5月の初め。中間テストでまわりがざわつき始めている頃。私たちも、それなりに勉強を始めている。
とは言っても、息抜きも必要。勉強は忘れて、今はファイトに専念している。
「行くっスよ!古代竜 スピノドライバーにブレイクライド!(11000) ブレイクライドスキルで、俺のリアガードを2体退却させて2枚ドロー!さらに、パワー10000、クリティカル1をヴァンガードに与える!」
今は佐原君と小沢君とのファイト。私たちは見物だ。
「俺は古代竜 イグアノゴーグ(7000)を2体退却……2枚ドローし、スピノドライバーにパワープラス10000、クリティカルプラス1!(21000 ☆2)」
「クリティカルも増えるのか……」
「まだまだ!退却したイグアノゴーグのスキル、古代竜のヴァンガードがいるなら、退却した時にCB1を使って、再びリアガードに戻って来るっスよ!」
「何っ!?」
うまい。もう1体のイグアノゴーグもスキルが発動するから、何のデメリットもなしにメリットだけを得た……!
CBの消費が唯一のデメリットだが、極力CBを使わないようにデッキが組まれている……。流石だ。
「よし、コール!古代竜 ビームアンキロ(9000)、古代竜 ガトリングアロ(7000)、翼竜 ビームプテラ(7000)!さらに、手札の破壊竜 ダークレックスをバインド!」
「……バインド?」
「シオリさんは知らないかしら。バインドは、フィールドの外にカードが置かれることで……普通は置かれたら置きっぱなし。指定があれば、ターンの終わりに手札に戻ることもあるの」
バインドが何なのかは知っている。確か、オラクルシンクタンクの……邪眼の美姫 エウリュアレーだったか。自分のソウルが6枚以上で、相手の手札1枚をバインドする……。
私が不思議に思ったのは、自らバインドしたことだ。ターンの終わりに手札に戻るならともかく、ただバインドしただけなら、少々もったいない気もしなくない。
「ダークレックスをバインドすることで、スキル発動!ビームアンキロにパワープラス3000!(12000)」
なんだ、パワーを増やす効果があったのか。……いや、でもそれだけ?
「イグアノゴーグのブースト、ビームアンキロでアタック!スキルで、古代竜のヴァンガードがいるなら、パワープラス3000!(22000)」
「く……!ゲンジョウとエルモでガード!」
「続けてガトリングアロ、ビームプテラのブーストでアタック!スキルで他の古代竜を退却させ、パワープラス5000!俺はイグアノゴーグを選択!(19000)イグアノゴーグのスキル、CB1……再復活!」
「……ターでガード」
「続けてイグアノゴーグのブースト、スピノドライバーでアタック!スキルでパワープラス2000っスよ!(30000)」
「通さない!ワイバーンガード バリィで完全ガードだ!」
コストとしてドーントレスドライブ・ドラゴンが捨てられた。ドライブチェックではトリガーは出ず、後は小沢君にターンを渡すだけ……のはずだった。
「さて……ここからがお楽しみの時間っスよ!バインドしたダークレックスのリミットブレイク!俺のリアガードを3体退却させ、こいつにスペリオルライドする!」
バインドゾーンからのスペリオルライド!?何かあるとは思ってたけど、ここまでのことをするなんて……
「リアガードの退却によるライドか……。なんかユウトに似てるな……!」
「ユウト?」
「そっか。2人は知らないよね。実は、参加用紙を出しに行った日にね………」
そういえば、ミズキのことを知らない2人に、あの日あったことを話す。
「へぇ……そんなことが」
「とにかく強かった。またファイトしようって、約束もしたし」
「俺も会って見たかったっスね……」
きっと、佐原君でも苦戦を強いられることになりそうだな。ミズキ……あぁ、ファイトしたくなってきた。
「そういえば、2人はあの日何してたの?」
「あの日っスか?」
確かに気になる。2人でどこかに行くところがあったみたいだけど……。
「そうっスね……。ま、それを話す前に、このファイトを終わらせるっスよ」
「え……トウジ!?いいの?シオリさんたちに言って……」
「むしろ何で言わないんスか?……もしかしたら、何か知ってることがあるかもしれないじゃないっスか」
これは……何かありそうだ。
「じゃあファイト再開!イグアノゴーグ2体、ビームアンキロを退却!そして……闇にうごめく魔性の欲望!地より出でて、破壊の限りを尽くせ!ブレイクライド!破壊竜 ダークレックス!!(10000)」
みんなの気が、再びファイトの方へ向く。
「ブレイクライドスキル、ビームプテラとガトリングアロを退却させ……再び2枚ドロー!パワー10000とクリティカルを与える!(20000 ☆2)」
「う……まず……」
「ビームプテラのスキル、退却した時にユニット1体にパワープラス3000。ま、今はダークレックスしかいないっスけど。(23000 ☆2) イグアノゴーグのスキルは、古代竜のヴァンガードがいないから使えないっスね……」
使えても使えなくても、どちらが勝つかはもう一目瞭然だ。
「てなわけで……フィニッシュ!ダークレックスでアタック!!(23000 ☆2)」
「……ブレイクライドさえなかったら、まだガード出来たかもしれないのに……!」
悔しそうにデッキトップを見る。トリガーに恵まれることは……なかった。
***
「……で、あの日どこ行ってたの?」
とりあえずファイトも終わったので、それから話すともったいぶった話を聞かせてもらおう。
「なんか、今の俺って、浮気した夫みたくなってないっすか!?」
前置きがわからなかったら、多分そう見える。
「……まぁそれはそれで、今はあの日のことっスね」
一瞬考える素振りを見せた後、佐原君は話し始める。
「あの日は……リサさんと一緒に、あるスタジアムに行ってたっス」
「「……スタジアム?」」
「そうよ。……しかも、今は使われてない埃だらけのね」
「使われていないって言っても1年くらいじゃないっすか」
「けど、実際すごかったじゃない!」
……口論が始まった。けど、スタジアム……?何の目的でそんなところに?
「く、口喧嘩は一端ストップ!とりあえず、話すだけ話させて欲しいっス」
森宮さんはしぶしぶ引き下がる。
「多分今2人とも、何のためにそんなところに……とか、そんなことを考えているんじゃないっスか?」
「目的が全くわからないとは思ってる」
私も同じくね。
「実は……あるファイターたちの証拠を探すためにね」
「あるファイター?」
「それに……証拠って?」
すると、佐原君は一呼吸置いて、
「……ノスタルジアって知ってるっスか?」
ノスタルジア……?全く知らない。小沢君も知らないようだ。ただ、森宮さんはそれが何なのか知っているようだった。
「1年前……。ちょうどグランドマスターカップ春予選の時期に行われた非公式の大会……ノスタルジアカップ。その大会で猛威をふるった3人のファイターがいたんスよ」
「へぇ〜。そんな大会が」
……その大会、知っている。というより、私も出場していた。
「その3人って、そんなに強かったの?」
「確かに強かったっス。実際に戦ったわけじゃないっスけど……。でも、その3人は普通とは違っていた」
「……何が違ったの?」
「その3人は、まるで互いのデッキがわかっているかのようにファイトをしていたらしいっスよ。だから、トリガーがどこにあるかも、次にどんなカードを引くのかも、お見通しだったみたいっス」
互いのデッキがわかるって……そんな超能力みたいなこと……。
「ネットでもたまに噂になることがあるんスよ、ノスタルジアのこと。ちなみにノスタルジアって名前は、大会の名前からも来てるんスけど……この大会、その時行われたっきりなんスよね」
「それでスタジアムはほったらかしってことか……」
「そうみたいっスね。だから、ノスタルジアは言わば生きる伝説……追憶の意をこめてノスタルジアと言われてるっス」
追憶……確かに直訳すればノスタルジアだ。
「俺も信じられなかったっスよ。初めてノスタルジアのことを聞いた時は。でも、そうとしか考えられない。現にその3人は、ノスタルジアカップで1000戦以上ファイトして無敗……」
「1000!?無茶苦茶すぎる……どれだけ長い大会なんだよ……」
「丸1日……って話もあるんスけど、もう詳しい詳細は残ってないんスよね……」
確かに、あの大会は長かった。無限に思える時間だった。繰り返されるファイト、戦って、戦って……その連続だった。
多分、あの場にいた人は狂人と化していたのではないだろうか。
「詳細が残ってないって……じゃあ佐原君が行ったスタジアムって……」
「そのノスタルジアカップが行われたスタジアムっスよ。そしてそのスタジアムは、ノスタルジアカップが終わったと同時に、使われなくなった……」
「そこに行って……証拠か何かを探してたってこと!?」
「そうよ。……全く、あの時は大変だったんだから……」
うん。簡単にその姿が目に浮かぶ。
「……けど、そういうのって、俺イカサマとかじゃないかって思うんだけど……」
確かに、互いのデッキが見えるなんて、そんな夢のような話があり得るのだろうか?
ヴァンガードのアニメには、PSYクオリアと呼ばれる能力が出てくる。それは限られた者しか使えず、カードの声を聞き、勝利への道筋を教えてくれるものだという。
だが、それはあくまでフィクションだ。現実にあり得る話なのだろうか。
……いや、私は似たような話を知っている。それは、他でもない私自身だ。佐原君とのファイト、ミズキの時も……私は不思議な感覚に陥っている。
だが、それは佐原君の言う話とは違う。ノスタルジアは、デッキが見えているようだと言った。けど、私にはデッキは見えていない。ユニットの声が聞こえ、一番上のカードが望んだものに変わるだけだ。
まぁ、声が聞こえる点はPSYクオリアと共通するところがあるけど、ノスタルジアと共通するところはない。
けど、もしかすると、本当なのかもしれない。ノスタルジアの存在、そして、デッキが見えるというのは。
「そこなんスよ。大会の手がかりも残されていることが少ないし、それが真実かはわからないっスけど……」
すると、佐原君は携帯を取りだし、ある動画サイトを私たちに見せる。
「唯一……このサイトに投稿されていた動画が、ノスタルジアたちが不正をしていないことを証明づけている……」
タイトルは、α:01……α:02……α:03……。この3つだけだ。どの動画も声や姿に加工が施され、顔を見ることは出来ないように録られていた。
「3人はそれぞれ、戦い方があった……。そこから転じて、それぞれ名前がつけられている……」
佐原君は、画面を指差しながら言う。
「α:01は、ファイトの前から勝負が決まっている……過去の追憶『ヴェルレーデ』」
「α:02は、ファイトの中で勝負を作り出す……現在の追憶『レゼンタ』」
「α:03は、先の予測がつかないファイトをする……未来の追憶『ロメリア』」
確かに、デッキがわかっているようなファイト内容だったが、3人とも戦い方に違いが見られた。
「……で、そのもはや無敵とも言えるノスタルジアとファイトすることが、俺の目標っス。そのために、手がかりも集めて頑張ってるっス」
胸を張って言う佐原君の気持ちは、真剣さが強く表れていた。
「単なる好奇心……といってもまぁ、途方もない話っスよ?……けど、絶対会ってやる。俺が全国を目指している理由には、ノスタルジアも関係してる」
「……どういうこと?」
「それほどの強さを持つ奴らが、大きな大会に出ないとも限らない……。もしかしたら、全国の舞台でノスタルジアとファイトすることもあるかもしれない……!」
それで全国を目指すのか……。佐原君の強さの根底には、そんな想いが隠されていたのか……。
「だから、俺は全国に行きたいっス!戦えるかどうかはわからないっスけど、それならそれで、優勝を目指すのも悪くないっス!」
それにしても、ノスタルジアか……。ヴェルレーデ、レゼンタ、ロメリア……。確かにそんな人達とファイトできれば、大きな経験にはなるだろう。
圧倒的なハンデを負わされ、そんな中で勝ち筋を見つけていかないといけない。見つけた勝ち筋も、いとも容易くねじ曲げられるかもしれないが。
……でも、ノスタルジアカップにそんな人達はいただろうか?参加者が多かったから、対戦していなくても不思議ではないけど……。そんな人達の話は、今の今まで知らなかったし。
それにしても、ノスタルジアカップ……か。久し振りにその名前を聞いたな。
今でも覚えてる……。思い出すのを躊躇うだけで。スタジアムの中の混沌とした空気、何度もドローしたカードの感覚、何よりも……。
「…………………」
やっぱり、まだ思い出すのは辛いよ……。あまりにも、大きすぎるんだ。私が歩んできた、過去は……。
「どうしたの?シオリさん?」
見ると、心配そうに森宮さんが私を見ている。少し考えすぎてしまったかな……。
「ううん。もし私がノスタルジアとファイトすることになったら、勝てるのかな……って」
もちろん適当な嘘だ。けど、言葉にしてみて、実際本当に勝てるのかどうか気になり始めた。
「この動画でしかノスタルジアの強さはわからないっスけど……強いことに変わりはない。全国で戦えたとしても、何も出来ずに負けるだけかもしれない……」
「うん……」
「けど、だからファイトしたいんじゃないっスか!負け同然のファイトで勝利できたら、最高じゃないっスか!?」
佐原君は興奮して、私に訴えかける。ヴァンガードは、最初から勝ち負けがわからないから面白い。それは他の勝負事にも言えるけど……。
だから、どれだけノスタルジアが強くても、デッキが見えているのかどうか知らないけど、勝ち負けまでは決まってるわけじゃない。
きっと、佐原君はそういうことを言いたいのだろう。
「そうやって考えてるのはいいけど、まずは本人見つけないと話にならないでしょ?」
「そうっスけど……」
「……出会えるといいね」
本気でノスタルジアと戦うことを考えている佐原君なら、いつか会える気がする。
本気の想いは……間違った方向へ進まない限り、必ず実るはずなんだ……。