ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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4話

「やっぱり先輩って強かったんですね!」

 

 バトルが終わってユキノシタも帰り、俺の気が抜けたところでのこの仕打ち。

 少しは休ませようとかいう気概はないのかね。

 

「三冠王のユキノシタさんに勝っちゃうなんて、ヒッキーってやっぱり今でも強かったんだねー」

「………あんなのは……まぐれだろ」

 

 そう、あんなのはまぐれだ。

 一歩間違えればリザードンの方が先に戦闘不能になっていた。

 だから次やった時はユキノシタが勝つかもしれない。

 

「例え、まぐれだったとしても、そのまぐれを引き寄せる力が先輩にはあったってことですよ」

 

 仕草そのものはあざといが声は真剣である。

 俺は何故かそう感じ取ってしまった。

 

「そういえば、あの二人の強さって今はどっちが強くなってるんだろう?」

「あの二人って誰ですか?」

 

 ユイガハマが何かを思い出したかのように呟くと、コマチがすかさず聞き返した。

 

「ユキノシタさんとハヤト君。トレーナーズスクール時代はユキノシタさんが一番でハヤト君が二番目に強かったんだー。でも本当は………………」

 

 そう言ってちらっとこっちを見たかと思うとささっと目をそらされた。

 何なんだよ。

 

「多分、ハヤマ先輩の方じゃないですかね。この前、イッシュリーグも制覇したらしいですし」

 

 ハヤマ、ハヤト。

 イッシュリーグ……。

 

「え? ついに四冠王になったっていうあのハヤマハヤトさんですか?!」

 

 イッシキの言葉を聞いてコマチが急に驚きの声を上げた。

 あ、なるほど。

 大体分かった。

 顔は思い出せないが、カロスに来る前にそんなニュースが流れていたような気もする。

 そして、ヒラツカ先生が言っていたハヤマなのだろう。

 

「ニュースでも三冠王のユキノシタ先輩を抜いただなんて言われてますし」

「でも、ハヤト君。それは否定してたような気もするよ」

 

 ユイガハマはそのハヤマという奴と面識、もとい友達なのだろうか。

 そんな内情まで持ち込んでくるくらいだし。

 それに俺が知らなかっただけで、今ここにいる奴らって同じトレーナーズスクールだったんだよな。

 なら、クラスが同じだった可能性もあるわけだ。

 

「「うーん」」

 

 うーん。

 

「あのー、一つ気になったんですけど」

「なっ、何かなっ? コマチちゃん」

 

 コマチが何かを訪ねようとしたらユイガハマが露骨な動揺を見せた。

 …………動揺するようなところがあったようにも思えんのだが。

 

「ここにいる全員が同じトレーナーズスクール出身でしかもお兄ちゃんとユイさんは同じ学年なんですよね?」

「そう、だね」

「その学年にはユキノシタさんとハヤマハヤトさんもいたんですよね」

「そうですね」

「なら、あのユキノシタさんに勝ったお兄ちゃんってスクール時代、どれくらい強かったんですか?」

「なんだそっちか…………」

 

 的が外れてホッとため息をつくユイガハマ。

 いや、それ以外に何を疑問に思うところがあるんだよ。

 

「ヒッキーはテスト以外では指で数えるくらいしかバトルしてないけど、ポケモンを持ってる子の中では普段は中の上くらいだったんじゃないかなー。知識面だけ見れば学年三位だったけどね」

 

 すげー棒読みなんだけど。

 

「お兄ちゃんって頭良かったんだっ! コマチ、衝撃の事実にちょっと現実逃避しちゃいそう」

 

 いや、現実逃避してる時点でちょっともクソもないだろうに。

 しかも何気ひどいこと言ってるからね。

 可愛いから許すけど。

 コマチマジ天使。

 

「あ、でも一時期ユキノシタ先輩が同じ学年の男子生徒に非公式戦ながら負けたって噂話流れてませんでした?」

 

 あざとく手をポンと叩きながらイッシキがそう切り出した。

 ここまで徹底してると逆に感心するまである。

 

「あ、あー、あったねー、そんな噂も」

 

 あ、こいつ絶対何か知ってる顔だ。

 明らかに目を泳がせている。

 

「ユイ先輩? 実は知ってますよね、その顔」

 

 どうやら俺だけでなくイッシキも欺くことはできなかったようだ。

 ダメじゃん。

 

「え? な、なんのことだかあたしにはさっぱりわからないなー」

 

 たははー、と苦笑いを浮かべるがどれを取っても棒読みでしかなかった。

 こいつには秘密を知られないようにしよう。

 

「ま、どうせユキノシタ先輩のポケモンが暴走して、それを誰かが止めたのを何を勘違いしたのか非公式戦と捉えられてその噂として広まったとかなんでしょうけど」

「え? なんでそれを知ってるの?!」

「図星かよ」

 

 イッシキが出まかせで言葉を連ねてることくらい俺でもわかるぞ。

 

「え? あ、あれ?」

 

 けど、こいつはやっぱり馬鹿正直すぎる。

 

「ただの出まかせに過ぎなかったんですけどね。まさかの実話だったとは……………。もうここまで話したんですから、その止めた人が誰なのかも教えて下さい。私はなんとなく分かってますけど」

「…………」

 

 イッシキに促されてユイガハマが出した答えは無言で俺を指で差すことだった。

 

「えっ、と…………」

「お兄ちゃん、ってことでいいんですかね………」

 

 今度はコクコクと何度も首を縦に振る。

 

「いや、俺にはそんな記憶が全くないんだけど」

 

 そもそもユキノシタとか今日初めて会ったのだぞ。

 いくらスクールが同じだったからって…………。

 

「放課後、校舎裏、ハヤト君とのバトルの後」

 

 小さくキーワードを言ってくるが、そもそもハヤマの顔なんて覚えてもいない。

 

「卒業式」

 

 ッ?!

 一瞬、何か…………思い出せそうな感覚がした。

 卒業式の日の放課後の校舎裏でハヤマと戦った後のユキノシタ。

 いや、この時はそもそも他の奴の名前なんて覚えてなかったんだから敢えてある男子生徒と戦った後の女子生徒ってことにしておくか。

 

「リザードンに勝ったオーダイル」

 

 ッッ!?

 

「思い、だした」

「え? ほんと、お兄ちゃん」

 

 あれは俺たちが十一歳のときの卒業式の日の放課後に何度目かも分からないある男子生徒と女子生徒のポケモンバトルが開かれていた。

 何もこんな日にまで、と思った記憶が有る。

 

「確かに、男子の方がリザードンで女子の方がオーダイルだった。だけど、その後オーダイルがげきりゅうで暴走して我を忘れて暴れ出したんだっけか。二人のバトルを見ていた野次馬どもは逃げ出し、その波に飲み込まれて逃げ遅れた俺はオーダイルに襲われて仕方なく戦ったら、俺のリザードンがかみなりパンチを覚えてそれでオーダイルを戦闘不能にして暴走を止めたことはある」

 

 皮肉なもんだな。

 暴走を止めようとして新しい技を覚えるなんて。

 

「だが、俺にはそれがユキノシタとハヤマという奴だったかなんて分からねぇぞ。顔なんて覚えてないし」

「ううん、あたし見てたから。ヒッキー、最初は自分でなんとかしようとしてたけど途中でリザードンを出してからは一方的なバトルだったんだよ」

 

 確かにかみなりパンチを使えるようになってからは一方的だった気もする。

 だが、そんなことがあったということを思い出しただけで、事細かく覚えているわけではない。

 だから、そんなバトルの時のことを言われても何て返せばいいんだよ。

 

「ちなみに、ユイ先輩はなんで見てたんですか?」

「ヒッキーだけ逃げ遅れるのが見えたんだ。だから心配になって戻ってみたらって感じかな。戻ったところであたしに何かができるってわけでもなかったんだけどね」

 

 

『その中にはユイガハマもいたし、同じクラスで言えばトツカも君のことを気にかけてはいたみたいだぞ』

 

 

 そういえば、さっきヒラツカ先生がそんなことを言っていたような気もする。

 今日知り合ったばかりだというのにこいつは優しい奴であることは分かった。

 

「よく見てますねー」

「た、たまたまだよ。たまたま」

 

 茶化すようにコマチが言うと過敏に反応しやがった。

 なに?

 ストーカーみたいに張り付いて見張ってたとかそういうのじゃないよね。

 こいつにできるとも思えないし。

 

「そういえば、ヒラツカ先生も兄のことを知ってるんですよね?」

「ああ」

「先生から見てどんな感じだったんですか?」

 

 なぜコマチはここまで俺の昔話に花を咲かせたいのだろう。

 

「ヒキガヤは………そんな変わってないな」

「人間、そう簡単に変わりませんって。そんなコロコロ変わってたら自分じゃなくなるまである」

「とまあ、今も昔もこんなことを吐かしては一人でいたぞ」

 

 あ、これ言わされた奴か?

 ちょっと恥ずかしいだけど。

 

「ユイガハマも変わってないようだし、イッシキは…………変わってて欲しかったな」

 

 イッシキの時だけどこか遠い目をしている。

 まあ、こいつの場合は変わっててくれた方が良かったとは俺も思わなくもない。

 

「ちょっ、それどういう意味ですか?!」

「そのまんまの意味だ。男をとっかえひっかえに弄んでるのは今も変わらないようではないか。そのせいで私は未だに独身なんだぞ」

 

 いや、それとこれとは話が別だろ。

 イッシキが狙ってるのだって同じ年代だぞ。

 さすがに先生がその年代に手を出しちゃまずいだろ。

 

「先生、それはただの嫉妬ですよね。モテないからって私に当たらないでください。それともうしてませんから! どこかの誰かさんの背中見せられてからはばっさりやめました!」

 

 それとイッシキに落とされる男子も男子だな。

 こんなあざといのに引っかかるなんて。

 

「先輩、何見てんですか? ハッ、まさか私とヒラツカ先生を見比べて私が可愛いことを再確認してたんですか? 私、そんなじっと見つめられたからってすぐに落ちるような女ではないのでもっと私の好感度を上げてからにしてください、ごめんなさい」

 

 え?

 なんで俺振られてんの?

 告白すらしてないのに。

 しないけど。

 

「カイリキー、イッシキにお仕置きしてやれ」

「リキッ」

 

 モンスターボールを取り出したヒラツカ先生はそのままカイリキーに命令した。

 でもなー、これって多分………。

 

「……カイリキー、私痛いのはやだなー」

 

 やっぱり。

 上目遣いからの目をうるうるさせてか弱い女の子になりきりやがった。

 本気を出すとこんなにもあざといことを生で見た気がするまであるぞ。

 

「リ、リキッ…………」

 

 はい、落ちました。

 人間版メロメロでカイリキーは技を出すことができなかった。

 

「す、すごいねイロハちゃん」

「お兄ちゃん。コマチにはあそこまでできないよ」

「したらお兄ちゃん泣くまであるな」

 

 そして、ヒラツカ先生は目の前が真っ暗になった。

 

「おい、イッシキ。お前のせいでヒラツカ先生がいじけてんたじゃねーか」

「先輩、なんとかしてください」

「やだよ、面倒くさい。お前が原因なんだから、お前がなんとかしろよ」

「むー」

 

 そんなあざとさ全開の顔をされても俺は動かんからな。

 

「むー」

 

 かわいい。

 けど、やっぱりあざとい。

 

「ケロッ」

「あいたッ」

 

 事態を見かねた俺もどきがイッシキに飛びかかり、チョップを食らわせた。

 

「ちょ、いたっ痛い痛いって~。先輩も見てないで助けてくださいよ」

「カイリキーにやられないだけマシだと思え」

 

 あんな筋肉の塊にチョップされるより遥かにマシだろうが。

 アレのチョップくらったら一撃でノックアウトだっつの。

 それを平気でやる教師がいるから世の中怖いことだらけである。

 

「そうだなイッシキ。やめて欲しかったら誠意を込めて謝ればいい。あざといのを抜きにして」

「ちょ、だめ、ほんと痛いから~。もう分かりましたよ、やればいいんでしょやれば」

 

 未だケロマツと格闘してるイッシキ。

 こういう姿の彼女を見るのも新鮮さがあって面白い。

 

「先生、すみませんでした! もう先生がモテないこととか話に出しませんからいじけるのやめてください!」

 

 そうイッシキが叫ぶも先生はずっと同じ体勢で地面に向かって何かぶつぶつと言っていた。

 呪いじゃなければいいけど。

 

「あーもう! モテる仕草を一つ先生に伝授しますから許してください!」

 

 あーあ。

 当々、イッシキの方がやけになってんじゃん。

 

「本当かっ!!」

 

 そしてこれで許しちゃうのがヒラツカ先生なんだよなー。

 

「ほ、本当ですから肩をがっちりと掴むのやめてください。ケロマツよりも痛いです」

 

 やっぱ、今も力は衰えていないのか。

 怒らせると物理的に痛い目にあうからな。

 それを確認できただけでもイッシキに感謝だな。

 

「ていうかお兄ちゃんデフォでケロマツ頭に乗せてたよね」

 

 イッシキが先生とひそひそと話し始めるとコマチがこちらに近寄ってきた。

 

「押してだめなら諦めろ、が俺のモットーだからな。早々に諦めたさ」

「諦めちゃうんだ!」

 

 一々リアクションのでかいアホの子は放っておくとして。

 

「それにしてもケロマツってほんとお兄ちゃんにそっくりだよね」

「まあ、メロメロが効かないからなー。性別とか関係なしに」

「そんなことって普通ありえるの?」

「一般的には性別が違えばかかるもんだし、同じか性別がないポケモンはかからないことになってはいるが。ポケモンといえど生き物であることには変わりないからな。気持ちの問題なんじゃねーの。知らんけど」

 

 異性でかからないなんて例は聞いたことがないからな。

 それでもケロマツはかからなかったんだし。

 そういうことにしておくしかないだろうな。

 

「うわー、テキトーだー」

「うっせ。俺にだって分からないことは普通にあるからな」

「ヒッキーもメロメロにかかるのは気持ちの問題なの?」

 

 ぎゅっと左腕を掴まれたかと思うとユイガハマの方に体ごと向かされた。

 そして、そこで見たのは上目遣いのうるうるとさせた彼女の双眸だった。

 

「うっ?!」

 

 こいつは………。

 どこで覚えたのかさっきイッシキがやっていたことをまるっきり再現していた。

 ただ一つ違うのはあざとさが全く感じ取れなかったところだ。

 

「ユイさんって天然でやってのけるんですね。これはお兄ちゃんも気が抜けませんなー」

「どういう意味だよ、それ」

 

 一方で、コマチが彼女の姿を見てキラキラした目でこっちを見てきた。

 うん、こっちは正常であざとさがある。

 よかった。

 いや、よくねーな。

 

「ヒッキー………」

「………」

 

 ガシガシと頭をかいて。

 どう答えればいいのかよくわからないが、このまま上目遣いで見つめ続けられるのも心臓に悪い。

 

「どうだろうな。人の気持ちなんてその場その時で違ってくるもんだからな。俺も男だし万に一つでも落ちる可能性はあるかもな」

 

 多分ないだろうけどな。

 所詮、俺は他人とのコミュニケーションが上手く取れないぼっちだ。

 今のように来ようがどこか冷静な目で見てしまうのだろう。

 というかそれ以外の俺を想像できん。

 

「それじゃあ、試しに先輩にやってみてください!」

「分かった」

 

 さあて、そろそろ旅に出るとしようぜ!

 

「ヒッキー………?」

「逃がさないよお兄ちゃん」

 

 あー。

 両腕をコマチとユイガハマにがっちりと固定されて逃げ道を断たれてしまった。

 おい、お前らちょっと待て。

 俺を殺す気か?!

 

「そ、それじゃあ、ヒキガヤ」

 

 逃げられない。

 ゴクリと唾を飲み込む音が異様に大きく聞こえた。

 

 

「みんなのアイドル、シズカちゃんだよー。よっろしく~☆」

 

 

『「「「「「………………………………………………………」」」」」』

 

 今、なんか見てはいけないようなものを見てしまった気がする。

 いや、まあ仕草的には完璧だった。

 上目遣いからのウインクに最後の敬礼。

 どの流れも完璧で馬鹿な男子どもは落ちることもあっただろう。

 それがイッシキやコマチがやったら、ではあるが。

 

「ど、どうだヒキガヤ。これで私もモテモテになれるだろうか」

 

 俺たちの反応をよそにソワソワと感想を聞いてくる先生。

 そういや先生って今何歳だっけ?

 確か俺が卒業する頃は二十代半ばだって話を聞いたことがある。

 ということは今の先生はアラサーだな。

 アラサーがこんなキャピキャピしてたら。

 そりゃもう、な。

 痛いとしか言いようがない」

 

「あ、………」

「ヒッキー………」

「先輩…………」

 

 あん?

 なんだよみんなして。

 

「お兄ちゃん、声に出てたから」

 

 え?

 ナンダッテ?

 声に出ていたとな?

 

「ま、ま、ま…………」

「ま?」

「抹殺のラストブリットぉぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!!」

「ぐえっ」

 

 なんか久しぶりの感覚が体を駆け巡った。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「……そろ………せ…時……なん…………きます…。み………ま…会い…………」

「え……、…だ話………こ……っぱ……るの……」

「では…………スター……ん号……換し………ましょ……」

「…お、……ねい……! …ろうっ」

 

 

 目を覚ますと知らない天井だった。

 日光がガラス越しに降り注いでくる。

 眩しい。

 寝起きの頭にはあまりにも眩しすぎた。

 

「お兄ちゃん大丈夫?」

「ん? ああ、コマチか。まだ意識が完全に戻ってきてねーの以外は大丈夫だな」

「それ明らかにアウトだよ!」

 

 このリアクションはユイガハマだな。

 

「あれ? イッシキは?」

 

 今日会ったばかりではあるがあいつはこういうときには何か言ってくるはずだ。

 それがないということはまだ夢の世界にでもいるのだろうか。

 

「イロハちゃんならハヤト君たちと待ち合わせしてるからって、もう行っちゃったよ」

「ほーん」

 

 あいつ、俺にトラウマを残して自分は俺が起きる前に姿を消しただ?

 次会ったら成敗してくれよう。

 会うこともないだろうが。

 というか会いたくない。

 

「で、ここは? って移動してないのか。知らない天井だったのはそもそもここが初めての場所だったからってことね…………」

 

 つーかここにきて天井とかまでじっくり見た記憶がないしな。

 知らなくて当然だ。

 

「それで何でユイガハマはいるんだ?」

「え? それちょっとひどくないっ?!」

「いやだって、お前ハヤマの友達なんだろ? んであのイッシキがそのハヤマと一緒に旅をするんだろ? お前も一緒に行くんじゃねーの?」

 

 こいつらリア充はよく群れて旅をする風習があるからな。

 しかも連れが四冠王のハヤマハヤトとくればリア充どもは寄って集るもんじゃねーのか?

 

「いやいや、ハヤト君がカロスにきてるのイロハちゃんに言われるまで知らなかったからね! あたしはポケモンもらったら一人で旅しようと思ってたんだから」

 

 無謀だな。

 こいつの知識量では一人で旅をするのは無理があるように感じる。

 しかも今日初めてポケモンバトルをしたような奴だ。

 危険しか感じない。

 

「あ、そうなのか? なら俺たちもそろそろ行くからじゃあな」

 

 立ち上がってヒラツカ先生に挨拶しに行こうとするとぐいっと左腕を掴まれた。

 なにこれ、デジャヴ?

 

「な、なんだよ」

 

 振り返るとこれまた再び上目遣いのガハマさん。

 

「あだじもづれでっでー。おいでがないでー」

「え、やだよ面倒くさい」

 

 今にも泣きそうな声色で懇願してきた。

 

「ヒッキーとユキノシタさんのバトル見てたら怖気付いちゃったんだもん」

 

 もんってお前………。

 子供かよ。

 

「お兄ちゃん」

「あん? なんだよ」

「ユイさんも一緒じゃなきゃコマチはお兄ちゃんと旅なんかしないんだからね!」

 

 え?

 なに?

 今度はツンデレなの?

 いや、全くデレてねーな。

 

「あーもう分かったよ! ユイガハマも一緒に連れてけばいいんだろ」

「そういうこと!」

 

 はあ、先が思いやられる。

 初心者一人ならまだしも二人も面倒みなきゃならんとは。

 しかも二人してアホの子だからな。

 案外イッシキの方がしっかりしてそうだなー。

 

「コマチちゃん、ありがとー」

 

 そう言って、ユイガハマはコマチに抱きついた。

 女子ってなんでこう毎度毎度嬉しいことがあると抱きつきたがるのだろうか。

 超どうでもいいけど。

 

「んでこれからどこ行くか考えてんのか?」

「うん、ハクダンシティってとこにジムがあるみたいだから、まずはそこに行こうかなって。このミアレからも近いみたいだし」

 

 ハクダンシティか。

 もちろん聞いたことないな。

 

「ふーん。お前ジム戦デビューするのか。それじゃ、しっかり戦い方を教えなきゃならんな」

 

 ついに我が妹もジム戦デビューか。

 負けないように兄として先輩トレーナーとして戦い方を伝授してやらないとな。

 

「あ、ジム戦受けるのはお兄ちゃんだから」

 

 なんでだよ。

 

「あ? なんでだよ。これはお前の旅だろうが。俺はただの付き添いだぞ」

 

 コマチがメインの旅なんだから普通はコマチがジム戦受けるもんじゃねーの。

 

「いやー、せっかく旅するんだし誰か一人はジムバッジ集めた方がいいんじゃなかと思って。んでそれにふさわしいのはお兄ちゃんってことになったから」

「なったから、って俺が意識失ってる間になに決めてんだよ」

「だって、ヒッキーの戦ってる姿見たかったんだもん」

 

 いいでしょー、と駄々をこねるユイガハマ。

 さっきからこいつ幼児化してないか?

 

「ねえ、ヒッキー。さっきの話でもう一つ思い出したことがあるんだけど」

「急だな、おい。さっきの話ってハヤマとユキノシタのバトルの話か?」

「そうそう。あの時、ヒッキーのリザードンだけ一瞬黒くなったような気がするの。まあ、黒くなったかと思ったら、次の瞬間にはオーダイルが戦闘不能になってたから見間違いかもしれないんだけどね」

 

 そんな細かいことまで覚えてるかよ。

 あの時はとにかく逃げたい一心で倒したんだから、バトル中のことなんて覚えてねーよ。

 逆にそんなことがあったということを覚えているだけでも褒めてもらいたいくらいだ。

 

「へー、ハヤマさんのリザードンを倒したユキノシタさんのオーダイルを、黒くなったお兄ちゃんのリザードンが一発で倒しちゃったんですねー。でも急に色が変わることって有り得るの?」

 

 有り得なくもない。

 光の反射だったり、技のモーションだったり。

 あとは…………………。

 

「何の話だい? 僕にも聞かせてほしいな」

 

 どこからともなく姿を現したのはプラターヌ博士。

 ユキノシタとのバトルの後、早々とどこかに消えて行きやがったかと思ったら、また急に出てきやがって。

 

「プラターヌ博士! 実はあたしとヒッキーって同じトレーナーズスクールの同じ学年の同じクラスだったんですけど」

 

 え?

 クラスまで同じだったの?!

 それ、初耳なんですけど。

 

「同じ学年にはさっきのユキノシタさんとハヤト君もいまして。その二人がある日、バトルしてユキノシタさんのオーダイルがバトルには勝ったんだけど、その後に暴走してそれを止めたヒッキーのリザードンが一瞬だけ黒くなった気がするんです」

 

 たどたどしく説明するユイガハマ。

 なんかあまり要点を得るような得ないような、キレの悪い説明であるんだけどな。

 まあ、ユイガハマだし仕方ないか。

 

「なんだってッッッ!?」

 

 オーバーだな。

 見間違いなだけかもしれないのに。

 

「ちょっと君達そこで待っててくれ。すぐ戻る」

 

 なんなんだ。

 あの慌てようは。

 

「なんかすごい顔で走り去ってっちゃった」

「あそこまでオーバーにリアクションを取られるとなんか気になっちゃいますね」

 

 お前らな…………。

 

 

 

 それから数分も経たないうちに博士は帰ってきた。

 

「やあ、すまない。取り乱したりしてしまって」

「それはいいですけど、博士はなにを持ってきたんですか?」

 

 帰ってきた彼の手には黒い鞄が握られていた、

 

「実はユイちゃんに見てもらいたいものがあってね。ちょっと準備するから待っててくれるかな」

 

 そう言うと、鞄を開き一台のパソコンを取り出した。

 特に変わったところのなにいたって普通のパソコン。

 彼は電源をつけるとファイルを開いて一つの画像を出した。

 

「ユイちゃん、君が見たっていうハチマン君のリザードンはこんな感じだったかな?」

 

 見せてきたのは色違いのリザードンの画像? 

 でもどこか違うような気もする。

 

「そう、そんな感じですっ!」

 

 ユイガハマが大きく叫ぶと、なるほど、と不敵な笑みを浮かべた。

 変態にしか見えなかった。

 

「ハチマン君。なんでこんな大事なことを黙ってたんだい?」

「どういうことだよ? その画像は色違いのリザードンじゃないのか?」

 

 なぜこうも俺はこいつに怒られなければならないんだろうか。

 

「これはリザードンのメガシンカの片割れ、メガリザードンXだ。君は多分この時に一度メガシンカをしている、かもしれない」

 

 は?

 なに言ってんのこの人。

 俺、メガシンカに必要な石はさっきもらったんだぞ。

 それがなんで石もなしにメガシンカなんて言えるんだよ。

 

「ちょっと待て。当時の俺はキーストーンもメガストーンも持ってねーぞ。メガシンカにはその二つの石が必要なんだろ? だったら、持ってないのに進化するとかおかしいだろ」

「僕はメガシンカについてこう提言した。『メガシンカにはポケモンとの絆が関係している』と。僕の知り合いのお孫さんがメガシンカ中に暴走させたっていう話も聞いている。ポケモンとの絆が足りなければ、例え二つの石を持っていようが暴走することもあるんだ」

 

 確かに、その言葉は耳にしたことがある。

 というかついさっきそれらしき言葉を耳にした気もする。

 だけど、その話と当時の俺のリザードンがメガシンカしたこととどう関係があるんだ?

 

「それとこれと何の関係があるんだよ」

「つまりこうは考えられないかい。メガシンカはポケモンとトレーナーとの絆の力によってなり得るもので、メガストーンやキーストーンはその絆の力を一定値にまで引き出す代替物であると。これはあくまで今の話を聞いて僕が立てた仮説に過ぎないが理にかなってるとは思うんだ」

 

 ええっと、何か。

 

「要するに二つの石はメガシンカをより安定的にするものであるとでも言いたいのか?」

「そう言うことさ」

 

 ニカッとハニカミながら答えてくる。

 

「確かに、絆なんていう不安定なものを固定化して安定したメガシンカを行おうとすれば、何らかの物質を使うことでできないかと考えるだろうな。そして、それが二つの石でできたとしよう。どうして、その二つの石で安定的にできると分かったんだ?」

 

 二つの石だとか絆の力だとかそういうのが必要なのは分かった。

 だけど、それならどうしてたった二つの石で絆なんてものが一定値にまで上げることができるようになるんだ?

 理解できん。

 

「それをこれから君に旅をしながら調べてきてほしいんだ。カロスでは僕が提言する以前からメガシンカの流通はあったんだ。だけど、僕がメガシンカを提言しなかったらメガシンカという概念すらなかった。以前までのメガシンカはただの特殊な進化、あるいはフォルムチェンジとして考えられていたんじゃないかな」

「おい、そこが重要なんじゃねーのかよ。なんでそんな大事な部分を曖昧なままメガシンカを定義したんだよ」

「いやー、僕も深く深く考えるうちに迷走してしまってね。提言した後にその考えに至ったんだよ。でも研究っていうはそういうものなんじゃないかな」

 

 知るか。

 俺は研究者じゃないからわかるわけないだろうが。

 そんな変な感覚。

 

「んなもん知るかよ。俺は研究者じゃねーんだ。そもそも理系は苦手科目だ。数字が出てくる時点で俺には話についていけるような世界じゃない」

「ああ、君は以前にもそんなこと言ってたっけなー」

 

 まあ、俺だからな。

 こんな話になればぽろっとそんなことも言ってるだろうよ。

 

「あ、あの。あたしたち全く話についていけてないんですけど………」

 

 と、二人で熱くなっていたらユイガハマに水を差された。

 

「「えっ?!」」

 

 熱くなっていたからだろう。

 なおさら今の言葉が俺の、いや俺たちの反応を大きくさせた。

 いや、でもまあ、こいつら二人は初心者だし、知識が豊富ってわけでもない。

 

「だ、だって話が難しすぎて二人が何言ってるのか全く理解できなかったんだもん」

 

 だからコマチがこんなことを言い出しても、それが当然のことだろう。

 

「シ、シズカ君なら今の話理解してくれたよね?」

「え、ええまあ。ある程度は理解できましたが、それもヒキガヤに及ぶものかどうかは怪しいです」

 

 期待を込めた声は完全にかき消された。

 

「「ええっ?!」」

 

 教師をしていたヒラツカ先生なら、と思って話を振ったのだろうがあいにく先生でも話についていくのがやっとだったみたいだ。

 

「ほら見たまえ。君はこちら側の人間なんだって」

「おい、何悪人みたいなセリフで俺を自分の足元に置こうとしてるんだよ。理解できないのは知識と国語力が足りてないからなんじゃないか。あと経験とか」

 

 いくらヒラツカ先生といえど持ってない知識だってあるんだ。

 例えば男を落とす仕草とか。

 

「私から言わせて貰えば、話についていけているヒキガヤの方が異常だ」

「だから、それは知識や経験が足りてないだけですって」

「そうとも限らんだろう。君にはある事を分析する力が高いようだからな。それが大きくものを言う時だってある」

「今がその時だとしても俺は研究職に就く気はないですから」

 

 なんかいつの間にかメガシンカの話か俺の勧誘の話に移行してんだけど。

 俺はこれからコマチの旅のお供をするという大事な任があるんだ。

 就職なんてまだまだ先の話になるだろう。というか仕事してますし。

 

「で、もう行っていいですかね。今日一日をここで過ごして終わらせるのも嫌なんで」

 

 こうなったら強引にでも話題を変えてやる。

 

「まあまあ、もう少しゆっくりしていきなよ」

 

 あんたは休憩を進めるおばあちゃんか!

 

「そうか。なら、ヒキガヤ」

 

 そう言ってぽいっとこっちに何かを投げつけてきた。

 あの………。

 さっきも言ったような気もしますけど、急に投げられても上手く取れないからね。

 もう少し間を設けてほしい。

 

「と、とととっ。何すかこれ」

 

 手に収まったのは一台の機械。

 

「それは私からの餞別だ。ホロキャスターと言ってこの地方での連絡手段だな。君のポケナビではこの地方はやっていけないだろうからな」

 

 はあ…………。

 ポケナビとの互換性とかはないんだろうか。

 

「残念ながらポケナビとの互換性はなくてな。代わりにそいつはホログラフを使った最新機だ。使いやすいとは思うぞ」

 

 マジか…………。

 ちょっとー、ツワブキの社長さん。

 技術、使い勝手供に抜かれてますよー。

 もっと頑張ってくださいよー。

 

「はあ、まあその、ありがとうございます」

 

 とりあえず言葉に詰まったのでお礼だけ入っておく。

 でもどうせコマチたちには渡したけど俺に渡すのを忘れてたとかそういうオチなんだろうなー。

 

「ハチマン君。さっきの事で何かわかった事があったら連絡してくれないかな。こっちでも調べられそうなことは手伝うし」

「善処する」

「お兄ちゃんが言うと不安要素にしか聞こえないね」

 

 うっせ。

 

「それじゃ、プラターヌ博士、ヒラツカ先生。また連絡しますねー」

「ああ、気をつけろよ」

「特にユイガハマな」

「ちょっ、それどういう意味だし!」

「ユイさんですからね」

「コマチちゃんまで酷い!」

 

 ユイガハマをいじる事を忘れずに俺たちは研究所を後にした。

 さて、これからどうなる事やら。

 

 

 ……………………ほんと、どうなるんだろう。

 不安しかない。


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