ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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後書きにお知らせがあります。


76話

 レンリタウンに向かう道中。俺はずっと手帳に目を通していた。

 こうして手帳を読んでいると日記みたいで面白く、ペラペラとページがめくれていくのだ。俺についてはもちろんコマチやユキノシタ、ユイガハマたちのことがびっしりと書かれている。同じスクールだったユキノシタやユイガハマとはその時のことも大まかに書き記されている。イッシキにいたってはキーストーンの入手経路まで。その話を聞いたことは覚えているのに、当時のことは思い出せないってのも不思議な感覚である。

 

「ーーガヤ」

 

 で、件のフレア団のことももちろんであるが、そこはあの図鑑所有者たちが立ち回ることだろう。どうやらジムリーダーも四天王も合流したみたいだし。

 そこでもう一つの懸念、ハヤマハヤトだ。こっちこそ俺たちが対処しなければならない案件になりつつある。このままジガルデを起こした後はそっちに回る方がいいのだろう。

 とすると、だ。

 あのダークルギアたちをどうにかしなければならない。

 

「ーーてるの、ーーガヤっ!」

 

 手っ取り早いのがあのダーク状態から解放することだろう。ただそれは俺にはできない。そもそもそんなことができる奴がいるとは思えない。

 あれ……? というか何故あのルギアがタークポケモンだと俺は知ってるんだ?

 ダークポケモンはシャドー…………シャドーってなんだ? …………オーレ地方の汚い事業に手を染めていた組織……か。えっと………へー……俺はそこでも生活したことがあったのか。何してんだよ。……………ポケモン育ててたみたいだわ。しかもダークポケモン。

 マジで何してんだよ………。加担してんじゃねぇか。

 いや、そんなことよりもその後だな。ダキム? って奴からエンテイをスナッチ? し、脱走。あ、スイクンもかよ。俺って何者なの? 

 ある男の救援により、エンテイとスイクンのダークオーラの除去に成功とある。

 つまり過去の俺はダークポケモンを戻す方法を知っていたということだ。

 えっと………時の笛でセレビィを呼ぶ…………はっ? セレビィ? マジで?

 …………いや、まあ、これが事実なんだろうな。過去の俺の所業だし。

 

「ということはセレビィを呼ぶ必要があるのか………。時の笛なんて持ってねぇよ。まずどんなのだったか覚えてねぇし」

 

 これ、詰んだだろ………。

 過去の俺よ。もう少し対策を立てておいてくれるとよかったな………。

 

「ヒキガヤ! うちの話を聞け!」

 

 うおっ?!

 な、なんだ?!

 

「えっ? あ、悪ぃ………。なんだ?」

 

 サガミか………。びっくりした………。

 お願いだから後ろから耳元で大声出さないで!

 俺の鼓膜が破れちゃう!

 

「あーもー、だからジガルデって何なのよって聞いてんの!」

 

 えっ? えっ? 知らないんだっけ?

 

「………会議の話は覚えてるか?」

 

 そうか。

 はあ………、また説明しないといけないのか。面倒な………。

 

「お、覚えてるけど」

「そこで伝説のポケモンの話があっただろ?」

 

 えーっと、確かこいつらはゼルネアスとイベルタルのことは知ってるんだよ、な……。

 

「う、うん………」

「与える側のゼルネアス。奪う側のイベルタル。こいつらがカロスの伝説のポケモンとされている。そしてこいつらはアルファベットのXとYで表されるんだが………、おかしいと思わないか?」

「はっ? なにが?」

 

 デスヨネー。

 何となく分かってましたよ。

 ユキノシタ姉妹の理解の早さが恋しくなってくる。

 

「何故Zの話がないのか」

「えっ? ……あ、」

 

 まあ、ガハマさんたちよりはまだいい方か。分からないなりにあいつも頑張ってるのは知ってるから、強くは言えないが。

 

「な、アルファベットの最後はZ。なのに、カロスの伝説にはそのZがいない。キリ悪いと思わないか?」

「………だから第三のポケモン………ジガルデ」

「そういうことだ」

 

 うんうん、ヒントでドーンと答えを出してくれてよかったよ。

 これで説明も楽になってくる。

 

「でも、そんな話………」

「ああ、全くと言っていいほど耳にしたことがない。でもよく考えてみろよ。与える側も奪う側も過剰になってしまったら、環境はどうなる?」

「…………どっちも荒れ果てる……?」

 

 こいつ、ヒントさえ与えれば自分で導けたりするんじゃ………。

 取り敢えずバカではないと認識しておこう。現実を確かめにセキタイまで来たバカだけど。結局俺の中ではバカのままなのね。

 

「だろうな。生態環境も崩れるだろうし、結局どちらも無に還してしまうことになる。だからそんな力を抑える、いわば秩序を正す存在がなければ、二体の関係も成り立たないと思わないか?」

「…………それがジガルデだって言うの?」

「確証はないがな。言っただろ。全くと言っていいほど耳にしたことがないんだ。だから今からこの目で確かめに行くんだよ」

「……………それってあんたんとこのあのデブッチョが先に行ってるんじゃ…………えっ、嘘でしょ?」

 

 でぶっちょって………。

 哀れザイモクザ。

 ここでも扱いがぞんざいとか、もはや才能?

 というか、俺の策に気がついたらしい。

 

「………敵を欺くにはまず味方からってね。それにまだあいつは出ていない。俺たちよりも後に来るだろう」

 

 早くジガルデを起こせって話なのに、一緒になって俺を探してたしな。

 屋上からよく見えて面白かったとか、あいつらに言ったら確実に怒られそう。

 

「あんた…………悪魔だ………」

「俺だってこんなことはしたくねぇよ。けど、これが一番安全に事が運ぶんだよ」

 

 ま、そのおかげであいつは無事でいられるんだ。

 ありがたく思え!

 

「………どこにも安全なんてないじゃん。あんただけ一番危険なところに身を置く事になるじゃん………」

 

 あらら………。

 こいつ段々としおらしくなっていってるよ。俺を心配とか、頭でも打ったのか?

 まあでも、行くのは俺だけじゃないんだよ。

 

「大丈夫だ、俺だけじゃない。お前もだ」

「はあっ?! ちょ、降ろせ! うち、帰る!」

「ば、バカ暴れんな! 落ちるだろうが!」

 

 俺の肩に手を置いて立とうとするがふらついてそのまま俺の背中にダイブしてきた。

 

「………もうやだ………、こいつ何なの………」

 

 背中ではめそめそと項垂れている。

 よだれ鼻水つけるなよ?

 

「悪魔だよ」

「ふん!」

「痛った!? 何しやがる!」

 

 こいつ、背骨を殴りやがった……。

 なんて女だ………。

 

「……………これじゃあんたに何かあったらユキノシタさんたちに顔合わせられないじゃん………」

 

 あ、俺の心配よりそっちに恐れてたのか。

 なんだ、俺の心配じゃないのか。

 うん、分かってたよ。いつものことだって。

 

「旅は道連れって言うだろ」

「あんたと地獄へなんて行きたくないし!」

「ふっ、なら精々地獄に落ちないようにすることだな」

 

 大丈夫だ。

 お前みたいなのまで連れてったらギラティナが怒り狂って俺が襲われるっつの。

 長い時間、なんだかんだ言い合っていると、ようやくレンリタウンに着いた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 レンリタウンに到着するとまずは遅めの昼飯を取る事にした。といっても軽食。何故かといえば俺が財布を忘れたからである。サガミにはおもっくそ笑われた。時間的にはもうおやつだしよ………。

 なんて日だ!

 それからぶらぶらと街の様子を見た後、青みのかかった黒髪の少女ーー幼女の方がいいか?ーーがゴーストやカゲボウズと遊んでいるのを眺めながら、件の炭鉱を目指してレンリタウンの北へと向かう。あれ、なんか増えてね?

 しばらく歩くと確かに炭鉱跡のようなところにたどり着いた。

 

「………ここ………?」

「だろうな」

 

 山……を切り込んでトンネルが掘られており、炭鉱用の線路を引いたままにもなっている。

 恐らくここで間違いない。

 

「入らないの?」

「まだあいつが来てないからな」

 

 サガミが聞いてくるので答えてやる。

 

「………ほんとにやるんだ……」

「これもフレア団を表に出す手段の一端だ。それにあいつがこの情報を持って帰れば、ユキノシタが必ず動く」

 

 このままザイモクザをユキノシタたちの元へ帰せば、あいつは必ず動くはずだ。

 いや、動かしてみせる。

 

「………彼女が動けばどうなるの?」

「ハヤマが出てくるはずだ」

「えっ? ちょ、ちょっと待って! ハヤマくんって言った?!」

「なんだよ」

 

 ちょっと驚きすぎやしません?

 

「ハヤマくんって無事なんじゃなかったの………?」

「無事、か。生きてはいるぞ」

「………どういうこと?」

「今のあいつは敵だよ。俺たちの邪魔をするフレア団の壁役」

 

 邪魔な奴だよ、ほんと。あいつがいなければ俺もフレア団の方だけに集中できたというのに。下手にみんなを守ろうと動きやがって。半端な策じゃ通用する相手じゃないっつの。

 

「うそ………、なんで………あのハヤマくんだよ?」

「昨日………でいいんだよな………、お前は知らないだろうけど、俺たちはハヤマと一戦交えてるんだよ」

 

 そもそも俺ってどんくらい寝てたわけ?

 ザイモクザがまだ行ってなかったから普通に起きたって認識だけど、丸一日寝て二日後でしたとかないよね?

 だんだんと怖くなってきたぞ………?

 

「それって………あんた本当に人間なの?」

「残念なことにこれでも人間なんだよなー。しかも相手は伝説のポケモンばっかだったし」

 

 ここでも俺は人間かどうか疑いをかけられるようだ。

 どうしてみんな俺をそんなにまで人間の枠から出そうとするのかね。そんなに俺と同じカテゴリが嫌なのん?

 なにそれ、ハチマン泣いちゃう。

 

「………こんなのを格下だと思ってたうちって一体………」

「そんな落ち込まんでも………!?」

 

 きた!

 

「え、ちょっ」

「隠れてろ。来たみたいだ」

 

 ジバコイルに乗ったでぶっちょが上空から降りてきた。

 サガミをドクロッグと一緒に洞窟の中へ押し込む。

 

「あ、うん………。分かった」

「ケケッ」

 

 ジュカインとゲッコウガをボールから出して、持ち出した緑色のリングもつけて俺は洞窟から出ると、ジバコイルから降りたザイモクザと目が合ってしまった。ゲッコウガにはサガミとドクロッグを任せ、俺はザイモクザに向き合う。

 

「む、何奴?!」

 

 バレないもんだな。

 

「その服装、フレア団と見た! お前たちの悪行は全てこちらで把握している! 我が相棒の名の下、成敗してくれよう! いでよ、Zよ! 三色攻撃!」

 

 そこはジバコイルで戦えよ!

 ほんとただの乗り物化してんな。

 

「ジュカイン、リーフブレード」

 

 腕のブレードで三色の光線を叩き落とす。

 ただのフレア団の下っ端だと思ってたのか、ザイモクザが驚きの表情を浮かべている。

 

「くっ、れいとうビーム!」

「くさのちかいで壁だ」

 

 地面を叩き、草の柱を立て、冷気を全て柱に当てた。

 柱は凍り、崩れていく。

 

「主砲斉射!」

 

 身を引いたポリゴンZが電気を集め始める。

 ジュカインがロックオンされ、直にでんじほうが放たれるだろう。

 そうなると厄介だな。

 

「カイカイッ」

 

 するとジュカインが首につけたネックレスを指してきた。

 なるほど………、お前がそれを望むのなら、俺は応えるまでよ。

 

「ふっ、ジュカイン、メガシンカ」

 

 奴なりに打開策があるのだろう。

 それなら俺はそこに賭けるだけだ。

 キーストーンと結び合うようにネックレスに付いたメガストーンが反応していく。

 

「んな?! メガシンカ?! 何でも良いわ! ってーっ!」

 

 まあ、高がフレア団の下っ端ごときがメガシンカを使ってきたら、驚くわな。

 それでも構わず撃てるその精神はすごいと思うぞ。

 

「吸収された………だと………」

 

 へー、そういうこと。

 でんじほう、というか電気技が効かないのね。

 つまり特性がちくでんではないだろうから、ひらいしんになったのだろう。

 それなら腕に取り付けたあのリングの威力も高められるということか。

 

「ハードプラント」

 

 地面を叩き割るように打ち付け、ぶっとい根を伸ばしていく。

 一発か。やるじゃないか。

 

「くっ、はかいこうせん!」

 

 ザイモクザも負けじと太い根を破壊してくるが、間に合わず、ポリゴンZは吹き飛ばされた。

 

「Z!?」

「くさぶえ」

 

 ザイモクザがZを呼びかけるが、すかさず草笛で子守唄を流す。

 飛ばされていくポリゴンZが次第に眠りについていく。

 

「くっ………何という失態………。これでは我が相棒に顔見せできぬではないか………」

 

 いえ、すでに目の前にいます。

 というか相手してます。

 

「ええいっ、Zよ、戻れぃ! エーフィ、ギルガルド! ゆけぃ!」

 

 ポリゴンZをボールに戻すとエーフィとなんか剣と丸い盾のポケモン? を出してきた。

 

「ギルガルド、つばめがえし! エーフィ、サイコキネシス!」

 

 ギルガルドとかいう剣と盾のポケモンは盾の後ろから出した剣を白く光らせて振りかぶってくる。

 エーフィは額の赤い玉を光らせた。

 サイコパワー発動の合図か。

 

「くさむすび」

 

 二体同時に草を伸ばして絡め取る。

 

「光沢の砲で押し返すのだ! エーフィはめいそう!」

 

 だが、ギルガルドにはラスターカノン(であってるはず。分かりにくな、こいつのは)で打ち消され、エーフィだけを絡め取るも、当のエーフィは瞑想状態に入り、サイコパワーを高めていく。

 

「ジュカイン、ハードプラント」

 

 仕方ないので、もう一度究極技を打ち付けてやる。

 

「アシストパワー! 黒のつるぎ!」

 

 めいそうにより蓄積された力を解放してきた。

 エーフィにより太い根がほとんど消されてしまい、そこへギルガルドが黒い剣ーーおそらくつじぎりを携え、迫ってくる。

 

「こうそくいどうで躱せ」

 

 それらを高速で移動して躱し、まずはギルガルドの背後を取った。

 

「タネマシンガン」

 

 まばらに打ち出される種に対し、

 

「キングシールド!」

 

 くるっと回ったギルガルドは出てきた時の状態に戻して盾で種を弾いていく。

 

「くさむすび」

 

 種を飛ばしながら二体の背後に草を伸ばしていく。

 

「でんこうせっかで躱すのだ!」

「シザークロス」

 

 まず動きを見せたエーフィから狩ることにする。

 素早い身のこなしで蔓草を躱していくエーフィの目の前にジュカインが飛び出し、クロスに斬りつけた。

 

「くっ、ギルガルド! せいなるつるぎ!」

 

 ジュカインの背後には長く伸びた剣を振り下ろしてくるギルガルドがいる。

 これは躱せるか………?

 と思ったら、剣が振り下ろされることはなく、ギルガルドが地面に叩きつけられていた。

 

「ドクロッグ………だと………」

 

 いちいちリアクションがデカいやつめ。

 単にドクロッグにはたき落とされただけだろうが。

 しかもその間にどろばくだんで攻撃されてるし。

 

「ジュカイン、くさむすび」

 

 まあ、ドクロッグの登場により大きな隙ができたので、こっちもそこを突かせてもらう。

 

「くさぶえ」

 

 草を伸ばして二体を絡め取り、腕の草で子守唄を奏でる。

 

「エーフィ、ギルガルッーーー!?」

 

 言い終わる前にゲッコウガによって意識を刈り取られたザイモクザ。最後まで哀れ。

 

「カ……イ…………」

 

 えっ?

 ジュカイン?

 なんでお前まで寝る………っ!?

 

「最後の最後にやってくれる………」

 

 急にジュカインまで眠り始めたが、その理由がすぐに分かった。

 原因はエーフィ。こいつの特性がおそらくシンクロ。状態異常を相手にもかける特性。

 あっぶね………、ゲッコウガがザイモクザの意識を刈ってバトルを終わらせてなかったら、今頃ジュカインでバトルできなくなってたわ。

 

「………終わった、の………?」

「ああ」

 

 ひょこっと洞窟の中から出てきたサガミが聞いてくる。

 

「………寝てる?」

「殺すわけないだろ」

「だって………」

 

 だってなんだよ。

 最後まで言いなさいよ。

 

「えっと………、何してるの?」

「このままここに放置しておくのもなんだからな」

 

 戦闘に参加していなかったジバコイルがまだ戦闘態勢に入っているため、オレンジ色のカツラを取ってやった。

 すると警戒心を少し解き、近づいてくる。

 

「ザイモクザを連れてレンリタウン、あっちにある町に行っててくれ。あとこれも」

 

 手帳を千切って書きなぐったメモをジバコイルに渡す。磁石でしっかりと固定すると、モンスターボールを操り、エーフィとギルガルドをボールに戻した。こいつ、そんなこともできたんだな。

 そして磁力でザイモクザを振り上げると着下地点を自分の上にして回収し、そのまま南の方に行ってしまった。

 

「………ねえ、あんたの周りのポケモンって絶対どこかおかしいよね」

「……それを言ったらドクロッグもそっちの部類に入るからな」

「うっ………」

 

 嫌味ったらしく言ってくるもすぐに反撃してやると意気消沈した。

 ユキノシタに鍛え上げられた俺に勝てると思うなよ。あいつには勝てそうにないけど。なんかもう、色々と………。

 

「さて、あいつも起きたらあっちに帰るだろうし、俺たちもジガルデを起こしに行きますかね」

「…………洞窟……」

「怖いのか?」

「こ、怖くなんかないし! あ、あんたこそ無理しちゃってるんじゃないのっ?」

「いやー、久しぶりだからなー。洞窟とかこっちに来てからちゃんと入ったことないし、記憶もないから、初めてすぎてすげぇ怖い」

「ちょ、なっ?!」

 

 俺が頼りない存在だと分かるや顔を真っ赤に茹で上がらせた。

 くくくっ、どんだけ怖いんだよ。

 まあ、でもほんと。記憶がないから何が出てくるか怖いよな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「おい、なんでそんなに引っ付いてくるんだよ」

「ひ、引っ付いてなんかないし! あんたが引っ付いてきてるんでしょうが!」

 

 出入り口の光がまだある頃はよかったのだが、リザードンの尻尾の炎だけになると急に俺の右腕にサガミが引っ付いてきた。千切れないか怖いくらいに痛い。

 

「声が震えてるんですけど?」

「そ、そんなことないし!」

「ダメだこりゃ………」

 

 もう何言っても離してくれそうにないので諦めることにする。歩きづらいったらありゃしない。

 世のカップルというのも大変歩きづらい行いをしているということか。ご苦労なことだな。

 

「ね、ねえ、そもそもこの洞窟のどこにいるのよ」

「知らん」

「ちょ、そんな当てもなく歩かないでよ!」

「まず来たこともない洞窟に地理もクソもあるかよ。すでにここがどこだか分からないくらいなんだから」

「ちょ、やめてよ! ここで一生を終えるとか絶対にやだからね! あんたとここで朽ち果てるとか絶対に嫌だからね!」

「はいはい」

「この………」

 

 洞窟だというのにぎゃーぎゃー騒ぎ立てるため、野生のポケモンたちもびっくりして俺たちが歩いてきた方へと逃げて行っている。

 あっちが出口ってことでいいんだな。

 

「………誰かこの洞窟に詳しそうなポケモンを捕まえるしかないかもなー」

「はっ? 冗談でしょ? こんな洞窟でポケモンを捕まえるとか、頭どうかしてるでしょ」

「いやいや、郷に入っては郷に従え。ここでは何もできない俺たちよりもここに住むポケモンを頼りに動く方が安全だと思うんだが?」

「ぐっ………、で、でもモンスターボールなんて………」

「ボールに入れることだけが捕獲じゃない」

 

 世にはポケモンレンジャーなる者たちもいる。彼らは野生のポケモンの力を借りてその場その時に合わせて、人やポケモンを救出するのだとか。何故かそんな知識だけは覚えているというね。

 

「ほら、噂をすれば、ボスゴドラのお出ましだ」

「えっ?」

 

 ちょっと開けたところに出てきたかと思うと、ココドラ、コドラ、ボスゴドラに囲まれていた。

 出会い頭にこれはないだろ。

 さて、やっぱりここは群れのボスにお願いするかね。

 

「リザードン、あの群れのリーダーだろうボスゴドラに事態を説明してきてくれ」

「シャア」

「はっ?」

 

 俺がリザードンにお願いしたら、サガミが目を点にしてぱちくりと瞬かせる。

 

「シャア、シャアシャア。シャア」

「ゴド? ゴー、ゴドゴド、ゴドラ」

「シャア」

「ゴド」

 

 あ、上手く説明はできたみたいだ。

 俺が言ったところで聞いてくれそうにもないからな。

 

「ちょ、ちょっと! これ、この状況どうすんのよ! うちらここで終わりなの?!」

「アホか。野生のポケモンが住むところに土足で踏み込んできたら普通に警戒されるっての。それを今リザードンが説明をして、何なら案内を頼んでるところだ」

「はっ? 捕まえるとか言ってたのは?」

「パーティーメンバーに加えるわけじゃないんだからボールに入れる必要がない」

「そ、そんな…………」

 

 なんかあり得ないものを見たかのような目をしてるんだけど。

 いや、これ普通じゃん?

 いちいちボールに収めてまで案内させるとか、ポケモンが可哀想だろうが。こういう風に群れをなしてるポケモンとかは特に。

 

「シャア」

「あ、どうだった?」

「シャアシャア」

 

 鬼火でオーケーの合図を出してきた。

 上手くいったみたいだな。さすがリザードン。手帳に書いてあった通りの優れ者だわ。

 

「ゴドゥラ、ゴドゴド」

 

 群れに説明しているのか、次第に警戒心を解いてきた。

 そして二番格くらいの奴に群れを任せると、ついて来いと言わんばかりに手招きしてくる。

 さすが群れのリーダー。心が広い。

 

「さて、いきますか」

「こ、こんなの絶対おかしいって…………」

 

 サガミはこの状況をまだ受け止めきれないらしい。

 なんでだよ。いいじゃねぇか。平和に解決できるんだからよ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ボスゴドラについていき、掘り下がっていくと一際開けた場所に出てきた。

 そこには洞窟とは思えない、緑色の光が差している。

 緑色?

 確か、ジガルデの噂が『深き緑の目をした化け物』って手帳に書いてあったような………。

 

「ということはここか」

「えっ? ここ?」

「ああ、おそらくあの緑色のところにいるはずだ」

 

 歩いて近づいていくと、特に何もいなかった。

 うーん、寝てる、とか?

 

「ゲッコウガ、ジュカイン」

 

 ボールから他二体も出す。

 寝てるなら起こさないといけないからな。

 

「えっ、ちょ、ヒキガヤ! 何か光ってない?」

「あ?」

 

 サガミに言われて初めて気づいたが、二つのキーストーンが光を放っていた。

 ぶわっと光に描き出されたのはリザードンとジュカインのメガシンカした姿。ゲッコウガだけは映し出されていない。やはりあの現象はキーストーンもメガストーンも必要としないものへと昇華させたってことなんだろうな。

 

「ふっ、初めてだな、こうして全員を使うのは」

 

 ボスゴドラとドクロッグがサガミを連れて少し後ろへと下がってくれたのを確認すると一言。

 

「全員、メガシンカ!」

 

 リザードンとジュカインの首回りにあるメガストーンが俺の持つ二つのキーストーンと共鳴を始める。石から放たれる光と光が結び合い、二体が白い光に包まれていく。

 一方でゲッコウガは水のベールに包まれた。

 そして三体ともが光とベールを弾き飛ばし、変えた姿を見せてくる。

 

「成功だな。すー………はー………、リザードン、ブラストバーン! ゲッコウガ、ハイドロカノン! ジュカイン、ハードプラント!」

 

 待っていましたと言わんばかりに、三体がそれぞれ究極技を打ち出していく。緑色の光が放たれている湖っぽいところに太い根が走り、それを軸にするように炎と水が螺旋状に駆けていった。

 強い衝撃を浴びた湖は地響きとともに唸り声のような音を発してくる。

 

「オロロロ」

 

 そこに一体の小さな生き物が現れた。

 緑色の………これはポケモンなのか?

 だが次の瞬間、睨みを効かせると、辺りから何かがそいつに向かって飛んできた。小さいポケモンに攻撃されている………かとも思ったが、そういうわけもなさそうだ。

 すると今度は緑色の光に包まれた。

 えっ? これって、進化………? いや、色があるからゲッコウガに近い?

 

「すごい………」

 

 サガミが何に対していったのか知らないが、まあ確かに未知の生き物を見ているわけだ。世紀の大発見といっても過言ではないな。

 

「進化………、いやフォルムチャンジか?」

 

 まあ、何にせよ。

 これがそうなのかは知らないが、どうやらそれらしき生き物だったわけだ。

 

「よお、深き緑の目をした化け物さん」

 

 ヘルガーに近い、だがあれよりももっと強い気を感じる四足歩行のポケモンがそこにはいた。

 

「ガルルルルゥ、ウッガッ!」

 

 威嚇をしたかと思うと、光を発した。

 これはーーー。

 

「リザードン、ジュカイン。もう一度だ! ゲッコウガはドクロッグとサガミをアズール湾、ルギアたちと初めて会ったところの海のどこかに洞穴があるはずだ! そこにディアンシーがいる! そいつを仲間にしてきてくれ!」

 

 コルニの記憶から見つけたディアンシーの潜伏先。おそらく今もアズール湾にある洞穴のどこかに身を寄せているはずだ。俺が直接行って確かめたいところではあるが、この状況じゃ無理だ。ゲッコウガと人間側としてサガミに任せよう。

 ある意味、これもサガミにとっては試練かもしれないな。

 

「コウガ!」

「え、ちょっ?!」

 

 衝撃が地面に渡るや、地割れが起きた。天井からも軋む音がして、今にも崩れそうである。

 

「ゲッコウガ、そっちは任せたぞ!」

「コウガ!」

 

 あいつの足ならばサガミを安全に連れて行けるはずだ。

 それにドクロッグもいることだしな。

 

「ヒキガヤ!?」

「俺はまだこの化け物に仕事をさせる必要がある! お前は逃げろ!」

「ちょ、ヒキガヤ!?」

 

 騒ぎ立てるサガミであるが、ゲッコウガとドクロッグがひょいっと持ち上げるとあっさりと連れて行かれてしまった。

 これでいい。あいつを元々巻き込むつもりはなかったんだから。

 何となく、こうなる予感はしていたしな。

 

「リザードン、ジュカイン。まだ、いけるか?」

「シャア!」

「カイッ!」

「なら、あの化け物を地上に送りあげるぞ! ブラストバーンとハードプラントだ!」

 

 盛り上がった地面に足を取られながらも二体に命令を送る。

 倒れながらも視界に入ってきたのは四足歩行のポケモンを太い根と炎で天井を突き抜けさせ地上に送りあげる姿だった。

 倒れた拍子に頭を打ってしまい、すげぇ痛いんですけど。

 やべ………、痛さで感覚が………。

 

「………さっさとあいつらをボールに戻せよ」

 

 目も掠れてきたし………。

 というか誰だよ、俺に命令するのは…………。

 ああ、でもこいつの言う通りあいつらを戻さねぇと。

 薄れる意識の中、何とかボールに手をかけ、リザードンとジュカインをボールに戻した。

 起き上がれたことが奇跡に近い。

 

「いやー、お前はよく頑張った。経験した俺が言うんだから間違いない。だから次に起きたら12番道路に向かえ。そこがお前の最終決戦の場だ」

 

 誰だか知らないが、俺のことを知ってるような口ぶりである。

 だが、俺はそいつの顔を見ることなく意識を失った。どんだけやられたら気がすむんだよ、最近の俺は。


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