ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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53話

 ルミが先生からポケモンを預かり、使える技も教えてもらったところで再度バトルフィールドへと並んだ。

 今頃、みんな何してるんだろうな。子供の相手なのは間違いないが。かく言う俺も子供の相手をしているし、仕事放棄ではないから怒られないよな。

 

「言っとくがこれは野戦だぞ。怪我しても知らんからな」

「大丈夫、校長先生に勝ったハチマンにどこまで自分でやれるかで、きっと校長先生とのバトルも変わってくると思うから」

「そうかい、ならいくぞ、リザードン」

「スイクン、いくよ」

 

 最初は一体ずつか。

 次第に増やしていこうって算段なのかね。

 

「かえんほうしゃ」

「ハイドロポンプ!」

 

 まずは挨拶代わりの打ち合い。

 二体とも気がすむと、スイクンが先に動き出した。

 

「バブルこうせん」

 

 スイクンは走りこみながらこちらへ大量の泡を吐き出してくる。

 よく見ると泡の中にはモンスターボールが入れ込まれていた。

 おいおい、もう少し初心者らしくあってくれよ。いつの俺だよ。

 

「リザードン、打ち返せ!」

「させない。タブンネ、なみのり!」

 

 リザードンが爪を鋼にしてボールを打ち返そうと構えを取ると、泡の中に入っていたボールの中からタブンネが飛び出し、泡をかき集めて水へと変え、波を起こした。

 

「フレアドライブ!」

 

 波に飲まれるのは避けられそうにないので、炎を纏うことで水の蒸発を促し対処する。だからと言ってダメージがないわけではない。ただの軽減策である。

 

「スイクン、あまごい!」

 

 その隙にルミはスイクンに雨雲を作らせ、雨を降らせ始めた。

 室内なのに雨が降るというこの違和感、なんて考えてられているだけ俺は余裕らしい。

 

「ブラストバーン!」

 

 波打ちが終わるのを見計らい、地面に思いっきり拳を叩きつける。

 地割れが起きてその隙間から炎を吹き出してくる。吹き出し口の真上にはスイクンとタブンネがいた。なんと、ジャストヒット。

 

「スイクン、見切って! タブンネは戻って!」

 

 吹き出す青い炎をジグザクに動いて躱すスイクンとは対照に、タブンネは巻き上がる炎の中からボールへと戻っていった。地味にダメージを与えたらしい。

 

「確かに、何でもありだもんな。交代だって然りだ」

「スイクン、バブルこうせん!」

 

 パンパンパンッ! と泡を態と割ることで巻き上がる炎に衝撃を与え、空洞を作り出していく。そこをスイクンが駆けていき、全てを躱し切った。

 

「くさむすび」

 

 だが、それくらい俺だって読んでいる。

 スイクンがこの程度でどうにかなるなんて思っちゃいない。相手は伝説のポケモンなんだ。

 

「ッッッ!?」

 

 ルミは一瞬何が起こったのか分からなかったようだな。まあ確かに俺はボールをいじってないもんな。

 でもな、最初からボールの外にいるってことも考えた方がいいぞ。

 

「プクリン、かえんほうしゃ!」

 

 すかさずボールに手をかけ、プクリンを出した。出たと同時にスイクンを絡め取った草を焼いていく。

 

「プクリンにメタルクロー」

「カウンター!」

 

 ぽいっとプクリンをかばうように投げ出されたのはソーナンスだった。

 またタイミングを上手く合わせてきたな。

 もう、こいつは天性のモンを持っていると見た方が得策だな。知識だとか経験だとか、そんなものには一切頼っていない。天性の勘による危険予知と対処術。

 まさに脊髄反射。

 ユイガハマあたりに見習ってほしいもんだ。

 

「おにび」

 

 技を当てる前に鬼火でソーナンスの視界を覆い、翻って背後へと回り込む。

 タイミングをずらしたことでカウンターは失敗に終わったな。

 

「スイクン、ハイドロポンプ!」

「ソーナンスを投げ飛ばせ!」

「シャアッ!」

 

 リザードンは鋼の爪の甲でソーナンスの頭を弾き、水砲撃を打ち込んでくるスイクンの方へと投げ飛ばした。

 

「はねる!」

「ソー!」

 

 うおっ!?

 まさかのはねる、だとっ!?

 

「まもる!」

 

 影からスッと出てきたゲッコウガがリザードンの前で防壁を貼る。

 ソーナンスが跳ねて避けたことで狙い通りに水砲撃が打ち付けられた。

 

「…………いたの忘れてた」

「まだちゃんと見たことはなかったか。こいつはゲッコウガ。こっちにきて俺に懐いて…………るのかは怪しいが気に入られたポケモンだ。かなり強いぞ」

「ふーん………、プクリン、いやしのはどう」

 

 あ、こいつスイクンを回復させてきやがった。

 何それ、嫌な予感しかしない。

 

「………ジョーイ補佐役候補のポケモンとバトルするとこういう展開も出てくるのか」

 

 これはまた新しい経験だな。

 こんなバトルは初めてだ。初めてだけど、とにかく長期戦になるのはよく分かったわ。

 さっさと終わらさなければこっちが疲れ果てるだけだ。

 

「リザードン、メガシンカ!」

 

 ゲッコウガの後ろでリザードンが白い光に包まれて姿を変えていく。俺の手元ではキーストーンが力を注いでいる。

 

「プクリン、かみなり!」

 

 雨が降っている間はかみなりが必中してくる。

 何なら雨雲の下はどこにいようとも狙われると思ってもいいくらいである。

 

「ゲッコウガ、あなをほる! リザードン、ソニックブースト」

 

 ゲッコウガはタイプをじめんに変え地面の中へ、リザードンはゼロからトップに急加速し落雷を防いだ。

 だが、これが誘いなのは分かっている。

 

「オーロラビーム!」

 

 雨粒を凍らせてリザードンに向けて細かな氷の礫が打ち付けられてきた。

 

「フレアドライブ!」

 

 丁度雨が上がり、フィールドは炎技の威力が元通りになった。

 最後のタイミングだったみたいだな。

 

「ソーナンス!」

 

 ソーナンスが上から降ってきて、リザードンたちの間に割って入ってきた。

 ポケモンに自己判断で返し技を使わせるなよ。

 こっちが判断つかねぇだろ。

 つか、人のポケモンでよくできるな。

 

「ハイドロカノン!」

 

 どこにいるのかは知らないが、ソーナンスの足元からはゴゴゴッ! と唸りを上げ、遂には地面を割って勢いよく噴水した。リザードンを受け止めようとしていたソーナンスは「ソーナンス~」とか言いながらどこかへと飛ばされていき、空いた道を通ってリザードンがスイクンへと突撃した。

 

「グリーンスリーブス・雷」

 

 一瞬の怯みを逃さず、拳に電気を纏わせて宙へと殴り上げる。

 

「スイクン、少しの間だけ耐えて! ハピナス、タブンネ、プクリン! スイクンにいやしのはどう!」

 

 連続でかみなりパンチを受け続けるスイクンに対し、ハピナス・タブンネもボールから出して三体のジョーイ補佐候補が回復し続けていく。

 こうなっては攻撃する意味がなくなるな。

 仕方ない、まだよく分からないこの力を見せたくはなかったが………。

 

「ゲッコーー」

「スイクン!」

 

 何の前触れもなく、スイクンに水晶壁を作らせたルミルミ。

 ここで水晶壁かよ。

 まもるよりも効果的な特殊能力って何なの………。というかリザードンを弾き飛ばしちゃってるし。

 

「くっ、リザードン、ハイヨーヨー!」

「ハイドロポンプ!」

 

 急上昇を図るリザードンを追随するように撃ち出される水砲撃。

 ジグザクに動き回りなんとか逃げ切っていく。

 

「タブンネ、なげつける!」

 

 なげつける。

 持たせていた道具などを投げつけて攻撃する技であるが…………、おいこら、そこのタブンネ。ハピナスを投げてくるとかどういうことだってばよ。

 

「ハピナス、はかいこうせん!」

 

 水砲撃とは別の場所から一直線の光線が飛んでくる。

 スイクンは地面に着地し、タブンネによって再び投げ上げられた。

 

「リザードン、ブラストバーン! ゲッコウガ、くさむすび!」

 

 身体を反転させながらはかいこうせんに対して炎を究極技を撃ち込んでいく。上下逆さとか辛くないのかね。

 元々狙われていた水砲撃はゲッコウガの太い蔦によって方向を変えさせ、尚且つスイクンや他のポケモンを絡め取っていく。

 地面の中からご苦労さん。

 

「ぜったいれいど」

 

 ここで一撃必殺か!?

 だが狙われたのはリザードンでもゲッコウガでもなく、絡まっている蔦。

 

「プクリン、かえんほうしゃ!」

 

 凍った蔦を今度は焼き払い、自由を確保していく。

 

「みずしゅりけん!」

 

 解放されたことによる安堵しているところ悪いが、背後には忍者が待ってますのよ。

 ゲッコウガは複数の水でできた手裏剣を打ち放っていく。

 スイクンは咄嗟に躱したが、ハピナス・プクリン・タブンネは手裏剣を背後から打ち付けられ、そのまま地面へと叩きつけられていく。

 それは丁度三角形ができるような配置で。

 

「みんなっ!?」

 

 ようやくルミが声を荒げた。

 長い、ここまで来るのにすげぇ長いんだけど。

 これからバトルすることになるであろう校長の大変さが身に沁みて感じ取れてしまう。

 その節はどうもお世話になりました。

 

「ッ!?」

 

 かと思えば、何かを閃いたようですぐに不敵な笑みに変わった。

 何をしてくるのやら。これまでが想定外だっただけに次も何をしてくるのか怖いんだけど。

 

「ハピナス、プクリン、タブンネ! マジカルシャイン!!」

 

 そうきたか?!

 三体が飛ばされた位置を上手く利用して広範囲に渡る攻撃。

 チッ、ここまで適応してくるのか。

 

「ゲッコウガ!」

 

 やむを得まい。

 着地したゲッコウガが水のベールに包まれていく。

 フィールドの三箇所では体内のエネルギーを光へと変換させている。

 俺の視界はすぐにゲッコウガのものへと変わり、場の緊張感が一層強く感じてきた。

 まずはリザードンをどうにかしなければ。

 

「リザードン、はがねのつばさで身を固めろ!」

 

 視界はゲッコウガであるが、身体はそのまま動くみたいだな。なんかすげぇ今更だけど、今気がついた。

 

「こっちはまもッッーーー?」

 

 まもるが………できない、だと?!

 なんだ?

 どういうことだ?

 連続して使っているわけでもない。忘れたということもない。というかみずしゅりけん以外の技が使えなくなっている…………。

 考えろ、考えるんだ。

 技自体のデメリットというわけでも忘れたわけでもなく、他の技も使えない………。

 あるはずだ。何か………、この原因となるはずのものが何かあるはずだ………。

 

「ソーナンス、ミラーコート」

「ソーナンス~」

 

 はっ!?

 そうだ、確かソーナンスはアンコールをッッ!!

 アンコールは最後に使用した技以外を使わせなくなるという嫌がらせをするのに最適な技だ。ルミルミのやつ、いつの間に命令していたんだ?

 くそ、やられたっ!

 こうしている間にも大量の光が三方向から発せられてくる。リザードンは鋼にした翼で身を包み、スイクンは水晶壁で、ソーナンスはミラーコートを使うことで、さらに光を反射させているが………。

 何もできていないのは俺たちだけである!

 くそ、暴君を使うか?

 いや、奴を使うのは反則に等しい。あいつは俺のポケモンではない。ただの居候的な、利害が一致しただけの関係。あまり私的な理由であいつの力を借りてしまっては後で何を要求されるか分かったもんじゃない。

 ならば、どうする?

 考えてる暇もない。

 くそ、マジでルミルミ強ぇ。

 こんなの初心者じゃねぇわ。

 

「ーーーあくのはどう」

 

 咄嗟に命令してみたが、準備でもしていたのだろうか。

 手際よくゲッコウガとリザードンを黒い波導で包み込み、白い光から守ってくれた。

 こいつならいいよな。野生ではあるが俺の言うこと聞いてくれるし、なんだかんだ言ってオーダイルを抜いたら付き合いが二番目に長いポケモンでもあるからな。

 

「みずしゅりけん」

 

 一瞬でハピナスの背後に移動してゲッコウガの背中にある手裏剣で殴りつける。

 左から、右下から、真上から。

 三発当ててうつ伏せで倒れ伏したハピナスの体に乗っかる。

 

「じしん!」

 

 リザードンが大きく地面を揺さぶってくる。

 あらかじめ、ハピナスを土台にした甲斐があったわ。

 

「はっ!? ソーナンス、カウンター! スイクン、ハイドロポンプ! タブンネ、なみのり! ハピナス戻って! プクリン、ほろびのうた!」

 

 一気に命令出してきたな。しかもしれっとほろびのうたを使わせちゃってるし。

 

「リザードン、カウンター返し!」

 

 じしんによって揺れた体をそのままリザードンの方へと突っ込む力へと変えたソーナンスの体当たりにさらにカウンター。

 タイミングよくソーナンスを弾き返し、ほろびのうたを歌っているプクリンに投げ飛ばした。さすがにカウンター返しはこちらもダメージをもらうな。弾き返しはしたものの大きく後ろに下がらされてしまった。

 しかもそこにはスイクンのさらなる水砲撃が打ち込まれてしまい、リザードンへのダメージが蓄積していく。ついでにその水砲撃に乗ってタブンネまでやってきた。

 何この集中攻撃。

 

「タブンネ、ハイパーボイス!」

「トルネードドラゴンクロー!」

 

 踏みとどまったリザードンは翼を折りたたみ、竜の爪を立ててドリルのように大きく口を開いたタブンネに突っ込んでいく。

 こっちもさっさと終わらせなければ。

 ソーナンスがいる状況で敵味方関係なく戦闘不能に追い込むほろびのうたは危険だ。

 ボールに戻すこともできないし、技の効果が出るまでのほんの僅かな時間のうちにソーナンスだけは倒しておかなければ。

 

「かげうち」

 

 ようやくアンコールが解け、影に潜ってソーナンスの下へ移動。

 暗いところで落ち着いて今の状況を鑑みると、恐らくルミはバトルスタイルが俺に似ているのかもしれない。自分のポケモンでなくとも容易く命令を出し実行させ、特性をもフルに発揮してくる。自分の力をフルに引き出してくるルミに初めてであろうともポケモンとしても信頼を置いているのかもしれない。

 俺の知る初心者の中では群を抜いて強い。あのイッシキでさえもまず勝てないだろう。ポケモン自体がよく育てられているのもあるだろうが、それでもまだイッシキに足りてないものをすでに持っている。

 天性のモンかもしれんが、ここまでだとさすがの俺もお手上げだぞ。

 校長、後は頑張ってくれ。

 

「プクリン、丸くなってころがる!」

 

 プクリンがソーナンスを守るように身を丸めて影から出たゲッコウガに突っ込んでくる。

 ーーーハイドロカノン!

 水の究極技でプクリンを打ち返す。

 だが、それをソーナンスがさらに打ち返してくる。

 だったら負けるかよ!

 

「コウ、ガァァァアアアアア!!」

 

 水圧をあげてもう一度押し返す。

 さらに影も作り出してプクリンとソーナンスを取り囲む。

 

「ソーナンス、はねる! プクリン、とびはねる! スイクン、ぜったいれいど!」

 

 連続でリザードンに水砲撃を打ち込んでいたスイクンが、こちらの一角を凍らせてしまった。

 う、動けない………。

 これが、一撃必殺………なの、か?

 やべぇ、身体が痺れて動かん。痛みとかも感じないんだけど。それだけ体が麻痺してるってことなのか?

 

「コウ、ガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!」

 

 身体が動かないはずのゲッコウガが雄叫びをあげる。

 するとゲッコウガを包む水のベールがさらに厚くなった。

 凍らされた空間を水圧だけで溶かしていく。

 凍ったはずの影も同じような現象を見せてくる。

 これだったら影だけでも倒せるんじゃね?

 

「コウガ」

 

 そんなことをふと思ったのが伝わったのだろうか。

 ゲッコウガは影だけを動かして凍らされる前に一角から上空に離脱したプクリンとソーナンスを黒い刃で切り込んでいく。

 リザードンの方を見るとタブンネを地面に突き落として下降したかと思うと、地面を叩きつけて地割れを起こしていた。

 そこから炎が吹き荒れるのが常であるが今回は違った。

 大きくできた地割れにタブンネが呑まれ、挟まれ、吹き飛び、倒れ伏した。

 ……………えっ? 一撃?

 

「タブンネ!? くっ、スイクン! ハイドロポンプ!」

 

 戦闘不能になったのがルミにも分かったのだろう。

 呼びかけても反応のないタブンネをボールへと戻して、スイクンにバトンタッチした。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 あいつもまだまだ成長し続けているってことか。

 こっちも負けてられないな。

 

「つじぎり」

 

 本体でまずソーナンスにとどめを刺しにかかる。

 

「みちづれ」

 

 手刀を刺してからそれかよ………。

 ヤバい、強制的に体力が持っていかれてるっ!

 ここまで、なのか?

 この力を持ってしてもみちづれには抗えないのか?

 

「コウ、ガッ!」

 

 ゲッコウガから意識が離れていく中。

 置き土産として、プクリンにみずしゅりけんを投げて、戦闘不能に追い込んでいた。

 

「はっ!? ゲッコウガ………、お疲れさん」

「ソーナンス、プクリンも。お疲れ様」

 

 二人してポケモンをボールに戻していく。

 これで残りはスイクンか。

 リザードンが俺の方へ、スイクンがルミの方へと着地した。

 

「スイクン、ぜったいれいど!」

 

 スイクンも一撃必殺で来るならこっちも受けて立とうじゃないか。

 ここにきて新しく覚えやがった一撃必殺、じわれ。誰かさんのせいで何度か目にしている一撃必殺。

 

「リザードン、じわれ!」

 

 リザードンは地面を叩き割り、スイクンがフィールド全体を凍らせてきた。熱と力の衝撃で爆風が巻き起こる。

 

「………ハピナス、タマゴうみ」

 

 ぽいっと投げ出されてきたハピナスが腹のタマゴを抜き取って食べ始めた、らしい。爆風で全く見えん。

 そういやまだハピナスは倒してなかったっけ?

 つか、なんでこのタイミングで出してくんの?

 

「「あ、」」

 

 煙が晴れて出てきたのは凍ったリザードンと倒れ伏したスイクンの姿だった。

 

「スイクン、お疲れ様。おかげでだいぶバトルに慣れてきたよ」

「いや、これで慣れてないとか言ってたらみんなにいろいろ言われんぞ」

 

 リザードンをボールに戻しながら、ついぼやいてしまう。

 だって、ぼやかないとなんかね、もうね………。

 

「………あれ? 残ったのハピナスだけ? ってことはルミの勝ち?」

 

 ツルミ先生がフィールドに残っているのがハピナスだけであることに疑問を抱いてきた。

 まあ確かにこの状況を見ればルミが勝ったように見えるけど。

 

「んなわけないでしょ。………はあ、正直こいつをあまり使いたくはないんだが、校長とのバトルを控えてるわけだし、ここまでいいバトルをしてきたんだ。伝説の力というものを少しだけ見せてやるよ」

 

 コンコンと地面を二回踏むと、黒い影の中からぬっとダークライが顔を見せた。

 

「ちょいと付き合ってくれ」

 

 コクっと頷くと影の中から完全に出てきた。

 

「…………ハチマンの伝説のポケモン………」

「先生も見たことくらいはあるでしょ」

「……えっ? あ、あっ! あの、黒いポケモンっ!?」

「こいつのおかげで俺は校長に勝てたようなもんですからね」

 

 ようやく思い出したツルミ先生が大きな反応を示した。

 

「る、ルミっ。このポケモンすごく強いから! 気をつけて!」

「………言われなくても分かってるし……」

 

 うーん、やっぱりちょっと反抗期?

 というか知っていることを今更言われたことが気にくわないのだろうか。

 でも顔はちょっと笑ってるし………。

 

「うーん、素直じゃねぇなー」

「ハピナス、はかいこうせん!」

「おーおー、早速か。ふいうち」

 

 狙いを定めたところを一瞬で背後に移動し、叩きつける。

 

「ダークホール」

 

 そのまま足元に黒い穴を作らせ、呑み込んでいく。

 

「えっ?」

 

 何が起こっているのか分からないのか、ルミの反応が遅れている。

 やっぱりこういう突拍子もないことには慣れてないんだな。

 それが当然であってよかったわ。

 これすらも対処してきたら、もう俺泣いちゃう。

 

「ハピナス!?」

「はい、出してー」

 

 黒い穴からハピナスを取り出し、地面に放る。

 ぐーすか寝ているハピナスは起きる気配がない。

 

「あくのはどう」

 

 黒い波導でとどめを刺した。

 今までのダメージを回復しきれてなかったみたいだな。それにダークライの悪夢を見せる能力も効いていたみたいだ。

 

「ハピナス………」

 

 意気消沈。

 まさにそんな言葉が当てはまりそうな沈んだ顔つきになるルミルミ。

 ちょっとやりすぎたかな………。

 

「ハピナス、お疲れ様………」

 

 ボールに戻しながら小さくため息を吐いている。

 相当悔しかったみたいだな。

 まあ、今までが対処しきっていただけに、何もできなかったのが悔しいのだろう。

 

「………ルミー、お疲れ様ー」

「………お母、さん……」

 

 ルミの方へと近寄っていく母親の顔を見たルミルミは吸い寄せられるように飛び込んでいった。

 

「どう? 負けて悔しい?」

「うん」

「まあ、最初から勝てないのは分かってたけどね。だって相手がヒキガヤくんだもん」

「でも悔しい………」

 

 胸、というか腹に顔を埋めながらルミルミが短く返していく。

 

「………俺がカロスに来て一番追い込まれたバトルだったんだけどな。結局、リザードンとゲッコウガを倒せたのはルミが初めてなわけだし」

 

 俺もザイモクザと二人のところに寄っていく。

 

「え? そうなの?!」

「ええ、ユキノシタとバトルした時はタイプの相性とゲッコウガのぶっ飛んだ起点で、結果を見れば一方的なバトルになりましたけど。それにシングルバトルでしたし。他にもイッシキが一番俺の嫌いなバトルをしてくるもんで手こずりましたよ」

「イロハちゃんも結構やるんだね。って校長とあれだけやれたのも元々ヒキガヤくんとあんなバトルをしてたからよね」

「どうだか。あいつら俺の知らないところで、打倒俺で燃えてますからね」

「……なんか想像できるなー」

 

 想像できるんだ………。

 すごいな………。

 

「ま、こっちに来てから初心者見るのは四人目になりますけど、妹は予想外の技の使い方してくるし、イッシキはフィールドを支配してコロコロバトルの展開を変えてくるし。個性が強いのばっかですよ。でも一番強いのはルミですかね。野戦ってのもあるでしょうけど、人のポケモンと伝説のポケモンであるスイクンをあそこまで上手く立ち回らせていれば充分でしょ。お互いのポケモンの数が揃ってないくらいのハンデはあったとしても、俺のリザードンとゲッコウガを倒したという事実は獲得したんだ。ルミはこれから相当強いポケモントレーナーに成長しますよ。旅に出てパーティーを作った時が楽しみなまである」

 

 いくらハンデがあったとはいえ、初心者がスイクンと人のポケモンだけで元チャンピオンのポケモンを倒したとなればあの校長といえど、引きさがれはしないだろう。後はあのじじいを焚きつけておくべきかな。

 

「………校長には勝てそう?」

「さあ、どうでしょうかね。あの人は底が知れませんから。ただ俺をここまで追い込む実力があるのは自信を持っていいんじゃないですか?」

「……だって」

「……………最強のリザードン使いさんが言うのなら間違いないよね」

「そろそろその呼び方やめないか?」

「ふふっ、いいじゃん」

 

 ようやくこっちにも笑顔を見せるようになった。

 

「なあ、ハチマンよ」

「………なんだよ」

「我、腹減った………」

「お前な………、少しは空気読めよ」

「いや、空気を読んでいってみたのだが………」

「ふふっ、それじゃ何か食べに行きましょうか」

「わーい、ハチマンのおごりー」

 

 棒読みで突然ルミが口開いた。

 こいつも空気を読もうとしたのだろうか………。

 

「おいこら、せめて感情を込めて言え」

「言ったら本当におごってくれるんだ………」

「その前にポケモンたちを回復させるのが先だけどな」

「うん、分かった」

 

 なんだろう。

 この集団には残念臭が漂い始めてるんだけど。

 まあ、一人天使がいるから別にいいか。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 研究所の回復マシンにボールを嵌め込んで回復させていると、コールが入った。

 ポケナビの方からか。だとすると協会か?

 

「はい」

『私だ』

「なんだ、あんたか」

『ハチマン、報告書は受け取った。すぐに現地の会員に招集を呼びかけて会議を開くことにする。君も参加するだろう?』

「一会員としてなら。さすがに俺の肩書きを使うのはもっと後になってからでしょ」

『よく言う。この会議を開くのにすでに君の意向が示されているというのに』

「それはそれ。これはこれっすよ。で、いつ開くんだ?」

『そっちでの明日の午後一時からだな。場所はミアレの………』

「ああ、どうせ招集をかけるのにメール出すんだろ。んでそこに場所と時間もあるんだろ。なら詳しいことはメールの方を待ちますよ」

『そうか………、無茶、するなよ』

「俺もできることならしたくないんだけどな。でも他に手がなかったらまたやるでしょうね」

『そう言うとは思っていたが………。今回は特に危険な匂いを感じる』

「それには同感だな。こっちの伝説は危険だわ」

『くれぐれも死ぬなよ』

「妹残して死ねるかよ」

『ふっ、ではそっちは任せた』

「はいよ」

 

 電話を切るとなんかツルミ母娘がじっと見てきた。

 目に色がない。

 はっきり言って怖い。

 

「な、なにか?」

「今、誰と話してたの?」

「あ? べ、別に誰でもいいだろ」

 

 あ、あの、近くないですか?

 

「お母さん、ハチマンが犯罪者になっちゃう」

「それは大変。先輩に連絡しなきゃ」

 

 ヒラツカ先生に連絡だと?!

 余計に話がややこしくなるではないか。

 

「や、なんでそうなる。あーもう、ただの仕事の電話だ」

「し、仕事………?! ヒキガヤ君が?! あのヒキガヤ君が?!」

「あんた何気ひどいな。俺でも仕事はしてますよ。割と自由ですけど」

「カツアゲとか?」

「ないから。逆に絡まれる方だから」

「可哀想に………」

「いい歳してナンパされてるあんたには言われたくないわっ」

 

 うううっ、嘘泣きをする先生を誰か、というか旦那よ。どうにかしてくれ。

 あんたの嫁が元生徒をからかってるぞ。大人気ないぞ。

 

「はあ、早く終わってくんねぇかな…………」

 

 あ、またコール入ったし。

 今度はホロキャスターか。

 やだな、出たくないなー。

 でも出なかったら後でもっと何かされそうだし………。

 葛藤の末、渋々出ることにした。

 

「はい」

『あ、せんぱーい。今どこにいるんですかー?』

「研究所」

『あ、ヒッキー、やっと繋がった!』

「え? なに、一斉コールなの?」

 

 画面いっぱいに写っていたイッシキが半分に縮小され、そこにユイガハマが入ってきた。

 

『そうですよっ。全くもう、先輩がどこにいっても見当たらないので気持ち探しましたよ』

「気持ちだけなのね………」

『でね、そろそろお昼にしよーかなーって話になったんだけど、ヒッキーも一緒にどうかなって』

「俺今日は貸切にされてるみたいで、そっちに行けそうにないわ」

『それってルミちゃん?』

 

 こういう時は理解が早いよね。

 もっと他でも理解が早いと助かるんだけど。

 

『誰ですか、先輩。また新しい子ですか!?』

「またってなんだよ、人聞きの悪い。まあ、とにかくこっちはこっちで飯食うから」

『先輩、何もしてないでしょうね』

「あ? バトルはしたぞ。つーか、お前よりも強かったわ」

『あ、なんか先輩のくせに生意気ですね』

 

 意味が分からん。

 ただ事実を言っただけだぞ。

 

『ちょっとー、二人とも帰ってきてー』

『あ、ごめんなさい。悪いのは全部先輩ですから』

「おいこら、イッシキ。責任を全部俺に擦りつけんな」

『まあ、うん、とにかく分かったよ。ヒッキーも頑張ってね』

「や、もう終わったから。というかもう頑張ったから。これ以上頑張りたくない。という、か、誰か、ツルミ、先生を回収し、あ、ちょ、こらっ!」

 

 なんか段々と背後から追ってきたツルミ母娘にホロキャスターを奪われてしまった。

 何なのこれ。

 

「あー、ユイちゃんにイロハちゃんだー。ヒキガヤくんのいけず〜」

『うぇっ!? ツルミ先生?! なんでヒッキーのホロキャスターに?!』

「いやー、まあ、いろいろあってねー」

『ていうかツルミ先生。その子誰なんですか?』

「私の子」

『はっ?』

「だから私の娘」

『マジですか………』

「イッシキー、大マジだぞー」

 

 取り敢えず、声だけ聞こえるので一向に信じようとしないイッシキに言葉を送ってやる。

 

「ハチマンはいただいた」

『あ、ちょ、先生の娘さんがなんか爆弾発言してますよ!? どうしてくれるんですか?!』

 

 こらこら、年下に吠えるな。

 大人気ないぞ。

 そんな大差ない年齢だけど。

 

『あ、ルミちゃん、やっはろー。昨日ぶりだねー。ヒッキーと一緒にいるなら安心だよ。どこの班にもいなかったみたいだからどうしてるのかなーって思ってたんだけど』

「ハチマンが今日は一日貸切になってくれた」

『そっかそっか、ヒッキーに変なことされないようにね。何かあったらいつでも言ってね。ヒッキーくらいだったら私たちでどうにかできるから』

「おい、ちょっと待て、ユイガハマ! それはどういう意味だ!」

『ゆきのんに頼めば快く引き受けてくれると思うんだー』

「勘弁してくれ。あいつ、怒ると何しだすか分かったもんじゃない」

『まー、何でもいいですけどー。せんぱーい、ロリコンに目覚めちゃダメですよー』

 

 うっ………、鋭いな。

 なんで俺の周りにいる女子ってみんな何かしらに鋭く反応するのだろうか。

 考えが読まれてるようで怖いんだけど。

 それとも俺が読まれ過ぎなだけなのん?

 

『それじゃ、先生。ヒッキーのことよろしくお願いしまーす』

『先輩、いい子にしてないとダメですからねー』

「お前ら、俺をなんだと思ってやがる………」

「はいはーい、じゃあねー」

 

 あ、勝手に切りやがった。

 結局、何だったんだ?

 飯を食いに行こうって話からよく分からん展開になってんだが。

 

「さて、お昼ご飯に行きましょうか」

「ハチマン、いこ」

 

 はあ………、もう今日はどうにでもなれ………。

 明日には帰るはずだ。それまでの辛抱だ。

 

 

 あ、でもこの天使が明日で見納めってのもな………。

 まあ、またその内会うだろ。


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