「マーベラス!」
げっ、ついに出てきやがった。
どこで見てたんだよ。
俺たちが三人のものとへ行くと、どこからかプラターヌ博士が拍手をしながらやってきた。気配を消すのが超上手いからストーカーと思われるんだぞ。
「お二人とも、実にいいバトルでした。自分が託したポケモンがここまで成長してくれると僕も嬉しい限りだよ」
「ほっほ、すまんのう。急な話で」
「いえいえ、ポケモンに触れ合ってもらうというのも大切なことですから。僕もそのお手伝いができて何よりです」
さすが大人。
普段のオタクさを微塵も見せないとは。
ポケモンについて語ってる時とか目がやばいからな。
「こちらこそ申し訳ない。先客があって少し予定が狂いましたよね」
「いんや、それは一向に構わんよ。こうして久々の熱いバトルができたからのう」
「みんなはどうだったかな。二人のバトルは。楽しめたかい?」
博士が子供達に話を振った。
誰かに言いたくて堪らなかった子供たちは口々に感想を言い始める。
「はい!」
「もうね、すごかったの!」
「モココが進化してテールナーも進化してね!」
「フーディンの姿も変わってね!」
「お兄さんたちに教えてもらいながらバトル見れたから面白かった!」
などなど。
聞き取れたのがそれくらいで、それ以外にもバトルの凄みを体で表現したり擬音語を使ったりして、もうよく分からない。
取り敢えず、ウケはよかったみたいだ。
「それはよかった。二人の他にもここにはものすごいトレーナーが集まってるからね。聞きたいことは何でも聞くといいよ」
「じゃあね、私お兄さんとバトルしたい!」
「あ、俺も!」
「あたしも!」
手が挙がっているだけポケモンを連れている子供がいるという証か。
確かにこれだけいると逆にいない方が浮くな………。
「いいんですかね………」
「そうだね、少しくらいはいいんじゃないかな。でもその前に。お待ちかねの触れ合いタイムといこうか」
ハヤマにウインクで返したところをしっかりとエビナさんに見られていたようで、鼻血を噴いて倒れやがった。
それをミウラが介抱するというね。
なんだこれ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
観察目的で飼育しているフロアに移動してからは、子供達は半野生化のポケモンたちと遊びまわっている。
俺たちは所々に分かれてはしゃぐ子供達が危なくないかを見ているわけで。
まあ、主にポケモンにやんちゃして攻撃されないかだけどな。
「ねえ、お兄ちゃん。さっきのマフォクシーがフーディンの背後に現れたのってどうやったの?」
コマチと二人でぼーっと見ていると、ふと尋ねてきた。
「………あれはただの人間の視覚を利用しただけに過ぎん。マフォクシーはマジカルフレイムという技を覚えるんだが、それを使ったんだろうな。跪いたマフォクシーの姿を炎で作り上げ、シャドーボールが届く直前に自身と入れ替える。そして、ニトロチャージで素早さの上がっていたマフォクシーは一瞬にしてフーディンの背後に現れたように見えたってわけだ。けどあくまでもそう見えているのは人間だけだ。イッシキは校長の判断ミスを煽ったんだろうな。だが校長は、それすらも読んでいたんだわ。みらいよちのタイミングを合わせていたところを見ると、イッシキが勝てる可能性はほぼなかったと言える」
俺も最初のニトロチャージを連発していたのにも理由があったということに、後になって気がついたからな。まさかそこからすでにあいつの策略が動いていたとは思いもしなかったわ。
「そう、なんだ………」
コマチは勝つ可能性がないということに少し落胆した。
「けど俺は別にあいつの判断ミスだとは思ってないぞ。そもそもあのバトルで自分のポケモンを二体も進化させることができたんだ。しかもちゃんと進化したポケモンの特徴も理解していた。電気の威力が底上げされたデンリュウではリフレクターをも壊す力を引き出せたし、マフォクシーに至っては校長とフーディンみたいにテレパシーでの会話を会得していた。俺からしてみれば一度のバトルでそれだけのことができたんだから上等だと思うぞ」
でもあいつはよくやった。
校長にメガシンカを使わせたくらいだからな。
並みのトレーナーだったらまずそこまで行くことはない。
それほど、あいつの成長は著しいということでもあるが。
「………なんか評価高いね。どしたの?」
「どうもしねぇよ。ただ、急激な成長は先が見えないからな。お前といいイッシキといい、俺がいるうちに独り立ちできるようにしとかねぇと。まあ、もうそれも時間の問題のような気もするが………ただ、ユイガハマだけは俺にはどうにもできんのがな」
マジでどうしようか………。
いや、分かってるさ。あれが本当の初心者だって。コマチやイッシキが規格外なだけであれくらいが普通のペースだ。何もおかしいことはない。
「ユイさんは…………まあユイさんだし。それよりお兄ちゃんってなんかツルミ先生に好かれてない?」
「よく腹が痛くなって保健室で寝てたりしてたからな。ヒラツカ先生と同じくらいには接点がある。正しく言えばあの二人くらいしか接点がなかったとも言う」
「仮病を使って授業サボるとか………それに接点が教師だけって自分で言ってて悲しくないの?」
あれま、バレてるし。
そうだよ、段々と授業がつまらなくなって保健室で暇つぶしてたんだよ。ヒキガエルとか言われるし。
「別に悲しくもないな、こればっかりは。ヒトカゲ………というかリザードか、あいつを俺のポケモンにしてからはほとんど自主学習で学んでたからな。五年に上がる頃にはスクールの全ての過程を図らずも終わらせていたらしい。ただバトルの実践をやる特別講座を受けてなかったのが卒業できない理由だったんだとか」
「………そんな話、聞いたことないんだけど」
「そりゃ、言ってないからな。俺もヒラツカ先生に言われるまで知らなかったくらいだし」
聞くまで教えてくれないのもどうかと思ったけど。
「どんだけ優秀だったのさ。お兄ちゃんがこう見えてできる子だったことにコマチは驚きだよ。あ、そういえば、低学年の時に校長先生とバトルした生徒がいたって話が一時期広まってたよ」
コマチが低学年………俺もいた頃か。というかその噂って絶対俺だな。あ、でもユキノシタさんも特例使ったとかなんか前に誰か言ってたような………
「多分、それ俺だな」
「………今にして思えば、あの頃にはもうお兄ちゃんはすごいトレーナーになってたんだね。お兄ちゃんが雲の上の人に見えてくるよ」
「おい、それじゃ俺死んでねぇか? ……別にすごくはないだろ。現に校長にはダークライがいなかったら負けてたんだし」
そういえば今日はあのゲンガー、出してこなかったな。爆発のしすぎでイカれたか?
「そもそもダークライを仲間にできた時点で逸脱してるんだよ」
「あいつはまあ、ほら、ぼっちとぼっちが引かれあったというか、そんな感じだな。付き合いとしては長いが、未だによく分からん」
「んじゃさ、話戻すけどコマチはお兄ちゃんの中ではどんな評価なの?」
「それ聞いちゃう?」
「聞いちゃうよ。答えなかったらイロハさんにさっきのこと言ってあげるから」
「それは勘弁してくれ………。あいつに何されるか分からん」
なんて恐ろしいことをしてくれようとしちゃってんの?
マジで勘弁してください!
「難しいなら、コルニさんとのバトルとかは?」
「コルニか………あいつとのバトルからするとコマチもイッシキに近いものがあると思うぞ。進化のタイミングを図り、新技で意表を突く。他にも俺やユキノシタのバトルを汲み取ったスタイルにしたりと幅は広いな。イッシキ風に言えば模倣からの鬼畜プレイ?」
「もぐよ?」
もぐって何をだよ。
「何をだよ。まあ、冗談はさておき、イッシキにも言えることだが、コマチは俺らのバトルを模倣して自分のものにする。そこに独自の、例えばカマクラの壁で殴る奴とか、ああいうのを加えていって…………やっぱり模倣からの鬼畜プレイが一番しっくりくるな」
「もいでやる!」
だから何をもぐ気なんだよ。怖いよ。あと怖い。
「だから何をだよっ。で、イッシキとの違いはここからだ。あいつは模倣というよりは技そのものまでもを盗んでいく。ゲッコウガの素早さを真似るためにニトロチャージを使ったり、クレセリアがサイコキネシスで空間を支配した時のように、いろんな部屋を作って場を支配する。お前らはどっちも似たようなところから入ってるが出るところは全く違うんだよ。だから近いってだけで同じじゃない」
「ふーん、じゃあコマチとイロハさんがバトルしたらどうなると思う?」
コマチとイッシキか。
まだバトルしてなかったな。
それについて聞いてるんだとしたら………。
「ルールにもよるが………そうだな、イッシキが勝つんじゃないか?」
「その心は?」
「あいつにはまだ何か隠し玉がある、と思う」
「そなの?」
「知らん。けど、なんかそんな感じがするだけだ。みぶるいって奴かもな」
「ポケモンの特性で表さないでよ。分かりやすいけど」
よしよし、ちゃんと知識を持っているな。
お兄ちゃん一安心だよ。
「昔、俺が何かしたような気もするんだよ。あいつと会話したのなんて三日くらいのもんだったけど」
「………何したのさ」
「何したんだろうな…………」
ほんと何したんだろう。
何もしなかったらあそこまで覚えてるはずがないもんな。
「怖いよお兄ちゃん。目がどんどん腐っていってるよ。でも、ある意味すごいことだよね。スクール生活六年間の内のたった三日やそこらの接点であれだけ覚えてるなんて」
「人間の記憶力というのも舐めちゃいかんということだな。ユキノシタやユイガハマが覚えていたのは分からなくもないが、イッシキだけはすごいと思う」
「それだけ気に入られたってことなんじゃない?」
「…………そう、なるのかね………」
気に、入られたのかね…………。
うーん、さっぱり分からん。
「およ? 珍しい。なんか肯定的だね。いつもだったら『はっ? 俺が気に入られる? んなわけねぇだろ。あいつは俺を便利な技マシンくらいにしか思ってねぇよ』くらいは言ってるのに」
「ねぇ、ちょっとコマチちゃん? 言葉遣いが汚いわよ」
「お兄ちゃんの真似でしょ」
「えっ? 俺っていつもそんななの? もっとこうニヒルを効かせた感じのかっこよさを醸し出してるはずじゃ………」
「全然かっこよくないから。お兄ちゃんがかっこいいのなんてバトル中くらいだから」
「お兄ちゃん泣きそう」
バトル以外は格好悪いって言ってるよね、それ。
「あーもー、面倒くさいごみぃちゃんだなー。お兄ちゃんはその目がなくて口を開かなかったらかっこいいの!」
「それ、すでに手遅れって言ってる?」
「でもコマチ的には今の方がポイント高いよ!」
ハチマン的にはポイント低いわ………。
「ハチマン」
「うおっ、びっくりした………。どした? 何か用か?」
急に声かけてくるなよ。
少しちびりそうだったじゃねぇか。
しかも身長がそこまで高いわけでもないから一瞬誰か分からなかったじゃねぇか。
後呼び捨てかよ。俺を呼び捨てにしていいのはトツカだけだぞ。
「ヒマ」
「そうか、ならあっちでポケモンと戯れてこい」
「どうせ一人だからいい」
「さいですか………」
「だから暇つぶし」
暇つぶしで俺を見るのやめてくれませんかね、ツルミさんや。
これは天然なのか? 可愛いから上目遣いやめてくれる?
「俺に何をしろと」
「お兄ちゃん」
「な、なんだよ」
「いつの間に生徒さんに手を出したの?」
「人聞きの悪いこというな。俺は何もしていない。さっきのイッシキのバトルを一緒に見てただけだ」
これでもコマチと二歳くらいしか違わないんだよなー。
成長期ってすごいな。
「………ここにいる人たちの中で一番強いのって誰?」
「誰って、そりゃハヤマだろ。あいつは四冠王とか呼ばれてるくらいのやつだぞ」
なんかコマチがジトッとした目で見てくるけど気にしない気にしない。
「…………お母さんが昔から言ってるの。あの人以外にもう一人、最強のリザードン使いがいたって」
俺が言うとルミは向こうで子供たちにポケモンの説明をしているハヤマを見てそういった。
最強のリザードン使いね。それ誰のことだろうね。
「お母さんって、どんな人?」
「保健と家庭科の先生」
「ぶっ!?」
吹いた。
これもうビンゴじゃん。
あの人何やってんだよ。
自分の子供に何吹き込んでんだよ。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん、汚い!」
「す、すまん。………で、そのリザードン使いがどうしたんだ?」
「うん、その人だったら私の気持ちも理解できるのかなーって。最強ってことは競り合うような人すらいなかったってことでしょ。つまりは孤独。………私も一人だから」
「……………」
「……………」
三人に無言が走る。
これ、なんて返せばいのん?
「………一人は嫌か?」
出た言葉がこれかよ。
「ううん、別に。ただ惨めなのはもう嫌」
「そうか」
「あれ………? お兄ちゃん、どっか行くの?」
「ああ、ちょっと用事ができた」
ま、大体の事情は分かったんだ。原因の解決なんかはできるわけがないが解消くらいならできなくもないだろう。
もうあの人のアプローチを待つのもやめだ。こっちから動いた方が早い。
✳︎ ✳︎ ✳︎
さってとー、先生はどこにいるのでしょうかねー。
そろそろ見つかってもいいと思うんだがな。
全くもって見当たらん。
「………なあ、ヒキガヤ。端から見てると凄く不審人物なんだが…………」
お、おう………。
そんなに怪しかったか?
まあ、結構このフロアを歩き回ってたからな。途中で子供たちにポケモンと間違われたけどな。どう見ても人間だと思うんだが、やはりこの目が原因なのだろうか。
「うっ、それ言っちゃいますか。つか、ヒラツカ先生。どこに行ってたんですか」
「そこらへんをウロウロとしてたが?」
「ああ、そうっすか。ならツルミ先生は?」
「ツルミ? あいつは生徒たちのホテルに一度戻るとか言ってたぞ? ツルミがどうかしたのか?」
ホテルか。
宿泊関係のことで何か用でもあるのだろうか。それとも先に戻って何かの準備をしているとか。あの人、担任でもないんだし、ましてや保健医として付いていてるんだろ? 離れてていいのかよ。
「や、別にちょっとアレがアレでして」
「………そうか、どうやら君が先に気づいたようだな」
「………やっぱり先生の回しもんでしたか」
なんだ、知ってたのか。
なら話は早い。
「別にそういうわけではない。たまたまツルミに連絡を入れたら悩みを相談されてな。その時に君たちがこっちにいることを話したら、運良く校長が話を聞いていたというわけだ」
「どこに運気があるんだよ。問題が次から次へと入ってきてるだけじゃん………」
校長何してんだよ。
タイミングよすぎだろ。
「ま、そういうわけだから後はツルミに聞いてくれ。多分君なら答えを出せるだろう」
「みんなして俺に期待しすぎでしょ。俺はいたって普通のポケモントレーナーっすよ。経歴だけを見ればアレですけど、俺は別に教師でもカウンセラーでもない。悩み相談とかまず無理でしょ」
しかも大人からの悩み相談だろ。
普通こういうのって子供が大人にするもんなんじゃねぇの? したことないから分からんけど。
だが、逆に言えば俺にまで意見を求めてくるぐらいは深刻なのだろう。
「似たような境遇の経験者としてなら語れるだろ」
「それってすでにヒラツカ先生には答えが出ているってことじゃないですか?」
「答えは分かっていても過程が重視されるんだよ。誰に言われるか、どんな言葉を言われるか。ただ答えを突きつけたんでは相手はすんなりと受け入れることはない」
確かに身近にいる大人の言うことをあの賞が素直に聞くとは思えない。ああいうタイプはどちらかというと舞台を作り上げて後は本人に任せる方があってそうである。
「はあ………、まあ先生たちには恩がありますし、ここで恩を返すのも悪くないかもっすね」
「取りあえず、話だけでも聞いてやってくれ」
「そうしてきます。だからホテルの場所とやらを………」
「ああ、すっかり忘れていた。グランドホテル・シュールリッシュだ。場所は検索した方が私が説明するより分かるだろう」
「シュールリッシュね。これまた高そうなホテルだこと」
行ったことない聞いたこのないホテルだけど、何そのオサレ感満載のホテル名。
「態々行き先を変更してるんだ。校長が余分に出しているさ」
「自分の金使ってまでくるか、普通」
冗談だろうけど、マジでありそうだから怖い。
校長、そこまでしてないよね?
「まあ、それくらいこの系統の問題は解決が難しいってわけだ」
「それは分かりますけど。そもそも問題が解決されることすらないでしょうに。できたとしても表向きな解決、和解………。返って問題を悪化させるだけっすね」
「だからこうして君に意見を求めに来たってわけだ」
「そこまでするってことは相当見せられないポケモンってのはヤバイもんなんすね」
「そこまでは私も聞いていない。ただ校長の判断がそこまでいったということがそういうことの証明になるのだろうな」
「ビックリ箱を開けるようでマジで怖いんですけど」
なんか段々と怖くなってきたんですけど。
俺の知らないポケモンとかだったらどうしよう。
暴君様をボールに入れてるけど、あいつはまだ会話ができるからいい。
会話のできないまだ見ぬポケモンとかだったら、俺にはどうしようもないからな!
俺を舐めるなよ!
つか、全く関係ない話だけど三鳥が暴れたって日のことを暴君様に聞けばよくね?
「だが、同時にお宝も眠っているようだぞ」
「命張る発掘作業だこと。んじゃ面倒ですけど、行ってきますよ」
「ああ、よろしく頼む」
あー、やだやだ。
命がけの発掘作業とか勘弁してほしいわ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
研究所を出てグランドホテル・シュールリッシュを、現在ぶらぶらと歩きながら探索中。最初、タクシーに乗って行こうかとも思ったけど、無駄に金を使いたくないので諦めた。正直に言うと財布を忘れた。戻って無くなってたらどうしよう…………。
「あ、あの、ちょっと! 困りますっ!」
裏路地入り口と思しきところから声が聞こえてきた。
なんで聞こえちゃったんだろうな。聞こえなかったらなかったことになるのに。
でもな、この声残念ながら知ってる声なんだわ。
やだなー。
「………いい歳してナンパされてんじゃねぇよ」
なんであの人は男の人に寄ってこられるんだろうか。
同じアラサーとは思えない男ホイホイだな。
甘い蜜垂れ流してる嫁とか旦那がちょっと大変そう。
「いいじゃねぇか、姉ちゃん。ちょっと俺たちと付き合ってくれよ」
「あの、本当に困ります! 私今仕事中なので、早く戻らないといけないんですっ!」
まあ、あそこで竦んでないだけマシだな。
無言でオロオロとしていたら、相手にいいようにされるだけだし。
「うーん、どうしようか」
このまま行っても面倒事が増えるだけだろうし………。
「よし、取りあえずリザードン。あの人攫ってきてくれ」
「シャア」
リザードンに空から先生を捕獲させる事にした。
静かに空から先生のところまで飛んでいき下降。
なんか色々言っているけど、その背中を掴み上げ再度上昇。
なんかUFOキャッチャーみたいで見てて面白いな。
「うーん、動画に撮っておけばよかったかも………」
リザードンに捕まり、先生は空で「え? ちょっ、えっ? リザードン?」なんて言って状況が全く分かってないようである。
そりゃ当然だわな。俺だってやられたら全く状況が掴めないだろうし。何ならまどっかに誘拐されちゃうのかと思っちゃうレベル。
「お疲れさん、面白い画だったわ」
「シャア」
「ひ、ヒキガヤくん!?」
「………なに、いい歳してナンパされてんですか。さっさと年齢バラしちゃえばいいものを」
「だ、だって………」
「ま、取りあえず先生を回収できたんで移動しますよ」
リザードンをボールに戻すと声をかけられた。
「待ちやがれ!」
いやです。お断りします。待てと言われて待つ奴がいるかよ。
「テメェ、人の獲物を何奪ってんだ。やんのか、ああっ?!」
「俺たちに盾突いたこと後悔するんだな、ハハッ」
やだやだ、こういう輩に限って自分の力を見せたがるんだから。
捕られたならまた他探せばいいのに………。別にナンパするななんて言ってないんだし。
「先生、どうしましょうか。焼くのと煮るのと、あと精神的な恐怖を植え付けるのと」
「え、えっと………火を使うと余計面倒になるんじゃないかなー………って、待って! 何する「はいよ、と」……えっ?」
先生が言い終わる前にゲッコウガをボールから出して一瞬で距離を詰めさせる。馬鹿な男二人の首元には手刀が添えられている。
いやー、我ながら怖い人だな。
絶対こんな奴に声をかけたが最後、帰ってこれないよな。
「ナンパするなら他を当たってくれ。この人既婚者だから」
がくっと膝から崩折れていく二人。
うわー、なんか色々終わったって感じの顔してるわ。
さて、何に怯えているんだか。
「で、先生。要件の方は済んだんですか?」
「え、うん、それは終わったけど………」
「ならさっさと帰りますよ。あんたには聞かなきゃならんことが山ほどあるんだからな」
山ほどあったかな………。
言ってみたけど、さして聞くようなことがないような気もしてきた。
「えっ、ちょっ」
はあ………。
全く、どうしてこの人はこうも問題事を持ってくる人なんだろうか。
男ホイホイどころか、問題ホイホイだな。………語呂悪。
「………にしても先生がナンパされるとか…………」
取り敢えず、ナンパ男二人から距離をとって口を開く。
「な、何よ。別に私はまだアラサーなんだから見た目ならまだいけるラインでしょ!」
なんでそこで張り合うんだよ。
や、美人なのは認めますけど。
「別に結婚してなかったらの話でしょうに。でも結婚してるってなるとナンパした相手には結構ショックがデカイんですよ。最初から結婚してるって分かってるなら話は別ですけど。見抜けなかった事に対してはショックを受けちゃう生き物なんです」
「そ、そうなの?」
「俺は知りませんけどね。ナンパなんかできるような生き物でもないんで。そもそも人に声をかける事すら無理なのに、ナンパなんてハードル高すぎでしょ」
「………はー、でも私はまだナンパされるんだなー」
「………ヒラツカ先生が聞いたら卒倒しそうですけどね」
「あ、うん、それはオフレコでお願い………」
ようやく事の重大さが分かったようで、落ち着きを取り戻したらしい。
ツルミ先生、このことはちゃんと誰にも言いませんから。誰かに言ってヒラツカ先生の耳にでも入ればそれこそ面倒なことになるだけだからな。
「………で、なんでヒキガヤくんは私を探してたの?」
「あんたが自分の子供の面倒をちゃんと見れないからでしょうが」
「うっ………、だ、だってあの子何も言わないのに噂とかだけは耳に入ってくるんだもん。遠回しに聞いてみたりもしたけど、私もどうしていいか分からなくて………」
一応、先に打つ手は打ってきてるみたいだな。
意味なかったみたいだけど。
「だからって何で俺になるんすか」
「た、たまたまだから。それはほんとたまたまだから。ヒラツカ先生がどこから聞き入れてきたのか心配してきて、そのまま相談していたらヒキガヤくんたちがこっちに来てるって言ってて、私どうしていいか訳が分からなくなって、ヒキガヤくんの話に変に舞い上がっちゃってその勢いのままに先生に頼み込んじゃったの」
「あんたバカですか………」
「ごめんなさい」
もっと深刻な状態かと思ってたのに、何だよこのバカらしい話は。
なんで子供の相談をした流れで俺の話になるとテンションがおかしくなるんだよ。
子供より子供じゃん。
「………ま、あの人は口と勘は鋭いっすからね」
「私、どうしたらいいと思う?」
「はあ…………まず先に聞いておきますけど、あいつがどんなポケモンを持っているのかは知ってるんですか?」
「ううん、知らない。教えてくれなくて。なんかポケモンの気配を感じるようになったのはハナダの岬に行った後だっていうのは分かるんだけど…………」
ハナダの岬、ね………。
「………先生はあいつにどうなってほしいですか?」
「どうって?」
「ほら、他のみんなと仲良くしてほしいとか」
「………私は別にみんなと仲良くしろだなんて思わないよ。だって、ほとんど仲良くできなかった誰かさんを見てきてるし………」
その誰かさんは一体誰なんでしょうね……………。
「スクールの思い出は大事だと思うよ。楽しかった思い出があれば辛い時でも乗り越えられると思うもの。でも、今が辛い時だっていうのなら環境を変えた方がいいのかなって思う時もあるの」
「………実は先生も何か策を思い付いてるんじゃないですか?」
「うっ………、ほんと君は鋭いね。思いつきはしたんだけどね。あの子が捕まえたポケモンってのが何なのかも分からないから、君みたいに上手くできるか検討もつかないの」
「………はあ…………、要はあいつがどんなポケモンを持っているか分かればいいってことですよね」
「でもあの子、頑なに拒否すると思うよ」
「ああ、そのポケモンのせいで状況を悪化させたくはないって言ってましたもんね」
「うん、だから他の手を考えるしかないかなーって」
「そうっすか………」
あ、なんか意外と早く着いてしまった。
仕方ない。あとは本人に聞く方が早いかもな。親の方はすでに覚悟は出来てるみたいだし。
「…………あんまりいい答えを期待しないでくださいよ」
「………うん、ありがと」
ツルミ先生はそう力なく笑った。
その目には一雫の汗のようなものが溜まっていた。