その日の夕方。
というか逢う魔が時、ていうくらいの時間に。
俺たちはハクダンジムにたどり着いた。
なぜ一本道を通ってくるだけなのにこんなに疲れるのだろうか。
不思議でかなわない。
「ハチマン。早速、ポケモンセンターへ行くのだ」
嬉々として俺を急かすザイモクザ。
言葉は少年のようなのに見た目が中年臭いのがなんとも残念である。
「えー」
「えーって、お主酷くないか?」
「俺、歩き疲れたんだけど」
「この程度でへばっているようじゃ、情けないとしか言いようがないな」
「うっせ、ジバコイルにずっと乗っていたやつに言われたかないわ」
と女子の後ろで揉め合う男二人。
ザイモクザは気づいてないかもしれないけど三人の目が痛い。
あと、少しずつ距離を取るのはやめてほしい。
「はあー、お兄ちゃんもバカだねー」
そんな最中に口を割って入ってきたのはコマチだった。
「よく考えなよ、お兄ちゃん。中二さんの要件を早めに済ませてしまえば煮るなり焼くなり好きにできるんだよ?」
「よし、早速ポケモンセンターにでも行くか」
善は急げ、とも言うしな。
「ちょ、ハチマン! お主、我をどうするつもりなのだ? もしかして本当に煮たり焼いたりするのか?! ハチマン!」
うるさいやつは放っておこう。
なんだかんだ言ってもどうせついてくるのは目に見えている。
「相変わらずだね、ヒッキーは」
「そうなの? ああいう彼は初めて見るわ」
「昔もああやって中二をあしらってたからさー」
「よく見てるわね」
「よく見えたからね」
…………聞かなかったことにしよう。
世の中知らない方がいいこともたくさんあるんだからな。
「にしても、ミアレがすごかった分、ハクダンが田舎臭く感じるな」
「同じシティなのにすごい違いだよね」
コマチも俺と同じことを感じたのか、俺の独り言に追尾してきた。
「どこの地方にも中央都市ってのはあるからなー。例えばカントーのヤマブキシティがいい例だな」
「クチバも最近じゃ都会になってきたと思うけど」
「あれは都会というよりは港町だな。マチスのおっさん、どこで金を仕入れてきたのかクチバを広げ始めてるし」
「知り合いなの?」
「一応はジム戦を挑んでるし、ポケモン協会に属していたら自ずとつながりを持つことになるさ」
まあ、『依頼』の方でもちょっといざこざがあったしな。
でもこれは知らない方がいい話だ。
「ね、ヒッキー。あれってハクダンジムじゃない?」
俺とコマチが話しているとユイガハマが俺を呼びかけてきた。
見ると確かにジムがあった。
しかも丁度十一歳くらいの男の子が出てくるところだった。
「鍛え直してまたおいで。いつでも私は大歓迎だから」
そしてその子を見送っている金髪の女性がいた。
あれが多分ジムリーダーなのだろう。
「今の子ジム戦してたみたいだね」
「負けたみたいだけどな」
笑顔、とは呼べない表情を浮かべながら走り去っていく少年の様子を見てそう思った。
「やっぱジムリーダーは強いんだねー」
「じゃなきゃ立場が危ういだろ」
「でもゆきのんもジムリーダー並み、いやそれ以上の実力があるわけだし。…………よくわかんない」
あ、こいつ考えるの放棄したな。
こうして、アホの子は生まれるというわけか。
「あれ? でもユキノさんはどうしてジムリーダーにならなかったんですか? ユキノさんくらいの年齢でジムリーダーになってる人もいるって聞きますし」
どうやら、コマチはユイガハマがたどり着きたかったであろう疑問に気がついたみたいだ。
「ジムリーダーは大抵いずれかのタイプを極める人がなってるのよ。私は特にこだわりもないし、なりたいとも思わなかったから。ああいうのは姉さんの方が合ってるわ」
「ユキノさんってお姉さんいたんですか?!」
いたな。
名前くらいしか知らんけど。
「えっと、ハルノさん? だったっけ? スクール時代は結構有名だったんだよー。コマチちゃんは小さかったから覚えてないのも無理ないけどねー」
一応はユイガハマの記憶にも残っているらしい。
まあ、それほどには有名だったということだ。
「私が知ってるのはユキノさんやハヤマさんくらいですからねー」
まあこいつらは有名だったからな。
二人でバトルとかもしてたくらいだし。
「あれ? 君達もジム戦希望かなっ?」
なんてジムの前で喋っていたら、件の金髪女性に声をかけられた。
すっげーコミュ力だな。
ジムリーダーってのはどこもこんな奴らばっかなのかよ。
「ひっ?!」
顔を向けたら驚かれた。
というか引かれた。
この人ものすごく失礼だな、おい。
「ま、それが普通の反応よね」
「ヒッキーだもんね………」
「お兄ちゃんの目は初めて見る人には酷だよねー」
俺はお前らの言葉が一番酷だと思いますっ!
「あ、いや、その、えっと、誰かジムに挑戦したりする?」
しどろもどろに話を続けてくる。
「はい、コマチとお兄ちゃんが挑戦しようかと!」
さすがコマチ。
こんな時でも平然と話を続けられるとは我が妹ながらにして出来過ぎだと思う。
「明日でもいいかな? 丁度今、対戦したところで私のポケモンも休ませたいのよ」
「別にいいっすよ。万全じゃないやつと戦っても俺のポケモンは燃えませんから。俺的には今すぐやってしまいたいですけど」
「実にあなたらしい考えね。卑劣というか小賢しいというか」
何を言う。
どんな状態であれ勝ちは勝ちだろうが。
「そう、なら明日待ってるね」
「はい! あ、でも明日は兄だけが受けますんで。コマチはまだトレーナーになりたてでジム戦とか言われても正直ピンとこないので実際に見せてもらおうと思います」
「へー、まだなりたてかー。私もポケモンをもらった時はドキドキしたし、自分で初めてポケモンを捕まえた時も心踊ったわ。あなたもこれからそんな体験をしていってほしいなー」
「そうね。コマチさんもユイガハマさんもこれからたくさんのことを経験することになると思うわ」
「ま、ちゃんと世話しねーと逃げられるかもしれねーけどな」
「もう、ヒッキーはすぐそういうこと言う。言われなくたってちゃんとお世話するもんっ」
もんってお前…………。
こいつコマチよりも精神年齢低いんじゃないだろうか、と本気疑わしくなってきた。
「ところで、あのジバコイルに乗って夕日に向かってポーズを取っている彼は君たちのお友達?」
「いえ、違います。あんなやつ初めて見ました」
口早に彼女の質問に答えるとお三方がじとーっとした目で見てきた。
いいんだよ、あいつはこれで。
逆にお前らはあんなポーズを取ってるやつの連れと思われたいのかよ。
俺は絶対に嫌だからな。
「あ、あの。一つ聞きたいんですけど、ポケモンセンターってどっち行けばいいのかなー、なんて聞いてみたり」
ユイガハマがそりゃもう申し訳なさそうに聞き出した。
別に聞かなくても地図見ればわかるだろうに。
あ、そもそもホロキャスターが使えないとか?
いや、ユイガハマだし最新機種の使い方くらいすぐマスターするだろうから、それはないか。
「そっちの道を南に下っていけば見えてくると思うわ。あっと、そろそろ姉さんが来る頃だしまた明日ね」
そう言って、彼女はジムの中に消えていった。
「それじゃ、あたしたちも行こっか」
暗くなるのは早くポケモンセンターに着いた時には夕日はすでに落ちていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ハクダンジムからポケモンセンターに移動して、早速ザイモクザが口を開いた。
「よぉし、ハチマン。早速通信交換をやるぞ」
「あ、俺パス」
「なぬ? ここに来てやらぬというのか?!」
はあ、ほんと反応が一々鬱陶しい。
もう少し普通に反応できないのかね。
ユキノシタではないが頭痛がしてくるわ。
「まあ聞けザイモクザ。ここには初心者が二人いるんだぞ。丁度いい機会だし実践付きの説明会といこうではないか。では、先生お願いします」
「誰が先生よ。それに普通こういうのは引き受けた本人がやるべきなのではないかしら?」
先生と言われて自分と分かるユキノシタもどうかと思うがな。
まあ、反応してくれなかったら、俺はただの痛い人にしかならないが。
そうなった場合には、コマチに白い目で見られて命絶っちゃうからな。
「ばっか、お前。通信交換だぞ。俺の手持ちを思い出せ。どいつも引き受けてくれなさそうだろうが」
特に、俺の頭を住処にしてるやつとかな。
もう、重さとかは感じなくなってきたけど、こうもふてぶてしく居られるとイラッとしてくるものだ。
しかも寝ているようでいて話の要所要所は聞いているようで、気がない話には全くと言って反応しない。
そして、今もその反応を示しやがったのだ。
リザードンもこういうのだけは頑なに拒否るし、奴は言わずもがな。
夢喰い野郎はたまに顔を見せるが正確には俺のポケモンではないただの野生だ。
「そう言われると何も言えないわね」
「ヒッキーのポケモンって変に懐いてるよね」
「どんな育て方をしたんだか」
ボソッと。
ユキノシタが何か言ったが、よく聞こえなかった。
が、なんとなく言いたいことが分かった。
「俺が育てたのってリザードンだけだからな」
「あ、そういやそうだったね」
コマチが思い出したかのように頷く。
や、そんなこと忘れるようなことでもないと思うんですけどね。
「というわけでコマチとユイガハマには交換を体験してもらおうと思う」
「意外とお兄ちゃんってコマチのことになると色々やろうとするよね」
「シスコンね」
「シスコンだね」
二人の視線が俺の胸に突き刺さる。
毒でも持ってるかと思えるくらいには効いた。
「お兄ちゃん、前から気になってたんだけど、コマチのことどう思ってんの?」
そして、その二人に便乗したコマチがニヤッと笑みを浮かべた。
「愛してるぞ」
だが、だからと言って嘘をつくわけにもいかないので、正直に答えると。
「ありがとう、お兄ちゃん! コマチはそうでもないけどね!」
この仕打ちだった。本日二度目。
うっわー、今日一番のいい笑顔。
我が妹ながらにして、なんか腹立つわー。
「ハチマン」
後ろから俺の肩にザイモクザがポンっと置いてこう言ってきた。
「ふっ」
というかこいつ鼻で笑いやがった。
よし、こいつ殴ろう。
閑話休題。
一思いにザイモクザを蹴り倒し(詳細は伏せる)、脱落した話を巻き戻す。
「取りあえず、ザイモクザとコマチでやってみるか」
ポケモンセンター内にある交換装置の前で切り出す。
因みに交換マシーンはどこぞのコガネ人によって、最新のものができたのだとか。
まあ、数年前の話ではあるんだが。
「では、まず二人ともマシーンにモンスターボールを置いてもらえるかしら」
さっきあんなこと言ってた割にはしっかりと先導しているユキノシタ。
「ザイモクザ、ちゃんと『アップグレード』持たせとけよ」
「抜かりはない」
メガネをくっと掛け直すし、ニヤリと笑みをこぼしてくる。
本人は格好いいと思ってやってるんだけど、ザイモクザがやるとなんかイタい。
「置きましたよ」
「それじゃ、真ん中のレバーを引いてもらうんだけど」
「あ、ならコマチがやりますね」
装置の真ん中には両足型のレバーがある。
それを手前に引くことで交換が開始されるという仕様になっているのだ。
まあ、俺は使ったことないんだがな。
「うむ」
「それじゃあ、いきますよー」
コマチはそう言ってレバーを手前に引いた。
するとモンスターボールが機械に吸い込まれていき、装置の画面にはポリゴンとゼニガメのシルエットが映し出され、二つが交差し、再びボールが吐き出された。
これで無事に交換は成功したことになる。
「コマチ、取り敢えずポリゴンをボールから出してみてくれ」
「うん、分かった」
コマチがボールを開くとポリゴンが出てきた。
「これで進化が始まるはずなのだけれど…………」
「何も起きねーな」
「…………もしかして、持たせた『アップグレード』が偽物だったり……」
ユイガハマの言う通り、ザイモクザの持っていた『アップグレード』が偽物の可能性は大いにあり得る。
なんせザイモクザだからな。
「そ、そんなバカな!? それでは、我の四年間は一体何だったというのだっ!」
ぐたっと崩折れるザイモクザ。
そんな奴の姿を見てコマチの目がヤマピカリャーと見開いた。
やばいっ!
こういう時のコマチは大抵碌なことを言い出さない。
「お兄ちゃん、中二さんにお兄ちゃんが持ってる『アップグレード』をあげたらいいんじゃないかな?」
ほら、やっぱり。
こんなことを言い出したら、もう一人食いつく奴が出てくるじゃねーか。
「それだ! 中二のがだめならヒッキーの『アップグレード』があるじゃん!」
はあ………。
「どうせお兄ちゃん使わないんでしょ? だったら、必要としてる人にこそ行き渡るべきだとコマチは思うよ」
きゅるんといった感じで俺を見上げてくる。
ユイガハマもいつの間にかポチエナのような目で俺を見てくる。
今の二人と目を合わせたくない俺は視線をずらし、そこでユキノシタと目が合ってしまった。
そういや、こいつはどう思っているんだろうか。
小言の一つでも言ってきそうなのに、さっきから何も入ってこないし。
すると、彼女はプイっと明後日の方へと顔を向けた。
「はあ………」
要するにどうでもいいわけね。
まあ、確かに自分のことじゃないのだし、興味ないのも分からなくはないが。
「あーもー分かったよ。俺のを使って進化させればいいんだろ」
「ハチマン………」
俺がそう口にするや否やザイモクザがキランとした明るい笑顔で俺を見上げてきた。
だがな、ザイモクザ。
お前がそんな笑顔を見せたところで俺の心は全く満たされねーんだよ。
というかキモいからマジやめてくれ。
「ほらコマチ、これでいいんだろ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
「コマチの頼みだからな。断る理由がない」
「「うわー、シスコン」」
ちょっとー、そこのお二人さん。
さっきも思ったけど、いつの間にそんなに仲良しになったんだよ。
「俺は別にシスコンじゃない」
「どうかしら」
このアマ…………。
「それじゃ、もう一度やりますよー」
俺がユキノシタに更なる冷たい視線を浴びせられている一方で、コマチはさっさと準備に取り掛かっていた。
ザイモクザも言われるがままに動いている。
「…………後が怖い……」
「何か言ったか、ザイモクザ」
「ゴラムゴラム! 我が相棒の助力に感謝致す」
態とらしい咳払いをして、俺に感謝の意を示してくる。
別に言葉をもらっても嬉しくないんだがなー。
「まあ、妹の頼みだからな。借りはきっちり返してもらうからな」
「お、おう………やっぱりか………」
それにしてもザイモクザが手に入れてきたあの透明な箱はなんなんだろうか。俺がもらってきた『アップグレード』とはよく似ているが、中身のプログラムは違った。『アップグレード』がポリゴンを進化させる道具だとしたら、アレもまた進化の道具なのだろうか。
「あ、今度はユイさんがやってみますか?」
「いいの? やるやるー!」
形がよく似ているし、やっぱりポリゴンに関係してくるのだろうか。
ポリゴンの進化に分岐があるなんて話は全く聞いたことがない。
それともアレは『アップグレード』であって、データが間違っている欠陥品だけなのか? まあ、普通に考えればそれが妥当だと思うが。
「思ったより重いね」
「えっ? そうですか? コマチは重たいと感じませんでしたけど」
「そうかなー」
「もしかして、ユイさんって最近運動とかしてないんじゃないですか?」
「そんなこと………………あるかも………」
「だからじゃないですか?」
「どうしよう、ゆきのん」
「なら、今日から運動することね」
「そこは明日じゃないんだ?!」
「あなたのことだから明日には気持ちが向いてないと思うわ。だから気づいた時にやるべきよ」
だけど、それは違う気がする。根拠はない。ただの勘だ。
うーん、分からん。
「あ、出てきた。これでいいんだよね」
「ええ、これでボールから出して進化が始まれば成功よ」
「うむ、出てこいポリゴン!」
って、なんかすでに交換が終わってるみたいだし。
進化は………よし、ちゃんと始まったな。
「これが………進化……」
「コマチ、初めて見ます」
白い光に包まれて姿を変えていくポリゴン。
その光景にコマチもユイガハマも釘づけだった。
まあ、その気持ちは分からなくもない。
俺もヒトカゲがリザードに進化した時は思わず見入ってしまったからな。
それくらいにはポケモンの進化は神秘的なものなのだ。
「ふぉぉおお、ふほぉぉおおおおお! フヒッ」
なのに、こいつの所為で全てが台無しである。
何なんだよ、その雄叫びは。
キモいとしか言いようがねーぞ。
ほら見ろ、あのユイガハマですら後ずさりしていってるぞ。
「ようやく………ようやくポリゴン2に進化したぞぃ! 長かった、この日までがすごく長かった。四年という月日は長かった………。気持ちが折れかけたことも……ーー」
ザイモクザが喜びのあまり一人演説を始めたので、俺は三人を手招きし、ポケモンセンターから出ることにした。
取り敢えず、晩飯だな。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ザイモクザを置いて俺たちはロゼリア象の噴水近くにある喫茶店へと入った。
なんか疲れが溜まっている所為かあまり食欲がない。
三人にそのことを伝えると彼女たちもまた俺と同じであったようだ。
多分、というか確実にザイモクザが原因だろうな。
軽食程度にカツサンドを頼むと何故か三人に白い目で見られたのは気のせいだろう。というかそうであってほしい。成長期の男子をなめるなよ。
「はあ、なんかすげー疲れたんだけど」
「同感ね」
やってきたカツサンドを頬張りながら俺がそう言うと、ユキノシタがナプキンで口を拭いて応じてくれた。
「それにしてもポケモンの進化って不思議だね」
俺たちが発している重い空気を一掃するようにユイガハマが話題を変えてきた。毎度ながらうまいもんだと思ってしまう。それくらいには超自然的な呼吸だった。
「まあな、俺も初めて進化の瞬間を目にした時には心が躍ったからな」
「全く想像できないんだけど」
「想像できたけど気持ち悪い絵面ね」
「お前らな………」
コマチといいユキノシタといい口が悪くありませんかねー。
二番目というのはこういう生き物なのだろうか。
「でもそうね。私も初めてもらったワニノコが進化した時も心が躍ったわ」
「お前の場合はエネコが進化した時の方が酷そう「何か言ったかしら?」だなんてこれぽっちも思ってませんのことよ」
悪かった。俺が悪かったから、そのナイフはしまえ。
前髪で顔に影ができてるせいか、すげー寒気がするんだけど。
「今のはお兄ちゃんが悪いと思うよ」
「その前にお前らが俺に酷いことを言っていたように思えるんだが?」
「何のことかさっぱりだよ」
なんかここ最近、というか旅に出てからコマチの俺への扱いが酷くなったような気がする。ユキノシタに出会ってからは特に、だ。
「マロンもいつか進化するのかなー」
「リマ?」
「まだわかんないよね」
たははー、とハリマロンを抱きかかえるユイガハマ。
そんな彼女を見て、ユキノシタが口を開いた。
「バトルを積み重ねていくことでポケモンは進化していくわ。他にも特定の石を使ったり、道具を持たせておくと進化する例もあるわね。あとは時間帯や場所にも左右されるわ」
「そういや、なつき具合で進化するのもいたな。ま、俺には関係ないが」
「そして、一番面倒なのが道具を持たせて通信交換である!」
…………………。
「「「……………………」」」
今、何か聞こえた気がしたんだが、気のせいかな。
「で、さっきのポリゴンみたいに特定の道具を持たせて通信交換っつー、ぼっちには手の届かない進化もあるんだ」
「………あれ? ハチマン?」
「本当に、どうしてあんな面倒な進化方法があるのかしら」
「我が相棒よ! 返事をせいっ!」
どうやらユキノシタでも通信交換にはお手上げなようだ。まあ、こいつもぼっちの一人だしな。無理もない。
それにしてもあの通信交換で進化するって原理はどうなってんだろうな。
トレーナーズスクールでは進化の方法は教えられたがその原理までは教えてくれなかった。俺の仮説では道具に何らかの遺伝子、あるいはホルモンなどが含まれていて、交換用の機械に通すことで進化反応が起こる、と考えている。しかし、これはあくまでも俺の仮説にしか過ぎず、それ以上のことが知りたかったら、やはり大学に行って研究するしかないのかもしれない。
だが、そこまでして知りたいというわけでもないし……………。
誰か研究して本にでもしてくんねーかな。
「あ、あの………ハチマン………? 我のこと見えておらんのか?」
はあ…………。
人がせっかく無視してるっていうのに。
こいつはどうしてこうも空気が読めないのだろうか。
まあ、空気が読めないからこそあそこで雄叫びをあげたんだろうが。
「ああ、見えてねーな」
「ぬぅ、そうか。それでは致し方あるまい…………って、しっかり反応しておるではないか!?」
「あ、やべっ………」
あーあ、やっちまった。
ほら、もう。
ユキノシタがすんごい冷たい視線で俺を睨んできてるじゃん。
隣に座っているコマチなんか俺の太腿をつねってきてるんですけど。
しかも野外で食べていたため、丁度よく風が吹いてくるし。
どれもこれもこいつのーーザイモクザのーー所為だな。
さっきの借りはもっと大きくして返してもらおう。
「酷いではないか、ハチマンよ。我を置いて先に夕食にありつくとは許すまじき行為だぞ」
「あら、進化に喜んでポケモンセンターで大いに叫んで、周りの人たちに迷惑をかけていたのは誰だったかしらね」
「うぐっ」
「お兄ちゃんがいなかったら、中二さんは今頃灰になってたかもですねー」
「はうっ」
「………中二、キモい……」
「ぐはっ!」
ユキノシタ、コマチ、ユイガハマの三連撃で、ザイモクザが瀕死寸前にまで打ちのめされてしまった。
こいつら容赦ねーな。
グサグサくる言葉をこうも綺麗に並べられると、聞いてる俺ですらつい耳をふさいでしまう。しかも一番心に残るのがユイガハマの一言というね。会って(再会して?)二日目ではあるが、彼女が空気を読むのに長けていることはなんとなく分かる。そんな彼女から本気の気持ち悪い宣言をされたんじゃ、心もポッキリ折れてしまうのは致し方ないことなのだろう。
要は普段温厚な奴ほど怒らせると危険である。
「………ハチマンは……………ハチマンは我の味方よな?」
膝から崩れ落ちたため、気持ち悪い上目遣いで俺を見てくるザイモクザ。
だから、俺はこう言ってやった。
「で、お前誰だっけ?」
しばらくの沈黙後。
再びそよ風が辺りを吹き抜けていくと、止まりかけた時計の針が回り始める。
「ぐぼらっ!」
ザイモクザは倒れた。
「あなたが一番容赦ないわね」
「お兄ちゃん、あ、鬼いちゃん。鬼畜」
「ヒッキー…………」
ザイモクザへのとはまた別の冷たい視線を俺に浴びせてくる女子三人。
それよりちょっと、コマチちゃん?
どうして、途中で言い直したりしたのかな?
俺はいつから鬼のお兄ちゃんになったんだよ。そうくるなら、声の似ているユキノシタに会話の語尾に「~と僕はキメ顔でそう言った」って言って欲しくなるんだけど。
「何変なことを考えているのかしら? ケロマツ、あなたのご主人様の髪の毛をむしり取ってあげなさい」
「はっ? えっ? ちょっ、おい、待てボケガエル!? バカ、やめろ!」
ケロマツって一応俺のポケモンだよな。
なのに、何でユキノシタのいうことなんか聞いてんだよ。
というか、これじゃ俺の親としての立場が全くねぇじゃねーか。
「お兄ちゃん、愛されてるねー」
「こんな攻撃的な愛なんか嬉しくねーわ!」
コマチが茶々を入れるように言ってくるが、今はそれどころではない。
こいつを今すぐにでもどうにかしなければ俺の頭の将来が悲しいことになってしまう。
マジ! 何なの!? このボケガエル! 遠慮ってもんが全く感じられないんだけどっ!
「ふっ」
あん?
今どっかから鼻で笑われた気がしたんだが。
「ふははははははははははははははっ」
と思ったら馬鹿でかい笑い声が辺り一体に響いた。
近所迷惑だからやめようね、ザイモクザ。
何なら、俺たちの迷惑だから静かにしてようね。
「たまにはこういう賑やかなのもいいものだな。ハチマン、それに皆の者。今日は我に付き合ってくれて感謝する」
ついに壊れたかと思ってしまう(心配はしない)くらいに盛大に笑い終えたザイモクザが、珍しく俺に、俺たちに感謝の意を示した。
珍しすぎて明日雪でも降るんじゃないか、そっちの方が心配である。
「それとハチマン。また何かあれば、手伝ってくれるか?」
ああ、これはもう病気だな。トレーナー病ってやつだ。
散々白い目で見られても罵倒されても、それでも自分のポケモンを見せびらかしたい。
こいつのこういうところはかっこいいと思えてしまう。
俺にはそこまでできそうにないからな。
「ああ、手伝うよ」
俺がそう言うとザイモクザは今日一番の笑顔を見せ、暗闇の中に消えていった。
夕飯を済ませ今日の寝床となるポケモンセンターに帰ってきて早々、一つ問題ができた。
何でも部屋があと一部屋しかないらしい。
流石に年頃の女子三人と一緒に寝るのは俺でも気がひける。コマチだけならそうでもないが、ユキノシタとユイガハマがいては緊張して眠れないのは確実だろう。
さて、そう言うことならば俺はテントでも張って野宿をしますかね。
「あの、もし男性の方の方が相部屋でもよろしければ、お部屋をご用意することはできますが」
なんと。
相部屋ならベットで寝れるというのか。
けど、相部屋かー。怖いおじさんとかいるかもしれんしなー。
でもベットだろ。あー、うーん。迷う…………。
「ちなみに相部屋の方はお客様と同年代の方ですので」
「あー、なら相部屋で」
同年代ならなんとかなるだろ。
話さなければなんとかなる…………はず。
「ではご案内させていただきますね」
そしてジョーイさんについていくと女子三人の部屋は隣だった。
まあ、何かあってもすぐに駆けつけられるからよしとしておこう。それ以外のことは考えないようにしよう。
そう、心の中で凡念を振り払うと緊張して震える手で部屋のドアを開けた。
窓が開いていたのか風が肌を突き抜けた。
それと同時に相部屋人と思われる太った中年? のメガネをかけた男のコートがふわりと靡く。
ん?
太った中年? のメガネ? のコート着た男?
なんか一つ一つを改めて認識していくと一人の顔が頭をよぎった。
「よくぞ参られた! 我は剣豪将軍、ザイモクザヨシテルである。一夜ではあるが何卒よろしく頼む」
はあ…………………。
どうしてこいつはこんなに残念なのだろうか。
さっきはあんなにかっこいいと思えたのに、時間が経てばやはりザイモクザはザイモクザである。次にこいつをかっこいいと思えるのはいつになることやら…………。