ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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42話

「命! 爆! 発! メガシンカ!」

 

 ルカリオの左腕にあるメガストーンとコルニのグローブにはめ込まれたキーストーンが何度目になるのか分からない共鳴を始める。

 白い光に包まれ姿を変えた。

 

「ルカリオ、グロウパンチ!」

 

 波導を撒き散らすとダッと走り出し、カマクラに突っ込んでいく。

 

「カーくん、リフレクター!」

 

 今度はバットにするわけではなく、何枚もの壁を作り出した。

 ルカリオの拳は壁一枚一枚を突き破り、カマクラに向かっていく。

 だが、駆け出した時のスピードは一気に殺され、その間にカマクラはルカリオの背後を取った。

 ね、コマチちゃん? いつの間にできるようになったの? お兄ちゃんにも教えてくれたっていいんじゃない?

 

「サイコキネシス!」

 

 またしてもサイコキネシスで相手の動きを封じた。

 ただ、相手がメガルカリオなのでそう簡単に捕まっているとは思えない。

 

「ルカリオ、波導で破って!」

 

 体内から爆発させるように波導を撒き散らし、念動力から脱出した。

 ほれみろ、やっぱ効かねぇじゃん。

 

「なりきり」

 

 キランとカマクラは目を光らせると何かを読み取った。

 なりきり、か。

 自分の特性を相手の特性と同じにする、だったか………?

 

「……お兄ちゃん、てきおうりょくってどんな特性!?」

「………そのまんまじゃねぇの? 自分と同じタイプの技の威力が高まる」

「ルカリオの場合はかくとうとはがねタイプの技の威力が高まるわ」

「それじゃ、カーくんの場合はエスパータイプか…………」

 

 意外といい技を選んできたのかもしれない。

 相手の特性次第では自分にも有利になるものを読み取ることができたりするからな。まさかコマチが覚えさせるとは思ってなかったけど。

 つか、メガルカリオは特性がてきおうりょくになるんだな。

 

「もう一度サイコキネシス!」

 

 再び念動力でルカリオの身動きを封じ込める。

 

「何度も同じ手できても無駄だよ! 波導で壊して!」

「ルッガっ!」

 

 弾けるように勢いよく波導が撒き散らされる。

 だが、今回は破られることはなかった。

 

「てきおうりょくの力ね」

「みたいだな」

 

 ユキノシタの言う通り、今のカマクラの特性はメガルカリオと同じてきおうりょく。

 単タイプでしかないからエスパーのみ向上になるが、カマクラの場合はそれで充分だ。かくとうタイプでもあるルカリオには普通に効果がある。

 

「揺さぶって!」

 

 叩きつけるとかじゃなく、揺さぶるのか?

 三半規管とかポケモンにあるのか知らんが、揺さぶることでバランス感覚を奪うつもりなのか?

 なんか段々読めなくなってきたぞ。

 

「すー……はー………ルカリオ! ボーンラッシュ!」

 

 まさかの深呼吸をしてからコルニが命令を出した。

 そこまでして俺に一矢報いたいのかよ。

 見せつけてくれるなー。

 揺さぶられながらもルカリオは二本の骨をカマクラに向けて投げた。

 

「カーくん、躱して!」

「今だよ!」

 

 コルニ声とともにルカリオは雄叫びをあげて、念動力をこじ開けた。

 カマクラが骨を躱す瞬間に僅かであるが力が弱まったみたいだな。

 ちゃんとその隙をつけるのは大したもんだ。

 

「最大火力ではどうだん!」

「カーくん、ひかりのかべ!」

 

 なにこれ、マスタータワーが壊れないかヒヤヒヤもんなんだけど。

 君たち、場所分かってやってんの?

 

「うわー、すっごいですねー」

「取りあえず避難の用意だけしとくか」

「そんなに危険なの?!」

 

 や、あれはもう危険物にしか見えないだろ。

 フラグが建ってると言ってもいい。

 

「んー、あ、ヤドキング出てきて。先輩、ゲッコウガを借りますね」

 

 何かを思いついたイッシキがヤドキングをボールから出し、ゲッコウガと一緒に両サイドに並び立たせた。

 

「何するわけ?」

「まあ、タイミングが大事なんでちょーっと静かにしててくださいねー」

「あ、そう」

 

 好きにさせておこう。

 どうせ何を言っても聞かないし。

 

「発射!」

 

 カマクラなんざ余裕で飲み込むほどの大きなはどうだんを作り出し、飛ばしてくる。

 カマクラはひかりのかべで抑えているが、いかんせんデカイので、力負けし始めた。

 

「カーくん、十枚張り!」

 

 そんなに作り出せるのかって感じではあるが、一枚一枚壁を作り始めた。

 

「いっけぇぇええええっ!」

「ヤドキング、ゲッコウガ、まもる!」

 

 だが、それも間に合わなかったようで、波導の爆発とともに壁ごと飲み込まれてしまった。

 

「カーくん!?」

 

 コマチが呼びかけるが煙の中からは反応がない。

 気配すらも感じられない。

 あれ? これヤバくね?

 

「ねえ、あれじゃない?」

 

 ユイガハマに言われて指差す方に目を向けると遥か向こうでの壁に打ち付けられたカマクラの姿があった。

 どうやら爆風で吹き飛ばされたようだな。

 あいつ他のニャオニクスより太ってて重たいはずなんだけどな。

 

「カーくーん」

 

 コマチはカマクラに走り寄っていった。

 コルニたちはガッツポーズをして喜びを露わにしている。

 

「よく育てられておるのう」

「よく食うけどな」

 

 コマチのポケモンたちはみんなよく食う。

 唯一プテラだけは少食だが、それでも普通量である。他のカビゴンとかカビゴンとかカマクラとかが俺たちのエンゲル係数を底上げしまくっているのだ。少しは遠慮しろよ。

 

「すごい音がしたから下りてきてみれば、お前たちだったか」

「先生、いたんですね」

「なんだ? いちゃダメなのか?」

「今日は顔見せてなかったんでもう帰ったのかと」

 

 カマクラが打ち付けられた音が結構タワー内に響いたようで、上にいたらしいヒラツカ先生が下りてきた。

 今日は来てからずっと見てなかったしもうミアレに帰ったのかと思ってたわ。マジで。

 

「そんな悲しいことを言うな。せっかく君達に会えたのだ。君たちがここを発つ時に私も発つつもりだ」

「あ、そうなんすね」

 

 たばこを取り出して火をつける。

 その姿がそこら辺にいる男たちよりもかっこいいのはなんでなんだろうな。

 後十年早く生まれていれば惚れていたかもしれない。

 早く誰かもらってあげて。

 

「ぶー……」

「な、なんだよ……」

 

 俺の横であざというなり声が聞こえてきたので振り向いてみれば、頬を膨らませたイッシキが俺を見上げていた。

 あのマジで上目遣い止めてくれる? 心臓に悪いんだけど。

 

「せっかくみんなのことを私の閃きで守ったというのに褒めてもくれないんですね、先輩は」

「あ、あー、そうだな。うん、助かった。えらかったぞ」

「テキトーだー。もっと心を込めていってくださいよ」

「はあ………、ほら、ありがとさん」

「うへへへっ」

「だからその気持ち悪い笑方やめい」

 

 さっきも頭を撫でろとか言ってきていたので、頭を撫でてみると機嫌が直った。直ったどころか変な笑い声まで上げている。

 え、なに? 頭撫でるとその笑い声が出てくるわけ?

 なにそれ、怖ッ。

 

「じー………」

「……………」

「な、なんだよ」

 

 今度はユキノシタとユイガハマが俺を見てくる。というか冷たい眼差しで凍りつかせてくる。

 こころのめからのぜったいれいど的な気分だわ。

 戦闘不能以外に道はないとかどんな無理ゲー?

 

「最近、イロハちゃんにだけ甘くない?」

「甘いって何がだよ」

「頭撫でるとか今までしなかったじゃん」

「あー、まあそう言われるとそうだな」

 

 確かに普段の俺からじゃ考えられない行動だな。だが、これも仕方ないというものよ。

 

「最近の先輩は私へのボディタッチが増えましたもんねー」

「おい、こら何デタラメを言ってんの? お前がよく触ってくるんだろうが。それで離れて欲しければ言う通りにしてください、しないとこのまま離れませんって訴えてくるのは誰だよ」

 

 こいつのせいで俺が触ってるみたいになってるけど、こいつがそもそも離れてくれないのが悪い。というか引っ付いてくるのが悪い。しかも歳下じゃん? どうにもコマチで鍛え上げられてしまったお兄ちゃんスキルが発動してしまう。発動させなければならない事態になってしまうのだ。

 だから俺は悪くない。イッシキが悪い。

 

「嫌なら突き飛ばせばいいだけの話ですよー?」

「や、それこそ無理だろ。怪我なんてさせて損害賠償とか色々請求されるのは御免だからな」

 

 怪我とか後から何言われるか分からん。論外だ。

 

「………やっぱり甘いじゃん」

「甘党だし」

「むー、だったらあたしも撫でてよ!」

「え、やだよ、小っ恥ずかしい」

 

 なんでこうも面と向かって言えるわけ? しかも人前で。

 イッシキはまだ二人の時にしか言ってこないのでいいものの(よくないけど)、なんでユイガハマはこういうの平気なんだ?

 

「酷い!? イロハちゃんはよくてあたしはダメなんだ?!」

「………女ってどうしてこう難しい生き物なんですかね」

 

 これはあれだな。

 女ってのは面倒な生き物だって言うやつの典型的なやつだな。

 

「私に振るな。………まあ、君みたいな面倒な生き物もいるからな。年頃の女の子が面倒なのは可愛いものだと思うぞ。私とか」

 

 先生に振った俺がバカだった。

 痛いよこの人。

 アラサー独身の女性というのも面倒な生き物だったわ。

 結論、人間は等しく面倒な生き物である。

 

「先生、もうすぐ三十路ーーー」

「何か言ったか?」

「いえ、滅相もございません」

 

 俺の顔の横にマッハパンチが飛んでいた。

 久しぶりであるが、怖いものはいつでも怖いものである。

 

「あなたはもう少し、女心というものを勉強することね」

「それが分かったら苦労しねぇよ」

 

 女心とか一番無理な科目だな。まだ数学の方が楽…………でもないか。感情とかも数値化できるとかいうし。うん、どちらにしろ無理だな。

 

「痛ッて!? な、なんだ?!」

 

 なんて考えてたら何かが俺の顎に直撃した。

 

「ちょっとー、そこのハーレム気取りさん? やるなら外でやってくれませんかー? 見ててイライラするんだけど!」

 

 コロンと床に落ちたのを見ると骨だった。

 そしてこの声。

 ルカリオのボーンラッシュだな。

 

「コルニ……、なんで俺が悪いことになってんの?」

 

 ハーレム気取りとかどこをどう見たらそうなるんだよ。や、男女比で考えれば男二人だけどさ。一人は会話にすら加わってないから実質俺一人みたいなもんだけどさ。

 トツカ? トツカは天使だから性別なんてないんだよ。

 

「はっ、そんなの女誑しのあんたが悪いに決まってんじゃん! なんならここで多数決を取ってもいいけど?」

「数の暴力とかぼっちが勝てるわけねぇだろ」

 

 多数決とか絶対勝てない勝負だろ。ぼっちなめるなよ。

 

「お兄ちゃん!」

「な、なんだよ今度は」

「コマチはお義姉ちゃん候補が増えて嬉しい限りだよ!」

「お義姉ちゃん候補って………」

 

 いつも思うがお義姉ちゃん候補って何なの?

 俺、まだ結婚とか考えてすらいないよ。何ならできるとすら思ってないよ。

 

「いっそ、全員にする?」

「何をわけの分からんことを言ってんだよ。いいから続きやれよ」

 

 どこのリトさんだよ。

 俺はあそこまで真っ直ぐにはできてないぞ。変態にもできてないけど。

 

「ぶー、そういうところがポイント低いって言ってるんだよ。まったくー、これだからごみぃちゃんは」

「あー、もう分かった分かった。ユイガハマがコルニに勝てたら好きなようにしてやる。それでいいだろ」

 

 勝てるとは全く思わないけど。

 だってユイガハマだし。

 

「言ったね?! 好きにしていいって言ったね?! ちゃんと覚えててよ!」

「え? なに、そんなの無理だし、とか言われると思ってたんだけど。何なのその自信」

 

 あれ?

 なんでそんなに自信満々なわけ?

 メガシンカを相手にするんだよ?

 勝てるわけないじゃん。イッシキですら勝てなかったんだし。

 

「さて、再開しましょうか。うちのごみぃちゃんのせいでちょっと止めちゃってごめんなさいです」

「いいよいいよ。そこのバカが全部悪いんだから」

「やっぱり俺が悪いのね……………」」

「カメくん、いくよ!」

 

 誰も聞いちゃくれない現実に嫌気がさすものの、それが現実というもの。できた世界などあるはずない。だから世界なんてものはこんなものだ。

 

「カメール、みずタイプのポケモンか。でもカメックスに進化もしてないのにメガシンカには勝てないと思うよ?」

「それは重々承知してますよ。でも秘策はちゃんとありますんでご心配なく」

 

 あるんだ………。

 今度は何をするつもりなんだ?

 

「ルカリオ、さっさと終わらせるよ! グロウパンチ!」

 

 ダッと駆け出したルカリオは一気にカメールに詰め寄った。

 

「カメくん、からにこもる」

 

 カメールは殻に潜り防御力を高めた。

 ルカリオが振り上げた拳を勢いよく突き落とす。

 

「こうそくスピン!」

 

 ルカリオは高速回転し出したカメールへの攻撃を咄嗟に止めた。

 腕を巻き込まれないためにもあれが賢明な判断だと思う。

 

「ルカリオ、下がって!」

 

 後ろに飛びカメールから距離を取ろうとするが、回転している甲羅は後を追うようにジャンプした。

 

「くっ、「はどうだん!」」

 

 ルカリオが波導を弾丸に変えてカメールに飛ばすが、カメールも同じようにはどうだんを打ち出していた。

 そういえば、あいつも波導技を覚えていたな。

 後はあくのはどうで攻撃技はコンプリートだっけ?

 

「カメールがはどうだん!?」

 

 コルニは知らなかったようで、カメールがはどうだんを使ったことに驚愕している。

 まあ、そんな細かいところまで覚えてないよな。というか覚えるとか言われ出したのも数年前の話だし。

 それまでは事例がなかったため知らなくても何も悪いことではない。

 日々、ポケモンも進化しているというだけの話だ。

 

「あれ? そんなに不思議なことでしたか?」

「あたし、そんなの聞いたことないんだけど」

「すべての地方で習う内容が同じってわけでもないからな」

「ぐう、またバカにしてぇ」

「してねぇよ」

 

 なんでコルニは俺が口を開くとバカにしてると思ってしまうんだろうか。そんなに気にくわないのか?

 

「カメールもはどうだんを使えるのはちょっと厄介だね……………。ルカリオ、はどうだんには気をつけて!」

「ルカッ!」

「グロウパンチ!」

 

 コルニはカメールのはどうだんをルカリオに注意を喚起して攻撃を再開した。

 一瞬でカメールとの距離を縮める。

 

「からにこもるからのこうそくスピン!」

 

 コマチは咄嗟に防御力を上げさせて、反撃の狼煙を上げようとする。

 

「床を狙って!」

 

 だが、コルニが先手を打ってルカリオに地面を叩きつけるように命令し、甲羅に篭って高速回転しているカメールの体を宙に浮かせた。

 あれは、もしかしなくてもテコの原理でも使ってるのだろうか。

 

「カメくん!?」

「もう一度グロウパンチ!」

「躱して!」

 

 宙に浮いた体に拳をもう一度叩き込む。

 今度は正確に当たり、カメールの体は地面に叩きつけられた。

 床がすごいことになってるのが見なかったことにしよう。

 

「カメくん、大丈夫っ!?」

「カメーッ」

 

 コマチがカメールの安否を確認するとフラフラとした足取り起き上がり反応を示す。

 

「まだいけるよね。カメくん、反撃だよ! はどうだん!」

「ルカリオ! こっちもはどうだん!」

 

 二つの波導の弾丸は相殺され爆風を生み出す。

 見ている俺たちの髪まで靡くくらいには力のせめぎ合いがあるらしい。

 

「ボーンラッシュ!」

「カメくん?! 殻にこもって!」

 

 再度殻に篭って骨の猛攻に耐えるが、さっきから防戦一方でコマチが上手く攻撃に移れていない。このままではカメールの体力が先に尽きてしまう。策があるとか言ってはいたが、そもそも攻撃に移れないんじゃ意味がないぞ。

 

「くっ………中々攻められない………」

 

 コマチ自身もそれは承知のようで、苦い顔を浮かべている。

 

「これがメガシンカっ!」

 

 とか思ったけどどうやら俺の勘違いだったらしい。何あの笑顔、超楽しそうなんですけど。ちょっと引くくらいには狂気じみている。

 

「ルカリオ! とどめのグロウパンチ!」

「カメくん、今だよ!」

「カメェェェェエエエエエエエエエエエッッ!!」

 

 ニヤッと笑ったコマチが叫ぶとカメールが雄叫びをあげた。

 ルカリオの拳は普通に入っているし、何なら威力がさっきよりも格段に上がっていてまたしても爆風を生み出している。

 要するに二体の姿がよく見えない。

 

「カメくん、やっちゃえー☆」

 

 コマチがキラッキラした笑顔で反撃に出る。

 すると煙の中から勢いよく水砲撃が飛び出してきて、ルカリオに襲いかかる。

 ハイドロポンプ。

 高水圧の砲撃で攻撃するみずタイプの技。

 しかも今回は二連撃。

 こんな芸当ができるポケモンを俺は一体だけ知っている。

 

「カメックスに進化したか………」

 

 カメックス。

 そのポケモンの背中には二つのポンプが付いていて、連撃で繰り出される水技は躱すのが大変であることで有名。

 そして、コマチのカメールの進化系でもある。

 

「先輩の言う通り進化しちゃいましたね………」

 

 イッシキが目をぱちくりとさせてコマチと煙の中から姿を見せたカメックスを見つめる。

 

「ああ、姉さんを思い出すわ」

 

 ユキノシタは姉のハルノさんのことを思い出したようで頭を抑え始めた。あの人もカメックスを連れてはいたが、何かトラウマでもあるのだろうか。

 

「カメックス…………」

 

 コルニは進化した姿に圧倒されていた。

 初めて見るとか、そういう類の感情ではないのだろう。

 多分、コマチが進化のタイミングまで測っていたことだ。

 策というのが進化であれば、とどめを刺すタイミングで進化をして勢いをゼロにされた時が一番インパクトが大きく、反撃するにはこの上なく絶妙なタイミングである。

 

「さあ、カメくん。今度こそ反撃開始だよ! もう一度ハイドロポンプ!」

「ルカリオ! 躱して!」

 

 起き上がったルカリオは素早い身のこなしで水砲撃の二連撃をやり過ごす。

 

「はどうだん!」

 

 だが、その間にカメックスはエネルギーを蓄え波導の弾丸を撃ち込んできた。

 

「ボーンラッシュで切り裂いて!」

 

 今度は躱すのではなく技を壊す方を選択。

 二本の骨ではどうだんを真っ二つにし、そのままカメックスへと走り出す。

 

「グロウパンチ!」

「掴んで受け止めて!」

 

 次もコマチはからにこもるからのこうそくスピンでくるものだと思ったが、俺の読みすらも外された。

 カメックスはあろうことかメガルカリオの拳を片手で受け止めたのだ。

 下手すれば今ので終わってるぞ。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 捕まえたルカリオの体を自分の方へと引き寄せ、背中の砲台を直に当てた。

 そこから噴射された高水圧の砲撃にルカリオの体はタワーの壁まで一直線で吹き飛んで行った。

 

「ルカリオっ!?」

「ルカリオ戦闘不能………、コルニの負けじゃ」

 

 コルニが呼びかけるもメガシンカが解け、戦闘不能であることを如実に語ってくる。

 

「うっそ……………」

 

 彼女は真っ青な顔になり、言葉も上手く出てこないらしい。

 まあ、それは俺もだな。

 まさかコマチが勝つとは思ってなかったわ。

 なんて言ったらいいのかよく分からん。

 嬉しいようなちょっと怖いような。

 実の妹相手に恐怖を覚えるとかどうかしてるって話だけど。

 

「………勝っちゃった、ね…………」

「勝ち、ましたね………」

「でも何でカメックスが勝てたの?」

「多分、特性のげきりゅうでしょうね。あれだけ攻撃を食らっていたのだもの。発動していないはずがないわ」

 

 げきりゅうには多分この中で一番詳しいであろうユキノシタが横にいるユイガハマの質問に答えた。

 

「それに、コマチちゃんはグロウパンチをちゃんと防御力を高めた上で受けてたからね。ルカリオの攻撃力が上がろうが、カメックスの防御力も一緒に上がってしかも進化して防御力そのものが上がってるだろうから、先に体力が尽きることはない策だったんだよ」

 

 ん?

 ちょっと待てトツカよ。

 

「なあ、トツカ。まさかこれ考えたのトツカか?」

「うん、そうだよ。あ、でも進化のことはコマチちゃんから聞いていたからだよ。すごいよねー、初心者でポケモンの進化のタイミングが分かるなんてそうそうないよ」

「それもそうだけど、お前も十分すごいわ………」

 

 いつの間にこんなトレーナーになってたの?

 前バトルした時ってこんな計算高いバトルじゃなかったはずだぞ。

 まさか俺たちといることでイッシキの悪影響下に置かれていたというのか?

 天使を汚すとは、おのれイッシキ………。

 

「なんか今理不尽な念を感じたんですけど」

「気のせいだろ」

 

 あっぶねー、なんかバレるとこだったわ。

 なんでこういう時は鋭いんだよ。心臓の鼓動がバックンバックン激しくなってるんですけど!

 

「あー……もー……負けた負けた負けたっ! 何なのよ、あんたたち兄妹は!? 片や元チャンプで鬼畜なバトルするし、片や初心者とは思えない駆け引きするし! それにイロハも! 勝ったはいいけど、あんな全てが掌の上で動かされてた感が否めないバトルとか初心者がやる芸当じゃないっつーの!」

「おーい、なんかキャラ崩壊してんぞー」

 

 顔を真っ赤にして、コルニが突然騒ぎ出した。

 なに? お前ゴニョニョ?

 それともドゴーム?

 あ、バクオングか。

 

「うるさいうるさいうるさいっ! 全部あんたが悪いのよ! バーカ、ハチマンのバーカ、おたんこなす!」

 

 どうやら溜まりに溜まっていた鬱憤が爆発したらしい。

 まさか爆発するとここまで幼児化するとは思わなかったが。

 コマチが小さい時よりも漂う幼児臭がすごい。

 

「荒れてるわね………」

「おたんこなすとか久しぶりに聞いたわ。それにおたんこなすって間抜けや頓馬って意味だぞ。行動に抜かりのない俺はおたんこなすではない」

 

 おたんこなすとか誰に言われたっけなー。コマチに言われたような気もするけど、全く覚えてないわ。

 

「言い切った!? なんかすっごいナルシストみたいだよ、ヒッキー」

「大丈夫よ、ユイガハマさん。ナルガヤ君は自意識過剰のナルシストだから」

「おいこら勝手に決めつけんな。俺はただ自分が大好きなだけだ」

「それ否定してないじゃん!?」

「先輩はそれくらいでないと面白くないですって」

「ちょっとあんたたち! 人の話聞きなさいよっ!」

「あ、悪い。で、なんだっけ? 腹減ったのか?」

 

 一気にナルシストの方へと話が飛躍してしまい、コルニが騒いでいることを思わず忘れてしまうところだった。危ない危ない。

 

「お腹は空いたわよ! ってそうじゃなくて、あーもー、このやり場のない感情はどうすればいいのよっ!」

「あ、じゃあ」

 

 ポンっと手を叩いたイッシキが何かを閃いたのか怪しい笑みを浮かべた。

 あ、ヤバイ。何が起きるか知らんが身の危険を感じる。

 

「逃げないでください、せーんぱい! とおっ!」

「ちょ、まっ」

 

 背中をいきなり押され、つんのめりになった体はバランスを保とうとコルニの方へと流れていく。

 あ、これ終わったやつだ。

 

「え、ちょ、ハチマっ、待っ………、ひやぁぁぁあああああああああああああっっ!!」

 

 とうとうバランスを崩した俺の体は寄木を求めてコルニに覆いかぶさった。

 

 

 親父、母ちゃん。

 どうやら今日が俺の命日らしいぞ。骨くらいはコマチが持って帰ってくれると思うから。そんなに長くもない間お世話になりました。それじゃ………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 痛い………。

 ものすごく背中が痛い。

 

「うっ、く、あれ………? 痛くない?」

 

 どこからか聞いたことのある女の子の声が聞こえてくる。

 それに腹の辺りに重さと熱を感じる。

 そしてこの掌に伝わる柔らかさ。

 絶対に目を開けてはいけないような気がする………。

 

「せんぱーい、コルニー、生きてますかー?」

「う、あ、あれ? イロハ………?」

 

 もぞもぞと俺の腹の上で何かが動く。

 

「うえっ?! ハチマン?! なんで?!」

「あー、機嫌直るかなーって思ってやってみたけど、一応効果はあったみたいだね」

「う、あっ……………」

「あ、コルニさん。顔真っ赤ですよー?」

「ううううるさい! あ、ちょ、どこ触ってんのよ!?」

 

 それは俺のセリフだ。

 人の上で動かないでほしい。

 腹に膝が刺さって痛いんだけど。

 あ、でも手の感触はいい感じのゴム製である。はっきり言って気持ちいい。

 

「へんたーい、起きてくださーい」

 

 あれ? せんぱーい、の間違いだよな?

 とうとう俺の耳がおかしくなってしまったんだろうか。

 

「ヒッキー………死んじゃやだよ」

 

 勝手に俺を殺すな、ユイガハマ。

 

「お兄ちゃん、そろそろ起きないと既に起きてることバラしちゃうよ」

「おい、それはもはやバラしてることになるぞ」

 

 顔にかかる影が増え、目を閉じた世界も暗さを増した。

 どうやらみんなが俺のところに寄ってきたらしい。

 取り敢えず、オレの腹の上にいるやつはどいてくれないかね。

 

「あ、こいつ起きてるし!? あんたまさかあたしのお尻を触るがために寝たふりしてたんじゃないでしょうね!」

「あの………取り敢えず、人の上から退いてから言って欲しいな」

「うっ…………だって、離れーーーーーーー」

 

 おい、最後の方聞こえないんだけど。

 何言ったの?

 ちょっと気になっちゃうから勿体振る言い方やめてくれない?

 

「それと、現状で目を開けてもよろしいのでしょうか?」

「「「ッッ!?」」」

 

 ダメだったみたいだな。

 バッと布の擦れる音がしたし。

 見てないから俺は悪くないぞ。ちゃんと見てないから。ちょっと見たい気もしたけど。バレたらどうなるか分からない男女比格差のこのパーティーでそんな危険行為をできるはずがないだろ。

 

「ねえ………そういうこと言うんだったらいい加減あたしのお尻触るのやめてくれる?」

「あ、」

 

 つい触り心地が良くてゴム製の物がスパッツだと分かったらなんか手が止まらなくなってたわ。

 …………死亡確定だな。

 

「お兄ちゃん、スパッツが好きなの? コマチが履いてあげようか?」

「やめろ。それ以上俺を追い込むな。初めての感触に手が離せなくなってただけだ」

「それを変態と言わずとして何というのかしら?」

「ヒッキー、さいてー。言ってくれればあたしが…………」

「ちょ、ユイ先輩今何口走ろうとしました?! ユイ先輩が変態の域に入ったら反則どころの話じゃないですよ!?」

 

 確かに反則だよな。

 言わないけど。

 口が裂けても言えないけど。

 

「あの…………本当に退いてくれない?」

「え? あ、うん………そう、だね……………」

「ちょっとー、コルニさーん? 何ちゃっかりとマーキングしようとしてるんですかー?」

「はっ? ししししてないし! そんなこと全くこれぽっちも考えてないから。てか、そんな考えに行くイロハの頭の方がやばいんじゃないの!?」

「あ、ひどーい。私はただ発情する前に止めてあげようと思っただけなのに」

「そもそも発情とかしてないから!」

 

 なら、マジで退いてくれよ。

 地味に腰をくねらせてくるから生々しんだよ。

 あと、そのせいで腰が痛いんだけど。

 ゴリゴリ擦ってるからね。

 

「ああああんたも! 変な勘違い起こさないでよ!」

「なら早くどけ」

「はい……………」

 

 こうして、今日の午前の部は終わった。

 もう昼過ぎてるけど。

 腹減ったな…………………。

 


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