ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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69話

 取り敢えず、休憩がてら昼食を取り、午後の部。

 俺とメグリ先輩のバトルがとうとうやってきてしまった。

 

「えっと………、バトルする前に一つ確認しておきますけど」

「なあに?」

「俺の強さってどれくらいの設定がいいですかね………」

 

 ほら、ガチの本気でやろうものなら、あの可哀想なハルノさんのパルシェンのようなことになりそうじゃん?

 

「せ、設定って………」

「や、最初から全開でいった方がいいものか、ですね……?」

「最初から全力全開でいいと思うけどなー」

「ちょ、メグリ!? それはあまりにも無謀すぎだって! ヒキガヤくんのことを煽ったりしてるけど、私も負けてる身だからね?!」

 

 結構、あのバトルはハルノさんも堪えてたみたいだ。マジか………。

 

「そうね、ヒキガヤくんが鬼畜になると開始早々戦闘不能にされてしまうもの」

「…………ねえ、今日のユキノちゃんなんか言葉に棘あるよね」

「そうかしら? 誰かさんがベタベタするもんだから、その反動かもしれないわね」

「ベタベタ………」

「な、何かしら………」

 

 ベタベタという単語に反応を示すユイガハマ。

 多分お前のことじゃないぞ。後ろにいる魔王様のことだと思うぞ。

 

「あ、あたしのことかなって…………。ゆ、ゆきのんが嫌なら、あたし、抱きつくの我慢した方がいいよね………?」

 

 あー、やっぱり誤解してるし。

 

「べ、別にあなたのことだなんて言ってないじゃない」

「~~~、ゆきの~んっ!!」

「あ、暑苦しい………」

「あーあ、あの頃のユキノちゃんは可愛かったなー」

 

 ダメだ………、百合空間とその後ろに嫉妬の念が蠢いている。

 後輩たちがニヤニヤして見てますよ。後から気付いてももう遅いからね。俺は知らないぞ、ユキノシタ。いや、デレノシタ。

 

「でー、どうしましょうか………」

「は、はるさんたちの話聞いてたら不安になってきちゃった………。と、取り敢えず私の実力を見てもらうんだし、開始直後に戦闘不能はなしの方向で………」

「了解です」

 

 デスヨネー。

 根本的なところが何もできないしね。

 ガチの本気を出すのは魔王様相手にとっておこう。

 

「ヒキガヤ、お前らもルールは同じでいいんだな」

「ええ、まあ」

「そうか。では二人とも存分に。バトル始め!」

「んじゃま、取り敢えず、ゲッコウガよろしく」

「コウガ」

 

 初手で戦闘不能にするなっていうなら、やっぱゲッコウガ使うしかないよね。

 リザードンだと出てくるポケモンによっちゃ、一発退場させちゃうし。

 横にいたゲッコウガがフィールドに出て行く。

 

「ゲッコウガ………、エンペルト、お願い!」

 

 メグリ先輩の最初のポケモンはエンペルトか。

 みず・はがねタイプを併せ持つ、シンオウ地方の初心者向けのポケモンであるポッチャマの最終進化系。翼とも取れる両腕からの攻撃は危険らしい。実際にバトルするのは初めてだから勝手が分からんが、同じみずタイプってことだし戦いづらい相手ではあるか。

 というかリザードンだったら、マジで初手で倒してたかもしれん。

 

「エンペルト、つめとぎ!」

 

 両腕を擦り合わせて、刃の切れ味を高めていく。これにより技の精度性と威力が向上してしまった。

 

「くさむすび」

 

 動き出される前に草で縛り付けておこう。

 これで動かなくなればいいが、だけど。

 

「はがねのつばさ!」

 

 やはりな。

 あの程度の足止めは役に立たない。

 鋼の翼を広げて一回転し、絡みついた草を斬り裂いていく。

 

「アクアジェット!」

 

 地面を蹴り上げると水のベールに包まれ、ゲッコウガへと一直線に迫ってきた。

 

「かげぶんしん」

 

 まあ、これくらいならどうということはない。

 影を増やしてしまえば、こいつの本体を見つけるのは困難だ。しかも影は攻撃にも使える。

 

「グロウパンチ」

 

 ゲッコウガ唯一の(他にも何か覚えてるかもしれないが)かくとうタイプの技。

 みず・はがねの組み合わせだと弱点となるタイプがかくとうとじめんとでんきになり、ゲッコウガで弱点をつける技がこれしかない。

 まあ尤も、かげぶんしんからのグロウパンチはある意味いいコンボ技だとは思うが。

 

「てっぺき!」

 

 地面に着地したエンペルトがゲッコウガの全方向からのパンチを鉄の壁で薙ぎ倒していく。影は次々と消されていくが、所々でパンチが入っているようだ。

 

「ドリルくちばし!」

 

 本体を捉えられたか。

 あの中でも耐えきる精神力は大したもんだ。

 

「がんせきふうじで突き落とせ」

 

 影を消すのもさておき、身体を高速回転させ頭にある三本の角を光らせ、本物のゲッコウガに突っ込んできた。

 距離を取りながらゲッコウガは岩を打ち付けていき、エンペルトの勢いを殺していく。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 技を切り替え、岩をも呑みこむ勢いで、水砲撃を撃ち出してくる。

 ふむ………、この技の選び方…………、まあ誰にも言ってないんだし当然と言えば当然か。

 やっぱりゲッコウガの特性を『へんげんじざい』だって認識してるんだな。

 かくとうタイプの後にひこうタイプ、いわタイプの後にはみずタイプときてるのが何よりの証拠だ。

 

「こっちもハイドロポンプ」

 

 ならば少し、それに乗ってみよう。

 まずはこっちも水砲撃を撃ち込み、技を相殺させた。

 

「一発も技が当たらないなんて、やっぱりヒキガヤくんは強いね」

「俺が強いんじゃなくてゲッコウガが強いんですよ。俺は別に何もしていない」

 

 これくらいの身のこなしは元々ゲッコウガが身につけていたもの。俺がこいつに何か作用させたってなら、それはあの特性くらいだ。

 

「エンペルト、つめとぎ!」

 

 刃こぼれを直すかのようにまたしても両腕を擦り合わせて刃を研いでいく。

 

「つじぎり」

 

 ならば、その間に攻撃させてもらおう。

 一瞬でエンペルトの背後に回ったゲッコウガは黒い手刀で斬りつけた。

 吹き飛ばされながら、地面に腕の刃を刺し、それを軸にして向きを変えながら着地した。

 

「れんぞくぎり!」

 

 着地の勢いを全面的に使い、地面を蹴り上げると一気にゲッコウガに向けて駆けてくる。

 

「かげぶんしん」

 

 今度はむしタイプか。

 色々と覚えさせてるんだな。

 

「えんまく」

 

 ここは少し、視界を奪い影で全方向から狙えるようになったゲッコウガの恐怖を見せてみるか。

 

「エンペルト、きりばらい!」

 

 なんて考えてたが、一技で計画が台無しになった。

 きりばらいとかマジかー。そういうのもちゃっかり覚えさせてるのか。

 さすが魔王といるだけのことはある。

 

「みずしゅりけん!」

 

 多人数からの多攻撃。

 全部躱すのは無理だろう。

 

「エンペルト、くさむすびで壁を作って!」

 

 自分を取り囲むように地面から草を巻き上げ、壁と成した。

 水手裏剣は全て草の栄養分となり吸収されていく。

 それならまだいいのだが、さらに影も含めたゲッコウガ全員にまで草を伸ばしてくる始末。

 

「攻防一体型の使い方かよ。ゲッコウガ、めざめるパワー」

 

 まあ、草なので内なる力で燃やしてしまえば何てことはない。ゲッコウガが使うめざめるパワーは炎を操るものだからな。

 

「初めて当たった………。エンペルト、はがねのつばさ!」

 

 初手と同じように今度は自分で育てた草をはがねのつばさで斬り裂いた。というのを中から出てきたエンペルトの回転切りによって理解できた。

 

「アクアジェット!」

 

 ふむ……、ここで同じ技で躱しても同じように動いてくるはず。

 だったら、技を変えてみるか。

 

「まもる」

 

 完全防備。

 

「ドリルくちばし!」

 

 えー、マジでー。

 水のベールに包まれながらもさらに回転を加えて、角を光らせてくるとか。

 

「強行突破のつもりですかね………。ゲッコウガ、あなをほる」

 

 ドーム型の壁の中で穴を掘り、壁を捨てさせる。

 するとエンペルトが突然壊れた壁に強力な力を加えていたことで、慣性の力に呑まれ頭から地面に転がっていった。

 

「穴に向けてハイドロポンプ!」

 

 すぐに起き上がったエンペルトに穴から水砲撃を撃ち込ませてきた。

 穴の中なら逃げ場がないと考えたのか。

 

「みずのはどうで掌握しろ」

 

 穴の中だし聞こえているかは分からないが、多分考えてることは同じだろう。

 バンッと穴から出てきたゲッコウガは水砲撃の水を全て掌握し、自分の物にしていた。

 というか何だよ、あの形。まるでギャラドスじゃねぇか。いいよ、そんなところまで凝らなくて。余裕出しすぎだろ。

 

「くさむすび!」

 

 再度地面から草を伸ばして水でできたギャラドスに乗るゲッコウガ目掛けて襲いかかる。だが、それもギャラドスにより噛みちぎられてしまった。

 うわー、あの水のギャラドス、そんな使い方もできるのかよ。あいつ、もうポケモンじゃねぇ………。

 

「いいね、ゲッコウガ。俺はそういうの好きだぞ。ハイドロカノン!」

 

 ギャラドスが大きく口を開き、ゲッコウガがギャラドスの中に潜ると、勢いよく究極技が撃ち出された。

 水でできたギャラドスの尻尾の方から水を使っているのか、段々の頭部に向けて水が減っていく。

 

「え、エンペルト、アクアジェットで躱して!」

 

 エンペルトも自分を水のベールで覆い、地面を蹴り上げ、右に折れていく。

 だが、その程度ではゲッコウガが許すはずもなく、追撃するように向きを変えていった。

 

「エンペルト!?」

 

 そして、エンペルトの逃避も虚しく、ゲッコウガに撃ち落とされ、地面に叩きつけられた。

 

「なんという………、エンペルト戦闘不能!」

 

 あらら……、ヒラツカ先生まで言葉を失ってたか。

 まあ、あんな芸も挟んだ技を見せられたらな。俺は掌握しろとは言ったけど、ギャラドス作れとは言ってないし。

 だから睨まれる筋合いはないんですが、そこの外野たち。

 

「エンペルト、お疲れ様。ゆっくり休んでね………」

「おい、こらゲッコウガ。その頭だけ残ったギャラドス何とかしろよ。不気味なんだけど」

 

 首? から上だけ残し、ギャラドスがコイキングのように跳ねている。そして、その上に座るゲッコウガ。はっきり言って気持ち悪い………。

 

「コウガ」

「あ、こっち向けんな!」

 

 こいつ………、どうしてくれようか。

 

「くくくくっ、あっはっはっはっ! ひぃーっ、なんなのあのゲッコウガ! 面白すぎ!」

 

 魔王様はお気に召したらしい。

 ゲッコウガもハルノさんにも顔が見えるようにギャラドスを動かした。

 

「はあ………、なんかすんません。こんな奴で」

「い、いや、そんなことないよ………。あそこまで水を掌握できるなんて………」

「だってよ。………お前、どうせその水、アレに使うつもりなんだろ」

「………」

「あーもう、だからこっちに向けんなって!」

 

 気持ち悪いからやめてください。いやマジで。噴きそうになるから。

 

「ったく………、それじゃシロメグリ先輩、次のポケモンを」

「あ、う、うん、そうだね。サーナイト!」

 

 次はサーナイトか。

 エスパータイプであるが、同時にあくタイプの弱点となるフェアリータイプでもある。さっさと倒すに越したことはない。

 

「えっ、うそ………、特性をトレースできない………」

「んじゃま、ゲッコウガ。早速いこうか」

「コウガ」

 

 俺がそう言うとゲッコウガがギャラドスの頭を水のベールに変え、自分を覆い隠した。

 

「メガシンカ」

 

 正確にはメガシンカじゃないけどね。ただ特性でその性能を取り入れたってだけだし。カツラさんがつけた名前は『きずなへんげ』だけど、これメガシンカって言った方が凄みが出るし、やってること変わらんし、いいよね?

 

「メガシンカ?!」

「ちょ、先輩、どういうことですか!?」

「お兄ちゃん?! コマチ聞いてないよ」

「私、ゲッコウガにメガシンカがあるなんて、聞いたことない………けど…………そんな、まさか…………」

「ヒキオ、マジで何者なの………」

「うーわー、ヒキタニくん、マジリスペクトっしょ。こんな力をまだ隠してるとか、ヒキタニくん、マジ怖いわー」

 

 そりゃ、誰にも言ってないし、知るはずもない。

 ただ、もう一つ隠し玉ができたんだ。少しは恐怖というものも味わわせておかないと。

 

「ゲッコウガ、かげうち」

 

 ゲッコウガは八枚刃の手裏剣を背負い、身体の模様もそれに合わせて八枚刃の手裏剣が描かれた少し目の濁った感じの姿に変えると陰に潜りこみ、一瞬でサーナイトの背後を取った。

 

「て、テレポート!」

 

 一発叩きつけたが、テレポートですぐに逃げられてしまう。

 先生と同じパターンか。

 ならば。

 

「テレポート先に行くまでだ。ゲッコウガ、つじぎり!」

「っ!? サーナイト、マジカルリーフ!」

 

 移動した先でもすぐに目の前に迫ってきたゲッコウガに無数の葉で攻撃してきた。だが、今のゲッコウガなら全てを切り落とせるだろう。

 

「なっ………!?」

 

 別にそんなに驚くことでもないですって。

 

「ゲッコウガ、みずしゅりけん!」

 

 背中に背負う水の手裏剣を手に取り、サーナイト目掛けて投げつける。

 しかし、それは命令なくテレポートされて躱された。こうなると常備テレポートで移動してくると見た方がいいか。

 

「ムーンフォース!」

「後ろか。ゲッコウガ、かげうち!」

 

 頭にゲッコウガが感じた感覚が流れた。

 視界は奪われなくなったが、感覚が共有されてるってことか。これが完成形ということでいいのだな。

 

「みずしゅりけん!」

 

 影に潜ってサーナイトの後ろを取ると、背中の水手裏剣で思いっきりぶん殴った。

 地面に叩きつけられたサーナイトは気を失ったか。

 

「……………」

「先生、コールまだっすか?」

「あ、ああ、サーナイト戦闘不能!」

 

 みんなして呆気にとられてるのか……。ちょっとやりすぎたか?

 

「ヒキガヤくん………、今の、なに………?」

 

 メグリ先輩が有り得ないものを見るかのように俺たちを見てくる。

 

「やっぱ説明しなきゃダメですかね」

「当たり前だよ! こんなの私聞いてないよ!」

 

 プンスカ怒るメグリ先輩も実に可愛い。

 

「そりゃあ、誰にも言ってませんからね」

「それで、何なのだ……。メガシンカと言っていたが」

 

 先生もそんな睨まないでください。怖いです。男に逃げられちゃいますよ?

 

「言葉通りですよ。ただ一つ、あの二つの石は必要としないって違いはありますけどね」

「はっ? い、言っている意味が分からんぞ」

 

 先生はやはりこういう理論的なことは苦手なのかもしれないな。前もそうだったし。そういや感覚でどうとでもなる、とか言いそうな人だったわ………。

 

「ヒキガヤくん、君のゲッコウガの特性はへんげんじざいっていう使う技のタイプになる特性だって、お姉さんは聞いてたんだけどなー」

 

 魔王様が怖い。笑顔なのに目が笑ってない。

 

「ええ、合ってますよ。過去の話ですけど。ある研究者曰く、他のポケモンたちのメガシンカに興味を示し、自分にも取り込んだ結果だって言ってましたよ」

「ちょっと待って! それだとあなたのゲッコウガは特性を変えたっていうの?!」

 

 逆にこっちは理解が早すぎるんだよな………。

 なんだろう、この姉妹は。

 

「ああ、そういうことだ。今の形にしたのは俺だが、根本的な能力を練り上げたのはゲッコウガ自身。俺はあくまで力をモノにするための手助けをしたやっただけだ。そもそもメガシンカはポケモンの潜在能力を最大限に引き出した姿の一つだ。他のところでは姿を変えるのではなくて、一撃の技に全てを懸けるってやり方もあるらしいぞ。俺たちが知らないだけでポケモンの力を引き出すやり方は色々あるんじゃねぇか?」

「そ、そんな…………」

 

 色々と納得いかないことがあるのだろう。頭では理解しててもそんなことができるのかと言いたげな目をしている。

 

「自分たちの知ってることが全てじゃない。まだ解明されてないのがポケモンという生き物だ」

「えーと………よく分かんないけど、ゲッコウガは強くなったってことなんだよね?」

 

 と、緊張感が走る空気の中にふわっとした声が飛んでくる。

 さすがアホの子。気持ちいいくらいに全部持って行かれたよ。

 

「お前のそういうところ、割と好きだぞ」

「ほ、褒められてるの…………?」

「ば、バカにはされてないんじゃないですかね………」

 

 イッシキにフォローされ、何とか納得したか。

 

「へー、それで、その特性に名前ってあるの?」

「さあ、俺にもこの力はよく分かってませんからね。メガシンカ擬きのシステムに俺というトレーナーまで巻き込んで完成させた特性ってことと、元々の特性の名前から『きずなへんげ』って呼んでますよ。俺とその研究者だけでですけど」

「きずなへんげ………」

「ねえ、お兄ちゃん………。一個聞きたいんだけど、何で手裏剣が八枚刃なの?」

「………………知らん。俺に聞くな」

 

 マジで聞かないで。恥ずい………。

 

「あ、ほんとだ………。模様も八枚刃だし…………」

「あと、どことなく目がヒッキーみたい………」

 

 お前らな………。

 

「なるほどなるほど。そっかー、だからヒキガヤくん、私とのバトルにアレを要求してきたんだ。そっかそっかー」

「ユキノシタさん………? 別にそういうことではないですよ? まあ、お相手できる自信はありますけど」

 

 なんだ、俺がバトルを受け入れたのがそんなにおかしかったのかよ。まあ、これで合点がいったようだし、結果オーライか?

 

「あ、あの……それなら何でメガシンカなんて言ったの………?」

「えっ? だって合図を出すのにきずなへんげって言いにくくないですか? 原理も似てるしメガシンカでいいでしょ」

 

 あそこで「きずなへんげ!」なんて言えるわけないでしょ。まだメガシンカって言った方がかっこいいじゃん。

 

「いい、のかなー。なんかハッタリかまされた気分だよ」

「まあ、こういうのも戦術の一つですよ。相手に何をしようとしているのか悟られないためにもカモフラージュは基本。戦況を変えるために隠し玉を用意しておくのも戦術の一つだし。裏社会はそれだけ危険なところなんですよ。何なら自分の実力でさえ隠すのも一つの手です」

 

 なんで俺はこんなことを叩き込まれてるんだろうな………。どこの誰だよ、こんなこと教えてきた奴。なあサカキ。

 

「さて、どうします? まだまだ本気出してませんけど、もっとギアあげます?」

「………それも戦術の一つなのかな?」

「心を揺さぶるって点では戦術ですね」

「そっか………、はるさんのポケモンたちなら何とかできるかな。ドンファン、お願い!」

 

 三体目はハルノさんのドンファンか。確かじわれを覚えてるとか言ってたな。メグリ先輩に使えるのか? 指示されたら使いなさいって言われてるのかね。

 

「ヒキガヤくんからしてみれば私はまだまだかもしれないけど。全力でいくよ! ドンファン、かみなりのキバ!」

 

 ドシドシ駆け出したドンファンがこちらに迫ってくる。

 

「みずしゅりけん」

 

 背中の手裏剣を投げると一閃の軌跡が出来上がった。

 ほー、投げるスピードを上げるとあんな現象も出てくるのか。

 

「う、受け止めて!」

 

 かみなりのキバで受けるつもりか。

 そんな簡単にいくかね。

 

「あー、やっぱりか」

 

 ズドン! とものすごい音とともにドンファンに突き刺さった。やっぱりキバで挟むタイミングも合わせられないか。

 

「まるくなるからのころがる!」

 

 スライディングしながら後退し耐えたドンファンは身体を丸め、転がり始める。

 

「かげぶんしん」

 

 転がってるなら標的を惑わせてみるか。

 影を増やして転がるドンファンをあっちへこっちへ転がせてみた。

 

「ジャンプ!」

 

 と、メグリ先輩の合図でゲッコウガの囲いからジャンプして上空に逃げ出した。

 

「タネばくだん!」

 

 無数の種を振りまき始め、ゲッコウガの影を消しにかかる。

 

「みずしゅりけん」

 

 だが、多方向からの手裏剣に相殺されていった。

 そして、一体だけドンファンの真上に現れると手裏剣で叩き落としやがった。

 あれ、本体だな。

 

「こおりのつぶて!」

 

 地面に寝転がった状態で氷の礫を撃ち出してくる。

 

「つじぎり」

 

 あらゆる方向からタイミングをずらして氷の塊が飛んでくるが、それを悉く斬り落とし、地面に着地する。

 

「じわれ!」

 

 その間に起き上がったドンファンが地割れを起こしてきた。

 ふーん、一応言うことは聞くようになってるのね。

 

「みずしゅりけんを地割れに転がせ!」

 

 地割れに取り込もうとする前に八枚刃手裏剣を地面に突き刺し、地割れを伝ってドンファンにまで転がっていった。

 転がるなんて言ってるが高速回転していたからな。切れ味はあるだろ。スターミーみたいだなんてこれぽっちも思ってないぞ?

 

「ドンファン!?」

 

 吹き飛ばされてまたしても背中から地面に落ちたドンファンの意識はなくなっていた。

 みずしゅりけんがなんか強いんですけど。

 

「ドンファン、戦闘不能!」

「めっちゃつよっ………」

 

 イッシキ、心の声漏れてるぞー。

 

「はるさんのドンファンでもダメか………。フシギバナじゃメガシンカしてもゲッコウガにはこおりタイプの技があるし……………メガ、シンカ?」

 

 あ、メグリ先輩が何か閃いたらしい。

 すっごいニヤニヤしてる。

 

「ゲッコウガはみずとあく。弱点がでんき・くさ・かくとう・むし・フェアリー。使ってくる技は様々…………でも、いけるかも」

「どうしました? 何かいい案でも浮かびましたか?」

「うん、すっごくいい案があったよ。ヒキガヤくん、さっき言ってたよね。ハッタリや隠し玉も戦術の一つだって」

「ええ、言いましたね」

「私も隠し玉持ってたよ。出てきて、ラグラージ!」

 

 ん………?

 ラグラージ?

 持ってたっけ?

 えっ?

 

「いくよ、ラグラージ。メガシンカ!」

 

 ほう、メガシンカか。

 ジュカインがメガストーン持ってたんだし、ラグラージもできるのかもしれないが…………。

 それを今まで隠してたってことか?

 

「なるほどー、それはいい案かもねー」

 

 ハルノさんはもう理解できたのか。

 白い光に包まれたラグラージが姿を変え、上半身が筋肉で覆ってきた。

 腕っ節が強くなったとみるが、果たして特性は………。

 

「みずしゅりけん!」

 

 取り敢えず、手裏剣を投げてみた。

 

「ばくれつパンチ!」

 

 だが、腕の一振りでただの水に変えられてしまった。

 これは殴られると痛そうだな。

 

「あまごい!」

 

 ラグラージならくさタイプが効果的。

 だったら。

 

「くさむすび!」

 

 雨雲を創り出しているラグラージの足元から草を絡みつかせていく。

 

「躱して、メガトンパンチ!」

 

 おおう、マジか。

 一瞬でゲッコウガの前に現れやがったぞ。

 雨を降らせる意味があったのかは知らないが、メガシンカしたことで素早さが上がったとは考えにくい。いや、足腰も強くなってはいるが、それでもゲッコウガ並みにこんな素早いのはおかしい。

 というとやっぱり雨が関係しているのか。

 

「ゲッコウガ、手裏剣でガード!」

 

 ならばおそらく特性がすいすいなのだろう。それにより素早さが格段に上がっている。そう結論付ければ納得がいく。ただそれ以上にあの腕っ節はヤバい。一発でも入れば致命傷だ。

 現にみずしゅりけんで拳を受け止めたが、手裏剣が弾け、ただの水に変えられている。

 

「ほごしょく!」

 

 急いで水に同化して、姿をくらませる。

 

「ばくれつパンチ!」

 

 そんなのはお構いなく、ラグラージは両腕を振り回し、消えたゲッコウガを捉えようと暴れ出した。

 

「かげぶんしん」

 

 時間を稼いでいる間に、影を増やすことにした。暴れるラグラージを取り囲むように影を作り出し、一層混乱を誘い出す。

 

「ハイドロカノン!」

 

 雨により素早くなっているためすぐに対応してきたが、残っている奴らで攻撃を加えておいた。みず・じめんの組み合わせのためみずタイプの技は普通に通るのに加えて、今は雨も降っているので使う手札は水の究極技以外にないだろう。

 

「メ、ラ、ラグラージ!?」

 

 メグリ先輩が呼びかけるが、当のラグラージは頑丈な腕でガードして耐えていた。技を出し切った影は全て消え、本体だけが取り残された。

 

「仕方ない、ゲッコウガ!」

 

 カツラさんの話が本当ならあれを使うこともできるだろう。

 俺が腕を上に掲げるとゲッコウガも同じように水手裏剣を持って腕を掲げる。

 

「みずしゅりけん!」

 

 くるくると掌で回される手裏剣が巨大化し、八枚刃の怖さを如実に語ってくる。

 振りかざすように手を振り下ろすと、ゲッコウガもラグラージに向けて手裏剣を投げ放った。

 

「ラグラージ、ばかぢから!」

 

 全身全霊を懸けて巨大な手裏剣に飛び込んでいった。

 八枚刃に押されながらも、それでも強引に突破を試みる。

 ヤバいな。破られるかもしれん。けど、今ので体力の消耗は激しく、ゲッコウガも疲れていることだろうし。

 アローラ地方というところに伝わる全力で出すZ技。カツラさんの言い分が正しければ、メガシンカと同時にZ技を取り込んだこの特性でも、あの堅い身体には勝てないというのだろうか。

 

「チッ」

 

 とうとうただの水へと分解されてしまった。

 だが、ラグラージも相当のダメージを負っているはず。

 水が弾けて二体ともに隠されてしまうが、伝わってくる感覚で分かる。この激しい衝撃はラグラージの突撃が成功したという証だろう。

 

「メ、ラグラージ!?」

 

 トレーナーの元に降り立った二体のポケモンたちは何とか立っていた。

 立ってはいるが、もうね…………。

 

「お疲れさん」

 

 雨が上がると、元の姿に戻りながらゲッコウガは地面に倒れ伏した。

 同じようにラグラージもメガシンカを…………解くとか以前になんかふにゃんふにゃんした生き物に変わりやがった。

 はあ……………、そういうことか。

 

「メタモン…………ね」

 

 まさかメタモンで一芝居打ってくるとは。

 思い出してみればメグリ先輩のキーストーンと反応していなかったようにも見える。ただの変身で姿を変えただけのハッタリか。

 

「ゲッコウガ、ラグラージ………じゃなくメタモン、ともに戦闘不能!」

 

 先生も大変だな。

 

「やるじゃないですか、メグリ先輩」

 

 ゲッコウガをボールに戻しながら感想を述べた。

 

「そんな……、ヒキガヤくんのおかげだよ。ヒキガヤくんに言われて初めて思いついたんだから。メタモンにはこういう使い方もあるって考えもしなかった。ただ目の前のポケモンや自分のポケモンたちに変身ばかりさせてたけど。うん、いい勉強になったよ」

 

 お疲れ様、とメタモンをボールに戻しながら、メグリ先輩が笑顔を向けてくる。

 

「そりゃあ、よかった」

「でもラグラージにメガシンカがあるって知ってたんだね」

「いや、知りませんでしたよ?」

「えっ? けど、驚いてなかったよね………?」

 

 あ、結構マジな方で驚いてる………。

 

「驚くとか色々通り越してましたし。それに可能性は捨ててませんからね。ゲッコウガがこんなんだし、他のポケモンの可能性を否定することはしてませんから」

 

 それにジュカインの話を聞いたしね。ジュカインだけができて他ができないわけないもんな。

 あ、でもそれだとなんでゲッコウガだけあの姿になれるんだって話にもなるか。

 やっぱりマフォクシーとかにもあるのかね…………。無いのだとしたら、ますます特性が怪しくなってくるな。

 

「やっぱりヒキガヤくんには敵わないなー」

「や、あの姿のゲッコウガを倒したんだから大したモンですよ」

「でも、まだ一体目なんだよね………」

「そうですね。二体目はこいつですしね」

 

 遠い目を向けてくるメグリ先輩を追い込むかのようにリザードンをボールから出した。

 天井目掛けて飛んで行くと、一周して俺の前に戻ってきた。

 

「リザードン………、ヒキガヤくんとは長い分、ゲッコウガよりもさらに強いってことだよね…………。パルシェン、頑張って!」

 

 パルシェンにとっては苦い思い出の相手だろう。

 なんせ、技を出す前にやられてしまったんだからな。

 あれから数年経っているが、強くなってるよな。特に、念入りに。ハルノさんが育てていないわけが無い。心してかかるか。

 

「パルシェン、からにこもる!」

 

 二枚貝を閉じ、防御力を上げてきた。

 

「なら、こっちもりゅうのまい!」

 

 今回は初手では倒さないって約束だし。

 あっちが殻に篭ってるならこっちは竜の気を纏わせるっての。

 火、水、電気を三点張りに作り出し、それらを一点で掻き集めて絡み合わせていく。そして竜の気を作り出し、それを自分に下ろした。

 

「からをやぶる!」

 

 殻を開いて勢いよくリザードンに突っ込んでくるパルシェン。そんなことしてるとまたパンチで倒されるぞ。

 

「躱して、かみなりパンチ」

 

 ほら、言っちゃったよ。

 どうするよ、パンシェン。

 

「パルシェン、シェルブレード!」

 

 二枚貝のトゲトゲの部分を伸ばして水を纏わせてきた。

 へー、ああやって技出すんだ。

 

「こうそくスピン!」

 

 おおう、あれジャイロ回転してね?

 当たると危険だな。

 リザードンが上手く躱してるからいいが、技を変えた方がいいかもな。

 

「リザードン、掴んでカウンター!」

 

 高速回転してるというに掴めるのか………?

 掴めるよな。俺は知ってるぞ、お前はやればできる子だってことを。

 

「えっ?! うそっ!?」

 

 あ、マジで掴んで投げやがった。

 こいつ俺の無茶な要求も普通に熟すのな。怖いわ。

 

「かみなりパンチ!」

 

 投げたパルシェンに一瞬で追いつき、電気を纏った拳で殴りつけた。

 

「パルシェン!?」

 

 パルシェンは壁に突き刺さり、地面に崩れ落ちた。

 

「まだいけるよね! パルシェン、ゆきなだれ!」

 

 リザードンの頭上に雪山が作り出され、一気に落としてくる。

 あと一発決めたら終わるか。

 

「フレアドライブ!」

 

 全身を炎で纏い上げると頭上の雪を全て溶かし、地面からよろよろと這い上がるパルシェンに突っ込んいった。

 

「………パルシェン、戦闘不能」

 

 リザードンが俺のところに戻り着地するとパルシェンは地面に転がり気を失っていた。

 さすがだな、リザードン。

 

「パルシェン、お疲れ様。…………メガシンカしてなくても強い………」

 

 あのメグリ先輩が珍しく唇を噛んで悔しさを滲み出している。

 後はメグリ先輩の最初のポケモン、フシギバナだけ。相性からしたらリザードンの方が有利だし、メガシンカしてもそれは変わらない。

 

「フシギバナ! リザードンを倒すよ!」

「バナァッ!」

 

 野太い声で遠吠えを上げて出てきた。

 

「最初から全力だよ! フシギバナ、メガシンカ!」

 

 胸元につけたリボンを握り締めると光が迸り、フシギバナの持つメガストーンと共鳴していく。あそこにキーストーンを取り付けていたのか。ただの綺麗な石が嵌め込まれたアクセサリーにしか見えない。

 

「フシギバナ、じしん!」

 

 おっと、足踏みをして地面を揺らすつもりか。

 

「リザードン、飛べ」

 

 翼を扇いで浮上し、地面の揺れを回避する。

 

「つるのムチ!」

 

 今度は蔓を伸ばしてリザードンを捕まえる算段か。一本や二本じゃないところがそう語っている。

 

「かえんほうしゃ」

 

 飛び交う蔓をまとめて燃やし尽くす。

 

「はっぱカッター!」

 

 すると無数の鋭利の利いた葉を起こし、リザードン目掛けて飛ばしてくる。

 

「つばめがえし!」

 

 白い手刀を作り出し、一枚一枚叩き落とし始める。

 

「どくのこな!」

 

 背中の花からボンッ! と紫色の粉を吹き出し、一歩下がったかと思うとまた葉を舞わせてきた。

 

「リーフストーム!」

 

 なんだ今度はこっちの技か。

 ならば。

 

「風に乗れ!」

 

 リーフストームの風を使って葉っぱと一緒に毒の粉も飛ばし、追い込むつもりなのだろうが、リザードンには翼がある。翼を大きく広げて風を取り込み、流されるように後退していけば、毒の粉なんて怖くない。

 さて、そろそろこっちも攻めるかね。

 

「ソニックブースト!」

 

 毒の粉が舞っただろう辺りは避け、大回りしてフシギバナに飛び込んでいく。それでも早いって………。

 

「つばめがえし!」

 

 下から掬い上げるように手刀で斬りつけ、どっしりとしたフシギバナの身体を一瞬だけ盛り上げた。

 

「グリーンスリーブス!」

 

 だがそれでいい。

 後は連続で斬りつけていき、上昇してしまえばこっちのもんだ。フシギバナは何もできなくなる。というかそんな隙を与えるつもりはない。

 

「つるのムチで捕まえて!」

 

 下からリザードンに刺されながらもフシギバナが蔓を伸ばし、リザードンの腕を掴んできた。

 

「フレアドライブ!」

 

 そんなことでこいつを抑えられるわけがないだろう。

 燃やしてしまえば一発だ。

 

「ヘドロばくだん!」

「ブラストバーン!」

 

 口を大きく開けたところに拳を突っ込み、中で究極の炎を滾らせ、爆発させた。

 腕を振り回してリザードンはフシギバナを地面に叩きつけ、クレーターを作った地面からは炎の柱が立ち上った。

 

「フシギバナ!?」

 

 メグリ先輩が呼びかけるが戦う体力なんて残っているはずがない。

 いくらメガシンカしてても相性やバトルスタイルの違いはある。リザードン相手にフシギバナでは相性が最悪だ。だからこれは当然の勝利である。

 

「フシギバナ、戦闘不能! よって勝者、ヒキガヤハチマン!」

 

 メガシンカが解けたフシギバナが炎の柱から解放され、黒焦げになっているのを確認すると、ヒラツカ先生がそう判定を下した。

 

「お疲れ、さま…………。やっぱり、強いよ………」

「お疲れさん。少しは暴れられたか?」

「シャアッ!」

 

 どうやらリザードンが満足してるようなので良しとしておこう。

 それにメグリ先輩をこれ以上いじめたら外野たちに何を言われるか分からんし。

 ま、これでメグリ先輩も裏というものを味わえたことだろう。これでハルノさんもそろそろ魔王引退しないかなー。


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