ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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いつも感想ありがとうございます。
おかげさまで気付けば50話超えているという。しかもお気に入りまで1500を突破していて。
どれもこれも皆々様のおかげであります。


51話

 夜。

 無駄に広いプラターヌ研究所に一人一部屋を借りた俺たちは各々が就寝作業をしている時間帯。

 ポケモン協会の理事へと報告書をまとめていると不意にコンコンと部屋の扉をノックされた。

 

「せんぱーい、入りましたよー」

「入ってからノックってどうなのよ」

 

 ノックって入る前にするもんなんじゃないの?

 なんで入ってきてからノックしちゃってんの?

 バカなの?

 

「どうせ待ったって開けないくせに」

「ああ、そうだ。俺は寝るんだからな」

 

 分かってるじゃないか。

 なら早々にお帰りください。

 

「えー、少しくらい構ってくださいよー」

「やだよ、面倒くさい。俺は疲れたんだ。寝かせろ」

「んもぅ、だったら私もここで寝ます!」

「やめい、俺がゆっくり寝られんだろうが」

「ぶー、なら少しだけでも構ってください」

 

 あざといから。

 そんな頰を膨らませたってダメだからな。

 

「はあ………、俺の安眠を妨げられちゃ困るし、分かったよ。で、なに? 寝るの?」

 

 だが俺の安眠を邪魔してくるってんなら話は別だ。丁重にもてなして早く帰ってもらわなくては。

 

「寝ませんよ。はっ!? まさか添い寝のお誘いだったりしますか!? それは大変魅力的なお誘いですけど一度寝ると絶対次から我慢できなくなるのでお断りさせていただきます、ごめんなさい」

「段々長くなってんな。もう何言ってるか聞き取れなくなってきたわ。というかよく噛まずに最後まで言えたな」

「ふふんっ、賢いかわいいいろはちゃんですから」

「ハラショーって言って欲しいのか?」

「はっ? 何言ってんですか、キモイです」

 

 知ってて言ったんじゃないのか。

 さすがにおでんを飲み物だとは思ってないわな。

 

「なんだ、偶然か」

「というわけでー、せーんぱいっ! 隣失礼しまーす」

「失礼だと思うなら座るなよ」

「いちいち細かい人ですねー」

「おいこら、擦り寄るな、抱きつくな」

 

 なんでさも当然のように俺の右腕に抱きついてくんの?

 

「………いや、ですか?」

「……ったく、最初からそうしてろよ。分かりにくいな」

 

 急に本題に入りやがって。

 やっぱりこっちが目的だったのかよ。

 なら最初からそうしてろよ。

 

「だって、先輩にこんな顔見られたくないですもん」

 

 確かに俺の腕に抱きついてせいで顔が見れない。

 なんて計算高い子………。

 

「……で、じじいに負けたのがそんなに悔しかったのか?」

「いえ、負けたことは悔しいのは悔しいですけど…………私分からないんです。どうやったら先輩みたいに強くなれるのか」

 

 あ、負けたのは一応自分の中で整理がついてるんだ。

 ということはその先にとうとうぶち当たったというわけか。

 

「アホか、そもそも俺は強くない。世の中俺以上に強い奴はたくさんいる。これ前にも言わなかったか?」

「………そうじゃないです。先輩みたいになりたいんです。先輩ならポケモンたちの力を最大限にまで引き出せます。私はそんなトレーナーになりたいんです」

「…………ポケモンの力ね。お前にどう見えてんのかは知らねぇけど、俺はまだまだだぞ。リザードンにしろゲッコウガにしろ、まだまだあれが限界だとは思ってない。そもそもどこまで行けばゴールになるのかも知らねぇんだ。端からゴールを作ってる時点で強さなんて決まってくるんじゃねぇの。知らんけど」

 

 リザードンの限界がどこまでなのかは知らない。だが少なくともゲッコウガの方はまだまだ先があるのは確かだ。コンコンブル博士も言っていた新たな特性。あれがその片鱗というのであればゲッコウガがその特性を手に入れたなんて日には、劇的に何かが変わるかもしれない。

 ま、そもそもあいつはへんげんじざいなんていう珍しい特性を持っているんだ。あの特性ですら限界なんてものはまだまだ先である。だから俺はイッシキの言うポケモンの力を最大限にまで引き出せてるわけじゃない。

 

「…………」

「お前さ、何か勘違いしてないか? この一ヶ月でお前は強くなった。はっきり言って初心者の成長速度じゃない。じじいの血が流れてるってのもあるかもしれないが、んなもんはほんの僅かな闘争本能に働きかけてる程度だ。紛れもなくあれはお前の実力だ。だがな、イッシキ。さらに強くなりたいんだったらここからだと思うぞ。お前は自分のバトルスタイルを確立できた。それができているかないかで強さなんてのはころっと変わる。だからさらに強くなりたいんだったら、もっと他のバトルを知って経験を積め。盗めるもんは全部盗んでこい。さすればそれがお前の強さになってくる」

 

 結局、昔の俺と一緒なんだよな。

 ストイックに強さを求めたくなった。

 ただそれだけのこと。

 

「…………先輩は、どうだったんですか?」

「はっ、お前ももう分かってんだろ。だから特例を使って俺は卒業して旅に出たんじゃねぇか」

「……ふふっ、先輩って見かけによらずやんちゃですね」

「ばっか、お前は恵まれてるんだよ。すでにその壁にぶち当たった奴らが周りにいるんだ。感謝してもらいたいくらいだわ」

 

 ま、俺と違うのはそれをすでに経験したものが周りにいるってことだな。

 俺だけじゃない。恐らくハヤマやユキノシタもいつかは経験してるであろう強さの探究心。

 

「……………」

「な、なんだよ」

「先輩ってつくづくすごいなーって思うんですよねー」

「はっ? 何が?」

「僅か十一歳であのおじいちゃんに勝っちゃってますし。今日改めて先輩の背中が遠いことを感じました」

「………それで、諦めたくなったのか?」

「いえ、追いかけ甲斐があるなーって」

 

 はっ、さすがはイッシキイロハだな。

 自覚はなさそうだが、その前向きな性格が急激な成長を促したんだ。

 

「お前はつくづく前向きだな。こっちに来た頃のユイガハマだったら『むりむりむり、あたしなんか才能ないって』くらい言いそうなもんなのに」

「先輩キモイです。似てないです。というか先輩がユイ先輩の真似とか気持ち悪いです」

「辛辣だな………」

「やっぱり私、このままここで寝ます」

「いや、帰れよ」

「嫌です」

「や、なんでだよ」

「てーいっ」

「おわっ!」

 

 ちょ、急に押し倒さないでいただけます?

 腰打っちゃったんだけど。

 

「こらこらこら」

「えへへー、せーんぱい」

「頰を擦りつけんな、柔らかいじゃねぇかコンチクショー」

 

 すりすりと俺の腕に頰をこすりつけてくる。布越しなのにその柔らかい肌の感触が生々しく伝わってくる。

 体温が高くなってるからだろうか。熱が伝わりやすいんだろうな。

 

「えいっ」

「あ、こら、おま、どこに挟んでんだよ!」

 

 今度は肢体を使えるだけ使って腕に絡みついてきた。

 ドククラゲに懐かれるとこんな感じなのかね………。

 なにそれ、超ホラー。

 

「えー、先輩だって嬉しいんじゃないですかー? 可愛い後輩の柔らかい感触を楽しめて」

「楽しむ以前に心臓が弾けて死にそうなんですけど」

「ほんとですね、顔真っ赤です」

「や、お前もだからな。顔真っ赤だし、心臓の鼓動がうるさいし」

「ちょ、そういうこと面と向かって言っちゃいます!? わわわ私だってこんなに引っ付いたことないんですから………もう、ばか」

 

 ぷいっと頰を膨らませて俺の腕に顔を埋め込んだ。

 

「だからなんでそこで力を込めるんだよ。さっさと離しなさい」

「ふんだ、このまま寝てやる」

「話聞いてやったのに俺の安眠邪魔するなよ」

「いや、ですか?」

「おま………、それは卑怯だろ」

 

 さっきと同じように俺を見上げてきた。

 だからもっと最初から分かりやすくいてくれよ。

 

「女の子は卑怯なんです。ずるい生き物なんです」

 

 再度顔を腕の中に埋め込むとそう言ってきた。

 なんて面倒な生き物なの。

 

「嫌な生き物だな」

「………でも、それを、見せるのはーーー」

「……………」

「…………すー」

「…………マジで寝やがった」

 

 こいつ、いい性格してるわー。

 最後何を言おうとしたのか分からんが、途中で言葉を切るなよ。気になって寝れねぇじゃねぇか。

 マジで安眠の邪魔してくんなよ。

 しかも今更だけど近すぎるし。

 なんだよ、この甘い香りは。

 俺の回避率、すでにゼロになってたじゃねぇか。ポケモンよりも技の使い方が上手すぎんだろ。

 こいつがポケモンだとすると技はメロメロにあまいかおり、つぶらなひとみとか? あ、あとものまねとか?

 なにそれ、地味に強いんですけど。

 

「………変なこと考えてないでさっさと寝よう」

 

 リモコンで電気を切って俺も寝ることにした。

 ちゃんと寝れますように。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「痛って………」

 

 なんか腕に痺れを感じ目が覚めた。

 なんぞや、と見るとイッシキが俺の腕に絡まっていた。

 あー、そういやこいつ俺の腕に引っ付いたまま寝やがったんだったな。

 

「………ちゃっかり寝れたのかよ」

 

 窓の外を見ると薄く明るさを取り戻してきていた。

 時間は分からんが夜明け前か。

 

「ん?」

 

 寝る前は電気をつけていたため気がつかなかったが、俺のズボンが輝いていた。

 なんでズボンが輝くのん?

 気持ち悪っ!

 

「よっと」

 

 身体を起こしてついでに腕も解放させてやる。

 意外にしぶとく纏わりついていたため、引き剥がすのが大変だった。

 何気に力入れてんじゃねぇよ。

 ったく。

 

「キーストーン?」

 

 布団から立ち上がりハンガーに引っ掛けたスボンのポケットに手を突っ込んでみると、あったのはキーストーン。輝いていた原因もこいつだ。

 

「これまたなんで………」

 

 部屋の中をぐるっと見渡してみるとイッシキの首元からも光が漏れだしていた。

 首といえばペンダントか?

 そういやあの中身は見たことがないな…………。

 いや、さすがにそれは失礼だろ。見られたくないもんでも入ってるかもしれないし。

 でも、このキーストーンの輝き………。

 

「………まさか、な」

 

 ふとあることが頭を過ぎったがそんなわけないだろう。これはただの偶然。

 

「ふっ、仕方ない。ヒントをくれてやるとしよう」

 

 リュックの中から紅いリングを取り出し、イッシキの腕につけてやった。

 

「久しぶりに身体動かすか」

 

 寝るに寝れなくなったため、もう一つのリングと一緒に書置きをして外に行くことにした。

 

 

『ゴゴッとうなるような劫火、ブラストバーン。音速の三倍の速さの超電磁砲、レールガン。一撃必殺、じわれ』

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ジョギングという名の散歩から帰ってくるとみんなが出るところだった。

 え? どこ行くの?

 

「あ、せんぱーい。勝手にいなくなってたんで心配したんですよー。荷物あるんで馬鹿なことはしてないだろうって話してたんですけど」

「お兄ちゃん、どしたの? 朝から汗かいてるとか」

「ヒッキーが…………真面目になってる…………」

「風邪でも引いたのかしら」

「おい、お前ら好き勝手言ってくれんじゃねぇか。俺が朝から身体動かしてきたのがそんなにおかしいのかよ」

 

 いいじゃねぇか、たまには。

 ここ最近物騒だから体力付けとかねぇと保たねぇじゃん。

 

「うぇっ?! 先輩、ごめんなさい。私が悪かったんですね。昨日、私があんなことをしたから」

「イロハちゃん? それどういうこと?」

「おいイッシキ。変な誤解を与えるような言い方はやめろ」

 

 ユイガハマ、笑顔なのに目が笑ってないぞ。

 めっさ怖い。

 

「ヒキガヤくん? ちょっといいかしら?」

「お願いだからイッシキの思わせぶりな発言に惑わされんなよ」

 

 ダメだこいつら。

 俺の言葉が聞こえてない。

 

「はいはーい、みなさん各配置に移動しますよー。急いで急いでー」

「あ、ちょっとコマチさん?!」

「こ、コマチちゃん!?」

「帰ったらイロハさんにはたっぷりお仕置きしないといけないのでさっさとお仕事済ませますよー」

「こ、コマチちゃん!? い、いいい一体何するつもりなの?!」

 

 コマチが全てを無にしてくれた。

 イッシキに何する気なんだろう。我が妹ながら鬼畜な事でも浮かんでしまったのだろうか。ありそうだから何とも言えんな。

 

「それじゃあハチマン。また後でねー」

 

 ああ、今日もとつかわいい。

 思わず手を振り返していた。

 無意識って怖い。

 

「ヒキタニくんも早く用意してくるべ!」

 

 トベ、馴れ馴れしいから。友達と勘違いしちゃうだろ。

 

「ヒキガヤ、勝手な行動はするなよ」

 

 しません。お前の方が勝手なことするなよ。

 

「ふんっ」

「ハロハロ〜」

 

 この二人はいつも通りだな。

 いつも通り俺が嫌いで腐っている。

 ポツンと取り残された俺はしばらくぼーっと彼らの後ろ姿を見送っていた。

 

「ハチマン」

 

 すると急に声をかけられた。

 

「うおっ、てなんだルミルミか」

 

 トツカ以外に俺を名前で呼ぶやつは一人しかいない。

 

「ルミルミキモい」

「…………」

 

 ルミルミいいと思うんだが。

 

「普通でルミでいい」

 

 仕方がない。

 そう呼べというのならそうするしかないな。

 

「で、ルミ。お前はなんでこんなとこに来たんだ? 見た所一人のようだが………」

「今日は班別でミアレシティを探索する予定なんだけど、朝食食べて部屋に戻ったらみんないなかった」

「えげつねぇな………。要するに暇だと」

 

 今のってここまでやるんだな。

 怖いわー、子供怖いわー。

 

「うん、ハチマンは?」

「俺はその班別行動とやらの監視を言い渡されている、と思う」

 

 そもそも今日の予定すら知らなかったぐらいだ。

 みんなが行ったのだし俺も行かないといけないはず。行かなくていいなら嬉しい限りだけど。

 

「なんで思うなの?」

「今聞いたからな。配置とかあるのかどうかもしらん」

「………はい」

 

 ゴゾゴゾと背負うリュックを漁ったかと思う一枚の紙切れを出してきた。

 

「ん? おお、これは…………俺の名前だけないんだけど」

 

 今日の配置ポイントが書かれた紙だった。場所はミアレシティ全域。

 多分何かあったらここら辺俺たちがいるから声をかけろということなのだろう。

 そういうの事前に言ってくれないと困るんだけど。

 もうちょっとしっかりしろよ教育者。

 それともアレか? 俺がいなかったのが悪いのか?

 

「忘れられるとか変なの」

「俺は何もしなくても気配を消せるぼっちだからな。これくらい普通だ」

「………多分お母さんの仕業だと思う」

「………だろうな。ルミがここに来ると踏んで俺を専属にしたらしい」

 

 どうやらあの人に上手く配置されてしまったらしい。

 仕方ない。これはあの人が出来る限りの舞台を作ってくれたってこのなのだろう。自分にはこれくらいしかできないとか言って、校長にでも頼み込んだのだろうな。

 

「今日一日貸切?」

「そういうことでいいんじゃねぇの?」

 

 貸切。

 なんか上に立ったみたいでいいよな。

 貸し切られるのが俺なのがアレだけど。

 

「………何かしたいことでもあるのか?」

「ん、別に。行きたいところとかやりたいこととか特にない」

「よし、んじゃバトルするか」

「えっ?」

「バトルだよバトル。ルミが見せられないっていうポケモン、何のしがらみのない俺くらいになら見せられるだろ」

「……………あのハヤマって人より弱いんじゃなかったの?」

 

 訝しむような目で俺を見上げてくる。

 小さい子にそういう目を送られるとくるものがあるな。

 

「ルミもそろそろ気がついてるんじゃないか? あの人がなんで俺にあんな態度なのか」

「………ん、分かった。でも私、強いよ」

「はっ、俺の方がもっと強い」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 というわけで。

 研究所のフィールドに移動した。

 

「ルールはどうするの?」

「ルミが連れてるのは一体だけか?」

「うん」

「なら一対一のシングルス。技に制限はない。バンバン使え。お前らの実力を俺にぶつけてみろ」

「………後悔しても知らないよ」

 

 後悔か。

 今更してももう遅いだろ。

 

「いくよ、スイクン」

 

 来たか…………。

 何となくあいつと似たような気配を感じてはいたが、まさかルミが連れていたとは………。

 ハヤマが言っていたハルノさんの『俺が伝説のポケモンを呼びつける』という未来予知もあながち間違いじゃなさそうだな。

 どれのことを指して言ったのかは知らないが、こうも伝説のポケモンばかりに巡り会うことになると我ながら自分が怖くなってくるわ。

 

「リザードン」

 

 俺がボールから出したのはリザードン。

 ミュウツーに任せてもいいかもしれないが、ルミに知られるわけにもいくまい。恐怖なんかを覚えてしまったら意味がないからな。

 それにリザードンのメガシンカが他の伝説のポケモンにどこまで通用するのかも見物だろう。

 

「あまごい」

「りゅうのまい」

 

 スイクンは雨雲を作り出し、雨を降らせ始めた。リザードンは炎と水と電気を三点張りに作り出すと、それを絡め合わせて竜の気へと変えていく。

 

「ドラゴンクロー」

「見切って」

 

 竜の気を纏ったリザードンが爪を立てて攻め込むがギリギリまで引かれて躱されてしまった。

 みきりか。

 一瞬だけ視界を止め、隙間に潜り込んで躱す防御の技。

 そうくるのならばーーー

 

「ハイヨーヨー」

「ハイドロポンプ」

 

 急上昇して水砲撃を回避。

 だが、すぐに照準を合わせて撃ち出してきた。

 

「トルネードドラゴンクロー」

 

 急下降に変えて竜の爪を突き出し、回転を始める。

 水砲撃は見事にリザードンに向けて打ち出されていくが、悉くドリルによって突破されていく。

 

「オーロラビーム」

 

 今度は冷気に変えて爪を凍らせてきた。

 段々と凍りついていく爪はやがて腕へと達する。

 

「フレアドライブ」

 

 回転したまま身体全体を炎に包むことで氷を溶かしていく。

 

「スイクン!」

 

 少し声を強く張ったルミはスイクンを呼びかける。

 するとスイクンは結界を貼り、あろうことかリザードンを受け止めた。

 あれは水晶壁、だったか………?

 

「回り込めっ」

「しろいきりっ」

 

 力を流してスイクンの横を通り抜けていくが、その間に白い霧を発生させて視界を撹乱してきた。

 ふむ、視界の撹乱か。

 

「えんまく」

 

 こっちもそれに便乗して視界を混乱させてやろう。

 色のついた空気が混ざれば混ざるほど、視界は暗くなっていく。色の合成が最終的にたどり着く黒への道。

 

「バブルこうせん」

 

 霧と煙の中からいくつもの泡が飛ばされてくる。

 確かどこぞのドラゴン使いのバブルこうせんは割ると爆発したはず。

 このスイクンができるのかは知らないが下手に直接割りに行くもんじゃないだろう。

 

「かえんほうしゃ」

 

 吐き出した熱気によって泡は次々と割れ始める。

 爆発、とはいかないまでも衝撃波は物凄い。

 俺のアホ毛が千切れないか心配なくらいには凄い。

 

「かぜおこし」

 

 スイクンが起こした風により灰色の汚れた空気から解放される。

 その隙を見逃しちゃいけねぇな、いけねぇよ。

 

「ブラストバーン!」

「ハイドロポンプ!」

 

 あっちもそれを読んでいたのかタイミングよく水砲撃を撃ち出してきた。

 こいつほんとに初めてのポケモンか?

 初めてで伝説をある程度使いこなしてるとか、どんな天賦の才能だよ。

 イッシキやコマチが可愛く思えてくるわ。

 

「………バトル慣れしてねぇか?」

「スイクンから懐いて来たって言っても、ある程度使いこなせないとダメでしょ」

「そりゃそうだが………、そもそも伝説のポケモンに命令できてる時点で凄いことだぞ」

「………どうして私なのか知らないけどね。それでも私といるっていってきたんだから、それに応えなきゃ」

 

 ルミはスイクンの頭を撫でながらそう言ってくる。

 背伸びしてギリギリなのが可愛いのう。

 

「そんじゃ、本気を出しますか。リザードン、メガシンカ」

 

 俺のキーストーンとリザードンのメガストーンが共鳴を起こし始め、リザードンの姿が変わっていく。

 

「スイクン、お母さんが言ってた話って本当だったみたいだよ」

 

 コクっと頷き返すあたり意思の疎通もできているのかもしれない。

 もうあそこまで行ったら俺とダークライの関係くらいは成り立っているのかもしれんな。

 

「リザードン、かみなりパンチ」

「くるよ、オーロラビーム」

 

 拳に電気を纏わせて突っ込んでいくリザードンに、スイクンはオーロラを光線を乱雑に撃ち放ってきた。

 リザードンは俺が何も言わないでも自分から身を捻り、オーロラを避けていく。

 

「スイクンっ」

 

 またも名前を呼ぶだけの命令。

 ということは水晶壁ということか。

 

「打ち込め!」

 

 取り敢えず、衝撃だけでも食らわしておくことにする。

 このまま攻撃しないのもリズムが狂うからな。

 

「宙返りからのかえんほうしゃ」

 

 水晶壁を蹴り上げ、くるっと宙返りをし、スイクンに向き直ると火炎放射を撃ち出した。

 

「ミラーコート」

「ッッ!? 躱せっ!!」

 

 あっぶねー。

 ミラーコートとかマジじゃねぇか。

 なんつー上手い使い方だよ。

 タイミングがバッチリじゃねぇか。

 

「はっ、初心者だなんて扱いはしない方が身のためだな。リザードン、ブラストバーン!」

 

 ルミはもうすでに初心者トレーナーとしての域を脱していたみたいだ。

 何ならコマチやイッシキですら敵わないだろう。

 つまりあいつらよりもさらに成長速度が速いということでもある。はっきり言って不安しか抱かないが、こうしてスイクンを扱えているのを見ると、大丈夫なようにも見えてくる。

 炎の究極技がすでに二発目であるのに平然としているし。

 相当な大物になりそうな器だとも言えるな。

 

「ーーーぜったいれいど」

 

 前言撤回。

 こいつ、すでに大物だったわ。

 つか、スイクンってぜったいれいどまで使えんの?

 伝説マジパネェ。

 究極技の青い炎が一瞬で凍るほどの鋭い冷気が一直線に流れてきた、らしい。

 俺には全く見えなかった。青い炎が唯一それを物語っているだけである。

 

「ふっ」

 

 だが、相手が悪かったみたいだな。

 

「シャアッ!」

 

 どうやらこっちの方が格が上だったらしい。

 一撃必殺の技ではあるが、リザードンは瀕死に追い込まれていなかった。

 フレアドライブを瞬時に発動させて、冷気を防いでいた。

 

「………ハチマンは強いね。どうしてそんなに強いの? 私はスイクンの力のおかげでやっとついていけてるってだけなのに」

「……理由か。強いて言えばこういうことだな」

 

 右足で俺の影を踏むとぬっとダークライが顔を出してきた。

 身体まで出さないのがこいつらしい。

 

「……なに、そのポケモン…………?」

「ダークライというらしい。こいつに出会ったのが丁度校長とバトルする…………数日前だ」

 

 何日前に出会ったのか覚えてねぇや。

 

「ルミの母親もこいつを見てるはずだ。知ってるかどうかは別として、だが………。要するに俺はルミよりも早くに伝説のポケモンと出会ってるってことだ」

「…………最強のリザードン使いさんは元々が規格外だったってわけだね」

「失礼な、歴とした普通のトレーナーだ。俺もお前もどこにでもいる普通のトレーナーなんだよ。他と何が違うのかと聞かれたら、きまぐれなポケモン達にただ懐かれたってだけの話だ」

「………そっか、あの時のがハチマンだったんだ」

「あの時? 俺と会ってるのか?」

「ううん、お母さんに連れられて低学年の頃にスクールで校長先生と生徒のバトルを見た覚えがあるだけ」

「……………あの時か………」

 

 おいおいおい。

 待て待て待て。

 まさかルミまであの卒業試験を見ちゃってんの?

 何なの、これ。何の羞恥プレイ?

 

「ようやく噛み合ったよ。最強のリザードン使いさん」

「噛み合いたくなかったわ……………」

 

 でも、そうか。

 俺の五個下となるとスクールにいてもおかしくないわな。

 しかもツルミ先生の娘なんだし、娘連れて見ていたとしても…………あ、でも最後にユイガハマに審判の判断を言い渡してたような………………。

 これはアレだな。

 がっつり見られてますね。

 

「………旅って面白いの?」

「楽しい………うーん、楽しかった記憶がないな。ほとんど誰かとのバトルを求めてただけだし…………ああ、あとここの博士にストーカーされたりだとか、どこぞの悪者のおっさんと雑談しながら歩き回ったことはあるな…………別に楽しいわけではなかったけど」

「ふーん………それはハチマンだからだよね」

「………だろうな、他にもこんな旅してる奴がいたら驚きだわ」

「…………スイクンがなんで私のところに来たのかも分かるかな」

「どうだろうな。少なくともスイクンがルミに連れられて俺の前に来たのは必然的だったと思うぞ」

「なんで?」

 

 こてんと首を傾げてくる。

 非常に可愛いのでやめてほしいだけど。

 

「エンテイ、スイクン、ライコウ。この三体はホウオウという伝説のポケモンによって命を吹き返したポケモンでな。俺は以前、その内の一体のエンテイを一時的にボールに入れていた時があるんだわ。それを知ってるスイクンは久しぶりに会いに来たとみてもおかしくはない」

「………エンテイにライコウ…………ホウオウ?」

「まずはそこからか。逆にどうしてスイクンのことだけは知ってるのかが気になるわ」

「それはミナキって人から教えてもらったから」

「ああ、なるほど」

 

 いたな、そんな人。

 会ったことはないけど、スイクン大好きの追っかけだったか?

 その人なら確かにスイクンだけについて語りそうなもんだわ。

 

「仕方ない。知識がなくて何もできなかったらこいつらがかわいそうだし、教えてやるよ」

 

 取り敢えず、バトルは中止して伝説のポケモン講座でも開くとしよう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ど、どどどどうしよう、ザイモクザくんっ?!」

「わ、わわわ我に聞かれても」

「ルミがででで伝説のポポポポケモンをっ!」

「と、とととにかく落ち着くのである。ハチマンがついているのだ。この後バトルを再開するとしても何が起ころうとも上手く対処するはずである」

「そそそそうよね、ヒキガヤくんがいるんだもんねっ」

「う、うむ」

「……………まさかあの子のポケモンがスイクンだったなんて」

「ポケモンは人間以上に敏感な生き物である。せ、先生のお子に何か見出したのやもしれぬ」

「それって…………」

「今はハチマンに任せるしかないだろう」

 

 あんたら姿隠してるようだけど、いるのバレバレだからな。

 もう少し物音とか気配を消せよ。

 バカじゃねぇの。

 

「ほんと、ばっかみたい」

 




はい、ご想像が叶った人もいることでしょう。
ルミの初ポケモンはスイクンでした。


ポケスペの本編も動き出し、舞台裏でもきな臭くなってきましたね。
ルミとスイクンの登場が後にどう関係してくるのか、楽しみにしていてください。


申し訳ありませんが、次の金曜(9日)はお休みさせていただきます。
今週はちょっと書いてる暇が取れそうにないので申し訳ないです。
次回は来週の火曜日です。

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