4番道路。
別名、パルテール街道。
ミアレシティとハクダンシティを繋ぐ一本道。
とは言ってもその途中にはペルルの噴水があったり、生垣があったりと人間の手は加わっている。
加えて、花畑も広がっており、そこには野生のポケモンたちがチラホラ見受けられる。
そして、リア充どもはそんな道の真ん中でローラースケートをして青春に華を咲かせていた。
「なあ」
「ええ、そうね」
「さすがに、ね」
俺たちの目の前に広がる光景は美しい風景でもなく。
ローラースケーターたちの群れの舞だった。
しかも道いっぱいを使い、通れるような状況でもない。
まあ、とにかく邪魔だった。
「さて、どうしたものかしらね」
「お兄ちゃん、こういう時こそバトルで決着、みたいな展開だよね!?」
まあ、普通だったらそうなんだろうけど。
「まあ、待て。相手はリア充だぞ。俺には話しかけることすらできん」
「そんな胸張っていうようなことではないと思うのだけれど」
ユキノシタがこめかみを指で押さえてため息を吐いた。
「あ、ならあたしがいこうか?」
「なあ、そもそもなんでお前ら戦う気満々なの?」
こいつらこんなに好戦的だっけ?
なにそれ、超怖いんだけど。
「行かせてもらえないのなら倒して通るまででしょう?」
「空からいこうとかは考えないわけ?」
「「「あっ!」」」
「………………………」
声が揃うなんて君たち仲がいいですね。
あ、今は頭の中まで一緒だったか。
「ま、まあ、そうするのもやぶさかではないのだけれど。でもそこはトレーナー同士なんだし、倣いに添ってポケモンバトルというものが妥当だと考えてただけよ。けど、あなたがそうするっていうのなら付き合ってあげなくもないわ」
「ユイガハマ、通訳」
「ごめんなさい」
深々と頭をさげるユイガハマ。
彼女の片手はユキノシタの頭も道連れにしていた。
最初からそう言えばいいのに。
それにしてもユイガハマという通訳者は高性能なようだ。
「お兄ちゃんってまさか旅してる時もそんなことばっかしてたの?」
「なにを今更。目的もなしに勝負はしない主義なんだよ」
「単に話しかけられなかっただけでしょ、それ」
「うぐっ……」
痛いとこついてくるな、こいつ。
「でも、飛べるポケモンってゆきのんのクレセリア? とヒッキーのリザードンしかいないよ?」
「そうだよ、中二さんはどうするのさ」
「置いてけばいいんじゃね?」
「些か酷くないか、お主」
だって、なー。
予定ではコマチと二人っきりで旅するつもりだったし。
それがなんでこんな大所帯になってんだか………。
「だが、見縊るなよハチマン。我にも飛べる奴はいるのだ。いでよ、ジバコイル!」
あん?
やっと自分で捕まえたのか?」
「いかにも。我にもこいつがいるのだ。だから問題ない」
よっこいせ、とジバコイルの上に乗るザイモクザ。
なんか置物みたいに見えるな。
「さて、参ろう」
さっきまで会話に混ざるのさえ辛そうだったのに、ジバコイルに乗ったとたん、元気になりやがった。
あいつ絶対今までもああやって旅してたんだろう。
「はあ……………、俺たちも行くか」
「そうだね」
そう言ってリザードンを出そうと思ったら、声をかけられた。
「よお、そこの旅のお方。ここは行き止まりだぜ」
あー、リア充に見つかってしまった。
きっとザイモクザのせいだな。
あいつの声馬鹿でかいし。
「あの、あたしたち空からいきますので、お構いなく」
さすがユイガハマ。
こういうリア充にはいい働きをする。
「ああん? よく見たら可愛い子が三人もいるじゃねぇか」
「お、お兄ちゃん」
コマチは初めてのことでビビってるらしい。
「コマチも可愛いって言われた!」
前言撤回。
こいつ全く怖気付いてねぇ。
逆に俺の方が恐怖覚えてるまである。
心臓バックバクである。
あ、これは知らない人に声をかけられたから緊張してるのか。
「よぉ、兄ちゃん。そこの三人のかわい子ちゃんたちを置いていけば、通してやってもいいぜ」
次から次へとバカがわらわらと増えてくる。
よくもまあ、こんな朝から集まるもんだな。
俺だったら、普段は昼まで行動する気にもならんぞ。
今は旅だから仕方なく起きてるだけだし。
というかこいつらチンピラか何かなの?
「だってよ、三冠王のユキノシタユキノさんや」
「あら、よくこの場で私のフルネームを言えたものね。忠犬ハチ公さん」
つい皮肉が混じってしまったが、彼女も負けじと皮肉で返してきた。
というかその名で呼ばないでほしい。
待ち合わせの目印になっちゃうじゃん。
「「「「「へっ?」」」」」
ザイモクザ以外この場にいる全員が声にならない声を上げて、驚愕を露にしていた。
つーか、ザイモクザ。
なに距離あけて見てんだよ。
「はっ? お前ら何言ってんだ? こんなところに三冠王がいるわけねぇだろ。それに忠犬ハチ公ってなんだよ。待ち合わせ場所の目印かなんかかよ。だっせー」
言うな。
俺だってそう呼ばれるのは不本意なんだよ。
「三冠王のユキノシタはカントーの人だぜ。こんな遠いカロスに来るわけねぇだろ」
「つくならもっとマシな嘘をつけや」
全くもって誰も信じようとはしない。
まあ、それが普通だよな。こんな辺鄙なところにカントーでも有名な奴がいるなんて誰が思うかよ。それに顔を知らなければ本人かどうかなんて分かるわけないもんな。
「………なんだ、その目は。やんのか、ああっ?」
うわー、すげぇチンピラっぽい。威圧的な態度で威嚇して大声をあげられたら、そりゃ来るもんあるけどさ。
知らないってのも意外と幸せかもしれないな。世の中知らない方が良かったことだらけだし。俺なんか知らなくもいい知りたくもない情報を掴んでしまって首を突っ込まざるを得ないってことに何度も出くわしてるくらいだし。
「お、おい………お前らその辺にしておけ。というか今すぐこの人たちに謝れ。じゃないと俺ら全員死ぬぞ」
「はっ? お前何腰抜けなこと言ってんだよ。こいつらは有名人の名前を出しておけば、通してもらえると思っているような奴らだぞ」
「これ、見てもか」
そう言って、ローラースケーターの一人が威圧的な男にホロキャスターで検索したと思われる画像を見せつける。たぶん、あれはユキノシタの方だろ。俺なんか写真に写らないような存在だし。スクール時代の写真も集合写真以外ほとんどない。捨てたとかじゃなく最初からないのだ。先生たちもさぞ大変だっただろう。親に見せるための写真が一枚もないんだから。
「え? はっ? え? うそっ? マジか」
「それとこっちも」
指をスライドさせる動きをして、たぶん忠犬ハチ公についての記事でも読ませているんだろう。
「………ロケット団の内部分裂の黒幕。その正体は腐った目のような一人の少年。ポケモン協会から送られた若きエージェント…………なんだこれ」
「忠犬ハチ公で検索したら二番目に出てきた記事だ。たぶん、この人たちは、片方は確実に本物だ」
「「「「…………………………」」」」
俺を指して言った言葉にローラースケーターの全員が言葉を失った。
「……それとその人のリザードンはなんかヤバいって噂が書いてあるぞ」
誰だよ、そんなこと書いた奴。
何がヤバいんだよ。
全員が俺を見てくるのでリザードンを出してやった。
「「「「「「ももももももも申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああっ!!」」」」」」」
絶叫とともに全員が道を開けてくれた。しかも土下座付きという。
「お、おう。その、悪りぃな」
取り敢えず、俺がここにいてもことが先に進みそうもないので、歩みを進めることにした。俺とリザードンが通って行くと続いてユキノシタたちもついてくる。その間、彼らはずっと頭を上げることはない。
なんだこれ。
どこの殿様だよ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
彼らが見えなくなったところで口を開く。
「お前知ってたんだな。さっきは知らないとか言ってたくせに」
「あなたの経歴は知っていてもあなたという人間については私は何も知らないもの。知る前に私たちの前から消えちゃう方が悪いのよ」
なんつーややこしい言い回しだよ、とユキノシタに嘆いていると、脇ではユイガハマとコマチが何かのやり取りをしていた。
「ねぇ、お兄ちゃん? 今のどういうこと?」
「そうだよ、ヒッキー。なんで今のであの人たちは土下座しだしたりしたの?!」
くわっと詰め寄ってくる二人に、何故か後ずさりしてしまった。
多分あれだな。
コマチが笑顔なのに目が笑ってないのが原因なんだろうな。
こういう時のコマチはマジ怖いから。
それとそこのデブ。
ジバコイルの上で変なポーズとって踊り出すな。
「そのまんまの意味よね、忠犬ハチ公さん」
「お前、何気に気に入っただろ。その呼び名」
「あら、ぴったりだと思っただけよ」
ふふん、と得意げに返してくる。
なんかむかつくなー。
今度からは氷の女王って呼んでやろうかな。
「失礼なこと考えてないで二人に説明してあげたら?」
「え? やだよ。何で自分のことを言わなきゃなんねーんだよ」
「あら、では私が説明しましょうか? 洗いざらい」
何言う気だよ。
怖ぇーよ。
絶対有る事無い事言う気だろ。
勘弁してくれ………。
「わかったよ。言えばいいんだろ、言えば」
こいつ絶対さっきの事根にもってやがるな。
向けられる視線がふつふつと痛みを増していく。
「ポケモン協会からの依頼でロケット団の残党狩りをしていたら、周りがそう呼ぶようになったんだ。別に忠犬ってほど従った事もねーんだけどな」
「だから、何でそういう大事な事を言わないのさ。旅から帰ってきたと思ったら、家でぐうたら過ごしてしかいなかったし、てっきり弱いもんだと思ってたのに。いざバトルしてみればユキノさんにまで勝っちゃう始末だしおかしいとは思ってたけど、あーもうなんか煮え切らないっ!」
久々に巻くし立てるコマチを見たような気がする。
「親父や母ちゃんにも言ってねーんだよ。俺はそんないい事をしてきたわけじゃ無いからな。妬みやらなんやらいろいろ買ってるんだ、言ったりしたら巻き込むだけだろうが」
「全くもう、これだからごみぃちゃんは。ほんと、ゴミなんだから」
おい、コマチ。
それもうゴミでしか無いじゃん、俺。
「バカ、ボケナス、ハチマン」
「いや、ハチマンは悪口じゃねーだろ」
「ふんだ、お兄ちゃんなんかもう知らない」
そう言って、てててっと何処かへ走り去って行った。
「コマチちゃん、待って~」と言ってユイガハマが追いかけたから大丈夫だろうけど。
「ハチマン、妹君に本当の事を話さなくて良いのか?」
なんだかんだで聞いていたザイモクザが俺に聞いてくる。
ただし、ジバコイルの上で胡座を欠いたままだ。
「いいんだよ。さすがにあの話はコマチには重たすぎる」
「三日天下もあったものね。特に仕事をするわけでもなく三日目にやめた」
「ほんと何でそういう事まで知ってんの、ユキノシタ」
「私がユキノシタ、だからかしら」
「はあ……………」
旅の二日目で妹と喧嘩しててこの先大丈夫なのかね。
✳︎ ✳︎ ✳︎
コマチが走り去ってから早一時間。
俺は何をするでもなくぼーっと二人が戻ってくるのを待っていた。
空を見上げれば、雲はゆっくりと流れ。
振り返れば、ザイモクザが…………何してんだ?
そういやユキノシタは、と思って周りを見渡してもいなくて。
「あれ? ひょっとして俺たち捨てられた?」
「なに?!」
つい溢れた独り言がザイモクザによって拾われた。
「そ、それは確かなのか? もしそうなら、一大事だぞ。主に食事が」
こいつは……………。
「さすがに一時間も帰ってこないしな。そろそろ探さねーとヤバいか」
「暇だから我も手伝ってやろう」
とりあえず、ユキノシタは放っておいても問題無いだろう。
「どこまで行ったんだ、あいつら」
「空から探してみてはどうだ。我はこのままジバコイルに乗って探し回ってみるとする」
「なら、任せた」
ザイモクザの提案の下、リザードンの背中に乗り空から探すことにした。
コマチと喧嘩なんていつ以来だろうか。
というかこれを喧嘩と言っていいものなのかどうか判断に苦しむところだが。でも、コマチのあんな悲しそうな顔は紛れもなく俺の失態だろう。
これでは何のためにコマチの旅についてきたのかわからないではないか。母ちゃんは俺にコマチを守ってくれと遠回しながらも訴えてきた。散々拒否していたあの親父までもが許可を出すくらいだ。両親としては俺がいれば安心できると判断したんだろう。
オーキドのじーさんはメガシンカについて調べてこいって言ってたが、それも家からあまりでない俺をコマチのお供につけるための口実でもあった。
けど、そんなのはあくまでも周りの思惑であり、俺の意見ではない。それでも俺は自分で選んでここまできたんだ。一緒に旅をしていればコマチが俺の噂を耳にすることもあると予想もしていた。予想外とすれば、ユキノシタやユイガハマが一緒に旅をすることになったことだろうか。
だが、それも旅では良くあることだし、俺みたいなぼっちでもないコマチは旅先で友達の一人や二人くらいは作ることも分かっていた。なのに、俺は一体何をためらっているのだろうか。
コマチに旅の話はあまりしていない。話すようなことも特にないのもあるが、あったとしても聴いて楽しいようなものは一つもなかったからだ。
三日天下の話にしろロケット団の残党狩りにしてもその間のことにしても………。
それにロケット団の話なんかをコマチに聞かせてしまえば、コマチのことだから俺に隠れて何かやろうするかもしれない。
下手をすればあのサカキにコマチが狙われる可能性だってある…………うん、否定はできないな。
しかし、コマチはようやくポケモンを手にした初心者トレーナーだ。
今、ロケット団の奴らと対峙したところで相手にもならないだろう。
それなら、いっそ知らない方が身のためだろう。
だけど、それじゃ話が最初に戻るだけだし。
どうすりゃいいんだよ。
『随分とお悩みのようだな』
「お前の生みの親………はあのグレン島のジムリーダーだったな、それの元ボスにコマチが狙われるかと思うと話していいものか迷ってるんだよ」
『サカキはまだ生きているようだからな。息子にも会えたんだ。ロケット団再興を宣言して、次に何をしてくるかは予想ができないのは確かだな』
「ああ、だからコマチを巻き込みたくはないんだよなー。俺との接触のための材料にし兼ねないのがあの男だし」
『オレには人間の言う感情というものがよくは分からんが、ご主人やレッドに抱くくらいの情があったのも事実。そして、お前もオレが認めたやつの一人だ。それだけは告げておく』
「はは、まさかお前に慰められるとは…………」
こいつはこいつなりのやり方を通してきたのだろう。
なら、俺も俺らしくやろうじゃないか。
「シャア」
「どうした、リザードン?」
『見つけたようだな』
「ああ、そうか。リザードン、このまま案内してくれ」
俺が言うと高度を下げていった。
コマチがいたのは本道から外れた林の中だった。
もちろんユイガハマもいた。
加えて、なぜかユキノシタの姿もあった。
そして三人は囲んで話をしていた。
「…………ーーーでねー。ヒッキーはその時もやらかしてたんだー」
「全く、いつ聞いてもそんな話ばかりね」
「ほへー、お兄ちゃんらしいというかなんというか」
あれ?
これ俺の陰口じゃね?
つまりはそういうことか?
俺の悪口をみんなでいうことでスッキリしよう、みたいな。
「でもさー、結果的に見ればヒッキーのおかげで助けられてるんだよねー」
「そうね、私も似たような経験があるわ」
「……お兄ちゃんはいつだって優しいですから。自分が傷つくのは御構い無しに助けてくれる。不器用だから、その時には分からなくても思い返せばってことは多々ありますし」
いや、言うほど助けたつもりはないんだが。
「あーあ、私またつまんないことで意地張っちゃったなー」
「そう思うのなら戻って謝るべきよ。誰かさんみたいに先延ばしにしてたら、余計に辛くなるだけだもの」
「そうだよ。ヒッキーも許してくれるよ」
あ、何気こいつらコマチを連れ戻そうとしてたわけね。
無理だな。
俺にはこんな芸当できねーわ。
まず、会話が続かん。
「ん? なんだケロマツ」
ペシペシとケロマツが頭を叩いてくるので指差す方を見ると、またベタな展開が繰り広げられていた。
「なんでこういう時に限ってあいつはこうも巻き込まれてんだ?」
存在そのものを忘れていたザイモクザがビークインとミツハニーの群れに追いかけ回されていた。
しかも多分あれは三つくらいの群れはいるだろう。
なにせ、ビークインが三匹もいるんだからな。
ビークイン一体に群れが一つ形成されるらしいし。
「ハ、ハチえもーん、助けてー」
あいつならなんとかできると思うんだが…………。
そういやあいつ虫嫌いだっけ?
俺も得意ではないだけど。
「自分でどうにかしろ。お前がしたことだろうが!」
「え? お兄ちゃん?」
「ヒッキー!? まさか今の話聞いてたんじゃ………」
「やっぱり、警察に突き出すべきね」
「あ? 俺は何も聞いてねーよ。俺の陰口とか聞いてねーからな」
「ちょー、聞いてんじゃんっ!」
あれ………。
まずったか?
「……それより逃げた方がいいんじゃねーか?」
ザイモクザがこっちに来るもんだから自ずと危険も付いてきている。
あいつ後でしばくの決定だな。
「「「え?」」」
三人が同時に振り返ると。
虫ポケモンが大量にいますねー。
「きゃああああああああああっ!」
「あわわわわわわわわわわわっ!」
「ひぃいいいいいいいいいいっ!」
まあ、それが当然の反応だわな。
あのユキノシタまでもが驚くとは思いもしな方が。
ちょっと新鮮な気がする。
「ヒ、ヒッキー! あれどうにかしてぇぇぇえええええええええ!」
「お兄ちゃん、こういう時こそお兄ちゃんの出番だよ!」
お前ら都合のいい時だけ俺を使うなよ。
まあ、俺がやるけどさ。
二人じゃまだ無理だし。
「んじゃ、リザードン。ブラストバーン」
まあ相手虫だし、焼けばいいだろ。
後は。
「おい、ザイモクザ。電気技使え」
「おお、そんな手があったか」
どんだけパニクってたんだよ。
「ロトム、ほうでん」
しかもロトム持ってやがるし。
ジバコイル使うんじゃねーのかよ。
そいつはお前の乗り物じゃねーだろ。
「ロ、トォォォ」
火と電気を嫌いハチの大群は逃げて行った。
あれだけいたのに結構呆気ないと思ったのは言わないでおこう。
絶対女子三人に冷たい目で見られるのは確実だ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「それでお兄ちゃん。コマチに何か言うことはないのっ?!」
ビークインのミツハニーの群れを追っ払ってから既に三十分が経っていた。
おれは一体いつまで正座を強いられるのだろう。
結構足がしびれてきてヤバイことになっている。
「その……………なんだ、強く言いすぎた………な。悪かった」
説教という名のコマチの愚痴(主に俺)を聞かされ続け、ここでやっと口を開けるようになった。
当初の予定じゃもっと早く終わるつもりだったんだがなー。
「何でコマチに隠してたのかは………………聞かないほうがいいん、だよね?」
怒気の下がった声でしおらしく聞いてくる。
「ああ、まあ今はまだ、な。………けど、いつか………そうだなコマチがバッジを五つくらい取れる実力をつけたら、その時は必ず言う」
「そっか、ならコマチはそれまでは聞かないようにするね」
「ああ」
「これってコマチのためなんだよね………………?」
不安げではあるが上目遣いで俺を見てくる。
なんか一瞬、たじろいでしまった。
「………俺はお前を必ず守れるって言えねーからな。そんな不確かな約束をして過信されたんじゃ、できることすらできなくなる。だから、巻き込まれても自分でどうにかできる実力をつけた時に話そうとは思ってたんだ。ザイモクザは結構付き合いが長いし、ああ見えて実力はあるからな。知られたのは偶然だが、放っといてもどうにかできるやつだ。ユキノシタの場合は、多分あの『ユキノシタ』だから知ってるんだろうな。そうでなくてもあいつは三冠王だ。ポケモン協会とのつながりは普通にあるし、俺の話を聞いてたとしてもおかしくはない。だから、お前も、……コマチもそれくらい強くなったら教える」
ほんと、なんでユキノシタは知ってんだろうね。
「わかったよ、お兄ちゃん。バッジ、五つ以上手に入れられたら絶対教えてもらうからね!」
「ああ、それは約束だ」
これでやっとコマチとも仲直り。
「話は終わったかしら」
「あ、ああ、まあ」
「そう。それじゃ、さっさと行きましょう。日が暮れないうちにハクダンシティに入ってしまいたいわ」
「そうだな」
踵を返して先に進んで行くユキノシタの後ろ姿を見ていると
、
「ねぇ、ヒッキー」
「なんだ?」
ちょん、とユイガハマが俺の服の裾を小さく摘んできた。
あまりそういう仕草をしないでほしい。
勘違いして告白して振られちゃうじゃん。
振られるのは確定なんだな。
「あんまり無茶しないでね。ヒッキーが強いのは知ってるけど、心配なものは心配なんだから」
お、おう。
こういう風に直接的に言われたのは初めてだな。
それにしても心配か。
ユイガハマが俺をそこまで心配する理由はないと思うんだが。
「できる限り善処する」
「ばか」
えー、なんでそこで怒られるのー。
もう、わけわかんねー。
「お兄ちゃーん、早くー。おいてくよー」
手を振って俺を呼びかけるコマチ。
まだ、幼さが抜けきらないその笑顔はあまり崩したくはない。
改めてそう思った。
「全く………」
ジバコイルに乗っているザイモクザとともに三女の元へと駆けた。