「ゴホン! コマチ、笛は見つけたか?」
「うん、はい」
「まだ持ってたんだ。物持ち良過ぎでしょ」
俺の黒歴史を目敏く食いついてきた女子四人を引き剥がし、コマチから時の笛を受け取った。や、ほんと大変なんだからな。口に出せない状況なんだぞ。
「ジュカイン、こっちの羽も持っててくれ」
「カイ」
ルミルミからもらった虹色の羽をルギアの黒い羽を持っているジュカインに預け、笛に指を添えてみる。
「さて、数年ぶりの時の笛を吹きますかね」
「ハチえもん………」
「………………ふん!」
「ふがっ!?」
ザイモクザが何か口走っていたので、靴を脱いで投げ飛ばした。
誰もポケットからは出してないだろうが。
「……さて、気を取り直して」
「「ハチえもん………ハチえもんっ…………くくくっ」」
おい、こら、そこ二人。
君たち好きだよね、人の変なあだ名。
「ハチえもんはないわーっ! あっはっはっはっ!」
「ハチえもん…………、新しい通り名としていいかもしれないわね」
「やめい、お前ら。定着してしまうだろうが」
そういうフラグが立ちそうなことは口にしないでいただけます?
「ねえ、カオリ? 今更だけど、ここにいる人たち結構有名人だよ?」
「へっ? そうなの?」
「だって、黒髪の長い人は三冠王のユキノシタユキノさんだし、そこで寝てるのは四冠王のハヤマハヤト君だよ? で、そっちの目がそのなんていうか…………アレな人もうちらの中じゃ有名なんでしょ?」
「ぷくくくっ、ヒキガヤが有名人とか………ウケる」
「ウケねぇよ」
有名人とか悪名高いってことだろ。
「さっさと終わらせたいんだ。話はその後だ」
いつまでも会話が終わりそうにないので、強引に切り上げ、笛を咥える。
今度こそ横槍は飛んでこなくなり、しっかりと時渡の曲を奏でた。意外や意外、指が勝手に動くという。大事なことは身体が覚えちまってるのかね。
「これ、なんて曲?」
「さあ?」
「ッ!? あの時の………」
「ヒキガヤが笛吹いてるとか、なんかウケる」
「………カオリ、あの人のこと好きすぎでしょ」
「「「「「っ!?」」」」」
「や、あれは反則だって、くくくっ」
「ねえ、みんなすごい目で見てくるんだけど…………」
お前ら………。吹くのに集中させてくれよ。
「あ、れ………」
「今度は何なんですか………?!」
「きっとセレビィだわ」
あ、どうやら来たみたいだ。
上空に白く光る何かが突如として現れた。
「久しぶりだな、セレビィ」
久しぶり、と言っていいものか分からないが。このセレビィがいつの時間軸から来た奴か分からないのだし、まだ俺と会ってない可能性だってあるのだ。
「ビィビィ」
ま、セレビィにとっては関係ないことなのかもしれないな。
「あの場所じゃないけど、いけるか?」
「ビィ?」
「ジュカイン」
「カイ」
「ビィビィ、ビィ!」
ジュカインが差し出した二枚の羽を見ると喜ぶように受け取った。するとルギアの黒い羽が見る間もなく銀色にへと変わっていく。
……………いける、かも。
「セレビィ、頼みがある。今度も悪いがダークオーラを消して欲しい。相手はその羽の持ち主であるルギアと………」
「へっ? あたし?」
いや、そもそもお前らはダークオーラに悩まされてたんじゃねぇのかよ。
「マグマラシも、まだなんだろ? あと、トロピウスもか」
「なっ!? トロピウスのことまで分かってたの?!」
「俺がどんだけダークポケモンを見て来たと思っている。ダーク技を使わなくてもオーラが見えなくても感覚で分かるっつの」
「いやー、参ったね。シャドーにいた頃はもっとバトルにしか目がないようなつまんない奴だと思ってたのに」
蓋を開けばこんなに違うのかー、とオリモトは俺をジロジロと見てくる。
俺も伊達にダークポケモンとバトルしてねぇっての。まあ、記憶の方はさっき取り戻したばかりだけど。
だが、こうして改めてじっくりと思い出せたのだから、ダークライには感謝だな。記憶がなくなるのは問題だが、戻ってくる時にはこと細かく思い出せるのでその点においては優秀である。
「ビィ」
「んじゃ、よろしく頼む」
「ビィビィ」
セレビィが俺の周りを飛んでいる間にルギアを出すことにした。ちょっと今のこいつをボールから出して大丈夫なのか心配ではあるが、セレビィもいることだし大丈夫だろう。
「出てこい、ルギア」
ハイパーボールの開閉スイッチを開くと、中から黒いルギアが出てきた。
叫ぶ力も残ってないのか、一切声を発さない。翼を弱々しく広げるもすぐに折って地面につけている。踠いている、と表現してもいいのかは難しいところだが、飛べないのは事実らしい。
「ビィ」
「ほら、お前らもポケモン出せ」
「あ、うん」
オリモトたちにも促し、マグマラシとトロピウスを出させた。
マグマラシの方がやはり色濃く残っている感じだ。トロピウスからはほとんど感じない。
「ダーク技の使用量に比例したりするってことか。何とも胡散臭い代物だな」
早々にシャドーを断ち切った過去の俺は偉いと思う。
例えば今に至るまでエンテイがダークポケモンのままだったらと考えると、恐ろしくて仕方がない。ダークオーラに完全に呑まれている可能性だってあるのだ。そうなれば、伝説の力が暴走している、なんてこともあるからな。しかもエンテイだぞ? ホウオウの炎を受け継いでいるエンテイがその炎を暴走させたら街一つなくなるかもしれない。言い過ぎかもしれないが、それだけ危険があったってことだ。
「ビィビィ」
「んじゃ、一つよろしく」
マグマラシとトロピウスをルギアの方にまで行かせた。一応俺のポケモンになったらしく、二体が近寄っていっても何もする気がないようだ。というかできないのだろう。まあ、トレーナーが違うってのもあるのかもしれないが。ふっ、さすが俺。
「ビィビィ、ビィビィ、ンビィィィィイイイイイイイッ!!」
セレビィがルギアたちの周りを一周し、体内から光を迸らせた。淡い緑色の光は三体を包み込み(ルギアまで覆われるとは相当な力を込めてるということだろう)、浄化を始める。セレビィの手には二枚の羽があり、その羽で光を制御・増幅させているのかもしれない。
なんにせよ、面白いものを見れた気分だ。あの時はサカキに邪魔をされてセレビィに任せっきりだったし、リライブというものをじっくり見れていい経験なったな。
「綺麗………」
「なんか、力が湧いてくる感じだね」
「………どうしたって二人には追いつけそうにないのね。嫉妬しちゃうわ」
「ラシ」
「トロー」
先にリライブを完了させたマグマラシとトロピウスが光の中から出てきた。二体ともさっきまでの強い気を感じられなくなっている。
「おかえり、マグマラシ」
「やったね、トロピウス」
「ラシ」
「トロロロー」
「えっ?」
オリモトに抱きついていったマグマラシの方がまたしても白い光に包まれた。リライブ、かとも思ったがそういうわけではない。これは進化の光だ。
「進化………?」
「ダークオーラにはポケモンの進化のエネルギーを強制的に抑えつける力もあったんだ。そのオーラがなくなった今、マグマラシの進化のエネルギーが解放されたってわけだな」
ダークオーラは単にポケモンを強くさせるだけではない。そもそも強くする力を進化のためのエネルギーやらから取ってくるような代物であり、過剰な力を凝縮させて技にしているのだ。言ってしまえば、相当な危険なものである。強力な力の代価はいつでもどこでもついてくるってもんだ。経験者が言うのだから間違いない。
「つか、知らねぇのかよ」
「や、あたしら他の人のポケモンのことなんて知らないもん」
「まあ、おかしいとは思ってたけど」
おかしいと思ってたんなら許そう。
全く気づいてないんじゃ、話にならんからな。何年シャドーにいたんだよって話だ。
「てか、あたしらより詳しすぎでしょ」
「仕方ないだろ。いろんなダークポケモンを見てきたんだ。ただ俺より長くいたのに知らないのはどうなんだって思っただけだ」
「バグーっ!」
「バクフーンか。なんたかんだでジョウトの初心者向けのポケモンが揃ったな」
ユキノのオーダイルにサガミのメガニウム、そして今しがた進化したオリモトのバクフーン。
この三体がジョウト地方での初心者向けポケモン、通称御三家となるが、他に揃っている地方はカントーとカロスくらいである。他の地方には誰も行ってないのかね。
「オダッ」
「バグバグ」
「メガ、ニャー」
…………………これは驚いた。
まさかこんなところでそういう展開に出くわすとは。
「えっ?」
「すげぇな、まさかこんなところで揃うとは」
ユキノが驚く目線の先にはジョウトの御三家たちが仲良さげに挨拶を交わしていた。
「揃うって?」
「あの三体、トレーナーに渡される前は同じところにいたポケモンのようだぞ」
ゲッコウガが何気に頭の中に翻訳したものを流してくれている。
それによると、ジョウト御三家どもはユキノがポケモンを選ぶ際に揃えられたポケモンたちらしい。それまでの生活環境も同じ場所だったんだとか。
「それってつまり……………」
「幼馴染、と言ったところだな」
「うっそーっ!?」
コマチの質問に答えてやると、何故かユイの方が驚き出した。
「………ごめんね、メガニウム。二人みたいに強いトレーナーになれなくて………」
それを聞いたサガミは影を落とす。
「あら、そう卑下するものではないわ。私もまだまだよ」
とユキノが言ったものの、あまり効果はない。
「あたしは別に強くないって。そこにもっと強いのいるんだしさ」
オリモトなんかは俺を指差して励まそう? としている。
何故俺を指差す必要があるのかは分からんが。
「そうね、人のポケモンですら普通に扱えてしまう人だものね」
そして同意するな。
「え、それマジ………?」
ほら、引いちゃうじゃん。オリモトに引かれるのは相当酷な話だからね? みんなそこんとこ、理解しといてね? 俺の古傷が抉られてくから。
「マジよ」
「ヒキガヤ、あんた……………」
「知らねぇよ。また記憶飛んでるんでな。思い出したのはシャドーのことだけだ」
「………………先輩、それだけじゃないですよね」
「あ?」
ひょっこり顔を出してくるイロハ。相変わらず仕草があざとい。
「名前! 私たちの名前、以前の先輩でしたら、絶対に名前で呼んでくれませんよ?」
「あー………」
そういえばさっきもイロハに言われたな。
だが、俺は全く悪くないぞ。あれは勝手に暴走しだしたユキノと、便乗してきたイロハと、一人仲間はずれになるのが嫌だったユイのせいなんだからな。それに合わせた俺を逆に褒めて欲しいくらいだ。
「………あ、えっ? まさか………」
「ッ!? あなたまさか………」
あ、ユイとユキノが段々とマトマの実みたいに赤くなってってる。
「名前で呼び始めたのはそっちだろうに………」
「「んなっ?!」」
俺が責められる理由が全くもって分からん。
俺の記憶がどこまであるのかを確認もせずに勝手に変なことを言い出し、そっちなんだし。あれが本心なのかどうかは置いとくとしても、恥ずかしいことを言っていたのは間違いない。その自覚があるからこそ、あの時の俺が少しだけでも記憶が残っていたことを悟った今、こんなにも真っ赤になっているのだろう。
ふっ、ざまぁ。
「つか、あれからかなり時間経ったが、一向に最終兵器が起動された形跡がないな」
「最終兵器? なんで?」
「お前らが戦ってる間に、フラダリからカロス全域に通告があったんだよ」
プシューと煙を上げている対照的な二人は放っておいて話を進めていく。
ルギアのリライブ完了までの暇つぶしに会話に加わっていたが、そろそろ終わるみたいだしな。俺も次の仕事をしなくては。
「フラダリ………」
「宣言からしてもう一度最終兵器を使うらしいぞ」
「えっ? 最終兵器は先輩がどうにかしちゃったんじゃないんですか?!」
「あれは放出されたエネルギーを吸い取っただけだ」
俺に最終兵器を壊すだけの力があるとでも思ってたのかね。そんな力があったらとっくにやってるし、そうすると今度は俺が最終兵器になってしまうぞ? 軍事利用に使われるとかどんな人生だよ。
………………あ、シャドーの一件があるから、すでにされてたわ。
「………記憶を代価にしてもできたのは………」
「や、そもそも俺らにそこまでの技量がないから」
「ないの?」
何故真顔で小首を傾げるんだ、我が妹は。
お兄ちゃんがそんな危険人物とか嫌でしょうに。
「あったら俺が兵器みたいなもんだろ」
「今でも兵器みたいなものだよ………」
いや、それを言うと俺に勝った人たちはどうなるんだよ。
世界の破壊者ってことになるのん?
「まあ、取り敢えず行って見てくるわ」
とにかく実際にこの目で確かめてこよう。
「フレア団なら壊滅したようだぞ」
と思ったら急に先生とエルレイドが現れた。若干ホラーだったのは言わないでおこう。
「せ、先生?!」
「シロメグリ先輩も!」
ヒラツカ先生の後ろでひらひらと手を振ってくるメグリ先輩。
二人とも急に現れるとか心臓に悪いからやめていただきたいんですけど。テレポートするならもう少し離れたところにしてくださいよ。
「ヒキガヤ、上手くやったようだな」
「あー、まあこっちは、ってだけですけどね。フレア団が壊滅したなら後は気が楽だわ」
「それって終わったってこと………?」
「一応はな。まだ俺にはやることがあるけど」
早くゆっくりしたいのにな。それを許してくれるセレビィじゃないのは分かってる。俺が行かなきゃ、俺もハルノさんも生きているか怪しいところなのだ。嫌でも行くしかないだろ。
「………今度は何をするつもり?」
「時間旅行」
「「「じ、時間旅行?!」」」
時間旅行ですよ。
じゃないと辻褄が色々と合わなくなるんだよ。
「呆れた………。仕事がしたくないとか言っていたくせに、働きすぎじゃないかしら?」
「仕方ないだろ。そうなってるんだから。行かなかったらお前の姉貴死ぬぞ?」
「はあ…………」
さすがにハルノさんを引き合いに出すとため息しか出てこなくなるのか。なんだかんだでこいつも姉貴のことが好きだからな。同じタイプのポケモンを最初に選ぶくらいには。
「ヒキガヤも随分と社畜になってきたな」
ほんとそれ。自分でも嫌になってきますよ。
「俺を選ぶポケモンたちに罪はないですからね」
ただまあ。ポケモン側には何の罪もないんだからな。
人間が仕出かしたことの後始末を同じ人間にさせているだけに過ぎないんだし。
「ほんとにヒキガヤ君って何者なんだろうね」
「さあ? 何者なんでしょうね。なんでいつも俺ばかりが付き合わされるのか理解できませんよ」
だからと言って、なんでみんな俺を頼るかね。それとも悪いのは俺の方なのか? 俺が偶然そこにいるから悪いのか? そうだとしたらどんだけ理不尽な世界なんだよ。
世界は俺に優しくないからコーヒーくらいは………の件はいいか。
「ま、というわけだ。ルギアのリライブが完了したら…………もう終わったみたいだな」
ルギアの方を見るとすっかり黒い体毛は色を変え、銀翼を羽ばたかせていた。
はあ………、これであの三鳥も大人しくしてられるか。
「ほいじゃ、こっちも」
オリモトは元に戻ったルギアを確認すると、スナッチしたボールを三つとも開いた。中からは当然ファイヤー・サンダー・フリーザーの三鳥が飛び出し、ルギアの元へと飛んでいく。
「なんだ、バトルしようとか言い出すもんだと思ってたわ」
「や、あたしにあの三体を使いこなす自信はないから」
そして、そのまま四体は空の彼方へと消えて行った。オリモトは小さく手を振っているが、ほんとに自分のものにするつもりはなかったんだな。
てっきり、脱走した俺に一発何かしてやろうとか考えてるんだと思ってたわ。
「スナッチできる時点で大丈夫な気はするがな。ま、そういう俺もルギアを使いこなす自信はない。あんな未知数なポケモンを使いこなすとかなんて無理ゲーだよ」
「…………ダーク状態のルギアに、一発………エアロブラストを撃たせてる君が………くっ、そう言うとはね……」
「あ? おまっ………起きたのかよ」
新しい声が入ってきたと思ったら、ハヤマがミウラに介抱されながら起き上がっていた。
カラマネロの催眠術は………解けたようだな。
「まだ、頭が痛くて、身体を起こすのが、やっと、だけどね」
時折、頭痛が走るのか額を押さえるハヤマ。ムカつくことにその姿もやはりイケメンであった。顔面偏差値は高いやつは何をしても映えるから腹立たしい。
「お前、今回はほんと邪魔しかしてないぞ」
「はははっ、面目ない。みんなを守るつもりが、逆に迷惑をかけてしまったみたいだね。本当に申し訳ない」
本気て申し訳ないと思っているのか、胡座のまま頭痛持ちの頭を下げてきた。いつの人だよ。
「…………ねぇ、ハヤマ君。起きて早々のあなたに言う言葉でもないのかもしれないけれど。この際だからハッキリさせておくわ。私は絶対にあなたのものにはならない。身体も心もね。鳥籠の中にいたわたしを連れ出せなかったあなたにはどうしたって私を、ユキノシタユキノを手に入れることは無理よ」
「……………みたいだね。催眠術で俺の意思とは関係なく操られていたけど、記憶はしっかりと残ってるんだ。だからそれは痛いほど見せつけられてたよ」
そっぽ向いたまま悔しそうに言葉を紡いでいく。
「そう………」
ユキノはそんなハヤマを見て悲しむわけでもなく一言だけ返した。彼女の心にはハヤマは一切映っていないらしい。
「ごめん、ユキノちゃん。俺も君から卒業しないとな。四冠王とかポケモン協会とか、全部君に競り合ってだだけに過ぎない肩書きだよ」
逆にダメージを与えられたのはハヤマの方らしく、今度はユキノの目を見てそう言い切った。
「ハヤト………」
「ハヤトくーん、今日は恋バナでもするべ?」
「トーベ、あんたはさっさと寝てろし」
ギロリと睨まないで!
関係ないけど、見てるだけで鳥肌立つから!
「ないわー、ユミコがマジで睨むとかないわー」
「トベっち、ユミコの雷が落ちる前に退散するよー」
「あ、ちょ………」
あーあ、腐女子に連れ去れてしまったよ。まあ、これで少しは静かになるが。トベがいないだけで随分と空気ぐ変わるって逆に凄いな。
「ハヤト、あーしはずっとついて行くから。まだまだハヤトには教えてもらいたいことが山ほどあるし、それに……….と、とにかく、ハヤトが決めた道ならあーしもついて行くから!」
「ユミコ…………。うん、そうだね。俺は過去の栄光を捨てることにするよ。しがらみは一度全部捨てることにする。でもって一から自分を鍛え直すことにするよ。………その、よければ手伝ってくれるかな?」
「も、もちろん! あーしがハヤトを鍛えてやるし!」
さっき殺気だった声はどこへやら。
ミウラがパァーっと笑顔を見せている。キラキラしすぎだろ。乙女してんなー。
心傷には甘い言葉が何よりもの毒となる。
このままミウラの毒がハヤマに回りきるのか楽しみだな。
「…………どうして君はいつもユキノシタさんのピンチには現れるのかな。正直嫉妬心に駆られてるよ」
「知るか。俺の行く先々にユキノがいるだけだ」
手帳には俺とユキノの始まりはオーダイルの暴走からとなっていた。ペラペラめくっていると所々でユキノらしき人物像が描かれている。どれも素人並の動きで毎度助ける必要にあったんだとか。どうしてそこまでして危ない事件に首を突っ込んでいるのかは知らないが、今回も無事それを更新したらしい。まあ、今回は俺が巻き込んだようなものだけど。
果たして彼女はいつになったら首を突っ込むのをやめることになるのやら。
「ッ!? ………ははっ、まさか君が名前で呼ぶようになっているとは…………」
「俺は悪くない。言い出したそこの三人に言え」
三女を指差すとそっぽを見ており、全く俺と目を合わそうとしない。
イロハなんかは口笛を吹いているまである。カッスカスだけど。
できないなら無理するなよ。
「君は彼女たちにとってそんなことを言いたくなるような人間なんだろうな。………ヒキガヤ、まだやることが残ってるんだろ?」
「ああ、そうだけど?」
え、なに?
何を企んでるわけ?
「全て終わったらでいい。俺と本気でバトルしてくれないか? それで踏ん切りをつけさせてほしい」
「え、やだよ。面倒くさい。バトルって疲れるんだぞ?」
うわ、面倒くさ。
こんだけ働いてるのにまだ働けっていうのかよ。少し休ませろよ。
バトルも体力いるんだぞ?
しかもこれからまたバトルになるかもしれないんだし。
「え、それはちょっと見たいかもです。先輩とハヤマ先輩のバトルとか超貴重映像ですよ」
「そうだよヒキタニくん。こんなおいしいイベント他にはないよ。ハヤ×ハチは至高だよ。愚腐腐」
………君たち平常運転で何よりだよ。
少しは…………誰もショックを受けてなさそうだな。なんだ、こいつら。図太い性格してるじゃねぇか。
「お兄ちゃん、久しぶりにバトル見せてよ。いつの間にかコマチたちの知らないポケモンたちを連れてるしさ。お兄ちゃんのフルバトル、コマチも見たいなー」
「分かった、全て終わったらな」
コマチにお願いされた断るわけにもいくまい。
ついでにヘルガーやボスゴドラ………は群れに帰るまでの一旅だし、付き合ってくれるか分からないが、ジュカインもお披露目してやらないといけないしな。
「決断はやっ?! どんだけコマチちゃんのこと好きなの?!」
「ばっかばか。コマチは世界の妹だろうが」
何を言ってるんだ、このアホの子は。
コマチが世界の妹とか常識だろうが。
「重度のシスコンになってる?!」
「こんな時でもシスコン過ぎるお兄ちゃんに驚きだよ」
「というかマジでこのメンバーでやるのん? まともなの、ヘルガーとボスゴドラくらいだぞ。しかもボスゴドラは群れから離れてるだけで、その内帰すし」
今の俺の手持ちはリザードン、ゲッコウガ、ジュカイン、ヘルガー、ボスゴドラ、エンテイ。ディアンシーも俺のポケモンと数えていいのか? あとフレア団の下っ端どもの夢を食い尽くして満腹のようであるダークライか。
うわ、鬼畜。こんなのまともなバトルにすらならねぇぞ。
「ヒッキーの、あれ? ハッチーの方がいいのかな………」
「どっちもなしって選択肢はないのか?」
「こんな会話してるんだし、ヒッキーでいいよね」
「………やっぱりそのままなのか」
はあ………、変なあだ名はこいつので十分だわ。他のなんて捨てたいくらい。なんだよハチ公って。ハチえもんって。誰だよ。
「いや?」
不意に上目遣いで俺の顔を覗いてくるユイの小首をかしげた顔。
「っ?! おまっ、それは反則だろ………」
思わずときめいてしまった。
「へへーん、女の子はズルいくらいちょうどいいんだよ。ね、イロハちゃん」
「え? なんのことですか?」
「イロハちゃん?! まさかの裏切り!?」
後輩におもちゃにされてるし。
あいつ、自分がやろうとしてたこと取られたから仕返ししてんだろうな。
「やだなー、冗談じゃないですかー。女の子はいつだってズルいんですよ」
ほら、こうやってごく自然な動きで俺に近づいてくるでしょ。
「ね、せーんぱい。私たちをこんなズルい子にしちゃった責任、取ってくださいね」
耳やめて?!
どんだけあざといのよ、この子は。
俺の心臓が持ちそうにないな。さっさと時間旅行にでも行ってしまおうかな。
「ヒキガヤが狼狽えてるの、なんかキモくてウケる」
「うっ……、俺はお前のウケる基準が分からなくなってきたわ」
「ビィビィ」
オリモトのウケる基準に呆れているとセレビィが俺の頭の周りを飛び始めた。
どうやら時間のようだ。
「あー、はいはい。時間なのね」
「……………帰って来られるのよね?」
「大丈夫なんじゃね? 俺も初めてだから何とも言えん」
時間旅行とか早々できるわけでもないんだから、いくら俺でも(といっても過去に何があったかなんてほとんど覚えちゃいないが)初めてだっつの。そもそも覚えてないから行ってたとしても初めてになるよな。
「あ、お兄ちゃん、お土産よろしくね!」
「無理だろ。何持ってこいって言うんだよ」
まず、そんな楽しい旅行になりそうにないし。
「ヒッキー、これが最後なんだよね?」
「そうなんじゃね? 穴埋めに行くようなもんなんだし」
最後、とはこれで今回のことが終わるのかってことだろうな。
終わるといいな、マジで。
「そっか………」
「リザードン、ゲッコウガ、ジュカイン、ヘルガー、ボズゴドラ。悪いがお前らは留守番だ。なんだったらボズゴドラはリザードンに頼んで群れに帰ってもいいぞ?」
それぞれポケモンたちで会話をしていたところに声をかけると、みんなして手を振ってきた。察しがいい奴らばかりだな。
「んじゃ、ディアンシー、エンテイ、とそこの黒いの。行くぞ」
『了解しましたわ』
ディアンシーちょこちょこ俺の元にやってきて、エンテイも寝そべっていた身体をよっこらせと起こした。黒いのが影に潜って行ったが………、まあすでにいるだろう。
「また後でな」
そう言って、俺はエンテイとディアンシー共々、白い光に包まれた。
次回から過去に吹っ飛びます。
二、三話くらいの長さになるかと。
あと数話でこの作品も終わりそうです。
順調にいけばゴールデンウイークあたりですかね。
もう少々のお付き合い、よろしくお願いします。