ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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6話

 唐突なユイガハマの提案から一時間近くした頃、太陽は段々と役割を終え月が顔を見せはじめた。

 

「ここら辺で野宿するか」

 

 あたりには街灯があり、噴水もあった。

 こういうところなら野生のポケモンに襲われる心配も少ないだろう。

 盗賊とかいたら話は別だけど。

 

「そうね。この辺りなら大丈夫でしょう」

 

 三冠王のお許しも得たことで俺たちはとりあえず荷物を降ろした。

 あー、首が痛い。

 段々忘れそうになるが、ずっと頭の上にケロマツ乗ってるんだよな。

 慣れって恐ろしい。

 

「料理の方は私がやるわ」ということらしいのでユキノシタに任せてみた。

 その横にはデレデレしたユイガハマもいる。

 あいつ本当に子供みたいだよな。

 

 そして俺とコマチはテントを立てていた。

 

「それにしてもこのカプセル式って便利だよねー」

「まあな。持ち運びには便利すぎて、もう一個買おうか悩むまであるな」

 

 だが、高いんだよなー。

 ジム戦やら野試合やらで稼いだ金が一瞬にして消えたからな。

 おまもりこばん手に入れといて本当に良かったと思うまである。

 

「うーん、どうだろ。これ以上人が増えたら買った方がいいかもしれないけど。今はまだいいんじゃない?」

 

 というのもユイガハマは特に何も用意してきていなかったらしく、あるものといえば着替えくらいなのだとか。

 あいつ、一人で旅するとか最初吐かしてたよな。

 どうするつもりだったんだろうか。

 逆にユキノシタは俺と同じものを持っている方に驚いた。

 だって、あいつはあいつで野宿とかしなさそうじゃん。

 

「ヒッキーたすけてーっ。ゆきのんがいじめるよーっ」

 

 何だろうこのやられっぷり感。

 ジャイアンとかによくいじめられてそう。

 

「な、なんだよいきなり」

「ゆきのんがあたしは休んでていいって言ってくるのっ。あたしはお手伝いしたいのにーっ」

 

 なにか突き放されることでもしたのだろうか。

 

「ユキノシタ、なんかあったのか?」

 

 取り敢えず原因を知っているであろう本人に聞いてみた。

 

「これを見てもまだそういうことが言えるのかしら?」

 

 見せてきたのは焦げ焦げになった鍋。

 何をどうしたらそうなるのだろうか。

 

「スパイスの隠し味入れただけなのにー」

「それが原因なんだろうが」

 

 だめだこいつ。

 俺たち三人はこの時誓った。

 

 ユイガハマユイには料理をさせてはいけないと。

 

「あーじゃあ、このポケモンフーズでも食べさせてみるか?」

「ぽけもんふーず?」

 

 あ、これもしかして知らない系か?

 

「ユイさん………流石にそれは………」

「ち、違うもん。ちゃんと知ってるんだからね。あの、あれでしょ? ポケモンも食べられるお菓子っ!」

「それって、ポフレのことか?」

「な、いいい言ってみただけだし! バカにするなし!」

 

 ポフレだな。

 

「ポフレね」

「ポフレだね」

 

 二人も同じこと思ったのか目を細めてじっと彼女を見ていた。

 

「ふ、ふんだ。みんなであたしのことバカにして。そうですよーだ。知りませんよーだ」

 

 あーあ、駄々捏ねちゃったよ。

 

「あーあ、お兄ちゃんがいじめるから」

「え? 俺のせいなの? どっちかつーとトドメさしたのお前らじゃ………」

 

 俺、声に出しては言ってないからな。

 言わないようにしてたからな。

 なのにこいつらが口にするから………。

 だから、俺は悪くない。

 

「はあ、取り敢えずポケモンフーズはポケモンの飯だと思え。ポケモンにはそれぞれ好みがあってその好み合わせて調合したりするもんなんだけど、生憎今日はそこまで準備できていないからな。市販ので我慢してもらう」

「お兄ちゃんって調合とかできるの?」

「旅してた頃はリザードンに作ってたぞ」

 

 まあ、リザードン一体だけだったからな。

 簡単っちゃ簡単だな。

 

「なんか意外」

「そうでもないだろ。多分ユキノシタも作れるんじゃねーか?」

「一応、作れるけれど」

「ほら」

「二人ともやっぱりすごいんだね」

 

 まあ、こういうのも経験だろうな。

 

「まあ、取り敢えず全員ポケモン出せぇぇえっ!? な、なんだ?」

 

 俺が言い切る前に何かが俺の体に体当たりしてきた。

 しかもそのまま態勢を崩された。

 

「あ、サブレ!」

 

 サブレ………ポチエナか。

 すっごい勢いで俺の顔を舐めてるポチエナを引き剥がして起き上がり、抱きかかえ直した。

 何でもいいが今のでケロマツが俺の頭から落っこちて俺の頭は解放された。

 めっちゃ軽い。

 

「……なに、このなつき具合」

 

 トレーナーのユイガハマへのなつきを通り越してないか?

 

「お兄ちゃんって人間には嫌われるのにポケモンには懐かれやすいよね」

 

 …………確かに。

 いや、でも待て。

 このポチエナは異常だし、オーダイルもあれは契約みたいなものだぞ。ケロマツは懐いてるとは言い難いし、暴君たちも然り。

 まともななつき方なんてリザードンくらいじゃないか?

 

「サブレー、こっちおいでー」

 

 ……………。

 

「……………」

 

 え?

 何その笑顔で固まるとか。

 器用すぎない?

 

「うえーん、コマチちゃーん!」

 

 よほど悲しかったのだろう。

 結構マジで泣いている。

 

「おい、そろそろお前のご主人様のところへ行けよ」

 

 なんでそんな潤んだ目で見るんだよ。

 はあ、こういうところはトレーナーに似てんじゃねーよ。

 

「そういやさ、お兄ちゃん。さっき言ってた戦い方で一つ気になったんだけどさ」

「なんだよいきなり」

 

 抵抗を早々に諦め、フーズの準備をし始めるとコマチが話を戻してきた。

 だいぶ巻き戻ったな。

 

「躱すタイミングとかって見極めるのに集中力使うんじゃないかなーって思って。それだとお兄ちゃんが言ってた楽する理論も矛盾してくるんじゃないかなーって思って」

 

 ああ、なるほど。

 確かに集中力使ってたら疲れるわな。

 

「そりゃ、この戦い方をやり始めた当初は見極めるのに集中してたが、慣れた後は俺もリザードンも感覚的に反応してるから、そんなに集中力を使ってないんだ。それに実際に戦ってるのはリザードンだからな。あいつの本能に任せた方がいい時だってある」

「でも最初はきつかったんでしょ?」

「まあ、そうなんだけどよ。結局何したって最初は疲れるんだから、長期的に見て慣れれば楽そうで負けない形となるとああいう風になるんだよ。現に今は素早さを生かした戦い方も手にできたわけだし」

「確かに、技が当たらなければ負けはしないけど。相手がもしお兄ちゃんみたいな戦い方してきたらどうするの?」

「それはそん時考える」

 

 今までそんなやつ見たことねーけど。

 いたらいたで戦ってみたい気もしなくはない。

 多分、リザードンが興奮するだろうけど。

 

「結構適当なんだね」

「そんなもんだろ。バトルなんていつ何が起きるかなんて誰も予想つかないんだし。集中してるのは当たり前。でも徹頭徹尾集中してたんじゃ身が持たんからな。ここぞというところで集中していくようにしてるんだ。まあ、お前らはお前らのバトルスタイルを確立させていくのがベストだと思うぞ」

 

 ポケモンフーズを小分けしながら俺はそう言った。

 

「ええ、そうね。バトルは何が起きるか分からないもの。だからこそ、その何かが起きた時に柔軟に対応できる力は大切になってくるわ」

 

 いつから聞いていたのだろうか。

 ユキノシタまで同意してきた。

 

「なんかお前が言うと現実味がありすぎて背筋が凍るんだけど」

「あら、それならリザードンにでも温めてもらいなさい」

 

 このアマ。

 皮肉を皮肉で返すなよ。

 間違って俺が挽肉になるじゃねーか。

 いや、もうミンチにされてるな。

 やだ、ユキノシタさん。

 超怖い。

 

「二人って仲良いね………」

 

 それは俺たちに対する嫌味なのだろうか? ガハマさんや。

 

「これを仲良いと言えるお前がすごいな」

「そうね。ここまで無自覚だと返し方にも頭を使うわ」

「それ、俺には本能で受け答えしてるように聞こえるんだけど?」

「言葉の妙ね。間違ってはいないけれど」

 

 だめだ。

 口じゃ勝てる気がしねぇ。

 

「やっぱ、仲良いじゃん」

「いやー、コマチはお姉ちゃん候補がまた一人増えて嬉しい限りですなー」

 

 またってどういうことだ、またって。

 もう何人かいるとでもいうのかよ。

 

「初日でこのテンションだと、俺この三人にそのうちしごかれるんじゃ………」

 

 この三人ならやりかねん。

 全く、どうなるだよこの旅。

 墓への旅路だったら洒落にならんからな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 夜。

 みんなが寝静まった頃。

 俺はむくりと体を起こした。

 別に、遠足前のガキみたいに寝られないとかそういうわけではない。

 外に出ると冷たい夜風が小さく凪いでいた。

 この時期の風は夜になるとまだ寒い。

 ブルッと震える体を温めるため一度テントに戻り上着を取り出す。

 一緒のテントで寝ているコマチの寝顔を横目に再度外に出る。

 まだ、こいつらには見せるべきではないよな。

 多分、今のこいつらでは受け入れられないだろう。

 だから、少し歩いて離れることにした。

 

 

 五分くらいある歩いただろうか。

 森をかき分け見えてきた平地で足を止める。

 

「ここでいいか」

 

 つぶやきは風に流され、かき消されていく。

 

「リザードン」

「シャア」

 

 夜ということもあり雄叫びをあげることはない。

 

「今日は早速をアレを試そうと思う。さすがにこればかりは何度か繰り返した方が俺たちのためだろうからな」

 

 そして、俺が持ち出してきたのは二つの石。

 一つは飯食った後に簡易的なネックレスにしておいた。

 もう少し頑丈なものをそのうち用意しねーとな。

 それをリザードンの首にかけてやる。

 

「さすがにぶっつけ本番でやるのは危険だからな」

「シャア」

「それじゃいくぞ。メガシンカ!」

 

 俺の持つキーストーンが反応し、リザードンの首にかけたメガストーンが共鳴し出す。

 すると忽ちリザードンの姿が変わり、闇夜に同化するような黒い体色になっていた。

 体躯は翼がより鋭利的なものになり、そして青い炎を尻尾と口の横に纏っていた。

 昼間、研究所で見たリザードンの画像とまさに一緒だった。

 

「これが、メガシンカ………」

 

 確かに、進化前よりは強そうに見えるが。

 

「リザードン、なんか変化とか見られるか?」

 

 外見の変化は見ればわかるが内面は奴自身にしかわからない。

 言われてリザードンは体を動かしてみたり、飛んでみたり変化があるのか試している。

 

『ほう、これがメガシンカとやらか』

「なんだ、起きてたのか?」

『まあな。メガシンカをこの目にするのは初めてだが、パワーが前とは比べようがないな。腕や足の筋肉が引き締まってガッチリしている』

「ほーん、要するに物理技に長けているってことか。覚えてる技とは割りと相性がいいかもな」

『早速、手合わせ願おうか』

 

 好戦的なのは未だに変わんねーのな。

 まあいい。

 こっちも実力を知りたかったところだ。

 

「リザードン、この生意気な奴を叩きのめしてやれ」

「シャアアア」

『いいだろう』

 

 そう言うと奴はボールの中から勝手に出てきた。

 いつ見てもプレッシャーを感じる。

 ピリピリと体の奥底で何かが疼くのが分かる。

 それはリザードンも同じなようで顔つきが一気にバトルのものへと変わった。

 

「リザードン、ドラゴンクロー」

 

 すかさず飛びかかるリザードン。

 地面を蹴る威力は上がっているようで、元いたところにはヒビが入っていた。

 

『ふむ、技の威力はもちろんだが、スピードも上がっているようだな』

 

 メガシンカしても奴にはまだ焦らせるまでには至っていないのは見ていて分かる。

 

『確か、貴様の弱点はこれだったな』

 

 そう言って打ち出してきたのは10まんボルト。

 あっさり躱すものの奴のスピードは今のリザードンに匹敵してるのか、すぐに目の前まで迫られていた。

 

「リザードン、空に逃げろ」

 

 連続して10まんボルトを放たれる前に空に飛び立つ。

 一回の羽ばたきで上昇できる高さも長くなったようだ。

 

『全体的にパワーが上がったと考えるのがいいようだな。だが、俺を甘く見てもらっては困る』

 

 奴はエスパータイプである。

 サイコパワーで空まで追いかけてくるのは分かっているさ。

 

「リザードン、急降下」

 

 急上昇からの急降下の流れは意外と相手に緊張感を与えるらしい。

 それは奴も同じようで嫌なものを見る目をしている。

 そういや昔はこの動き一つにも技名をつけてたよなー。それで結構相手を困惑させることになって、睨まれたりしたっけ。

 

「そのままドラゴンクロー」

 

 連続で10まんボルトを放ってくるが全てを叩き切った。

 技の精度も上々だ。

 確かに、メガというだけのことはある。

 

『まともに打っても当たらなくなってきてるな。ならば、こちらでいこう』

 

 次に打ってきたのははどうだん。

 そういや、あいつも必中の技を覚えてたっけな。

 だが、リザードンは飛行タイプでもある。

 格闘タイプの技はあまり効果がない。

 

「リザードン、そのまま引き連れながらもう一度ドラゴンクロー」

 

 だが、それは奴には予想済みなようでさらに10まんボルトを放ってきた。

 

「もう一度叩き切れ」

 

 遮る10まんボルトをすべて落として、一歩一歩と奴に近づいていく。

 だが、何かがおかしいように思えた。

 なんというか奴の動きが単調すぎる。

 技も10まんボルトばかりで奴らしくない戦い方であるのも気になる。

 一体何をするつもりだ………?

 

『ふん!』

 

 ッッ!?

 

 奴が狙ってたのはこれか!?

 だが、いつだ!?

 いつから用意されてたんだ!?

 

「リザードン、急降下!」

 

 上空から流星群さながら降り注いでくるはどうだん。

 いくつか体に掠めながらも何とか猛打から切り抜けることはできたようだ。

 

『それは誘いだ』

 

 切り抜けた先にはすでに奴がいた。

 そして、何かをする間も与えられず、10まんボルトを受けた。

 

「リザードン」

 

 だが。

 あまりダメージを負っているようには見えなかった。

 

「どう、いうことだ?」

「……ふむ、恐らくだが。メガシンカしたことでタイプが変わったのだろう。それも電気技があまり効かない方へと』

 

 メガシンカってのはそんなことも起きたりするのか………?

 いや、結論を急いではダメだな。

 

「今日のところはここまでにしておくか」

 

 初日目でここまで安定していれば問題はないだろう。

 後は長期戦にも使えるように何度も使うべきだろうな。

 

『もう少し調べてみる価値はあるようだな』

 

 俺もそれには同意見だな。

 なんかこいつを意見が合うのも変な感じだが。

 

「戻るか」

 

 大きな疑問が残ったまま俺たちはテントへと戻った。

 

 

 その日、俺は夢を見た。

 

 

 

  ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 朝チュンとかいう言葉がよく漫画や小説で使われたりするが。

 今の俺はまさにそんな感じだった。

 

「夢の俺、というか過去の俺何してんの? バカじゃねーの? バーカ、バーカ」

 

 思い出しただけでつい悶えてしまった。

 足が寝袋の感触から石の感触に変わり、痛くなったのでようやく現実に帰還。

 

「おい」

『なんだ?』

「お前じゃない」

『そうか。ならオレはもうひと眠りする』

「おい、そこの陰に潜んでる夢喰い野郎」

 

 決してメリーのような可愛さはないからね、こいつ。

 

『…………』

 

 ぬっ、と。

 顔だけ出して俺をじっと見てくる黒い陰。

 

「人の記憶を掘り起こして夢に出すなっていつも言ってるだろうが。最近いなかったから帰ったと思ってたのに、随分なご挨拶だな」

 

『…………』

 

 何も言わず、また影の中に戻って行きやがった。

 どうして俺の周りにはまともな奴が現れないのだろうか。

 実力は認めるとしても性格が、な。

 

「それにしても…………」

 

 あの夢が本当なら、俺はユキノシタともハヤマともかつてバトルをしていたということになる。

 そして、ユイガハマが言っていたオーダイルの暴走事件。

 やはり、俺が止めたということで間違いはない。

 ………段々思い出してきた。

 あのバトルの後、オーダイルは毎日のようにベストプレイスにやってきた。

 何するわけでもないがとにかく心配そうに見つめられてたのははっきりと思い出した。

 それと……………。

 

「いや、これはいいか」

「お、お兄ちゃん?! 今すぐ起きて!?」

 

 夢について考え込んでいるとテントがガバッと開けられた。

 う、太陽が………眩しい…………。

 それにしても、小町のこの慌てよう。

 一体何事なんだろうか。

 

「なんだよ朝っぱらから。お兄ちゃん、今ちょっとアイデンティティークライシスに落ちてんだけど?」

「はっ? なーに、朝からわけのわからないこと言ってんの? それより、大変なんだってば!」

 

 声低っく。

 しかもこのゴミを見るような目。

 ハチマンには効果抜群だ。

 

「だから、何なんだよ」

「いいから来て」

 

 はあ…………。

 まあ、来いというのなら行くけどさー。

 もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないのん?

 

 

 

「で、なんなんだよ」

「ヒッキー、アレ見て、アレ」

 

 コマチはユキノシタとユイガハマも伴い、件の現場へと俺を連れて行った。

 そこで目にしたのはこれまたこんな遠くに来てまで見たくないものだった。

 

「なんかさっきからこっちをチラチラ見てきては、そこら辺をブラブラしてるの。ジュンサーさんに連絡したほうがいいのかな」

 

 呼んでもいいんじゃねーか。

 あ、やべ、目があった。

 

「ハチマン!」

 

 俺と目が合うと途端に明るくなり、ドシドシと俺たちの方に駆けて来た。

 その異様な姿に女子三人は俺の背中へと隠れやがった。

 賢明な判断だけど、そこはポケモン出すとかしようぜ。

 

「ね、ねぇ。彼、あなたのお友達?」

 

 ユキノシタが俺の服のそれを掴みながらそう聞いてきた。

 

「あれ? ヒッキーって友達いたのっ?」

 

 ユイガハマさん?

 あなた朝っぱらから失礼ではなくて?

 

「俺は知らん。あんな奴、知っていたとしても知らん」

「そう、我らの関係は友などではない。我が剣豪将軍の名の下に古の時世に交わせし主従関係。唯一無二の絶対的存在なのだ!」

「……そうなの?」

 

 俺の顔をしたから覗いてくるユキノシタ。

 

「断じて違う。ただ、トレーナーズスクールにいた頃、体育でペアを組まされただけだ」

「げふん」

「うわっ、なんかキモッ」

 

 ユイガハマの心ない一言でさらにダメージを負う黄土色のコートの男。

 だが、すぐに立ち直った。

 なんでもいいがユキノシタとユイガハマがそれはもうこの世の終わりを目にしたかのように怯えてんぞ。

 

「けぷこん。それだけではなーい! 我と貴様はポケモンバトルをした中ではないか」

「記憶にない」

「げふん。こ、このポリゴンを見てもまだ思い出さぬというのか」

 

 ボールを出したかと思うといきなり開け放った。

 中から出てきたのはバーチャルポケモン、ポリゴン。

 

「あ、あの時の中二!」

「お、おう。ハチマンではなくそなたの方が思い出すとは…………」

 

 というかよくお前が覚えてたな。

 俺でもあの夢がなかったら……………、いやポケナビに嫌ってほど履歴に残ってるな。

 

「あー、タマムシシティのコインゲームで当たりが出まくってぼろ儲けした挙句、自分の初のポケモンとしてあのクソ高い景品のポリゴンを買い、それを自慢げに見せてきた日に俺に惨敗したあのザイモクザか」

「お、おう。そんな事細かに思い出さなくてもいいのだぞ」

「悪いな、ザイモクザ。ついさっき夢で見たもんでな」

 

 あまり見たいものでもなかったが。

 というかタイミングよすぎだろ。

 あいつ、みらいよちとか使えたりするのか?

 

「あなた一体どんな夢見たのよ。まさか夢の中で私に変なことしてないでしょうね」

 

 変なこと。

 アレは変なことに入るのだろうか。

 

「生憎だが、内容はほぼ黒歴史だ」

「ところで、なにゆえユキノシタ嬢とユイガハマ嬢がおると?」

 

 そんなこてんと首を傾げても可愛くないからな?!

 

「うーん、拾った?」

「え、なんかひどくない!?」

「そうよ。私はあなたに拾われた覚えはないわ。私はユイガハマさんに拾われたのよ」

「ゆきのん、つっこむのそこじゃないと思うんだけど」

「いいえ、大事なことよ。私がこの男に拾われたとなっては世界中が黙っていないわ」

「ハチマン、お主いつの間に桃源郷に至ったのだ?」

「これを見てそう思えるお前が羨ましいわ」

 

 桃源郷って男の理想卿なんだろ。

 それがこんな感じだったら、夢もへったくれもないぞ。

 

「初めまして中二さん。妹のヒキガヤコマチっていいます! 兄はコマチの旅についてきて、プラターヌ博士のところに行く途中で会ったユイさんと、プラターヌ博士の研究所で出会ったユキノさんと一緒に旅してます!」

 

 軽くこれまでの経緯をいい流し、自己紹介も済ませてしまう我が妹。

 

「……ハチマン、この娘は本当にお主の妹君か?」

 

 だから、ザイモクザがこんな疑問を抱いってもなんらおかしくはない。

 

「当然」

「すごいリア充のオーラを感じるんだが………」

「まあ、ある意味俺の背中見て育ったからな」

「下の兄弟あるあるというやつだな」

 

 そういや、ユキノシタも『妹』になるんだっけ?

 

「ヒキガヤ君、あなた今変なこと考えなかったかしら?」

「な、なんのことやら」

 

 怖い。

 下から睨まれるのがこんなに怖いなんて………。

 

「それで、何の用だ、ザイモクザ。用もなしにこんなところまで来たってわけでもないんだろ?」

「いかにも。我はようやく手に入れたのだ。お主もポリゴンがシルフカンパニーで人工的に創られたことは知っておろう? そこでシルフカンパニーでいろいろ調べていたら、『アップグレード』というポリゴンに関するデータを見つけてな。それをずっと探し回っていたんだが、先日ようやく見つけたのだ。長かった。ここまで来るのに実に長かった」

 

 ………………。

 え?

 なに、こいつ今までずっとそれを探し回ってたの?

 

「その、『アップグレード』というのは一体何かしら? 言葉のままなら何かを改良するものなのだろうけど」

「『アップグレード』っつーのはポリゴンが進化するのに必要な『データ』が詰まった透明な箱型の機械だ」

 

 そういや、と思い出し一度テントに戻る。

 リュックの中からあるものを取り出す。

 それを持ってくと、不思議そうな目で見られた。

 

「待たせて悪いな。んで、これがその『アップグレード』と呼ばれるものらしい」

 

 持ってきた透明な箱を見せる。

 

「なっ!?」

 

 ザイモクザがおかしなポーズをとりながら、驚いていた。しぇー。

 

「何故お主がそれを持っているのだ?! 我が何年かけて探し求めたと思う? 四年だぞ!? なのに何故お主がそんな当たり前のように持っているのだ………」

 

 最後、言葉尻にかけて声が小さくなっていった。

 

「や、シルフカンパニーの人にもらったんだよ。ポリゴン2に必要なものだけど、そもそもポリゴンを持っていないからやるって言われて」

 

 ちょっと、怪しそうな人だったけど。

 一応爆弾とかそういうものかと思って警戒もしてたが、一向にそういう気配も見せなかったので、ずっとリュックの奥底に眠らせていた。

 

「何故、言ってくれなかったのだ………?」

「逆に何で探してることを言わなかったんだよ」

「そ、それは驚かせようと、思って………………」

 

 そりゃ、自業自得だろ。

 俺が非難される謂れがない。

 

「そんなこと企むから悪いんじゃん」

 

 ユイガハマも同感なのか呆れている。

 

「それで結局、要件ってのはなんなのかしら? まさかとは思うのだけれど、そのことを自慢しに来た、わけじゃないでしょうね」

 

 一方で、未だザイモクザの目的が見えていないユキノシタは、強い口調でザイモクザに言葉を並べた。

 

「ひぃい!?」

 

 そんな彼女が強かったのか、大きく仰け反り俺にしか目を合わせなくなった。

 

「えと、あの、その、ハチマンに進化の手伝いをしてもらおうと思いまして………」

 

 そして、じたばたとした動きで目的を告げてくる。

 だが、まあ。

 こいつがアップグレードを手に入れたって言い出した時にはこいつの目的は見えていた。

 

「どういうこと?」と三人が目で説明を求めてくるので仕方なしに説明することにする。

 

「ポリゴンはこのアップグレードを持たせて通信交換すると進化するんだよ」

「なら、別に相手があなたである必要はないのでは?」

 

 他二人もうんうんと首を縦にふる。

 

「そこはほら、察してやってくれ」

 

 取り敢えず、奴の名誉(あるかは知らん)のためにも曖昧にぼかしておく。

 そして三人は俺とザイモクザを交互に何度も見比べたかと思うと、「「「あー、」」」と声をそろえて理解したみたいだ。

 

「でも、ポケモンセンターまで行かないと通信交換はできないんじゃなかったっけ?」

「そうね、専用のマシーンがなければできないわ」

 

 ちょっとは成長したんだな、ユイガハマも。

 

「いや、過去にはトレーナー同士がぶつかってモンスターボールをばら撒いてしまい、慌てていた二人は適当に近くにあったボールを拾ってった、って話があるんだ。その時のポケモンの状態は通信交換したことになったらしく、進化したポケモンもいたとかいなかったとか」

「へー、お兄ちゃんよくそんなことまで知ってるね」

「オーキドのじーさんが孫の自慢話ばかりしてくるからな。けど、その話もバカにできないだよなー、これが」

 

 あのじーさんの孫は図鑑所有者という権威ある肩書きを持っており、現在ではトキワシティのジムリーダーを務めてる。ポケモンリーグで準優勝もしている凄腕のトレーナー。ああ、うん、マジで強い。

 

「けれど、今回は正式なやり方で交換を行った方がいいんじゃないかしら? ポリゴンは言わばプログラムでできているのでしょう。そして、その『アップグレード』を持たせて通信交換することで進化する。ならば、その『アップグレード』には専用マシンを使うことも織り込まれてプログラムされてる可能性もあるわ」

 

 確かに。

 ユキノシタの言い分はもっともだ。

 けど、なー。

 

「それってつまり………」

「ええ、彼も拾ってあげなさい」

 

 こうしてまた一人、荷物が増えました。




番外編の『トレーナーズスクール ハチマン』の方も是非ご覧くださいませ。

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