ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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9話

 朝。

 少し早く目が覚めてしまったため、外の空気を吸いに出た。

 ようやく顔を見せ始めた太陽の光が俺の顔を照らし、目がチカチカする。大きく伸びをして、今日はジム戦を行う(コマチ曰くジム戦を見たいらしい)ことを思い出した。あんまり気が乗らないんだけどなー。

 だが、やるからには万全を尽くすのが基本なので、昨夜のうちにハクダンジムをホロキャスターで検索しておいた。どうやら彼女は虫タイプ使いで、取り敢えず焼けばなんとかなるだろう、という考えに至った。

 なんて気楽に考えているとポケモンセンターに併設されたバトルフィールドから物音が聞こえてきた。

 こんな朝早くから誰だよ。

 もう少し寝てようぜ。俺が言えた義理じゃないが。

 チラッと覗くつもりで顔を出したら、一人の少女と目があった。

 

「…………………」

「…………………」

 

 二人して沈黙。

 まあ、それも無理もない。

 相手はあのユキノシタユキノなのだから。

 

「よ、………」

「あら、あなたの顔を見るだけで一瞬にして目が覚めるものなのね。驚きだわ」

「俺は朝から罵倒できるお前に驚きだわ」

 

 何なのこいつ。

 朝の挨拶を脇に、罵倒されるって………。

 悪夢を見るよりテンション下がるわ。

 

「そもそも下がるだけのテンションに上がってないでしょうに」

「ねぇ、やっぱお前エスパータイプだろ。何で人の考えを逐一当てて返答するんだよ」

 

 彼女は右手の親指と人差し指で両のこめかみを押さえ、大きくため息を吐いた。

 そして、やれやれといった感じで再度口を開いた。

 

「あら、冗談で言ったつもりだったのだけれど。案外、当たるものなのね」

「分かりにくい冗談だな。当たりすぎてて恐怖すら覚えるぞ」

 

 今のは絶対に冗談じゃないだろ。

 口調が確信めいたものだったぞ。

 本当にこいつ何なの。

 

「で、お前は朝早くからオーダイルの特訓か?」

 

 このままだと会話がループして俺のHPが削られる未来しか見えないため、強引に話題を変えた。変えたはいいけど、誰がどう見ても分かる話題にしか持っていけない俺のコミュ力の無さ…………。

 ユキノシタが朝早くからオーダイルと外にいる。十中八九、オーダイルの特訓にしか見えない。二人して俺が渡したリングをつけてるし、その前から水の轟音が響いてたからな。オーダイルの方も朝から気合が入ってるのかやる気に満ちている。それに今の彼女の姿を俺以外が目にしたら、こうも恥ずかしそうにはしないだろう。いや、プライド高そうだから多少は恥ずかしがるか? まあ、それを抜きにしてもこんな耳まで真っ赤にするのは俺だから、いろいろ言われた俺だからこそ、見られたくなかったはずだ。

 となると俺はすぐにでもこの場を離れるべきだろう。そして、二度寝して記憶がないことにしよう。

 うん、それが得策だな。しかも二度寝とか超いいじゃん。

 早速、戻って二度寝しよう。

 

「あまり特訓中の私を見られたくはなかったから。だけど、あなたはそういうときに限って現れるのだから。分かってはいたけれど、やっぱり侮れないわね」

 

 ふぇぇ、帰れないよぉ。

 何で気になるような言い方ばかりするんだよ。思わず、出しかけた右足を止めちゃったじゃん。

 すげぇ、気持ち悪い体勢であることは分かる。器用に顔を真っ赤にしながら、ユキノシタの俺を見る目が気持ち悪いものを見るような目になってるからな。間違いない。

 自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「ん、んん。とにかく、俺は邪魔なようだし戻って二度寝するわ」

「ま、待って!」

 

 俺が出しかけた右足を再び前に一歩進めると、ユキノシタが声を張り上げて俺を制止した。

 というかびっくりして足を止めてしまった。

 

「あん?」

 

 首だけを彼女の方に向け、右目で視認する。

 すると彼女はビクッと肩を跳ね上がらせた。

 え? ………あー、すまん。睨んだわけじゃないんだ。

 

「そ、その、あの………」

 

 肩を窄めてお腹の前で両手をもじもじしている。

 顔はさっきよりさらに赤く染め上がり、煙が出る一歩手前のようにさえ見えた。

 

「…………な、何だよ……?」

 

 気まずくなって口を開いたら噛むというね。

 もうやだよ、俺の対人スキル。

 それでも彼女は俺を呼び止めた割には一向に口を開こうとしない。いや、開こうとしてはいるが言葉が喉に突っかかって出てこないといった感じだろうか。

 まあ、何にせよ俺にはどうすることもできなくなってしまったので、待つ以外の策はない。

 

「あ、………その…………や、やっぱりいいわ。何でもない。気にしないでちょうだい」

 

 結局、ユキノシタが何故俺を呼び止めたのか分からないまま、一方的に話を打ち切られた。

 え? これ俺モヤモヤしたまま二度寝することになるのか? 絶対ねれないやつだろ。何の嫌がらせだよ。拷問かよ。

 

「………そんな勿体ぶってやっぱなしってなると余計に気になって仕様がないんだけど。気になって二度寝できないレベルだぞ。何の嫌がらせだよ」

 

 つい言ってしまったが、まあいいか。

 

「べ、別にそういうつもりで言ったわけではないのだけれど。結果として、あなたに嫌な思いをさせてしまったのなら謝罪するわ」

 

 先程からずっと続けているもじもじをさらに悪化させ、すごい速さで回転し始めた。多分、本には気づいてないんだろうが………、なんかすげぇもん見た気分。

 

「あ、や、別にそこまで要求してたわけじゃないんだが。………まあ、俺は二度寝するけど、究極技は早々完成するもんじゃないんだし、気長に構えてろよ」

 

 そう言うと急に欠伸がこみ上げてきて、大きく口を開いた。結構顎が痛かった。そりゃもう、外れるかと思うくらいには。………俺って顎関節粗相症だったり?

 

「………ーーーーー」

 

 だから、ユキノシタが何か言ってたみたいだが、全く耳に入ってこなかった。

 まあ、特に大事なことでもないだろうし聞き返すのも野暮ってやつだな。さっさと戻って寝よ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「で、あなたの横にいる人は何故今日もいるのかしら?」

 

 気持ちよく、とはちょっと語弊があるものの二度寝から覚め、未だ寝ていたザイモクザを文字通り叩き起こし、女子三人と合流して早々にユキノシタが突きつけた言葉だ。

 俺の横にいる人とはもちろんザイモクザのことであり、名前すら読んでもらえない男である。

 

「あー、……………相部屋の相手がこいつだったから? としか言いようがないな、うん」

 

 だが、ユキノシタに聞かれたところで、俺自身こいつがいる理由は知らなかったりする。昨夜、俺が部屋に入った後に言ってたのかもしれないが、いかんせん鬱陶しいので聞いていなかった可能性もある。ま、どうせしょうもない理由だろうけどな。

 

「我の目的は昨日で達成せしめられた。だが、しかーし! 我は暇なのだ。至って暇なのだ! だから、我が相棒について行くことにしたのであーる! 三食ついてくることも大きな理由でもある」

 

 暇なら、働けよ。あ、俺が仕事与えないとこいつに仕事がないんだった。

 

 しかも誰が相棒だよ。

 

「おい、それ初耳なんだが?」

「今言ったのだから当たり前だろう?」

 

 何このムカつく真顔。

 殴っていいかな。殴っていいかな。

 

「………はあ」

「仕方ない、か」

「ヒッキーのたった一人の友達みたいだしね」

 

 深くため息を吐くユキノシタとコマチ。

 ユイガハマは苦笑いを浮かべている。

 というかユイガハマ。こいつは友達じゃないからな。ここ大事!

 

「おい、ユイガハマ。こいつは友達じゃないからな。そこは間違えるなよ」

「いかにも! 我は」

「はいはいー、昨日と会話がループするから中二さんも押さえてくださいねー」

 

 昨日と同じことを繰り返そうとするザイモクザにコマチが背中を押してポケモンセンターの踊り場へと連れて行く。

 

「実はこの中で一番逆らえないのはコマチかもしれんな」

「同感ね」

「ヒッキーとは大違いだね」

「アホ」

 

 取り敢えず、ユイガハマにはチョップをお見舞いして、二人の後を追うことにした。

 

 

 

 五人で朝食を済ませ、ロゼリアの噴水で一服中。

 朝からちょっと食べ過ぎた感が否めない。

 気持ち悪いとまではいかないが、しばらくは動きたくない。

 

「お兄ちゃん、今日ちょっとテンション高くない? やっぱり、ジム戦前だから気合い入ってんの?」

 

 多分、それはない。

 どちらかというと面倒臭く思ってる。

 自分で言うのもなんだが、三冠王と称されるユキノシタに勝つ実力があるのだ。ただの一ジムリーダーに心躍るものなんて感じてはいない。ジムリーダー程度ではもう満たされないのかもしれない。

 ま、こんな余裕こいた考えはしているが、だからと言って今日のバトルで手を抜こうなんてことは一切考えちゃいない。全力で叩き潰すまでである。

 

「ないな。ジム戦でテンション上がるのなんてカントーですでになくなったわ。強い奴とは戦ってみたいって思いはするが実際に戦いたいとは思わない」

「コマチにはお兄ちゃんが何を言ってるのか理解できないんだけど」

「そう、では私とバトルしたのも不本意ってやつなのかしら?」

 

 コマチには理解されないのは分かっていたが、ユキノシタはこれは気づいたと言っていいのだろうか。

 

「まぁな。俺には正式なバトルをする資格なんてないんだよ。残党狩りっていう名目で動いちゃいたが、実際やってることは犯罪に近い。しかもその頃の俺は一種の病気を患っていたからな。相手を倒せば倒すほど調子に乗ってさらなる仕打ちに出た。そりゃもう狂気じみたもんだ。そんなやつが普通にバトルなんかしたら、いつそのスイッチが入るか分からない、そういう爆弾みたいなもんなんだよ。だから、俺はあまりバトルを自らしたいとは思わないんだよ」

 

 マジでヤバかったよなー、あの時の俺。

 ザイモクザとは比べ物にならないくらい浸かってたもんなー。

 

「ゴラムゴラム! しかも忠犬ハチ公という通り名もそこからきているのだ。ハチマンを怒らせると自分たちもやられかねない。だから、奴には従っておこう。口出しはしないでおこう。そういう意味合いが含まれているのだ。ホント怖かったぞ、あの時のハチマンは。我、少しチビッたもん」

 

 ザイモクザとは何だかんだ言って付き合いは長いからな。

 あの時の俺のことも知っている数少ない奴でもあるし。

 こいつがこうなったのもある意味俺が原因なのかもしれない。信じたくない話ではあるが。

 

「ま、まあ、この話は後にしようよ。今日はヒッキーがジム戦するんだしさ。……そういや、何か作戦とかってあったりするの?」

 

 空気を察したユイガハマが話題を変えてくる。

 ほんと、こいつのこのスキルには助けられてるな。

 

「ハクダンジムはむしタイプ使いなんだとよ。だから焼けばいいんじゃね? てくらいにしか考えてない」

「やー、まあお兄ちゃんのリザードンならそれでもいいのかな? でもそれじゃコマチの参考にならないし。うーん」

 

 ………そういや、コマチもジム戦やるんだったな。

 だったら、相手がどんな風に戦ってくるのかも見せといた方がいいのか。

 でもなー、焼いたら一発なような気がするんだよなー。

 

「そこも考えてバトルしねぇといけねぇのか。注文が多いな」

「お兄ちゃんのバトル見ててもコマチたちには無理な戦い方するからだよ。もう少しコマチたちにも分かりやすいバトルだとありがたいかなー、なんて」

「はいはい、分かりましたよ。相手次第だが、なるべくコマチが何かヒントが得られるように戦えばいいんだろ」

「そういうこと。さすがお兄ちゃん」

「はあ、ちゃっかりしてる妹だよ」

 

 もう慣れてるからいいけどね。

 でもほんとどう戦えばいいんだろ。

 これがポケモンリーグだったら、こうもいかないのにな。

 

 

 

 というわけで、ジムが開くと同時俺たちは中に入った。

 出迎えてくれたのは昨日話した金髪のジムリーダー、ではなく彼女をちょっと大人っぽくした人だった。

 本人曰く、彼女の姉らしい。

 まあ、話し相手はユイガハマたちに任せ、バトルフィールドに案内された。

 中は植物だらけで屋内庭園にさえ思えてくる。

 その奥で件のジムリーダー様が待ち構えていた。

 

「いらっしゃい、挑戦者さん!」

「うす………」

 

 なんでこうも朝からテンションが高いんだ。

 

「こうしてみると昨日は感じられなかった強者のオーラをひしひしと感じるわ」

「はあ………」

 

 俺ってそんなオーラが出てたのか?

 面倒臭いオーラの間違いじゃねーのか?

 

「それでは先にルールの説明をさせていただきます。使用ポケモンは二体。先に二体とも戦闘不能になった方が負けとします。なお、ポケモンの交代はチャレンジャーのみとさせていただきます」

 

 審判の女性がルール説明を行う。

 そういやジム戦って使用ポケモン数とかもあったんだっけか?

 久しぶりのジム戦だし、カントーを回ってた頃もリザードン一体だったから、気にしたこともなかったな。

 でも、今回は虫タイプのジムリーダーだし、リザードンで終わるだろうな。

 

「ねえ、バトルの前に一つだけいいかしら?」

「………何すか?」

「自己紹介がまだだったような気がするからさ。改めて、私はハクダンジムのジムリーダー、ビオラ。ポケモン専門の写真家でもあるの。私に勝ったら記念に一枚撮ってあげる」

 

 ……………。

 

「はあ、そりゃどうも」

「………ヒッキー、そこはちゃんと自己紹介するとかして返そうよ………」

「うちの兄がこんなんでどうもすみません」

 

 んなこと言われてもな。

 自己紹介されたからってどう返せばいいかとか知らねぇし。

 まず、そういう機会がなかった俺には無茶な要求だぞ。

 

「………ヒキガヤハチマン」

「へー、ハチマン君かー。変わった名前だね」

 

 うるせぇよ。

 

「……うるせぇよ」

 

 あ、つい声に出ちゃったね。

 けど、悪いのはあの女の方だし。

 

「それじゃ、そろそろやりましょうか」

「そうっすね。さっきからボールが暴れてますし」

「それでは、バトル始め!」

 

 審判の合図とともに相手がボールを投げてきた。

 

「シャッターチャンスを狙うように勝利を狙う! 行くわよ、アメタマ!」

「アッ!」

 

 出してきたのはアメタマ。ホウエン地方で発見された虫・水タイプのちょっと珍しい組み合わせのタイプを持つポケモン。

 

「それじゃ、仕事だリ……………おい、そこのボケガエル。寝てたんじゃねーのかよ」

 

 リザードンを出そうと思ったら、いつの間にか俺の頭から降りていたケロマツがフィールドに出ていた。

 

「……………………」

 

 俺の声には全く反応せずに真っ直ぐアメタマを見ている。

 戦いたいなら始めから言えよ。

 素直じゃねーな、全く。

 

「分ーかった、分かった。けど、アメタマだけだからな」

「ケロ」

 

 俺が許可を出すとやっと反応しやがった。

 はあ……………、戦い方を考え直さねーとな。

 相手はむしとみず。リザードンならばかみなりパンチで効果抜群だったんだが、ケロマツじゃそうはいかない。しかもケロマツが覚えている技はアメタマに対して全てが効果いまひとつ。となると、後はこいつの火力次第ってことになるな。

 

「……来ないのなら、こっちから行くわよ! アメタマ、シグナルビーム」

 

 動かない俺たちに痺れを切らしたのか、あっちから攻めてきた。

 

「ケロマツ、かげぶんしん」

 

 取り敢えず、かげぶんしんで回避しておく。

 さて、ここからどう攻めたものか。

 

「え? 何この量!? 普通のかげぶんしんより多くない!?」

 

 増えたケロマツの分身の量に驚きを見せる。

 まあ、確かにユキノシタとのバトルで使った時よりは多い気がするが、それはケロマツ次第のようなものだし。今日は何気張り切っているんだろう。

 

「こうなったら、アメタマ。れいとうビーム」

 

 アメタマが影に向けてれいとうビームを乱れ打ちする。

 当たるとたまに凍るから厄介なんだよな。

 

「ケロマツ、穴を掘る」

 

 れいとうビームでかき消されていく上げを捨て、まだ保っている影と一緒に地中へ潜っていく。

 

「そのままれいとうビームでフィールドを氷漬けにしちゃいなさい!」

「アッ」

 

 だが、アメタマはれいとうビームをやめるどころか、命令通りにフィールド一帯を氷のフィールドへと変えてしまった。しかもそれはアメタマのなめらかな動きをより一層際立たせるものでもあったみたいだ。その証拠にスイスイと動くアメタマの速度がさっきよりも早くなっている。

 

「なるほど、実際はこれが狙いってわけか」

 

 自分に適したフィールドの再構築を技からしてくるとは………。

 大抵のジムリーダーは得意とするタイプに適したジムの設計をしたりして、最初からフィールドが決まっていたりする。しかし、彼女は普通のフィールドに見せかけ、本来のフィールドを技で構築していく派なようで、この一芸で挑戦者に動揺を与えていたりするのだろう。

 気さくなようでいて、小賢しい。

 まさにトレーナーの前に立ちはだかるジムリーダーって感じがあるな。

 少しは楽しめそうだ。

 

「ケロマツ、みずのはどう。上空に乱れ打ちだ」

 

 氷の壁をそのまま突き抜けてもいいが、ケロマツの身体が凍りつく可能性もあるからな。間接的に穴を開けるのが得策だろう。

 

「アメタマ、気をつけて! よく音を聞くのよ」

「アッ!」

 

 一瞬、部屋の中が静まり返る。

 ゴクッと。

 誰かが唾を飲み込むとがする。

 するとユイガハマが顔を赤くした。

 それと同時に一つの水弾が地中から打ち上げられた。

 

「後ろよ! アメタマ、シグナルビーム」

 

 振り向いたアメタマは颯爽と駆け出し、できた穴へと近づいていく。

 だが、それは意味をなさない。

 

「え?」

 

 アメタマを囲うようにして次々と水弾が打ち上げられていく。

 

「やれ」

 

 動きを止めたアメタマを確認し、ケロマツに命令。

 意図が分かっていたようでアメタマの足元から水弾を勢い良く弾き飛ばした。

 

「アッ!?」

 

 これがアメタマの声かジムリーダー様の声かは定かではない。あるいはその両方か。

 トレーナーもポケモンも何もできないまま、ケロマツのみずのはどうを諸に受けた。

 身体の軽いアメタマはビオラさんの前にまで弾け飛んで行った。

 

「アメタマ?!」

 

 だが、まあそこは効果いまひとつの技。

 一発では倒せなかったようだ。

 

「………アッ」

 

 ふらふらと立ち上がってくる。

 ただ、俺はそれをただ見ているつもりはない。

 バトルは勝ってなんぼだろ?

 立ち上がるのなら容赦はしない。

 

「ケロマツ、みずのはどう」

「来るわ! アメタマ、ケロマツにれいとうビーム!」

 

 俺の指示に反応し、ビオラさんは咄嗟にケロマツへの攻撃を命令した。

 ベテランが為せるトレーナーとしての技術だろう。

 けど、やはり視野は狭くなっているようだ。

 なんせ、上から降ってくる水の塊には気づいていないからな。

 

「……遅い」

 

 アメタマが技を繰り出す前に巨大なみずのはどうが命中する。

 爆発を起こして煙に包まれ姿は確認できないが、これで倒しただろう。

 

「アメタマ!?」

 

 ビオラさんが叫ぶが反応はない。

 煙が晴れ、姿を見せたアメタマは目を回して倒れていた。

 

「アメタマ、戦闘不能」

 

 審判の女性がそれを確認すると判定を下した。

 

「アメタマ、お疲れ様。ゆっくり休んでちょうだい」

 

 アメタマをボールに戻し、俺を見据えてくる。

 

「ふぅ、…………ようやく、今のカラクリが分かったわ。まさか乱れ打ちしたみずのはどうを上空で一つにまとめて、巨大なみずのはどうを作り出すなんて。ただただ、驚きだわ。最初はケロマツで来るからどう来るのかと思ったけど。こんな感覚、久しぶりね!」

 

 嬉々として俺たちを見てくる。

 そして、気合を再度入れ直したかのような音調へと変わる。

 

「さて、こっちも興奮してきたわ。頼むわよ、ビビヨン!」

 

 ………………。

 誰だよ。

 初めて見るんだけど。

 

「まあ、取り敢えず飛んでるし…………むし・ひこうってところか?」

「ビビヨン。りんぷんポケモン。コフキムシというカロスで発見された虫ポケモンの最終進化系ね。タイプはむし・ひこう。これくらいあなたなら知ってると思ったのだけれど」

「はいはい、解説ありがとよ」

 

 なんかすげードヤ顔でユキノシタが説明しだしたんだけど。

 こいつなんでも知ってるよな。

 

「何でもは知らないわ。知ってることだけよ」

 

 あなたはどこのハネカワさんなんですかね。

 つか、やっぱエスパーだろ。俺の心を読むな!

 

「ほれ、約束通り戻った戻った。次はこいつでいくんだからよ」

 

 ケロマツは渋々、フィールドを出て俺の体をよじ登り、定位置と化した頭の上で落ち着いた。

 

「………あなたたちの関係がよく分からないわね」

 

 それを見ていたビオラさんがボソッとこぼした。

 

「大丈夫っすよ。俺もよく分かりませんから」

「それ、トレーナーとしてどうなのかしら…………」

 

 や、だってこいつの方から一方的に来たわけだしさ。

 まあ、なんだかんだ知能は高いみたいだけど、俺以外に対しては。

 

「そんじゃ、待たせたなリザードン」

「シャァァアアアアアアアッッッ!」

 

 待たせていた分、今日のリザードンは気合がいつも以上に入っているみたいだ。

 

 

 ジム、壊れませんように…………………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「リザー………ドン……………」

 

 カロスじゃ珍しいのか?

 いや、あの変態博士がコマチにゼニガメを渡してたんだし、珍しいわけじゃないか。

 となると………。

 

「ほんと、あなた何者なのかしら? そのリザードン、ただ者じゃないオーラをひしひしと感じるんだけど!」

 

 ってことだよな。

 俺にはよく分からんが、ユキノシタ曰く初心者にはただ強そうなリザードンに見えるらしいが、ジムリーダー格、あるいはそれ以上のトレーナーになってくると体が勝手に震えるのだとか。

 より強さを求める者がさらに上の奴と対峙した時に身震いを起こす感覚だな。

 俺も経験がないこともないが、数は少ない。

 

「とにかく、暴れてもらっちゃ困るわね。ビビヨン、ねむりごな!」

「ヨ~ン」

 

 チッ!

 また面倒な技を出してきたな。

 

「リザードン、翼で粉を吹き飛ばせ」

「シャァッ!」

 

 大きく翼をはためかせ、粉を相手に吹き返す。

 いっそ相手が眠ればいいのにと思うが、そう上手く事が運ぶはずがない。

 

「く………、ビビヨン、かぜおこし!」

 

 なんなら余計にヤバくなった。

 かぜおこしとかいう翼よりも風をおこす小技。

 そこまでして眠らせたいのかよ。

 

「リザードン、そのまま風にのって遠ざかれ!」

 

 今度は前方に大きく翼を羽叩き、風おこしによりできた向かい風に身を乗せ、後方に下がっていく。

 これで取り敢えず、ねむりごなを回避する事はできたが。

 近づくのは危険かもしれないな。

 だったら。

 

「お兄ちゃん、まだ勝負決めちゃダメだよ。コマチ、まだ掴めてないから」

 

 あー………。

 なんかそんな事も口走っていたな。

 えー、でもこの状況で時間稼いでろっていうのかよ。

 我が妹ながら無茶な要求するなー。

 

「だってよ、リザードン。もう少しコマチに付き合ってやってくれ」

「…………シャァ」

 

 ですよねー。

 俺だってそうだし。

 けど、コマチの頼みだから聞かないわけにもいかないんだ。許してくれ。

 

「ビビヨン、もう一度ねむりごな」

 

 今回はさすがに距離がありすぎだろ。

 つまり、何か仕掛けてくるつもりなのか?

 

「リザードン、ドラゴンクローの爪の構え」

 

 もう少し。

 粉を引きつけてから………。

 

「いけ」

「今よ、サイコキネシス!」

 

 俺が動かすタイミングでサイコキネシスで動きを封じられてしまった。

 なるほど、動きを封じて確実に眠らせるって寸法か。

 しかもあのドヤ顔。

 ちょっとムカつくんですけど。

 

「よし!」

 

 あれくらいのサイコキネシス、破れるには破れるんだがな。

 ここまできたら、どういう風に戦いを組み立てるのか見届けようじゃないか。

 

「………………」

「あ、あれ?」

「…………眠らないね」

「当たったはずなのだけれど………………」

「………毒でも麻痺でもない……………だけど、粉…………まさか、あなたふんじんを覚えたのね!」

 

 ふんじん?

 聞いた事がない技だな。

 ふんじんっていうとどこぞのもやしっ子のセロリさんが、

 

『なァ、オマエ。粉塵爆発って言葉くらい耳した事あるよなァ?』

 

 とか何とか言ってたような。

 あれって確か、空気中に粉が蔓延してる状態で火花が散ると、途端に爆発が起きるとかそういう類のものだったよな。

 ということは、だ。ふんじん=粉塵。つまり、あそこから火花が散れば爆発。だけど、ポケモンの技だからここは炎系がアウトってことか。しかも彼女のあの反応。どう見てもこのバトルにおいて有利になったという目をしている。

 ………決まりだな。ほのおタイプの技は使えない。

 

「シャッターチャンスよ。ビビヨン、ソーラービーム!」

 

 エネルギーを溜めていくビビヨン。

 ねむりごなにかぜおこし、昇華したふんじんにサイコキネシス、そして最後にソーラービーム。

 どうやらこれが決め技らしいな。

 なら、もうこのくらいでいいよな。

 

「リザードン、やれ」

 

 その一言でサイコキネシスを強引に弾き飛ばした。

 

「うっそ、あれを抜け出すの!?」

 

 ビビヨンがさらにエネルギーを溜めていく一方で、サイコキネシスから抜け出したリザードンにビオラさんは心底驚いていた。

 

「トップギアでかみなりパンチ」

 

 リザードン自身、分かっていたようで俺が言い切る前に空気を蹴って、一瞬にして距離をゼロにしていた。

 

「!?」

「シャァァァアアアアアアアアアア!!!」

 

 そりゃもう、これでもかっていうくらい全力でかみなりパンチをヒットさせるリザードン。

 溜まってたんだろうな。

 こりゃ、今日は夜戦決定だな。

 本当、ごめんよリザードン。

 

「ビビヨン!?」

 

 ビオラさんが叫ぶがビビヨンは反応しない。

 

「……ビビヨン、戦闘不能。よって勝者、ヒキガヤハチマン」

 

 審判の女性がそれを確認すると判定を下した。

 

「…………な、に………? いま、の………?」

 

 ビビヨンに駆け寄ることもなく、ただその場でビオラさんは呆然としていた。

 せめて、ビビヨンをボールに戻してあげたらどうですかねー。

 

「ビオラ……」

 

 姉の方が声をかけるとようやく「はっ!?」となって、ビビヨンをボールに戻した。

 審判の人がバッチの乗ったトレーを持ってきて、ビオラさんと俺のところに持ってきた。彼女たちに合わせるように脇にいたコマチたちも駆け寄ってくる。

 

「…………負けちゃったわね」

 

 ……………。

 寂しそうに、悔しそうに俺を人睨みしてくる。

 が、すぐに両の頬をパチパチ叩き、きた時と同じ顔に戻った。

 

「おめでとう。あなたにはしてやられたわ。まだまだ世界にはこんなにも強いトレーナーがいるものなのね。私、自分がまだまだ小さい存在だって改めて感じちゃった。はい、私に勝った証のバグバッジ」

 

 今にも泣きそうに涙袋をぷるぷるさせながら、バッジを手渡された。

 年上? のはずなのに子供のように見えてしまったなどとは口が裂けても言えないな。

 すでに、後ろから冷めた視線が三つばかり突き刺さってることだし。

 これじゃ、俺の命がいくつあっても助からないだろう。

 

「はあ………、どうも」

 

 いつものように受け答えすると、またしてもコマチが口を開いてきた。

 

「だーかーらー、お兄ちゃんはどうしてそんな受け答えしかできないかなー。もっと気の利いた一言二言くらい言えないのっ。これだからごみぃちゃんは」

 

 悪かったな。

 俺は前からこうなんだよ。

 

「別にいいだろ。それともキザったらしい言葉をかけた方がいいっていうのか?」

「それは気持ち悪いからやめてね」

 

 うんうん、とユイガハマも首を縦に振る。

 君たちたまにグサッとくる一言を言うよね。

 

「…………自然なヒキガヤ君の方が断然…………いや、でもそれはそれで…………」

 

 ユキノシタは自分の世界に入ってしまったので放っておこう。

 なぜかユイガハマがそれを見て微笑んでいるけど………。

 ……………微笑んでいるけど、めっちゃ怖い………。

 

「……はあ、それじゃ一つだけ。ビオラさんはもう少し人を見る目を養ってください。あんたの姉みたいに」

 

 姉の方を見るとビクッと肩を震わせる。

 何をどこまで知っているのかは知らないが、少なくとも目の前のジムリーダーよりは何か掴んでいるのかもしれない。

 マスコミなんてのは一番怖い世界だからな。

 変な噂を流されたらたまったもんじゃない。

 

「そういえば、こっちにもロケット団がきているみたいよ」

 

 ほーん。

 そうくるのか。

 中々肝の据わったお姉様だこと。

 

「夜の外出は気をつけてね」

 

 にっこりと微笑む顔の裏には何かしらのメッセージが込められていた。

 

「それはお互い様でしょうに」

「え? …………何この空気。ヒッキーとパンジーさんがよく分からない会話始めちゃってるし!?」

「分からない方が身のためよ」

「ゆきのんまで!? なんかあたしたちが蚊帳の外でやだよー。コマチちゃーん」

 

 ユキノシタにまで会話への参加を断られたユイガハマは、行き場を失い、コマチの胸へと飛び込んだ。

 およよ!? とか変な声出して驚いているが、それが何に対してなのかは追求しない方がいいだろう。なんとなく分からんでもないからな。

 

「え、っと、一応私も話についていけてないんだけど…………」

 

 ビオラさんがおずおずと手を上げて言ってくる。

 姉妹なのに持っている知識にはムラがあるみたいだな。

 やはり、ジャーナリストの方が情報量は豊富なようでーー危険だ。

 

「ま、危険な集団はどこにでもいるって話ですよ」

「そうね。特に、そこの目の腐った男は視線を交わすだけで身の危険を感じるわ」

 

 毎度思うがよくそこまで罵れるよな。

 しかもごく自然な流れで。

 

「視線で人を射殺すような奴に言われたかないわ」

 

 なんなんだろうな、この言葉のキャッチボール。

 キャッチする気もないのに取れてしまうような感覚。

 キャッチボールしたことないから、実際のは取れない自信しかないけど。

 

「あ、そうだ。私まだみんなの名前聞いてなかったよね」

 

 永遠と続きそうな空気を感じ取ったのかビオラさんが話題を変えてきた。

 あれ、この人もユイガハマ系列なのか?

 

「あ、そ、そういえばそうでしたねー。たはは、あたしたち自己紹介もしないで今まで会話してるとか。………あたし、ユイガハマユイっていいます」

「コマチはお兄ちゃんの妹のヒキガヤコマチですよー」

「ユキノシタユキノ」

 

 ユイガハマもコマチもそれに便乗するように名乗っていく。

 内心、ホッとしてんだろうなー。

 

「ユキノシタ…………? どこかで聞いたような………?」

「三冠王よ」

 

 口に右の人差し指を当てながら唸るビオラさん。

 その答えを導くように姉の方が一言添える。

 

「あ、えっ? えええええええええええええええっ!?」

 

 で、この反応。

 あまりのデカかったのか、来てからずっとパソコンをいじっているザイモクザが「ぴゃあ!?」とか声を上げながらこっちを見ていた。

 うん、気持ち悪い。

 何が気持ち悪いってあの図体なのに変にいい声で「ぴゃあ!?」なんて言って、仰け反るところだ。

 

 ザイモクザ いい奴なのに 気持ち悪い

 

 オーキドのじーさんじゃないけど、一句できてしまったじゃねーか。

 

「ま、ままままさか、よね? だ、だって、三冠王がどうしてこんなところに………」

「私がどこにいようが私の勝手だと思うのですけれど」

「そ、それはそうだけど………。え? ということは何? ハチマン君って三冠王に鍛えられているからあんなに強いわけ?」

「そういう力関係だったらどんなに良かったことか。生憎、私はヒキガヤ君には一度も「ユキノシタ!」……そうね。あまり人のことをベラベラ話すものではないわね。ごめんなさい」

 

 ユキノシタが俺のことを喋りすぎそうになったので、静止をかける。

 理解は早いようですぐに言葉を引っ込めた。

 

「………な、なんだよ」

 

 なのに、そこから俺をじっと見つめてくるので、思わず聞き返してしまった。

 

「いえ、いつかあなたの自慢が出来る日を楽しみにしているわ」

「自慢って……………。罵倒の間違いじゃないのか?」

「莫迦………」

 

 プイッとそう言ってユキノシタはそっぽを向いた。

 よく分からん。なにゆえ、今のでそっぽを向かれねばならんのだろうか。

 見るとユイガハマもそっぽを向くまではいかないにしても、頬を膨らませてちょっとお怒りの様子だった。

 

「はあ、これだからごみぃちゃんは」

 

 ついさっき聞いた言葉を再度口にするコマチ。

 

「えー、っと。よく分からないんだけど、取り敢えずみんなヒキガヤ君のことが大好きってことでいいのかしら?」

 

 変にユキノシタの言葉を止めたせいか、ビオラさんの頭の中では推測が立っていないらしく、逆に爆弾を投下してきやがった。

 

「あ、え、そ、そんなことは…………。だって、ヒッキーキモいし」

「そうね。私がこの男を好きになるだなんて幻のポケモンに遭遇するより有りえないわ」

 

 ちょっとー。

 そこまで言わなくてもいいだろ。

 結構傷つくんですけどー。

 

「お前らな………」

「だって、ヒッキーが悪いんだからね」

「ヒキガヤ君が悪いわね」

「今のはお兄ちゃんが悪いでしょ」

 

 どうやら、俺には擁護してくれる味方はいないようだ。

 

「『ヒキガヤハチマン、遂にモテ期到来。 ついでに修羅場』と」

 

 ついでに敵も増えた。

 ザイモクザは後で丸焼きにでもしておこう。

 

「はあ………そんじゃ、俺たちは行きますよ。二、三日の間に今度はコマチが挑戦すると思うんで」

「ええ、こっちも準備して待ってるわ。ハチマン君に鍛えられたコマチちゃんと戦うの、今からでも楽しみだわ」

 

 こうして、一先ずジムを後にした。

 


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