ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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63話

「ユキノちゃん!!」

 

 ヘリから降りてきたハルノさんは一目散にユキノシタに駆けつけていった。さすが魔王。シスコンっぷりを発揮している。

 

「大丈夫!? 怪我ない!?」

「い、痛いわ、姉さん」

 

 ぐわんぐわん揺さぶってくる姉に妹の方は意識を奪われそうになっている。

 心配なのは分かるけど、そんな揺さぶると吐くぞ。

 

「それより、フレア団を………」

「そっちは大丈夫よ。今私のポケモンたちがヘリに詰めているもの」

 

 言われてみるといつの間に命令を出したのか、ハルノさんのポケモン六体が意識を失って地面で寝ているフレア団を回収している。

 カメックスはもちろん、ネイティオにメタグロス、ハガネールにバンギラス二体と………。

 

「はっ? バンギラス二体?!」

 

 思わず起き上がってしまったではないか。

 えー、バンギラス二体って…………えー…………。

 つか、おいゲッコウガにリザードンよ。お前ら何一緒になって運んでんだよ。ちょっと元気すぎやしないか? まあ、爆発の影響受けてないからだろうけど、今まで連戦してたんじゃねぇのかよ。トレーナーよりも元気とかタフすぎだろ。なんかこっちが申し訳なくなってくるじゃん。

 

「あ、ヒキガヤくんだ」

「あ、じゃないですよ。もう少し早く戻ってきてくれると俺がこんなにならずに済んだのに」

「ごめんごめん。私もあっちでフレア団に取り囲まれちゃってさー。あんな大勢を一人で狩るのは大変だったよ。うんうん、今ならあの時の君の苦労も分かるってもんだ」

「はあ………、そっちも大変だったみたいですね」

 

 やっぱりあっちでも一戦交えていたのか。じゃなきゃこのシスコンが遅れてくるわけがないな。未来も見ようと思えば見れるんだし、それでも来なかったのはあっちで手一杯だったってことだろ。数が多かったんだろうな。

 

「それで、結局どこから情報が漏れてたの?」

「………分からないわ。フレア団を倒す以外に気が回せなくて」

「ヒキガヤくんも?」

「まあ、そうっすね………」

 

 ん?

 今サガミがビクって反応したような………。

 

「彼は人間らしく戦ってたわ」

「ふーん」

 

 ねえ、ちょっと。あんたら、その憎たらしい笑みをやめてくんない?

 心がえぐられる感じなんだけど。

 なにこの晒し者感。めっちゃ恥ずい。

 

「あー、そうそう。君が心配してる人たちは無事みたいよ。いまだ行方不明らしいけど、マスタータワーを壊したのは彼らだって話だよ」

「……そう……すか………」

 

 はあ………、生きてはいるのね。

 ならまだ………。

 

「は、ははっ、ははははっ」

 

 なんか安心して笑いが止まらなくなってる。

 力のない笑いってキモいな。声だけでも分かるぞ。また地面に寝直してるからなおさら声出てないし。

 

「ヒッキー! ゆきのーん!」

 

 あれー? 幻聴かなー? そろそろ意識が遠のいてきたのかなー。ユイガハマの声が聞こえてくるぞー?

 

「うっわ、なんですかこれ。ヤバくないですか」

「っべー、マジヤバイでしょー」

 

 イッシキがこの状況を見て戦いているな。あと、トベうるさい。声が地面に響いてくる。

 

「あ、お兄ちゃんが死んでる!」

「生きてるわ!」

 

 あー、身体痛い。二度も勢いよく起き上がれば身体に響くわな。

 

「あ、生きてた」

「勝手に殺すな」

「ゆっきのーんっ」

「あ、暑苦しい………」

 

 爆発騒ぎを聞きつけてきたのだろう。

 あ、百合ノシタと百合ガハマに姉のんがちょっと引いてる。

 

「さて、ゴミは積み込んだことだし、後は情報を漏らした間抜けな子にお仕置きだね」

「姉さん、もう少し言葉を選んで………」

 

 魔王がなんかイライラしてる。

 絶対キレてる。何に対してなのかは知らないけど。知りたくもないけど。フレア団に対してであって欲しいところではあるけど。

 

「ん?」

 

 カツラさんに守られていた………あれはサガミの取り巻き二人か。あいつらがなんかサガミをじっと見つめているんだけど。

 

「そうですね、今からユキノシタさんに一人一人聴取してもらえばいいじゃないですか? 嘘をつけばハチ公に殺されるぞってでも言えば口を割るでしょ」

「わーお、ヒキガヤくん、真っ黒だねー。お姉さん、そういうの大好きだぞっ」

「いやいや、ユキノシタさんほどじゃありませんって」

 

 ふふふっ、はははっ、と笑みを浮かべる俺たちに果たして周りはなんと思うのだろうか。いや、もうすぐそこに結果が出ていたわ。

 

「あ、悪魔が二人もいる………」

 

 ユイガハマの一言はさらに周りへ強い印象を与えたことだろう。

 なんせカツラさんの後ろで女子二人がビクっと大きく反応を示したし。

 

「………なん、なのよ………」

 

 あー、なんでこいつら来ちゃったんだろ。もう少し後に来てくれた方が良かったような気がしてきたぞ。

 

「なんなのよ! その男はっ?!」

「そ、そうだ! そいつは何者なんだ! こんなデタラメな力を使いやがって! ほとんど一人でフレア団を倒したようなものじゃないか!」

 

 ほらきた。

 どうするよ、これ。

 サガミたちがすんごい怯えた目をしてるんだけど。もしかしてあいつら気付き始めてるんじゃね?

 

「ユキノシタさんたちと親しげだったり、シロメグリさんが意見を求めたり、何なんだよ!」

 

 あー、もうこれは収まらないな。

 次々と矛先が俺に向けられてくる。

 まあ、これでどこぞのバカが犯したことは有耶無耶になってるようだけど。

 

「………お、お兄ちゃん………」

「ヒッキー………」

 

 はあ…………、だからそんな目をしないでくれ。やりにくいではないか。

 

「ヒキガヤくん、どうする?」

「言っちゃっていいんじゃないですか? 言わなきゃ収まりそうにないし」

「言っても収まらないと思うのだけれど」

「それな」

 

 仕方ないので種明かしをしてもらおう。

 

「黙りなさい! そんな矢継ぎ早に聞いても何も変わらないわよ。ふふっ、そろそろ気づいてる人もいるようだけど」

 

 魔王が語りだした。

 魔王の一声は場の空気を奪う。どんな技だよ。

 

「彼が恐ろしいかしら? フレア団に奇襲をかけられたというのに平然としている彼が恐ろしいのかしら? それとも彼が使った力が恐ろしいのかしら?」

 

 いえ、あなたが一番恐ろしいです。魔王様。

 なんでそんな煽り立てるような言い方するんだよ。余計にハチ公の名が恐怖の対象になるじゃねぇか。

 もしかして尾ビレをつけてるのってこの人だったりしないよね。あれ? なんかあんまり自信なくなってきたぞ。やっててもおかしくねぇ。

 

「まあ、そうね。あなたたちが思った通り彼は恐ろしいわ。だってたった一体でユキノシタハルノのポケモンを六体とも倒したようなトレーナーですもの。でもまさかそんな彼が私たちの上司になるとは思いもしなかったけどね。ね? ハチ公くん」

 

 なにが、ね? だ。

 今この状況で恐ろしいのはあんたでしょ。

 

「姉さん………、多分今の状況で一番恐怖の対象になってるのは間違いなく姉さんよ」

「あれ………?」

 

 うわー、魔王恐ろしいわー。

 何が恐ろしいって、これでも抑えてるつもりなのに抑えられてないってとこだ。魔王感が抜けきらないとか、普段どんだけ恐ろしいんだよ。

 ほら、サガミなんか一番怯えてるじゃ…………怯え過ぎだろ。

 

「……………」

 

 ーーーああ、そういうことか。

 じゃあもう、こいつら全員いらんな。

 

「………それじゃあ、ハヤマくんはそいつに殺されたっての?」

「あ?」

 

 何を言ってるのかね、そこのポニーテール。誰だよこいつ。人を勝手に人殺し扱いすんなよ。

 

「あっはっはっはっ! ハヤトが殺されたって? そんなことあるわけないじゃない。ハヤトにしろ彼にしろどっちもそんなことにならないって」

「信じられません。だったら彼は今どこにいるんですか!」

「それは教えられないよんっ。これ以上情報が漏洩されちゃ困るもの」

「くっ、あんたたちが知ってること全部教えなさいよ! チャーレム!」

 

 ムキになって攻撃してきたんだけど。

 はあ………、こっちだって辛いっつーのに。

 

「面倒くさ……」

 

 もう面倒なので恐怖なりなんなり与えて帰ろう。

 腕を前に出したのを合図にダークホールが現れる。

 チャーレムが撃ち出したきあいだまが真っ直ぐ吸い込まれていった。

 

「なっ!?」

 

 もう一度、今度はチャーレムの頭上に黒い穴を作り、そこからきあいだまをお返しした。

 タイプ的に特に大ダメージにもならないだろうし、これでいいだろ。

 

「悪いがもうお前らは用済みだ」

 

 よっこいせと立ち上がりそいつを見下すように睨めつけると身体が竦んだように動かなくなった。

 

「用があるとすればフレア団に情報を漏らしたバカくらいだな。別に出て来いとは言わねぇよ。こんなところで出て来いなんて言ったらかわいそうだ。俺は優しいからな。そんな吊し上げるようなことはしねぇよ」

 

 重い足取りで彼女の元へと向かう。

 ゆらりゆらりと歩く姿はそりゃ気持ち悪かっただろう。

 彼女の前に立つと「まあ、でも」と俺は続けた。

 

「いくら優しい俺でもそんな反抗的な目を向けられると、お前を見せしめにしてやりたくなってくるなー」

 

 しないけど。

 言葉だけでしたいとも思わんけど。

 

「チャ、チャーレム!」

 

 まだくるか。

 振り向きもしないで黒いオーラで止めればこの状況も終われるかね。

 

「なっ!?」

「こんな見え見えの動きをされても無駄だっての」

 

 そのまま眠ってもらおう。

 さいみんじゅつを施し、チャーレムを眠らせた。

 ごめんな、チャーレム。お前には何の罪もないのに。

 

「大体こちとらフラダリに命狙われてんだ。対抗策としてこんなごっこ会議なんか開いてみたが、結局何の成果もない。はっきり言って時間を無駄にしただけだ。その上これ以上面倒事を増やされちゃ敵わん。だから今を以てこのごっこ会議は解散とする」

 

 ようやく俺に対して恐怖の眼差しを向けてくるようになった。

 女子相手に何してんだろうな、俺は。

 

「ま、今回は社会勉強をしたとでも思っとけ。裏社会は怖いんだ。いつ命を狙われるかも分からんって事も身をもって理解できただろ。だから、まぁ……」

 

 少し間をおいてこの濁った目でキツく睨みつけた。

 

「とっとと失せろ」

 

 その一言でガクガクと震えだした目の前のポニーテールは後ずさりをして、チャーレムをボールに戻すと一目散に逃げていった。それを見た他の者も次々と逃げ出していく。

 これでいい。これであいつらがこの事件に関わらなくて済むはずだ。これでもまだ首を突っ込もうとするのであれば、そいつはバカかネジの外れた大バカだ。

 怪我した奴らの手当すらせずに逃げていく薄情者どもを見送ってから振り返ると、すっごい冷ややかな眼差しを送ってくる一角があった。

 

「逃がしちゃってよかったの? 情報を漏らしたのが誰かも分かってないのに」

「大丈夫ですよ。逃げたくても腰を抜かしてますから」

 

 ハルノさんが俺の言葉に辺りを見渡すと「ああ」と気がついた。

 残っているのはサガミたち三人と怪我をして動けない者たち。怪我はトツカが手当てして回ってるようだから直になんとかなるだろう。この様子を見る分に誰も死んではいないようだ。瓦礫の下に埋もれてるとかってなったらまた話は別だけど。

 

「ミナミちゃんが言ったのよ!」

「そ、そうよ! 全部ミナミちゃんが喋ったのよ!」

「え、ちょ、ちが………」

「私たちは全部話すつもりなかったのに、ミナミちゃんが!」

「新聞の取材に全部答えるなんてと思ったけど、私たちは割りこめなかっただけよ!」

「そうよ、そのせいでこんな目に遭うなんて私たちは被害者なのよ!」

「っ…………」

 

 責任の押し付け合いか。

 いきなり口を開いたかと思えば醜い奴らだ。

 

「これこれ、人に責任を押し付けるのはいかん」

 

 けど、カツラさんに言わせちゃダメだよな。

 これはあくまで俺が責任者の会議だ。どう扱うにも俺がどうにかしなければ。

 

「……別にお前らが悪いわけじゃない。だから責め立てることもしないし、罰も与えない。悪いのはもっと注意を喚起できなかった俺の責任だ。ま、これでこっちとしてもあいつらの手口が間近で分かったわけだし、収穫はあったさ。だからもう、お前らも用済みだ」

 

 ギロリと睨むとすくむ足に鞭を打って無理にでも動かし走り去っていった。

 カツラさんが呼び止めていたが聞く耳を持たず、一秒でもここに居たくないと言わんばかりに行ってしまった。

 

「で、お前はどうすんの?」

「ッッ!?!」

 

 サガミを見ると。

 

「う、うちは、悪くない………悪くないんだからぁぁぁあああああああああっっっ!!」

 

 こっちもこっちで泣きながらどこかへ行ってしまった。

 うわー、かわいそうに。

 友達(笑)に売られて何も言い返せずに俺たちの目の前で責任だけを背負わされて。

 あーあ、友達って怖いなー。

 

「ふぅ………、良かったのか? あれで?」

「いいんじゃないですか? あいつらに少しでも良心があれば罰が与えられないことがどんだけ辛いことか分かるでしょ」

「そうね、罰がないのは罰を与えられるよりも辛いもの」

 

 経験者は語る。

 いや、あれはユキノシタが………はい、ごめんなさい。俺が悪かったよね。うん、だからそんなに睨まないで。

 

「見事な鬼畜っぷりだねー、ヒキガヤくん」

「ユキノシタさんにだけは言われたくないです。なんですか、あの問い詰め方。魔王かと思いましたよ」

「大丈夫よ。あなたも十分魔王だったから」

「……………」

 

 あれ?

 俺はいつの間にハルノさんと同格になってしまったのだ? いやこれは何かの間違いだ。俺がそんな魔王だなんて………。

 

「んで、シロメグリ先輩………ってなんでそんな怯えた目で見てるんですか。取って食おうなんて考えてませんよ」

 

 えー、意外とこの人も修羅場に弱い系なの?

 大丈夫なのか、ポケモン協会。

 

「い、いや、別に、そういう、わけじゃ、ないん、だけど…………」

 

 人差し指をちょんちょんとこすり合わせて目を合わせてこない。というか泳ぎまくってる。

 これは俺がやりすぎたってことなのか?

 

「なんか結局、ヒキガヤくんが悪役みたいになっちゃったから…………」

「別に間違いじゃないでしょ。結局俺はみんなを利用してただけの悪党ですから」

「でも!? それはフレア団に対抗するためであって……!」

 

 やっと目が合った。

 

「ポケモン協会に属しているからといって、今回はあいつらにとって活動領域外の出来事なんですよ。人は信じられなければ受け入れられない生き物なんです。そんなところにいつまでも首を突っ込んでいたいなんて思わないし、丁度ここには体のいい悪党擬きがいた。だったらそいつに全てを背負わせて知らなかったことにしてしまえば、自分は関わらなくて済むってことなんです」

「でも、そんなの………あまりにも酷すぎるよ」

「けど、それが現実ってもんです。それにそんな奴らがいたところで足手まといなだけ。こっちとしても丁度良く切れてよかったんですよ。こっから先は食うか食われるかの戦争なんですから」

 

 伝説のポケモンみたいに千日戦争とかになったりしないよね?

 終わらない戦いとか俺やだよ?

 

「怖ければこれ以上踏み込まない方がいい。例えポケモン協会の、しかも上の方の立場だとしてもです。今回は特に危険だ。まだサカキを相手にしてる方がマシだと言ってもいい。………お前らもだぞ。今ならまだ引き返せる。というか引き返せ。これ以上関われば命を狙われても文句は言えん」

「あら? 勝手にベラベラ喋っているかと思えば、いつものが抜けていないだけのようね」

 

 スタスタと歩いてきて俺の前に立ったかと思うと、いきなり俺の頬を抓ってきた。

 

「ふぁがっ!?」

 

 痛いんですけど。

 

「以前言わなかったかしら? 私はどこまでもあなたについていくって。何年探したと思っているの? たまに会えば助けられるだけで何もできないのはもうごめんよ」

 

 やっぱり探してたんだ。ストーカーだったんだな。

 なんて冗談でも口にしたら殺されるな。

 

「ひゃんでほれの頬をふねるひふようがあんの………?」

「お仕置きよ。私が言った言葉を忘れるおバカさんには何度だってお仕置きしてあげるわ」

「ほまえ………」

「もう、忘れられるのはもっとごめんよ…………」

 

 ほんとに鋭すぎやしませんかね。

 なに? 俺の最終手段、もうバレちゃってんの?

 ていうか手を離して。絶対赤くなってるから。

 

「先輩、やっぱりおバカさんですね。私たちはとっくに覚悟を決めてますよ。逆に決まってないのは先輩の方ですって。トレーナーになってまだ一ヶ月そこらの私たちがいたらそりゃ不安なのもわかりますけど、この一ヶ月間、誰の下でバトルしてきたと思ってるんですか。まあ、ユイ先輩は危なっかしいですけど」

 

 やれやれといった感じで呆れられた。

 あれ? 俺後輩にまで呆れられてんの?

 

「うぇっ!? イロハちゃんなんか酷くない?! あ、あああたしだってゆきのんに鍛えられてんだから強くなってるし!」

「はあ………、ごみぃちゃんはいつまで経ってもごみぃちゃんのままかー。コマチはなんだか悲しいよ……。およよ」

「あーしらもいくよ! ハヤトの借りはきっちり返さないと収まんない」

 

 あ、やっと解放してくれた。ああ、すっげーヒリヒリする。

 

「……はっ、揃いも揃ってバカな奴らだな………」

 

 ほんと、こいつらに呆れて物も言えなくなってしまう。

 揃いも揃って大バカ野郎だ。

 

「もう、好きにしてくれ…………」

 

 神様よ。いるならどうかこいつらを守ってやってくれ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 リザードンたちがいつの間に詰め込みから瓦礫の撤去に移っていた。あいつらなんなの? 誰が指示してんの?

 と思ったらリザードンだった。長く修羅場を越えてきた者の成れの果てなのだろうか。あいつ、ハルノさんのポケモンたちまでこき使ってるし。怖いもの知らずめ。

 まあ、ポケモン同士知らない仲でもないわけだから、大丈夫なのかもな。

 

「それで、会議を解散させてしまったけれど、これからどうするつもりなのかしら?」

「どうするも何も、何の手立てもない。ただこれ以上時間を無駄にするだけだと思って解散させただけだ。こうなったら使い物にならんし」

「ヒキガヤくん、人をコマ扱いするのはよくないよ」

「うっ………、そんな目で見ないでください………。なんか、心が痛くなってくるんで。マジで勘弁して………」

 

 なんだろう、さっきのを引きずって目が未だうるうるしてるメグリ先輩に見上げられると、マジで心が痛い。

 今の俺には効果は抜群だ。何ならいつでも効果抜群なまである。

 

「ただ、まあ取り敢えず状況を整理しよう」

「そうね」

「会議を終わろうとしたら、フレア団に襲われた。サガミたちが原因で情報が漏れたとみて間違いないだろう。新聞の取材とかって口走ってたし、メディアを抑えていたフレア団がカモとしてあいつらを捕まえただけだな。はっきり言ってそこは誰でも良かったんだと思う」

 

 あ、なんか黄色いテープ貼りだしたぞ。

 どっから出してきたんだよ。

 

「なんか先輩が甘くて気持ち悪いです」

「別に甘くはない。もしカモになったのがお前らだったとしたら俺は、同じように罰を与えないだろうからな。仮定の話ではあるが、お前らだけを贔屓にするのは間違いだと思う。だから罰なんて与えない」

「へー、やっぱり甘いね、ヒキガヤくん。だけど、それじゃあの子達、特に最後の子なんか自殺しようとか思っちゃうかもよ?」

「自殺って………」

「姉さん、ほどほどにしてちょうだい。ユイガハマさんたちがさっきから姉さんのこと引いてるから」

「やーん、みんな引かないでよー。お姉さん怒っちゃうぞ☆」

「そういうのが引かれるんじゃ………」

「……………」

 

 あ、魔王が拗ねた。

 体育座りで瓦礫いじり始めたぞ。

 どうすんだよ、これ。

 

「先輩の所為です」

「俺の所為なのか?」

「放っておきましょう。すぐに元に戻るだろうから」

「妹がこう言ってんだから先進めようぜ」

「それもそうですね」

 

 あっさり流された。かわいそうに。

 これ、構ってやらなかった場合、どうなるんだろうか。

 あ、ドーブルがダークホール開いてそこへ瓦礫を集め始めてるんだけど。ダークホールがゴミ処理場とか酷い使い方だな。

 

「ま、これでメディアが抑えられていたことの実証になったわけだ。パンジーさんの件といい、根は深そうだぞ」

「根深くても穿つのがあなたでしょう?」

「ユキノシタ、お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

「無双状態に入ると無敵のバカ」

「褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ」

「褒めてるのよ」

「ひでぇ。助けてやった相手をそんな風に言っちゃう?」

 

 トベ、ベーベーうるさいぞ。

 

「ええ、言うわ。何度も人の言葉を無視続けるおバカさんはそれくらい言われて当然よ」

 

 どうしたのん? なんか今日は調子違くない? いつもこんなこと言ってこないのに。もう少しなんというか………、うん、なんか分からんけどなんかが違う。何なんだ?

 

「あのー、二人とも帰ってきてくださーい。最近、段々と夫婦漫才化してますよー。というか先輩、ユキノシタ先輩の足見過ぎですよ」

「「えっ?」」

 

 えっ?

 そんな見てた?

 見てるつもりなかったんだけど。

 黒のタイツが破れてるとかその所為でなんか目がいってしまうとか全然ないよ?

 しっかり見てますね………。

 

「朝もですけど、先輩って足フェチなんですか? あ、朝のは違いましたね。ユキノシタ先輩のパンツの紐がパジャマのズボンから見えてたからでしたね」

「ちょっ!? いいいイッシキ!? ななな何口走ってんのかなー?」

 

 えっ、ちょっ、それ今言っちゃう?!

 折角忘れようと言葉にもしないでいたのに。なんでそういう時に限ってこいつは見てるんだよ。なんか怖い。

 

「あれ?」

 

 ユキノシタが何も言ってこないぞ? いつもだったら「ヒキガヤくん?」って色のないゴミを見るような目で見てくるのに。何ならその後に何かされるのに。あれ?

 

「……………」

「ゆきのん………ッ!?」

「うひゃー! ユキノさん、顔真っ赤ですよ?!」

「え? あっ、あ………」

 

 あっれー?

 どういうことだ?

 怒りよりも羞恥心の方が上に行っちゃったのん?

 ユキノシタらしくもない。マジでどうしたんだ?

 

「うっ………うぅ………………」

「お兄ちゃん!? ユキノさんが泣いちゃったじゃん! どうすんのさっ!」

「えっ? 俺の所為なの? 悪いのイッシキじゃないの? 折角人が見なかったことにしようとしてたのに、言っちゃったイッシキが悪いんじゃないの?」

 

 俺悪くないよね?

 イッシキが勝手に言って勝手に泣かせたよね? 俺の行動が悪かったのは認めるけど、忘れようとしてたんだぞ。思い出さないように言葉にすら出さなかったのに。

 

「とりゃーっ!」

「うぉあっ?!」

「ユキノちゃんを泣かせたのはお前かーっ!?」

「えっ? あ、ちょ、ユキノシタさん?!」

 

 いつの間に復活した、というか妹のために復活したハルノさんにマウントを取られてしまった。さすがシスコン。

 あ、これ胸かっ?! 頭に触れるこの二つの柔らかい感触は絶対胸だ!

 つーか、マジで締めないで! 死ぬ!

 何なの、この力。解けねぇんだけど! 海老反り無理! 折れるって!

 

「うーわー、ないわー。ヒキタニくん、マジないわー」

「ヒキオ、キモ………」

 

 なんか普段言われない奴から言われると心にグサッとくる。

 

「ゆきのん、ヒッキーにはキツく言っておくからね!」

「ち、違うのよ………ぐすっ…………ただ、なんかヒキガヤくんとのやり取りが、二人とも生きてるって自覚できたから………」

 

「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」

 

 時が止まった。

 マジで止まった。

 

「…………ゆ、ユキノシタ……? お前………」

「ご、ごめんなさいっ! で、でも、なんか、抑えられないのよっ」

「ゆきのーんっ!!」

「えっ、あ、ユイガハマさんっ?!」

「ごめんねーっ! あたし、もっと強くなるからーっ!」

 

 …………えと………、やっぱりそういうことで、いいの?

 あ、うん、でも、そうだよな。それが普通だもんな? 奇襲をされてまたしてもみんなを守る立場で、さらに以前とは異なり人質にまでされて。

 なんのことはない。俺が勝手にユキノシタのことを大丈夫だと思い込んでただけなんだ。強い奴だと思い込んでただけなんだ。

 ほんとはこんなにもか弱い女の子だったってのに。

 そりゃこんな当たり前のことを忘れていた俺が全部悪いさ。

 

「すまん………確かに、俺の所為、だよな………」

「べ、別にそういうわけじゃ…………。ただ、、よく分からないのだけれど、ぐすっ、感情がこみ上げてきちゃったのよ。安心したというか………」

「ゆきのんはヒッキーとのやり取りで安心したんだよね。ごめんね、あたしたちがまだまだだから色々と背負わせちゃってたんだよね。今は、今だけは全部吐き出して」

「ユイ、ガハマ、さん…………」

 

 ユイガハマに抱きしめられたユキノシタは線が切れたように彼女の胸の中で泣き崩れた。

 

「………またユキノちゃんを守ってくれたんだね。あんな妹だけど、これからも守ってあげてね」

 

 俺はそれを見ながら後ろから抱きついていたハルノさんがぼそっとそう言ったのを聞き逃せなかった。




前回の話で質問があったのですが、最初の方の『見てはいけないもの』というのはユキノのパジャマのスボンからはみ出したパンツの紐でした。

アラサー独身ではなかったのです。


さて、泣き出して何処かへ行ってしまったさがみはどうなったことやら………。

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