「イッシキ、お前はヤドキングとナックラーで来い。ついでにナックラーのバトルも見ておく。交代は自由でいいし、俺はゲッコウガだけで行く」
「分かりましたよ。技は制限なしでしたっけ?」
「ああ」
ずっと俺を睨み続けているヤドキングを他所にルールを決めていく。
「今日の審判は私がやるわ」
審判に名乗りを上げてきたのはユキノシタだった。なぜに? まあいいけど。
「それじゃ、二人とも準備はいいかしら」
「はい」
「ああ」
「バトル始め!」
ユキノシタの合図でバトル、もとい俺とヤドキングの喧嘩が始まった。これが喧嘩になるかは知らんけど。
「……うん、分かった。いくよ、ヤドキング。トリックルーム!」
……………。
イッシキとバトルなんてしなきゃ良かった。
なんだよ、またこのパターンかよ。
「ゲッコウガ、かげうち」
部屋の中に囚われてしまったため、取り敢えず影の中に退避。
これはあれだな。イッシキにはエスパータイプをゲットさせてはいけないというお告げなんだな。
なんでこう部屋ばっかり作り出せるんだろう。
「後ろだよ、シャドーボール!」
「まもる!」
もうやだ、弱点まで突いて来るし。
ユキノシタとかハヤマとか先生よりも怖い。何ならサカキとかグリーンの方がいいまである。それくらいイッシキの手は苦手だわ。
「ゲッコウガ、部屋を壊せ! つじぎり!」
見えない壁に向けて黒い手刀を打ち付けていく。
壊せるかは知らない。やったことないし、何なら部屋を使ってくるのはイッシキが初めてだから、前回は試してもいない。
「ヤドキング、一旦交代だよ。ナックラー、いくよ。ギガドレイン!」
ヤドキングを下がらせてナックラーを出してきた。ナックラーは出てくると同時に大きく口を開き、壁を斬りつけるゲッコウガの体力を奪い始める。
「ゲッコウガ、くさむすび」
草には草を。
タイプを変えつつ、ナックラーを地面から生えてきた蔦で絡め取る。
「かみくだく!」
だが、やはりあの大きな口は危険である。
蔦をものともせず噛みちぎり、自由を確保されてしまった。
「むしくい!」
そのまま走り出し、ナックラーが突っ込んでくる。
ーーー早い。
トリックルームにいる間は普段とは素早さが逆転する。より早く動こうとすればするほど、行動が遅くなってしまうのだ。そして元々鈍足であるナックラーもヤドキングもこの空間内ではゲッコウガを出し抜ける速さを身に備えてしまう。
「ハイドロポンプ!」
やりにくいったらありゃしない。
水砲撃を放とうとするも出す瞬間にはナックラーが目の前にまで迫ってきていた。
とにかくこの部屋をなんとか壊さない限りはどうにもならない。躱そうと動けば、それが仇となる。ならばーーー
「ーーー躱すな! 十秒かけて壁に行け!」
時間をかけて動けばいい。
素早く動こうとするから相手に出し抜かれるのだ。本能で躱そうとするから先を越されるのだ。だからこの部屋の中にいる間はゆっくり動けばいい。
「くっ、さすが先輩ですね。慣れるの速すぎです。じならし!」
トリックルームの中でも技を躱したことに悪態をついてくるが、攻撃の手はやめようとしない。ゲッコウガが地面に立っているのをいいことに地面を揺さぶってきた。
足を取られてゲッコウガはよろめき、それを好機ととったナックラーが砂を巻き上げる。
「すなじごく!」
砂の渦が出来上がりゲッコウガは飲み込まれてしまった。
さすがにこれはやばいな。さっさと倒すしかないか。トリックルームもそろそろ消えるはず。
「交代だよ。ヤドキング、サイコキネシス!」
再度交代をして、ヤドキングを出してくる。
「まもる」
ならばトリックルームが消えるまで耐えられればいい。それでなんとかなる。
「くっ、相手に使われるとやっぱり嫌な技ですね。でんじほう!」
守りの壁を撃ち抜かんと電撃を溜め始める。
でんじほう。
ザイモクザがこよなく愛するあまり手持ち全ての覚えられるポケモンに覚えさせている電気技。当たれば麻痺は確実。しかもザイモクザはアニメの見過ぎで技の命令はレールガンときたもんだ。どこの第三位だよ。
「ヤドキングも覚えていたか」
音速の三倍とかの速さで迫ってくることはないよな。
「ゲッコウガ、あなをほる!」
久しぶりの穴掘り。防壁を貼ったまま地面に穴を掘り始める。
ん? 動きが元に戻ってる?
「部屋がなくなったか」
「サイコキネシス!」
電撃を溜め込みながら超念力を張り巡らせる。
地面にいてもゲッコウガに効いているのが感じ取れる。
「ゲッコウガ!」
呼びかけると地面の中からゴオォッと間欠泉のように水が吹き出した。
またあの時のがきたみたいだ。俺の視界がいきなり地面の中に変わっている。
「つじぎり」
まずはつじぎりでサイコキネシスを叩き切る。加えて悪タイプに変化することでサイコキネシスの影響下からも免れる。
そのままジャンプして地上に戻り、そのままヤドキングを斬りつけた。
『くそっ、このハチ公が!』
最後にそんなことを吐かすヤドキングに時間差をつけて衝撃が伝わり、こちらを振り向いた時にドンッとすごい勢いで倒れ伏した。
「ふぅ……」
視界がゲッコウガになってバトルの状況が分かりやすくなるのはいいが、なぜか俺まで疲れてしまう。一瞬のことではあるが、結構な消耗を感じるな。
「ヤドキング!?」
「ヤドキング、戦闘不能みたいね」
イッシキが呼びかけるがヤドキングは全く反応を示さず、それを見ていたユキノシタが判断を下した。
「お疲れ様、ヤドキング。昔から凄かったけど、一段と強くなったんだね。いいよ、これから一緒に行こう」
そう言ってヤドキングをボールに戻し、代わりにナックラーを出してきた。
「ナックラー、あの規格外のゲッコウガを倒すよ。むしくい!」
「ハイドロポンプ」
突進をかましてくるナックラーに元に戻ったゲッコウガは水砲撃で応える。トリックルームの消えた今ではナックラーの速さはゲッコウガの相手ではない。
「ナックラー!?」
走り出したナックラーを水圧で押し返し、戦闘不能に追い込む。
「ナックラー、戦闘不能。ヒキガヤ君の勝ちね」
ユキノシタがジャッジを下し、バトルが終わった。
なんだろう、イッシキ相手だと本調子が出ないというかペースを持って行かれる。
やっぱこいつ、苦手だわ。
「はあ………ナックラーお疲れ様。やっぱり先輩には勝てませんねー」
「いやいや、十分だと思うぞ。ヒキガヤに対してここまで追い込む奴はそういない。ましてやイッシキは初心者の端くれ。上等以上のバトルだったと思うぞ」
先生がイッシキのことを評価しているが、まあ俺も図らずもそう思っている。というかただ単に俺が相手をしにくい策を打ってくるからだろうけど。
「………イッシキにはエスパータイプを持たせたら危険なのがよく分かったわ。もうお前とはバトルしたくないくらいには疲れた」
ゲッコウガと二人して大きなため息をつく。テールナーといいヤドキングといいどうして部屋ばっかり作ってくるのかね。しかもナックラーがそこに便乗できてしまうとかなんなの?
「ゲッコウガ、今日はもう大人しく寝てようか」
「コウガ」
明日の襲撃に備えて今日は休むことにした。
やだなー、どこからか聞きつけて来るんだろう?
退院日変えられないかなー。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「それでどうでした? ナックラーとついでにヤドキング」
部屋に帰りベットに戻るとイッシキが口を開いた。ゲッコウガはまたもやテールナーとイチャコラしてる。
こうして見渡してみるとこの一部屋に八人もいるのは異常に見えてくる。というか狭い。
「どうってなー。まあ、いいんじゃねーの? そもそもお前は図らずともテールナー、ナックラー、ヤドキングで上手くチームができてると思うぞ」
どうしてこうなった、と言いたいくらいにはいいパーティだと思う。
「どういうことですか?」
「テールナーとヤドキングで相手のポケモンのペースを乱して、ナックラーで重い一撃を喰らわせる。戦法的には得策だし、個々の守備範囲も広い。ただ、欲を言えば物理技はいいとして遠距離からの攻撃の火力が欲しいところだな。テールナーが進化するなりヤドキングの技を増やすなり」
「ヤドキングは充分だと思いますけどねー。でんじほうを覚えてるって言われた時は驚きましたけど」
「技マシンで覚えさせられたんじゃないか? あの校長のことだ。どうせお前のところに送り出す前に何かしてるはずだぞ」
あの一見大らかそうな老人は、実は結構したたかだったりする。俺の卒業試験の時も決めようと思えばいつでも決められるようなものだった。なのにそうはしなかった。外に出ればこれほどのトレーナーがいるということをリアルに感じさせてきたし、今思い返せばあのフーディンはメガシンカだったのだろう。だけどあの人はメガシンカなんて何も言わなかった。その存在さえいうことはなかった。知りたかったらいろんなものを自分の目で見てこいと言わんばかりに最後は送り出された。まあ、本当に知らなかったんだろうけど。
そんな老人が初心者トレーナーに、ましてやかつての教え子に自分のポケモンを渡すときたら、何も仕込んでいない方がおかしいと思う。
もしくはイッシキが俺たちと一緒にいることをヒラツカ先生が話していたら、俺への嫌がらせという見方もできるな。あんな送り出し方してくるくらいだし。
「………ヤドキングを使いこなせるかは不安ですけどね」
「おい、あれで使いこなせてないって言ったら、どの辺まで行けば使いこなせるって言えるんだよ」
こいつのハードルは一体どこまで高いのだろうか。
十二分に使いこなせたと思うんだがな。
「や、あれはヤドキングが経験を積んできてたからであってフレア団とかいう人達にまた襲われたら、上手くできる自信がないです」
「…………なら、もう一体くらいは切り札と言えるような存在を捕まえるべきだな」
「切り札、ですか………」
「伝説のポケモンだったり、絶対無理だと思うがメガシンカを使えるようになったり、とかな」
まあ、無理だろうな。
伝説のポケモンはそう見つからない。見つけたとしても簡単には捕まえられない。俺が言っても説得力ないけどな。でも黒いのは捕まえてないし、暴君様は単に利害の一致で一緒にいるだけだし。そのうちミュウツーはご主人様のところへ帰ってくだろうよ。
「メガシンカ…………」
またペンダントをぎゅっと握り始めた。握ると何かいいことでもあるのだろうか。
「それでいくと私は一応クレセリアかしら? でもあの戦いでいくら伝説のポケモンといえど、対策を立てられたらどうにもできないということを痛感したわ」
「僕はミミロップになるのかなー。キーストーンは持ってないけど、あれば一応メガシンカはできるから。まだまだ使いこなせてないけどね」
「………あれ? 中二さんは?」
コマチが不思議そうな顔でザイモクザを見た。
俺、ユキノシタ、トツカときてザイモクザが言わないのもあれだもんな。
「い、いるにはいるが………」
「ロトムじゃないの?」
「あいつは家電がないと力を発揮できないちょっと変わり者なんだよ」
家電に入り込むことでその特性を生かしたフォルムチャンジを行い、タイプを変えてくるちょっと変わり者なのだ。だから何故ザイモクザがそんな奴を連れているのかは気になる。マジでどこから連れてきたのかね。
「うむ、ハチマンの言う通りである」
「で、あの子は元気なのか?」
「あうあちっ! は、ハチマン………何故その存在を知っている!」
「いやお前、前に進化先を間違えたとか言ってきてただろうが」
「………くぅ、過去の我、なんたる失態。一番知られてはいけない奴に知られてるではないか」
「で、結局誰なの?」
さらっとザイモクザの言い分を流すのはユイガハマ。流石である。
「諦めろ、ザイモクザ。六体目を見せてやれ」
「うぅ、ハチマン。覚えてろよ」
そう言ってザイモクザは泣く泣くスーパーボールを取り出し、開閉スイッチを開けた。
「フィー」
ボールから出てくるとザイモクザの膝の上に飛び乗りちょこんと座り込んだ。
ピンクと紫を混ぜたような体の色もポケモン。タイプはエスパー。
「「「エーフィ……!?」」」
エーフィ。
色々な特定の条件を満たすことで多彩な姿に進化するイーブイの進化系の一つ。
「へー、意外だね。ザイモクザ君がエーフィを連れてるだなんて」
「お、おう………」
「お前、サンダースに進化させるとか言ってたのに、いつの間にかエーフィに進化してるとか言い出したから俺もびっくりだったわ」
以前、ザイモクザはイーブイの進化先の一つであるサンダースに進化させようとしていたが、いつの間にかどっぷり懐いてしまいかみなりの石を手に入れる前にエーフィへと進化してしまったらしい。俺もその時にいたわけではないので詳しいことは知らない。
「…………なんかちょっと見たことのない絵面で戸惑ってるんだけど」
「それは俺も陥ったな。………なんかザイモクザに可愛い系のポケモンってのは、なー」
俺たちが絵面の意外性に戸惑っている間、エーフィはザイモクザの腹に頬を擦り付けていた。
「だが、何故エーフィが切り札なんだ?」
先生の言う通りである。
だが、これにもちゃんと理由があったりする。
「はぽん。それでは説明しよう! 我の最初のポケモンはポリゴンである。ポリゴンはノーマルタイプではあるがでんきタイプの技をたくさん覚える。その中のでんじほうに我は惚れ込んだ! そして二体目として捕まえたイーブイをサンダースに進化させようとして我は先にでんじほうについて詳しく調べていた! だがしかーしっ! かみなりの石を見つける前に先に懐かれてしまいエーフィへと進化してしまったのだ! あの時の悲しみは今でも忘れないぞ! だが進化してしまったものは仕方ない。試しにでんじほうを覚えさせてみたら覚えたこと自体にも驚きであったが、ものすごい威力だったのだ! 今いる手持ちの中でも群を抜いた爆発的な威力を誇るのだ。でんきタイプではないのに、だ! あの時の我は痺れた。文字通り痺れた。あんな美しいでんじほうがあっただなんて我感動した! だがしかーし! 先に言ったようにエーフィはでんきタイプではない。我の手持ちは基本でんきタイプかはがねタイプで構成されている。だから敢えて出さないようにしてきたのだ」
「つまり、こいつは自分はでんきやはがね専門のトレーナーと思い込ませるためにエーフィをみんなの前では出さなかったわけだ。相手にそう思い込ませたところでエーフィが出て来れば場の展開は一気に変わるからな。それ故の切り札なんだよ」
多分、今のザイモクザの説明では分からないだろうから付け足しておいた。
ようやく俺の言葉でみんな理解できたようで、なるほどと口々にそう言っている。
「こいつは言わばジムリーダー系のトレーナーなんだよ。偶然ではあるがでんきやはがねタイプが揃ってしまった。それ故のタイプのこだわり的なのがあったりなかったり………」
「あと、なんか恥ずかしい…………我が可愛いポケモン連れてるとかいじるネタにしかならないじゃん」
すまん、それ俺のことだな。俺が悪かった。
大方の理由はこっちなんだろうな。
「ま、こんな感じで結構それぞれで切り札がいたりするわけなんだわ。だからまだそう重く考えなくてもいいだろうけど、いつかそういう存在もいたらいいって話だ」
ちなみに先生の切り札はエルレイドなんだろうな。
メガシンカさせてくるし。
「な、なるほど…………、結構勉強になりました」
「で、お兄ちゃんの切り札はなんなの?」
「うーん、それなんだよな。俺からしたらどれも切り札でしかないような気がするんだよ。ほら、リザードンはメガシンカするし、ゲッコウガはへんげんじざいの持ち主だし、黒いのと白いのは規格外だし」
「まあ、こんな感じで規格外のトレーナーもいるってことよ」
「「「はーいっ」」」
あ、なんかユキノシタに俺は規格外でまとめられてしまった。しかもそれであっさり理解してしまう三人て一体………。
「まあいいけどよ。話を戻すと取り敢えずもう一体は何かそういう特別なのが欲しいってことだ」
「………メガシンカ、かー」
「なんだよ、お前やけにメガシンカに食いつくな」
「い、いいや別にそういうわけではないですよっ!」
「メガシンカはあれもあれでトレーナーの腕が試されるもんだぞ。メガシンカするとキーストーンがもう一つの脳なり心臓なりに感じられて、バトルの後は過剰な細胞活動をした感覚になり精神的疲労を感じることもある。メガシンカしてる時間が長ければ長いほどそれは強く感じられる。メガシンカにはそういうトレーナーに対しての負担もかかってきたりするもんだ。それ相応の覚悟がなければ扱うのは難しい代物なんだよ」
イッシキはどんなテクニシャンなバトルを組み立てようとも、基本は初心者トレーナーでしかない。メガシンカを扱うのにはそれ相応の覚悟を持って使わないと力が反発して暴走を引き起こしかねず、経験の浅いイッシキでは使いこなすのは無理があると思われる。経験を積んだトツカでさえ扱いきれてはいない。その辺も含めてコンコンブル博士に話した方がいいのかね。
「それと伝説のポケモンはあまりトレーナーのポケモンになろうとはしないわ。何か役目を果たそうとしてる時くらいね」
「それって………」
「いつかは別れるってことだ。ミュウツーなんかがその一例だな。時が来たら俺から離れていく。ただよく分からんのがダークライだ」
なんでいるのか未だに分からん。何のためにいるのかも分からん。まあなんだかんだで言うこと聞いてくれるし、追い出すことはないんだけど。
「なるほど……」
なんて俺が考えているとユキノシタがポンっと手を叩いた。何か理解に至ったらしい。
「だからクレセリアは私といるわけね」
「なんだよ藪から棒に」
「いえ、私も何故クレセリアが私のところに来たのかずっと気になってたのだけれど、あなたと旅することを予感してついてきたのかもしれないわ」
ああ、そういうことか。
言いたいことはよく分かったわ。
「どういうこと?」
だが、初心者三人組は理解に至らなかったらしい。
「ヒキガヤ君にはダークライがいる。ダークライはいるだけで悪夢を見せると言われているポケモン。反対にクレセリアは悪夢を取り払う力を持ってるの。誰もヒキガヤ君といて悪夢を見たことなんてないでしょう?」
ようやく理解したらしく「おおー」と口々に感心している。けどなユキノシタ。お前はひとつ間違えてるぞ。
「俺はあるぞ」
「あなたは別よ。ダークライのトレーナーなんだから」
言ったら一蹴されました。俺って本当にダークライの何なの?
「一応野生のままだけどな」
「つまり、ダークライがいるからクレセリアもいる。ダークライがどこかに行かない限りはクレセリアとも別れることはないわ」
「それ多分、ずっとじゃね? あいつ俺から離れる気なんて全くなさそうだし。たまにいない時もあるけど、気づいたら帰ってきてるし」
「ある意味すごいことよね。ダークライの帰る場所になってるのだから」
「それな」
ある意味というか普通にすごいことだとは思う。思うけど、なー。まあ悪い奴じゃないし。ぼっちは人間もポケモンも関係なく惹かれ合うってことなのかもしれない。
「ぼっちって最強だな」
「それはまた悲しい最強ね」
「いやいや、よく考えてみろ。ヒーローってのは常に一人じゃないか。孤独なのに強い。何なら最強とまで言える。つまりぼっちは最強なんだよ」
「嫌な最強ね。両方手に入れるくらいの気概はないのかしら」
「ねぇ、コマチちゃん。また始まっちゃったけどどうしよっか」
「二人だけの世界に入ってますもんねー」
「屈折した二人だからな」
「まあ、そのうちお兄ちゃんが負けると思うんで見守っておきましょう」
それから一時間くらい話の論点がずれたまま、ユキノシタと口論していた。………ああ、もちろん負けたさ。口上手すぎるんだよ………。
✳︎ ✳︎ ✳︎
翌日。
見事退院した。
別にめでたくもない。
何なら俺の目の前には鬼のような目つきをしたヘルメット少女がいる。
名はコルニだったか。
「よし、もう一日くらい入院してこようかな」
回れ右をして病院の中に引き返そうとすると首根っこをつかまれた。
「ピンピンしてるようで何よりだよ! さあ、早速ついてきてもらうわよ!」
「ギブ、ギブ………ぐびじばっでる!」
呼吸ができなくなり意識が段々と薄らいできた。あ、このまま再入院ってルートに入れるのか。なら、そのまま気を失おう。
「あ、ごめん。ちょっときつかったね」
三途の川が見え始めたところで首の締め付けを緩められ、体内に一気に酸素が駆け巡り、血の流れが活発化する。おかげで俺の再入院ルートは消え失せてしまった。下手したら死んでるな。
「………マジでやんの? あんまり気乗りしないんだけど。というか面倒なんだけど」
「やるったらやるの! ホウエンのチャンピオンもちゃんとやったんだからあんたもやるの!」
「ホウエンのチャンピオン……………ダイゴさんか」
え? なに? あの人まで来たわけ?
律儀というかなんというか。
「面倒くさっ………。やったところでメガシンカに何かが変わるとは思えないんだけど?」
「形が大事なの!」
「誰からも継承してないのに?」
「それはメガストーンの話でしょ。あんたの場合、キーストーンはおじいちゃんからのものなんだから継承してることになるじゃない」
「えっ? これ俺のじゃないのかよ。……って、どうしたイッシキ。なんかすごいキョドってるぞ」
「ふぇあ? ななななんでもないですよなんでも!」
普段の俺の数倍は怪しさをまとっているイッシキ。目はどこを見ているのか焦点が定まらないし、なぜかペンダントを握っている。というか普段の俺はすでに怪しいのかよ。
「………イロハちゃん、さすがにそれは怪しいよ」
ユイガハマがツッコミを入れると「ふぇ?」とあざとい声を上げた。デフォであざといとかもう能力の一つじゃね?
「ほら、いくよ」
「ちょ、待っ、どこに行くってんだよっ」
腕を掴まれて強引に引っ張られた。
前のめりになって転けそうになったのを何とか踏ん張りながら聞いてみる。
「マスタータワー!」
「はっ?」
「えっ? あんたマスタータワーも知らないわけ? シャラシティと言ったらマスタータワー。常識なんだから!」
常識なのかよ。
「お、おう………」
なんだろう、朝からやけに元気すぎない?
俺ちょっとテンションの違いに疲れ始めてんだけど。
「歩きながら、少しマスタータワーについて教えてあげる」
俺の腕を掴んだままコルニは歩き出した。なんだろう、気にしてるのは俺だけなんだろうか。余計に恥ずかしくなってきたんだけど。
「シャラシティに住んでいた私たちのご先祖様が最初にメガシンカさせた、そう言い伝えられてるの。ある日、二つの石を見つけた。一つはトレーナーに、もう一つはポケモンが持つことでポケモンに変化が起きた。それが今に伝わるメガシンカ。そして、その象徴として建てられたのがマスタータワーってわけ」
得意げに話を進めていくコルニの背中を追いながら後をついていく。
同じだな。ホウエンの流星の民からも同じような話を聞いた。まあ、嘘臭くて半信半疑だったが、実際にメガシンカを使えるようになってその話が事実だったことを実感した。あっちではメガシンカの起源は竜神様から始まったみたいだけど。
「おじいちゃんは今ではあんなんだけど、昔はすごいトレーナーだったんだよ。ジムリーダーもしてて、メガシンカの伝承もして、何でもできるトレーナーだった。ただあんな性格だから威厳なんてものはあまり感じられないかもしれないけど」
まあそれは分からなくもない。
オーキドのじーさんにしろ、プラターヌ博士にしろ、研究者にはあまりそういうのを感じられない。その枠組みでまだ威厳を感じられたのはカツラさんくらいだな。後はサカキとか校長とか怒らせたらまずい相手しかいない。
ああ、一番怖いのはヒラツカ先生だな。物理的な制裁が飛んでくる。しかも三段階あるし。
「………ねえ、あんたは昔おじいちゃんにあったことあるんだよね。何か言われたの?」
「覚えてねぇよ。会ったのだってたったの一回出し、顔を覚えてただけでも褒めて欲しいくらいだ」
「いつかは覚えてるの?」
「ポケモンリーグからの帰り。年寄りのくせによく喋るから忘れられなかった。ただそれだけだ」
「ポケモンリーグ……………そういえばおじいちゃんから昔ポケモンリーグにリザードン一体で乗り込んだバカな少年がいたって話を聞いたことあるなー」
それは多分俺だろう。というか後にも先にもポケモン一体で乗り込むバカはいるはずがない。
というわけなので忘れてくれるとありがたい。何なら忘れてくださいお願いします。
「その人なら知ってるわよ。というかそろそろ手を離したらどうかしらヒキガヤ君」
「ああ、ごめんなさい! 完全に忘れてた」
ユキノシタに言われて慌てて手を離してくれた。ようやく解放されたか。何気に力あるのな。手に痕がついちゃってるよ。
「ぶー、ヒッキーのたらし」
「お義姉ちゃん候補がこんなところでも……………コマチは大歓迎だよ、お兄ちゃん」
「せんぱーい、ひどいですぅ。私というものがありながら他の女の子に手を出すなんてー」
「お前らな………、特にイッシキ! お前はいつから俺の彼女になったんだよ。勘違いして告白して振られてしまうだろ」
「振られちゃうんだ………」
振られちゃうんだわ…………。
言ってて悲しい。
「あっ!? ヤバッ、みんな急がないと! 潮が満ち始めてる!」
海の向こう側に見えるデカイ塔。どうやらあれがマスタータワーらしく、そこへの道は満ち潮により消え始めていた。
なんでそんなところに作ったかね。行くのに不便じゃないか。
「行くよ! って? あれ? 何してるの?」
コルニは駆け出したかと思うと足を止めて振り返ってきた。
「何って間に合うか分からないのに走るんだったら、最初から飛んで行こうかと思って」
ユキノシタがボーマンダを出しながら答えた。
「へっ?」
コルニは素っ頓狂な声をあげて驚いている。
「ユキノさんも随分とお兄ちゃんの影響を受けてますねー」
コマチはそんなユキノシタに言葉を返しながらプテラを出す。
俺もボールからリザードンを出し、よっこいせと跨った。
「あ、みんなしてずるいです! 私だけ飛べないのをいいことに」
「あ、ならイッシキさん、僕と一緒に乗る?」
ユイガハマが当然のようにユキノシタの後ろに乗り、イッシキだけが取り残されてしまった。
『いや、大丈夫だ。オレっちが運ぶから心配ない』
全員にテレパシーを送りながら勝手にボールから出てくるのはヤドキング。
軽々とイッシキを持ち上げると先に走り始めた。
「………あたし、飛べないんだけど……………」
あー、やっぱり?
どうしようかとみんなに目配せをするとじっとみんなが俺を見てきた。
はあ…………、俺に拒否権なんかない感じなのね。
「はあ…………、ほら、捕まれ」
コルニに手を差し出すと心底驚かれてしまった。
「ふぇっ?」
というかその反応はやめてほしい。
「あざとい声を出すな。そういうのはあっちで絶叫してる奴だけにしてくれ」
そう言って強引に腕を掴むと、
「あ、あざとくなんかないしっ!」
ようやく理解したのか自分で登ってきた。
取り敢えず、みんなで絶叫してるイッシキを追いかけた。
ザイモクザ?
あいつは安定のジバコイルに乗ってるぞ。