだ。最後に1つだけ」
「何?リサちゃん?」
「今までは、テツジさんのことで全国を目指していた。けどこれからは……みんなで全国を目指すつもりでいるから……」
一旦言葉を切り、テツジさんの顔を見据えてから、
「……応援してくれる?ずっと放っておいて、わがまま言ってるかもしれないけど」
「当たり前だよ!リサちゃんのことを応援しない理由がどこにあるのさ?」
その言葉に、思わず笑みがこぼれる。そう言ってくれたことが嬉しくて。その嬉しさに込み上げてきたものを押さえようとして。
「……もう行くね?」
「そっか。じゃあ、またねリサちゃん。次に会う時が楽しみだよ!」
「えぇ、テツジさん。また会いに来るわ!」
私は早足に病室を出て、テツジさんの元を後にする。けど、また会える。毎日は無理でも、会いに行くことはできるから。
もう、後悔はしない。知らないうちに、辛い想いをさせることはしない。これからは、何があっても。
『リサちゃんを応援しない理由がどこにあるのさ?』
私はテツジさんに、辛い想いしかさせていない。それなのに、応援しない理由がないって……。
「本当、優しいよ……テツジさん」
綺麗に輝く夕陽は、リサの頬を伝う光を照らしていた……。
***
「……ただいま」
「お帰り、トウジ。今日は遅かったね」
「ちょっと色々あって……。義父さん、ご飯の時になったら呼んでくれない?今から調べたいことがあるから」
「わかった、トウジ」
義父さんの返事を聞く前に、俺は自分の部屋へと向かっていた。そしてすぐにパソコンをつけ、あることを調べ始める。
「……マジであの話、本当なんスかね……?」
シオリさんと別れた後、俺はワタル君と一緒に、近くのショップにでも行こうとしたんスけど……
『……悪い、今日はもう帰りたい。佐原1人で行ってくれないか?』
というわけで、俺1人でショップに行くことにした。ワタル君の雰囲気も少し変わったし、何かあったのかもしれないっスけど……。
と、それはそれだ。問題はそのショップでの話だ。今日のイベントのこともあって、俺に合うクランを探していた時だった。
俺は店員に声をかけられ、クランについて話をしていくうちに、俺は気になることを聞いた。
……新たなクランが出ると。そのクランは、これまでの常識を覆す力を持っていると……。
ここ最近、テスト勉強で(忘れてるかもしれないっスけど、このイベントの前にはテストあったんスよ!?)ヴァンガードの情報は全然入ってこなかった。
だから、その話を聞いた時には驚いたっス。それで今、俺はそのクランについて調べていた。そして見つけた新たなクラン。それは……
「……リンク、ジョーカー……」
禍々しい黒輪を身体中に纏った異形の存在……。さらに驚いたのは、リンクジョーカーの特徴……呪縛。
ロックと呼ばれるその能力は、相手を無に帰す、他にはない能力だった。
「……これだ」
俺はようやく見つけた。自分にとって、求めていた力をやっと見つけた。
「これでようやく……次へと進める」
歓喜するトウジを、窓から射し込む月明かりが静かに照らしていた……。
この辺りの話を見返して思ったのが、全然ファイトしてないな……っていうのが第一で。
けど、これからはどんどんファイトしていきますので、その辺りも楽しみにしてもらえたら幸いです。
……まぁ、使ってるカードはかなり前のものだけどね……。