ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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長いです。


68話

「……ユイガハマ、大丈夫か?」

「う、うん………大丈夫。ゲッコウガが壁を貼ってくれたから………」

 

 プリズムで乱射させるのは問題だな。

 危うく俺たちまで撃ち抜かれるところだったわ。

 

「い、イロハちゃん!」

「なんですか、ユイ先輩」

 

 イッシキの元へと駆けて行ったユイガハマががしっと両肩を掴んだかと思うと、ずずいっと顔を近づけた。

 

「その石って、ヒッキーの卒業試験の時に落としたやつだよね!」

「そ、そうですけど………、近いです」

「あ、ごめん」

 

 しかもこれが無意識だって言うんだから恐ろしい。

 あいつのパーソナルスペースどうなってんだよ。近すぎんだろ。

 

「つまんない日常の中にちょっとした非日常を見せてくれた思い出です。まあ、その先輩にこうしてまた会えるなんて思ってもみませんでしたけど」

「ねえ、待って。ということは私が知ってるヒキガヤくんはすでにメガシンカを使えてたってことなの?」

「…………」

 

 ユキノシタさんや。

 それを今言わないでほしい。

 俺もそれ考えてたところなんだから。コンコンブル博士にも言われたけど、マジでキーストーンを持ってたんだな。

 ただ卒業試験の時にイッシキに渡してるってなると、リーグ戦の時に同じような変化を見せたってところには矛盾が出てくるな。

 まあ何はともあれ、俺はメガシンカの経験があったというのは事実なのかもしれない。

 

「ヒッキー、やっぱり昔からすごいトレーナーだったんだね。私が見た黒いリザードンもやっぱりメガシンカだったんだ………」

 

 仮にオーダイルの最初の暴走を止めた時にメガシンカしたとして、その一年後くらいにキーストーンなしでメガシンカができたりするもんなのか?

 

「おにーちゃーんっ!?」

「な、なんだよ」

「どうしていつもいつも変な伏線張ってくるのさ! おかげでコマチはお兄ちゃんが本当にお兄ちゃんなのか自信なくなっちゃったよ」

 

 失礼な。

 俺はちゃんとコマチのお兄ちゃんだぞ。それ以外の肩書きはいらないまである。

 

「伏線って………、あのな……、イッシキがキーストーン持ってたのもデンリュウがメガストーンを見つけてきたのも全部偶然だっつの。遠因が俺であろうがそれをモノにしたのはイッシキだし、メガシンカに関しちゃ俺は何も教えていない。だから責められる理由もない」

「だったら、コマチはお兄ちゃんにおねだりします! コマチも強くなりたい!」

 

 とか言いながら両手を差し出してくる。何かくれと手が言ってるぞ。

 

「つってもな………、俺が渡せるもんなんてもうこれくらいしかないぞ」

 

 仕方がないので今朝準備してきた水色のリングを二つ渡した。

 

「これ………」

「究極技のリングだよ。イッシキのバトルは何回も見てたから頃合いを図れたんだが、コマチのバトルはあんま見たことなかったからな。どれだけ強くなったか見れなかったし、渡すタイミングがなかった」

 

 イッシキのバトルは何回か見てるし、実際にバトルしてるんだが、担当分けしてからというもの、一度もちゃんとしたコマチのバトルを見たことがなかった。だから実力を測るに足らなかったのだが、今回こうして取りあえず準備はしてきたのだが、充分に素質を感じられた。これならば、コマチにもいずれ究極技が使えるようになる日がくることだろう。

 

「ほんとだ。イロハさん、ブラストバーン使ってた」

「すまんな。このタイミングで渡すのもどうかと思うが、まあ無茶だけはするなよ」

「分かってるよ、ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 ふふんっ、と興奮気味に二つのリングを見つめるコマチを横に、エビナさんがずいっと顔を覗かせてきた。

 

「それで、次は私たちの番かな」

「そうだね。負けないよ」

「ヒキタニくん、やっぱり私のパーティーに入らないっ?」

「い、いや、遠慮させていただきます………」

 

 愚腐腐腐と不気味な笑みを浮かべるエビナさんに思わず一歩後ずさりしてしまった。

 この人、何なの? すごく怖いんだけど。魔王とかとはまた違った恐怖を感じる。なんなんだ一体………。

 

「そっかー、残念。それじゃ、トツカくん。バトルしよっか」

「うん」

 

 トツカとエビナさんがそれぞれバトルフィールドに出て行く。

 定位置についた二人はヒラツカ先生に合図を送った。

 

「それじゃ、ルールはさっきと一緒だ。だが、君たちはシングルスでバトルしてもらうぞ。二人とも、思う存分戦ってくれ! バトル開始!」

 

 それを受け取った先生は簡単な説明の後にバトル開始の宣言を出した。

 すると二人はボールを取り出し、ポケモンを出してきた。

 

「いくよ、ホルビー!」

「ゴーリキー、レッツパラダイス!」

 

 うわー、なんか緊張感なくなるわー。

 この二人、どっちも俺に緊張感を与えてこないってなんなんだろう。ある意味、強者?

 

「わあ、お姫様抱っこー」

 

 出てきたかと思ったら、いきなりエビナさんをお姫様抱っこしましたよ。

 何なの、あのポケモン。

 

「じゃなくて、バトルだよ。パラダイスだけど、それは終わってからね」

「リキー!」

 

 気が済んだのかエビナさんを下ろすとフィールドに出てきた。

 

「ゴーリキー、今日もいい筋肉してるよ。見せつけてあげて、ビルドアップ!」

 

 胸筋を見せつけるようにポーズを取ってくるゴーリキー。

 いいよ、別に。見せなくて。別に見たくもないし。

 

「ホルビー、こうそくいどう!」

 

 ダッと駆け出したホルビーは胸筋を見せつけているゴールキーの背後に回りこんだ。

 

「マッドショット!」

 

 土の塊を幾つも作り出すとゴーリキーに向けて投げつけた。

 

「ゴーリキー、だいもんじ!」

 

 振り向いたゴーリキーは口から炎を吐き出し、大の文字を作り出し、結果として壁の役割を果たす。

 

「あなをほる!」

 

 ジャンプして反転したホルビーは回転し出すと、特徴的な長い耳から地面の中に潜り込んだ。どこから出てくるかなんてトツカとホルビーにしか分からない。

 さあ、ゴーリキーはこれをどう対処してくるか。

 

「ゴーリキー、地面に向けてばくれつパンチ!」

 

 そうきたか。

 ゴーリキーが形振り構わず拳を地面に思いっきり叩きつけると、地面が割れ、中からホルビーが吐き出されてきた。

 何が起こったのかホルビー自身分かってないようで、戸惑いの色を見せている。

 

「からてチョップ!」

 

 飛び出したホルビーの正面にすかさず移動し、ゴーリキーのチョップが振りかざされた。

 

「かげぶんしん!」

 

 だが、ホルビーの戸惑いを拭うかのようにトツカが咄嗟に命令を出し、それを聞いたホルビーが瞬時に影を作り出し、ゴーリキーの目を欺いた。

 空を切ったチョップは地面に突き刺さる。

 

「ワイルドボルト!」

 

 電気をバチバチさせ、影共々にホルビーはゴーリキーに突っ込んでいった。

 

「わおっ! ゴーリキー、ビルドアップ!」

 

 綺麗な流れの攻撃に思わず驚きが口に出たエビナさんは、ホルビーの突撃を筋肉を見せつけることで受け止めることを選択した。

 いや、いいから。そんな二の腕の筋肉とか腹筋を見せなくていいから。電気バチバチしてて痛そうなんだけど。

 

「ホルビー、もう一度かげぶんしん!」

 

 ワイルドボルトは反動を受ける技でもある。少しの間、無防備になるのを影を増やすことでやり切ろうという策らしい。

 

「ゴーリキー、骨の髄まで見破っちゃって!」

 

 瞳孔を開いたゴーリキーが360度、周囲を見渡した。

 何を見切ったゴーリキーはその方向へと駆け出していく。

 

「からてチョップ!」

 

 まあ、見つけたのはホルビーの本体しかないか。

 

「耳で受け止めて!」

 

 振りかざされるチョップを長い耳で真剣白刃取り。

 マジか、なんつー器用さだよ。

 

「投げつけちゃえーっ」

 

 離す気のないホルビーに掴まれたまま、腕を振り回し、壁に向けて投げつけた。すでに壁はイッシキのせいで酷いことになっているが、さらにホルビーが打ち付けられて壁の破片がボロボロと落ちてくる。

 この建物が倒壊するのも時間の問題かもしれない。

 

「ホルビー、でんこうせっか!」

 

 起き上がったホルビーにトツカが次の命令を出した。

 疲れた体に鞭を打つようにして駆け出すと、ジグザグにゴーリキーの元へと走り込んでいく。

 

「とびはねる!」

「ばくれつパンチ!」

 

 ホルビーが飛び跳ね、キックを繰り出してくる。

 ゴーリキーはその間に強く拳を握り締めると、降ってくるホルビーに向けて思いっきり突き出した。

 どちらが強かったなんて見なくても分かりきっている。

 いくら効果抜群の技を選んだといえど、攻撃力を上げてきた筋肉バカの拳には勝てるはずもなく、天井へと打ち上げられた。そしてそのままシューっと真っ直ぐに地面に落ちてきた。

 

「ホルビー、戦闘不能!」

「お疲れ様、ホルビー。ちょっと無茶な命令だったね。ごめんね」

 

 ホルビーをボールに戻すとトツカは自分の非を認めて謝っていた。

 まあ、確かにあそこで直球にいったのは失策だったかもな。もう少し搦め手を加えてからの方が成功率は上がっただろうが、トツカもホルビーの活動限界を察してのことだったんだろう。

 

「クロバット、お願い!」

「次はクロバットかー。ゴーリキー、今度はバチバチブルブルさせちゃおっか」

 

 バチバチはかみなりパンチでブルブルは………れいとうパンチ……か?

 

「わるだくみ!」

「かみなりパンチ!」

 

 不敵な笑みを浮かべるクロバットにダッと駆け出すゴーリキー。拳には電気が纏い出した。

 

「エアカッター」

 

 だがその拳は届かず、空気の刃によって無数に斬りつけられた。

 

「アクロバット!」

 

 くるくると後ろ向きに回って上昇したクロバットは急下降する勢いを力に変えて、怯んで片膝を付くゴーリキー目掛けて突進していく。

 

「れいとうーーー」

 

 エビナさんの命令も言い切る前にクロバットの攻撃が当たった。

 バッサバッサ飛んでいったクロバットの後には俯せに倒れこむゴーリキーの姿があった。その目は白目を剥いている。

 

「ゴーリキー、戦闘不能!」

 

 さすがクロバット。

 身軽な身体を生かした素早い攻撃は、あのポケモンの味のある武器である。

 

「いやー、強いねー。クロバットか………、うんうん、いい勉強になったよ」

 

 へー、自分のポケモンが倒されてもそういう感想を持つのか。

 ある意味大物だな。

 そういうポジティブな考え方は、その内彼女を強く成長させることだろう。

 

「ゴーリキー、お疲れ様。ゆっくり休んでね。さて、次はこの子でいくよ。出てきて、オムスター!」

 

 二体目に出してきたのはオムスターか。

 化石ポケモンとして発見された系統としては割と最初の方。同時期に発見されているのがコマチが連れているプテラやカブトプスの系統である。

 …………こうして並べてみるとコマチって結構レアなポケモン連れてるよな。

 

「あー、こらこら。そんなに絡みつくんじゃないの。こそばいよ」

 

 出てきた途端、触手を伸ばしてエビナさんの脚に絡みついた。

 あ、やっぱりあのポケモンも危ない方でしたか。

 なんか彼女のポケモンの選び方が分かってきた気がする。

 

「バトルだよ。相手はあのクロバット」

「ムー」

 

 殻を撫でられたオムスターは嬉しそうにフィールドに出てきた。

 

「クロバット、クロスポイズン!」

「からにこもる!」

 

 天井近くでバッサバッサ飛び回っていたクロバットは紫色の見るからに危険な翼を光らせて、急下降してくる。

 向かうはオムスター。

 だが、当のオムスターは殻に篭り、身を守る体勢に入った。

 構わずクロバットはバッテンに斬りつけるが少し後ろに下がった程度で効果はまるでなかった。

 

「君の好きなフィールドにしちゃおう。あまごい!」

 

 殻に籠ったままオムスターは雨雲を作り出した。

 

「ギガドレイン!」

 

 その間にクロバットは先の斬り付けの際にでも仕込んだんか、ごっそりオムスターの体力を奪い出した。

 次第に雨が降り出し、二体に雨粒が打ち付けられる。

 

「からをやぶる!」

 

 殻の中から出てきたオムスターはクロバット並み、いやそれ以上の素早さに上がっていた。

 

「殻を破った効果に加えてこの雨………。オムスターの特性はすいすいのようね」

「だな。これで一気に片をつけようってことなのかね」

 

 ユキノシタの言う通り、二つの効果が発揮されているからだろう。でなければあんなに素早くクロバットの正面に移動はできない。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 急に目の前に現れたオムスターにクロバットもトツカも何もできず、無防備に水砲撃を近距離から撃ち付けられてしまった。

 これは痛いな。雨によって水技の威力が底上げされている。そしてオムスターは遠距離系の技が得意な部類。一気に体力を奪われたことだろう。

 

「ミラータイプ!」

 

 ミラータイプ?

 そんな技あったっけ?

 名前からしてタイプを鏡で映す、つまり相手のタイプを自分に反映させると捉えるのが妥当か。

 

「これはまた面白い技を使ってきたわね」

「知ってるのか?」

「ええ、逆にあなたが知らなかったことに驚きだわ。相手のタイプをそのまま自分に映すのよ。今のオムスターはどくとひこうを兼ね備えたタイプだけはクロバットになったってことよ」

「やっぱりそういう技だったか………」

 

 となるともうクロバットはギガドレインを使ったところで先ほどのように体力を奪えるかは期待しない方がいいということだな。エビナさんも考えてきたな。まったく考えてるそぶりを見せてこないのが恐ろしいわ。

 

「ヒッキーでも知らない技があるんだね」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる。何でもかんでも知ってると思うなよ。知らないことだって普通にある」

「エビナはああ見えて怖いよ」

「でしょうね………」

 

 あーしが認めてるということは相当なのだろう。まさか真の覇王はあの人だったとかはないよね?

 

「クロバット、あやしいひかり!」

 

 水砲撃によって壁に打ち付けられたクロバットが這い上がり、眩い光を発してきた。

 いきなり使わないで!

 俺たちの目もやられちゃうから!

 

「しねんのずつき!」

 

 なんと!

 トツカが早速対応してきましたよ!

 あれ? トツカもミラータイプを知ってたのん?

 それとも俺たちの会話が聞こえてた?

 どっちにしようがトツカが以前とは打って変わって成長している。万々歳。

 よく見えないけど、エビナさんが躱すとか云々言わないので光にやられたらしい。

 

「ムーっ!?」

 

 あ、多分オムスターが頭突きされたな。効果は抜群である。

 

「げんしのちから!」

 

 あー、目が痛い。

 取り敢えず、視界が元通りになってきたけど、やっぱり痛い。

 

「クロバット、はがねのつばさで打ち返して!」

 

 オムスターが作り出した岩々をクロバットが鋼に染めた二枚の翼で前に打ち返していた。

 

「ブレイブバード!」

 

 打ち返されてきた岩々を躱している間に、クロバットがオムスターに一気に詰め寄る。

 

「れいとうビーム!」

 

 エビナさんの命令に咄嗟に動いたオムスターは飛んでくる岩ごと、迫り来るクロバットに冷気を飛ばした。

 技と技が炸裂し、爆風が生み出され、雨雲もかき消されていく。

 今度は左隣のイッシキの亜麻色の甘い匂いの髪がぶわっと俺の鼻をくすぐってきた。

 

「ちょ、何嗅いでんですかっ! 嗅ぎたいなら二人きりの時にして下さい!」

 

 理不尽だ………。

 なぜ俺が怒られなければならんのだ。

 

「ふん!」

「うえっ!?」

 

 なんか今度は右隣のユキノシタが態々頭を振って俺の顔に長い黒髪を当ててきた。

 何だよ、何がしたいんだよ。

 

「二人とも…………、なんかずるい」

 

 お団子頭にしていて髪がそこまで靡かないユイガハマが頬を膨らませている。

 

「あ、これって………」

 

 コマチがフィールドを見て目を輝かせたので俺たちもそちらに目を向けると、二体同時に地面に倒れ伏していた。

 

「クロバット、オムスター、ともに戦闘不能!」

 

 今回は早い展開でともに堕ちたな。

 まあ、内容は濃かったけど。

 なんだ、あの人。めっちゃ搦め手使ってくるじゃん。

 トツカは思った以上に成長しているし。

 

「お疲れ、オムスター。意外とミラータイプが使えることが分かったよ。ありがとね」

「クロバット、お疲れ様。もっともっと強くならなきゃね」

 

 二人ともポケモンをボールに戻すと視線を交わした。

 俺もトツカと視線を交えたいなー。

 

「コマチちゃんやイッシキさんとはまた違った搦め手で、僕も勉強になったよ」

「あはは、トツカくんが結構迫って来るからねー。私も気が抜けないよ」

「それじゃ、次いこっか。トゲキッス!」

「モジャンボ、次よろしーーー」

 

 トツカがトゲキッス、エビナさんがモジャンボをそれぞれ出してきたのだが、またしてもエビナさんのポケモンは主人に絡みに行った。今度は直で行きやがったよ。

 

「あー、やっぱりかー。ごめんねー、しばらくこの子、バトルできそうにないみたい」

「あははは…………」

 

 モジャンボの触手に全身を絡め取られたエビナさんが笑顔でそう言ってきたのに、トツカは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 俺だったら苦笑いすら浮かべられるか自信ないわ。

 何なの、あのポケモンども。なんか、一番かわいいのがオムスターに思えてくるぞ。

 

「んー、モジャンボがこれだから………、ドククラゲ、次よろしく!」

 

 改めて。

 次に出てきたのはドククラゲか。

 あ、こいつもこいつでなんか踊りだしたぞ。

 触手を四本、二束に分けちょんちょん動かして踊っている。しっかりターンもしてるし。

 

「なっ!? あれはっ?!」

「な、なんだよ、ザイモクザ。驚かすなよ」

「ハチマン!? お主、あれを知らないのか!?」

「知らん。なんだよいきなり」

「見下げ果てたぞ、ハチマン! あの伝説の舞を知らぬとは我が相棒、なんたる失態! ゴラムゴラム! ならばよかろう。我があの『ツキツキの舞』を見せてやろうではないか!」

「はっ?」

 

 なに、ツキツキの舞?

 あのドククラゲの踊りってそんな大層なもんなの?

 

「ではっ!」

 

 靴を脱いで靴下まで脱いで裸足になったかと思うと、なんか爪先立ちで構え出した。

 

「ついついっ♪」

 

 左足をくねくね動かして左に持って行き。

 

「つつついっ♪」

 

 親指とそれ以外の指で器用に歩き。

 

「ついついっ♪」

 

 右足も同じようにくねくね動かして右に持って行き。

 

「つつついっ♪」

 

 こちらも器用に親指とそれ以外の指で器用に歩き出した。

 

「ついっ♪」

 

 だんっとガニ股に脚を開いたかと思うと一言。

 

「てるーーーん!!!」

 

 ……………。

 なんだこのキモいダンス。

 

「あっちでも同じポーズとってる…………」

 

 見ていたユイガハマが、ドククラゲも同じポーズを取っているのに気がついた。

 気づかなくてもいいのに。

 

「……………」

「……………」

 

 何を思ったのかザイモクザとドククラゲはしばらく見つめ合うと、ドククラゲの方が触手を伸ばしてきた。

 それに応えるようにザイモクザは触手と握手を交わし、心を通わせた。

 

「………………………よかったな、ザイモクザ。友達が増えて」

 

 もう、放っておこう。近づくとやらされそうだし。

 

「よかったね、ドククラゲ」

「クーラッ」

 

 分かってくれる奴が現れて、ドククラゲもさぞ嬉しそうである。

 

「あ、ごめんね。時間取っちゃって」

「あ、うん、大丈夫だよ。あははは………」

 

 トツカもどういう表情をしていいのか分からないんだろうなー。

 分かるぞ、その気持ち。俺もずっとこんなのに付き合わされてたからな。今に始まったことじゃない。

 

「それじゃいくよ。トゲキッス、サイコショック!」

「おおっ、ドククラゲ、バリアー!」

 

 フィールドに転がる壁の破片やら石やらをサイコパワーで浮かせると、ドククラゲ目掛けて飛ばし始めた。

 それをドククラゲは壁を貼ることで防いでいく。

 

「ヘドロばくだん!」

 

 今度はドククラゲの方が仕掛けた。

 黒紫色の、墨のようなヘドロを吐き出し、綺麗な羽毛のトゲキッスに投げつけていく。

 

「躱して!」

 

 トツカの命令に従い、次々とヘドロを躱していくが最後の一撃が左翼に直撃した。

 

「トゲキッス!?」

 

 フェアリータイプであるトゲキッスにどくタイプの技は効果抜群である。

 

「ゆびをふる!」

 

 持ち堪えたトゲキッスが、指を振った。

 指を振ると脳が活性化するのかあらゆる技が使えるようになるらしい。ただ出す技はランダムでその時思いついたものなのだとか。

 

「えっ………」

 

 エビナさんも驚き。

 トゲキッスが光を発したかと思うと、一閃がドククラゲに直撃した。

 

「あれは………」

「ラスターパージだね。ラティオスが使う技だよ」

 

 ユキノシタが技の正体に気づき、先に気づいていたユキノシタさんがそれに答えた。

 ラスターパージ。

 ラティオスの専用技か。

 そんなもんまで使えるのがゆびをふるなんだよな………。

 

「ドククラゲ!? ………まだいけるんだね。それじゃあ、もう一度ヘドロばくだん!」

 

 こちらも耐えたドククラゲが再度ヘドロを飛ばしてくる。

 

「はがねのつばさで打ち返して!」

 

 今後は躱すのではなく鋼の翼で打ち返し始めた。

 どくタイプの技にははがねタイプの技か。確かに理に適ってるな。

 

「つばめがえし!」

 

 吐き疲れドククラゲの攻撃が止むと、トゲキッスは一気に翼を光らせて突っ込んでいった。

 

「触手で受け止めて!」

 

 技がダメなら身体で受け止めるのか。

 エビナさんはやはりああ見えてすごく柔軟なトレーナーなようだ。

 

「まきつく!」

 

 トゲキッスの突進を触手で絡みつくように受け止めると、そのまま触手を伸ばして全身に巻き付いた。

 

「ギガドレイン!」

 

 触手の中ではトゲキッスが体力を吸われているのか。

 こうして実際にバトルを見ると、ドククラゲの恐ろしさがより伝わってくる。相手にしたくないポケモンだな。

 

「巻きつかれて、体力も奪われている………。どうしたら………」

 

 悔しそうに眉をひそめてドククラゲを見つめるトツカ。

 だが、その顔はすぐに晴れた。

 

「ッ!! トゲキッス、でんじは!」

 

 ふっ、なるほど。

 痺れさせることでまずは触手の力を緩める戦法か。

 

「でんげきは!」

 

 全身に痺れが渡ったドククラゲの触手の締め付ける力が弱まったところで電撃。

 煙を上げるドククラゲはついにトゲキッスを離してしまった。トゲキッスは自由の身になるとすぐにドククラゲから距離を取るようにトツカの元へと戻っていく。

 

「トゲキッス、にほんばれ!」

「ハイドロポンプ!」

 

 同時に命令が出されたが、動きが早かったのはトゲキッスだった。どこからか日差しを取り入れ、水技の威力を弱めてきた。

 身体の痺れにより一瞬遅くなってしまったドククラゲの水砲撃が打ち出される。

 

「ひかりのかべ!」

 

 トゲキッスに水砲撃が届く前に光の壁は完成した。

 

「あさのひざし!」

 

 そのまま水砲撃を弾き上げると光を取り込み、体力を回復していく。

 

「ヘドロばくだん!」

 

 痺れに堪えてドククラゲがヘドロを飛ばしてきた。

 回復に集中しているトゲキッスには躱すことができず、効果抜群の技が命中してしまった。

 

「ゆびをふる!」

 

 体制を立て直したトゲキッスが再度指を振る。

 今度は何が出るのだろうか。運任せではあるが、ポケモンの発想でもあるからトツカはそこに賭けたのかもしれない。

 

「どくづき!」

 

 ジャンプして一気にトゲキッスの前に現れたドククラゲが何本あるのか分からない触手で連続で突いていく。

 

「効いてない?!」

 

 だが、まるで効いていない様子である。

 

「あれはテクスチャーであるな。我がZの得意技でもある」

 

 テクスチャーか。

 確か前にザイモクザから説明された時には、自分のタイプを覚えてる技のタイプの中から選んでそのタイプになるって感じだったか。

 取り敢えず、どくタイプのどくづきが効いてないのを見る限り、はがねタイプになったのだろう。

 

「あ、ドククラゲ!?」

 

 連撃の末、再び身体が痺れたドククラゲは苦しみながら地面に落ちていく。

 

「でんげきは!」

 

 さらに電撃を浴びせて追撃し。

 

「ソーラービーム!」

 

 とどめを刺した。

 

「ドククラゲ、戦闘不能!」

 

 これでトツカが一歩リードしたことになる。

 エビナさんの残りにポケモンはあと二体。あそこで主人に絡みついているモジャンボとエビワラーだったか。

 対してトツカはトゲキッスに加えてまだニョロボンとミミロップが一度もバトルに出ていない状態。

 さてさて、どうなることやら。

 

「ドククラゲ、お疲れ様。いいバトルだったよ」

 

 エビナさんがドククラゲをボールに戻した。

 

「さあ、モジャンボ。今度こそ出番だよ」

 

 絡みつくモジャンボを撫でるとフィールドを指差す。

 充分堪能したのか、モジャンボは今度こそフィールドに出てきた。

 

「モジャンボ……、トゲキッス、相手はくさタイプだからこのままいくよ!」

「キッス」

「モジャンボ、やどりぎのタネ!」

 

 ッ!?

 早い!?

 あの巨体があんな早く動けるもんなのか?

 

「ようりょくそ。それが特性なようね」

「ああ、そういうことね。日差しが強い間は動きが早いと。ああ、びびった。あんな巨体に早く動かれたんじゃ、ゲッコウガが泣くわ」

 

 特性のおかげならそろそろ日差しも弱まることだろう。

 種を飛ばしてトゲキッスを捕獲すると、地面に蔦を伸ばして固定。

 案の定その間に日差しが弱まった。

 

「じしん!」

 

 地面に伏せさせたトゲキッスがいる地面を震源に地震を起こした。

 

「にほんばれ!」

「っ! トゲキッス、やきつくす!」

 

 素早さを取り戻そうと再びモジャンボが日差しを作り出すと、何かを閃いたトツカが叫んだ。

 命令を出されたトゲキッスは口から炎を吐き、自身に絡まっている蔦を燃やし始めた。

 なるほど。日差しによって高まった炎で一気に蔦を焼こうってことか。そうすれば炎を身に纏うトゲキッス自身の負担も短時間で済む。

 

「きあいだま!」

 

 トゲキッスに逃げられたモジャンボは即座にきあいだまを撃ち出してきた。

 

「ゆびをふる!」

 

 トツカが命令を出すとトゲキッスが頭を活性化させて、技を繰り出した。

 きあいだまは綺麗に躱され、距離も取られてしまう。

 

「つるのムチ!」

 

 だが、まだここにはリーチがあると言いたいかのように触手を何本か伸ばし、逃げるトゲッキスを追いかけ始めた。

 

「もう一度、ゆびをふる!」

 

 飛びながら指を振り、多方向から叩こうとしてくる触手を躱して、反転すると技を出した。

 出した技はバブルこうせん。

 吐き出された泡が弾け、触手を攻撃していく。

 

「リーフストーム!」

 

 エビナさんはすぐに触手から本体へと切り替え、技を命令。動きの止まったトゲキッスに向けて草が舞飛んでいった。

 嵐に煽られたトゲキッスは上空へと吹き飛ばされ、バランスを崩して重力に従って落ちてくる。

 

「トゲキッス、バランス保って! はどうだん!」

 

 トツカの叫びが聞こえたのか、くるくると回りバランスを取り戻したトゲキッスは加速を始めながら、波導を集め出す。

 一気にモジャンボまで距離を詰めるとはどうだんを解き放った。

 

「きあいだま!」

 

 こちらも負けじときあいだまで応戦してくる。

 

「あっ、」

 

 だが波導を操るトゲキッスの方が上だったのか、技と技がぶつかり合うこともなく、軌道を曲げられ、モジャンボの背後からはどうだんを撃ちつけた。

 

「トゲキッス、ゆびをふる!」

 

 再三に渡り指を振ると今度は遠吠えを始めた。遠吠えなのに、綺麗な声にちょっと癒された。なんかトツカを見ているようである。

 

「っっ! トゲキッス、バトンタッチ!」

 

 トツカも運試だったのだろう。

 ゆびをふるがどう出るかによってこれからの戦法を組み立てていたのだろうが、遠吠えを見て、戦法が決まったらしい。

 

「ま、こんだけ能力が上がればな」

「ミミロップ!」

 

 出てきたミミロップとタッチしたトゲキッスはボールの中へと戻っていく。

 

「ほのおのパンチ!」

 

 速攻で炎を纏った拳を携え、モジャンボの元へと移動した。

 

「しびれごな!」

 

 モジャンボが目の前に迫るミミロップに黄色い粉を振りまく。

 だが、効果がないのか拳は止まらず、モジャンボの触手が焼かれた。

 しびれごなが効かないか…………。確かミミロップの特性にはぶきようとメロメロボディと………ああ、珍しい方のか。

 トツカのミミロップの特性はじゅうなん。身体の痺れを受けない、まあ逞しい身体といったところか。

 

「モジャンボ、そのまま締め付けて!」

 

 直接触れてきたミミロップを背後に回した触手で絡め取り、パンチに耐えながら手繰り寄せる。

 

「ギガドレイン!」

 

 焼かれた分の体力を返せというかのようにミミロップの体力を奪っていく。

 

「ミミッ!?」

「ミミロップ、とびはねる!」

 

 体力を奪われていることに気づいたミミロップが苦痛の表情を浮かべる。気付かなければ、ポケモンといえど痛みもないのだろうか…………。

 

「振り落として!」

 

 言われるがままにモジャンボに締め付けられながら飛び跳ねたミミロップは両拳に炎を纏い、連続パンチでモジャンボを焼き上げ、地面に振り落とした。

 

「なやみのタネ!」

 

 だが、モジャンボもただではやられてくれないようで、背中から落ちているのをいいことに、一つの種をミミロップに植え付けた。種はミミロップに吸い込まれ、効力を発揮したことだろう。

 これでミミロップの特性はふみんになってしまった。

 

「しびれごな!」

 

 そして粉を振りまき、背中から地面に落ちていった。

 

「ミッ!?」

 

 今度こそ身体に痺れを受けてしまったミミロップがバランスを崩して、地面に向けて落ちてくる。

 

「きあいだま!」

 

 起き上がったモジャンボが再度きあいだまを撃ち出してきた。

 片膝ついてなんとか不時着に成功したミミロップは、身体が痺れて思うように身体を動かせないでいる。

 

「ミミロップ、落ち着いて! ミラーコート!」

 

 動けないならばその場で対処すればいい、という発想か。

 タイミングを見て打ち返せばいいからな。まあ、そのタイミングを計るのがまた難しいのだが…………。

 

「トツカ大好きミミロップなら愛の力でやってのけるか」

「お兄ちゃん、何言ってるの………?」

「愛こそ正義って話だ」

「ヒッキーが愛を語るとか、なんかキモい………」

「や、俺はコマチ愛に溢れてるからな。いくらでも語れる」

「ただのシスコンね」

「私はユキノちゃんへの愛なら語れるよー」

「気持ち悪いからやめてちょうだい。気持ち悪いから。あと気持ち悪い」

 

 あーあ、ハルノさんが悄気ちまったじゃねぇか。

 メグリ先輩も大変だな。

 

「弾いて!」

 

 打ち返されて用無しとなったきあいだまを容赦なく弾き飛ばして、捨てた。

 もう次行くのね。切り替え早いのね。

 

「からげんき!」

 

 あ、こっちはこっちで状態異常をフルに活用してきたし。

 またこんな面白い技を覚えさせちゃって。

 力を振り絞り、ミミロップが突進を仕掛ける。

 

「リーフストーム!」

 

 無数の草が舞い、迫るミミロップに襲いかかった。

 

「こうそくいどう!」

 

 だが、さらに加速し嵐を躱す。

 

「ほのおのパンチ!」

 

 背後に回ると、力強く殴りつけた。

 

「やどりぎのタネ!」

 

 吹き飛ばされながらも身体を回して、ミミロップに種を飛ばしてきた。

 

「ミミロップ、躱して!」

 

 だがトツカの命令を遂行することはなく、身体が痺れて動けないミミロップに種が植え付けられた。種は次第に芽を吹き、蔓を伸ばしてミミロップを縛り上げていく。

 

「モジャンボ、戦闘不能!」

 

 なんと。

 最後の最後までモジャンボは攻撃の手を緩めていなかったのか。

 限界に達していたというのに最後まで戦うその姿勢には天晴れである。

 

「お疲れ様ー。モジャンボ、最後までいい働きしてくれたよ」

 

 これはエビナさんが賞賛するのも分かるわー。

 というかエビナさんの判断が地味にすごいんだけど。切り替えとか早いし。

 何というか、突拍子も無いことでも動じないというか………。

 

「さあ、最後だけど。エビワラー、君の出番だよ」

 

 最後に出てきたのはエビワラーか。

 あ、あいつはまともだったか。何もしていないぞ。

 

「ミミロップ、拳のほのおでその蔦を焼いて!」

 

 どうするべきか考えあぐねていたトツカが命令を下した。

 トゲキッスの時のように焼こうと思ったのだろうが、炎技が拳しかなかったことで少し戸惑ってたってとこか。

 

「エビワラー、マッハパンチ!」

「躱して!」

 

 俊足でミミロップの元に駆けつけたエビワラーが拳を振り下ろす。

 だが、それを容易く躱し、間合いを広げていった。

 

「こうそくいどう!」

 

 今回のバトルではよく見受けられるこうそくいどうによりあっさりとその間合いはゼロへとされた。

 

「スカイアッパー!」

 

 今度は掬い上げるように拳を突き出してくるエビワラーを、それでも身体を逸らして躱していく。

 

「とびひざげり!」

 

 後ろに下がって低くしゃがむと、地面を強く蹴り上げ、エビワラーの顎にミミロップの膝が入り、吹き飛ばされた。

 だが、着地と同時に身体に痺れが走り片膝をついた。

 

「エビワラー、ビルドアップ!」

 

 あ、こいつも覚えてるんですね。でも普通な感じでよかった。やっぱ、あのゴーリキーがおかしかったんだな。

 

「………ミミロップ、そろそろ終わらせないと痺れがキツいよね。いくよ、ミミロップ」

 

 とうとうトツカも使ってくるか。

 ミミロップの痺れが相当気になるらしい。

 

「メガシンカ!」

 

 トツカのリストバンドが光りだし、ミミロップの持つペンダントと共鳴を始める。

 ミミロップは白い光に包まれると、みるみる姿を変えていった。

 汗を拭う姿を見たことなかったが、あのリストバンドはただのおしゃれアイテムだったのか。知らなかった………。

 また一つ、トツカ知識が増えたな。

 

「久しぶりだね、さいちゃんのメガシンカ」

「そうね、あまり彼がバトルすることなんてないもの」

「あー、コマチは特訓の時に使われてたから、見慣れてるんですね………」

「……なんだかんだ言ってコマチちゃんもメガシンカしたポケモンを相手してたんだ。だから私の時も驚いても臆しなかったのか」

 

 何かに合点がいったらしいイッシキはふむふむと首を縦に振っている。

 

「いやー、びっくりはしましたけどねー。確かにメガシンカ自体には慣れてますね」

「そういう意味ではコマチもイッシキにないものを持ってたってことなんじゃないか?」

「そういうもんなのかなー」

「ずるいとは思うなー」

 

 確かにイッシキがメガシンカしたポケモンとバトルしたのなんて大体が俺だし、俺はそこまでイッシキとバトルはしていない。というか会議やらなんやらがあってほとんど放任主義になってしまっていた。

 あれ? てことは、イッシキにメガシンカしたポケモンとのバトルの経験が少ないのって俺の所為?

 

「あ、でも今の私なら先輩に勝てちゃったり………」

「昼のバトル見てそう思えたらバトルしてやるよ」

「うっ………」

 

 あざとく見上げてくるので、少し脅しをかけておく。

 このバトルが終われば取り敢えず、一旦休憩がてら昼飯にした方がいいだろう。

 

「スカイアッパー!」

 

 今度はお返しと言わんばかりにミミロップが一瞬でエビワラーの懐に飛び込み、拳を掬い上げた。

 

「見切って!」

 

 だが、注視したエビワラーにより拳は躱され、逆に地面を踏ん張って拳を突き出してきた。

 

「インファイト!」

 

 連続のパンチがミミロップに繰り出される。

 

「躱して、グロウパンチ!」

 

 瞬時に腰を落として重心を下げ、ミミロップが長い耳でエビワラーの顎を狙った。

 

「フェイントからのマッハパンチ!」

 

 それを途中で拳を止めたエビワラーが拳を引いて受け止め、もう片方の拳を上から突き刺すようにミミロップの顔面を狙ってくる。

 

「ともえなげ!」

 

 だがそれも、長い耳と手足を使ってエビワラーの身体を掴み、後ろに転がりながら、ミミロップが投げ飛ばしたことで失敗に終わった。

 地面に背中を打ち付けたエビワラーは滑るようにエビナさんの元へ流れされていく。

 

「エビワラー、インファイト!」

 

 身体が痺れて起き上がるのに悪戦苦闘しているミミロップに、すぐに起き上がったエビワラーが容赦なく拳を構えて突っ込んでいった。

 

「躱して!」

 

 拳が突き出されると同時にトツカの叫びを聞いたミミロップが影を増やした。エビワラーが空を切った拳に戸惑いの色を見せてくる。

 

「影ッ!?」

 

 さすがのエビナさんも新しい技をポケモン自身が使ってきたことには驚いたようだ。

 

「スカイアッパー!」

 

 影に紛れてミミロップが一瞬だけ動きの止まったエビワラーの背後へと現れ、流れるように下から拳を突き上げてくる。

 

「エビワラー、カウンターで打ち返して!」

 

 背中を攻撃されたエビワラーが、押された力を利用して腕を伸ばして裏拳でミミロップの顔を狙う。

 遠心力が働き、速さが増していく。

 

「ッ!? 躱して、おんがえし!」

 

 低く屈むことで裏拳をやり過ごし、猪突猛進でエビワラーの懐に体当たりをした。渾身の一撃はエビワラーをトツカのすぐ後ろの壁に貼り付けるほどの威力を見せ、技名通りにトツカに勝利をもたらした。

 

「エビワラー、戦闘不能! よって勝者、トツカサイカ!」

 

 先生の判定が下され、トツカの勝利が決まった。

 強くなったな、トツカ。最後はものの数秒の技の応戦なのに迫力満載なバトルだったぞ。これならトキワジムもフスベジムもクリアできるんじゃないか? というか余裕でできそうだぞ。

 

「エビワラー、大丈夫!?」

 

 すぐ近くにいたトツカが壁に突き刺さったエビワラーに駆け寄っていく。メガシンカを解いたミミロップを心配そうに近づいていく。

 まあ、無理もない。主人の勝利しか頭になかっただろうからな。というか身体の痺れはいいのかよ。

 

「エビワラー!?」

 

 エビナさんも遅れて駆け寄り、俺たちもぼちぼちトツカ達の元へと移動していく。

 

「お疲れ様。最後はよくついてきてくれたね」

 

 エビワラーをボールに戻しながらエビナさんがそう呟いた。

 

「どうよ、ヒキオ。エビナ強いっしょ」

「そうだな。まさかメガシンカしたミミロップ相手にあそこまでついていけるとは思ってなかったわ」

「ふふんっ、伊達にハヤトと旅してないし」

 

 あーしさんもエビナさんの強さにさぞご満悦のようだ。

 ま、彼女の言う通りハヤマと旅していれば、嫌でもいろんなものを吸収できてしまうか。

 

「つーか、その人ほんとに強いわけ?」

「あ? シロメグリ先輩のことか?」

「そっ」

「さあな。でもあのユキノシタさんが側に置いてるんだから強いんじゃないか?」

「へー、ならヒキオ負けるんじゃね?」

「あははは………、どうだろう………。ヒキガヤくん、ハルさんを倒してるらしいし」

 

 ミウラさんや。その辺にしておいてあげて下さい。メグリ先輩が返答に困ってますよ。

 

「大丈夫大丈夫。私のポケモンもいることだし!」

「あら、パルシェンもドンファンもヒキガヤくんのリザードンに負けた経験を持っていなかったかしら?」

「言うようになったわね、ユキノちゃん………」

「姉さんも少しは上には上がいることを知った方が身のためよ」

「それじゃあ、ヒキガヤくん。私ともバトルしてもらおうかしら」

 

 唐突すぎませんかね、魔王様。

 魔王様だからって許されると思わないで。

 

「あの………、俺の意見は…………?」

「いいじゃない。あなたなら簡単に姉さんも倒せるでしょ?」

「簡単に言うなよ。俺はこの後シロメグリ先輩とバトルするんだぞ?」

「だったら、夜でもいいよー」

 

 分かってて言ってるだろ。

 というか段々と条件を俺に合わせていって最終的に合意させる気だな。

 はっ、どうあがいても無理じゃん。口じゃ勝てん。

 

「はあ………、これが詰みゲーってやつだな。つーか、お前が見たいだけだろ。どっちかが負けるところを」

「あら、そうだなんて一言も言ってないわよ?」

 

 言い出しっぺのユキノシタからすればどっちが負けようが面白いだろうからな。普段にどちらも負ける姿なんて見せないし。姉のんは知らんけど。まあ、負ける姿が想像できんな。

 

「あ、私も見たいです! 先輩とハルさん先輩のどっちが強いのかこの際はっきりさせちゃってくださいよ!」

 

 あ、こら、イッシキ。お前がそんなこと言い出したら………、あーもう、ほらユイガハマもコマチも目をキラキラさせてきてるじゃねぇか。

 詰んだ……………。

 

「これが四面楚歌ってやつか………。分かった分かった分かりました。でも条件としてカメックスとバンギラスとのタッグバトルでお願いします」

「へー、興味あるんだ」

「まあ、一応。トレーナーへの負担とかも見ておきたいので」

「いいよー、それで。後悔しても知らないけど」

「後悔なんて、そもそもすでにしてますよ。ユキノシタさんがいる時点で後悔しかありませんって」

 

 あんたがいる時点でもう後悔以外の何でもないわ。

 この姉妹を二人合わせて近くにおいては俺の身が持たん。片方で充分だわ。

 

「ひどい、ひどいわ、ヒキガヤくん。鬼畜だわ」

「そうね、鬼いちゃんと言われるくらいの鬼畜だもの。仕方ないわ、姉さん」

 

 こういう時だけ仲良いな、この姉妹。

 仕方ない。恨み潰しに夜にも暴れてやろう。ほんとは休みたい気分になってるだろうけど。コテンパンにしてやる!

 

 

 はあ………、結局俺は昼と夜と二回もバトルしなきゃならんのか………。

 超面倒くさっ。


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