ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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49話

 イッシキたちのバトルから抜け出して、事の真実を聞くために博士の部屋へと向かった。

 何となくで歩いてきたけど、案外覚えてるもんだな。

 

『ぼ、ぼくの後ろに映っている様子が見えてますか!? これは劇でも映画でもありません! アサメタウンで今、現実に起こってることなんです!』

 

 博士の部屋に近づくにつれ、ヒラツカ先生から送られてきた動画の声の主と思しき音声が聞こえてくる。

 

『博士!! プラターヌ博士!! これ……ブツン!!』

 

 部屋の前までたどり着くとどうやら丁度動画は途切れたようだ。

 あの少年(仮)は動画を二度も送りつけてきていたのか………。

 

「これがメールで送られてきた動画、先日のアサメの騒動の現場にいあわせた少年が撮って送ってくれたんです。 おどろきでしょう! 本当に映っているんです!! あのゼルネアスとイベルタルが!!」

 

 ッッ!?

 なん、だと………?

 ゼルネアスにイベルタル……………?

 まさかあの動画にも映っていたポケモンの脚先もカロスの伝説のポケモン、ゼルネアスかイベルタルのものだというのか?!

 

「原因を調べるためにも貴重な映像です! たまたま持っていたホロキャスターを使ったようなのですが……」

 

 ホロキャスターね。

 どんな時でもお役立ちってか。

 

「そういえばホロキャスターはあなたが開発したんですよね! ある意味、あなたのおかげだと言えるかも!! 世の中に役立つものをたくさん開発されている! あなたは立派だ、尊敬しますよ!! フラダリ氏!!」

 

 フラダリ…………だと!?

 なんで奴がこんなところに来ているんだよ。

 今度は一体何を企んでいるというんだ?!

 

「どう思われます? フラダリ氏! この映像! あなたならばこそ、なにか気づいたことはありませんか?」

 

 つか、なんかいつもより熱く語ってね?

 暑苦しいわ………。

 

「もう一度見せてくださいますか? プラターヌ博士」

「もちろんですとも」

 

 言われて博士は動画を初めから再生し直した。

 俺もドアの隙間から覗き込むと、俺たちが見た動画が流れていた。

 やはりあの少年の声である。ガキのくせにでかい収穫をしたもんだ。

 そして、後半に差し掛かると俺もまだ見ていないところが流れた。輝く大きな角を持つ青いポケモンと赤黒い鳳のポケモン。赤黒い方は見るからに『破壊』を連想させてくる感じである。多分あっちが破壊ポケモン、イベルタルなのだろう。となると、角がゼルネアスか。

 

「見た限り2匹は同時に出現し力も互角。伝説の中でも『対なる存在』として語り継がれていたのでわたしもそう理解していたのだが……」

「ほう、違いますか?」

 

 動画は切り替わり、逃げるイベルタルを追うゼルネアス。

 

「この植えこみを見ていてください。ここでイベルタルの尾が触れます」

 

 フラダリはこの部分に注目し、注視を促す。

 

「あ! 枯れた!!」

 

 博士の言うようにイベルタルが通ったところの草は一瞬で枯れてしまった。

 なるほど、これがこの前ザイモクザが言っていた話の能力というわけか。確かに『全てを覆い尽くし朽ちらせる破壊ポケモン』だな。

 

「そしてここをゼルネアスが通ると……」

「なんと! 一瞬で緑が生い茂った!!」

 

 で、こっちは一瞬にして生い茂るってか。

 はっ、よくできた対なる存在じゃねぇか。

 命を分け与える生命ポケモンらしい能力だこと。

 

「そうなのです。イベルタルは生命を『奪う』、ゼルネアスは生命を『与える』のでは」

「奪うポケモンと……、与えるポケモン………!!」

 

 フラダリに言われてようやく何かにピンときたようだ。

 俺たちに説明してた時のことでも思い出したのだろう。

 

「そうか……!! 2匹がこの真逆の性質を持つからこそ今回の事件が起こったと考えられますね! あなたに見てもらってよかった!!」

「この映像、コピーしていただくことはできませんか?」

「もちろん! ジーナ、デクシオ!」

 

 おっと、やべっ!?

 博士の助手たちが来るじゃん!

 取り敢えずドアの陰にでも隠れよう。

 

「お呼びですか?」

「博士」

 

 ジーナとデクシオという二人の助手は俺に気づくことなく、部屋の中に入っていった。

 

「すぐにコピーして、フラダリ氏にお渡ししてくれ!」

「「わかりました」」

「申しわけありませんが、僕は次の予定がありまして……」

「お忙しいところおじゃました」

 

 申しわけなさそうに博士は先の予定が組まれていることを伝えるフラダリもソファーから立ち上がった。

 

「この世界はもっとよくならないといけない! そのために選ばれた人間、選ばれたポケモンは努力しなければならない! わたしはそう考えている!」

 

 ぐぐぐっと拳を握って力強く続ける。

 

「われは求めん! さらなる美しい世界を!」

 

 なんてかっこいいセリフなんでしょうねー。

 どこにでもいる悪人にしか見えてこねぇわ。

 考え方から見た目までもヤバイ人だな。

 正直関わり合いたくない輩だわ。

 

「またいろいろ教わりに来ます!」

「遠慮なくいつでも!」

 

 博士も上手く騙されてんなー。

 けど、今俺が指摘したところで信じるとは思えないし。

 それすらもフラダリの思う壺なんだろうが。

 

「あれ………? ハチマンくん」

「よ、よお、ちょっと聞きたいことあってきたんだが先客がいたんで………」

 

 部屋の中から出てきた博士に見つかってしまった。

 そりゃもうバッタリと。

 

「シズカくんに送ってもらったメールを読んでくれたようだね」

「ああ、まあ。やっぱり事実だったんだな」

「うん、僕も嘘かどうか最初見た時は判断できなかったけど、でもトロバっちの……ああ、あの声の男の子ね。あの子の必死さからこれは事実だと踏んだよ」

「ゼルネアスとイベルタル。対なる存在の千日戦争…………か」

「なんだ聞いてたのかい? 後半の方の動画はまだちゃんと見せてなかったよね。僕は今から取り敢えずカントーから来てくれたトレーナーズスクールのみんなに挨拶してくるから。後でね」

 

 それはまあ後からでいいんだが………。

 

「あ、ああ………って、待て。今イッシキと校長がフィールドの方でバトルしてる。行くならそっちだ」

「あ、ありがとう!」

 

 プラターヌ博士は言いたいことだけ言って早々と俺が来た方へと行ってしまった。

 うーん、この部屋の中にはフラダリがいるわけだが…………。

 

「ふっ、君は本当にわたしの匂いを嗅ぎ付けるのが上手いな」

「………背後から気配を消して出てくるのはやめてもらえませんかねー、フラダリ氏」

 

 ぬっと背中に悪寒を走らせてくるので、嫌味を効かせて言い返す。

 

「で、なんであんたがこんなところに来ているんだ? このまま捕まえろってことなのか?」

「ふっ、何を言う。わたしはただアサメで起きた事件について調べているだけだ」

「よく言うわ。あんたらフレア団が引き起こしたくせに」

「問題はそこではない。伝説のポケモンについてだ。誰がやったかなんぞ、ハチ公殿くらいしかまだ嗅ぎつけて来てないさ。心配無用」

 

 俺以外誰も、ね。

 ただ一人知っていたとして、それを誰も信じないってか。逆に変な疑いをかけて追放されると。

 なるほど、俺にとっては四面楚歌だと言いたいわけか。

 

「おいおい、それがハヤマに嘘の情報まで流して牽制しようとした奴が言うセリフかよ。俺の存在を重く見てるのはどこのどいつだよ」

「念には念をいれるのは基本だろう」

「なら、念には念をいれて三鳥を呼び出したってのか?」

「うん? それは何の話だ?」

 

 訝しむように俺を見てきた。

 こいつマジで知らないのか?

 

「はんっ、知らないってか。それならそれでいい。あんたらが関わってないならどうでもいい話だ。実際俺も詳しく覚えているわけじゃないし、判断の下しようもない」

「ハチ公殿もお忙しいようだな」

「誰の所為だと思ってやがる」

「それは君が悪いに決まってるだろう。知らぬ存ぜぬの顔をしていればいいものを」

「普段はそうしているさ。だが今回は妹に危険が及ぶ可能性があるからな。動かない理由がない」

「兄妹愛か。美しいものだ」

「何が美しい世界だ。全てを壊そうとしてる奴が美しいもクソもあるかよ」

 

 最終兵器でドカンと一発打ち込もうとしてる奴が言うなよ。

 

「そもそも伝説のポケモンを呼び出して何するつもりだ」

「企業秘密だ。わたしがそこまで教えるわけがなかろう」

「花の蕾は見せたくせに」

「見たところでどうにもならないものは見せようが見せまいが問題はない。だが、こと計画に関しては君は邪魔な存在だからな。……ふっ、今後も身の安全に気をつけるがいい」

 

 オレンジ髪のカエンジシヘアーの男はコツコツと革靴を鳴らして帰って行った。

 マジで腹立つわー。

 いつか絶対潰れろ!

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 思わぬ再会を済ませ、みんなの元へと戻るとまだバトルをしていた。

 

「あ、おかえり」

「長かったわね」

「まあ、色々あったんだ………」

 

 暗に聞くなと申し立て、状況の確認をしていく。

 

「で、どうなったんだ?」

「撮ってるけど、まあいっか。あのね、ヒッキーが出て行った後トリックルームがなくなってね、イロハちゃんがナックラーでロコンの方は倒したんだけど、次に出してきたキュウコンのエナジーボールを一発くらってやられちゃった」

「その後に出てきたヤドキングもよくやったのだけれど、曲者のキュウコンには敵わなかったようね。サイコキネシスでダメージを与えたけれど、先に蓄積していたダメージが大きかったようだわ」

「で、次がモココってわけか」

「うん、でも一方的に押されてるかなー」

 

 なるほどな………。

 ま、さすがキュウコンといったところか。

 俺たちも追いかけられたもんな。このバカのせいだけど。

 

「モココ!?」

 

 ユイガハマの言う通り、モココが押されているようだった。

 で、その相手というのが未だ居座る曲者キュウコン。

 あれは前から連れている方の普通のキュウコンなのか。

 となるとマジであの白いロコンはアローラとかいうところの珍しいロコンなのだろう。

 後で調べておこう。

 

「……全く手加減ないんだから」

「手を抜かぬのが儂の流儀でな」

「モココ、エレキネット!」

 

 炎を纏うキュウコンの足元に向けて電気の通った糸を飛ばした。痺れをもらったキュウコンの足は次第に止まり始め、かえんほうしゃで撃ち飛ばしたモココの体への突進を強制的に諦めさせらてしまった。

 こうなってはイッシキの独壇場といったところか。

 

「パワージェム!」

 

 キュウコンに対していわタイプの技か。捕まえた時には覚えてなかったはずなんだが………。

 

「………イッシキさんはあなたの背中をよく見ているもの。使えそうなものはどんどん試していってるわ。あなたは知らないでしょうけど」

 

 なんでお前が知ってるのかが知りたいぐらいだわ。

 

「キュウコン、戦闘不能!」

「ほっほ、キュウコンも倒されおったか。ついこの間まで旅にも出たことのなかった小娘がよもやここまでくるとは…………」

「これで二対二。モココ、このままいくよ!」

「なれば儂も本気と行こうかのう。フーディン!」

 

 ついに来たか。

 テレパシーで命令する厄介な相手だ。

 さすがにイッシキでもこの組み合わせには勝てるはずがない。

 

「モココ、エレキネット」

 

 もう一度電気の通った糸をフーディンに飛ばしていく。だが、校長とアイコンタクトを取るとするすると糸の間を掻い潜って、モココの目の前まであっという間にたどり着いてしまった。

 

「やばっ! ほうでん!」

 

 電気を撒き散らすように放電を始める。

 所構わず撃ち付けられる電撃はフーディンをも捉えた。

 

「ーーーーーーー」

 

 老ぼれの命が下されたのだろう。

 途端にサイコキネシスで電撃を抑えてしまった。

 そして、再び校長とアイコンタクトを取ると抑え付けていた電撃をモココの方にへと跳ね返した。

 エスパータイプが本気を出すとあそこまでできるようになるんだよな………。

 熟練トレーナーのエスパータイプは要注意だわ。

 

「モココ!? …………えっ?」

 

 や、うん、えっ? だな。

 いきなりモココが白い光に包まれちゃったんだけど。

 

「………ここで進化」

「捕まえてまだ三日しか………」

「すでに進化のエネルギーは蓄えられていたってことだろ」

 

 なんつータイミングだよ。

 まさか進化を読んでじじいの戯言に付き合っていたとか?

 それだったらコマチといい、規格外すぎるだろ。

 

「デン………リュウ…………………進化した」

 

 あ、そういうわけではなかったらしい。イッシキにとっても進化は予想外だったみたいだわ。

 

「ほっほ、よい! これぞバトルの醍醐味と言えよう」

 

 じじいもすげぇ嬉しそうだな。

 ああいうのに限って孫には甘かったりするのかね。

 まあ、自分のポケモンを贈るくらいには甘々だったな。

 

「リュウーッッッ!!」

「ッッッ?! デンリュウ、シグナルビーム!」

 

 雄叫びを上げたデンリュウに毛が逆立ったようにイッシキの眼光が開かれた。

 いくら要注意のエスパータイプと言えどポケモンである。弱点となるタイプももちろん持ち合わせているさ。その一つがむしタイプ。イッシキが出した判断は賢明と言えよう。

 だが、それは相手が普通のフーディンだったらの話。今は校長が相手だ。シグナルビーム程度の攻撃じゃ、多分…………。

 

「いやー、やっぱすげぇな、あのフーディン」

 

 両手に持つスプーンの反りを活かしてシグナルビームの角度を変えてしまった。

 

「デンリュウ、ほうでん!」

 

 バチバチと火花が散る音とともに電撃を乱射していく。

 

「ゴー!」

 

 かと思うと、砂の中に含まれている砂鉄を電気で集め始めやがった。次第に砂鉄は剣へと変わっていく。

 このフィールドに砂鉄まで含まれてたことにびっくりだわ。

 

「マジでどこのミコっちゃんだよ…………」

 

 お前ら、学園都市にでも行くつもりなのん?

 

「ほっほっほ、よい! 実によい! 我が孫娘ながら粋なことをする! フーディン!」

 

 ん?

 今何かしたのか?

 いや、したよな………。

 あんな声を張り上げてまで命令を出すのなんて見たことない気がする。

 

「いっけぇぇぇえええええええっっ!!!」

 

 デンリュウによって作り出された何本もの砂鉄の剣がフーディンに向けて発射された。

 フーディンは一瞬校長を見たかと思うと、自分の周りに壁を作り出した。砂鉄の剣はその壁に阻まれ脇へと逸れていく。まさに防壁である。

 だが、その逸れていった砂鉄の剣が地面に綺麗に刺さったのが気にはなる。

 

「デンリュウ、今だよ!」

 

 何かの陣を作り出したかのように配置された砂鉄の剣から糸が伸び始めていく。

 伸びた糸と糸が絡み合い、網目状になっていく。

 そうして出来上がったのは、フーディンが作り出した防壁ごと覆い尽くすエレキネットだった。

 

「ほうでん!」

 

 手元に残った一本の糸に電気を送り込んでいく。糸の先はドーム状に出来上がったエレキネット。破壊力抜群である。

 

「過激なパフォーマンスだな」

「なんかイロハちゃんじゃないみたい………」

 

 いんや、どんどんあいつらしくなっていってると思うぞ。

 限られた技の中でこんだけのパフォーマンスができれば上等だろ。

 網目状の糸に送られた電撃はフーディンが作り出した壁を壊していく。貫通して中にまで潜り込んでいっているところもある。

 しかし、じじいが何もしてないと思うのはバカな奴だ。あの老いぼれが何もしていないはずがない。

 

「ほっ」

 

 ふと校長が息を吐いたかと思うと、デンリュウの背後から何かが撃ち出された。

 何かではない。ポケモンの技だ。

 そしてあれはなんてことはない普通のみらいよちである。

 

「………はっ!? デンリュウ!?」

 

 声を上げることもなくその場に崩折れていくデンリュウ。

 イッシキは一瞬何が起こったのか理解できなかったようで反応に遅れていた。

 

「ほっほ、儂らを舐めちゃいかんよ」

 

 サイコパワーで身の回りにある何もかもを弾き飛ばしたフーディンが姿を見せた。

 なるほど、あの壁にはそういう意味があったのか。

 

「剣は壁で、電気はサイコ、待つは予知ってか………。相変わらず恐ろしいじじいだな」

 

 あんな感じのやり方でゲンガーにだいばくはつされたもんな。

 曲者というかもう化け物だわ。

 

「デンリュウ、戦闘不能!」

「くっ…………」

 

 うわー、めちゃくちゃ悔しそう。

 あんな顔滅多にしないのに。

 なんか今日は荒れそうだな。

 

「デンリュウ、お疲れ様…………」

「ほっほ、見事な一興であった。儂も心が跳ねておる」

「フーディン…………手強い相手だけど、テールナー! 盗みにいくよ!」

 

 あー、なんかいつものあざとさなんか思いっきり忘れてるバトルモードに入っちゃってるよ。

 こうなると何思いつくか分からんのが怖い。

 

「最後はカロスのポケモンかの」

「すー…………はー……………、テールナー、ニトロチャージ」

 

 低い声で言われたテールナーは炎を纏い始め駆け出した。

 ここでニトロチャージだと?

 マジで最初から何を考えてるのかさっぱり分からん。

 確かにフーディンの防御力は低い。だが、それも技が当たればの話。フーディンの恐ろしさはまずサイコパワーにより懐に潜り込めないところなんだぞ。

 それをイッシキは分かっているのか…………?

 いや、分かってはいるはず。あのあざとい奴が知らないわけがない。ならやっぱり何か策があるとでも言うのだろうか。

 

「ほっ」

 

 校長の一息でフーディンは軽々と躱した。

 だが、テールナーに止まる気配はない。

 すぐに切り返したかと思うと、再び炎を纏ったままフーディンへと突っ込んでいく。

 ふむ………ニトロチャージねぇ。

 

「今度はサイコキネシスで止められたわ」

 

 ユキノシタの言う通り、テールナーは超念力でガチガチに止められていた。その目は何が何でも走ろうという目をしている。

 一体何が目的だって言うんだ?

 

「テールナー」

「テー、ナーッッ!!」

 

 イッシキの一声でテールナーはサイコキネシスを強引に破り、再度フーディンへと突っ込んでいく。

 これには校長も驚いたようで糸目を見開いていた。

 

「フーディン!」

 

 今度は躱すのではなく壁を貼って対応してきた。体当たり系を防ぐ方だから、ありゃリフレクターだな。さっき使ったのもリフレクターだったのだろう。

 

「テールナー」

 

 またしてもイッシキはテールナーを小さく呼びかけるだけ。

 ただそれだけだが、テールナーは纏う炎の勢いをさらに増してきた。

 そしてくるりと身体を回し、壁を通り越す。そのままフーディンに突っ込んでいくのかと思いきや、今度は周りを走り出した。ただ走る度に炎の勢いが増している。

 フーディンは目で追いかけていくが、段々と嫌になってきたのか真っ直ぐ前を向いたかと思うと目を瞑った。

 

「…………すごい……」

 

 ふと俺の横から小さな声が聞こえてくる。

 確かにすごい。

 だが、まだ校長は本気を出していない。あの人にはまだアレがある。

 

「ほっ」

 

 コツン! と。

 校長が珍しく杖を鳴らした。

 だがそれが合図だったのだろう。

 フーディンが空間すべてをサイコキネシスで覆い尽くした。

 前にユキノシタがクレセリアにやらせてきたものと全くの同じものだ。

 俺たちの体の自由まで掌握されてしまっている。

 

「ほっほ、さすがにこれ以上は好きにはさせんよ。いくら孫娘であろうとな」

「………ほんと、私の周りにいる人たちって強さの桁が違うなー」

 

 テールナーが吹き飛ばされていく。

 

「うむ、なんせ我がスクールの黄金世代でもあったからのう」

 

 え? そうなの?

 そんなの初めて聞いたんだけど。

 

「だよねー。いろんなことを盗めるから面白いけど」

「よろしい。そうでなければ旅の価値ものうて」

 

 ん?

 

「でも、こんだけいたらおじいちゃんとバトルする必要もなかったのも事実なんだよねー。先輩とか全く底が見えないし」

 

 なんか、その………。

 

「ほっほ、それは然りじゃ。儂ですらまだ手を出したことのないところに弱冠十一歳で手を出しておったからのう」

 

 テールナーが震えてるような気がするんだけど。

 

「けど、それでもおじいちゃんとのバトルを受けたのはちゃんとこっちにも利点があったからだよ。それをちゃんと出してもらわなきゃ。デンリュウの進化は予想外だったけど」

 

 あれ?

 

「ならば儂にそれを出させてみよ」

「ふふんっ、それじゃ遠慮なく」

 

 イッシキがニタァと怪しい笑みを浮かべる。

 あの笑顔はマジでえげつないこと考えてる時のやつだわ。

 俺の背筋がピリピリしてるもん。

 

「テールナー、ーーー進化」

「テー、ナァァァァアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 はっ?

 マジで?

 あいつやっぱポケモンの進化のタイミングが読めるようになってたのかよ。

 いやいや、デンリュウの時は「えっ?」て顔してたし………。

 テールナーだからか?

 

「ワンダールーム」

 

 新たにイッシキは部屋を作り出し、フーディンと一緒にテールナーは閉じこもった。

 ワンダールームは防御力の入れ替えだったな。今度はちゃんと覚えてるぞ。

 あの部屋がある限り、フーディンの物理的な防御力は高くなっているのか。だが逆に言えば遠距離からの飛び技は効果的である。

 

「進化、しちゃった………」

「………」

「な、なんだよ」

 

 なんか俺を見上げてくる少女がいるんだけど。

 

「ほんと、ばっかみたい」

 

 それは何に対してなんだ?

 

「ほっ」

 

 コツンと鳴らされた杖を合図にフーディンは黒いエネルギー体を作り始める。

 あれはシャドーボールか。

 ということはあのポケモンのタイプも知っているということか。

 そういえばダークライについても知ってるみたいだったし、意外と世界中のポケモンを知っているのかもしれんな。

 

「打ち返して」

 

 それだけでテールナー………じゃなかった、あれは確かマフォクシー? だったか?

 名前がなんだったか覚えてないけど、進化した姿のテールナー(こっちの方がしっくりくるな)は口から炎を吐いて、それをサイコパワーで壁へと作り変えた。

 そこに撃ち出されたシャドーボールが吸い込まれていく。

 その間、奴は尻尾にさしていた木の棒の炎を眺めていた。

 

「マフォクシー」

「フォック!」

 

 両者の技が相殺されるとマフォクシー(イッシキがそう言ってるし合ってたみたいだ)は一瞬にしてフーディンとの距離を詰めた。現れたのはフーディンの背後。

 

「シャドーボール」

 

 早速コピーしてきたか。

 盗むと宣言しているあたり、フーディンを出してきた時点で目論んでいたことなのだろう。だからこそのニトロチャージであり、当然進化も過程に含まれていたというのが驚きではある。

 だが、ある意味イッシキらしいとも言える。

 こうして見ると校長の動きすら計算されているようで怖いな。

 

「フーディン、フルパワーじゃ!」

 

 危険を察した校長は即座にフーディンをメガシンカさせてきた。

 メガシンカとか一切入っていないが、実際に俺は見たからな。あれを言うということはあの姿のフーディンにする合図である。

 

「メガシンカッッ!?」

「………思い出したわ。確かヒキガヤ君とバトルしていた時に一度………」

「ああ、今にして思えばあの人はすでにメガシンカを操れてたんだわ…………。マジで曲者だな」

 

 進化のエネルギーを利用してマフォクシーのシャドーボールは打ち消されてしまった。

 だが当然、これがイッシキが望んでいた展開なのだろう。

 イッシキは俺と校長のバトルを実際に見ている。全てを見ていなかったとしても最後に使っていたメガシンカだけは見ているはずだ。そして、こっちに来てから俺やハヤマたちのメガシンカを見て、実際にコルニのルカリオともバトルをした。

 そんな出来事の積み重ねで校長、いや実の祖父の本気を直に体験したいと思ったのだろう。メガシンカしたフーディンを操るじじいの手腕をその目で見たくなったんだろうな。じゃなきゃ本人が隠しているのに態々自分が孫であることを公表したりしないだろ。隠してるつもりがあったのかは分からんけど。

 さっきのやりとりを思い出す限りではあまりそんな感じはしなかったような気もする。

 

「フーディン!」

「マフォクシー!」

 

 うっわ、イッシキの奴、もうテレパシーでの命令を取得しちゃってるよ。

 吸収力が半端ねぇな。

 

「二人ともシャドーボール………」

「マフォクシーは進化するとエスパータイプが加わるのよ。だからこれはエスパータイプ同士のバトルというわけね」

「そっか、だからシャドーボールなんだ」

 

 ようやくユイガハマは色々と合点がいったらしい。

 よかった…………そこまで馬鹿じゃなかったみたいだ。

 タイプ相性が分からないとか言われたら、俺間違いなく泣くな。

 

「……………」

 

 ゴクリと。

 次々と唾を飲み込む音が聞こえてくる、

 みんな緊張しすぎでしょ。

 

「どっちが、勝ったの………?」

「まず終わってすらない」

「えっ?」

 

 ユイガハマの疑問に答えてやると巻き上がった煙の中から五本のスプーンが飛び出してきた。次第にスプーンにはエネルギーが蓄えられていき、黒いエネルギー体が出来上がっていく。

 煙の中でも混戦しているのだろう。

 あっちではメラメラと炎が焚きついている。

 ともすれば炎を纏ったフーディンが煙の中から飛ばされてきた。そのままワンダールームの壁に当たり、壁ごと崩れ落ちていく。

 砂煙りは次第に全てが炎へと変化を起こし、中から黒い影が見えてきた。

 あれはマフォクシーだな。どうやら特性もうかが発動したらしい。ただ膝立ちをしているあたり、相当ダメージを負ったようだ。

 それを見た校長はコツンと杖を鳴らした。フーディンは五本のスプーンを操り、黒いエネルギー体を携えたままマフォクシーを取り囲む。

 

「………なんか無言のバトルって」

「ヒリヒリするわね」

 

 それな。

 お互いエスパータイプでテレパシーでの命令を取得していると手の内を読まれないようにこうなるよな。

 

「あっ」

 

 とうとうシャドーボールが撃ち出された。

 だがマフォクシーは体勢を変えない。いや、変えられないのだろう。

 いくらもうかが発動しているからといってキツイものはキツイ。

 

「マフォクシー!?」

 

 ようやく声を荒げたイッシキ。

 やはり先に上げたのは孫の方だったか。

 

「いやはや、我が孫娘といえど侮れんわい」

 

 余裕綽々と居座るフーディンが目を瞑った。

 その背後にはマフォクシーの姿があった。

 おい、いつの間に移動してたんだよ!

 でもこれはあれだな。最後の最後でやられるパターンだな。

 

「シャドーボー…………ッッ!?」

 

 最後の技を言い出す前にマフォクシーは今度こそ技を受けた。

 やはりみらいよちを用意していたか。

 シャドーボールが撃ち出されることなく、マフォクシーは地面に落ちていった。

 

「マフォクシー!?」

 

 さっきのが演技だったと分かるくらいに、こっちはガチな反応である。

 

「ふっ、マフォクシー戦闘不能! よって校長の勝利とする!」

 

 おいこら、騒ぐな、はしゃぐな、抱きつくな!

 耳がイカれるだろうが。

 もうね、みんな今のバトルの緊張が途切れたかのようにキャーキャー言っている。

 ほら、ここにも百合百合しく抱きついている百合ノシタと百合ガハマがいるし。

 

「はぁぁぁああああああ、負けちゃったー」

 

 マフォクシーをボールに戻しながら大きなため息をついた。

 こっちもようやく緊張がほぐれたらしい。

 

「おじいちゃん強すぎるでしょ」

「だがイッシキ、ほんと強くなったな」

「そりゃー、毎日盗み放題ですからねー」

 

 なんかフィールドにいる三人が俺を見てくるんだけど。

 え? 何話してんの?

 うるさくてよく聞こえない。

 

「はぁ………、今日は荒れそうだな」

 

 ああして応対してるけど、内心めっちゃ悔しんでるよなー。

 誰もいないところがあるといいけど………。

 

「…………」

 

 ふと横を見るとまじまじと三人を見つめる少女がいた。

 ま、まずはこっちを済ませるべきかもな。

 取り敢えず、あの人がアプローチしてくるのを待つか。


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