ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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ちょっと遅れました。

遅れた理由は後書きにあります。


54話

「それで、ルミはどこに行くか決まってるの?」

「………決めてない」

 

 ちゅーとオレンの実のジュースを吸っていくルミルミ。

 うん、かわいい。

 

「スイクンの行きたいところに行けばいいんじゃないですか?」

「そうかもしれないけど…………、伝説のポケモンなんて出会ったこともなかったし、どうしたらいいのか」

 

 くるくるとスパゲティをフォークに巻いていく先生。

 

「ポケモンはトレーナーを選ぶのは承知のことでしょう? 伝説のポケモンってのはさらに知能が高いか化物みたいなやつらですけど、同じポケモン。だからこうしてルミをトレーナーとして選んでいるし、言うことも聞いている。他のポケモンと違って何か思惑があってのことだってのはありますけど、根幹は同じポケモンなんですからこっちが身構えてちゃ、逆に力を暴走させてしまうだけですよ」

 

 俺たち四人は昼食を食べにミアレの飲食店にきている。

 丸いテーブルを囲み、各々注文したものを食べているが、やはり会話の内容はこれからのことであった。

 

「………そういう、ものなのかしら………」

「先生よりは伝説のポケモンを見てきてますからね………」

 

 だから逆にルミはそれだけの才能を秘めていると見ていい。スイクンに認められたという事実は今後の彼女を大きくしてくれるだろう。

 

「どうしてルミなのかなー」

「それは俺にも分かり兼ねることですよ。でも自分の目的のためには、まずルミを自由にするために働いてくれるでしょうね」

「………ねえ、ハチマンだったら校長先生をどう倒す?」

「あ? 俺がか?」

「うん」

 

 仮定の話をしても意味がないと思うんだけど。

 それにこれはあくまで俺のバトルのリズムであって、ルミのものではない。見様見真似にやるならまだしも、話だけを聞いてそれを真似るのは如何なものかと………。

 

「俺の真似してもいいことないと思うぞ。俺とルミは型は似ててもリズムが違う」

「参考程度にしか思ってない。そもそもハチマンみたいにできるとは思ってないから」

「そうかい、………校長ねぇ」

 

 どうやらそれは承知の上だったらしい。

 一体この子はどこまで理解しているのだろうか。

 案外、他の生徒よりも群を抜いて知識を持っていたりしてな…………。

 いや、これマジかもしれんわ。

 

「……昔バトルしたんでしょ?」

「ああ、したけどよ。細かく覚えてるわけじゃないからな」

「じゃあ、こっちが細かく聞く。クロバットは空を飛んでるし、ゲンガーは影の中に潜ることができる。だけどこっちにはそのどちらもできない。ハチマンだったらどうする?」

 

 素早く動いて攻撃を躱していく、どくタイプの二体か。

 俺ってどう倒したっけ?

 取り敢えず、ゲンガーは爆発したのは覚えてるけど、クロバットは…………同じひこうタイプのリザードンのかみなりパンチかオーダイルのアクアジェットで攻撃しただろうな。

 多分………、知らんけど。

 

「クロバットにはスイクンにあまごいを使ってもらい、プクリンのかみなりを落としていく。あまごいをしておけばキュウコンの炎技を弱らせる効果もあるからな。使っておいて損はないだろうな」

 

 俺の手持ちがスイクンと先生のポケモンだったとすると、使うカードはこんな感じだな。

 スイクンを主軸に置くんだからあまごいをしておくのは有利だし、それを活用してかみなりやらハイドロポンプやらで攻撃していくのがベストだろう。

 

「でもそれだとかみなりが落ちる前にどくタイプの技を使われたらプクリンには効果抜群だよ? クロバットの素早さだとありえなくもないでしょ」

 

 確かに、いくら雨が降っていてかみなりが追いかけるように落ちてくるようにはなるが、そもそもかみなりが落ちる前に攻撃されていれば技を出すこともできないわな。

 

「まあ、そうだな。だがこっちにはソーナンスという返し技のエキスパートがいる。かみなりが落ちる前に狙われたのなら、攻撃が当たる前にソーナンスをぶつけて仕舞えばいい」

 

 だが、それもソーナンスという盾がある。

 奴を上手く使えば反撃の狼煙をあげられるだろう。

 

「…………ゲンガーもどくタイプだよ。当然、どくづきとかヘドロばくだんとか使えるでしょ」

「どくづきは使ってたな。しかも影に潜ってしまう。フェアリータイプのプクリンをその二体で倒しにかかってくることもあるだろうから………そうだな、ほろびのうたでも聞かせてやってもいいか」

 

 攻撃の手がなければ、強制的な退場を迎えさせればいい。こちらにもリスクはできてくるが、相手がゲンガーであればそのリスクも小さく見えてしまう。

 それくらいにはあの大爆発が俺の中で危険なものと捉えてしまっている。

 

「……ほろびのうたの使い方ってさっきみたいなのでいいの?」

「お前、やっぱり直感で出してたか。マジで天然ものだったとは………」

「………何言ってるのかわかんないんだけど」

 

 じとっとした目で見てくるが、だってな…………。

 ほろびのうたを何のためらいもなく使ってきたら驚くって。

 

「ほろびのうたはあれでいいさ。多分、俺とルミの違いは計算してるか直感かってところだろうからな。感じたままに技を出した方がいいのかもしれない」

 

 だが、その直感により俺の心に焦りを生み出したのも確かだ。

 駆け引きとか、そういうのを考えなくとも直感で動けるのだから、逆に考え込まないほうが得策かもしれない。

 

「でもそれだとハチマンには勝てなかった」

「まあ、そこは俺が経験が違うってことにしておけばいいんじゃね?」

「校長先生はもっと経験豊富だと思うけど」

 

 それでも俺に勝てなかったのは経験がものを言っただけだ。それくらいには俺も追い込まれていたし、反則級のダークライがいたから勝っただけである。

 

「あの人も底がしれないからな。先生だったらどうします?」

「えっ? あ、私っ?! 私にも聞くの?」

「先生も一応校長の弟子だったんでしょ。だったら何か突破口とかあるんじゃないですか? 使うのも先生のポケモンなんだし」

「ないないない! 私、ハピナスとプクリンとタブンネのごり押ししかしてなかったから。技を受けるのを前提でいやしのはどうを使いまくってたくらいだもの」

 

 使うポケモンはジョーイ補佐候補でも戦い方はヒラツカ先生と似てるのは、やはり同じ師匠から会得したものだと言えるのだろうか。

 ………ちょっとツルミ先生がバトルしているところを見たい気もしないこともない。

 

「なるほど、いやしのはどうね。俺にはなかった回復技か。見落としてたな………ならばこうしよう。ゲンガーの攻撃はプクリンに受けてもらう。その隙にスイクン、または他の二体で攻撃していく。ゲンガーが距離を取ったらソーナンスをぶつけてハピナスでいやしのはどうを送る。プクリンを攻撃した技がどくづきだったら跳ねて躱し、スカしたところをタブンネで一気に攻める。ヘドロばくだんとか撃ち出すような技だったらアンコールでそれ以外を使わせないようにしてから反撃するのもアリだ」

 

 俺になくてルミにはあるもの。

 それは手数と回復技だ。

 回復ができていればもう少し心に余裕が生まれて、だいばくはつにも対応できていたかもしれない。

 だがこれは仮定の話であって過ぎた話である。

 今更そんなことを思い返してもどうしようもない。

 

「スイクンは使わないの?」

「スイクンはその頃には他の誰かの相手をしているだろうからな。そっちにまで手は回せない。あと、影に潜ったのだったらマジカルシャインの光を閃光代わりにゲンガーの目を眩ましていく。嫌がるゲンガーは影から出てくるだろうからそこを突けばいい」

「ゲンガー以外にはいやしのはどうを使えるのが三体いるからローテーションで使わせた方がいいの?」

「そうだな、いやしのはどうを誰かが使っている間は残り二体でそいつを守る」

「フーディンの姿変わったのは?」

 

 多分、メガシンカのことだな。

 

「あれこそソーナンスかスイクンのぜったいれいどだな。ただ、フーディンの恐ろしいところは校長の命令をテレパシーで他のポケモン達に出していることだな」

「それってこっちには何をしてくるか分からないってこと?」

「ああ、サイコパワー自体も危険だが、そのテレパシーによる命令はもっと厄介だ。正直怖い」

「ふーん」

「他にはあるか?」

 

 あまりに反応が薄いために思わず聞き返しちまったじゃん。

 まあ、いいけどさ。

 

「ロコンとキュウコンは?」

「キュウコンはスイクンで一体くらいはサポートに回ってさっさと倒した方がいいな。後々残られていては面倒だ。ロコンの方はこおりタイプだったか? フリーズドライがあるから逆にスイクンはダメだな。俺だったらプクリンのころがるとかかな」

「キュウコンにもいけるよね」

「ああ、どっちもいわタイプの技は効果抜群だからな。だが、俺はあえて違うポケモンで対処する」

「どうして?」

「校長は強い。加えてロコンとキュウコンはタイプこそ違えど、同じ種族。戦い方も似てくるだろうから、こっちの動きに慣らしてくる可能性もある」

「そっか…………」

 

 何かを深く考え込むルミルミ。

 彼女の中ではこの話がどういう風に役立つのかは俺には分からない。

 だが、参考程度というのなら戦法に幅をもたせるためにも俺の知識を絞り出してやろう。

 

「ねえ、もう少し聞いてもいい?」

「ああ、もう納得いくまで聞いてくれ。ここまできたらとことん付き合ってやるよ」

 

 それから数時間、ルミルミに俺が出せる戦法を叩き込んでやった。

 最後に思いついたことを聞いてみると、俺が考えられることは校長も対策を立ててくるかもしれないから、らしい。

 だから敢えて俺の考えを聞いて、その上をいく戦法を編み出すんだとか。

 まさかの考えに俺も度肝を抜かれてしまった。

 天然娘かと思っていたが、発想だけなのかもしれない。発想に行き着くまでの知識をこうして増やしていたからこそ、俺とあそこまでのバトルをできたのだろう。

 もうね、関心するわ。

 

「あ、そうだ先生。夜に校長と久しぶりに話したいんで都合つけてもらえます? 場所はホテルのロビーでいいんで」

 

 帰り際にそう切り出すと、先生が変なものを見るような目で俺を見てきた。

 

「…………ヒキガヤくんが自分から誘うとかどうしたの? どこかで頭打った?」

「違いますよ。や、打ったかもしれないですけど」

「また危ないことしてるんだね」

「したくないですけどね、ってそうじゃなくて」

「分かってるよ。都合つけておいてあげる」

「うっす………」

 

 この人は一体俺をどう見ているんだろうか……………。

 よく分からなくなってきたわ。

 あ、そういやザイモクザの存在をすっかり忘れてた。

 ごめんな、相手してやれなくて………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 夜。

 夕食を食べた後にルミたちが泊まるホテルへと向かった。

 名前なんだっけ? なんか高級そうな名前のホテル。

 その受付ロビーには目的の人物がすでに顔を見せていた。

 

「ほっ、久しいのう。お主と話すのは何年ぶりじゃ」

「俺がスクールを卒業して五年は軽く経ってますよ」

 

 ソファーに座っていたのは白い顎鬚が特徴の老人、校長である。

 よっ、と俺もソファーに腰を落とす。

 

「元気そうでなによりじゃ。元カントーのチャンピオン殿」

「………やっぱり知ってましたか。どうも引っかかっていたんすよね、ヒラツカ先生がこっちにいる理由」

 

 態とらしくその名で呼んでくるので、そろそろこの話をしてもいいのだろう。

 

「ほっほ、どうじゃ。何か分かったかの?」

「分かるも何もあんたがイッシキの祖父であることが理由でしょうに」

「して、その理由は?」

 

 ニヤッと不敵な笑みを浮かべる老人。

 見た目の割に元気なのがこの人の売りだよな。

 そろそろ隠居しろよ。

 

「どうせあいつのために繋がりのあったプラターヌ博士とオーキド博士を上手く巻き込んだんでしょう? まずプラターヌ博士に卒業してから一度も旅に出たことのなかったイッシキに対してポケモンやるから旅してみないかと誘い出し、心配なため自分の弟子であるヒラツカ先生を派遣させる。それでも心配だったあんたはオーキド博士も巻き込み、俺の妹までをも誘い出す。当然、俺もついてくると見込んで」

「ほっほっほ、見事じゃ。じゃが、杞憂だったようじゃな」

「ハヤマやユキノシタたちもいますからね」

 

 ったく………、全てはじじいらの掌の上で転がされてたってわけかよ。

 コンコンブル博士の方も俺を誘い出すためにプラターヌ博士を使ってたみたいだし。

 案外、俺が旅をしてた頃にあの変態が現れたのも校長の意図かもしれんな。

 うわっ、なにそれめっちゃ怖ッ!?

 

「うむ、それもあるがあの子は本当に強かったわい。お主の影響かのう」

「や、それはないでしょ。あいつは何でも吸収してしまいますから。影響があるとすればあんたが用意したこの環境そのものだろ」

 

 俺がいてハヤマがいてユキノシタがいて。

 肩書きだけを見れば相当なメンバーだぞ。自分で言うのもアレだけど。

 あいつ、本当に分かってんのかね。このありがたさを。

 

「…………お主が卒業してからあの子が寂しそうにしてたからのう。最後の一年なんか目も向けられんくらいじゃった。憧れが次々と目の前から消えていくのが耐えられんかったのじゃろうて」

 

 憧れね。

 あいつの憧れって………。

 

「それにしては旅に出すまでに時間があったように思うんだが?」

「うむ、中々皆の都合が合わなくてな。特にお主の休息を待つのに時間を要したわい」

「おい、それ最初から俺を巻き込む気満々だったんじゃねぇか!」

「………気づいておろう? あの子の憧れはお主じゃ。なればとて、旅をするのに近くに置いておけばいい刺激になると思うての」

「なんか流れですげぇ近くにいるけどな」

 

 だよなー。

 はっきり言われたようなもんだったし。

 気づかないわけがない。

 

「おかげでアフターケアまでついてくるらしいのう」

「………なんかムカつくな、あんたの差金だと思うと」

「………して、今宵は何か用があったのじゃろう?」

 

 やっと本題に入れるのか。

 

「ああ、ツルミルミについてだ」

「儂の弟子の娘よ。あのバカ弟子、一人で抱え込みおってからに。罰としてお節介をしてやったわい」

 

 あ、マジで弟子だったんだ。

 

「楽しむなよ、一応スクールにおける問題なんだから」

「………いつの世もなくなりはせん問題じゃのう」

 

 溢れるため息を隠そうともしない。

 かく言う俺もため息が漏れ出てしまっているから人のことは言えない。

 

「ま、あれだけ人がいれば噛み合わないのも出てきますって。ほら、俺とか超噛み合ってなかったし」

「前例がここにいるからのう…………、やはり特例かの」

 

 話が早くて助かるわ。

 事情も知ってるみたいだし。

 

「ああ、午前中にルミとバトルしてきた。はっきり言って強い」

「ルールはあの時と同じかの?」

「ああ、母親のポケモンも使ったってのもあるが、初めて扱うには十二分にポケモンたちの力を引き出していた。おかげでリザードンとこっちで手に入れたゲッコウガが負けた」

「ほっほ、ダークライを使う事態にまで至ったか」

「だから取り敢えず、俺が出せるあんたのポケモンたちへの対策を叩き込んできた」

「ほっほ、抜かりないの奴め。よかろう、お主を唸らせたその実力。儂は目にしてはいないが特例を使うとしよう」

「うっす」

 

 扇子でもあったら天晴れとかいいそうなくらいに高揚してんな。

 

「………して、なにゆえお主がそこまでする?」

「最初は取り敢えずのバトルだったんだが、出してきたポケモンがポケモンだっただけにな。今後、何に巻き込まれるか分からんから、あのまま放っておくこともできなかっただけだ」

 

 かと思えばじっと見つめてくるのはやめてもらえませんかね。

 

「ほっほ、昔と変わらんのう」

「…………ただ、どうやら俺はあいつの枷を外してしまったらしい。あいつはこれからもっと強くなる」

「よろしい、イロハのこともある。お主の仕事を引き継ごう」

「あざます」

「腕がなるのは久しいのう」

「………あの、校長のフーディンのあれってメガシンカですよね」

「らしいのう。儂も知らずに使っておったわい」

 

 やっぱり知らずに使ってたのか。

 じゃなきゃ、あの時何の説明もなく送り出さんわな。

 

「………俺もこっちにきてあのフーディンのことを思い出しましたよ。今にして思えば、すでにメガシンカを見ていたんだなって」

「イロハもいつか使ってくるかのう」

「どうでしょうね」

 

 今朝のあれが何を意味するのか………。

 案外石の方はすでに持ってたりしてな。んで、やっとこさポケモンの方が進化して…………あれ? まさかもう使えてたりするのん?

 

「帰ってくるのが楽しみじゃのう」

「こっちはヒヤヒヤもんですけどね」

「お主とも一度バトルしてみたいものよ」

「カントーに帰って覚えてたらで」

「仕方ないのう。忘れられちゃじじいは泣くぞ?」

 

 じじいが泣くなよ、気持ち悪いな。

 想像しなけりゃよかった。

 

「面倒なじじいだな………。まあ、こっちが片付けば戻りますよ」

「また何か巻き込まれておるのか。イロハもよくこんなのに付き合うのう」

「それは同感だな。自分から巻き込まれに来るとか何を考えてんだか…………」

 

 ほんと、何を考えてんだか……………。

 

「曾孫の顔を拝む日もそう遠くないのかもしれんのう」

「…………何期待してんだよ………」

「ほっほ、さて儂は寝るとしよう。………イロハのこと、頼んだぞ」

「了解しました」

「ではな」

 

 相変わらず杖をつきながらスタスタと奥に消えていった。

 やっぱり杖いらんだろ、あの人。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日。

 今日帰る日らしいので朝から、と言ってももう昼前だが空港にてお見送り。

 かと思いきや、荷物を預けて土産選びが始まりやがった。

 なのに、何故かベンチからそれを見ている生徒が一人。

 ま、渡すなら今が丁度いいか。

 

「………なに?」

「あ、や、別に大したことじゃないんだが…………」

 

 よっこらせとルミが座るベンチの隣に腰を落とす。

 

「その、どうせ旅に出るんだったらついでにホウエン地方にいるオダマキ博士って人とリラって人に手紙渡してきてくんねぇか?」

「手紙?」

 

 二通の手紙を差し出すと、訝しむような顔つきで俺を見上げてきた。

 なのに、ちゃんと受け取ってくれるという。

 

「おう、ちょっとな。行けば分かると思う。オダマキ博士はポケモン研究家で有名だし、リラってのもバトルフロンティアってところのタワータイクーンを務める強者だ。あっちじゃ結構みんな知ってると思うぞ」

「ふーん、まあ、気が向いたらね」

「ああ、気が向いたらな」

 

 だって、内容なんて特にどうでもいいことしか書いてないし。急ぎの用なんてものはないからな。

 

「………変なの」

「あー、それとこれもお前の母ちゃんに渡しといてくんねぇか?」

「まだあるんだ………」

 

 もう一通の手紙も差し出す。

 こっちはまあ、ちょっと長めにつらつらと書き連ねたもの。

 いくら頼まれ事だって言っても一人の人生がかかってるからな。仕事のしたくない俺でも最後までやりますよ。

 

「昔、世話になったからな」

「まあ、いいけど」

「…………あ、っと、その………頑張れよ」

「………ハチマン、心配しすぎ。ばっかみたい」

 

 ため息と一緒に痛いところを突いてくる。

 

「いや、まあ、なんつーか、俺自身のことじゃないからな………。どうにも落ち着かんのだわ」

 

 なんか、ずっと落ち着かねぇんだわ。

 今なら先生の心配性なのもの頷ける。

 あの三人は俺たちが指導したことをその場で見られるから、安堵の根も上がるのだが、ルミはこれから帰っちまうからな。立ち会えないのがこんなにそわそわするなんて……………。柄にもなく恥ずかしい。

 

「大丈夫だって。何かあったらすぐに連絡取れるようにハチマンのポケナビの番号登録しておいたから」

「おい、いつの間に登録したんだよ」

 

 ちょっと待て!?

 どうしてポケナビの方を知ってる!?

 

「ふふっ、内緒」

「…………くそっ、あの人なんで知ってんだよ。ストーカーかなんかなの?」

 

 ああ、この憎たらしい笑みは百発百中あの人が絡んでるな。

 全く、どこで仕入れてきたんだか………。

 まるでストーカーのようだわ。

 

「なくはないから怖いよね」

「ルミも大変だな。あの人が母親で」

「まあね。でも、あれでいいんじゃない?」

「そうだな。あの人はあれくらいが丁度いい」

 

 ま、確かにあの人はあれくらいでいいのかもしれない。

 自由奔放な性格に見えるが、しっかりと人間らしい戸惑いを抱えている。

 

「でもあげないよ。ハチマンにはあげない」

「………もらえるかっ。あの人お前の母親だろうが」

「うん、そうだけど…………、やっぱりハチマンはハチマンだよね」

「な、なんかどっかで聞いたことのある文句だな」

 

 だからとうまはとうまなんだよ、って言われてるみたいだわ………。

 銀髪シスターじゃなくてほんとよかった。

 

「………結婚もね、何かと大変みたいだよ」

「え? なに急に、どしたの?」

「お母さん、今独り身なの………」

 

 えっ?

 急にシリアス展開?

 父親とは上手く折り合いがついていなかったのだろうか。それとも………。

 

「結婚したのも私ができたからって言ってた」

 

 離婚、の方か………。

 えっ?

 ということは何か?

 ルミの問題ってのはまさかと思うが…………。

 

「………なあ、そのなんだ………、いじめ的なものってのはまさかと思うが………」

 

 俺がそう尋ねると無言でコクリと深く頷いた。

 

「………そういうこと、だったのか…………。そりゃ確かに言える状況でもないな」

「………結局バレてたみたいだけど」

「…………このこと、ヒラツカ先生は知ってんのか?」

「さあ? 分かんない。でもヒラツカ先生がこっちに来たのは別れる前だったから、多分………」

 

 相談するにも頼りの先輩はすでにいなかったというわけか。

 けど、子供は案外鋭いからな。

 塞ぎ込んでるうちに気付かれてたってわけだ。

 お互いに問題を抱えたまま塞ぎ込んでしまうのは実に親子らしいが……………。

 

「そうか…………、ルミも色々と苦労してたんだな」

「うん、苦労した。だから労って」

「どっから覚えてきたんだよ………まあいいけど」

 

 すっと頭を出してきたので、俺のお兄ちゃんスキルが勝手に働いた。

 何のためらいもなく頭撫でちゃってるよ、俺。

 まあ、イッシキにもしてたし別にいいか。

 

「………お母さん、寂しがるかな」

「寂しくないと言えば嘘になるだろうな。でもあの人もポケモントレーナーだ。直前でルミを引き止めるようなことはしないさ」

「………逆に心配になってきた。どうしよう………」

「さすが母娘だな………」

「ねえ、ハチマンはポケモン他に捕まえないの?」

 

 気持ちいいのか、時折身体が震えている。

 今のうちに甘えさせておくのも大事なのかもな。

 今までは甘えるに甘えられる空気じゃなかったみたいだし………。

 

「今のところは足りてるな。元々リザードンだけだったし、ダークライにしても野生のくせに俺に付き合ってくれるし、充分じゃね? それにこっち来てからはゲッコウガも加わったからな。気難しい奴らは事足りてるって」

「そっか………、旅するにはスイクンの他にも必要だよね」

「まあ、いた方がいいだろうな」

「ん、分かった………。それじゃそろそろ時間だし、もう行くね」

「ああ、行って来い」

 

 すっと俺の右手の中からすり抜けたルミはベンチから立ち上がった。

 たたたっ、と駆け足で去っていくのかと思いきや、、途中でこちらに振り返ってきた。

 

「………バイバイ」

 

 無表情でいて少し寂しそうな、そんな印象を受ける小さな手に俺も手を振り返した。

 そして、今度こそツルミルミは自分の旅路へと足を向けていった。

 

「先輩、歳下が好きなんですか?」

「………嫌いじゃないな。コマチもいるし」

「へー、じゃあ私とか超好きなんですねー☆」

「あざとい………」

 

 キランッ☆ ってウインクするんじゃねぇよ。

 しかもポーズが見たことあるし。

 

「ううー、先輩の方がもっとあざといですよ」

「はっ? なんのことだ?」

「うわっ、この人自覚なしですよ!?」

「罪な男ね」

「ユキノシタ………」

 

 見上げるとユキノシタがこっちを見下ろしていた。冷たい眼差しが一層冷たく感じてしまう。底冷えしそう。

 

「どうせまたイッシキさんに何かしたのでしょう? 様子を見てれば分かるわ」

「俺、何かしたのか?」

 

 何かしたっけ?

 昨日の朝のアレか?

 

「〜〜〜〜〜ッッ、先輩の、バカ」

 

 昨日の朝のアレっぽいな。

 ありゃ、いつもの仕返しのつもりだったんだが…………。

 まさかこんな反応をされてしまうとは。

 

「ほんと、弱ってる相手にはとことん強くなるわね。鬼畜だわ」

「それがバトルのことを言ってるんじゃないのは分かるぞ」

「分からなかったらコマチさんの説教部屋行きだったわよ」

「くどくど言われそうな部屋だこと」

 

 コマチの説教部屋とかごみぃちゃんが連呼されるんだろうなー。

 そして最後にため息交じりで「これだからごみぃちゃんはごみぃちゃんなんだから………」なんて言われるのがオチだろうな。

 まあ、天使のお小言を聞くぐらい朝飯前ではあるが。

 ばっちこいだぜ!

 

「ヒッキー、目がどんどん腐ってってるよ………」

「気にするな。元々だ」

「開き直った!?」

「さて、俺たちも帰ろうか。午後からは会議もあるみたいだし」

 

 ユイガハマたちも戻ってきたとこで、ハヤマたちがいたのを忘れるところだったわ。

 ここ二、三日顔しか見てなかったからお前の声を忘れかけてたぜ。

 子供相手によくもまああんな対応を取れるもんだな。俺には絶対無理だね。

 

「会議?」

「あんれー、ハヤトくん何かやってんのー?」

「ポケモン協会からの招集だよ。そんなトベが気になるようなことじゃない」

「俺たちには来てないべ?」

「そりゃ、会員じゃないだから当然だろ」

「だべー、忘れてた」

 

 こいつやっぱりバカだったか。

 

「ハヤト、早く帰ってきてね」

「うーん、それはちょっと難しいかもしれないな。会議の内容は恐らくフレア団絡みの事だろうからな。会議が長引く可能性もある」

「そっか………」

 

 あーしさん、なんか寂しそうですね。

 どんだけハヤマの事好きなんですか。

 

「あれ? ってことはヒッキーとゆきのんもってことなの?」

「そうね」

「そうだな」

「…………」

「な、なんだよ」

 

 何故かじっと俺を見つめてくるユキノシタ。

 俺何かしたっけ? イッシキのことだったら、ユキノシタに睨まれる謂れもないと思うんだが………。

 

「いえ、別に」

「な、何もないならじっと見るなよ。身構えるだろ」

 

 もうね、身体が恐怖を覚えちゃってるみたいだわ。

 反射で切り替わってしまうとか、マジユキノシタさんパネェ。

 

「あら、会議が開かれるようになったのは誰かさんの一声があったからって聞いているのだけれど?」

「へ、へー」

 

 誰から聞いたのだろうか。

 おおよその見当はつくが思い浮かべたくもない。

 そういうときに限って絶対姿を見せてきそうな人だからな。

 何それ、ユキノシタよりも怖いじゃん。

 あ、あの人もユキノシタでしたね。

 

「それじゃあ、ちょっと早いけどお昼にしようか」

 

 ハヤマの提案により俺たちも昼飯に付き合わされることになった。

 何気に俺のこと監視してるのね……………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ねえ、ルミ。ヒキガヤくんから何もらってたの?」

「………これ」

「手紙?」

「旅に出たら渡してくれって」

「リラさんとオダマキ博士さん…………オダマキ博士っ?!」

「二人ともホウエン地方にいる人だって言ってた。今時メールを使えばいいのにハチマンも古臭いことするよね」

「………全く、昔から回りくどいところは変わってないんだから………」

「あとこれお母さんに渡せって」

「私にも? ……………………………………い、いつの間に人妻まで落としにかかってんのよ………、全くもう」

「手紙読みながら泣くとかやめてよ、気持ち悪い。あと、ちゃんと『元』をつけてよね」

「………ねえ、ルミ。校長に勝ったら、どこに行くか決まったの?」

「ふふっ、当たり前じゃん。ハチマンから頼んできたんじゃ断れないよ」

「お母さんのポケモンたち連れてく?」

「………自分で捕まえてくるからいい。チルットとユキワラシは外せないかなー」

「それじゃ、まずは校長に勝たなきゃね」

「大丈夫、ハチマンが色々作戦を立ててくれたから。それを参考に校長先生を倒す」

「………まさか教え子が娘の師匠になるなんてね」

「でも、やっと会えた」

「ふふっ、そうね………」

 




遅れたのはこんなのを描いていたからです。

素人ながらのものなので下手だとは思いますが(特にゲッコウガ)、この作品の表紙のようなものだと思ってください。なんせ全員初めて描きましたからね…………。


【挿絵表示】



何かいて何かいないのは態とです。

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