ゲッコウガさんも出るみたいですし、楽しみです。
連れてこられたのはマスタータワーの中にある一室。ちょっと階段上るのに疲れた。
「………いつからじゃ、お前さんのゲッコウガはいつからあの現象が起きるようになった」
ん?
そんなこと聞いてくるってことは何か知ってるってことなのか?
「………ついこの前だな。詳しくは言えんが俺がどんなやつか知ってるなら想像もできるだろ」
「………そうか、あの現象はな。遥か昔、一度だけ起きたことがある現象だという伝説がある」
あ、前にも起きてるのか。ということはメガシンカとは別物なのか?
「まだお前さんたちのは未完成も未完成。最初の段階でしかない」
「というと?」
「ポケモンは不思議な生き物だ。それは今も昔も変わらない。そしてその特徴の一つとして特性が挙げられる。ゲッコウガの特性はげきりゅう。ごく稀にへんげんじざいの持ち主もおると聞いたことがある。だが、その伝説に残るゲッコウガの特性はその二つとはまた違ったものだったのではないかという見解が出ておる」
「三つ目の特性があるっていうのか?」
しんりょく・もうか・げきりゅう。
よくポケモン博士から最初のポケモンとしてもらえるポケモンの特性の傾向である。そしてそのポケモンたちの共通点は特性で言えば一般的なものかごく稀にいると言われるレアな特性を持っているかの二パターン。特性を三種類備えている者もいるが、そいつらは当てはまらない。
例えばリザードンの特性はもうかであるが、ごく稀にサンパワーという特性を持っているらしい。だが、その二つしかないのだ。それゆえにリザードンーーヒトカゲは扱いやすいポケモンとして知られている。
だからこそゲッコウガがへんげんじざいというもう一つの特性を持っていることに驚いたし、初心者向きの単純なポケモンではないとも思った。
だが、今の話からすると伝説に残るゲッコウガは三つ目の特性を持っていると言うことになる。げきりゅうの持ち主が三つ目の特性を持っているなんて聞いたことがないし、そんなことがあるのかと疑わしくもある。
「わしの推測では完成形へと至れるのはその三つ目の特性を持った者のみ。すなわちお前さんたちには無理だという話なんよ」
要するにへんげんじざいを持っているゲッコウガではあの先はないということか。
ただあの力の完成形を手に入れられなくもない。一般化されてはいないがあの秘薬を使えば…………まあ残り二つだからどちらになるかは運次第なところはあるが。
「ただ、完成形に至れなくともポケモンとの確かな絆を結べた者だけがその片鱗を見せることもあるらしい。ただの特性の問題、というわけではないんよ。だからお前さんたちはあの力の片鱗を見せたんだから、確かな絆を築けておる証拠じゃ。誇りを持っていいぞ」
確かな絆ねー。
何をどう取って絆と言えるのかは分からんが、少なくともお互いに気に入ってるというのは事実ってことなのだろう。でなければ究極技も覚えられないし。
というか一発で成功させるとか驚きなんですけど。さすがゲッコウガだな。
「………そういや、俺が今持っているキーストーンって博士が用意した物だってコルニから聞いたんだけど」
「ああ、それはわしが用意した。プラターヌ博士にもしもメガシンカについて知らなさそうなら、キーストーンを持っていない可能性があるから渡してくれと言っておいたんよ。結果的に持ってなかったようだし、役に立っただろ」
「まあ、そうだけど…………。つか、俺ほんとにキーストーンとか持ってなかったぞ」
「んー、だがメガシンカを使った傾向もあるし…………可能性としてはどこかで落としたか」
「有りえなくないのが悲しい……………」
プラターヌ博士がメガシンカを提唱する前、すなわち俺がスクールを卒業した頃であればそれも考えられるが。
ただ一つ問題なのはハルノさんとリーグでバトルした時にもリザードンにメガシンカらしき傾向が見られたことだ。それを考えるとあれの後に落としたことになるが……………やっぱり考えられるのはあの時かもしれない。
シャドーに誘拐された時。
あの時ならば転けた拍子に落としたとしても辻褄が合う。あれ以降、リザードンにはそんな傾向が全く見られなくなったからな。暴走に近いものにはなったけど。
「まあ、何にせよ。メガシンカのルーツはホウエンにある。リザードンのあれがメガシンカかどうかはあっちで聞いた方がいいかもしれない」
「はっ? ちょっと待て。メガシンカのルーツって言ったか?」
「あー、コルニか。あの孫はちとせっかちなところがあるんよ。話を部分的にしか覚えておらんかったのか。すまんな」
「ということは何か? メガシンカはやっぱりホウエンの、それも流星の滝が発祥地だというのか?」
「そうそう、竜神様との絆を結ぶこと。それがメガシンカのルーツだと言われておる。わしらのご先祖様はホウエンからの移住者。彼らがカロスにメガシンカを広めた。だからここにマスタータワーがその象徴として立っておる」
あのバカ女。
しっかり人の話は聞いとけよ。
危うく間違った情報のままでいるところだったじゃないか。
お仕置きだな。
「…………はあ、博士の孫にも困ったもんですね」
「困った孫じゃ。そこが可愛いがの」
ちらっと窓から見下ろすと白いヘルメットが見えた。体育座りで遠くを眺めているようだ。
「わしがちと厳しく育てすぎたのやもしれん。おかげで継承式を重んじるあまりお前さんには迷惑をかけた」
「や、それはいいですけど」
「コルニを頼む」
「んじゃその間、下にいるあいつらを鍛えてやってくれませんか? 現役を退いたとはいえ、バトルができないわけじゃないでしょ」
「ふっ、よく見ておる」
というわけで、おバカなジムリーダー様にお説教しに行くことになった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
下に戻るとコマチとイッシキがバトルをしていた。
カマクラとヤドキングか。
カマクラもあれで何気に強いからな。ヤドキングもバトル経験は長いし、どっちが勝つのやら。
「あら、ヒキガヤ君。もう終わったのかしら?」
「ああ、まあ一応な。今からお説教しに行くことになったけど」
「あなたがお説教とか珍しいこともあるものね」
「頼みだからな」
俺たちの姿に気付いたユキノシタが声をかけてきたので受け答えをしていると、カマクラがシャドーボールで戦闘不能になった。やはりヤドキングの方が一枚上手とくるか。経験がものを言ったバトルなのだろう。
「お前らは博士にメガシンカについて詳しく聞いておいた方がいいかもな。特にトツカと、ユキノシタもか」
「私、メガシンカできないわよ」
「できる時が来るかもだろ」
「あなたが必要とするのならば考えてあげる」
「お前な…………」
ふふんっ、と憎たらしい目をしてくる。
こいつ、俺にどんだけ恥ずかしいことを言わせたいんだよ。
「分かった分かった。お前らの力が必要だ。だからいつでもできるように備えておいて欲しい」
「仕方ないわね。あなたがそこまで言うのなら言う通りにしてあげるわ」
うわー、こいつ今すげぇドヤ顔なんですけど。心底楽しそうだな、おい。
「日に日に二人の世界が広がってる…………」
「やっぱり二人は仲良いよね」
「「う、うらやましい…………」」
コートと白衣を着た二人はなんて残念なんだろう。
残念すぎて涙が出そうなレベル。
誰か先生はもらってあげてよ。
「んじゃ行ってくる」
「いってらっしゃい」
『そのまま帰ってくるな!』
よし蹴ろう。
「エルレイド、テレポート」
先生のエルレイドに呼びかけると何故か本当に出てきてくれた。みんな本当に何なの? なんでそんなにあっさりと俺の言うこと聞いちゃうわけ?
「せいっ」
テレポートからのドロップキックをヤドキングにお見舞いしてやった。
着地に失敗して腰打ったけど。みんなに笑われたのは言うまでもない。
マスタータワーの外周へ出てきて回り込むと、一人遠くを見ているジムリーダー様がいた。
「よお」
「何しに来たわけ」
「お仕置きとお説教?」
「はっ? お仕置きってお尻叩き百回とか? そんなにまでしてあたしのお尻を触りたいとかどんだけ変態なのよっ」
「ちょっとー、妄想力溢れるのは分かったけど、俺を変態扱いしないでくれますー?」
誰がお仕置きで尻叩きをするかよ。それはもはや変態の領域であって、やっちゃいかんだろ。つかやらねぇよ。何でその発想につながるんだよ。
「…………あたし、昔はメガシンカを暴走させてたの」
ポツリと前を向きながらコルニが呟いた。
あれ? 今からしんみりした話になるの?
「強さってのを命令なしでも行動できるものだと思っていたから。独断の行動も良しとしているからメガシンカの力に呑まれてしまう、おじいちゃんはそう言ってたの。ようやくそれに気がついて、特訓してメガシンカに慣れた。そこからは負けなしで自分は最強だと思い込んでた。だけどあんたに負けて、あたし………あたし………………」
メガシンカの暴走。
俺はなったことないが起こるというのも事実。自身の力に呑まれて力が暴走するのはメガシンカでなくとも起きることである。
いい例がユキノシタのオーダイルだ。あいつも自身の特性であるげきりゅうによる力の増幅に耐えられず、我を忘れて暴走を始めた。そこに起因しているのはやはりトレーナーの未熟さ。甘い考えや感情の起伏をポケモンがトレーナーから読み取ってしまい、力のコントロールを見失ってしまうことが原因だと言われている。
多分、あの時のユキノシタの頭には暴走という言葉すらなかったのだろう。でなければ、あのユキノシタが何もできないとか有り得ないからな。………それはハヤマも同じか。あいつも結局は何もできなかった。暴走という事態に頭も身体もついていっていなかった。
何のことはない。俺たちが子供だったってだけだ。
そもそも俺がオーダイルの暴走を止められたのだって、リザードンに進化してからもうかに対して気をつけていたからだ。知識として暴走という言葉が頭の中にあったから冷静な判断ができた。ただそれだけのこと。
だからコルニがメガシンカを暴走させたというのだって、結局は未熟だったってことだ。
「………悔しいか?」
そして、有り余る力をコントロールできるようになると人間もポケモンも達成感を得る。達成感からは自信が生まれる。自信から今度は慢心へと変わっていく。慢心状態で負ければ当然誰だって悔しい。
「…………悔しい…………」
今のコルニはまさにその状態なのだろう。そして、すでにそうであることを自覚している。だからこそ、今こうしてここにいる。
「それは何に対してだ? 俺に負けたことか? それとも調子に乗っていたことか?」
「ッッ!?」
彼女が目を見開いてこっちを見てくる。
その目には涙が浮かび上がっていた。
「くっ……………りょ、両方っ!」
顔を真っ赤にしながら前を向き直してそう叫んだ。
図星だったか。
やはり、他のトレーナーとは違いすぐに自分の欠点を見つけられる点ではジムリーダーだな。
コマチ?
あいつは特殊だ。
ほらユイガハマを見てみろ。自分じゃ気づけないだろ。イッシキの場合は全てが計算されてるようで怖い。超怖い。
「…………ねぇ」
「あ?」
しばらく沈黙が続いたかと思うと、徐にコルニが口を開いた。
「あんたってほんとにチャンピオンだったわけ?」
「ああ、三日間だけな」
なんかいきなり話題が変わったんだけど。
なに? 負けた腹いせに俺の過去で笑おうって算段か?
「前におじいちゃんから散々リザードンを連れた少年の話を聞かされてたけど、まさかあんただったとはね」
「意外か?」
「ううん、別に。というか逆に納得がいったって感じかな。あんなゲッコウガ初めて見たし、スピードにしろ技の応酬にしろ全てが読まれてる感じだった。それに最後の交代は全く想像していなかったよ。ああ、結局メガシンカ使わなくても私たちを倒せてしまうんだって本気で思ったもん……………」
まあ、間違っていないな。
ゲッコウガだけでも押し切ることもできたかもしれない。だけど、あのまま続けていたら、多分あの時みたいにガス欠を起こしていただろう。だから俺的には交代して正解であった。それだけだ。
「で、こんなあたしにどんなお仕置きをしようっての?」
「なんだよ、自分からお仕置きを受けに来るとかどんだけマゾなんだよ。俺ちょっと引いちゃう」
「あんたが言い出したことでしょうが」
じとっとした冷たい眼差しが俺の顔に刺さった。突き刺さった。刃物のように突き刺さった。
超痛いんですけど。主に心が。
「………はあ、お前が思うジムリーダーに必要なもんって何だ?」
「はっ? 何いきなり。まあいいけど………ジムリーダーに必要なもの? まずは強さでしょ。それから知識と、後は挑戦者の欠点を見抜くこと、くらいかな」
「ま、バトルという点で見ればそこら辺だが、そもそもジムリーダーはその地周辺の警護も業務には備わっている。強さという点は同じだが、ただの強さではなく仲間の精神的支えになることも大切だ。で、だ。お前にはそういう強さはあるのか?」
「…………………ない、よ………あるわけないじゃん。だっておじいちゃんの方が強いんだよっ?! あたしがいくらメガシンカ使えたところで同じメガシンカ使いのおじいちゃんには敵わないよっ!」
やっぱり何か引っかかると思ってたらこんなことを考えていたか。
そんな気持ちでいるから俺に負けたんだと思うんだよなー。
結局のところ、気持ちの持ちようでいくらでも勝利は左右されてくる。
俺も普段はバトルする気もないが、やるからには勝つ気でいる。何なら俺より強い奴っていないんじゃね? て思っちゃってるレベル。あ、それはただの自意識過剰でしたね。
「別に誰が一番強いとかってのはどうでもいいだろ。博士が強いのは当たり前。年季が違う。ならばお前はそれを補える何かを身につければいいだけのことなんじゃねぇの?」
なぜ人は一番に拘るのだろうか。
俺も自分のことを棚に上げているようでアレだが、一番に拘ったところで特に何かを得られるわけではない。確かに名声やらなんやらのものはもらえるが、それで何かが変わるかといえば根本的なものは何も変わらない。自分は自分だし、他人は他人、ポケモンはポケモンだ。何も変わることはない。
だから一番になったところでいいことなんて特にないのだ。
ほら、チャンピオンとかいう一番は不在のために仮置きをなされたこともあるくらいだし。逆に責任という重石が乗っかってくるだけだな。
「はっ? 言ってる意味が分かんないんだけど。あたしは「あいつら全員とバトルしてくんねぇか?」………最後まで言わせなさいよ。バトル? 彼女たちと?」
「ああ、メガシンカを体感させたくてな。俺がやればいいだけの話ではあるんだが、お前ジムリーダーだし、トレーナーとバトルするのが仕事だろ?」
「…………何か企んでるでしょ」
「企んでないといえば嘘にはなるが、お前に損はさせねぇよ。俺もなんだかんだあいつら全員とバトルしてみて、嫌になるくらいだからな」
ユキノシタの猛攻とかコマチの成長具合とかイッシキのトリッキーさとか。思い出しただけでも体が震えてくる。
後はザイモクザだな。あいつとのバトルはいかんせん面倒だ。でんじほうの連発だとかさらにはロックオンまでしてくるし。毎回焼いて終わらせてるけど、それにしたってあれはないだろ。そもそもあいつとバトルなんてほとんどしてないけど。
「信用できない………けど、分かった。あんたにコケにされたままなんてのは嫌だから、彼女たち全員とバトルしてあげる」
「クセの強いのが粒揃いだってだけは言っておくわ」
「あんたほどではないでしょ。だったらいいわよ。あたしとルカリオの絆、今度こそ見せてやるんだから!」
基準が俺なのがそもそも間違いなような気もする。特にイッシキとか俺を基準にできないと思うぞ。
「あっ!」
「なんだよ、いきなり」
「あたしまだみんなの名前聞いてなかった」
立ち上がったコルニが何かを思い出したかと思うとそんなことを言ってきた。
そういやどこかの孫子のペースに持って行かれて誰も自己紹介をする暇すらなかったな。だからと言って俺はしないけど。
「だったら、さっさと戻ってまずはそこから聞いてこい」
「あんたには指図されたくない」
「へいへい」
どうやらもう大丈夫らしい。
スタスタと戻っていく彼女の後ろ姿を見て素直にそう思った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
………マスタータワーにはポケモンを回復させる機械も置いてあるんだな。
戻る途中にコルニはとある一室によってモンスターボールを取ってきていた。
終始無言で彼女の後ろをついていく。下を見下ろすとトツカがミミロップをメガシンカさせて博士とバトルしていた。どうやら早速メガシンカの手ほどきを受けているらしい。
「あ。お兄ちゃん」
降りてきた俺に気がついたコマチが声をかけてくる。
「トツカもキーストーンをもらったのか?」
「うん、今継承式をしてるところ」
メガミミロップ対メガヘラクロス。
かくとう同士のバトルか。
どうでもいいけどヒラツカ先生が楽しそう。「いけぇ!」とか「そこだぁ!」とか一人で騒いでいる。どんだけかくとうタイプ好きなんだよ。
「ま、試しで一回やってるし問題はなさそうだな」
「ねえ、そういえば体の方は大丈夫なの?」
「あー、今の所はな」
多分、さっきのゲッコウガの現象を見てのことだろう。一回あれを使ってぶっ倒れるところをユキノシタには見られてるわけだし。
「そう」
「どういうこと?」
彼女がそう小さく零すと俺の横で新たに声がした。
「どういうことだろうな」
「言いなさいよ。ムカつくわね」
「やだよ、面倒臭い。そう何でもかんでも自分のことをオープンにしてたら付け入る隙を与えることになるだろうが」
「………彼女はいいんだ」
「その場にいたからな。隠しようがない」
「なんかムカつく」
肘を俺の脇腹にゴリゴリとめりこませてくる。
痛いんだけど、そのサポーター。
超痛いんですけど!
「ふぉぉおおお。これはお義姉ちゃん候補確定!?」
「先輩、何現地妻作ってるんですか。そういうのやめてくださいキモいです。あとキモい」
なんだよ現地妻って。
どこのツンツンウニ頭のヒーローだよ。
「なっ!? だだだ誰がこんな奴の現地妻なのよ!? 死んでもお断りなんだから!」
顔を赤くして反論するコルニの姿に一同は目を見開いた。
「…………ちょっと先輩何本気で堕としてるんですか!? 冗談で言ったつもりなのにこの反応とかもうアウトじゃないですか!」
「ヒッキー!? 本気でハーレムとか狙ってたりする口なの?! 驚きというかもう! なんかもう! ヒッキーのバカっ!」
そして何故かイッシキとユイガハマには問い詰められる始末。
なんなの?
俺が何かしたって言うの?
助けを求めてコマチを見るとニヤニヤと怪しい笑みを浮かべているし、先生は楽しそうだったのが一気に地獄を見たかのような目で俺を睨んでくるし、ユキノシタには「………変態」と冷たい罵声を投げられた。
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、違うって言ってんでしょうがこんのバカァァァアアアアアアアッッ!!?」
拝啓、親父殿
今日があんたの息子の命日になりそうです。
ぐふっ!
閑話休題。
「どしたの、ハチマン。元気ないね」
「ああ、詳しいことは聞かないでくれると助かる」
思い出すだけで痛みが蘇ってきそうで怖い。トラウマになりそう。
「そう? あ、それよりハチマン。ちゃんとミミロップのメガシンカを安定させることができたよ」
「そうか、ならよかった。これでトツカも一人前のメガシンカ使いだな」
「ハチマンからしたらまだまだだけどね」
「や、俺だってそんなに日経ってないし」
ミミロップもさぞ喜んでいることだろう。大好きなご主人様の力になれるんだからな。しかもトツカからしてみればミミロップは切り札だって言うし、本人が聞いたら泣くだろうな。
「で、ハチマン。あたしは誰とバトルすれば良いわけ」
「「「「ッッッ!?」」」」
おいおい、いきなりファーストネームの呼び捨てかよ。
俺にもそれしろとか言わんだろうな。そもそも名前で呼ばれることなんて親くらいだから呼び慣れなさすぎて毎回ドキッとしそう。現に不意にトツカに呼ばれるとドキッとするし。ハードル高すぎだろ。
「どういう風の吹き回しか分からないのだけれど、取り敢えず私からでいいかしら?」
ああ、ここに雪女がいるんだけど。
ユキメノコの権現のように空気が冷たくなっていくのがものすごい速さで肌に伝わってくる。
「名前を呼んだくらいで動揺しすぎじゃない? ま、あたしは誰からでもいいんだけど」
二人の視線がバチバチと火花を散らせている。
自然と握手という名の握り合いをしてるし。
女って怖っ!
「ちゃんと自己紹介をしてなかったわね。改めて、私はユキノシタユキノよ。ヒキガヤ君ほどじゃないけど、三冠王と呼ばれるくらいには強いわよ」
煽るなよ。
コルニがまたヘマするじゃんよ。
「あ、あたしユイ。ユイガハマユイ。抜け駆けは許さないからね」
「イッシキイロハでーす☆ せんぱいには〜いつもお世話になってます、きゃはっ☆」
「妹のヒキガヤコマチでーす。お義姉ちゃん候補が増えるのは大歓迎なので是非お兄ちゃんを落としてあげてください。というかみなさんここぞとばかりに本気出してません?」
怖い怖い自己紹介が始まった。というか何をみんなして牽制してんの? 怖いんだけど。特にイッシキの本気を初めて見たような気がして心の底から何かが湧き上がってきている。
これに名前をつけるとすれば、まさに「恐怖」だな。
「こわやこわや」
「そう思うなら止めてくださいよ」
「いやいや、コルニがここまで張り合うのは実に見応えがある」
「楽しんでんじゃねぇよ」
俺の横にやってきたコンコンブル博士についツッコンでしまった。
「時にハチマン」
「あんたも名前呼びなんすね」
カロスではこれが普通なのだろうか。
そうだったらこっちには馴染めそうにないな。
あ、どこでも無理か。
「孫を嫁に」
「あんたもか!」
「冗談じゃ。それよりお前さんには礼を言わんといかんな」
冗談に聞こえないから言ってんだよ。
なんで昨日会ったばかりの奴をいきなり嫁に迎えることになるんだよ。
「それはまだっすよ。コルニがこいつらとバトルしてみて何を掴み取るかが重要なんすから」
「図るのう」
「あんたよりはマシだわ………」
重たいため息を吐きながらポケットに手を入れる。
すると丸い石を入れてたのを思い出した。
フレア団のところから奪ってきたメガストーンを取り出してみる。
「これ、どのポケモンのメガストーンか分かります?」
「なんじゃ、お前さん。まだメガストーンを持っておったのか? ……運命かのう」
二人して赤と水色のカラフルな色の石をじっと見つめる。
「いくよ、ルカリオ!」
「ルカリオね………。いきなさい、ボーマンダ」
離れたところで始まったバトルに目を向ける。
ユキノシタはボーマンダでいくのか。
………………………。
「「あっ、」」
さっきまでは気がつかなかったが、この二色を持つポケモンがそこにいた。
コクっと頷き合うと急いでバトルに割り込む。
「ちょ、ハチマンにおじいちゃん! いきなりなんなの!?」
「ひ、ヒキガヤ君。あ、ちょ、え? あ、え?」
俺はボーマンダに石を、博士はユキノシタに石を渡していく。
コルニがプンスカ怒っているのは聞こえないフリをして流しておく。
「「はい、せーの」」
「あ、え、えっと、メ、メガシンカ?」
ボーマンダに持たせたメガストーンとユキノシタが受け取ったキーストーンが輝き始め、光が結び合っていく。
徐々に白い光に包まれ、ボーマンダは姿を変えた。