ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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52話

 えー、これは一体どういうことなんだろうな。

 なんでザイモクザとツルミ先生まで正座しているんだろうか。フィールドのど真ん中で。

 まあ、させたのはルミなんだけど。

 

「………お母さん、なんでいるの」

「いやー、ルミが心配でついてきちゃった☆」

「…………ばっかみたい」

 

 てへっと母親が舌を出しておちゃらけるとじとっと軽蔑の眼差しを送り出した。

 

「勝ち組アラサーが痛いですよ」

 

 俺もつい痛々しいアラサーに物申したくなったのはきっとこの人が悪いからだ。

 

「ひどいっ?! 昔はもっと素直で可愛かったのに、いつの間にか口が悪くなっちゃって」

「や、昔からこうですけど」

 

 うううっ、泣き真似をするアラサー既婚者に呆れを覚えてくる始末。

 

「………なんでいるの」

「……………二度も聞くの?」

 

 ルミが嫌悪感丸出しの声でもう一度聞くと、今度は真面目に取り繕った。

 親子喧嘩がついに勃発しちゃった感じか?

 

「聞く、何度だって聞く。なんでいるの? 正直に答えて」

「………ルミが他の子達から、その………無視されてたりするのが心配でヒキガヤくんにお願いしたからよ。母親なのに何もできなくて、ヒキガヤくんに頼るしかなくなっちゃったダメな母親だけど、ルミが心配だから」

「それだけじゃないでしょ」

 

 やはりこの子は鋭いな。

 鋭いからこそ母親として心配しているのかもしれない。事件やなんやに機敏に動けてしまいそうな素質を俺ですら感じるんだ。親として、家族として一緒に過ごしてきた時間が長い先生なら尚更強く感じているのだろう。

 

「うっ………、ハナダの岬に行ってからルミから何かポケモンの気配を感じるようになって、あんな猛々しいオーラを出してくるポケモンなんてそうそういないから心配になってたのよ」

「心配心配って、私は心配してなんて一言も言ってない」

「言ってなくても親は子供の心配をするものなの」

「………わけ分かんない。もういい、私旅に出るから」

「えっ?! ちょっ、いきなり?!」

 

 ほんといきなりだな。

 いや、まあ、それでいいんだけどさ。俺の計画的には。

 

「スイクンが私のところへやってきたのにも何か理由があるはずだもん。このままスクールに通ってるだけじゃ、スイクンが望む未来はやってこない」

「…………心配、なんて言ったら怒るわよね」

 

 つい今しがた反論されたのを受けて先生は言い留まる。

 

「怒る。私は私のポケモンになってくれた子達の望みをできる限り叶えてあげたいから」

「……ヒキガヤくんにね。昨日忠告されてはいたのよ。期待はするなって。でもあなたが自分からその結論に至ったのだったらお母さんは止めないわ。でもやっぱり心配はする。だって、私はルミの母親ですもの」

 

 あの、お宅ら丸く話がまとまっていってるとこ悪いんですけど………、

 

「………あの、旅に出る前に越えなきゃならない壁があるの忘れてません?」

「ルミの成績はヒキガヤくんと同じ状態なのよ」

「さいですか………、ルミ、本当に旅に出るんだな?」

 

 この子、マジで俺と同じような人生をたどりそうで怖いんだけど。

 どうしよう、こんなのにならないようにするにはどうしたらいいんだ?

 

「うん、行く。最強のリザードン使いさんにも何か理由があって先に卒業していったと思うから。私はスイクンの望みを叶えに旅に出る」

「………そうか。惨めな生活ともお別れだな」

「うん、お別れ。私はみんなよりも先に進むの」

 

 俺が思うにルミはスクールに留めておく必要がない。すでにトレーナーとしての何たるかも備わってるし、逆に自分の能力を制限している感じすらある。スイクンをみんなの前で出さなかったのもその一つだ。興味を持ち出した他の奴らを返り討ちにしてしまうのは目に見える。そんな彼女がすぐに浮いた存在になるのは当然のことだ。それを避けた現状ですらルミはハブられているのだ。そういうお子ちゃま精神の集団にいたところで却ってこの子の成長の邪魔をするだけでしかない。

 

「なら、ルミがこれから出くわすであろう伝説のポケモンについて叩き込んでやるよ」

「ん」

 

 ならば俺にできるのは、自発的に行動させ、そのサポートをするくらいだろう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 親子喧嘩もすぐに鎮火してしまい、俺が伝説のポケモンたちについての講座を開くことになった。

 なんでみんなして硬い地面に正座したままなのだろうか。

 痛くないの?

 

「んじゃ、まず。ジョウト地方の伝説については知ってるか?」

「………おっきな二体の鳥ポケモンがいたってことは知ってる。だけど、そのポケモンたちがどんなポケモンなのかまでは知らない」

 

 俺が質問をするとルミは口に人差し指を当ててこてんと小首をかしげた。

 何このかわいい子。

 もらっていい?

 ザイモクザなんか地面の上を転がり回ってるぞ。

 

「具体的だな。ならまずその内の一体、ホウオウについてな。ホウオウは約150年くらい前にエンジュシティで起きた大火事で命を落としたポケモンを蘇らせたとされてるんだ」

「大火事?」

 

 今度は反対側にこてんと。

 

「ほ、ほら、焼けた塔なんてのがあるだろ。あれがその時の残骸なんだとか。で、そのホウオウが蘇らせたとされるのがエンテイ・スイクン・ライコウってわけだ」

 

 あぶねぇ、この子天然小悪魔だわ。

 気を抜いたら持っていかれそう。

 

「ふーん…………つまりホウオウはスイクンの命の恩人?」

「言葉通りのな。ルミの言った鳳のもう一体の方がルギアって言うんだわ。こいつはカントー地方でも有名なサンダー・ファイヤー・フリーザーが争い出した時に諌める力を持っているらしい」

「うん、その話は聞いたことがある。確か季節を表すポケモンなんだよね。秋以外の」

 

 お、こっちは知っていたか。

 それだけ知っていればこいつらについては十分だわ。

「そうだ、あいつらは自分の力を誇示し、自分たちが過ごしやすい天候へと変えていく。そんなやつらが同時に出会ってしまったらテリトリー争いが起こるというわけだ。そしてそれを止められるのがルギアなんだ」

「………ねえ、ヒキガヤくん。なんか詳しくない?」

 

 ペラペラを珍しく長い文章を口にしていると危ない者を見るような目でツルミ先生が俺を見てきた。

 

「………以前、仮面の男の事件があったでしょう? あれを知ってから俺も色々調べたんですよ」

「あったね、そんな事件も」

 

 先生も当然知ってるわな。

 大事件だったし。

 

「仮面の男?」

 

 ほわぁぁぁあああああああああっ!?

 ねえ、もらっていい? もらっていいよね?!

 あ、こら! ザイモクザ!

 お前の汚い手で触ろうとするな!!

 

「あ、ああ、その、二体の鳳にはもう一つ力があるんだ。正しくは奴らの羽の方にだが」

 

 ああ、やばい、心臓がうるさい。

 え、何この気持ち。

 もしかして、恋?

 

「羽?」

 

 それとも病気かな?

 病気だったら以前トツカにも似たような症状を出したような気もするぞ。

 なるほど。

 ルミはトツカと同じ天使というわけか。小悪魔から昇格だな。

 

「ホウオウの虹色に輝く羽とルギアの銀翼の羽を使ったボールにはセレビィという時渡のポケモンを操れる可能性が秘められていたんだ。そのことがきっかけで仮面の男の事件は起こったと言っていい」

 

 ふぅ、一旦落ち着こう。

 えっと、まずは説明に集中しよう。

 ホウオウとルギアについてだったな。

 仮面の男の事件の時には結局セレビィが目的だったわけだ。ホウオウとルギアは道具に過ぎないとか、あのヤナギのじいさんぶっ飛んでるだろってな。聞いた話じゃ、デリバードにルギアだかホウオウだかを捕まえさせてたんだとか。しかもモールス信号で。

 モールス信号で動けるポケモンも凄いが、あのじいさんの実力が世界最高レベルといって過言ではないことに気づいて欲しいな。

 なんで一ジムリーダーなんだろうか。チャンピオンとかに普通になれそうなのにな。

 ふぅ…………。

 

「時渡………、過去とかにも行けちゃうの?」

「み、みたいだぞ。俺も一度だけ姿を見たことはある」

「………ヒキガヤくんってどうしてそんなに伝説のポケモンと縁があるのかしら」

「知りませんよ。で、まあその、ホウオウ・ルギアはこれくらいとして次はスイクンたちだな。大火事によって焼けた塔で命を落とした三体のポケモンたちは自分たちを蘇らせたホウオウを主人とすら思っているらしい。服従心がヤバかった」

 

 先生の顔を見るとなんか落ち着くわ。

 結論、ツルミルミは色々と危険である。

 こんなこと言ってる俺の方が危険人物ですね………。

 

「そんなに?」

「ああ、我を忘れてたとしてもホウオウのことだけは覚えてるみたいでな。それだけ執着心が強いってことだろ」

「スイクンも?」

「恐らくは。俺が手にしたのはエンテイだったからな。前に事件に巻き込まれた時にエンテイを奪い返して、呪いから解き放つためにセレビィを呼び出したことがあるんだよ。俺とエンテイの関係はそれくらいだな」

 

 一時的、というかほんとに逃がすためだけにボールに入れたようなものだからな。

 そんな大それたことはしていない。

 

「その時にセレビィとはあったというわけか………。ハチマン、その話聞くの我初めてぞ」

「詳しく言ってなかったっけ? まあ、いいや。話を戻すとスイクンたちには色々な呼び方があるんだ。その一つが水の君主、炎の帝王、雷の皇帝。どれも各タイプの王様であることを表している。それくらい強力な力を宿しているってわけだな。具体的に言うとスイクンの水晶壁がそれに当たるな。あの壁を越えられるのは『とうめいなスズ』を持った者しか通り抜けることはできない」

「それはあのミナキって人が言ってた。だからスイクンが役目を果たすまでは私に貸してくれるって約束にもなってるの」

「意外と人がいいんだな、そのミナキって人は」

 

 エンジュのジムリーダー、マツバとか言ったか? あの人から確かミナキって人の話を聞いたことがある。何でもスイクンをこよなく愛する追っかけなんだとか。だが、ただの追っかけではなく、唯一スイクンが作り出す水晶壁の中に入れる存在でもあるらしい。その時に必要なものというのが『とうめいなスズ』なんだとか。見たことないしどんな鈴なのかは知らないが、今の話からすると『とうめいなスズ』はルミが持っているみたいだな。そんな大事なもんをスイクンに魅入られただけのトレーナーですらなかった少女に貸すとかどんだけ心が広いんだって感じだ。

 そのまま奪われても文句すら言えんぞ。

 

「んで、エンテイにはホウオウの炎が受け継がれているんだわ。その炎によって救われたポケモンもいるくらいだし、力は本物だろうな」

 

 ほら、俺のゴージャスボールに入っている暴君様とか超お世話になったらしいじゃないか。炎を受けたのはトレーナーの方だけど。

 

「ライコウは正直ザイモクザの方が詳しいんじゃねぇの?」

「はぽん、よかろう! この剣豪将軍、ザイモクザヨシテル。我が相棒の振りに答えてしんぜよう!」

「あ、やっぱいいや」

 

 話を振ってみたもののなんかウザかったのでやっぱりやめた。

 だって、やっと地面から起き上がったんだぞ。それまでずっと悶えてるとか、ウザいとしか言いようがない。

 しかも起き上がったら起き上がったで鬱陶しいし。

 もう少し、テンション下げようぜ。

 

「ひでぶっ!?」

 

 さて、でんじほうオタクは放っておいて。

 

「ライコウは背中に雷雲を背負ってるんだとか。俺も実際に見たのは一度だけだから、それもトレーナーのポケモンとしてバトルしただけだから、詳しく見れてはないんだわ」

 

 バトルフロンティア、フロンティアブレーンの一人、リラ。

 何故か彼女の元にはライコウがいた。

 暇つぶしに二週間、ホウエン地方にあるバトルフロンティアに行った時に彼女とバトルして俺も初めてライコウを目にしただけに、正直ビビった。

 だって、ジンダイとかいうおっさんも伝説のポケモン使ってたけど、あれは有名だったからバトルする前から知ってたし。それよりも、リラの場合はいきなりだったからな。

 いやー、怖かった。勝ったけど。

 

「うむ、あの者は強い! 我が愛しのライコウをあそこまで使いこなせるのは彼女だけだろう! 我もまだまだということである! あの雷には痺れる! サンダーが羽ばたく時、雷は落ち、その雷からライコウが生まれたとも言われているのだ! ああ、なんて痺れる光景だろうか。想像しただけでも我の血が騒ぐというものよ!」

「はいはい、お前はライコウを見にバトルフロンティアに通ったって言ってたもんな。その内また会えるんじゃねぇの」

 

 全てのフロンティアブレーンを倒しきった後に、ザイモクザが俺の前に現れた時には驚いたさ。まさかリラとのバトルを知り合いに見られてるとか、恥ずすぎんだろ。

 

「けぷこん! 我はまだ会わぬ! 奴が撃ち出したでんじほう、あれに我らの力が達するまでは絶対に会わぬ!」

「あ、そう。好きにしてくれ」

 

 会う会わないはお前の勝手だ。好きにしてくれ。

 

「………取り敢えず、スイクンと周りの状況は分かったよ。でもじゃあ、なんでスイクンは私の前に現れたの?」

「それこそ旅に出てスイクンの行きたいところに行くしかないな。スイクンがルミに何を見出し何を望んでいるのか、その目で確かめてくるといい。ま、何からしたらいいのか分からないのなら、まずはホウエン地方にあるバトルフロンティアに行ってこい。そこにライコウがいる。三体の内の二体が集まれば、自ずとそこに三体目が顔をみせるだろう」

 

 そんな俺が言えるのはこれくらいだな。

 ルミが何故スイクンに魅入られたのかなんてスイクンにしか分からないし、ヒントの出しようもない。

 だが、もう一人。同じ状況を得ている人物に会えば、ヒントないし答えが見つかるかもしれないだろう。

 そこには多分、野生に帰ったエンテイも姿を見せるはずだ。

 

「まあ、スイクンたちが動くのは概ねホウオウを呼び出すためだろうがな」

「ということはホウオウに会えるってこと?」

「確証はないがな。だが、何故会う必要があるのかは俺にも分からん」

 

 本当に会うことになるのかすらも分からんし。

 ただスイクンたちが動き出す理由ってホウオウに関することだろうし………、まあ俺にはよく分からんな。

 

「………ああ、段々心配になってきた………。ねえ、ルミ、やっぱりやめ「やめないよ」…………ヒキガヤくーんっ! ルミが反抗期だよ〜」

 

 頭を抱えて震えだした先生にルミは即答で反論し、結果ガバッと俺に抱きついてきた。

 これ絶対既婚者がするようなことじゃないと思う。

 

「あ、ちょ、先生っ、何引っ付いてきてんですか!? あんたそれでも既婚者かよ!?」

「だって〜、ルミが〜」

「ええいっ、あんたは大人しく子供の巣立ちを受け入れてください! じゃないとルミのトレーナーとしての成長期の妨げになりますよっ! それでもいいんですか!?」

「それはやだ〜」

 

 赤子のように愚図る先生。

 さて、どうしようか。

 

「………お母さんの本性がこんなんだったなんて、娘として恥ずかしいんだけど」

「ううっ、ルミがいじめる〜」

 

 ああ、娘にまで白けた目で見られてますよ。

 この人、ダメだわ。良くも悪くもこんなんだから自分の子供をちゃんと見てられないんじゃないだろうか。

 こうなったら仕方がない。最後の手段を使わせてもらおう。

 

「………ヒラツカ先生呼びますよ」

「はい、ごめんなさい。大人しくします。私は仏になります」

 

 ポツリと呟くと先生はササッと俺から離れて地面の上に正座し直した。

 その顔は青く、恐怖を思い出したかのような目をしている。

 

「………はあ………、ダメだこりゃ」

「……お母さんに頼らなくてよかったかもしれない」

「その辺にしといてやれ。お前の母ちゃんもこれでも自分にできることはやってたみたいなんだから。俺に頼ってきたのも相当参ってた証拠だと思うぞ」

「………もっと話し合えばよかったのかな」

 

 じっと目を瞑る自分の母親を眺めるルミ。

 

「話したって分かることも分からないこともある。話したところで意味なんてないだろうし、逆にただ巻き込むだけになってしまうことだってあるんだ。話すことが得策だとは思わねぇよ。ただ、この人はルミの母親だってことは忘れない方がいいじゃないか? 知らんけど」

「ヒギガヤぐ〜ん」

 

 すると突然、またしても俺の足に抱きついてきた。

 

「ええいっ、泣くな、擦るな、抱きつくな! あんたアラサーでも既婚者だろうが。旅に出られるような年齢の娘を持った母親だろうが。簡単に男に抱きつくとか有りえねぇだろ!」

「ううっ、だって〜」

 

 俺の右足に抱きついて頰を擦りつけて嘘泣きをするアラサーに、益々鉄槌という名の独身アラサーのタックルをくらって欲しくなってくる。

 あれ? つか、これほんとに泣いてね?

 

「ハチマン、既婚者にまでモテるとかもはや流行病の一種だぞ」

「……要するに?」

「羨ましすぎる!!」

「なら、代わってくれ………」

 

 マジで、代われるもんなら代わってやりたいわ。この立ち位置。

 ぼっちの俺には正直ハードルが高すぎる。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「さて、伝説のポケモンたちについてはこれくらいでいいだろう」

 

 あの後、ルミに先生を引き剥がしてもらい、何とか落ち着かせることに成功した。

 うーん、この人ってスクールにいた時ってこんなんだったっけ?

 もっと抱擁力があったように思えるんだが………、今じゃ逆に抱擁力を求めてるまであるぞ。

 おい、旦那。もっと嫁をかまってやってくれ!

 

「次は旅に出る前にスクールを卒業しないとな。先生曰く、ルミは俺の時と同じような状況だってことだし、まあ、間違いなく校長とバトルすることになるだろうな」

「………なんで?」

「それについては先生に聞く方がいいだろう」

 

 自分の職場のことだぞ?

 知ってるよね。

 俺よりも知ってなきゃおかしいぞ。

 

「……スクールを卒業する条件にはね、知識面だけでなくバトルの方も見なくちゃいけないの。ポケモンをもらった子たちは特別カリキュラムが組み込まれてね。放課後とかに先生たちとバトルの特訓をするのよ」

 

 うんうん。

 やっぱりそういう意図があったのか。

 

「……それって必要なことなの?」

「うん、うちのスクールではね。校長先生曰くただポケモンを連れているからといってバトルができるわけではない。野生のポケモンならまだしもロケット団のような悪い人たちに出くわした時の対処法をつけさせたいんだって」

 

 そうか、あのスクールの独自のものだったのか。けど、しっかりしてるといえばしっかりしている。ただ単にポケモンを連れているからといって無闇矢鱈に野生のポケモンと遭遇してバトルできなかったり、それこそ危ない人たちに目をつけられることだってある。そういうことを見越して特別カリキュラムを用意しているのはさすがあの校長といったところである。

 

「ふーん」

「ま、ルミは今更そのカリキュラムを受ける必要はなさそうだけどな。ただその代わり、校長に直で自分のバトルを見せなきゃいけないんだが」

「ヒキガヤくんもね。ずっとポケモンを持ってることは隠してたのよ。それで急に卒業するって言い出して、スクールで一番強い校長先生とバトルすることでそのカリキュラムを終えたと認証されて無事卒業できたってわけ」

「……強かった?」

 

 じっと俺を見上げてくるルミルミ。

 鋭い目つきがなんか歳不相応で可愛いんだけど。

 

「ああ、もうそりゃ負ける一歩手前まで持っていかれたからな。何なら隠し球を用意してなければ負けてたまである」

「負けると卒業は先延ばし。旅もできなくなるわ」

 

 そうだったのか………。

 いやまあ、当然と言えば当然だけど、俺聞いたことがなかったぞ。

 

「………ねえ、それってポケモンを最後まで持ってなかった人たちはどうなるの?」

「それな、俺もよく知らねぇわ」

「心配しなくても卒業までの二ヶ月を教師のポケモンを使ってバトルの体験をしていくの。そうね、昨日校長先生とバトルしてたイロハちゃんがその一例ね。あの子は卒業する時もポケモンを持っていなかったわ。ただ校長先生のヤドキングとは仲良くなったみたいでね。バトルの体験もヤドキングでしてたわ」

 

 なるほど、それがイッシキが言っていたヤドキングとの歴史か。

 ヤドキングも言ってたし、間違いねぇんだろうな。

 

「………ヤドキングってバトルで使ってた?」

 

 となると………。

 

「ああ、あいつだな。なんかヤドキングが言うにはじじいが孫に用意していたポケモンらしいぞ。ああ見えて孫には甘々なんだよな………」

 

 どんだけ甘々なんだって感じだわ。

 バトルの体験で使わせるだけでなく、トレーナーになった暁にはそのポケモンを贈るとか…………。

 やっぱ、孫だからなんだよな?

 変な気とか起こしてないよな?

 

「血縁関係だったなんて初めて知ったけどね。でもすごかったよ、イロハちゃん。トレーナーとしての素質はあの頃から垣間見えてたもの。あそこまで成長してるなんて思いもしなかったけど。これもヒキガヤくんのおかげだね☆」

 

 きゃは☆ とどこかのあざとい後輩を彷彿させてくるアラサー既婚者。

 

「やめてください、アラサーがキャピキャピすんな」

 

 ちょっとイラっときたのでチョップをかました。

 

「あうっ!」

 

 ダブルじゃないだけありがたく思いなさい。

 俺、ドラゴンタイプの技は使えないけどね。

 というかなんでダブルチョップはドラゴンタイプなんだろうな。かくとうタイプでいいと思うんだが。

 

「で、まあ、そんな感じなんだわ。とにかくルミは卒業するにあたって校長とバトルするのは確定だろう。そうなるとさすがのスイクンだけでは太刀打ちできないはずだ。かく言う俺もユキノシタのオーダイルを無断で借りたり、黒いのに出会わなければ負けてたんだ。全員何気に出来る子達だったからいいものの元々のレベルが高かったってのもある。だが、ルミの場合はまた別だろうな。そんな手を貸してくれるようなポケモンなんて…………先生のポケモンくらいだよな」

 

 いや、逆に言えば最初から先生のポケモンを使えるというプラスな話か。

 俺みたいに運とか関係ないし。

 

「………ハピナスとプクリンとタブンネとソーナンス…………」

「…………なんか扱いが難しいのが半分くらいいるな」

「あっはははー、それは、まあ、そうだよね………」

「なんでその面子なんすか」

 

 ハピナスは俺も世話になった。

 だがトツカのハピナスのようにバトル向きのポケモンではない。

 それにソーナンス。

 スイクンのミラーコートを使っていたルミなら使えるかもしれんが、ソーナンスは癖が強すぎて扱いが難しいと思うぞ。

 

「わ、私だって昔はジョーイさんに憧れてその補佐役としてハピナスとプクリンとタブンネを捕まえたのよ! ソーナンスはホウエンの温泉に行った時にもらったタマゴが孵ってソーナノが進化しただけだけど……………で、でも、みんな強いんだからね!」

「いや、ヒラツカ先生の直接的な強さとは真逆の強さですけどね。ソーナンスとか反則でしょ」

「…………そんなに強いの?」

「ソーナンスはな、自分では攻撃できないんだ。だが相手の攻撃をはね返すことだけはポケモンの中でもトップクラスなんだよ。受ける技が強ければ強いほど奴は力を発揮する」

 

 バトルとかしたことはないが、一度くらいだったか、見たことはある。

 どんな攻撃でも跳ね返し、倍にして撃ち出す。やられそうになったら道連れにして相手も巻き込んでバトルを終わらせる。

 いやもう、あれはチートだよ思ったわ。

 何しても攻撃が帰ってくるんだから、相手としては精神をすり減らされていく感じである。見ただけでもそんな感想を抱くんだから、絶対に相手にしたくないポケモンであるのは間違いない。

 

「そうよ、これでも私はスクールの中では三番目に強いんだから!」

「はっ? マジですか?」

 

 おっと?

 今何か聞き間違いであって欲しい言葉が聞こえてきたぞい?

 

「マジよ、大マジよ」

「ちなみに二番目は?」

「先輩」

「ああ………、やだなー、そんなスクールに通ってたとかやだなー」

「な、なんでよ?」

「だって、普通の教師であるヒラツカ先生が強いのは分かりますけど、その次に来るのが保険医だなんて…………んなアホな」

 

 校長、ヒラツカ先生、ツルミ先生…………何この組み合わせ。

 全くもって毛色の違う人種ばっかなんだけど。

 校長強い、うん分かる。

 ヒラツカ先生強い、うん分かる。

 ツルミ先生強い、見たことないからさっぱり分からん。予想もできん。バトル風景すら見えてこん。

 ダメだ、全くもって先生の勇ましい姿が想像できない。

 

「……そもそも私と先輩は校長先生の教え子だもの。強くないとまた扱かれちゃうよ」

 

 …………………………………………。

 

「…………なあザイモクザ」

「う、うむ………」

「今知りたくなかった情報が聞こえてこなかったか?」

「我は聞いていないぞ! 何も聞いてないぞ! ツルミ女史があの校長の弟子とか聞いてないぞ!」

「思いっきり聞いてんじゃん……。はあ………、聞き間違いじゃなかったか」

「そ、そんなにおかしい?」

「や、おかしいというより予想すらしてなかったと言いますか…………」

「よく言われるから気にしないで………」

「………? つまりお母さんのポケモンたちも使って校長を倒せばいいってこと?」

「……ああ、まあそんなところだ」

「ふーん、ならいけるかも」

「えっ?」

 

 おっと、こっちにも問題発言が飛び出してきましたよ?

 何なのこの親子。

 ぶっ飛びすぎだろ。

 

「校長先生が使ってくるポケモンって何?」

「恐らく昨日使っていたフーディン、クロバット、ロコン、キュウコンにゲンガーとワタッコだろうな」

 

 ヤドキングが抜けた穴をロコンで埋めてくるとは。しかも白いアローラとかいう地方のポケモンなんだろ。フリーズドライを使ってたのを見るとこおりタイプで間違いないだろうし、逆に攻撃の幅が広がっているような気もする。

 

「ふーん、ルールは?」

「これが一番の難点なんだよ。ルールは何でもありの野戦、使用技に制限がなく六体が一気に攻め込んでくることもある。囲まれたら終わり、そういうバトルだ」

「こっちも全員で仕掛けていいの?」

「ああ」

「…………」

 

 俺が短く肯定するとルミは深く何かを考え始めた。

 

「どうした? やっぱり無理そうか?」

 

 じっと動かないのでそう聞いてみると、何かを思いついたような目で俺を見上げてきた。

 

「ハチマン、さっきの続きしよう」

 

 どうやら野戦でさっきの決着をつけようってことらしい。

 俺としてもバトルを中断していたし、せっかくだから決着をつけたいと思っていたところだ。

 

「野戦とか、腕がなるね」




今回からシャドーの話にいくのかも、と予想された方もいるようですね。
残念ですが、シャドーの話はまだ先です。キーパーソンが登場する頃に合わせて出そうかと。
それまでもう少しお待ちください。

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