ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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40話

 あれから午後はコルニがジムの方に行く予定だったので、解散して俺だけのんびりと過ごした。なんかみんなバトルに嵌りだしたのか、ユキノシタ対ヒラツカ先生、コマチ対トツカ、イッシキ対ユイガハマでバトルしていた。いつの間に先生は戻ってきたんだろうな。

 で、夕食の時にはその話題で持ちきりで、俺は会話に加われなかった。ま、いいんだけどね。

 そして翌日。

 再びマスタータワーに来ている。今日はまずイッシキがコルニとバトルをするため、その見学である。俺まで来る必要あるのかと思うが、頼んでもないのに迎えに来たコルニにより捕獲され、強制送還となったのだから仕方ない。それに言い出したのは俺だし、最後まで見届けないといけないか。

 

「さて、それじゃ始めようか」

「お手柔らかに~」

 

 あざとい笑みを朝から浮かべるイッシキに素直に感心するな。あいつ疲れないのかね。

 

「イロハが初心者だからって手加減はしないよ」

「手加減とか考えられるなんて結構余裕だね。さすがジムリーダー様」

「あんたも言うね。だったらお望み通り叩き潰してあげるよ! ルカリオ!」

 

 ボールを取り出し、ルカリオを召喚。

 昨日の疲れはないようで何よりだな。

 

「ルカリオか………。うん、分かってる。相性から見てもメガシンカに抵抗できそうなのは他にいないし。いくよ、ヤドキング!」

 

 ………最近、というかヤドキングが来てからイッシキの独り言が増えたような気がする。まあ、どうせテレパシーで会話してるんだろうけど。知らなければ変な奴にしか見えないのが悲しいよな。

 

「ルールを確認するぞ。使用ポケモンは一体。どちらかのポケモンが戦闘不能になればバトル終了とする」

 

 今日はいきなりではなくしっかりとルール確認するんだな。やはり博士も初心者が相手をするとなるとしっかり審判役をやるのだろうか。

 

「バトル開始!」

 

 ルカリオ対ヤドキング。

 タイプの相性から見ればヤドキングの方が上。かくとうタイプの技もはがねタイプの技もみず・エスパータイプのヤドキングには効果は少ない。ただし物理的な衝撃は食らうので派生ダメージには注意しないとな。しっかり躱すんだぞー。

 

「ルカリオ、挨拶代わりにまずはグロウパンチ!」

 

 ただしタイプの相性を苦にしない技を持っているのも事実。グロウパンチを何度も使われてしまえば、その分ルカリオの攻撃力が高まってしまい、タイプの相性なんか関係なくなってきたりする。その辺も考慮してバトルしなければ逆転されるのは間違いない。果たしてイッシキはそのことに気づいているのか………。

 ま、そこまで俺が言ってやるのも過保護というものだ。だから言わない。

 

「ヤドキング、うずしお!」

 

 ヤドキングはイッシキの命により渦巻いた水を作り出していく。

 だが、この間にルカリオは距離を背後からゼロへと詰めてしまった。やはりルカリオとヤドキングとでは素早さが違いすぎるか。

 

「上に投げて!」

 

 拳を受けながら渦巻いた水を上空へと切り離した。

 

「まずは一発! ルカリオ、上の渦潮を消すよ! はどうだん!」

 

 コルニは早速、イッシキがどのような意図を持って作り出したのか俺でも分からないうずしおをはどうだんで掻き消していく。

 

「メガシンカしないの?」

「させるだけの実力を見せてもらわないと」

「ふーん」

 

 一応聞きましたよ、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。何を考えているんだ、あいつは。見てるだけでもなんか怖いんですけど。

 

「さーて、これでうずしおはなくなったよ! 何をしようとしてたのか分からないけど、こんな程度じゃメガシンカするまでもないね!」

 

 あーあー、あの子気づいてないパターンだよ。少なくとも今煽るべきじゃないだろ。というかイッシキを煽っちゃダメだろ。

 

「ルカリオ、もう一度グロウパンチ!」

 

 再度グロウパンチで仕掛けていく。

 突き進んでいく足はやはり早い。ヤドキングの行動が止まって見えるとまでは言い過ぎだが速さは歴然。

 

「何をしようとしてるかなんてコルニに分かるわけないよ」

 

 まあ、俺でも分からんしな。コルニに分かるわがない。

 

「はっ?」

「そもそもうずしおには何の意図もないんだから。単なる時間稼ぎ。考えるという無駄な行為を与えただけ」

 

 いや、それを意図というんではないでしょうか?

 まあ、でもなんか読めたわ。

 ルカリオが地面を蹴り上げ、拳を振り上げる。

 

「トリックルーム」

 

 出たよ、トリックルーム。

 これで鬼畜なイッシキのターンが始まっちまったよ。

 ヤドキングを中心に半径五メートルほどの立方体の空間が作り出された。部屋の中に囚われたルカリオが止まって見える。

 

「うずしお」

 

 再び渦巻いた水を作り出し、ルカリオを捕縛。飲み込まれたルカリオは渦の中で身動きを取れなくなっている。

 

「ルカリオ!? 波導の力で弾き飛ばして!」

「でんじほう」

 

 コルニの命令にルカリオが反応する前にヤドキングがでんじほうを飛ばした。

 狙うは渦の中であくせくしているルカリオ。

 

「ルガッ?!」

 

 水を伝って流れてくる電気に痺れたのか、呻き声をあげた。

 

「なっ!?」

 

 強力な電力によりうずしおの水が分解され、霧散していく。

 それを見たコルニは驚愕を露わにしていた。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 一体どこまで入れ知恵をもらってきたのか、ヤドキングは多様な技を覚えているみたいだ。あの校長は一体何を考えてるんだよ。

 

「ルカリオ!?」

 

 ドンッと爆発が起きる。

 あれは俺とユキノシタがフレア団と交戦した時に、オーダイルとユキメノコとリザードンでやった化学変化を応用した連携技だ。

 ルカリオの体は爆風で部屋の壁に激突し崩折れる。

 

「………水の電気分解でできた水素に火がつけばたちまち爆発。いかにも先輩が好きそうな技ですよねー」

 

 なんかしっかりと理解してるんですけど。あのイッシキが、あのイッシキが、だぞ。

 どんだけ曲者なんだよ。怖いよ。超怖い。あと怖い。

 ん? 水素? 酸素ができるんじゃないのん?

 後輩よりも化学ができないどうも俺です。

 

「いやいや、お前の場合うずしおで身動き封じて、何とか相手が立て直そうとしたタイミングででんじほうで確実に麻痺させて、直後に着火とかどんだけ鬼畜なんだよ。精神的ダメージまで与えるとか鬼だわ」

 

 口にしてみて改めて思うが、技の選択がもうえげつない。単に水が欲しいならみずでっぽうでいいだろうに。最初から身動き封じちゃうとかそれなんて無理ゲー?

 もはや初心者の域超えちゃってるよ。

 

「………イロハ、あんた本当に初心者?」

「もう、やだなー。旅するのはこれが初めてだし、コマチちゃんとユイ先輩と同じタイミングでポケモンもらってるんだから初心者に決まってるじゃん」

 

 うわー、何この不敵な笑み。俺の横でユキノシタが頭抱えだしたぞ。その背中にはユイガハマが隠れてるし。トツカとコマチは相変わらずニコニコしていて癒される。マジ天使。けど一番分かりやすいのはげんなりしているヒラツカ先生だな。あまり人のバトルに口を出してこない先生ですら引いちゃうレベルらしいぞ。

 

「ルカリオ、まだいけるよね?」

「ルカっ!」

「ハチマンの時もそうだったけど、相手がどんな見た目でもそれで実力測っちゃダメみたいだね。こっから全力でいくよ。命! 爆! 発! メガシンカ!」

 

 とうとう本気を出し始めたコルニ。

 フラフラと立ち上がったルカリオの左腕のメガストーンとコルニのグローブにはめ込まれたキーストーンが共鳴を起こす。

 ルカリオは姿を変え、急増した波導でトリックルームを壊した。

 ナンテコッタ、パンナコッタ。

 溢れる波導で部屋が壊れるとかマジかよ。なんかメガシンカの恐ろしさをようやく実感したわ。

 こりゃ、イッシキたちがメガシンカを相手にどこまでやれるかが見物だな。

 

「わぁー、溢れる波導でトリックルームが壊れちゃった…………」

 

 さすがのイッシキもこれには驚いたようだ。というかみんな驚いてたわ。

 まあ、波導の凄さってのが見て取れたからな。マジパネェわ。

 

「ルカリオ、グロウパンチ!」

 

 ダッと勢いよく地面を蹴り出し、ヤドキングに飛びかかる。さっきよりも格段に動きが早い。すでにヤドキングに一発入れている。

 吹き飛ばされながらもヤドキングはイッシキとアイコンタクトを取ると何も言わずに頷いた。

 

「えっ?」

 

 それと同じタイミングでルカリオの動きが止まった。正確にはほんのすこし動いてはいるが、こっからだと止まっているようにしか見えないのだ。

 ヤドキングは好機と見て、重たい身体を起こして電気玉を溜め込んでいく。

 

「ルカリオ!? しっかりして! ………くっ、またトリックルームなの………? こうなったら、波導でトリックルームを壊して!!」

 

 身動きが遅くなっていることに気がついたコルニはルカリオに溢れ出る波導で先程と同じように部屋を壊すように命じた。

 特に身体を動かすわけではないので、すぐに効果が出始める。パリンとガラス音が鳴り部屋が壊れた。

 だが、ルカリオの動きは元には戻らなかった。

 

「どういう…………こと……………?」

 

 麻痺で痺れている様子はない。なのに、ルカリオの動きは元には戻っていない。

 

「ヒキガヤくん、説明」

 

 おい、ユキノシタ。なんで当然のように俺に説明を要求してくるんだよ。俺だって分かんねぇよ。

 

「…………考えられるのはトリックルームの重ねがけか。けど、そんなことできるのか?」

「知らないわよ。使ったことないもの」

「だよな」

 

 だけど、考えられるのはそれしかない。

 マトリョーシカみたいに何重にもトリックルームを重ねがけして、一部屋壊したところでトリックルームの効果は保たれる。理屈的には問題ない。だが、そんなことが本当に成し得るのだろうか。重ねがけ自体ができるのかも分からないし、仮に出来たとしてもポケモンの負担はかなりのものだろう。

 

「中二先輩風に言えばこうでしたっけ」

 

 ようやく口を開いたかと思うと何故かザイモクザが出てきた。

 ん?

 

「ーーーレールガン!」

 

 えー、何あのあざとい笑顔。

 これ、どこまで計算されてるわけ?

 超怖いんだけど。

 というかなんであいつの真似してんの? そして、なんでポーズまで綺麗に出来てんの? なんかヤドキングがやると絵面が悪いんだけど。ミコッちゃん呼んでこい!

 

「全力ではどうだん!」

 

 ヤドキングが溜め込んだ電気玉を一殴りし、ルカリオへと飛ばす。身動きの取れないルカリオは溢れ出る波導を操り、いくつもの弾にしていき電気玉次々と当てていく。

 だが、勢いは殺されずルカリオへと衝突。ドカンという音とともに煙が巻き上がり、ルカリオの姿が隠れた。衝撃でパリン、パリンとトリックルームが壊れるガラス音が複数聞こえてきた。

 どうやら俺の読みは当たってたらしい。だとすると、あのヤドキングは相当の実力を兼ね備えているということになる。それを扱いきれるイッシキはもう初心者と言ってはいけないんじゃないか?

 

「ッ!?」

 

 煙の中をサササっと駆け抜ける音が微かに聞こえた。

 

「ボーンラッシュ!」

 

 コルニが叫んだかと思うとルカリオが煙の中から出てきて、ヤドキングに向けて二本の骨を振り降ろす。

 

「ヤドキング!」

 

 咄嗟に合図を送るとヤドキングはかえんほうしゃをルカリオに放った。

 

「翻って!」

 

 だが、前回のバトルを思い出したのか身を捻ってかえんほうしゃをやり過ごす。

 

「いっけぇぇえええええっっ!!!」

 

 そして、おおよそジムリーダーとは思えない雄叫びを上げた。

 

「ルッ!?」

 

 しかし、その声とは裏腹に天は味方をしてくれないらしく、ルカリオの身体に電気が走った。こんなところで麻痺の効果が出てくるとは。

 ただ痺れて勢いが殺され落下運動を始めたことで、再度放ってきたヤドキングのかえんほうしゃがまたもや外れた。

 

「麻痺っ!? くっ、ルカリオ! 諦めちゃダメッ! 投げて!」

 

 痺れる身体を無理やり動かし、最後の力で二本の骨を投げつける。骨は炎を掻い潜りヤドキングを打ち付ける。顔面にアッパーをくらい、重たい身体は宙を舞う。

 

「はどうだん!!」

 

 真上から練り込まれた波導の塊がヤドキングに襲い掛かった。

 

「ヤドキング!?」

 

 イッシキが呼びかけるも地面に叩きつけられたヤドキングはピクリともしない。

 

「ヤドキング戦闘不能。よって勝者、コルニ」

 

 博士の審判が下り、バトルが終了する。ルカリオの姿も元に戻り、疲れたのかそのまま地面に座り込んんだ。

 中々に濃いバトルだったと思う。

 

「ねえ、ヒッキー。なんであんまり攻撃を受けてないヤドキングの方が負けちゃったの?」

「あん? そんなの決まってるだろ。グロウパンチだ」

「グロウパンチ…………あ、そうか! あれで攻撃力が上がってたんだ!」

「そういうこと。しかも一回じゃないからな。だからこそ最後のボーンラッシュが効いたんだ。あれでごっそりダメージを受けて、はどうだんでとどめ。メガシンカしてるからこその力技だな」

 

 あれでメガシンカしてなかったら確実にイッシキが勝っていただろう。たらればの話なんかはしても意味はないが、それくらいにはイッシキがすごいバトルをしていたという証拠にもなる。

 何があいつをあそこまで急激に成長させてるんだ?

 

「……………イロハちゃんは吸収が早いよね」

「怖いくらいね。いつ負かされるか考えたくもないわ」

 

 タタタっとイッシキはヤドキングの方へと駆け寄っていくと声をかけた。

 

「いやー、負けちゃったね、ヤドキング」

『無茶するなー』

「でもできたでしょ」

『中々にハードなご主人様だ』

 

 ようやく目を覚ましたヤドキングがオフマイクにすることなく、テレパシーを流してくる。

 イッシキさん?

 あなたまさか今の実験的にやってたわけ?

 

「イロハ、もう一度聞くけどあんた本当に初心者なわけ?」

「そうだよー、ポケモンバトルもスクールの卒業試験以外にしたことのなかった初心者だよー」

「…………バトルの展開、技の連携、無茶な発想。どれを取っても初心者とは思えないんだけど」

 

 それには俺も同意見だな。だけど、イッシキは初心者トレーナーだ。だったの方がしっくりくるけど。

 

「そこはほら、元チャンピオンの二人のバトルを見てるし」

「それにしても初心者でヤドキングを使いこなすとか」

「このヤドキングは特別だよ。私がスクールの卒業試験で使ったポケモンだから。一番馴染み深いポケモンなの」

「…………? それって最初のポケモンがヤドキングってこと?」

「違うよ、このヤドキングはトレーナーズスクールの校長先生のポケモン。トレーナーとして最初にもらったポケモンはもう進化したけどフォッコだよ」

「校長のポケモンって………、そりゃ強いはずだよ……………」

 

 ようやく納得いったのかコルニはがっくりを肩を落とした。

 

「わはははっ! 結構結構、実に結構。さすがハチマンの後輩じゃ」

「いや、俺の後輩かどうかは関係ないでしょ」

 

 いきなり高笑いをする博士の言葉につい突っ込んでしまった。

 

「いんや、お前さんの影響じゃよ。小賢しい技の応酬はまさにお前さん譲りじゃ」

「ひでぇ言われよう」

 

 どっちかっつーとあの校長みたいな気もするけどな。ゲンガーで大爆発起こしてたしな。だとするとイッシキの爆発もあそこから来た可能性もあるのか。

 その時を見てたのかは知らないけど。

 

「それと博士が言ってることは案外間違っていませんよ。先輩のバトルは見たやつ全てを覚えてますから」

 

 は……………? マジで?

 ユキノシタといいユイガハマといいイッシキといい、なんでみんなして俺のバトルを覚えてるわけ?

 記憶力よすぎじゃね?

 

「わはははっ! まさかあの一匹狼がこうも輪の中心になるとは」

「笑えねぇよ」

「そうか? 周りが大人になったという証拠じゃろ。これでお前さんも少しは気持ちが軽くなればの」

「軽くっつか大所帯になりすぎて動きにくい」

「それだけお前さんのことを知りたい者がいるということじゃ。よかったのう」

「…………」

 

 果たしてそれがいいことなのかは俺には分からない。

 結局のところ、俺といることで事件に巻き込まれる可能性だって飛躍しているのだ。実際に巻き込んでるんだし、こちらとしては心が落ち着かないのが本音である。

 

「あ、そうだ先輩。コルニとバトルしたんで、早速昨日の約束果たしてもらいますよ」

 

  チッ、覚えてやがったか。忘れていればいいものを。

 とりあえず、これでコルニとイッシキのバトルは終わった。次は誰とやるのやら。どうせ俺は見れないだろうけど。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 マスタータワーにある回復マシンでルカリオとヤドキングを回復させるとトツカとコルニのバトルを見ることなくイッシキに連れ出された。

 そして、ボールに極力入りたがらないゲッコウガの隣には当然のようにテールナーがいる。

 まるでーーー

 

「ダブルデートみたいですね」

「ぶっ!?」

 

 言うなよ。

 口にするなよ。

 恥ずかしいだろ。

 

「あ、図星みたいですね。んもー、それならそうと早く言ってくれればいいのに。テールナーみたいに抱きついた方がいいですか?」

 

 ニヤニヤとした嫌な笑みでケラケラ笑っている。

 

「いらねぇよ。それより何捕まえるのか決めたのかよ」

「12番道路についてからのお楽しみですよー。いるか分かりませんけど」

 

 あざとさも忘れていないようで。

 いつも通りのイッシキで何よりだわ。

 バトルし出すとあざとさとかなくなるみたいだけど。

 

「…………ボール持ってるのか?」

「そんな初歩的なミスはしませんよ。先輩、私のことバカにしすぎです」

「やり兼ねないのがお前だろ。そして俺に泣きついてボールをただで貰っちゃうまでが手に取るように分かる」

「はっ!? そんな手があったなんて気がつきませんでした」

 

 そう言ってイッシキが俺の顔をチラッと見てきたかと思うと、

 

「………わーん、せんぱーい。モンスターボール持ってくるの忘れちゃいました〜」

「おい、今の流れでどうしてそうなる」

 

 涙目になって上目遣いで俺を見てきた。

 すげぇな、おい。涙目とかよく咄嗟にできるな。

 驚きを通り越してむしろ感心するまである。

 

「んもぅ、そこはノリよく頭くらい撫でてくれないとプンプンです」

「あざといから。すげぇあざといから」

「あざとくないですよぅ」

「その声自体があざといんだよ。そうだな、棒読みじゃなかったことだけは褒めてやろう」

「なんで上から目線なんですか。いいですよーだ。こうなったら後で夜這いしてあげます」

「何危ない単語使ってんの? お前、そんなキャラだっけ? というか夜這いの意味分かってんの?」

「冗談じゃないですかー。あ、それとも本気にしちゃいました。顔赤いですよ?」

「うっせ、お前の口車には乗るか。つーか、そういうお前こそ声とは裏腹に顔真っ赤だぞ」

「そ、そそそそんなわけないじゃないですか!? な、何言ってくれちゃってんですか!!」

「いやいや、その動揺の仕方はおかしいだろ。責めるのは好きでも責められると弱いとかただのバカだろ。なら煽るなって話だわ。お前も素直になれよ」

 

 なんかちょっとしたところが抜けているイッシキを見て、俺の方が冷静になってきた。

 こいつの将来、大丈夫かね。下手に煽って襲われたりとか普通にありそうで怖いんだけど。巻き込まれる予感しかしない。

 

「かかか勘違いしないでよね! あんたなんか全然好きじゃないんだからね!」

「誰だよ、お前。なんでツンデレを装ってんだよ。似合わねぇよ」

 

 だから上目遣いで俺を見るのやめてくれない?

 心臓に悪いんだけど。

 

「酷いです先輩。ただ先輩のリクエストに応えようとしただけなのに、そんな言い方ないです」

「お前はもっと計算に計算しつくしたやり方だろうが」

「さあ、行きますよ、お兄ちゃん!」

「よし、この話題はもうやめよう。知らないうちに俺の首が締められていく」

 

 お兄ちゃんとか、妹は一人で充分だわ。

 こんなあざとい妹はいても嬉しくないな。

 

「ええー、いいじゃないですかー。先輩をからかうのは楽しいですよ?」

「俺が楽しくねぇよ。なんで後輩にここまでされなきゃいかんのだ」

「それは最初に先輩が頭を撫でてくれなかったからですよー」

「そんなに撫でて欲しいのかよ。あーもう、ほら」

 

 なにゆえそこまでして撫でて欲しいのかは理解できんが、このまま撫でないでおくと永遠と続きそうなので仕方なくお兄ちゃんスキルを発動させる。

 

「うへへへへっ」

「気持ち悪い笑い方するなっ」

 

 やめておけばよかったかもしれない。

 なんでこんなだらしない顔になってんだよ。

 

「いやー、なんかこそばゆくて。あ、でもちゃんと撫でてくれたところはポイント高いですよ」

「イッシキのポイントを貯めても嬉しくないわ。コマチのだって溜まって何があるのか知らんのに」

「知りたいですか?」

「やめておく」

「もう、素直じゃないですねー。あ、なんだかんだで着いちゃいましたよ」

「お前、口を動かすのに足を止めないのはすごいよな」

 

 もう12番道路についたのか。

 それにしてもこいつといると顎が痛くなるな。

 それだけ俺も口を開いてるという証拠なのだろう。話し上手…………とは到底思えないが話題が尽きないのは確かである。

 

「目的地へ向かうための暇つぶしなのに、歩かなかったら意味ないじゃないですか」

「や、だってほら、女子って結構喋ってばっかで目的忘れてたりするじゃん」

「すごい偏見ですね。そういう人いますけど」

「ま、今んとこ面子的に合理主義者が多いからな。本末転倒になるようなことは誰もしないだろうな」

 

 イッシキを初め、ユキノシタにコマチと結構目的達成を優先させる奴が多いな。寄り道してもそれすらも過程に組み込まれていくし。応用が利く奴らばっかということなのかもしれない。

 

「あ、…………どうしましょうか」

 

 そんなイッシキが急に足を止めた。

 何かあったのかと思って見てみると、広い川があった。

 ジャンプで飛び越えられる距離ではない。ポケモンに連れて行ってもらうか橋を探すしかないだろう。

 

「はあ…………ゲッコウガ、テールナーを頼んだぞ」

「コウガ………」

 

 半分諦め顔のゲッコウガに抱きつくテールナーを任せ、俺はボールからリザードンを出した。ぴょーんと高くジャンプをして先にゲッコウガたちは向こう岸へと渡って行く。

 

「ほら、お前はこっち乗れ」

「ほんとに最近の先輩どうしたんですか…………?」

「なんだよ、別に何もねぇよ」

「素直に嬉しいですけど、気持ち悪いです」

「素直すぎるわ………」

 

 リザードンの背中に乗ってイッシキに手を差し出すと、訝しむ目で俺を睨むと手を握り返してきた。

 悪態をつきながらもイッシキを引っ張り上げる。

 

「んじゃ、リザードン。よろしく」

「シャアッ!」

 

 ばっさばっさと翼をはためかせて、低空飛行で川を渡っていく。

 

「いやー、なんか先輩の背中は落ち着きますねー」

 

 ふにっと。

 背中に柔らかい感触が伝わってくる。

 瞬時にそれが何かは分かった。分かったけど、こいつ何してんの? 俺の心臓破裂させたいわけ?

 

「あの………イッシキさん? あ、当たってるんですけど?」

「気持ちいいですかー、いいですよねー」

 

 聞いちゃいない。

 

「うん、まあ、確かに柔らかくてふにふにしてて…………」

「うぇっ!? マジで答えるとかちょっと引きます。というかキモいです…………」

「言うな………俺もいっぱいいっぱいなんだよ」

 

 女子に密着されるとか全く慣れてないんだから仕方ないだろ。

 さっきから心臓が痛いくらいにうるさいんだけど。聞こえてんじゃないの?

 

「せーんぱいっ」

「あ、こらすりすりするな」

 

 変な気分になるから正直やめてほしいんだけど。

 

「はあー、お兄ちゃんがいたらこんな感じなんですかねー」

「ど、どうだろうな。俺には妹しかいないから分からん」

「先輩だったらお兄ちゃんでもありですけどねー。先輩シスコンだから、妹の言うことは何でも聞いてくれますし」

 

 あの………いい加減離してくれると嬉しいんですけど。

 

「な、何でもは言い過ぎだろ。そ、それに妹はコマチ一人で充分だ。お、おおお前まで妹になられたんじゃ身が保たん」

「えー、こんな可愛い子が妹なんですよー。嬉しくないですかー?」

「やだよ、こんなのが妹とか。他人で充分だわ」

 

 突拍子もないことを言われて少し落ち着いてきた。

 妹か………ないな。

 

「コマチちゃんと結婚したいとかって思ったりします?」

「アホか。どんなに好きでも兄妹愛であって恋愛ではない。結婚なんてまずないな」

 

 それこそないな。

 妹と結婚とかどこのラノベだよ。

 

「はー、私は先輩の妹にはなれない赤の他人でしかないんですねー…………はっ!? まさかそれって私は妹じゃないから結婚ぜ、キラッ! とか言う気ですか?! それはまだ早いというか急すぎて頭がついていけないというか心の準備があるので結婚できる歳になったらもう一度言ってくださいごめんなさい」

「や、なんで二日連続でフラれるんだよ。つーか、飛躍しすぎだ。どう頭を回転させたらそういう解釈になるんだよ」

「…………バカ」

 

 あの、聞こえてますからねー。こんだけ密着していて聞こえてないとか思っちゃってるところが実にイッシキらしい。

 

「なあ、着いたから降りてくれません?」

「ぶー、しょうがないですねー」

 

 ブーブー言いながらリザードンから降りるイッシキ。

 俺も続いて降りると

 

『何、イチャコラしてんだー!?』

 

 どこかのヤドカリに思いっきり背中を蹴られた。

 

『人が我慢して聞いていればイチャコライチャコラしやがって!』

「………お前は人じゃないだろ」

『んなことはどうでもいいんだよ! しばらくお前を見張ってやる! イロハ、テールナーを連れてポケモンを捕まえてこい』

「はーい、それじゃ先輩とお留守番よろしくねー。いくよ、テールナー」

 

 ててて、とテールナーを連れてどこかへと行ってしまった。どこかって言っても遮るものがないので姿は見えている。

 そしてしばらく。

 ててて、と走るイッシキの観察会が始まった。

 

「…………あのそろそろ解放してくれません?」

『断る!』

 

 背中に馬乗りになったヤドキングは一向に退こうとしない。

 

「ゲッコウガー、リザードーン」

 

 呼びかけてみるが、テールナーからようやく解放されたゲッコウガは横向きに寝っ転がって遠くに行ってしまった二人を眺めている。過保護だな、こいつも。リザードンはヤドキングに睨まれてどうするべきか迷っている。迷ってないで助けてくれると嬉しいんですけど。

 

「重い……………」

『お前は本当に腹の立つやつだな』

「なんだよ急に」

『イロハのことだ。あいつはお前たちがいなくなってからあまり明るい顔をしなくなった。本気の人付き合いもなくなり、結果ああなった』

「や、前からああだろ」

 

 遠くでイッシキがモココを見つけた。テールナーにほのおのうずを使わせて攻撃するが、ひょいと躱された。

 

『お前が知ってる頃よりもさらに磨きがかかったのだ。それが心配で卒業してからもたまに顔を見せていた』

「自由すぎるだろ。ボールから出てていいのかよ。まだその時は校長のポケモンなんだろ」

『ご主人の命令でもある。卒業試験で自分のポケモンを連れていないのにオレっちを使いこなしていたんだ。はっきり言って学年トップの実力だった』

 

 今度はワンダールームを作り出し部屋に閉じ込めようとするが、ほうでんで威嚇され逃げられた。

 

「マジかよ………」

『さすがはご主人の孫娘よ。確かに血は繋がっているらしい』

「はっ? 孫?」

『そんなことはどうでもいいのだ。それよりも問題なのはそんな実力を持っているイロハが悪い奴らに狙われないかが心配だったのだ』

「よくねぇよ。今さらっととんでもないこと言ったぞ! まあ、その話は後でじっくり聴くとしよう。で、それで何なんだよ」

 

 すげぇ真顔でこっちに逃げてくるモココ。

 その後ろを「待って〜」とあざとい声をあげてイッシキが走っている。

 

『だからイロハがポケモンをもらって旅に出たと聞いてオレっちが飛んできたわけだ』

「過保護すぎんだろ」

『で、飛んできてみれば笑顔が戻っているイロハがいた。全部お前の影響だ』

「なに? 感謝してんの?」

『逆だ。オレっちのイロハがお前なんかに笑顔を向けているのが腹立つんだっ!』

「男の嫉妬は醜いぞ」

『やっぱ、お前殺す!』

「痛ッて!」

 

 ごりっと尻で踏まれた。体重重いんだからそういうの骨にくるからやめてくれない?

 

「せんぱーい、そのモココ止めてー」

 

 おい、マジで退けよ。

 このままだとモココに踏まれるだろうが!

 

『ふんっ』

 

 俺の上から退こうとしないヤドキングはサイコキネシスでモココを止めた。

 いいから退けよ。

 

「ナイス、ヤドキング。えいっ」

 

 ボーイとモンスターボールをモココに投げつける。

 モココはボールに吸い込まれていき、ボールが左右に動きだす。しばらくファンファンなったかと思うとカチッとスイッチが閉まる音がした。

 あ、ゲットできたのね。あっさりしてんなー。

 

「出ておいでー、モココ」

「モコ?」

 

 ぼけーっとしたその目つきはナックラーそっくりであった。

 

「これからよろしくねー、モココー」

「モコ」

 

 なんかあっさりと捕まえやがったな。これ、俺が来る必要あったのか?

 

『馬鹿野郎! お前に見て欲しいんだよ!』

「そんなもんなの?」

『そういうものなのだ。少しは乙女心を勉強しろ!』

 

 イッシキには聞こえていないらしく、俺だけに言ってくる。オスのこいつに乙女心を語られるとは思わなかったわ。

 

「………テールナー、ナックラー、ヤドキング、モココ。バランスいいな。考えてたりすんの?」

「えー、なんのことかさっぱりー」

 

 あ、考えてたのね。

 まあヤドキングは予定外だっただろうけど。でも馴染み深いポケモンが一体でもパーティーにいるのといないのとでは安心感が違う。そういう面から見ればイッシキのバトルセンスに拍車をかけたのは案外ヤドキングの存在なのかもしれない。さっきのだって、ヤドキングだからこそあそこまでやれたのだろう。元は人のポケモンでも扱えるその実力は本物だ。

 

「案外、お前がいることで安心してんじゃねーの?」

『はっ? 何を言っている。オレっちはイロハにとってそういう存在じゃない』

 

 これはあれだな。

 こいつも乙女心を勉強するべきだな。

 まあなんにせよ。

 新しいメンバーがエスパータイプじゃなくてよかった………。




はい、というわけでモココでした。

予想が当たった人とかいるんですかね………。

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