「おい、なんでそんなに引っ付いてくるんだよ」
「ひ、引っ付いてなんかないし! あんたが引っ付いてきてるんでしょうが!」
…………………。
なんかいきなり目の前にいちゃついたバカップルがいるんですけど。
「声が震えてるんですけど?」
「そ、そんなことないし!」
「ダメだこりゃ………」
というか俺とサガミである。
なんだこれ。傍から見たらただバカップルにしか見えねぇ。
つーか、何? がっちり俺の腕を掴みすぎでしょ。普通に胸が当たってますよ?
うん、これじゃ一般観衆の前には出れねぇな。外にいる時は気をつけよう。
「ね、ねえ、そもそもこの洞窟のどこにいるのよ」
「知らん」
「ちょ、そんな当てもなく歩かないでよ!」
「まず来たこともない洞窟に地理もクソもあるかよ。すでにここがどこだか分からないくらいなんだから」
「ちょ、やめてよ! ここで一生を終えるとか絶対にやだからね! あんたとここで朽ち果てるとか絶対に嫌だからね!」
「はいはい」
「この………」
最初が夜だったためか今度も暗い洞窟の中である。
セレビィが気を利かせてくれたのかもしれない。
ま、そんなことがどうでもよくなるくらいには、目の前の光景を受け入れられないわけだが。何やってんだ………。
サガミは相変わらずうるさいし、そのせいで野生のポケモンたちが出口の方に逃げていくし。
『マスターとミナミさんは仲がよろしいんですのね』
「そう見えるならお前の目がどうかしてることになるぞ?」
仲がいいというよりかは俺がサガミで遊んでいる感じである。
うわっ、なにそれ、仲がいいとかいうよりもタチ悪………。
『えー、そんなことないと思うのですけれど………』
「あいつは俺を目の敵にしてるんだよ。ポケモン協会に属しているからってだけでカロスに来ていたあいつらを招集してフレア団との抗争に巻き込んで、危険な目に遭わせて。しかもあいつは情報漏洩の責任なんてのも感じてるんだろう。だから俺に突っかかってくるんだよ」
ああ、そうだ。仲がいいのではなくムカつくから俺に対して強気でくるのだ。そして、俺がそれに対して普通に接してるから仲良く見えるだけであって、仲がいいわけではない。
『そうですわね。ミナミさんも仰っていましたわ。自分のせいでみんなを危険な目に合わせてしまったと。知らなければいいことを知ってしまったと。それも全部マスターのせいだと』
「おう、言いたい放題だな」
ディアンシーに何話してるんだよ。ただの俺の愚痴じゃん。
『でも、それ以上にマスターが全て抱え込んでしまっていることに腹を立てていましたわ』
「なんだよ、それ。俺は別に抱え込んでなんて………」
怒ってる姿はなんとなく想像できたけど。
『ミナミさんにはわたくしたちを扱うことの難しさを話しましたわ。扱いを誤れば、タイミングを間違えれば、街一つを簡単に破壊してしまうような強力な力を持つわたくしたちのことを』
急に口調を落ち着かせ、静かに呟いていくディアンシーに合わせ、俺も気持ちを切り替える。
………言った、のか。
伝説のポケモンというものを知ってしまったんだな。まあ、そうなるかなー、なるといいなー、とか思ってはいたけど。
サガミは伝説のポケモンの恐ろしさを知ってしまったんだな。
「…………それで?」
話の先を促すとすぐに話を再開してくれた。
『ミナミさんは実際にマスターの本気を目の当たりにして、思い出すだけで震えが止まらないと仰っていましたわ』
「ま、それが普通の反応だよな」
実際、俺がちょっとビビってるもん。なんだよ、あのブラックホールとか。マジで吸い上げてたぞ。あんなのに呑まれたらひとたまりもないからな。ああ、恐ろしい。
『いえ、恐ろしいからではありませんよ。マスターがいかに危険を冒しているかを理解してしまったから、震えが止まらないのです』
あ、そっち?
「はあ………、危険って。まあ、記憶がなくなるのは危険だけどよ。でも何の代償もなしにあんな力使える方がおかしいだろ」
無償であんな力を使えますなんて言われたら、そりゃ最初は使うかもしれないが、実際に使ってから気づくことだろう。こんな強力な力を何の代償もなく使ったんじゃ、いつか自分が力に呑まれてしまうのではないかと。
それならば、いっそ最初から代償を掲示されていた方が心構えができるってもんだ。記憶がなくなるってんなら日記をつけたり、活動時間を奪われるならやっておかなければならないことを先にしておけばいいのだからな。
それがないとなると、逆に恐ろしく思ってしまい、結果力に呑まれる時間を早めるだけである。
等価交換とはよく言ったものだ。
『ええ、だから伝説というものを彼女は理解してしまったのです。マスターを知ってしまったのです。それでもわたくしをマスターのところへ行くように言ってくれましたわ』
「…………それ、暗に力に呑まれてしまえってこと?」
『そんな感情はもうないと思います』
「だよな、うん、すまん」
じとっとした声に少したじろいでしまった。
サガミは全てを理解した上でディアンシーを俺の元へと連れてきたのか。まあ、連れてきたのはゲッコウガであるが。
だが、それならもうあいつは大丈夫だろう。いかに自分が見てきた世界が狭かったか理解できたはずだ。
『それで今回はどうなさるおつもりですか?』
「落盤から俺を助ける」
『なるほど、だからミナミさんは悲痛な表情を浮かべてたのですね』
「まあ、ちょっと悪いもん見せたかなーって思ってはいる」
理解が早くて助かります。
や、ほんとあれは計算外だった。まさかジガルデがあんな奴だとは思わなかったわ。あんなことできるんなら、もう少し趣向を変えたってのに。
知らないって怖いな。
『まったく……、マスターも罪な人ですわ』
あ、なんかディアンシーに呆れられてる。
「ほら、噂をすれば、ボスゴドラのお出ましだ」
「えっ?」
ディアンシーと話していると、どうやらボスゴドラたちの群れに遭遇したらしい。狙われているのはあっちの俺たちなので、その後ろを静かに通り過ぎていく。
「リザードン、あの群れのリーダーだろうボスゴドラに事態を説明してきてくれ」
「シャア」
「はっ?」
一度来ているからか身体がどんどん奥へと吸い寄せられていく感覚に陥った。まるでダークホールが奥にあるかのような感覚だ。そんないいものでは決してない。
しかし、行かなければならないため、身を任せてみる。
するとしばらくして緑色の光が見えてきた。『深き緑の目をした化け物』、ジガルデがいるところだ。この開けた場所だけ一風変わった空気感があるのはジガルデのせいだろう。
「あの時はじっくり観察もしなかったからな」
『ここは………?』
「ここにジガルデっていうカロスの伝説のポケモンがいるんだ。あの緑色に光ってるところがあるだろ。あそこにいたんだよ。もう少しすればさっきの俺たちも来ると思うぞ」
『ジガルデ、ですか………』
「俺も状況をよく掴めていないが、フレア団の方にイベルタルが捕獲されたんだ。ほら、さっきの赤黒いポケモンいただろ? それと対照的なゼルネアスっていう生命を与えるポケモンはこっちの味方になってな」
『つまり千日戦争が始まると………?』
「ああ、だからそれを止めるためにも第三のポケモンの力が必要ってわけだ」
『さすがはマスター。仕事が早いですね』
「そうでもない。ずっと後手に回っていたさ。ただ、俺も限界になってな。堪忍袋が切れた」
『マスターが本気を出すと街一つ消えそうですわ』
「俺は伝説のポケモンかよ………」
『えへっ』
「うん、かわいいから許す」
後ろから上目遣いであざとく笑ってきたので許すことにした。こういう少しあざといくらいならいいんだよな。ほら、イロハだとすげぇあざとさを感じるじゃん? この先に何が待ってるのか怖くなるまであるな、あの笑顔は。かわいいけど。かわいいんだけども。
コマチ? コマチはどんなにあざとくても世界の妹だぞ? 許さないわけがないだろう。何なら、「ごめんね?」「いいよ」ぐらいのテンポで許すまである。
「うわー………」
どうでもいい煩悩を振り払い、エンテイから降りて緑色に光る湖? 池? っぽいのを覗き込む。
何というか何も見えない。この中にあの四足歩行がいるというのだろうか。
『大丈夫、なのですか?』
「さあ。取り合えず触ってみるか」
すげぇ怖いけど、この緑色に光るものが水なのかどうか確かめておきたい。
ちょっと緊張して震えだした右手を伸ばして光の中に突っ込んでみた。
「……………………」
『……………………』
「何も感じねぇ…………」
水があるわけでもなく、単に緑色に光っているだけ。触ったという感触すらない。
なんなんだ? マジで………。
「えっ? ここ?」
「ああ、おそらくあの緑色のところにいるはずだ」
やばっ………もう来ちゃったよ。
「ゲッコウガ、ジュカイン」
声のした方がを見るとリザードンとゲッコウガとジュカインがいたので、そそくさとディアンシーとエンテイを連れて物陰に隠れた。
「えっ、ちょ、ヒキガヤ! 何か光ってない?」
「あ?」
ああ、そういえばキーストーンの方がなんか急に光りだしたんだよな。あれは何だったん…………こっちも光ってるし………。
『マスター、それは………?』
二つのキーストーンと俺の腹が光りだして、その全てがディアンシーを映し出していた。ディアンシー自身も自分が写っていることに驚きを隠せないようだ。
ふむ……、今いるポケモンでメガシンカできるポケモンが映し出されるということなんだろうか。じゃなきゃ、こっちにだってリザードンやジュカインが写ってもおかしくはないんだし。あるいはボールがあればまた違ったりしたのかね。
「俺にもよく分からない。ただ、映し出されたメンバー的にメガシンカできる奴が映し出されるんだろう。どういう原理なのかはさっぱりだが」
『……おなかも…………光ってますわ』
「うわっ、気持ち悪っ! ………どうも俺の腹の中にはキーストーンがあるらしいぞ。まあ、キーストーンというか同じ周波数を出すものらしいけど。でも、ディアンシーをメガシンカさせることができたってことはキーストーンってことなんじゃないか?」
腹が光ってるとかマジで気持ち悪いが、取り敢えず説明だけはしておく。ここにオリモトがいなくてよかった。絶対ゲラゲラ笑いだすに決まってる。
「ふっ、初めてだな、こうして全員を使うのは。……………全員、メガシンカ!」
リザードンとジュカインが白い光に、ゲッコウガが水のベールに包まれていく。
こうしてみると壮観だな。ほのおにみずにくさタイプ。三色の、それも御三家のポケモンが同時にメガシンカして、姿を変える瞬間とかそう見れるものでもない。写真に残しておきたいレベルだわ。
そして三体ともがベールを弾き飛ばし、変えた姿を見せてくる。黒い体色に青い炎のリザードン、八枚刃の手裏剣を背中に構えたゲッコウガ、胸元のバッテン型の草と尻尾と背中の種が成長したジュカイン。まあ、よくもこんなメンバーがそろったものだと感心してしまう。
「成功だな。すー………はー………、リザードン、ブラストバーン! ゲッコウガ、ハイドロカノン! ジュカイン、ハードプラント!」
『すごい、ですわ………。まさかこんな瞬間が見られるなんて』
「ポケモンのお前から見てもやっぱすごいことなんだな」
『それはもう言葉にできないほどですわ。そもそもメガシンカ自体が難しいことなのに三体同時だなんて聞いたことがありません』
「まあ、そうだよな。 けど、お前が来たときは四体同時だったからな?」
『そうでした………。やはりマスターは数々の伝説のポケモンたちに出会うべくして出会ったすごいトレーナーさんなのですね』
待っていましたと言わんばかりに、三体がそれぞれ究極技を打ち出していく。緑色の光が放たれている湖っぽいところに太い根が走り、それを軸にするように炎と水が螺旋状に駆けていった。
強い衝撃を浴びた湖は地響きとともに唸り声のような音を発してくる。
「オロロロ」
そこに一体の小さな生き物が現れた。
そうだ! 確かあの四足歩行になる前に小さい形をしていたんだった。
えっ? じゃあ、どういうことなんだ? ジガルデは姿を変える…………進化、いやメガシンカ………はないな。となると………やはりフォルムチェンジか?
そんなことを考えていると次の瞬間、睨みを効かせたかと思うと辺りから何かがそいつに向かって飛んできた。小さいポケモンに攻撃されている………かとも思ったが、そういうわけもない。
「おっ、と」
丁度俺の目の前からも何かが飛んでいこうとしたので、それを咄嗟に掴んでみると……………掴めなかった。
はっ? 実体がないということなのか?
それとも単に吸い寄せる力の方が強かったのか?
何はともあれ、ジガルデは何かを吸収することで四足歩行になる。その事実は確認できた。
「すごい………」
「進化………、いやフォルムチャンジか?」
サガミにとってはこの日、初めての冒険だったことだろう。俺とバトルして、ポケモンの方から気に入られ、洞窟に連れてこられたかと思うとボスゴドラたちをバトルもしないで懐柔し、最深部ではジガルデの不思議な力を目撃し、落盤に会い、最後にディアンシーに出会って。人と話せるポケモンというところも新鮮だったかもな。
そりゃ、精神的にも強くなるわ。
「よお、深き緑の目をした化け物さん」
この時、ヘルガーみたいだなとか思ったからヘルガーが帰ってきたとかそういうことじゃないよね?
「ガルルルルゥ、ウッガッ!」
あ………。
威嚇をしたかと思うと、光を発した。
これだよこれ! 地震とは何か違う、激しい揺さぶり! 肝心なのを忘れてたわ!
急いでエンテイに乗り、足場を確保しに移動していく。一番安全なのはやっぱりジガルデの側、緑色の地帯だよな。
「リザードン、ジュカイン。もう一度だ! ゲッコウガはドクロッグとサガミをアズール湾、ルギアたちと初めて会ったところの海のどこかに洞穴があるはずだ! そこにディアンシーがいる! そいつを仲間にしてきてくれ!」
「コウガ!」
「え、ちょっ?!」
衝撃が地面に渡るや、地割れが起きた。天井からも軋む音がして、今にも崩れそうである。戸惑うサガミを他所にその中をゲッコウガとドクロッグが駆けつけていく。残ったボスゴドラが崩れそうな天井をてっぺきで固めて必死に道を確保しているのも見えるな。
「ゲッコウガ、そっちは任せたぞ!」
「コウガ!」
「ヒキガヤ!?」
「俺はまだこの化け物に仕事をさせる必要がある! お前は逃げろ!」
「ちょ、ヒキガヤ!?」
騒ぎ立てるサガミであるが、ゲッコウガとドクロッグがひょいっと持ち上げるとあっさりと連れて行かれてしまった。
俺も次が来るのでジガルデから離れることにする。
近くにいて分かったが、どうやらプニプニした何かを吸収していたらしい。技を使った瞬間に溢れ、また吸い込まれてたりしてたから間違いない。
「リザードン、ジュカイン。まだ、いけるか?」
「シャア!」
「カイッ!」
「なら、あの化け物を地上に送りあげるぞ! ブラストバーンとハードプラントだ!」
いやー、危ない危ない。助けるつもりが逆に飲まれるとか話にならんからな。
ゲッコウガたちが安全に出て行ったのを確認するとボスゴドラがメタルクローとアイアンヘッド、それにアイアンテールのフル使用で崩れ始めた天井の残骸を砕いていっている。
ジガルデの足場には太い根が突き刺さり、地面ごと持ち上げ、それを炎で天高く押し上げると、ジガルデもようやく自主的に地上へと走り去っていった。
残ったのは倒れた拍子に頭を打った目つきの悪い男とそのポケモンたち。
それじゃ、あの言葉からかけますか。
「………さっさとあいつらをボールに戻せよ」
近くに寄ってそう声をかけると意識が遠のいていく中、無理に起き上がってリザードンとジュカインをボールに収めた。
これで後はボスゴドラに任せられるな。
それじゃ、もう一つの言葉をかけますかね。
「いやー、お前はよく頑張った。経験した俺が言うんだから間違いない。だから次に起きたら12番道路に向かえ。そこがお前の最終決戦の場だ」
いや、ほんとマジで。俺は頑張ったと思うよ。というか今もこうして頑張ってるよ。まだ終わらないんだもん。
「ディアンシー、こいつをボスゴドラに投げてくれ」
『こいつってマスターですよ?』
「寝てるから大丈夫だ」
『自分の身体をもっと大事にしてくださいよ、まったくマスターは……』
とか言いながらもちゃんと投げるのね。しかもジャストヒットですか。コントロール良過ぎでしょ。
「ゴラァ!」
投げつけられたボスゴドラは悟ってくれたのか、一声だけ上げると壁に穴を開けて突き進んでいった。
よし、これでこっちは終わったな。
「セレビィ、次だ!」
マジで早くして! 今度は俺らがピンチだから!
「ビイィィ!」
お、きたきた。
さて、次はどこへいくのやら。
✳︎ ✳︎ ✳︎
あれ?
ここって…………。
「終の洞窟の、入り口………だよな………」
『そのよう、ですわね』
なんでまたこんなところに飛ばされたんだ?
他にもっと行かなきゃならないところがあると思うんだが。
『あ、あの………マスター………あれ………』
「ん? なんだよ? って、ああ、なるほど。これで今がいつか理解できたわ」
ディアンシーが何かに気づいたようで、そっちを見てみると、ボズゴドラとその傍に俺が寝ていた。
太陽が昇ってるということはこれから決戦が始まるということか。だが、そんな時にここに飛ばされたってことはやはり何かあって然るべきってことなんだろうな。
「取り敢えず道に出るか」
『はい』
ディアンシーとエンテイを連れて道路の方へと移動。さっきもいなかったけどセレビィはどこに行ったんだ?
移動の時だけ出てくるつもりなのか? それとも俺が見つけられてないだけで、何かしてたりするのかね。
「お、おお! ハチマン!」
お、早速きたか。
どうやら今回のイベントはこの人のようだな。
「カツラさん………、久しぶりっすね」
ギャロップに乗って颯爽と現れたのはツルツルした頭が特徴のグレンジムのジムリーダー、カツラさん。今は帽子を被っているためその特徴的な頭は崇めないが、会議を解散させてから会ってなかったため、何だか懐かしく感じる。
「無事、だったようだな」
「ええ、おかげさまで」
「と、ここは………む? ここは、まさか………?! そうか………、やはり君だったか」
「なんすか、急に。一人で納得しないで下さいよ」
急に今いる場所を見て何かを理解したカツラさんに詳しく話すように投げかけた。
だって、なんか気になるじゃん。俺のことらしいし。
「君がジガルデを叩き起こしてくれたようだな」
ああ、そういうことか。
ということはヒャッコクの方へジガルデは行ったんだな。
「あー、まあ、一応」
「………すまん、残念だがジガルデは相手の手に落ちたようだ」
えっ?
「はっ? マジで?」
うそん。なんでだよ。
役にたたねぇな。
「うむ………、信じがたい話ではあるがな」
「………どうすんだよ」
はあ………、第三のポケモンであるジガルデ相手に渡ったんだったら、これまでの均衡が一気に崩れたってことなんだぞ?
でも、それでも解決したんだよな? 一体全体何がどうなって解決に至ったんだよ。わけが分からん。想像すらできないぞ。
「………それよりも、どうしてエンテイがここに………? それにその綺麗な………」
『ディアンシーと申しますわ』
「む、テレパスか? ………ハチマン、君には恐れ入った。まさかこんな隠し球まで用意しているとは」
くははっ、と頭を押さえて空を仰ぎ見た。
「別に用意してたわけじゃないですよ。ディアンシーについては元々カロスにいたからだし、エンテイに至っては別件の方でやってきただけですから」
改めてエンテイに挨拶をしているカツラさんに経緯を簡単に話した。が、聞いてなさそう。
おい、こらじじい。人の話を聞け!
『それよりも………、こんなところで立ち話をなさっていて大丈夫なのでしょうか………』
「おっと、そうだった。はやく兄弟の元へ戻らねば」
なんでディアンシーのいうことには反応するんだよ。このエロじじいが。
「俺も行きます。どうやらカツラさんについていくのが今回の目的っぽいので」
だが、これが今回の目的となるなんかなー。マジでどうなるんだよ。
「目的?」
「いえ、こっちの話です」
「では、話は移動しながらだな。ギャロップ、ポケモンの村まで突っ走るのだ」
「だそうだ、エンテイ。ギャロップについて行ってくれ」
エンテイに再度跨るとディアンシーも引き上げ、ギャロップの後をついていくように命じる。
マジ、エンテイ、社蓄の鏡!
文句ひとつ言わずに言うことを聞くとか、社蓄精神養われすぎでしょ。俺だったら途中で根を上げるな。こんな荷物運ぶのとか絶対に嫌だもん。戻ったらなんか美味いもんでも食わせてやろう。
「で、ポケモンの村に何しに行くんですか?」
つか、ポケモンの村って何?
「ポケモンの村というところにはかつてトレーナーに酷い仕打ちをされ、あげく捨てられ、人間不信に陥ったポケモンたちの住処なのだ。そこは人の出入りは禁制となっており、そこに兄弟が行くと言い出してな。君から兄弟を引き受けた日、早速そこへ向かったのだ。それからずっとポケモンの村に居ついていたってわけだ」
「はっ? あんな時間から向かったんですか? ミアレから? 場所は知らないですけど、こんなところにいる時点でミアレから遠いのは明白ですよね? アホなんですか?」
「わたしがカロスに来たのはポケモンの村の実態を見るためでもあったのだ。だがやはりそこは兄弟。考えることは同じだったらしい」
「…………あー、あったあった。確か、ミュウツーの方もカロス行くなら連れて行けとか言ってましたしね。それで連れてきたわけですけど、なるほどそれなら納得がいきます」
手帳を取り出してパラパラとめくるとミュウツーのことについても記されていた。カロスに来てからの記憶しかない(後はシャドーのことくらい)ため、ミュウツーがどういう経緯でついてきたのかは覚えていない。だが、あんな奴がついてくるとかそもそもが有り得ないんだし、こんな理由だとも思ってはいた。
「ハチマン、この先どうなると思う?」
「どうなる、ねぇ。フレア団壊滅しかないでしょ」
事実、俺の知らないところでフレア団は壊滅し、事件は解決していた。
こうして時間旅行もしてるわけだし、必ずあいつらは壊滅するだろう。
「ふっ、君は相変わらずだな」
「事実を言ったまでですよ。フラダリを倒して、フレア団も壊滅。それをするのが俺かどうかは知りませんけどね」
「心強い限りだ。この老いぼれも負けてはおられんな」
「無茶しないでくださいよ? ただでさえ歳なんだし、そうでなくてもミュウツーと同調してるんですから」
「そのおかげでできることもあるがな」
「ま、そこは一長一短でしょ。等価交換といってもいい。何かができれば必ず何かができなくなる。完璧なんて存在しませんから」
「うむ、そうだな。わが兄弟でそれは学んだ」
「あ、そうだ。カツラさん、ホロキャスターって持ってます? というかシロメグリ先輩と連絡つきますか?」
「ん? シロメグリ……? ああ、あの娘か。あるぞ」
「ちょっと貸してもらっても」
「構わんよ」
ほいっとホロキャスターを投げてきた。持ってるんだな。なんか違和感を感じるわ。
似合ってねぇな。
「あざっす」
ちょっとした思いつき。
フラダリは今日最終兵器を再起動させようとしていた。だが、上手くいかず、そのままフレア団は壊滅。ならば、それまでにフレア団はセキタイ周辺にいて、誰かに攻められて壊滅したとみた方がいいだろう。それじゃ、それは誰がしたのか。恐らくジムリーダー辺りだろう。違ったとしてもメグリ先輩の指示で動いたのは確かだ。今はもうカロスのポケモン協会を占拠してるんだからな。
だけど、その配置はどうやって決めたのか。メグリ先輩や先生にそこまで想像がつくとは思えない。いや、優秀な人たちではあるが、最終兵器再起動を今のこの時点で知っているのは俺だけだ。
つまり、メグリ先輩に指示できて信じてもらえるのは俺だけである。うわっ、ただの自意識過剰者にしか聞こえないとか。ウケる……。
「もしもし」
『もしもし、カツラさ………え?」
「あー、手短に言いますよ。ジムリーダーたちをセキタイに回してください」
メグリ先輩はカツラさんだと思って出たらしく、俺の顔を見るや驚いた表情を見せてくる。
『そ、それだったらユキノシタさんが先に指示を出してたよ。ジムリーダーたちでフレア団を壊滅して欲しいって』
だが、すぐに言ったことを理解したのか返事が返ってきた。まあ、思ってたのとは百八十度違ったが。
「えっ? マジですか………?」
おいおい、ユキノさんや。
いつの間にそんな手を打ってたのよ。
『まあ、でもそれが正解だったって分かって安心したよ。君が言うのなら間違いないからね』
「や、過大評価しすぎっすよ。俺はそんなできた人間じゃない。取り敢えず、そっちはお願いします」
『うん、無茶はしないようにね』
「うす」
…………あいつ。
偶然かもしれないが、上手く作戦を考え込んでいたんだな。一体、どんなシナリオを描いていたのか気になってくるわ。
「ありがとうございます」
エンテイにギャロップと並走させてカツラさんにホロキャスターを返す。
「上手く動けていたようだな」
「ええ、ちょっとユキノの方に任せっきりになってましたけど、上手く作戦を立てられたようです」
「みんなどんどん成長していくのう」
「そうっすね。俺みたいにならないといいですけど」
「それはわたしにも言えたことだな」
ふはははっ、とその時は高らかに笑っていられた。
ポケモンの村に着くまでは。