ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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71話

 就寝前。

 俺が部屋であらん限りの記憶を書きなぐっていると扉をノックされた。

 

「はい?」

『ヒキガヤくん』

 

 この声はハルノさんか?

 

「どうかしましたか?」

『…………』

 

 何の用か尋ねるとだんまりって………。

 何しに来たんだよ。

 

「えっと………入らないんですか?」

『………ねえ、君はどうしてそこまで悪党になりきれるの………?』

 

 ぽつりと漏れてきた言葉。

 魔王らしからぬ言葉だな。

 

「それを言ったらユキノシタさんもじゃないですか? いくら妹を守るがためにそこまで非情になれるってのもどうなんですかね」

『私は押しつぶされそうだよ。こんなことしてたら、その内ユキノちゃんに本当の意味で拒絶されちゃうもの。そう考えただけで胸が張り裂けそうだよ。でも君はそうじゃないよね』

 

 意外だな。

 ああいうのも割り切ってるものだと思ってたんだが。

 

「酷い言われようですね。俺も人間ですよ。心痛くもなりますって。現に俺のやってきたことを一切話してなかったらコマチと喧嘩………というか泣かれましたし。それがあるから今回はこうして一緒にいるだけです。誰が好き好んで実の妹を戦場に立たせますか」

『…………守りきる自信があるからそういうことが言えるんだろうなー』

 

 自信なんてあるわけないだろ。

 そんな自信を持っていればこんなあくせくしてないっての。

 

「バカ言わんでください。俺だって内心ハラハラしてますよ。守りきるなんて自信もなければ、明日マジで死ぬかもしれないって考えが頭を過ってるんです。まあ、死にことはないでしょうけど。それでも眠れそうにもないくらいには自信なんてありませんよ」

『でも結局全部守っちゃうんだろうなー。ねえ、覚えてる? 君が私を倒した時のこと』

「ええ、覚えてますよ、今は」

 

 そう、今は。

 明日には忘れるかもしれませんけど。

 

『あの時すでに私がチャンピオンに就いていたけど、プレッシャーに押しつぶされそうだったんだよ? だから手加減して負けてチャンピオンの座を明け渡そうなんてことも考えてたんだ。ユキノシタの家には不名誉なことになりそうだったけど。でもそれくらい耐え難かった』

「………俺と初めてバトルした時は本気ではなかったと?」

『んーん、本気だった。というか本気を出さないと何もできないと思った。結局本気出しても勝てなかったけどね。でも君はあの時にはすでに私よりも強かったんだなーって』

 

 なんて覇気のない声なんだ。

 一体何を言いたいんだ?

 まさかこんな昔話がしたいだけじゃないだろ?

 

「あの時の俺は変なスイッチが入ってただけですよ。普通、リザードン一体でリーグ戦に出るバカがどこにいますか? じゃなかったらユキノシタさんに負けてましたって」

『謙遜はいいよ。後で君のこと調べたから全部知ってるもの。ユキノちゃんとハヤトの関係の背景にあるのも、シャドーの名がポケモン協会に流れてきたのも、ロケット団の殲滅と復活の背景にあるのも、全部ヒキガヤくんだって知ってる。さっき改めてバトルしてユキノちゃんが私から乗り換えちゃったのも何となく分かっちゃった。だからね』

 

 どこまで知ってんだよ。怖いよ、怖い。

 なんか物々しい空気を孕んだかと思うと、言葉が切れた。

 

『ユキノちゃんのこと、よろしくね』

 

 ッ!?

 おい、待て!

 何考えてんだ!

 

「ハルノさん?!」

 

 急いで部屋の扉を開けたが、そこには彼女の姿はなかった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日。

 やはりハルノさんの姿はどこにもなかった。

 あったのは一通の書き置き。内容はこうだった。

 

『ハヤトが脱走したようなので捕まえてきます』

 

 どうやらハヤマが脱走したみたいだ。まだ催眠術が抜けきっていなかったのだろうか。確かに相手はポケモンの中で一番強力な催眠術を使うと言われているカラマネロだが、解除できないとかあるのだろうか。

 この一文しかないため状況も読めない。もしかしたら違う理由でなのかもしれない。だが、これで不安要素がまた一つ出てきてしまったことになる。

 なんてこった。ここにきてまさかの魔王の離脱に寝取られ英雄の再登場かよ。

 

「………どうするの?」

 

 ユキノシタが紙を握りしめながらそう言ってきた。

 

「分からん。だがこれが現実ってやつだ。上の立場になる程自分の仕事もしなくちゃいけなくなる。あの人が何を考えているのかは知らないが、行ってしまったものはしょうがない。とっととハヤマを捕まえて帰ってくることを期待しないで待ってるほかないだろう」

「期待しないんだ………」

 

 期待なんてするだけ無駄だっつの。

 

「下手な期待はただの隙だ。そんなもんは持つだけ邪魔だ。捨ててしまうのがベストだな」

 

 期待はただの心の隙だ。隙を作れば簡単にやられる。だったらそんな感情は捨て置くほかあるまい。

 

「あーし、ハヤトを探しに行く」

「ダメだ」

「なんで?!」

 

 ミウラの感情も分からんでもない。だがこれだけ情報がないとなると危険すぎる。

 

「ユキノシタさんが一人で行ったってことは何かあるはずだ。お前らの事情を知ってるのに連れて行かなかったってことはそれだけ危険なことなのだろう。ったく、マジで何考えてんだよ。昨日のことといい、意味が分からん」

 

 メグリ先輩も当然知らないらしいからな。

 またしても彼女に置いて行かれたというわけだ。そろそろ裏にも連れてってあげろよ。心配してるぞ。

 

「昨日、姉さんと何かあったのかしら?」

「い、いや、別に。ただの昔話を一方的にされただけだ。ただ………」

「ただ………?」

「お前をよろしくって言ってきた」

「ッ!?」

 

 昨夜の彼女とのやりとりを説明したら、急にユキノシタが怖い顔になった。

 

「な、なんだよ」

「ね、姉さん………まさか…………」

 

 何かを悟った彼女の顔は段々と青ざめていく。

 

「何か心当たりでもあるのか?」

「………姉さん、ハヤマ君を殺す気かもしれないわ。それも相討ち覚悟で」

「ッ!? 魔王め」

 

 そういうことかよ。

 それは確かにメグリ先輩を連れて行くこともないな。ミウラたちも然りだ。

 

「ちょ、ユキノシタ!? どうするし!」

「わ、私に言われても困るわ! 私だって何が何だか………」

 

 二人は戸惑い始めている。気づいてしまったからには何か手を打ちたい。だけど何も情報がないし、あるわけもない。あの人がそんなヘマをするなんてありえないから。だから何をするべきなのかも分からなくなっている。そんなところか。

 

「はい……はい、分かりました。伝えておきます。では………」

「先生、どうかしたんですか?」

 

 少し離れて誰かと電話をしていた先生が戻ってきた。

 

「あ、ああ、ヒキガヤ。コンコンブル博士とコルニが見つかった」

「っ、それ本当ですか?」

「ああ、今博士から連絡があった。詳しい話は直接したいそうだ。クノエシティの病院にいるらしい」

 

 見つかったのか。ということは生きてるってことか………。

 よかった………。

 

「クノエに来いと………」

「ああ」

「分かりました。元より俺の計画は崩れてしまったんだ。もうここからはアドリブでいく」

 

 もう後のことなんて考えてられるか。今は目の前のやるべきことからやるしかない。

 

「だ、大丈夫なの?!」

「知るか。毎度毎度俺の計画なんて大体が実行に移す前に崩れてくんだよ。だが、計画を立てておいたおかげであらすじはできている。中身が大きく変わるが、結果だけは計画通りなんだ。だから今回も俺の計画なんて当てにしてなかったんだよ」

 

 毎度毎度何なんだよ。

 せめて最初の何かくらいさせろよ。神様のバカヤロー!

 

「自分でそれ言っちゃうんですね」

「というわけで、まずはクノエに向かう」

「プラターヌ博士には言わなくていいの?」

「いい。あいつに話したところでどうにかなるわけでもない。それにあいつも時期に知ることになるだろ。だからそれまではあの能天気な平和ボケは放っておけ」

「酷い言われよう……」

 

 あんなフラダリを信用してるバカに話したところで何かができるわけでもないだろうが。逆に仕事を増やされそうで敵わん。

 

「………アドリブだけで結果を出すのも凄いことだって分かってるのかな………」

 

 メグリ先輩の呟きに果たして何人が耳を傾けていたことか……。

 俺はしっかりと聞こえてましたよ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 空をぶっ飛ばして翔けること二時間弱。

 カロス地方北部に位置するクノエシティに到着した。

 道中はメグリ先輩にハヤマのことについて聞いてみたが、何も知らされてなかったらしい。ただハルノさんのお付きの人に連絡を入れてもらったが、全くの反応なし。どうにも脱走の際にハヤマにやられたのかもしれないらしい。

 そうだとするとハルノさんが一人で行ったことにも納得がいく。だが相討ち覚悟にハヤマを殺すとかユキノシタの推測だからアレだが、マジで何考えてんだ。

 

「と、ここがクノエか」

 

 ミアレにいた分、どこか物足りなさを感じるが、これはこれで趣のあるところである。

 

「北部にはモンスターボールの工場なんかもあるようですね」

 

 イッシキがホロキャスターをいじりながら説明してきた。

 ボール工場か。

 ここで生産してカロス一帯に流通させているってことだな。

 

「それで、クノエのどこの病院ですか?」

「ああ、クノエ総合病院というところだ」

「こんなとこにも総合病院があるんだな」

「あら、逆に総合しかないと言うことじゃないかしら? 小さい診療所などは個人でやっているかもしれないけれど、総合病院があれば大抵のことができるわ」

「あー、幾つも作るよりまとめた方がいいって話か」

「そういうことね」

 

 イッシキがそのまま調べ始めたのでナビゲートは任せて歩くことにした。

 何故クノエシティにいるのかは知らないが、ジムもあるって話だしジムリーダー繋がりで助けられたのかもな。

 

「コルニちゃん、大丈夫かなー」

「というか先輩。コルニが行方不明だったなんて聞いてませんよ?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

 言って………なかったな。うん、忘れてた。

 

「あははー………ごめんね。私がもっと早くに情報をつかんでいればよかったんだけど。私たちが知ったのもフレア団に襲撃された日だから、ヒキガヤくんを責めちゃダメだよ」

「悪い、もうなんか色々ありすぎて忘れてることが多々あるわ」

「そうね、次から次へと問題が発生してくるからこっちの対処が追いつかないわ」

「で、結局どういう経緯だったんですか?」

 

 どういう経緯だったか。うん、俺もよくは知らん。

 

「知らん。ただマスタータワーが倒壊してあいつらが行方不明になっていたってしか聞いてない」

「うん、それだけしか情報がないの」

「………思えばどうしてあの日にメグリ先輩の耳に入ることになったのか、妙な話ね」

「ゆきのん、どういうこと?」

 

 確かにユキノシタの言う通り妙ではある。

 

「マスタータワーが倒壊したのは四日前なのよ。でも私たちが知ったのはその二日後。この一日の空きがあるなんておかしいと思わない?」

 

 だがそんなもんすぐに分かったわ。

 

「はっ、そんなもんあいつらに情報操作されてるだけだろうが。俺たちがマスタータワーの倒壊を知ったのは偶然ではなく必然的。そしてあのタイミングでフレア団が襲撃してきたということには何か裏でやっていたと考えて間違いないだろう。済んだことだから放っておいたが、どうやら裏にはあいつらがいたってことだ」

 

 何をしてたんだか………。だが俺も何か大事なことを忘れているような気がする。なんかそれが鍵になりそうな………。

 

「それって、足止めされてたってこと?」

「だろうな。俺たちに邪魔をされたくないことでもやったんだろう」

「と、ここだな」

「でかいっすね」

「総合病院だし、それなりの設備を収容しなきゃいけないからどうしても病院自体も大きくなるんだよ。でもこれだけ大きいと入院定員も多いだろうね」

「それはいい病院って言っていいのか?」

「うん、すごい病院だよ」

 

 なんか知らんがトツカが病院を見て評価をしていた。

 まあ、そっち方面の知識は俺たちの中では一番だし、ある意味トツカの武器ともなり得る。

 取り敢えず、何でもいいがトベがうるさい。と思ったらイッシキにキモいの一言を言われて撃沈していた。いろはすこっわっ!

 

「おや、お早いお着きのようで。来てくれたみたいですね」

「ザクロさん……」

 

 病院を見上げていると後ろからアマルルガに乗ったザクロさんと他二人がやってきた。

 ザクロさんといるということはジムリーダーかなんかってことか?

 

「ゴジカ姐さん、この人たちは?」

「さあ、ザクロの知り合いみたいだけど」

「ああ、この人たちはコンコンブルさんが呼んだ人たちですよ。僕はそこの猫背の彼には完敗しました」

「へえ、ザクロを倒すとは相当のトレーナーなようね」

「……で、あのじーさんはどこにいるんすか?」

「中にいると思いますよ」

「えっと………」

「あ、この人たちみんなジムリーダーさんたちだ!」

 

 メグリ先輩がお三方の顔を見て気がついたようだ。

 

「他のお二方は………振袖の人がクノエシティのジムリーダー、マーシュさんで、お姉さんの方がヒャッコクシティのジムリーダー、ゴジカさんみたいですね」

 

 それに合わせてホロキャスターを開き、調べ上げたイッシキが説明していく。

 

「見ない顔もありますので、改めて自己紹介を。僕はショウヨウシティジムリーダー、ザクロです」

「ヒャッコクシティのジムリーダー、ゴジカよ」

「うちはこのクノエシティのジムリーダーでマーシュ言いますんえ。よろしゅう」

 

 アマルルガから降りると各々で自己紹介をしてきた。まあ、確かに線とかメグリ先輩とかはザクロさんのことも初対面だもんな。

 

「あ、あたし、ユイガハマユイっていいます!」

「イッシキイロハでーす、きゃはっ☆」

「ヒキガヤコマチです。ザクロさんには愚兄共々お世話になりました」

 

 うわー、何このコミュ力。超自然的過ぎない?

 怖いわー、なんか怖いわー。

 ユキノシタも若干引いてるぞ。

 

「べー、マジべーわ。チャッス! 俺、トベカケルっす! オナシャス!」

「エビナヒナでーす」

「フン、ミウラユミコ」

 

 あ、こいつらもか。

 トベはあれで敬語使ってるつもりなんだろうなー。大丈夫か?

 

「えっと、ポケモン協会ジョウト・カントー本部特殊犯罪対策課次官、シロメグリメグリです」

 

 え?

 そんな肩書きがあったの?

 初耳なんだけど。

 

「……同じくポケモントレーナー育成推進課のユキノシタユキノです」

 

 え?

 お前もそんな肩書きあったの?

 マジで?

 俺何もないんだけど。

 

「ああ、その形で行くのなら同じくトレーナーズスクール教員派遣課カントークチバシティトレーナーズスクール元教員、ヒラツカシズカです」

 

 長い。長いよ。

 初めて聞いたよ。

 え? なに? それじゃジムリーダーとかもジムリーダー課とかそんなもんがあったりするの?

 あれ?

 俺結構協会所属長いけど、カテゴリ分けされてるなんて初めて聞いたぞ?

 

「………ねえ、俺ってそれでいくと何なの? 肩書きとか何もないんだけど」

「あら、あなたは忠犬ハチ公って名乗っておけばいいのではないかしら?」

「え、やだよ。別に俺がつけたやつじゃないし」

「忠犬ハチ公………」

 

 笑うなよ。

 久しぶりにツボッたか。

 こいつ本当好きだよな、その名前。

 

「忠犬ハチ公。僕も調べさせていただきましたよ。確かに畏怖の対象としてつけられた通り名のようですね」

 

 あ、そういえば前にこの人に調べてみたらとか言ったような気もするぞ。うわー、マジかー。なんかやだなー。

 

「なんか後ろの二人が一歩引いてるんですけど」

 

 マーシュとゴジカと言ったか?

 ジムリーダーに引かれるってなんなの?

 

「彼はヒキガヤハチマン。ポケモン協会の裏仕事をしているようですよ」

「「そ、そんな人呼んで大丈夫?」」

「ええ、大丈夫ですよ。悪いようにはなりませんから」

「何それ、なんかバカにされてる気がする」

「ははは、立ち話もなんですから中に入りましょうか。コンコンブルさんもお待ちですよ」

 

 こいつ………。

 フレア団倒したら覚えてろよ。

 

「はあ………、取り敢えずジムリーダーが集まってるってことは他にも……フクジさんとか来てるのか?」

「ええ、みなさん着いてますよ」

 

 来てるのか。だったら、ハルノさんが抜けた穴でも埋めてもらおうかね。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「いよぉ、ハチマン。よく来てくれた」

「おい、くそじじい。マスタータワーが倒れたって聞いた時は心臓飛び出るかと思ったぞ」

 

 中に入るとロビーにはすでにじじいと他のジムリーダーと思われる奴らが出揃っていた。

 

「悪い悪い。こっちもいろいろ追われてた身でな。下手に誰かと連絡とるのも憚られたんよ」

「ったく……、それで、あいつは?」

「あー、それがそのなんというか………」

 

 目を合わさないし、この歯切れの悪さ。生きてはいるようだが怪我したようだな。

 

「はあ………、そうなる前に一声くらいかけろよ」

「すまん」

「容体は?」

「怪我は軽いんじゃが、どうも精神へのショックがデカかったのか、意識がまだ戻らん」

「意識不明、ね。取り敢えず一顔見せてくれ」

「ちょっと此奴ら借りてくぞ」

「うむ」

 

 なんか白のタンクトップを着た寒そうな、だが体つきを見ればこれは普通なのかもしれないとも思う巨漢の男に声をかけるコンコンブル博士の後ろをついていく。

 

「………今のは?」

「エイセツシティのジムリーダーよ。ジムリーダーの中じゃ最強の男だ」

「へー」

 

 あの人がいわばジムリーダーのリーダー格か。

 

「……マスタータワーを博士たちが壊したって聞いたけど、何があったんだよ」

「フレア団だよ。お前さんたちも気づいてるだろうが、カロスは今フレア団の脅威にさらされておる。わしらもあるポケモンの存在を隠すために態とマスタータワーを壊すしかなかったんよ」

「あるポケモン?」

「その話はフレア団を倒してからだな。まずは奴らを倒さないことには安息できん」

 

 言えよ。気になるだろうが。

 それとも今は俺にも言えないポケモンってことなのか?

 

「それで?」

「一昨日の夜じゃ。8番道路でフレア団と対峙した。その時にコルニはやられた」

「奴らの目的は?」

「大樹の運搬じゃよ」

「大樹?」

「ゼルネアスと言った方が理解が早いか?」

「ッッ!?」

 

 そういうことかよ。

 これで話が繋がった。

 俺たちに奇襲をかけたのはあそこで戦力を奪っておき、夜の計画の邪魔にならないようにしたってわけだ。しかも会議を狙ったところを見るに内通者がいたのかもしれない。

 ーーーああ、そうだ。これだ。俺が忘れてたのはこれのことだ。確かあの日の会議の時にメグリ先輩が8番道路の噂がどうのこうの言っていた。詳しいことを聞く前にフレア団に襲撃されたから今の今まですっかり忘れてたぜ。

 

「くそっ、先を越されたってわけか」

「そういうことだ。奴らは今頃、最終兵器の起動準備に入っていることだろう」

「やっぱり今夜やるしかないか」

 

 これはいよいよもってハルノさんの未来予知が事実になりそうだな。

 

「ここじゃ」

 

 コルニの病室に着くと中に入れてくれた。

 部屋の中には白いベットの上に一人の少女が眠っていた。

 呼吸器をつけて横になってる姿はあの快活な少女の姿からは想像もできないものである。

 

「意識が戻らないって言ってたか?」

「うむ、こればかりは医者でも治せないと言っておった」

「まるであのポケモン達みたいだな」

 

 生体エネルギーを吸われたポケモン達を思い出すな。

 あれも意識不明な状態であったし、起きるのも本人の意思次第だって話だし。

 …………本人の意思ね。

 

「ポケモン相手にはまず会話ができないから使わなかったが、人なら別か」

 

 一つだけ。

 コルニ自身と会話ができそうな案を閃いた。

 

「ユキノシタ、三日月の羽って予備で持ってたりするか?」

「………はい」

「えっ、なんでこんな大量にあるわけ? というかなんか身につけられるようになってね?」

 

 すっと出してきた三日月の羽はなんか首飾りっぽくあしらわれていた。

 えっ? どゆこと?

 

「あなたの記憶がなくなるっていうからよ。どうせ何言ったってしょうがないし、こちらで少しでも軽減できそうな案を考えただけよ」

「えっと……、黒いのの力を抑制できるからって理由か?」

「そうよ。効き目がどの程度かは分からないけれど、お守り程度にでもなればと思っただけよ」

 

 顔を赤く染めてずいっと差し出してくる。もちろんそっぽを向いている。

 

「さいですか………、うん、まあ、ありがとよ。けど早速ちょっと使わせてもらうぞ」

 

 やるっていうんだから頂きますけど。ちょうど使いたいし。

 

「好きにしたら。何をするつもりか知らないけれど」

 

 何このツンデレのん。

 かわええのう。

 

「あー、まあ、ちょっくらコルニと話してくるだけだ」

「あなたたちはそんなことまでできたのね」

「いや、やったことはないんだわ、これが。今思いついただけだ。できるかどうかもやってみないと分からん」

「………先輩、そろそろ人間やめます?」

 

 おいこらイッシキ。

 洒落にならんことを言うな。

 

「待て。俺は人間だ。俺には人間離れした能力は皆無だ。だから俺はただの人間だから」

「なんでそんな二回も言うんですか」

「大事なことだからな。俺は人間だ」

「なんか言い聞かせてるみたいで余計怖いよ」

「おおう………」

 

 そんなつもりはなかったんだがな。

 言い聞かせるとかただの自己暗示じゃねぇか。俺は至って普通の人間だ!

 

「というわけで部屋から出るか端にいるかしててくれ。でないと巻き込まれて帰ってこれないかもしれんぞ」

「なんて危ない橋に立ってるのかしら。決壊したらあなたも帰ってこれないってことなのね」

「俺は大丈夫だ。黒いのが何が何でも守るだろうから」

「どこから来るのかしら、その自信は。あなたのポケモンでもないというのに」

「お前さんも無茶なこと考えるのう」

 

 黒いのが何か分かってるのかね、このじーさんは。

 

「無茶くらいしないと生きていけない世の中になってしまったのが悪いんですよ」

「こわやこわや」

 

 そう言って博士も俺とコルニから距離をとって部屋の端に移動した。

 それを見て俺も眠っているコルニのデコに三日月の羽を置いた。

 

「さーて、始めますか。ダークライ、開門!」

 

 開門なんて言ったが、ただのダークホールですよ。

 ただ俺のこの記憶が正しければ、奴とはこの中で会話をすることができた。夢を食うし、夢を見せるしで、案外この真っ暗な空間の中ならコルニとも対話ができるかもしれないのだ。

 黒い穴は俺たちを包むように降りていき、目の前が真っ暗になった。

 何も見えん。

 

「うおっ」

 

 自分がどこに立ってるのかも分からなくなってきたところでポウッと鬼火が現れた。これはダークライの奴だな。

 鬼火に導かれるようについていくと、一縷の光が見えてきた。あそこにコルニがいると言うのだろうか。

 というか遠くない?

 入ってすぐにあそこに置いとけよ。なんで歩かせるんだよ。足元見えないから怖いんだけど。転けないよね? 段差とかないよね?

 光は段々と強くなっていき、ようやく扉が見えてきた。なんで扉があるのかは知らんが、これが夢の世界への入り口なのだろう。何とも人間界に沿っていること。

 

「開くのか?」

 

 ドアノブに手をかけようとしたら勝手に開いた。自動ドアなの?

 

「………マジか」

 

 扉を潜ると今度は草原の世界に変わった。

 これがコルニの夢の世界ということか。

 

「誰………?」

 

 ポツンと草原の中に一人の少女が立っている。

 振り向いたその顔は俺を見るや、目を見開いた。

 

「ハチ……マン………」

「よお」

「な、んで………」

「なんでここにいるのか、だろ?」

 

 コクコクと首を縦に振ってくる。

 

「先に言っておくがここはお前の夢の中だ。詳細は知らんがフレア団にやられたお前は今ベットで寝てる」

「………ッ」

 

 あー、フレア団って禁句だったり?

 

「そうだ、あたし、フレア団のコレアに、負けて………」

「………何があったんだ……? 話したくないなら話さなくていいけど」

 

 ぶるぶると震え始めたコルニは段々と膝に手が伸びていく。

 地面に座り込んだかと思うと小さく声を漏らし始めた。

 これは相当な何かがあったんだろうな………。

 

「あ、あたし……あたし、ジムリーダー、なのに…………」

 

 見てられないので彼女に近づいてみた。

 すでに俺のことはいないことになってるのか、全く気にも留めていない様子。

 

「落ち着け」

「ふぇ?」

 

 お前はイッシキか。

 頭を撫でただけであざといぞ。

 

「取りあえず落ち着け。俺が悪かった。今はもう何も考えるな」

「う、うぐっ、うぅ、ハチ、マン…………?」

 

 あ、なんか改めて俺を認識したらしい。

 不安定すぎるだろ。

 

「悪かったよ。お前のピンチを助けられなくて」

「ハチ……マン………、うわぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああんっっ!?!」

 

 まるで雄叫びをあげるかのように俺の胸に飛び込んできたかと思うと盛大に泣き出した。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 しばらくして。

 ようやく泣き止んだコルニがポツリと口を開いた。

 

「あたし、もう誰も信じられない………」

「そうか」

「あたしはカロスが好き。カロスはみんなのもの。そう思ってたのに………。アサメが半壊して住民が消えても、マスタータワーが倒壊しても、誰も気に留めてなかった。あたしたちはこんな大変な思いをしてるのに、どうしてあたしたちだけがこんな目に遭わなきゃいけないのかって、そんなことを一瞬でも考えてしまったあたしは自分も信じられなくなっちゃった」

 

 不意に顔を上げてきたコルニは目に涙を浮かべてこう聞いてきた。

 

「あたし、どうしたらいいの? もう誰も、自分も信じられない。こんな、こんなのもう戻れないよ」

 

 誰も信じられない、か。

 

「………これは俺の友達の友達の話なんだが、そいつは昔からなんだかんだ事件に巻き込まれて居たんだ。スクールにいた時にはすでにな。そいつは元々人と接するのが苦手だった。それ故に腫れ物扱いされたこともあった。次第に孤高を誇るようになって、自分もポケモンを持つようになってからも、ずっと一人だった。だがある時ポケモンの暴走に巻き込まれた。スクール生の中ではトップクラスのトレーナーのポケモンのだ。そいつは死ぬのが嫌で暴走を止めた。止めたが当然お礼を言われることはなかった。まあ、ずいぶん後になってから言われたけど。でもその時は結局人間なんてこんなもんだと思ったんだ。助けられても自分のことしか頭にない。誰が助けたかなんてどうでもいいんだよ」

「何が言いたいの?」

 

 うっ、そんな目で俺を見るなよ。

 

「まあ、最後まで聞け。それでそいつはスクールを卒業してから旅に出たんだ。そこで出会った奴が実は悪の組織のボスだったり、誘拐されれば下僕のように働かされたり、碌な人間に出会わなかったんだ。そりゃもう誰も信じられなくなったな。加えて一度記憶も失ったこともあるんだ。自分が何者かも何なのかも分からなくなった。だが今こうして俺はここにいる」

「ハチマンの話だったんだ…………」

 

 え? あ…………。

 

「あ…………、ま、まあ、そういうわけだ。自分でさえも信じられなくなった俺でもこうして生きてるんだ。お前がただの一度でそんなになってたら俺が可哀想じゃねぇか?」

 

 ヤバイ、何これすげぇ恥ずい。

 俺の方が戻れそうになくなってきたぞ。

 

「………なんで、なんでそうしていられるの?」

「俺にはリザードンがいたからな。あいつはどんなになっても俺から離れることはなかった。だから俺はリザードンを信じてみることにしたんだ」

「そ、そんなの………」

「お前にもいるだろ。どんなになっても自分を裏切らない、例え自分自身を信じられなくなっても側にいてくれるようなポケモンが」

「ッッ!?」

「だからな。今はゆっくり休んでいればいいさ。こうしてコルニの様子が分かっただけでも、充分だ。最初は叩き起こしてやろうかなって考えてたけど、気が変わった。後は俺たちに任せろ」

 

 これ以上、こいつを巻き込むわけにはいくまい。

 さっさとフレア団を壊滅させなければ。

 

「ハチマン、に………?」

「俺はこれでも強いからな」

「なにそれ」

「お、おい……コルニ?」

 

 なんか急に抱きついてきた。

 こうしてみるとコルニも女の子なんだなーと実感してくる。というか柔かい。

 

「………分かった。怖いけど、こんな馬鹿なことを言うハチマンならもう一度信じてみようと思う」

 

 馬鹿なこと言ってなければ信じなかったのかね。どっちでもいいけどよ。

 

「………ゆっくりでいいからな。焦るなよ」

「うん………」

「と、時間か」

 

 ポウッと鬼火がやってきた。

 どうやらお迎えの時間らしい。

 

「えっ?」

「最初に言っただろ? ここはコルニの夢の中だ。いつまでもここにいたんじゃ、コルニとの約束が果たせそうにないんでな」

 

 一気に負のオーラを巻き始めるので、急いで訂正する。

 やっぱ、まだここにいた方がいいみたいだな。

 

「…………」

「そんな顔するなって。フレア団を倒してちゃんと戻ってくるよ」

「ほんとに?」

「ああ、俺は死なないからな」

「なにそれ。バッカみたい」

「今度は現実でな」

「うん、ありがと」

 

 悲しそうで、ちょっと嬉しそうなコルニに見送られて、俺は鬼火に導かれるように来た道を戻った。

 




お気付きの方もいるかもしれませんが、そろそろ最終兵器の起動時間が迫ってきています。

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