ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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75話

「審判いないけど………」

 

 定位置についてサガミの一言目。

 そりゃいるわけがないだろ。俺とサガミしかいないんだし。

 それともなんだ? ゲッコウガあたりに審判させるか?

 

「戦闘不能になったかどうかくらい、お前も判断つくだろ。あの状態になってもまだ戦えとかいいだしたらお前は相当バカなトレーナーってことだぞ」

「なっ、そ、それくらい判断できるし!」

 

 かっかと怒るサガミさん。

 バトルの前からそんなに血の気が多いと痛い目見るぞ。

 もっと冷静になれよ。

 

「ルールはどちらかのポケモンが全員戦闘不能になるまでな。それとシングルス。後は好きにしてくれて構わない」

「………分かった」

 

 ほんとに分かったのか?

 怖いなー、サガミだしなー。よく知らんけど。

 

「んじゃジュカイン、お前の実力を見せてくれ」

「カイッ」

 

 まあ、俺はジュカインの実力とやらを見せてもらえればそれでいいから、どうでもいいけど。

 

「ジュカイン………、エモンガ、いくよ!」

 

 まずはエモンガか。

 でんき・ひこうタイプ。

 くさタイプの技はタイプ相性では不利か。しかもエモンガの特性にはせいでんきもある。あまり直接触れさせるのはよろしくないな。

 

「エモンガ、でんじは!」

「波か……。ジュカイン、いやなおと」

 

 電磁波という波でくるなら音波で対抗するのみ。

 エモンガの出す波とジュカインが出す波がぶつかり合い衝撃波を生み出す。

 

「かげぶんしん!」

「タネマシンガンで打ち消せ」

 

 風が吹き抜けるや、今度は影を増やしてきたので、タネマシンガンでできた影に種を飛ばして次々と打ち消していく。

 

「エモンガ、アクロバット!」

「こうそくいどうで躱せ」

 

 ジュカインの背後に移動したエモンガが宙でくるくると後転し、力を溜め込んでいく。

 あの溜めの時間が短ければ短いほど、熟練されたものと見ていい。このエモンガはそこまで強いわけじゃない。だから動いて躱せばなんとかなる、はず………。

 俺の知識がそう語っているのだからそうなのだろうとしか言えない。

 

「でんげきは!」

 

 エモンガの突進を難なく躱すと電撃を撃ち込んできた。

 追尾機能がついているため、ジュカインを狙うように折れ曲がってくる。

 

「リーフブレード」

 

 それを腕の草のブレードを伸ばして切り落とす。

 

「くさむすびで捕らえろ」

 

 切り落としたら地面を叩きつけ、エモンガの足元から草を伸ばした。

 蔓のように伸びていきエモンガを絡め取ろうと動く。

 

「でんこうせっかで躱して!」

 

 間一髪で躱したエモンガがそのままジュカインに向かって突っ込んできた。

 

「ボルトチェンジ!」

 

 その体は電気を纏っており、ヒットアンドアウェイよろしく、サガミの元に帰って行く。ジュカインは腕をクロスさせてガードし、衝撃を利用して後ろに下がった。

 

「フローゼル」

 

 交代で出されたのはフローゼル。

 タイプ相性ではこちらが有利である。だが、相手はみずタイプ。こおりタイプの技を覚えている可能性がある。そうなってくるといささか面倒だな。

 

「あまごい!」

「ジュカイン、つめとぎ」

 

 雨雲を作り出してきたので、その間にこちらも腕の草のブレードの手入れをさせておく。

 両腕を擦り合わせて研ぎ、艶が出てきた。出てきたのにはちょっとびっくりである。メグリ先輩のエンペルトなら艶が出てもおかしくはないんだがな…………。

 

「れいとうパンチ!」

 

 はあ………、やっぱり覚えてやがったか。

 冷気を帯びた右拳を一瞬で目の前に振りかざしてきた。

 

「かみなりパンチで迎え撃て」

 

 ふむ、この早さ………。

 俺の知識によるとフローゼルは素早いポケモンとなっている。

 だが、それにしてもこの早さはちょっと意外である。

 それに反応したジュカインも相当だと見ていい。

 

「タネマシンガン」

 

 拳と拳をぶつけ合っている隙に、口から種を飛ばし、フローゼルの身体に撃ちつけた。

 

「みずでっぽうでガード!」

 

 だが、飛ばされながらも途中からみずでっぽうで相殺してきて威力を落とされてしまう。

 

「アクアジェット!」

 

 地面に着地すると滑る力を押し殺し、踏みこむ力に変え、水のベールを纏って突進してくる。

 これは躱せなかった。というか俺の目が追いつかなかった。

 

「……そういうことか。ジュカイン、ギガドレイン!」

 

 フローゼルの異様な早さは雨によるものだ。

 つまりあいつの特性はすいすい。

 雨の状態であれば素早さが飛躍的に上昇する。

 それなのに的確に技を決めていくジュカインはやはり他二体と遜色ない能力を持ち合わせているようだ。

 

「くっ、強い………。フローゼル、スピードスター!」

「こっちもスピードスターだ!」

 

 タネマシンガンではちゃんと体力を吸い取るための種も混ぜ込んでいたみたいだし。そのおかげでちゃんと攻撃だけでなく自身の回復にも漕ぎ着けた。

 そしてすぐにフローゼルの鮮やかな星型のエネルギー体も同じように星型のエネルギー体をぶつけていってるし。

 やるじゃないか。

 

「れいとうパンチ!」

「躱して、リーフブレード!」

 

 星型エネルギー体の衝突による爆風の中、フローゼルが上昇した素早さを生かしてジュカインの背後に現れた。

 だが、伊達に俺を待っていたわけではない。

 こういう死角が出来ようとも感覚を研ぎ澄まして、目で見ることなく躱した。

 そのまま空振りしたフローゼルの背中を取り、両腕の草のブレードで切りつけた。

 

「フローゼル!?」

「よく分かってるな。俺好みの戦い方を」

「カイッ」

 

 フローゼル、戦闘不能。

 確かサガミのポケモンの中では優秀な方だったと思うんだが………。

 それ以上にジュカインが一人で修行を積んでいたということか。

 

「いくよ、メガニウム!」

 

 エモンガじゃないのか。

 今度はメガニウム。同じくさタイプのポケモン。

 雨も上がったことだし、仕切り直しと行こうか。

 

「にほんばれ!」

「つめとぎ!」

 

 おいこら、本当に仕切り直してきたよ。

 なんだよ、今度は日差しをキツくするなよ。

 ころころ天気を変える戦法が好きなのか?

 

「ソーラービーム!」

「こっちもソーラービームで迎え撃て!」

 

 でしょうね。

 じゃなきゃ日差しをキツくしないもんね。

 おかげで眩しいったらありゃしない。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 ソーラービームをソーラービームで相殺すると一気にメガニウムへと突っ込ませた。

 爪は青く赤い竜の気を纏い、鋭く伸びている。

 

「耐えて! つるのムチ!」

 

 その爪で上から斬りつけると態と攻撃を受けたらしく、背中から蔓を伸ばしてジュカインの腕を絡め取り、さらに伸ばして身体全体を巻き上げた。

 

「しぼりとる!」

 

 キツく締め上げられたジュカインの身体は一気に体力を奪われていく。

 また変わったテイストの技を使ってくるな。

 強いのか弱いのか何とも判断し難いバトルスタイルである。

 

「タネマシンガン!」

 

 苦し紛れに種を飛ばして蔓の締め付けを緩めさせた。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 そして竜の爪で蔓を斬り、メガニウムから距離を取る。

 

「こうごうせい!」

 

 その間にメガニウムが日差しを取り入れ、体力を回復してくる。

 何とも嫌な戦い方をする。

 

「こっちもこうごうせいだ!」

 

 ならばこちらもその日差しを活用させてもらおう。

 あ、回復し終わったら、ちょうど日差しも治まったぞ。やっと目が楽になるわ。

 

「つるのムチ!」

「リーフブレードで弾き落とせ!」

 

 またしても蔓を伸ばしたきたので、今度こそ腕のブレードで切り落としていく。同じ手に乗るかよ。

 

「じならし!」

 

 無理と判断するや否や、すぐに地面を四本の足で踏み鳴らし、揺らしてくる。

 

「ジャンプしてリーフストーム!」

 

 バランスを崩す前にジャンプし、そのまま大量の葉っぱを風に乗せてメガニウムに向けて撃ち放つ。

 

「ひかりのかべ!」

 

 足踏みしながら光の壁を作り、葉の嵐を防ぎやがった。

 

「ドラゴンクロー!」

「くさのちかい!」

 

 技を切り替えて爪を叩き落とす。

 だが、草の柱に遮られ、目標へは届かない。

 

「くさむすび!」

 

 壁となった草柱を切り崩し、地面を叩きつける。

 するとメガニウムの足元から草が伸び、絡め取り始めた。

 雁字搦めに縛り上げられ身動きを封じられたメガニウムが踠いている。

 

「くさぶえ!」

 

 ジュカインは腕の草のブレードを口に当て、子守唄のような透き通った音楽を奏で始めた。

 その柔らかい音楽は段々と眠気を誘ってくる。

 見てるこっちまで眠くなってきたわ。

 だが、これで終わりにさせてもらおう。

 

「ドラゴンクロー!」

「ッ、メガニウム、戻って!」

 

 危険を感じ取ったサガミは立ったまま眠ったメガニウムをボールに戻した。

 咄嗟にしてはいい判断である。

 

「エモンガ、もう一度お願い!」

「エモッ」

 

 んで、出てきたのはエモンガか。

 

「エモンガ、アクロバット!」

 

 ひこうタイプであることに有利性を抱いているのだろう。

 

「くさむすびで壁を作れ!」

 

 だが、そのタメがある時点で防御の時間は作り出される。

 どんなに技の相性が良くとも当たらなければ意味がない。

 

「だったら、ほうでん!」

 

 ジュカインが自分の周りに草を伸ばして壁を作ったため、アクロバットは届かない。

 すぐにほうでんに切り替えてきた。草の隙間を縫うように電気を入れるためだろう。

 

「エナジーボールで草を育てろ!」

 

 ならば、草を育ててしまえばいい。

 エナジーボールで栄養を蓄えさせ、草を伸ばし、放電しているエモンガを絡め取った。

 

「リーフブレード!」

 

 アーチ状に伸びた草の上を駆けてエモンガにまで到達。

 そのまま腕のブレードで斬り裂いた。

 

「もう一度ほうで……ちょ、エモンガ!? なんで勝手にボルトチェンジするのよ! あ、こら、ルリリ! でちゃダメ!」

 

 蔓草ごと斬ったために自由になったエモンガがすかさずボルトチェンジのヒットアンドアウェイでサガミの元へと戻っていった。

 また言うことを聞いてないし。

 しかもまたしてもルリリが出てくるというね。

 

「…………」

 

 これはエモンガなりの誘導、なのかもな。

 いくらベビーポケモンに分類されるからってバトルができないわけじゃない。

 なのにサガミはルリリを絶対にバトルさせようとしない。

 

「でもあいつの目を見れば一目瞭然か」

 

 だが、そこにはバトルに対して好奇心を出しているルリリの姿がある。

 ポケモンの意思に反してトレーナーが強制するのは間違ってるだろ。

 ったく、自分で気付きやがれ。

 

「お前、どうしてルリリにはバトルさせようとしない」

「ッ?! そ、そんなのこの子にはまだ早いじゃん! 力も弱いし、すぐに負けちゃう!」

「………そうか。だったらルリリ。そんなトレーナーは捨てることだな。お前はまだまだこれからだ。いろんな経験を積めるしいくらでも強くなれる。だが、それをトレーナーが邪魔しようとしてるんだ。そこにいない方がいい」

「なっ、あんた何勝手なこと言ってっ………!?」

「ケッ!」

 

 えっ?

 なんかいきなり降ってきたんだけど。

 えっ、何あいつ…………ドクロッグ?

 どこから出てきやがった? ボールからじゃないことは確かだけど。

 

「あんた………」

「ケッ」

「いった?! な、なにすんのよ!」

 

 いきなり出てきたかと思えば、サガミにビンタしちゃったよ。それにサガミの方もあのドクロッグを知らないわけでもないみたいだし…………。

 えっ、なに、どゆこと?

 

「ケッ」

「ちょ、痛い痛い痛っ! な、なんなのよ!」

 

 今度は足蹴りされている。

 なんだろう、何か言いたいのだろうか。

 

「人間とポケモンとじゃ、強度が違うんだから痛いのよ!」

「ケッ」

 

 あ、ようやく足を止めた。

 なんなんだ、あのドクロッグ。野生………、だよな?

 

「ケッ」

 

 今度は胸ぐらを掴みやがった。

 これって止めた方がいいのか?

 

「ケッ」

 

 うわ、頭突きかよ。また痛そうな。特にあの頭のとんがり部分。刺さりそうである。

 サガミに血が出てないのが不思議なくらいだ。

 

「痛ッ!? ………だからぁ、人間とポケモンとじゃ、強度がちがうんだってぇ………、………………」

 

 とか言いながら何か大人しくなった。

 地面に寝転がりながら蹲って………、あれ? バトル放棄?

 

「………分かってるわよ………、うちよりもルリリの方が強いってことくらい………。でも仕方ないじゃん………。怖いものは怖いんだから………………」

「ケッ」

 

 あ、なんか頭を押さえながら語り始めた。というかドクロッグと会話しちゃってるよ。なに、あいつ。強いのか弱いのかますます分からなくなってきたんだけど。

 

「ルリリは一度バトルして酷い目に遭ってるのよ?! そんなの………バトルさせられるわけないじゃん………」

「ケッ!」

「いったッ?!」

 

 ぐいっとサガミの上半身を起こすと両手でチョップを入れた。

 あれ、ダブルチョップか?

 

「ケケッ」

「ルリルリ〜」

 

 ドクロッグがルリリを手招きするとめっちゃ笑顔で近寄ってった。警戒心皆無なのん?

 子供って怖いわー。

 

「ルリリ………」

「ルリ、ルリルリ」

「………ごめん、うちがバカだったね………。うん、バトルしよっか」

「ルリっ!」

 

 あっれー?

 急に話が丸く収まったぞ?

 うん、取り敢えずこれはあれだな。ドクロッグが俺のしようとしてたことを全てやっちまったってことだな。

 なんなんだ、あのドクロッグ。何者だよ。

 

「ケケケッ」

 

 不敵な笑みを浮かべてドクロッグはリザードンの方に移動していった。

 

「ルリリ、いくよ! うそなき!」

 

 うっ………、なんだあのあざとい泣き方は。

 イッシキを彷彿させてくるじゃねぇか。

 

「こごえるかぜ!」

「リーフストーム!」

 

 風には嵐で対抗してやる。

 力の差は歴然。

 あっさりとこごえるかぜを呑み込み、ルリリを襲う。

 

「はねる!」

 

 地面を蹴り、尻尾を蹴って二段階ジャンプで葉の嵐の中から脱出した。

 

「リーフブレード!」

 

 だが、そのジャンプ程度はこいつは普通に飛べてしまうぞ。

 ルリリの目の前に移動したジュカインが腕の草のブレードで斬り裂いた。

 

「まるくなる!」

 

 斬られる直前、ルリリは身体を丸め、防御体勢に入り、技を受け流した。

 

「あわ!」

 

 ぽこぽこっと泡を吐き出してジュカインの顔にめがけて飛ばしてくる。

 

「ドラゴンクローで斬り裂け!」

 

 それを竜の爪で割り、相殺していく。

 

「ルリルリっ」

 

 なんかルリリが楽しそうである。

 というか元気すぎない?

 リーフクトームは威力が落ちてるからって言っても、リーフブレードも受けてるわけだし…………。

 まさか効いてない、とか?

 いや、ドラゴンクローならまだ分かるが、リーフブレードが効かないなんてことは……………?!

 

「なあ、サガミ。そいつの特性は?」

「特性? …………知らない………」

「チッ、ならそういうことかよ」

「はっ? なに言ってんの?」

「そいつの特性はそうしょくだ。ムカつくことにくさタイプの技が効かん」

「そうしょく………」

「ジュカイン、くさとドラゴン以外の技だ!」

「カイッ」

 

 ダッと駆け出したジュカインが両腕を光らせる。

 

「ルリリ、こごえるかぜ!」

 

 それを冷気を含んだ風で阻んでくる。

 

「遅い」

 

 だが、これまでのバトルで素早さを高めていたジュカイン。

 すでにルリリの背後を取っていた。

 両腕をクロスで振りかざす。

 あれはシザークロスか。

 

「ルリリ!?」

 

 ジュカインに斬りつけられたルリリはどこかに吹き飛ばされていく。軽い身体だな。

 

「ケッ」

 

 それをドクロッグが回収したようだ。

 マジであいつ何なの?

 

「ケッ」

「ルリルリ〜」

 

 あっれー?

 あのルリリ攻撃されたってのに喜んでないか?

 もう何なの、サガミの周りのポケモンって。変なのばっかだな。

 

「ケッ、ケケッ」

 

 ドクロッグは回収したルリリをサガミの腕の中に押し付けるとフィールドに出てきた。

 ん? どうしろと?

 

「あんた………あのジュカインとバトルしようっての?」

「ケッ」

 

 返事なのかどうかもよく分からない、舌打ちのような声をあげるドクロッグ。

 何なんだよ。

 

「えっ? マジ? そいつ野生だよな?」

 

 野生のポケモン? とバトルしろってか。

 こんな時に?

 でもサガミのポケモンといえばそうなのかもしれないし。俺とダークライみたいな関係なのか? つか、俺とあいつの関係って何なの?

 

「そうだよ、野生のポケモン。でもあの後自暴自棄になってたうちに現実を見るように勧めたのもこいつ」

「道理でめっためたにされてたわけだ」

 

 野生のポケモンにお仕置きされたのかよ。それであそこに来てたとか、こいつも問題だがこのドクロッグはもっと問題だわ。

 これ本当に野生なのかよ。

 

「………なぜかうちについてくる変なポケモン」

 

 でしょうね。

 気に入られてるんじゃねぇの?

 ボールに入れたら?

 

「ま、目つきからして相当の手練れのようだ。ジュカイン、どうする?」

「カイカイッ」

 

 はあ………、なんでこう俺のポケモンというのは血気盛んなのだろうか。

 それが強さの秘訣なのかもしれないけど。

 

「そうか、なら全力でいきますかね。つめとぎ!」

「ンガー」

 

 やる気があるのかないのか。

 何だよ、今の鳴き声。

 あ、こら。首元の毒袋を膨らませるな。

 

「ドラゴンクロー!」

「ケッ」

 

 げ、ねこだましかよ。

 ジュカインが一瞬で竜の爪を携えて駆け寄ったが、パチンと一拍手されて怯まされてしまった。中々に粗野な戦い方をする。

 

「ケケッ」

 

 今度はドクロッグの方が仕掛けてきた。一瞬の怯みを見逃さず、紫色の腕………どくづきを突き出してくる。

 

「タネマシンガン!」

 

 一発もらいながらも種を飛ばして、突かれた衝撃で後ろに下がる。

 

「ケケッ」

 

 ドクロッグは鋼に見立てた高速の拳ーーバレットパンチで次々と種を落としていく。

 

「えっ、やどりぎのタネ?!」

 

 すべての種を落とすと今度はドクロッグの足元から蔓が伸び始める。蔓の元は飛ばした種。タネマシンガンの種を宿木性にしていたようだ。

 さすがくさタイプの技コンプしただけある。

 つか、サガミがただの観客になってるんだけど。

 

「ケッ」

 

 すかさずみがわり。

 蔓が絡め取ったのはドクロッグが作り出した自分の分身体であり、本体はジャンプしてジュカインに狙いを定めていた。

 撃ち出されたのはヘドロばくだん。吐き出されたの方が正しい表現な気もするが。

 

「くさのちかいで防げ!」

 

 さっきメガニウムが使っていた要領で草柱を立て、ヘドロを防ぐ。

 

「グラスフィールド!」

 

 その間に尻尾を地面に突き刺し、栄養を与えていく。栄養源は背中の種。

 徐々に草地が広がり、ジュカインを回復させていく。

 まあ、着地したドクロッグも回復されてるんだが。

 ニヤッと不敵な笑みを浮かべるとドクロッグは腕を紫色に染めてきた。どくづきだ。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 突き出された拳を竜の爪で掬い上げて弾く。

 宙返りをしたドクロッグは口から泥を吐いてきた。どろばくだんか。

 受ければぬかるみのせいで素早さが下がってしまう。それはジュカインの武器の性能を落とすことにもなってしまうか。

 

「躱してギガドレイン!」

 

 さっきのタネマシンガンでこちらの種も植えつけてあるはずだ。草技をコンプしているとここまでいい流れが作れるのも面白いものだな。しかもグラスフィールドのおかげで効力も上がっている。

 

「ケッ」

 

 当のドクロッグは体力を奪われながらも、さも平気な顔で突っ込んできて、拳を叩き込んだ。そしてあろうことか奪った体力を奪い返されていく。

 ………ドレインパンチか。

 

「ケケッ」

 

 今度はもう片方の腕をどくづきに染めてきた。

 ここまでやれる野生のポケモンもいるもんなんだな。

 しかもどこかサガミを自分の望むトレーナーとして育て上げようとしている節も見受けられた。

 全く、羨ましい限りだな。

 早くそのことに気づけよ、このバカ。

 

「かみなりパンチ!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、爆風が生み出される。

 そこまで強い衝撃が双方に走ったということか。

 強い。

 いろんな意味で強いポケモンだ。

 

「おにーちゃーん! どこー?」

「げっ、コマチ………」

「ケッ」

「うひゃ?! ちょ、ドクロッグ?!」

 

 俺がコマチの声に反応を示すや、ドクロッグはバトルをやめてサガミを担いだ。

 どうやら隠れようとしているらしい。

 

「ジュカイン、隠れるぞ」

 

 俺もジュカインとリザードンを連れて、先を行くドクロッグについていく。

 どこかいい場所でも知ってるのだろうか。

 

「よりによってこんな物陰かよ………」

 

 と思ったらただの建物の影というね。

 

「ケッ」

「ちょ、なんーーー」

「ンガー」

 

 うわー、トレーナーを扱うポケモンって………。

 どっちがトレーナーなんだって感じだわ。

 

「あっれー? おかしいなー。こっちで物音がしたと思ったのになー………。それに誰かバトルした形跡があるし」

「コマチちゃーん! ハッチー見つかったー?」

「いえー、こっちにはいないみたいですー!」

「えーっ、それじゃどこ行ったのー?!」

 

 コマチとユイガハマには悪いがあることを閃いてしまった。

 多分、いや確実に終わった後にみんなからお説教が待ってそうだが。

 それでも今がチャンスでしかない。

 

「ジュカイン、お前の実力は充分見させてもらった。俺とどんな出会い方をしたかとかはもう覚えてないが、お前が強いことは理解した。これから頼むぞ」

「カイッ」

 

 そう言ってジュカインとリザードンもボールに戻し、代わりにゲッコウガを出した。

 

「ゲッコウガ、病室戻るぞ」

「コウガ」

 

 俺がそう言うとゲッコウガはまた俺とサガミを背負ったドクロッグの肩を掴み、影の中に潜っていった。

 一瞬で目の前は真っ暗になり、後はゲッコウガに任せてついていく。

 

「ちょ、な、なんなのよ」

「このまま俺たちで後処理を行う」

「はあっ?! たちっ?! どうしてうちまで!?」

 

 影に入ったことで口を開いたサガミにそう言ったら、吠えられた。

 

「お前が俺の秘密を知ってしまったからだ。このまま野放しにするわけがないだろ」

 

 そもそもお前があそこにいなければよかったんだよ。

 そうすればこうして巻き込まれることもなかったのに。

 

「な、なによそれ! ただのとばっちりじゃん!」

 

 とばっちり。

 実にそうである。

 だが、知った以上はあいつらの元に帰すわけにもいかない。

 いっそこのまま俺一人で動いた方がやりやすい。

 

「………お前もこのままじゃ、煮え切らないだろ」

「そ、そりゃそうだけど………」

 

 それにサガミにもついてくる理由はある。

 あそこまで見ておいてもう知らぬ存ぜぬではこいつもいられないはずだ。

 

「大丈夫だ。お前が死ぬようなことはない」

「ちょ、うちをどうしようってのよ!」

「ンガー」

「痛ッ」

 

 ドクロッグが実にいい働きをしてくれる。

 どんだけサガミのこと気に入ってんだよ。

 

「と、着いたみたいだな」

 

 ゲッコウガに促されて影の中から出ると、先ほどまで俺が寝ていた病室にたどり着いていた。なんて便利な移動手段なのだろうか。

 

「こ、これからどうする気?」

「あん? そんなまじまじと見て、そんなに男の着替えを見たいのか?」

「なっ?! 着替えるならさっさとそう言いなさいよ!」

 

 影から出てきたサガミは顔を赤くしてささっと後ろを向いた。

 ちょっとサガミで遊ぶのが楽しくなりながらも俺のリュックに手を突っ込む。

 取り出したのはオレンジ色のスーツ。

 そう、フレア団のものである。

 

「ドクロッグ、お前の特性きけんよちだろ? 誰も来ないか見張っておいてくれ」

「ケッ」

 

 うーん、嫌われてるようにしか思えないこの反応。

 けど、さっきからこんなんばっかだしな。

 まさかのコミュ障?

 え、やだよ。これと同類とか。

 

「なあ、サガミ」

「………なに?」

「お前さ、いいポケモンに巡り合ったよな」

「はっ? なにいきなり」

 

 キッとした目つきで睨みつけてくるサガミだが、彼女のポケモンたちはとてもいいポケモンばかりだ。主戦力であるメガニウムにフローゼル、度々ボルトチェンジでルリリにバトルをさせようとしていたエモンガ、そしてバトルをさせてもらえなくても懐いているルリリ。

 それに加えて、野生のポケモンでありながら、どこかサガミを気にかけているドクロッグ。サガミにはもったいないくらいのやつらばかりだ。

 

「ポケモンたちのためにもさ、変わりたいと思わないか?」

 

 人はそう簡単に変われはしない。

 記憶がなくなっても俺が思うことはこれしかない。

 だが、そんな俺でも少なからず変わっていっているようである。

 だから要は周りの環境次第なのかもしれない。

 

「…………そんな簡単に変われるわけないじゃん。うちだって、今の自分は嫌い………。みんなに、あんたに迷惑かけたとかありえないもん………。でもあんたみたいに強くもユキノシタさんみたいに何でもできるわけじゃない。そんなうちが変われるわけないじゃん」

「なあ、知ってるか? ユキノシタはああ見えて何度も俺に助けられてるらしいぞ?」

 

 ちょうど落ちた手帳を拾ったらユキノシタのことが書き込まれていた。

 俺とユキノシタユキノの関係について。

 どんな出会い方をしたのか、どんなやり取りがあったのか覚えてないが、それでもこの一ヶ月の間に育まれた彼女との思い出は守りたいと思っている。

 彼女だけではない。ユイガハマもイッシキも当然コマチだってそうだ。

 これまで一緒に旅してきたやつらを全員守りたい、そんな甘い考えを俺は抱いている。ペラっとめくった前のページに書かれている忠犬ハチ公についてのイメージからは想像もつかない甘々な考え。

 でもそれが今の俺なのだ。

 だからたぶん、俺は変わった。記憶が有無に関係なく。

 

「何でもできるなんてことはない。そう見えるのは弱い部分を見せないだけだ」

「……………」

 

 無言、か。

 聞いてはいるみたいだな。

 

「俺だって弱い。こうして一人でやろうとしているのが何よりもの証拠だ。俺はあいつらを危険な目に遭わせるのが何よりも怖いんだよ。だから一人でやる」

「…………」

「それでも俺たちが強く見えるんだったら、お前はただのアホだ」

「なっ、その格好………!?」

 

 着替えを終え、窓の外を見るサガミの隣に立つ。

 着替えが終わったことを認識したサガミがこちらを見てくると驚いた顔をする。

 まあ、当然か。

 

「俺の駒として動いてみないか?」

「はあっ?!」

「これから俺はジガルデーー第三のポケモンを起こしに行って、フレア団に潜入する。お前はそのアシストをするんだよ」

「ちょ、もう斜め上すぎるんだけど…………」

「…………」

「ケッ」

「いったっ、だから叩かないでよ! ………分かったわよ、そこまで言うならあんたがどういう人間か見せてもらおうじゃない」

「ケケッ」

 

 ドクロッグもついてくるんだな。

 もうボールに収めちまえよ。

 

「ふっ、んじゃ屋上行くぞ」

「えっ? なんで?」

「外には戻れないだろ。だからと言って部屋から飛ぶわけにもいかん」

「分かった。もう好きにして」

 

 究極技のリングを抜き取ってリュックは置き去り、手帳とユキノシタがくれたお守りを首から下げ、屋上に向かった。

 

 

 

 

「リザードンに乗って行っちゃったか………。やっぱりハチマンはかっこいいなー。あんな状態でもみんなを守ろうと奮闘して。でも少しくらいは頼ってくれないと寂しいよ………。サガミさん、ホルビー、ハチマンのこと守ってあげてね」

 


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