ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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45話

 シャラシティを出て、夕方。

 ぼちぼちと歩いていたらヒヨクシティというところに着いた。

 ほんとぼちぼちって感じだ。途中にあった牧場でメェークルに乗ったり(主にイッシキとコマチ)、川辺で体力のないユキノシタを休ませていると泳ぎ出したり(主にカビゴンがバタフライをしてた)、結構なくらいやりたい放題でヒヨクまで来た。

 で、そのヒヨクシティはというと南北で街の様子が分かれているようで北は港町として発展し、南は静かな村と山と海に囲まれた街らしい。

 しかも南の方は山の上にあるらしく、ただいまロープウェイで登頂中。

 

「わぁー、たかーいっ」

 

 身を乗り出して窓の外の景色を眺めるユイガハマ。

 何でもいいけど、窓に押し付けられた胸がすごいことになっている。

 万乳引力、パネェ。

 そして、それを見たユキノシタが自分の胸に手を当てて胸を撫で下ろした。

 大丈夫だよ。遺伝子的にはまだ期待できる。

 

「あ、あっちも綺麗ー」

 

 うおぉっ!?

 おいちょっと待て神様待ってこんな巨大な丘が俺の目の前に押し付けられるとかあっていいのか?!

 

「お、おい、ユイガハマ………」

「あ、ごめんヒッキー」

 

 名残惜しいがどこからか冷たい視線が流れてくるのでここら辺で注意しておかなければ。

 

「ふぅ………」

「あ、悪いトツカ」

「………ハチマンっていい匂いするよね」

「…………………」

 

 ……………………………。

 え? なに、この可愛い生き物。今すぐハグして抱き枕にしたい気分なんだけど。

 というか少し赤らませた頬で涙目の上目遣いとか、これマジでトツカルートを開きそうなんだけど。

 

「お兄ちゃん、トツカさん男の子だからね」

「さすがにそっちに行かれたら私たちの立つ瀬がないんでやめてください」

 

 ぐっ………。

 ああ、そうだとも。

 トツカは男だ。男なんだよ。なんで男なんだよ。神様のバカヤロー!

 

「さいちゃん、今のヒッキーはちょっと危ないから離れてた方がいいよ?」

「ん? ハチマン、危ないの?」

「ぐはっ!?」

 

 これはあれかな。

 昨日の疲れが残ってて幻覚を見てたのかな。

 ああ、きっとそうだ。でなければトツカがあんなこと言うわけがない。

 

「ダメだー、この人」

「これはガチで対策を練らないとダメですね」

「傷心状態で三日も接すれば完全にルート開拓してしまう男だもの。変な性癖くらいあるものよ」

「ちょ、ゆきのん。なんでそう言いながら端っこに寄ってるの!?」

「理解はしていても本能的に危険物とみなしてしまったようだわ」

 

 理性が負けてるのかよ。

 

「ハチマーン、起きてー」

 

 ああ、俺もうこのまま天使の囀りを聞きながらなら死んでもいいかも。

 

「ひゃあ!?」

「うわぁっ!?」

「きゃっ!?」

「ッッ!?」

 

 なんて三途の川を渡ろうとしているとロープウェイが横揺れを起こした。

 俺の顔を覗き込んでいたトツカはそのまま抱きついてきて、ユキノシタがユイガハマの乳圧に押し潰され、イッシキがなぜか俺に抱きついてきた。

 ねぇ、なんで席が横でもないのに俺に抱きついてきたわけ?

 コマチはザイモクザの腹の弾力で押し返されてバランスを取り戻してるし。哀れザイモクザ。一人、壁に激突してやがる。

 

「ん?」

 

 ふと窓の外に目を向けると夕暮れの中に一際明るい部分があった。その中心には火の粉を撒き散らしながら北西の方へ飛んでいく赤いポケモンの後ろ姿が見えた。

 あれは……………まさか、な。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 横揺れ以外は特に何事もなく無事にヒヨクの南へと到着した。

 こっちにはポケモンセンターやらジムがあるらしく、逆にそれ以外は民家くらいしかない静かなところである。いや、ほんとこれマジで。

 マサラよりは田舎じゃないけど。

 あそこは何もないからな。

 

「ついたーっ」

「もう夜になるけどな」

「もう、そういうことばっかり言って。ほら、早くポケモンセンターに行こ」

「へいへい」

 

 ユイガハマいつにも増して元気なのは何故なのだろうか。

 あ、さっきの横揺れでユキノシタを堪能したからとか?

 うわ、なにそれ、超百合百合しいんだけど。

 さっきは目の保養になりました。ありがとうございます。

 

「せーんぱい、さっさと煩悩を消さないと捥いじゃいますよ?」

 

 なんて心の中で百合ガハマに合掌していると、あざとかわいい声が聞こえてきた。声はかわいいのに内容が怖いんだけど。何を捥ぐ気なの?

 

「………怖ぇよ。何を捥ぐんだよ」

「それは先輩のご想像にお任せします☆」

 

 うわー、一番嫌な回答。

 これ何を言っても「はっ? 何言ってんですかキモいです。あとキモい」みたいなこと言われそう。

 

「………想像しないのが一番だな」

「ユキノさん、晩御飯はどうします?」

「そうね、まだ時間的には早いのだけれど。コマチさんは何かしたいことある?」

「コマチはジム戦ができたらそれでいいです」

「ジム戦かー。開いてるかなー」

「それでは、行くだけ行ってみましょうか。開いてなかったらそのままポケモンセンターに向かうということで」

「あいあいさー」

 

 あ、なんかこっちでもうやること決まっちゃたみたいだわ。

 ジム戦か。

 まあ、もうコマチなら勝てるだろ。相手が何タイプを使ってくるのか知らんけど。

 

「ジムってどこにあるの?」

「………そこにあるポケモンセンターを過ぎないとないらしい」

「あ…………」

「先にポケモンセンターの方についちゃいましたね」

 

 ロープウェイを出てすぐにポケモンセンターが見つかってしまった。

 地図によるとジムの方がもっと奥にあるらしい。

 このままポケモンセンターに直行でも俺は構わないんだがな。

 

「ま、どうせやることないんだし、ジムに向かえばいいんじゃねぇの?」

 

 コマチがジム戦にやる気を出してるんだし、見に行くとしますかね。ほんと開いてるといいけど。

 

「お兄ちゃんももちろんジム戦するよねっ?」

「え? やりたくないんですけど」

「大丈夫ですって、先輩。また流れでやる羽目になりますから」

「そうやってフラグを立てるのはやめてくれない? マジでそうなり兼ねんだろ」

 

 おのれイッシキ…………。

 お前がそんなこと言うとマジでその通りになりそうなんだから。

 マジでやめてほしんですけど。

 

「………………」

「そこ右な」

「わ、分かってるわ」

 

 しばらく歩くと丁字路に当たった。

 そこでユキノシタがキョロキョロと首を振るので行き先を伝えると、顔を真っ赤にして右に曲がった。

 ダメだ、こいつ方向音痴だったことを忘れてたわ。

 何でもできるイメージなのに方向音痴とか、一番生活に困らねぇか? 直そうと思えば直せそうな気もするぞ。

 

「あ、あれかなー」

「みたいだな」

 

 辺りに比べて木々に覆われている一角にポケモンジムらしい建物が見えてきた。

 木がいっぱいだな………。草タイプとか?

 

「とりあえず、中に入りましょうか」

 

 ユキノシタに促されて、そのまま建物の中へと入った。

 電気付いてたし、自動でドア開いたし入っても大丈夫だよね。

 

「うわぁーっ」

 

 ユイガハマが第一声にあげた通り、中は植物で生い茂ってきた。

 これはあれだな。

 どこぞの壁みたいなのよりは断然マシだな。

 

「おや? お客さんですかな」

 

 植物たちに見とれていると一人の老人が園芸用の巨大な鋏を持って植物の中から出てきた。

 庭師さんかね。

 こんだけあるとジムの人たちでは世話をするのが困難なのだろう。

 

「はい、ジム戦しに来ました!」

 

 コマチが元気よく答えると老人は何故か両サイドにあるという変な拘りを感じる白い顎鬚をさすり、「ほっほっほ」と笑みを浮かべた。

 

「元気なのはいいですなぁ。ま、せっかく遠くから来なすったみたいですし、少しお茶でもどうですかな?」

 

 あれ?

 この人、何度も休んで行けとかいうお婆ちゃんみたいな人なのん?

 

「………ジムリーダーさんはお出かけとかですか?」

「まあ、そんなところかのぅ。立ち話もなんですし、こちらへ来なさい」

 

 とことこと老人が歩き始めたので俺たちは首を傾げて顔を見合った後、取り敢えず老人についていくことにした。

 待ってればそのうち来るみたいだし、気長に待つのもたまにはいいだろう。

 

「……まさか植物に囲まれてお茶をいただくことになるとは」

「まあ、たまには老人の相手をするのもいいんじゃないか? 昨日までは歳の割に元気なじじいの相手をしてたし、たまにはこういう落ち着いたのも悪くない」

「博士は元気だったよねー」

「お待たせしました」

 

 木でできた椅子に座って待っていると老人がお茶を持ってきてくれた。

 

「はあ………あざっす」

「お茶………」

「苦手、ですかな?」

「い、いえ………」

 

 湯飲みの中身は緑茶だった。

 渋いテイストだな。

 まあ、この環境下では一番合っているとは思うが。

 ここで紅茶だったりしたら、違和感を感じるまである。

 

「………ふぃー」

 

 うん、美味い。

 香りも立っていて喉越しもざらつき感がなく飲みやすい。

 

「あ、意外と美味しいかも………」

「………ありですね」

「………今度、こっちも入れてみようかしら」

 

 各々に感想を抱いたようだ。

 まったりした空気も悪くない。

 

「………それにしても、ここってジム戦用のフィールドですよね?」

「ほっほ、ご明察。ここでジム戦をしています」

 

 トツカが老人に聞くと顎鬚を撫でながら答えた。

 

「植物がいっぱいですけど、これってジムリーダーの趣味だったりするんですか?」

「そうですぞ。植物はいい。機械の発明やらで賑やかになった世界から、一変して疲れた心と身体を癒してくれる」

「ま、便利な世の中にもストレスは溜まっていくからな。たまにはこういうところで一息いれるというのも大事なことだ」

 

 都会というのも脳には疲れることだらけだからな。電子機器の発達とかもその類の物に入る。知らないうちにストレスを溜め込んでしまっている昨今では、意識的にもこうやって自然と戯れることも重要だと思う。

 

「みなさんはどこから来なすったのですかな?」

「カントーのクチバシティです」

「クチバですか。港町というところはこのヒヨクと似た顔を持っているところですな。態々遠いカロスまでよう来なすった」

「まあ、みんな最初はバラバラで来てたんですけどねー」

 

 イッシキ、それは言ったところでどうでもいいことだと思うぞ。

 

「みんなクチバ出身なのにね」

「誰か人を引き寄せる者がいるみたいですね」

「「「「じー………」」」」

 

 なんか一斉に爺さんの戯言に反応してこっちを見てくるんですけど。

 トツカ、笑ってないで助けてくれ。

 

「な、なんだよ」

「ほっほ、確かにこれだけの娘さんたちが集まっているのですから、理由を聞くのは野暮でしたな」

「あっははは………」

「別にこの男がいるからってわけでもないですけど」

「………何がいいのか自分でも分かりませんけどねー」

「コマチは便利なお兄ちゃんが大好きですよ」

 

 コマチ、便利ってどういうことだってばよ。

 便利じゃなくなったら俺は不要なのか? そうなのか? お兄ちゃん死んじゃうよ?

 

「さて、それじゃ、そろそろジム戦といきましょうかな」

「うぇっ!? おじいさんがジムリーダーだったんですか!?」

「……自己紹介がまだでしたね。私はフクジ。ヒヨクジムのジムリーダーです。お嬢さん、目の前にあるものだけに囚われていては、大切なものが見えなくなりますぞ」

 

 でしょうね。

 何となく途中から分かってきてたよ。

 だって、ジムリーダーってどこも癖のある人ばっかなんだもん。こういう庭師っぽくしてても言葉の端々に鋭い物が伝わってくる。

 

「12番道路にある牧場の管理の責任者もしてるんですよ」

「あ、さっき行ったところだっ。それってめぇーくるってポケモンがたくさんいるところですよねっ」

「ええ、そうです」

「お前ら、楽しそうに乗ってたな」

「ジャストサイズで乗り心地いいんですもん」

 

 ほんとこいつら旅を楽しんでやがる。タフだな。

 

「さて、コマチさん、でしたかな。準備はよろしいですか?」

「いつでもオッケーであります!」

「………あの、審判は………?」

 

 フクジさん以外誰もジムの人がいないというね。

 どうすんのよ。

 

「ふむ………、今日はもう帰らせてしまいましたからねぇ。どうしましょうか」

「どうしましょうかって言いながら俺を見てくるのやめてくださいよ。分かりましたよ、俺が審判しますから」

「先輩が働く気になったっ!?」

「コマチのためだ。じゃなきゃやらん」

「やっぱりヒッキーだったっ!?」

 

 ダメだこいつら。

 もう放っておこう。

 

「で、ルールはどうするんですか?」

「ルールは三対三。技の使用は四つまで。交代はコマチさんだけ有りとしましょうか」

「公式に則ったのに近いものか。分かりました」

 

 よっこらせと椅子から立ち上がり、審判のお立ち台へ移動。

 コマチたちも自分たちの定位置へと移動した。

 

「んじゃ、準備は?」

「バッチリですぞ」

「うん、いいよ」

「はいよ、バトル開始」

 

 さて、このバトルどうなることやら。

 

「ワタッコ、出番じゃ」

「ワタッコ………、プテくん!」

 

 くさ・ひこうタイプのワタッコに対して、いわ・ひこうタイプのプテラか。

 相性から見ればプテラの方が有利といえば有利ではあるが。

 

「つばさでうつ!」

 

 先手を取ってプテラが動きだす。

 

「コットンガードじゃ」

 

 だが、膨らんだ綿毛によってプテラの攻撃は吸収され、意味をなさなかった。

 

「効いてない………」

 

 コットンガードは格段に防御が上がるからな。

 物理的なダメージをそれだけ吸収するあの綿毛は厄介ではあるな。

 

「にほんばれ」

 

 にほんばれか。

 室内なのに日差しを感じるわ。

 これが電気なのか分からなくなってくる。

 

「プテくん、ストーンエッジ!」

「躱して、ソーラービーム」

 

 岩を作り出してワタッコに飛ばしていくがひょいひょいと悉く躱され、逆に懐に入り込まれてしまった。そして、間髪入れずに太陽のエネルギーを使った光線を撃ち出してきた。

 咄嗟に躱そうと身を捻ったプテラの翼に攻撃が突き刺さり、撃ち抜かれてしまった。

 そのままプテラは地面へと落ちていく。

 

「プテくん!?」

 

 コマチが呼びかけるとふらふらと立ち上がり、戦意を見せつけてくる。

 だが、コマチは顔をしかめてボールを取り出した。

 

「ごめん、プテくん。少し休んでて」

 

 これ以上見ていられなかったのだろう。

 翼を撃ち抜かれたプテラはコマチの顔を見て、ゆっくりと頷いた。

 

「………どうしようもなく強い」

「年季がありますからな」

 

 確かに強い。

 コルニのように目で見て分かる物理的な力が、というわけではなく、策略が。

 技の効果をしっかりと理解した上での組み合わせ方が上手い。

 

「ゴンくん、お願い」

 

 プテラを交代させて出してきたのはカビゴンか。

 あの巨体がどうバトルの流れを変えてくるのやら………。

 

「ワタッコ、もう一度ソーラービームじゃ」

「ゴンくん、ジャンプ!」

「と、跳んだ…………」

「巨体が跳びましたね…………」

 

 ドンッと地面を勢いよく蹴りつけたかと思うと巨体が跳んだ。

 ワタッコは照準を合わせてようとカビゴンを目で追う。

 ふわっとワタッコがカビゴンの影に隠れてしまった。

 あれ、下から見たらすげぇ怖いんだろうなー。

 現にワタッコが汗かき始めてるし。

 

「躱せ!」

「ほのおのパンチ!」

 

 降ってくる巨体に竦んでしまったワタッコにはフクジさんの声が聞こえていない。

 

「いけぇぇぇええええええっ!」

 

 コマチが久しぶり叫んでいる。

 結構プテラの翼を撃ち抜かれたのが来たらしい。

 コルニとのバトルみたいに燃えているわけではなく、何が何でも勝つという目をしている。悔しさは時に新たな力を引き出してくれるからな。大いに悔しむといい。

 

「ワタッコ!?」

 

 なりふり構わず振り下ろされた炎を纏った拳は容赦なくワタッコに叩きつけられた。

 砂埃まで舞わせながら、カビゴンはふんすと胸を張っている。

 どうやら、手応えはあったらしい。

 

「ワタッコはと…………ダメだこりゃ」

 

 安否を確認しにワタッコに近づいていくと地面にクレーターを作って伸びていた。

 まあ、無理もない。

 このワタッコの特性は恐らくようりょくそ。にほんばれなどの状況下では素早さが上がる特性。加えてくさタイプであるからしてのソーラービームも習得。

 流れや相性は良かったが、最後は生き物としての本能が表に出てしまったようだ。この巨体のジャンプには度肝を抜かれて素早さなど関係なくなってしまったらしい。しかもにほんばれは本来ほのおタイプの技の威力を上げるもの。ほのおのパンチはちと効きすぎたらしい。

 

「ワタッコ戦闘不能」

「よしっ!」

 

 コマチが珍しくガッツポーズをしている。

 

「ほっほ、こりゃ油断できない相手ですな。お疲れさん、ゆっくりお休み」

 

 余り焦っているとは思えない落ち着いた調子でワタッコをボールの中へと戻していく。

 

「プテラを交代した時にはこの程度かと思いましたが、いやはや若さとは恐ろしい。感情の起伏がそのままトレーナーの質に伝わるというのもこれまた一興。さて、お次はウツドン!」

 

 ウツドンか。

 どくタイプでもあるウツドンは粉を撒き散らすのが得意だったりするからな。下手に長引かせると不利になる。

 

「ゴンくん、このまま行くよ! もう一度ほのおのパンチ!」

「くさむすび」

 

 ドドドッ! とカビゴンが走り出すとウツドンは目を瞑ってじっと時を待った。そして、拳が間近に迫ったところで目を開き、カビゴンの足元に草を絡めてバランスを崩した。態勢が前のめりになったカビゴンはそのままゴロンゴロンと転がっていき、それをウツドンが追いかける。動きが早いのはこのウツドンも特性がようりょくそだからだろう。

 

「どくのこな」

 

 木にぶつかったカビゴンの背後から毒の粉を撒き散らし、体力を奪いにかかる。

 

「ジャンプしてのしかかり!」

 

 だが、カビゴンは屁ともせずジャンプして背中からウツドンにダイブした。

 巨体の下敷きになったウツドンは呻き声を上げている。

 

「なるほど。カビゴンの特性はめんえきでしたか。特性を活かしての攻撃。カビゴンのパワーを存分に発揮していますねぇ。どれ、ウツドン、はっぱカッター」

 

 押しつぶされているウツドンがもぞもぞ動き始め、途端にカビゴンの巨体が無数のはっぱによって持ち上げられた。カビゴンはそのままはっぱと一緒に飛ばされていき、木に激突した。

 

「ゴンくん!」

「ウツドン、カビゴンの身体を持ち上げてたたきつけるのじゃ」

 

 上から垂れ下がっている幾つもの蔦をヒコザルみたいにひょいひょいと掴んで移動し、カビゴンの腕を掴んだ。

 重たい身体を蔦を自在に操ることで持ち上げたウツドンはそのままくるっと巨体を回して地面に叩きつけた。

 一体どこからあんな力が出てくるのだろうか。

 くさタイプというのも奥が深いな。

 

「ゴンくん、まだいけるよね!」

「ガァー」

「しねんのずつき!」

 

 むくっと起き上がったカビゴンはエネルギー体を作り出す。

 

「はっぱカッター」

 

 それを頭突きでウツドンにぶつけていく。

 だが、無数の葉の舞によってウツドンの姿がカビゴンの視界から消された。

 

「突っ込んじゃえー」

 

 コマチは構わず突っ込む方を選択。

 巨体に撃ちつけられてくる葉を掻き分けていく。

 

「躱せ!」

 

 フクジさんの声に反応し、ウツドンはすぐさま回避行動に移った。おかげでカビゴンは奥の木へとまたもや激突した。二度も強大な衝撃を受けたためか木がメキメキと唸り出し、終いには折れた。

 やべぇ、カビゴンのパワーって尋常じゃねぇわ。

 

「ふふんっ」

 

 あ、なんかコマチが閃いたっぽい。

 すげぇニヤニヤしてる。

 

「その木、投げちゃえ!」

 

 うっわ、なにそれ鬼畜。

 あ、ちょ、マジで?

 こっちに向けんな!

 

「ほっほ、フィールドも上手く使うとは。やりますねぇ。ウツドン、くさむすびで絡め取るのじゃ」

 

 ブンッと投げ飛ばされた木をウツドンは地面から草を伸ばして絡め取り、安全を確保した。

 

「木にほのおのパンチ!」

 

 ダッと一蹴りしてカビゴンは炎の拳を投げた木に叩きつけた。木はみるみる燃え始め、次第に上から吊るされている蔦にまで飛び火した。

 

「燃えるのぅ」

「や、このままじゃジムごと燃えちゃうでしょ」

「まあ、見てなさい」

 

 ちょっと一大事じゃね? とか思ってると煙が天井に達したのか、水が降ってきた。そりゃもうシャワーのように。

 

「……………スプリンクラーかよ」

「ここは庭園でもありますからね。しっかりと完備させていただいてますよ」

 

 発明がなんだ言ってたけど普通に電気もスプリンクラーまであるのかよ。

 なんだこのじじい。

 

「しねんのずつき!」

 

 燃え盛る火の中を巨体が突き抜けてきた。そして、そのままカビゴンはウツドンにエネルギー体を頭でぶつけた。

 しねんのずつきはエスパータイプの技。

 そしてウツドンはくさ・どくタイプ。

 効果抜群な上に、怯ませることもできたようだ。

 

「ほのおのパンチ!」

「おっと、ウツドン。はっぱカッターじゃ」

 

 日差しもなくなり怯んで鈍くなったウツドンは、それでも無数の葉を飛ばしてくる。さすがジムリーダーのポケモンってところだな。

 だが、カビゴンの技が良くなかったな。

 撃ちつけられる葉を丸ごと拳で燃やしちゃってるもん。

 おかげで全く止まる気配はない。

 

「ウツドン!」

 

 フクジさんが呼びかけるが、炎の拳を諸に食らったウツドンは反応を示さなかった。

 

「ウツドン戦闘不能…………やっぱ、スプリンクラーのせいで素早さ遅くなったんじゃねぇの?」

 

 コマチはそれを読んであえて燃やしたとか?

 うわー、俺の妹ながら鬼畜すぎる。

 下手すれば建物ごと燃えてたぞ。

 

「本当にやりますね。まさかスプリンクラーで日差しを消されてしまうとは。それでは最後のポケモンと行きましょうか」

 

 これで三体目か。

 昨日のユキノシタとのバトルよりは断然早いな。

 逆にあれが長すぎたんだけど。

 

「行け、ゴーゴート」

 

 メェークルの進化系ですか。

 あー、だからメェール牧場とも繋がりが…………。

 メェークルは人と最初に暮らし始めたポケモンなのだとか。牧場の人が言ってた。聞いてないけど勝手に説明してくれた。

 そして、もちろんその進化系でもあるゴーゴートの存在も聞かされた。

 ゴーゴートは角に触れた生き物の感情を読み取ることができるんだとか。なにそれ、やっぱポケモンってすごくね? って思ったりしたよ。

 でも逆のパターンの人もいるんだとよ。

 ほら、あそこに「ゴーゴート、お前も昂ぶってるみたいじゃな」とか言ってゴーゴートの頭を撫でている老人とか。

 

「って、噂の人ってフクジさんかよ」

「どうかしましたか?」

「いや、別に。ただ色々と納得しただけです」

 

 うん、この人がジムリーダーで問題ないわ。

 一見普通の老人だけど、裏ではしっかりやってらっしゃる。

 まさに侮ることなかれって感じだな。

 

「ゴンくん、連戦お疲れ様。ゆっくり休んでて」

 

 コマチもカビゴンを交代させるようだ。

 

「カメくん、出番だよ!」

 

 で、出てきたはカメックスか。

 相性で見ればカメックスの方が不利ではあるが………。

 カマクラはそこまで攻撃的じゃないし、プテラはさっき翼をやられて出られそうにないだろうし、コマチのポケモンからすれば妥当なのかもしれない。まあ、カマクラは壁で殴ったりするから攻撃的っちゃ攻撃的だけど。

 

「カメックス、ですか。タイプの相性はこちらが有利ですが、油断は禁物ですな。ゴーゴート、やどりぎのタネ」

 

 プププと飛ばされてきた種から蔓が生えてくる。

 伸びた蔓はカメックスを絡め取るようにまとわりついていく。

 

「からにこもってこうそくスピン!」

 

 甲羅の中に身体を入れ、高速回転をすることでまとわりついた蔓を引きちぎっていく。

 

「動きを封じるのは難しいようですね。ゴーゴート、つるのムチで弾き飛ばすのじゃ」

 

 シュルシュルと二本のつるを伸ばして自在に操り、高速回転を続けるカメックスの甲羅を叩いた。

 少しの衝撃で移動を始め、ゴーゴートから遠ざかっていく。

 

「カメくん、ゴー!」

 

 その動きを利用してカメックスは地面を踏ん張り、ゴーゴートの方へとジャンプした。

 ドリルライナーみたいだな。

 

「はっぱカッター」

 

 フクジさんがそう言うと無数の葉がゴーゴート包み隠し、突撃するカメックスの視覚を混乱させた。

 

「いないっ!?」

 

 構わず突っ込んだ葉の舞の中にはゴーゴートの姿がなかった。

 

「ウッドホーン!」

 

 気づいた時にはカメックスの頭上に角を立てたゴーゴートが迫っていた。

 さて、どうするコマチ。

 このままでは効果抜群の技を受けてピンチ、あるいはその一撃で戦闘不能に追い込まれる可能性もあるぞ。

 

「………カメくん、ふぶき」

 

 ポツリと呟いた一撃で円を描いて舞い続ける無数の葉ごとゴーゴートを凍りつかせた。

 

「……………」

「………はっ! ゴーゴート!?」

 

 時が止まったかのように感じられた沈黙が一瞬流れたかと思うと、フクジさんがゴーゴートを呼びかけた。

 どちらの目も驚愕の色に染まっている。

 俺だって驚いてるわ。

 ほんとね、段々とね、コマチがポツリと呟く時って鬼畜になると思うわけよ。

 誰の影響なのやら。

 

「………完敗です。私の負けですよ」

「……だよなー。ゴーゴート、戦闘不能」

 

 凍りついて微動だにしないんだもん。氷が溶ける気配もないし。

 

「やー、カメくん、勝っちゃったねー」

「なんで他人事みたいなんだよ…………おい、マジか」

 

 端でゲッコウガとバトルを見ていたテールナーがやってきたかと思うと、ゲッコウガの指示でゴーゴートの氷を溶かし始めた。

 え? ゲッコウガが指示出してる?!

 

「だって、まさかほんとに一発で勝てるとは思ってなかったし、ってなんか手際いいね」

「ほっほっほ、プテラの翼をやった時にはその程度のものかと思いましたが、いやはやあれはただのまぐれだったのでしょうな。ゲッコウガにテールナー、ありがとう」

 

 フクジさんが氷の溶けたゴーゴートをボールに戻してそう言った。

 

「その実力を認めてこのプラントバッジを授けましょう」

「ありがとうございますっ!」

 

 いつの間に持ってきてたんだよ。

 さりげなさすぎて気づかんかったわ。

 

「お兄ちゃん、これで四つ目だよ」

「残り半分だな」

「おめでとうコマチさん。この状況で言うのはなんだけど、プテラの翼の治療を優先した方がいいのではないかしら?」

「はっ?! プテくんの翼!? お兄ちゃんどうしよう!?」

「そうだな、早くポケモンセンターに行った方がいいだろうな」

「ほっほ、早く行ってあげなさい。あー、それとお兄さん。明日もう一度ここへ来てくれませんかな?」

 

 お兄さんとはもしかしてもしかしなくても俺のこと?

 

「………………」

「何先輩黙ってるんですか。バトルのお誘いに決まってるじゃないですか」

「あ、やっぱ俺のことなんだ…………」

「まずそこからだった!? ヒッキーそろそろ会話に慣れようよ!」

 

 無理だな。

 あそこで俺じゃなかった場合、ただの赤っ恥しかかかんだろ。

 そんな羞恥、何が悲しくて自ら受けに行かなきゃいけねぇんだよ。やだよそんなの。

 

「やっぱバトル…………?」

「ええ、見た所相当の実力をお持ちのようですし、一試合いかがですかな?」

「はい、大丈夫です!」

「どんどんバトルしてあげてください。私たちのためにも!」

 

 おいこら年少二人組。

 勝手に決めんな。

 

「「どうせ暇ですから!」」

 

 詰んだ…………。

 

「ふっ、諦めなさい」

 

 うっわ、何このいい笑顔。

 腹立つわー。

 

「………だってゲッコウガ。どうする?」

「コウガ」

 

 あ、やるのね。

 はあ………、やりたくないけどやるしかないか。

 

「決まりですな。それではまた明日」

 

 やっぱりこうなる運命なのね……………。

 


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