研究所を出た後、俺たちは4番道路に向かった。
途中でユイガハマがブティックに釘付けになったりだとか、コマチがミアレタワーを間近で見たいとか言い出したりだとか、頭にケロマツを乗せた腐った目の人がいるという声が周りから聞こえて泣きそうになったりだとか、そんなことはなかったぞ。
くそっ、あのバカップル。爆発すればいいのに。
「やっとついたね」
「4番道路に、だけどな」
「いよいよ街から出るんだね」
「野生のポケモンとか出てくるから気をつけろよ。特にユイガハマ」
絶対こいつ、バトルする前に自分が逃げそうじゃん。
んで、俺の仕事が増えるわけだ。
考えただけで帰りたい。
「えっ? またこのパターン!?」
「何言ってんだ。いいから行くぞ」
俺がゲートをくぐると二人も俺の後ろをついてきた。
「わあーっ」
「おおー」
4番道路の風景を目にした二人は感嘆の声を上げた。
まあ、確かにミアレは建物が高い都市だったからな。
それを一歩出れば周りは自然豊かな風景に変わったんだ。
空気の違いにも驚くだろう。
「お兄ちゃん! ミアレから出ると全く風景が違うんだね!」
「まあ、それはどこも同じなんだろうな。カントーだってそんなところばっかだし」
「クチバは港町だからミアレほど自然がないわけじゃなかったけどね」
さて、明るいうちに歩けるだけ歩くとしますかね。
「んじゃ、ぼちぼち歩きますか」
「あいあいさー」
なんで役に立たなさそうな兵隊みたいな敬礼してんだよ。
「ところで旅ってなにするの?」
ユイガハマの言葉に思わず足が止まってしまった。
「ただただ歩くだけだな」
多分、彼女が聞きたかったのはこういうことなのだろう。
ポケモンマスターを目指すだとかコンテストマスターを目指すだとか、そういう目標の旅ではなく、単純にただ歩くだけなのかと聞きたいのだ。
現にうへぇ、と声に出して項垂れてるわけだし。
「そうは言うがな。結構歩いてるだけでいろんな発見はあるもんだぞ。野生のポケモンが出てきたりトレーナーとだってバトルすることだってある。特にひこうタイプのポケモンなんかは風に流されて飛んでたりするからな。風情を楽しむのだって旅の醍醐味だと言えるだろうよ」
「バトルかー」
そういやさっきこいつら研究所でバトルしてたとか言ってたな。
その時何かあったのだろうか。
「さっきなんかあったのか?」
「………」
「ああ、悪りぃ。聞かれたくなかったよな」
「ううん、そうじゃないの。多分言ったら、ヒッキーに幻滅されちゃうから」
この様子を見る限り、全敗したんだろうな。
んで、逆に全勝したのはイッシキだろう。
あの計算高い仕草を見る限り、そういうところには秀でた才能がありそうだし。
「別に、んなことで幻滅したりしねーよ。つーか、幻滅するほど俺はお前のことを知らん。だから、印象は上がれど下がることはない」
「ぷっ、なにそれ。励ましてるつもりなの?」
ちょっとは元気でたみたいだな。
「お、お兄ちゃんがっ! 誰かを励ます日が来るなんてっ!? これって絶対何か良くないことの前触れだよ!」
そこまで言われる覚えはないんだが。
つーか、言いすぎじゃね?
「まあ、コマチの暴言は可愛いから許すとして」
「許しちゃうんだっ! しかもシスコンっ?!」
何をそんなに驚く必要がある。
クチバの兄妹は仲がいいって昔から相場は決まってんだ。
「お兄ちゃん、コマチのことどう思ってんの?」
「愛してるぞ、コマチ」
「ありがとうお兄ちゃんっ! コマチはそうでもないけどねー」
あれ、なんだか目から汗が流れてきたぞ。
おかしいな。
「泣くほど悲しいのっ?!」
一々オーバーなリアクションするなー、こいつ。
「まあ、いつものやりとりは置いとくとして。バトルの内容とか聞いても、いいか?」
「まさかの日常生活に組み込まれてたんだ! ………さっきコマチちゃんとイロハちゃんとバトルしたのは知ってるんだよね」
「ああ、あの変態が言ってたからな」
「あたし全敗したんだ。逆に全勝したのはイロハちゃんでコマチちゃんは二勝一敗、博士が一勝二敗」
超どうでもいいが、なんで博士がバトルやってるんだよ。
やっぱり女子と戯れたい変態なんだろうか。
いや、多分きっとそうに違いない。
「言っちゃあなんだが、予想通りだな」
「え?」
「お前とポチエナ……サブローだっけ? を見てるとそんな感じはしたんだ。逆にあのあざといイッシキは仕草のひとつひとつが計算されてできているからな。こういう駆け引きには力を発揮すると思っただけだ」
「サブレだからね! でもそっか、ヒッキーはそういうところからでも見抜いちゃうんだね」
暗にすごいね、と言ってくるがこんなものは別にすごいものではない。
ぼっちであるからして得た、ただの観察眼でしかないのだ。
「多分、お前のことだからどういう風に戦えばいいのか分からないままやって、あたふたしてるうちにやられたんじゃないか? 技の性質、バトルの流れ、相手の手数。ポケモンバトルはあらゆる方向から見た視点観点考察を瞬時に要求されるものだからな。慣れないうちはどうしてもいいバトルにはならない」
「たははー、何もかもお見通しだね。さっき博士にも言われたことだよ」
だろうな。
あいつがそこを指摘しないまま送り出すはずがない。
何せ、実践をしないまま送り出すのは性分じゃないと吐かすような奴だ。
「改善法とかはなんか言ってたか?」
「ううん、何も。そういうのは僕よりハチマン君の方が適任だって言ってた」
全部丸投げかよ。
「ま、それはおいおいバトルしていきながら身につけるしかないな」
「そっかー、すぐにどうこうなるもんじゃないんだね」
こればっかりは慣れるしかないからな。
最初からできる奴っているのは飲み込みが早いか元からそっち方面に秀でているかだし。
「なあ、バトルで思い出したんだが。ユイガハマは俺のスクール時代のことも覚えてるんだよな? さっき言ってたバトルの内容覚えてるか? いまいち、記憶が曖昧なんだよ」
さっきから何かモヤモヤして気持ち悪い。
原因は記憶がはっきりしていないからだろう。
さっきはなんとなく記憶を探る感じで行っただけに過ぎず、どこか釈然としないのだ。
「あの時のことは今でもはっきりと覚えてるよ。というか忘れられないまであるよ。心配して戻ってみれば、ヒッキーってばバトル中にリザードンに新技覚えさせていたんだから」
は?
勝手に覚えたんじゃねーの?
俺が覚えさせたってどういうことだよ。
「それまでも特に何かするわけでもなくリザードンはひたすらオーダイルの技を躱してただけで、逆にオーダイルの方が振り回されてたなー。いきなりえんまく使ったかと思ったらかみなりパンチを伝授するとか言い出してさー」
何かすげー黒歴史を聞かされてる気分なんだけど。
バトル中に新技覚えさせるとか普通はしないだろう。
なのに俺はそんな危険なことを………。
「やりたい放題だったよ。しかも一発で技を完成させるもんだから、あたしもあの二人も声にならないくらい驚いた。加えてあたしにはメガシンカも一瞬だけだけど見えたからね。あのバトルは印象に残りすぎて頭から離れないんだー」
そこはやっぱりリザードンなんだな。
ピンチになればこそ、集中力が高まって技の完成度も密になる。
今も昔も変わらないのか。
「何というかある意味忘れたくても忘れられないくらい濃いバトルみたいだったんだね。お兄ちゃん」
「いや、俺も目を背けたい過去だったんじゃねーかな。現にそんな濃い内容のバトルを曖昧にしか思い出せなかったんだから」
聞かなければよかったのかもしれない。
だが、すっきりしたのも事実なわけで。
「そろそろ過去と向き合えってことなのかね……………」
誰に言うでもなくそんなつぶやきが漏れてしまった。
「なんかお兄ちゃんが言うと血の匂いしかしないんだけど」
お、おう。
それはなんか悪いことしたな。
「ヒッキー目が腐ってるからね。前はそんなに腐ってなかったのに」
え?
ちょっと、今日一番の衝撃的事実なんですけど?
「まあ、確かに昔はもうちょっと穏やかな目をしてたかも」
「目尻をその時に怪我したのが原因なのかなー」
「あ、俺怪我してたんだ」
ナンテコッタ。
まさか怪我で目が腐るようになるとは。
何となく今のこいつらと視線を交わしたくなかった俺はキョロキョロと辺りを見渡した。
見渡してしまった。
「……………………」
なんか見てはいけないようなものを目にした気がする。
アレだよアレ。
ユキノシタとかいうやつが野生のエネコと戯れてたんだよ。
しかもバッチリ目が合うというオプション付きで。
「…………あら、シカンガヤ君。こんなところで会うなんて思ってもみなかったわ」
あくまでなかったことにしたいわけね。
素知らぬ顔でゆっくりと起き上がったユキノシタは、そう俺を一瞥した。
「あれ?! ユキノシタさん?」
ようやくユキノシタに気がついたユイガハマがてててと彼女に近づいていった。
どうでもいいが走る姿が飼い主を追っかけるポケモンみたいであった。
ホント、どうでもいいな。
「どうしてこんなところにいるの?」
「ええ、まあちょっと」
目では俺に絶対に言うなと訴えてきた。
いや、別に言いふらすつもりはねーけどさ。
その鋭利の効いた冷たい眼差しで睨むのやめてくれませんかね。
こころのめからのぜったいれいどを浴びてる感覚なんですけど。
これもはや死んでるな。
「エ~ネ」
と、ユキノシタの足元に先ほどの野生(だと思われる)エネコがすり寄ってきた。
一瞬、彼女の顔がふにゃけたがすぐに凛とした佇まいに切り替わった。
別にそこまで必死に隠さなくてもいいだろうに。
「エ、エネコ………」
エネコを見て一歩後ずさりするユイガハマ。
「ユイさん、エネコ苦手なんですか?」
「や、やー、なんてーの? エネコが苦手っていうよりはネコ系のポケモン全般が苦手っていうの? ほ、ほらっ、結構単独で行動してどっか行っちゃうなんて習性があるじゃん? あ、あたし昔ペルシアンを飼ってたんだけど、ある日いなくなってそれっきりで、さ。そういうのなんか寂しいじゃん? だから、ネコ系のポケモンは苦手なんだ」
人差し指をちょんちょんさせながらユイガハマが答える。
まあ、確かにそういうポケモンもいるわな。自分の死期を悟ったりするとトレーナーのところから姿を隠すなんてこともあるし。特にネコ系のポケモンはトレーナーによく懐く分、その傾向が強いって噂だし。まあ、噂だから本当かどうか知らんけど。うちにもカマクラいるからな。そういう記事も自然と目に入ってしまうから仕方がない。
「あー、確かにそういう話も聞きますよねー。うちにもカーくんいるから他人事じゃないし。まあ、カーくんはそんなことしそうにないですけど」
だよなー。
家にいた時もほとんど寝てるし。ニャオニクスのくせに。
「ま、まあ、そういうわけだからさー」
たははーと笑う。
そんな彼女の姿があまり深くは聞くなと言ってるようだった。
「あ、あれってラルトス? やーん、かわいいー」
え?
今ちょっとシリアスチックな展開だったよね。
急になんでシリアスブレイクしちゃってんの?
その幻想をぶち殺す! 的ななにかなの?
ユイガハマは急にあたりに目を向けたかと思うと野生のラルトスを発見し、追いかけて行った。
だが、逃げられた。
まあ、そりゃそうだよな。
いきなり馴れ馴れしく触れたら普通は警戒するよな。
野生とぼっちはどこか似てるようである。
「あーん、なんでー」
「ユイさん、いきなり飛びかかったらそりゃ逃げますって」
涙目でうなだれるユイガハマに呆れた感想を漏らすコマチ。
「そっかー、そうだよね。…………飛び掛ったら逃げるんだよね。よしっ」
何を思ったのか急に立ち上がった彼女はこう言った。
「ユキノシタさん、あたしとバトルしてください!」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「えっと………。一体何を考えれば私とポケモンバトルに至るのか甚だ疑問なのだけれど」
困惑気味で質問するユキノシタ。
まあ、そうなるわな。
俺だっていきなり何言ってんだこいつって感じだし。
「ヒッキーの戦い方は基本鬼畜だから今のあたしじゃ何もできないし、コマチちゃんとはさっきやったから。もう少しいろんな戦い方を見たいなって思ったんだ」
「そうね、確かに彼の戦い方は鬼畜だものね。いいわ、相手してあげる。だけど、初心者だからって手は抜かないわよ?」
「うんっ!」
とまあ、言いたいことは山ほどあるがこうしてユキノシタとユイガハマのポケモンバトルが取り決められた。
で。
「審判は俺なんだ………」
分からなくもないが、働きたくない。
「あなた以外適任なのはいないでしょう」
「まあ、それは分かるんだが。面倒くせーなーとか思ったり、思わなかったり……………はいすみません俺が悪うございました」
だから人を視線だけで射殺すような鋭利な目で睨むのやめてもらえませんかね。
無駄に心臓がバックンバックンいってるから。
「えーと、使用ポケモンは一体? でいいのか? まあ、どちらかが戦闘不能になったら決着とする」
「ユキノシタさん? 今オーダイルって持ってたりする?」
「ええ、まあ。連れてきてるけど」
「じゃあ、オーダイルでお願い」
パンッと手を合わせてお願いをするユイガハマ。
ハンデ、をお願いしているのだろうか。
けど、ユイガハマの話を聞く限りトレーナーズスクールにいた時にはもう連れていたんだよな。
んで、俺はそいつに怪我させられたわけだ。
させられたというよりは俺が上手く躱しきれなかっただけなんだろうけど。
「私の手持ちの中では一番付き合い長い子なんだけど」
「うん、知ってるよ」
「はあ、まあいいわ。行きなさい、オーダイル」
渋々という感じではあるがユイガハマの案に乗ったみたいだ。
一方で、彼女の方は何を考えているのか未だにわからないんだがな。
「マロン、出番だよ」
「リマッ」
相変わらず、元気なようで。
今からバトルするって分かってるのかどうかも怪しくなってくる。
「タイプ的に言えばそちらが有利になるわけだけど、こっちは経験が違うわよ」
確かに草タイプのハリマロンに水タイプのオーダイルは相性がいいだろう。
だが、これまで積んできたものが違うのだ。
それはあいつとて分かっているだろうに。
「んじゃ、バトル始め」
まあ、あとはお二人で適当にやってください。
「オーダイル、れいとうパンチ」
見てるだけってのは楽でいいよな。
あのオーダイルも元気そう、で………?
あれ……?
なんで俺はあいつを知ってんだ?
いや、確かにあのオーダイルの暴走を止めたんだから知ってて当たり前なんだが、それ以外にも何回かあったことがあるような…………。
「マロン、つるのムチで足止めして!」
ハリマロンの体からつるが生えオーダイルの足に絡みついた。
けど、それでどうにかなるようなやつでもなかったような……。
「後方にジャンプ。それからつるを掴んで主導権を取りなさい」
ほらやっぱり。
逆に手玉に取られて振り回されてんじゃん。
「マロン………。タネマシンガンを無造作に放って!」
おお、振り回される力を利用してタネマシンガンか。
それなら、オーダイルも手を離さずにはいられないな。
あんな乱雑に打ち込まれたら軌道が読めそうもないし。
「でも、こういう戦い方どっかで見たことあんだよなー」
「多分、お兄ちゃんの戦い方に似てるんだと思うよ」
あ、なるほど。
昔の俺ならこんな戦い方だったかもしれんな。
とりあえず視界を奪ったり、隙を作ることに専念してた俺だ。
覚えがあるのにも頷ける。
ただ、なんでユイガハマが俺の戦い方を知ってるんだ?
「ユイさん、きっとずっと前からお兄ちゃんのこと見てきたんだね。さっき戦ってた時とは動き方が違う」
ほーん。
まだまだぎこちないが俺を真似ようとしてるのか。
「マロン、もう一度タネマシンガン!」
「オーダイル、両手でドラゴンクロー。弾き返しながら押し進みなさい」
タネマシンガンはいとも容易くドラゴンクローで弾き飛ばされ、一歩一歩と確実にハリマロンに近づいていった。
ただ、あいつは俺の戦い方を真似ようとしていても肝心なことを理解していない。
それに気付かない限りは時間の問題だろう。
「れいとうパンチ」
今度こそ目の前まで迫られたハリマロンはオーダイルのれいとうパンチを受けて戦闘不能になった。
「……おお、ハリマロン戦闘不能だな」
そういや俺審判なんだっけ。
忘れてたわ。
「たははー、やっぱり強いなーユキノシタさんは。あたしにはバトルの才能なんてないんだよ、きっと。ヒッキーはこんなの簡単にやってのけてたのに。それにユキノシタさんも対応が早いし」
才能か。
確かにバトルセンスは人それぞれだが、初心者トレーナーがそれを口にするのはどうなんだ?
「それは聞き捨てならない言い草ね。バトルの才能がない? 笑わせないでくれるかしら。あなたは私たちを天才と呼びたいのかもしれないけど、その裏に隠された努力を一向に見ようとはしないわ。そんな人がどうしてバトルのウンチクを語れるのかしら? 馬鹿にされてるようで、正直腹正しいわ。そういうのやめてくれるかしら?」
あー、なんか聞いたことあるような内容だな。
結構キツイ言い方だし、心にくるものがあるね。
特にあの目とか。
言葉関係ないな。
というか俺ってあいつの目がトラウマになってないか?
「す、すごい!」
「「はっ?」」
思わず俺まで声が出た。
どうしてあそこまで言われて、その反応ができるのだろうか。
「私、結構キツイこと言ったと思うのだけれど」
困惑気味で問い返すユキノシタ。
「うん、言葉はきつかった。正直胸にグサッと刺さってる。けど、今までそういう本音を言われたことが少なかったから。真っ向から私を否定してくれたのは初めてだったの。だから、すごいと思った」
あれ?
俺結構さっきから本音しか言ってなかったような気がするんだけど。
「ヒキガヤ君もずっと本音で話してると思うのだけれど」
「ヒッキーのはなんか違うの。こう言葉で言い表そうとすると難しいんだけどね。でも今の言葉とはなんか違う」
意味がわからねーんだけど。
結局、どういうことだ?
「あー、ユイさんの言いたいことなんとなくわかりました」
俺が疑問に満ち満ちていると横槍が入った。
「兄の言ってることは本音というよりは事実を突きつけてきたり客観的なものだったり、本音のようであって本音とは言い難いものですからね。それに比べて今の言葉は完全な自己主張の完璧な否定でしたから。主観だけの本音ってのがユイさんには新鮮だったんじゃないですか?」
「う、うんっ。そういうことだよ!」
えっと…………?
要するに俺は感情がないと言いたいのか?
「お兄ちゃんは感情がないというよりは人に感情を伝えることすらしないじゃん」
「え? 俺結構いってると思うんだけど? 働きたくないとか眠たいだとか」
散々言いまくってるまであると思うんですけど。
なんか違うのか?
「お兄ちゃん、本気で喧嘩したのっていつ?」
喧嘩かー。
最後にしたのっていつだっけ?
…………というか喧嘩する相手いなくね。
よくてコマチくらいだし。
コマチとも随分と喧嘩なんて喧嘩はしてないし。
「記憶にないな」
「ほら、そういうことだよ。内から溢れ出る感情をそのまま蓋をせず、御構い無しに相手に自分の感情をぶつけたことなんてないでしょ。だけど、ユキノさんは隠すこともせず怒りをそのままぶつけた。それがユイさんには新鮮だったんだよ」
あーうん、なんかよく分からんけど分かったわ。
要するに本気で怒って欲しかったのね。
って、構ってほしい子供かよっ!
「つまり、こいつはこっぴどく叱って欲しかったと?」
「というよりはガチの喧嘩がしたかったんじゃないかな?」
「多分どっちでもあるみたいでどっちでもないんだと思うけど。あたし昔から空気を読んで人に合わせてばかりだったから喧嘩とか言い争いなんてしたことなくて。一度誰かさんに忠告されたんだけど、そう簡単には変えられなかったし。そのまま大きくなったら余計に波風立てないように相手もしてくるから本音で言い合うことすらなくて。だから、そんなの気にせずはっきりと言うユキノシタさんはすごいと思ったの」
そういやこいつ、そんなことも言ってたっけな。
確かに、大きくなるにつれて段々と言葉を飲み込む場面は多くなってくるものだが……………。
それじゃ、俺はなんでそんなこと考えもしなかったんだ?
「お兄ちゃんはそもそも人の言葉に興味ないじゃない」
コマチはいつの間にエスパータイプになったんだよ。
的確に言葉を投げつけてくるなよ。
驚いて、心臓止まるかと思ったじゃん。
「でもやっぱりあたしにはヒッキーみたいなバトルはできそうにないな」
あ、まだそこには拘ってたのね。
「そもそもお前はなんで技を全部相手に当てようとしてるんだ?」
「え?」
「はっ?」
「…………」
ここにイッシキがいなくてよかったかもしれない。
また、なんか言われそうだし。
というか絶対言ってくるし。
「ちょっとハリマロン借りるぞ」
とりあえず目が覚めたハリマロンを抱きかかえて三人から離れたところに移動した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「それで、ハリマロンを連れてどこか行ったかと思えば、すぐ帰ってきて一体何だったのかしら?」
「回復させてきただけだけど?」
「何か含みのある言い方だった気がしたのに、それだけなの!?」
「そうだが? それよりもう一度バトルしてみろ」
「よく分かんないけど、ゆきのんもう一度お願い」
「仕方ないわね」
まあ、まだ分からなくていい。
実際見たほうがいいからな。
「んじゃバトル始め」
超どうでもいいけど合図の掛け声って何がいいんだ?
スタート? 始め? レリーファイト?
「マロン、タネマシンガン」
「懲りずにまたそれでくるのね。オーダイル、ドラゴンクローで全て叩き落としなさい」
いやー、さっきと似た状況だからかオーダイルのドラゴンクローの精度が上がってきてるな。
まあ、目も慣れてきたんだろうな。
「そのままれいとうパンチ」
一瞬の隙をついて再びハリマロンに迫り来る青の巨体。
でも次は大丈夫だろう。
「マロン、躱して!」
それを合図にハリマロンは蔓を伸ばし、オーダイルの両脚へと絡ませた。
そして、思いっきり自分の方へと引っ張り自分はオーダイルの脇の隙間を見事にすり抜けていった。
対して、オーダイルの方はというと急に変な力がかかったせいでバランスを崩し、滑りこけていた。
「完璧だな」
今のはいい具合にできていたと思う。
「できてる…………」
そして、こういうことをユイガハマはやりたかったのだろう。
「ヒッキー、なんで今度はできてるの?!」
「あなた、ハリマロンに何か入れ知恵したんじゃない?」
「入れ知恵っつーか、とりあえず逃げに徹しろって言ったんだ。間合いも一定間隔は必ず開けるように言った。ただそれだけで今のような動きができたのはハリマロンの実力だ」
さっき俺がしたことなんて、オボンの実を食べさせて、とにかく逃げなさいと言っただけに過ぎない。
「それとオーダイルの体力が段々と削られてるみたいだぞ?」
「「えっ?」」
そんな驚くことでもないだろ。
結構大きく唸ってるんだし。
「どういうこと?」
ユイガハマは何が起こっているのか全く分かっていないようだ。
「はっ?! さっきのタネマシンガンは普通のタネじゃなくてやどりぎのタネ!?」
だが、オーダイルにまとわりついている蔓を見てようやく合点がいったみたいだ。
さすがユキノシタ。
三冠王の名は伊達ではないな。
「だろうな。さっき散々切り落としてたんだし、相当植えつけられてるんじゃねーか?」
「あたしそんな命令出してないけど?」
「これもハリマロンなりの『逃げ』だよ。近づかないためには自分が離れるか相手を離らかすか、相手の動きを止めるか、だからな。やどりぎのタネを植えつけることで、徐々に種が成長し、蔓が伸び始めたら身体中にまとわりつくようになるんだ。しかも相手の体力を奪うという利点も兼ね備えている。それを理解した上でこいつは足止めに使ったんだ」
俺もまさかその発想に行くとは思わなかったけどな。
案外、あのハリマロンは機転が利くのかもしれない。
「これがユイガハマがやりたかった俺の模倣の完成形だ」
「確かに、ヒッキーみたいに攻撃を躱して相手にもダメージを与えることはできてるけど、なんでできてるのかいまいちよく分かんないよ」
未だに理解が追いついていないらしい。
そういえば、と思い隣のコマチを見るとこっちも渋い顔をしていた。
やはり、初心者には分かりづらいことなのだろうか。
「俺の戦い方って基本どんな風にやってるか分かってるのか?」
だから、敢えて聞いておこう。
多分、というか確実に認識が間違ってるんだろうけどな。
「んーとねー。ヒッキーは技を躱しまくって隙をついて大きい一撃を与える感じかな」
なんだろう。
言い方ひとつでこんなにも馬鹿っぽくなるもんなんだな。
「傍から見ていればそう見えるかもしれんが、実際はちょっと違うぞ。相手に先手を打たせて近づいてきたところを、その力を利用して逆に方向に躱す。その時に余裕があれば小技をはさんでおく。そうやって、徐々に相手の体力と精神力を奪ったところで一発かませばこっちの勝ちってなってるだけだ。相手の力を利用するだけならこっちは疲れないし、手札も出来る限り隠すことができる。まさに他力本願な戦法ってわけだ」
ま、今では躱すためにあげた素早さを生かして先手で一発与えて倒すこともあるがな。四年くらい前にはそっちの方がメインになってたまであるし。精神病って恐ろしい。
「「「…………………」」」
あれ?
なんか思ったより反応がよろしくないんですけど。
「なんかヒッキーらしいというか」
「お兄ちゃんをすごいと思ってた私の気持ちを返して欲しい気分だよ」
「しかもそんな戦い方に勝てないなんて………………」
え?
なんでみんなそんな呆れた顔をしてんの?
俺なんかいけないこと言ったか?
「バトルなんて技が当たらなければ負けないんだから、この戦法最強じゃねーか。なんでそんなに馬鹿にされなきゃいけねーんだよ」
「それは…………ね」
歯切れ悪く言葉を濁すユイガハマ。
「あのハヤマさんは真っ向から相手を倒しに行くバトルスタイルで最強を得ているし、ユキノさんも正面突破が基本みたいなのに、お兄ちゃんもそういうスタイルでやってるんだとずっと思ってたから」
一方ですっぱりと吐き捨てる我が妹。
遠慮ねぇな、こいつ。
「逆に俺がそんな真っ向勝負をするような人間に見えるか?」
「全く見えないわね」
ほれ見ろ。
俺がそんな堂々としたやり方で戦ったとしても勝てるとは思えねーよ。
「というわけだ、ユイガハマ。お前には多分この戦法は向いてないと思う。お前は馬鹿正直すぎるからな。バトル中に顔に出てみろ。即やられるのがオチだ。だから、お前はお前のバトルスタイルをこれから考えていけ」
バトルは常に駆け引きがつきものだからな。
顔に出たらアウトな戦法はこいつには合わないだろう。
「むー、分かったよ。ヒッキーがそこまで言うならもう少し考えてみる」
「なあ、そろそろボールに戻してやったらどうなんだ?」
さっきから放って置かれてるけど、割と辛そうだからな。
ボールに戻せばやどりぎのタネの効果もなくなるわけだし。
何気モンスターボールってハイテクだよな。
「ごめんなさい、忘れてたわ。戻りなさい、オーダイル」
こいつ結構ポンコツだったりする?
「そういえば、なんでゆきのんはさっきのヒッキーとのバトルでオーダイルを使わなかったの?」
やどりぎのタネで回復してピンピンしてるハリマロンを抱きかかえながら、ユイガハマが唐突に切り出した。
まあ、確かにこいつの手持ちの中じゃ古参になるポケモンのはずだよなー。
実力も折り紙つきだと思うし。
「……………それは………」
「まだ、気にしてるの?」
「ッ!?」
図星だったのだろう。
俯いていた顔が一気にユイガハマを見据えていた。
けど、何を気にしてるんだ?
あ、やっぱ暴走とか?
「ヒッキーは大丈夫だよ。とっくの昔にオーダイルを許してるから」
ん?
さっぱり話が見えんのだが………。
「オーダイル」
そうユイガハマが呼びかけると勝手出てきやがった。
え?
あなた主人でもなんでもないですよね。
なんで命令できてんの?
「オーダッ」
俺の前に出てきたかと思うといきなりの片膝をついて忠誠のポーズをとった。
なんか見たことあるんですけど、これ。
「暴走した後、オーダイルも気にしてたのか頻繁にヒッキーの前に現れては気遣ってたんだよ。特に目を怪我させたことはオーダイルも悔いてるみたいだった」
あー、そんなこともあったかもな。
けど、スクール時代の話だろ。
あんまし覚えてねーんだけど。
「で、最終的にオーダイルはヒッキーに暴走しないことを誓う形で許しを得たみたい。その証拠があの姿なの」
多分、恨んですらいないのに気にしすぎてるから、とりあえず条件を作ったんじゃないか。
そうすれば気がすむと思って。
今でもこんなだとは思わなかっただろうけど。
「ねぇ、ゆきのんはオーダイルのげきりゅうをあれから使ったことある?」
「………ない、わね…………」
「今もやっぱり怖い?」
「ええ、怖いわ。また暴走したらと思うと…………」
思い出したのか震えが止まらなくなってる。
オーダイルを見ると自分の主人を心配そうに見つめていた。
態勢を変える気はないみたいだが。
「はあ………」
これはきっと俺が撒いた種なのだろう。
記憶の断片に薄いながらもそんなことがあったのは覚えている。
あの時、俺は何を感じて何を思っていたのかはわからない。
だけど、許しを与えるのはオーダイルだけではダメだったということらしい。
ユキノシタ自身にも強い心を持ってもらわなければならなかったみたいだ。
「オーダイル、お前ハイドロカノンは覚えてるか?」
そう聞くとオーダイルは首を左右に振った。
「なら、丁度いいな」
俺はリュックの中から二つのリングを取り出して、その一つをオーダイルの腕につけてやった。
「ユキノシタ。こいつはオーダイルにハイドロカノンを覚えさせるために必要な道具だ。2の島に行った時にキワメの婆さんから幾つかもらってきたものでな。だが、これをつけたからといって覚えられるわけではない。トレーナーとポケモンとの息が合わない限りは発動させることすら難しい究極技だ。ブラストバーンを知っていたお前なら、これがどういうものなのかはわかるだろう。お前らがこれをものにできた時、俺はお前らのしたことを全部許してやる。だから、オーダイルと一緒に特訓してこい」
人間、言いにくいことがあると、中々口を開けないものだ。
だが、それも何か理由をつけてしまえばあっけないものとなる。
今のユキノシタにはこういう形で罪滅ぼしの何かを与えてやったほうがいいのだろう。
「あの、さ」
はい、この話はおしまいと言わんばかりに、ユイガハマが再び話を変えてきた。
「ゆきのんもよかったら一緒に旅しない?」
というか勧誘だった。