ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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74話

「ーーーおっと、君をこのまま死なせるわけにはいかないな。今君がいなくなればユイやイロハ、それにユキノちゃんも不覚ながら悲しむだろう。それにしても君にはいつも驚かされてばかりだ。まさかこのタイミングでルギアまで呼び出すとは。だけど、今回ばかりは君のその突出した能力に感謝してるよ。これで俺も力を手にすることができる」

 

 ハヤマ………?

 ここは………一体………?

 

「ヨル、くろいまなざし!」

 

 お前、何してるんだ?

 

「かなしばり!」

 

 リザードン!?

 

「トリックルーム!」

 

 それに三鳥まで動きを封じて閉じ込めやがった?!

 はっ? 三鳥?!

 

「じゅうりょく!」

 

 部屋の中ではポケモンたちが押しつぶされている。

 

「リザ、メガシンカ!」

 

 姿を変えたハヤマのリザードンにより天気が晴れになった。どこからともなく太陽の光が差し込んでくる。

 

「コウガ!」

 

 ゲッコウガ………。

 

「ソーラービーム!」

 

 躱すんだ、ゲッコウガ。

 

「ギィィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 ルギア、そのまま解放してやれ。

 

「あやしいひかり!」

 

 ぐあっ、なんだいきなり。

 何しやがる。

 

「のろい!」

 

 おい。

 

「おにび!」

 

 やめろ。

 

「あくのはどう!」

 

 やめてくれ!

 

「さあ、ルギア。君の臣下は俺の手だ。君も俺とともに来てくれ」

 

 おいおい、嘘だろ………。

 こんな、まさか伝説の四体が一度に、なんて…………。

 

「………ハヤマ、お前………」

「おや、気がついたかい? それはよかった」

「あ………」

 

 ユイガハマ…………。

 それにイッシキも………。

 あれ…………? いつの間に地上に………?

 いや、今はなんでもいい。

 

「ユイガハマ………、イッシキ………」

 

 起きろよ、起きてくれよ………。

 なあ、なあ………。

 

「………ユイガ、ハマ………?」

 

 息、してない…………だと?

 くそっ!

 

「くそっ!」

 

 死なせてたまるかよ!

 

「俺のせいで、死なせてたまるかよ!」

 

 くそっ、くそっ。

 まずは人工呼吸だ。

 気道を確保して、胸骨を………、あと息を送りこまねぇと。

 息………?

 ええい、知るか!

 生きることの方が大事だ!

 

「………俺は君みたいに優しくはなれないな」

 

 ハヤマ、テメェ………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ん………」

 

 ここは………?

 白い………ベッド?

 …………あれは、夢か……?

 いや、でもハヤマがあの三鳥とルギアを手に入れていたし……………。

 あれが手に入れた瞬間だと、すれば…………ちょっと待て。

 どうして俺はハヤマハヤトのことを覚えている。

 ハヤマだけじゃない。ユキノシタやコマチ、何ならあのクソ虫のことも覚えている。

 あれ?

 俺って記憶を失うんじゃ…………ってことまで覚えてるんだよな………。

 ならどこまで覚えてるんだ?

 俺のポケモンはリザードン、ゲッコウガ、ジュカイン、そしてダークライ。

 あれ? ダークライっていつからいるんだ?

 ジュカインはつい最近、ホウエンから送られてきた。

 ゲッコウガはカロスに来た時にあの変態博士からもらった。

 リザードンは…………ダメだ、思い出せない………。

 えっ、思い、出せない?

 ということは、だ。記憶は確かに失ってはいる。と見ていいのだろう。

 だけど、全て持って行かれたわけじゃないってことなのか?

 てなると、今一番古い記憶といえば………カロスについてすぐにユイガハマのポケモン、サブロー? を助けた……ことか。

 ん? え? マジ?

 そういうことなのん?

 

「…………この一ヶ月の記憶だけギリギリ残した………?」

 

 俺が楽しめたとか思ったからか?

 心残りがあったりしたからなのか?

 今ではこの一ヶ月の記憶しかないのだし、他とは比べようがないが………。

 最終兵器を止めようとしている時にそんなことをふと考えたのは覚えている………。

 

「………それとも、こいつのおかげかね………」

 

 身体を起こし首にぶら下がっている何枚もの羽のネックレスをそっと撫でる。

 ユキノシタが俺にお守りとしてくれた三日月の羽のネックレス。

 この一ヶ月の記憶が残ったのもこれのおかげかもしれんな。

 

「………入るわよ」

 

 噂をすればなんとやら。

 ユキノシタの声が扉の外から聞こえてくる。

 というかここ病院か。しかも俺一人なのを見ると貸切かよ。贅沢だな。

 

「………あら、起きてたのね。と言っても今のあなたとは初めましてになるのよね」

 

 ん?

 

「あ、ヒッキー、起きたんだ!」

「なんか混乱してません?」

「そう、よね。先に自己紹介しておくべきよね。彼からしたら今の私たちは知らない他人みたいなものなのだし………」

 

 んん?

 

「私はユキノシタユキノ。あなたとは…………こここ恋人よ!」

「はっ? ちょ、なななな何言ってるんですか、ユキノシタ先輩?!」

「そそそそ、そうだよ、ゆきのん! ここここ恋人って、ゆきのん!? 一体どうしちゃったの?!」

「いくら先輩の記憶がなくなったからって!」

 

 おい、ユキノシタが今とんでもないこと言ってなかったか?

 …………これってさ、あれだよな。

 ここで「実は記憶あるんですー」なんて切り出したら、俺切られるよな…………。

 えっ、やだよ、そんなの。

 折角ちょっとは記憶が残って万々歳ってところなのに、起きて早々に死ぬのとか勘弁だからな。

 

「………えっと……」

「二人とも考えてみなさい。この際、煮え切らないこの男に記憶が戻るまでの間、恋人として振舞っていれば」

「………少しは進展………する?」

「する………かなー……………」

「ええ、少なくとも意識はするようになるわ………」

「………こういうのって後でややこしいことになりません?」

「そ、そうだよ」

「いいのよ、別に。私はこれで通すから」

「わっ、なんかユキノシタ先輩がやる気出してる!」

「うぅ、ゆきのんがマジ顔だ………」

 

 なんか俺を放って三人で囲んで相談始めやがったぞ。

 こいつらバカなの?

 つーか、ハルノさんの未来予知って当たるんじゃなかったのか?

 記憶を失って、それでみんなが悲しんでるんじゃなかったのかよ。そのことを思い出して早く記憶があるって伝えておこうって思ってたのに、これじゃ言わない方が俺の身の安全が保障されちゃってるじゃん。

 どうすんだよ。

 

「仕方ありませんね、私も本気を出すとしましょう」

 

 あ、くる。

 

「せーんぱいっ☆ かわいいかわいい恋人のイロハちゃんを忘れちゃうなんてー、お仕置きですよっ☆」

 

 ……………。

 うわー、あざとい。

 本気出す方向おかしくない?

 ………ふっ、いいだろう。だったら少し乗ってやるよ。

 

「お仕置き、ですか………?」

「うっ………、そうでーす、お仕置きです。こんなかわいい恋人を忘れた罰です!」

 

 今絶対構えてなかっただろ。つか、お前も恋人で通してくるのか。

 マジでどうしたいわけ?

 アホなの?

 

「罰として、私のことを名前で呼んでください!」

「………はい?」

「あー、私の名前まで忘れちゃってるんですねー。はあ………、記憶がなくなる前に忘れられない思い出でも作っておくべきだったなー」

 

 え、何しようと考えてたの?

 忘れられないって、それトラウマってことだよね?

 やだ、いろはす、チョー怖いんですけどー。

 

「私の名前はイッシキイロハです。さあ、せんぱい、カモン!」

 

 なにこのあざとい生き物。

 こいつ段々楽しくなってきてんだろ。

 

「……い、……イロハ……?」

 

 うわ、はず………。

 こんなことなら乗らなきゃよかった。

 コミュ障の俺になんてことさせるんだよ。

 こんなリア充みたいに名前呼びとか、コマチとコルニくらいだわ。

 ………………なんでコルニはあっさり呼べたんだろうか………。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 

 あ、そうでもなかったわ。

 なんか急に顔が真っ赤に茹で上がり倒れやがった。いや倒れたならまだしも悶えだしたぞ。

 あれ?

 俺って死線をくぐり抜けてきたところだよね?

 代償で記憶失ってることになってるんだよね?

 君たちちょっとはシリアスモードになったりしようよ。

 何なんだよ………。

 

「ヒッキー! あ、あたしのことも名前で呼ぶし!」

「………えっと……」

「ユイガハマユイ! さあ、ヒッキー!」

「ゆ、ユイ…………?」

「にょわっ?! も、もっと恋人らしくスキンシップもとるし!」

「こ、こう……か?」

「ふぉわっ?! は、ハッチー………」

 

 なんかすんごい身を乗り出してくるわ、収束つきそうにないわで、頭を撫でることにした。以前もこれで何とかなったしな。うん、今回も何とかなってくれた。

 なってくれたけど、何だよ、ハッチーって………。

 俺はお前のポケモンじゃないぞ。

 これ以上変な名前をつけるな。

 

「ハッチー………」

 

 あ、なんかこっちにも反応示してる奴いるし。

 

「あの、三人は名前で呼び合ったりしないんですか………?」

「「「えっ?」」」

「い、いや………なんとなく………」

 

 ここまで俺を辱めたんだ。

 自分たちも同じ経験をしろい!

 もといユイガハマとイッシキにはそこまでハードなことでもないと思うが。

 

「うっ、そうきましたか。記憶がないくせに中々の返しですね」

「こんなのヒッキーじゃないよ。やっぱりハッチーだよ………」

 

 ヒッキーとハッチーに区別があったとは。

 理解できんが。

 

「………この男、そんなに名前で呼ぶのが嫌だったのね………」

「嫌だったんですか?! あんまりです! 先輩のイロハちゃんは泣いちゃいますよ!」

「ゆきの………ん……ああ、なんか恥ずかしい………」

「え、ちょ、ユイガハマさん?!」

「だ、だって、イロハちゃんのことは名前だし、やっぱりゆきのんも名前の方がいいのかなって………」

「べ、別にどちらでも構わないのだけれど………。そ、その、ちょっと新鮮だったというかいきなりだったからというか………」

「ユキノ………」

「あぅ…………、ゆ、ユイ………」

「ちょっとー、お二人ともー。二人だけの空間作らないでくださーい」

 

 イッシキがすんごい甘いものを見たかのように項垂れている。

 実にいい百合具合である。

 もっとやれっ。

 

「ユイせんぱーい、ユキノ先輩も。そっちの気があるんですかー。それならそれで私は一向に構いませんけどー。先輩のことは私がもらいますから」

「ま、って、ねえ待って! あ、あたしたち別にそういうんじゃないから!」

「そそそそうよ、いいいいイロハさん! わわわ私たちは別にそういうのじゃないからっ!」

 

 ユキノシタの顔が一番真っ赤に染まり上がったな。

 これくらいにしておくか。

 

「………あの、そもそも俺って彼女が三人もいるんですか………? ふっ、クズ野郎ですね」

「「「うっ…………」」」

 

 ただし追撃として最後に確信めいたことをボソって言ってみる。

 案の定効果はあったらしく、三人とも現実に帰ってきてくれた。

 ほんと、バカだろこいつら。

 

「えっと…………、それで………」

「………あ、あ、は、はち、はちま………、あなたはもうしばらく休んでいた方がいいわ。随分と消耗していたみたいだし、記憶もなくなっていることだしね」

 

 俺のことも名前で呼ぼうとしたのかよ。

 そんな無理しなくても………。

 

「そうだね、ヒッキーは頑張ったよ。だからハッチー、後はあたしたちに任せて!」

「そうですよ、先輩。これ以上先輩が傷つくのはヤです」

 

 こいつら………。

 俺をこれ以上いかせないつもりなのか。

 まあ、確かに病人だし? こうして病院のベッドにインしてるんだから?

 安静にしてないといけないとは思いますのことよ?

 

「…………は、はあ………」

「それじゃ、私たちはこれからやることがあるからまた後でね」

「ゆっくりしててねー」

 

 俺の記憶がないと改めて判断を下したのか、そそくさと出て行った。

 何だったんだ、あの茶番は………。

 あれって本気なのか?

 いや、そんなはずは………。

 下手に期待しない方が身のためだよな。ただの勘違い野郎にはなりたくない。

 

「コマチの顔でも見に行くか」

 

 運び込まれたときにでも着替えさせられたのであろう病人服のまま、病室から出ることにした。

 点滴も何もされてなくてよかったわ………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「というわけよ。何としてでも彼にはこれ以上頼れないわ」

「はあ……………、やっぱりお兄ちゃんの記憶はないんですね………」

「ええ、まるで私たちのことを初めて見るかのような目をしていたわ」

 

 三人に気づかれないように後をつけた先は応接間の一室だった。どうやらそこにコマチたちもいたようで。

 しばらくドア越しに耳を澄ましているとこんな会話が聞こえてきた。

 

「………あの、ハチマンの体の中にあったのってキーストーン、だったんだよね………」

「恐らくは、の域だけれど。力の反動が身体に何か影響を与えていないか調べてもらったのだけれど、スキャンの結果、少なくともキーストーンから放たれる波長と同質のものなのは間違いないらしいわ」

「ハチマン、お主は一体何者なのだ………。体内に秘められたパワーを隠し持つとか羨ましい………」

 

 はっ?

 いきなり何言ってるんだ?

 俺の身体の中にキーストーンがあるのか?

 んな、冗談だろ…………。幾ら何でも………。

 それとザイモクザ。お前はどうしてそう悔しがってるんだよ。や、分かるけどよ。実際に自分の身体の中に何かあるって言われると慄くもんだぞ。

 

「ヒッキーってさ、どうしてあそこまで自分の身を削れるのかな………」

「さっきも見せないだけで本当は………」

 

 知らん。

 自分が死にたくないからとしか言いようがない。

 

「とにかく、彼のおかげで最終兵器は阻止されたわ。でもジムリーダーたちと帰ってきた子供たちはフレア団を倒すどころかゼルネアスを開放してこちら側に付かせることに成功するので手一杯だった。いえ、別に彼らは決して弱かったわけではないわ。むしろ伝説のポケモンをこちら側に付かせただけでも大きいもの。ただ………」

「フレア団の活動はまだ終わっていない………」

 

 ………えー、つまりあのアサメの子供たちはゼルネアスを味方につけることができたみたいだな。となるとまだフレア団と、パキラと渡り合える可能性も見えてきたわけだ。

 

「ええ、その彼らは潜伏先を15番道路から16番道路に跨る荒れ果てたホテルにしたみたいだけれど。大丈夫よ。そこにはすでに他の四天王とジムリーダーたちも向かったから」

 

 で、あいつらはここにはもういないと。

 まあ、ここにいたらいたで足取り掴まれてしまうしな。

 俺たちも早々に立ち去った方がいいんだけど………。

 俺とハルノさんが原因で身動きが取れないのも事実なんだろうな。

 

「ただ、フレア団の他にハヤマ君もね。あのエスプリと呼ばれていたスーツの彼も危険だわ」

「カロスの伝説のポケモンだけでも厄介なのに、伝説の三鳥やルギアもいるんだもんね………。勝てるかな………」

「いいえ、勝つのよ。フレア団の方も時間はないでしょうけど、きっとまたあのスーツ姿のハヤマ君も近いうちに出会すことになるわ」

 

 ハヤマなー。

 まさかあいつがルギア他三鳥を捕獲していたとは………。

 さっきの夢? も多分その時のことだろう。

 …………思い出したらなんか恥ずいわ。

 俺、自分からユイガハマに人工呼吸してたんだぞ? つまり………。

 死にたい………。

 死にたくないけど…………。穴くらいになら入ってしまいたい。

 

「………あ、あの………無理な話なのは分かってますけど………、ハヤマ先輩をこちら側につけられたら形勢逆転できませんかね………」

「ッッ!?」

 

 イッシキ…………。

 お前と言う奴はなんでそう恐ろしいことを思いつくんだ。

 誰の影響だよ。きっと俺だろうけど。

 ああ、そうだよ、俺もそれ考えましたよ。

 でもやめておいた方がいい。ハヤマは操られている。ルギアはダーク堕ちしてるし、危険でしかない。リスクの方がでかすぎる。

 

「うぇえっ?! む、無理だよ…………ゆきのん一人だけじゃ…………」

「あら、私も舐められたものね。やってみないと分からないじゃない、ユイ」

 

 おいこらユキノシタ。

 こんな時に負けず嫌いを出してくんじゃない。

 

「…………でも伝説のポケモンを一度に四体も相手することになるんですよね………」

「そうね、対してこちらはクレセリアだけ。すでにシロメグリ先輩や先生はポケモン協会を探しに行ってるみたいだし、ザイ………ザイツ君もこれから終の洞窟へ向かうのでしょう?」

「うむ、ジガルデを探せと言われているのでな」

 

 先生たちはすでに動いてくれてるようだな。

 それとザイモクザ。いまだに名前を覚えられてないとか。哀れだな。

 そんなザイモクザも動くのはこれからみたいだけど。できるだけ早くしてね。

 

「ミウラさんたちはどうするつもりかしら?」

「………闇雲に探すより、ハヤトの狙いはアンタなんでしょ。だったら、アンタを餌に釣り出す方が効率いいっしょ」

「ちょ、ユミコ!」

 

 ふんすと鼻を鳴らしてユキノシタを見るミウラにユイガハマが慌てて止めにかかる。

 

「いいのよ、ユイ。戦力が増えるのならば私を守る手数も増えるということだもの」

「アンタ、いい性格してるし………」

 

 うわー、そんな発想に行き着くとかこいつもやはり魔王の血が流れてるってことだな。

 ないわー、マジないわー。

 ほら、トベが実際に言ってるぞ。

 

「あら、私は元々こういう性格よ。今も昔も変わらないわ。変わったのは彼に対してくらいのものよ」

「………ある意味そっちも変わってないと思いますけどねー。ユキノ先輩、昔から先輩のことキラキラした目で見てたみたいだし」

「なっ、それはあなたもでしょう!」

「否定しないんだ………」

 

 ほんとだよ………。

 否定しろよ。

 

「というかなんか三人とも呼び方変わってません?」

 

 あ、コマチがようやく気がついた。

 それな、ほんとそれ。

 

「えっ? あ、ああ………言われてみればそうだね……………」

「先輩があんなこと言うからこの二人………」

「お兄ちゃんに何か言われたんですか………?」

 

 ぼそっと言ったつもりの言葉が普通に聞こえてきた。

 俺がなんだよ、イッシキ。

 

「え、あ、その………」

 

 ほらー、ユキノシタが対処不良起こしてるじゃねぇか。

 エラーになってるぞ。

 

「みんなでハッチーを名前で呼んでみたら「なんであたしたちは名前呼びじゃないんだ?」って………」

 

 ねえ、ほんとにヒッキーとハッチーの違いってなんなの?

 何を基準に使い分けてるわけ?

 

「ユキノ先輩が刷り込みを利用しようとして恋人だなんて言い出すからですよ」

「あ、あなただって乗ってたじゃない!」

「そりゃ、乗りますよ。こんな面白そうなの」

 

 面白くないから。ウケないから。

 

「みんな反撃されてたけどね………」

「ええ、そうね。記憶がなくてもやっぱりハチマンはハチマンだわ」

「うわー、もう抵抗すらなくなってるし………」

「ゆきのんが本気出してきたよ………」

 

 いつの間にお前は俺を名前で呼ぶようになったんだよ。

 マジでどしたの?

 

「というかお兄ちゃんて本当に記憶がなくなってるんですか? なんか怪しくなってきちゃった………」

「「「…………………」」」

 

 す、鋭いじゃないか。

 さすが俺の妹。できた妹である。

 ただ今は気づかないでいて欲しかったなー。

 

「ど、どっちにしてもハチマンもユキノシタさんのお姉さんも戦う余力はないんじゃないかなー」

 

 真っ青に固まる一同にトツカが慌ててフォローに入ってきた。

 

「そ、そうよね。トツカくんの言う通りだわ。後は私たちで何とかしないと」

 

 それにより我を取り戻したユキノシタがうんうんと首肯した。

 

「怪しーなー、お兄ちゃんだしなー。コマチ、ちょっと様子見てきます!」

 

 げっ、こっちくる。

 ど、こ、か…………非常階段!

 もうこのまま屋上行っちゃえ!

 

「ん?」

 

 ガラララッと扉を開けて出てきたコマチが俺がいたところを見て、首を傾げながら俺の病室の方にへと歩き出した。

 

「はあ…………、心臓に悪っ………」

 

 取り敢えず、マジで屋上に向かうことにした。

 外の空気でも吸って気持ちを切り替えよう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「お前ら…………」

 

 屋上に来てみるとそこには先客がいた。

 リザードン、ゲッコウガ、ジュカイン、そして何故かサガミ。

 えっ………?

 どういう組み合わせ?

 

「………ヒキガヤ……、よかった、起きたんだ…………」

 

 はっ?

 こいつ、俺のこと心配してたのか?

 なんで?

 まあ、確かに目の前であんなことになってたら焦るのは分かるけど、だからってなんでまだいるんだ?

 イミワカンナイ。

 

「ねえ、起きて早々悪いんだけどさ。うちと本気でバトルしてくんない?」

「はい?」

「…………もう、わけが分からない……。あんな、あんなの…………フレア団とかポケモン協会とか、ユッコやハルカも………、うちはもう何を信じればいいのか分かんないの………」

 

 ……取り巻きたちと何かあったのだろう。

 ああ、それで実際に見に来ていたってわけか。

 アホだろこいつ…………。

 

「はっ、んなもん知るかよ………、そもそも他人を信じていない俺に聞くようなことじゃないだろ」

「そんなの嘘………」

「あ?」

「だって、あんたにはユキノシタさんたちがいるもん…………。絶対に裏切らない、特別な関係の。あれからずっと隠れながらあんたたちを見てた。うちらとの違いが見えてきた。あんたたちはさ、確かな絆で結ばれてるんだよ。うちらにはなかった堅い絆で」

 

 空を見上げながら、サガミがそう言ってくる。

 

「絆とか………そんな曖昧なもん、証明できるのかよ。目に見えねぇもん「あるでしょ、メガシンカ」………」

「メガシンカはポケモンとトレーナーの強い絆があって初めて成立する現象だって、そう説明されてる。だから絆はある」

「ッ………」

 

 これは一本取られたな。

 確かにメガシンカには二つの石もそうだが、ポケモンとの息が合わなければ暴走を引き起こすことだってある。

 加えて俺のところにはゲッコウガもいる。あいつのあの現象も立てた仮説では絆が絡んでいた。

 分かった、認めよう。確かに絆は存在する。心と心の繋がりだ。見えるものではない。だからその証明は無理なのも認めよう。

 

「………左様で」

「でもやっぱりその中心にいるのはあんただった。あれだけの人たちがいても何故かあんたが中心になっていた。だから、その理由を知りたい……」

「………お前は俺の怖さを思い知ったんじゃねぇのかよ」

「知ったよ。知ったけど、その怖さを出してくるのにも理由があるんだって見てて気がついた」

「聞いておくが俺の手持ちを知ってるのか?」

「そこの三体でしょ。あと黒いの」

「そうか………」

 

 はあ………、すでにサガミには俺のポケモンが全てバレてるってわけね。ジュカインの隠し球もこいつには意味がないか。

 

「分かった、そこまで言うのなら場所を変えよう。ここは病院だ。万が一何かあっては大勢の人に迷惑がかかる」

「ん……」

 

 この病院にはバトルフィールドなんて……………、外の建物から離れた敷地内に一つだけバトルフィールドがあったわ。屋上から見えるんだな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ゆ、ユキノさん、大変です! お兄ちゃんが!」

「お、落ち着きなさい、コマチさん。息を整えてから、ね?」

「すー………はー…………」

 

 あっれー、コマチちゃん今帰りなのん?

 戻るの遅くない?

 なんでこのタイミングで帰って来ちゃうかなー。

 

「ねえ、ヒキガヤ。なんで行かないの?」

「あー、やー、その、なんか俺が記憶喪失になってるみたいでな。まあ元々そうなるはずだったんだが…………、なんかこの一ヶ月の記憶だけ残ってるんだわ………」

「早く言えばいいじゃん」

「言おうとしたら、記憶があるなんて言えない状況になったんだよ」

「何したのよ…………」

「俺は何もしていない。あいつらが勝手に言い出しただけだ。覚えてるだなんて言ったら俺は斬られる」

「ほんと、何があったの………」

 

 さて、どうしたものか。

 このままここにいてもすぐに見つかるし………。

 

「コウガ」

「あー、お前ってほんと丈夫だよな。なんでそんなケロっとしてるんだよ」

 

 人が折角疲れてるだろうと思って気を遣ったってのに………。

 

「えっ、どうするの?」

「ゲッコウガが影に潜って連れてってくれるってよ」

「え、影?」

 

 俺にリザードンとジュカインをボールに戻させ肩を掴むとサガミ共々影の中に落ちていく。サガミが「わぁっ?!」とか言って驚いているが、まあ初めてだし仕方ないか。

 中は真っ暗で全く見えない。

 ここから先はゲッコウガに任せるほかない。

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫なの………? 何も見えないんだけど」

「大丈夫だ、何度も使ってる」

「そ、そうなんだ………」

 

 ゲッコウガに連れられてしばらく歩いていると着いたようで、影から出ることになった。

 ほんと、便利な能力だこと。

 

「ほんとに着いた………」

 

 あーあー、サガミも呆気にとられちゃってるよ。

 

「んで、バトルするんだろ?」

「う、うん…………」

 

 なんかバトルしてくれと言ってきた割には覇気がない。

 

「なんだよ、今更怖気づいたのか? それならそれで一向に構わんが」

 

 あの時の俺を思い出して怖気付いてるんだったらそれでも構わんのだが。

 面倒ごとが一個減るだけだし。

 

「い、いや………なんでそんなあっさりと引き受けてくれたのかなって…………。うちはあんたにとって情報を漏らした裏切り者じゃん。それなのに………」

「別に、単に俺がまだちゃんとバトルで使ってない奴の調整がてら相手するだけだ」

 

 そんなこと考えてる時点でただの自意識過剰者だ。

 裏社会をほとんど知らない人間が狙われるのは当然のことだし、それがたまたまサガミだったってだけの話。サガミだからどうのこうのなんて思ったこともないわ。

 お前はそんな大層な人間じゃない。

 だから責任を感じるのはお門違いである。

 

「新しいポケモン………?」

「ま、あれで懲りたであろうお前相手なら、気兼ねなくバトルできるからな。その前にちょっと打ち合わせさせてくれ」

「え、あ、うん、いいけど………」

 

 そう言ってリザードンとジュカインをボールから再度出した。

 ジュカインの技を俺は知らない。

 しかも伝達方もジュカインとはまだ交わしていない(ゲッコウガはあれから会話のできないテレパシーまがいの伝達方を編み出している。視界が一時的にも繋がったのが功をきたしたらしい)。

 だからリザードンにおにびで通訳してもらうことにしたのだ。

 

「えっと………、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、こうそくいどう、つめとぎ………。ほう、中々に覚えてるじゃん。えっ? くさタイプの技は覚えられるだけ覚えたのん? これ以外にもまだくさタイプはいけるのかよ………。なんなんだよ、お前らは。どうしてこう俺のポケモンってのはどっかが抜きん出てるんだよ」

 

 全くリザードンといいゲッコウガといい、絶対どこかが飛び抜けてるよな。

 そもそもリザードンはもう普通のリザードンから逸脱した力を持ってるし?

 ゲッコウガは見たものを使えるもんはすぐに吸収してしまうし?

 んで、くさタイプの技をコンプしやがったジュカインだぞ?

 もうこのパーティー負ける気がしない………。

 

「よし、それならお前の力を存分に見せてもらうぞ、ジュカイン」

「カイッ」

 

 さて、どこでどう出会ったのか忘れちまったけど。

 それでもこうしていてくれるジュカインとバトルしてみますかね。


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