俺とおっさんの出会いはカントーリーグの時にまで遡る。
あの日、散々バトルして疲労した俺とリザードンの前におっさんがやってきた。彼は最後のバトルは凄まじかったと評価してくれて、同時にリザードンのおかしな現象にも注目していた。歳食ってる割にはよくしゃべり、軽快さを伴っていて俺が言葉を放つ隙もなかったのを覚えている。
話したいことをすべて話したのかようやく解放され、帰ろうとしたらリザードンの尻尾から何か落ちたらしく、おっさんに呼び止められた。だが、また関わると話が長くなりそうなので無視して帰った。
おっさんと会ったのはその時だけで、それでも印象強かったため覚えていた。黒いのにも食われていないのにはちょっと驚きだけど。
「おじいちゃん、この人たち誰?」
病院内だというのにローラースケートを履いている女の子がおじいちゃんと呼んでおっさんに尋ねた。孫なのかね。
「こちらがプラターヌ博士のところでメガシンカの研究を手伝っているヒラツカさん。それとあそこのベットにいるハーレム気取りの男がヒキガヤハチマン」
おっさんの言葉を聞くや否やイッシキとユイガハマがさっとベットから降りた。すげぇ速さだった。顔はめっちゃ赤いし。
「誰がハーレム気取りだ。それはそこのベットで未だにテールナーと寝ているゲッコウガに言ってくれ」
「ヒキガヤ、知り合いだったのか?」
「一度だけ。名前すらも知らない変なおじさん」
「どうも私が変なおじさんですってな。わっはっはっはっ」
うぜぇ。
今も昔も変わらんとかやだわー。ずっとこのノリで生きてるとやだわー。
「おじいちゃん!」
「こわやこわや。それじゃ改めて。わしはコンコンブル。メガシンカを継承している者だ。こっちは孫のコルニ」
………ん? まさかおっさんがプラターヌ博士が言っていたメガシンカおやじ?
「それでメガシンカの調子はどうだ?」
「……やっぱりそうなのか…………。なんだろう、カロスには顔見知りが多いような気がする」
「わっはっはっ、プラターヌ博士にメガシンカの研究にお前さんを推薦したのはわしだよ。ついでに言えばお前さんのリザードンが持っているメガストーンは元々はお前さんが持っていたものだ」
「はっ?」
何言ってんの、この人。
俺がメガストーンを持っていたとかあるわけねー。博士にもらうまで見たこともなかったんだし。
「その顔じゃ、知らなかったみたいだな。お前さん、わしと会った時に最後呼び止めたのは覚えてるか?」
「あ、ああ、まあ」
「その時に落としてたのがメガストーンだったんよ。お前さんの噂は兼々聞いておったわい。しかもプラターヌ博士の知り合いときた。呼ばぬ理由がないわ」
「それって……………」
「つまり…………」
イッシキとユイガハマの呟きにおっさんはニヤッと笑みを浮かべる。
「そうそう、此奴は元々メガシンカを使ってたんよ」
「ええーっ!? てあれ? 皆さん、驚かないんですか?」
その横でお孫さん(コルニだっけ?)が驚いているが、他が誰も驚かないことに疑問を抱いたようだ。
「思い当たる節が」
「いっぱいあるから………」
そうなんだよなー。
覚えてるだけでもスクール時代に二回はあったし。
多分、あれのことなんだろうな。
「ん? でも待てよ? メガストーンをリザードンがつけてたとしてキーストーンの方は俺は持ってなかったぞ」
「いんや、持ってたはずじゃ」
「………ないな」
「おかしいな、それじゃメガシンカはできんではないか」
「俺に言われても………」
確かあの現象は俺の視界がリザードンのものになったはずだ…………あれ? そんなことをつい最近味わったような………………?
「まあよい。取りあえずお前さんにはメガストーンを返せたんだ」
「あ、ってことはあたしと一緒で継承の儀式やったんだ」
「儀式? メガシンカには何かやらないといけないことがあるのか?」
儀式ってなんだよ。プラターヌ博士は渡すときに何も言ってなかったぞ。
「えっ? ちょっと! おじいちゃん!? この人儀式のことまるでわかってないようなんだけど!?」
白いヘルメットをかぶった金髪ポニーテールがおっさんに突っかかる。
「あれは継承の儀式だからな。元々持っていた奴が『継承』ってのはおかしいだろ」
だがひょいと躱し、言葉でも躱した。
「でも………」
うっ……、と頭の片隅では一応分かっているのか一瞬たじろいだ。
「…………ホウエンの流星の民にはメガシンカにまつわる言い伝えがある。カロスだけがメガシンカの聖地ってわけじゃないんじゃないか?」
「よく知ってるな」
「………少しの間だけホウエンに行ってましたから」
そういやルネシティに行ったときに祠の番をしている老人に、ルネの巨木は3000年前のカロスの人によって植えられた的な話を聞いたような気がする。案外、それがAZだったりしてな。
キモリ元気かなー。
「そもそもメガシンカはキーストーンとメガストーンの力が結びついて起こる現象だろ。でもメガシンカにはトレーナーとポケモンの絆が関係しているとも博士は提言している。前に博士とみんなが所々で見ているリザードンの現象について話したこともあるんだ。その話でできた仮説は『二つの石はメガシンカを行うプロセスの鍵である絆を一定値まで引き上げるものである』だ。要するに博士はリザードンのおかしな現象をメガシンカと捉え、石無しでメガシンカが起こるとすれば絆が関係しており、そうであるならば二つの石は絆を安定させる代替物であるってことだ」
これで理解できたかな。
前はヒラツカ先生でも大雑把にしか理解できてなかったし。
「あー、なんかそんなことも言ってたね。二人が何話してるのか全くわからなかったけど」
ユイガハマが思い出したように呟くのに対し、ユキノシタは俺を白い目で見てくる。
「………へー、あなた博士とそんな話をしてたの? 二つの石がなくてもメガシンカが起きる……………ッッ!?」
あ、そうだった。ユキノシタはその時いなかったんだった。道理であまり話題にメガシンカ上がって来ないと思ったら。
かと思いきや何かに気づいたようだ。
「ねえ、ちょっと待ってヒキガヤ君! それって!」
「まだ仮説の段階だ。お前が気づいたことに関しちゃ俺も何とも言えん。ただ、同じような現象だったのは確かだ」
「そ、そう………」
仮説って言葉はいいよね。はっきりしていないことに取りあえず仮説の段階って言っておけば追求のしようがないし。
「ふむ………実際に使ってみて分かったが、確かにポケモンとの信頼はメガシンカに必要な気がする」
先生もメガシンカを使うようになって何かを感じたらしい。
「なるほどのぅ。あのプラターヌ博士の話についていけるとはさすがだな。わしもどういう原理で起きているのかは実際のところよく分からん。ただ、二つの石が必要であり、それでも失敗することだってある。その失敗が起こる原因としてお前さんたちが言う絆が関係しているとすれば、その仮説も筋は通っておる」
専門家からしてもまだまだ分からないのがメガシンカの実態なのか。
であるならば、あの仮説もまだ生きも死もしてないということになるな。
「………そんなのただの詭弁でしょ。メガシンカには二つの石が関係していて、バトル中に一体だけ進化させられる。それがメガシンカよ」
「想像力が足りないな」
どっかの流星の民の言葉を乱用させていただきました。聞いた話では結構な変わり者だったらしい。
「お前はメガシンカに失敗したことはないのか?」
「…………」
おいこら、目をそらすな。
「昔はすぐに暴走させておったわい」
代わりにおっさんが答えたぞ。というかもうおっさんを通り越して爺さんになってるよな。もう名前でいいか。
「おじいちゃん?!」
恥ずかしい過去を明るみにされたコルニは顔を真っ赤にしてコンコンブル(長い名前だな)………先生? 師匠? 博士? コンコンブル博士でいいか。彼に突っかかるもまたもやひょいと躱されていた。
「ざまぁ」
「ちょっと! そんなに言うんだったらあたしとバトルしなさい!」
「退院して覚えてたらな」
「なら退院日に迎えに来る!」
この子凄く負けず嫌いだったりする?
こんなたわいもない挑発に乗っちゃってるし。
「おーおー、わしの孫娘もついに男を気にするようになったか」
「おじいちゃん。その減らず口、強引に塞ぐよ」
「おお、こわやこわや。よせよせ、お前じゃまだわしには勝てん」
ふむ、この祖父にしてこの孫ありか。
面倒なところは似てるな。
「だったら、ジムバッジも賭けるわ。あたしの全てを賭けてあなたを倒す!」
全て? 全部だと?
こりゃ、バトルしないとな………。
「ねえ、ヒキガヤ君。今何か邪な考えをしなかったかしら」
「い、いえ、滅相もございましぇん」
噛んだ………。
なんだろう、デレの反動かちょっと行動が病んでない? あ、まだ大丈夫か。そうかそうか。
「面白い展開になったのう。バトルの日を楽しみに待ってるぞ」
そう言って、結局何しに来たのか分からない二人には帰って行った。
ほんと何しに来たわけ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
二人を見送っていると、ふとイッシキがいつもつけているペンダントを握っているのに気がついた。
「イッシキ? どうした、そんなペンダント握って」
「うぇっ!? あ、や、なななんでもないですよっ」
なにこの動揺っぷり。
逆に何かありそうで怖いんだけど。
「い、いやー、それにしても先輩。ちゃっかり女の子とデートの約束取り付けちゃうとか、すごいたらしっぷりですね」
「あれをデートの誘いだと言えるお前がすごいわ。なんなのあいつ。バカなの?」
退院日に迎えに来るとか意味が分からん。
そこまでしてバトルしたいのかよ。
「シャラシティジムリーダーよ」
「ジムバッジなんて口にしてたんだからそうだろうけど………。大丈夫なのか?」
「実力主義の世界だから」
まだビオラさんの方がジムリーダーとしての風格はあったな。殻を破ればあんなんだったけど。ザクロさんのまともさが恋しくなってくるわ。
「で、俺は結局いつ退院できるんだ?」
「意識は戻ったし、明日くらいには退院できるんじゃないかしら」
「元々お兄ちゃんは疲労が溜まってただけだからねー。病気でも怪我でもないし」
「ふーん? 疲労って病気にならないのか? あ、ちょっと体動くようになってきたわ」
三日三晩寝続けたせいか体が鉛のように重かったのが、段々と動かせるようになってきた。ユイガハマが「そんなに入院してたいの?」って聞いてきたがスルーしておく。
「メガシンカおやじの孫娘ねー。当然メガシンカさせてくるんだろうなー」
「スルーされた!? ………あの子がどうかしたの?」
ユイガハマがベットに腰掛けてそう聞いてくる。
「いんや、ただリザードンでやるかゲッコウガでやるか…………てか、おいゲッコウガ。お前そろそろ起きろよ」
「コウガ」
いきなりむくっと体を起こすゲッコウガ。当然、みんなして変な声をあげて驚いた。
「………先輩、テールナーのあの懐き具合はどうしたらいいですか」
「知らん」
トレーナー本人もちょっと異常を感じちゃうほどのテールナーのゾッコンぷりは今も発揮されており、座り直したゲッコウガの背中に抱きついている。なんかゲッコウガが心なしかため息を吐いているのは見間違いじゃないだろう。
「ゲッコウガ、お前どうせ話聞いてたんだろ。どうする? やるか?」
コクっと首を縦に振ってきた。
ならば致し方あるまい。
例の儀式をやろうではないか。
「よっこいせっと。おー、大分動く」
ベットから降りて屈伸やらの準備体操をして体を動かしてみると、固まっていた筋肉がほぐれ始め、身体中に血が駆け巡っていくのが分かる。
時々、骨がバキバキいってるのは聞かなかったことにしよう。
「んじゃいきますか」
「コウガ」
リュックからモンスターボールをいくつか取り出して二人で病室を出ようとすると「待ちなさい!」とユキノシタに呼び止められてしまった。
「なんだよ」
「どこに行く気よ」
「外のバトルフィールド」
「何をする気?」
「んー、あー、ほらゲッコウガのボール切られてこいつ今野生化してるんだわ。で、もう一度ボールに入れようかなと」
「あ、お兄ちゃん、ヒトカゲもらった時のやつやる気でしょ」
「そうそう、あいつリザードに進化しやがってたけどな」
以前コマチには話したことがあったらしい。それを覚えていたのか、俺が今から何をしようとしているのか気付いたようだ。話した記憶が俺にはなくなってるってのは不思議な感覚だわ。
「コマチちゃん、ヒッキー何しようとしてるの?」
「ゲッコウガとバトルするんですよ。一対一の」
「ん? リザードンを使って?」
「いえいえ、相手はお兄ちゃんですよ」
「なるほど、だからオーダイルともやりあえたのか」
「いや、あれ失敗してますから。何ならリザード相手にしかやってませんから」
オーダイルとか勝てるわけねぇよ。現に俺は怪我したし。
……………ゲッコウガを相手にするのか。死ぬかな。
いやでも、ケロマツが俺を選んできた以上俺もヒトカゲの時のように応えるべきなのだろう。
「あ、それとお兄ちゃん。コルニさんのあれはトリプルテールだから」
なんだってっ!?
ポニーやツインの他がまだあったのか!?
「…………………なあ、その原理でいくとクワトロテールとかあったりする?」
「また別の名前になってると思うよ。名前がかわいくないもん」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ」
やはり髪型なんてのは俺には理解できない世界であった。よく分かんねぇよ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
さて、外に来たわけですが。
「木の棒はー………と」
辺りを見渡して、程よい長さと太さの剣を見つけた。なんかご丁寧に鞘に納められてるし。何ならこの二本しかないという現実。
手にとって素振りをしてみるが、問題はない。ちょっと重たいがそこまでうるさく言ってたら他がないため我慢するしかない。
それにしても二刀流か。さすがにスターバーストストリームとかは俺にはできないな。スキルコネクトなら…………いや、それも難しいな。
「んじゃ、やりますか」
「ほんとにやるのね」
みんなして俺たちについてきており、大勢の観衆で賑わっている。
「どうにも俺は変なポケモンから寄ってこられるみたいだからな。本格的に手持ちにするにしても簡単にはさせてくれないんだよ」
「コウガ」
コクっとゲッコウガも頷く。
多分あいつも俺が言い出さなかったら何かしらの方法で俺を試そうとしてくるだろう。
「ま、つーわけだから。相手が最終進化までしてるってのはやりづらいことこの上ないが、お前をゲットさせてもらう」
ヒトカゲというかリザードの時はまだよかった。ただ、あんなに意気込んだのにあっさりボールに入られたのは悲しかったな。もっとこう、漫画みたいな展開になるとばかり思ってたのに。
そう考えるとゲッコウガはどうするのかちょっと楽しみでもある。あっさり入るのかしぶとく粘るのか。
「コウ、ガッ!」
あ、ちょっと急に始めないでもらえます?
お前の動き早いんだからさー、もう目の前にいるとかやめてほしいんだけど。
「こん、のっ!」
二本の剣ををクロスさせガードをするが、いやはやゲッコウガともなると力が強いわ。折れはしなかったけど、俺が後方に思いっきり飛ばされちまったよ。
「仮にも俺、お前のトレーナーなんだけどな。手加減なんて言葉全くないな」
ちょっと緊張感が湧いてくる。
二本の剣をしっかりと握り直すと、一つ瞬きをする。
あ、やべっ、あいつ影に潜りやがった。それは卑怯すぎない?
「せーの」
その場に立ったまま、剣を裏手に持ち替え両脇を通して後ろをついた。
しゅっと躱す音がし、案の定影から俺の背後を狙ってきやがってのが分かった。
「って、えんまく、かよ。ゴホッ、ゴホッ……くそっ」
やべぇ、すげぇ煙たいんですけど。しかも前見えんし。
だが、その間にもゲッコウガの気配は動いている。
煙で遮られた煙の中を360度見渡すが、常に俺の背後を狙っているようで、場所を特定できない。
と。
剣が勝手に動き出し、腕を持って行かれた。
「え? ちょっ!?」
よく分からないが体の動くままに煙の中を剣で一突きする。すると何かに当たったらしい感触があった。何かなんてのは分かっている。ゲッコウガだ。本能的に何かを感じ取ったのだろうか。
だが、次の瞬間には背後に強い衝撃を感じた。どうやら斬られたらしい。
「痛っ………くない?」
衝撃こそ伝わってきたが斬られた痛みは感じない。衝撃による痛みはあるけど、何かに守られたような、そんな感覚である。
「コウ、ガ!」
と、今度は正面からゲッコウガが姿を見せてくる。両手には白く光る手刀を裏手で握っている。
俺は両腕を下げて構えを取る。やったことはないがゲッコウガがつばめがえしを出す際の初動を真似てみた。確かつばめがえしは下から掬い上げるような形のやつが基本だったはずだし、間違ってはいないはず。
最初に振り下ろしてきたゲッコウガの右刀を俺の右刀で受け止める。そのままの遠心力を活かして、空いた右懐に一突き入れた。だが、掬い上げた左刀で受け止められ、後方宙返りで距離を取られて俺はその勢いでバランスを崩し、転けそうになる。そう、なるはずなのだ。だが実際には転けなかった。転ける前に後ろから引っ張られたのだ。
「はっ?」
意味が分からず後ろを見ると、握っている剣が収まっていた鞘が俺の背中に引っ付いていた。
あれ? 俺、紐とかで縛った覚えないんだけどな…………。
「うおっ!?」
しゅるしゅるという音が飛んできたので振り返ってみると水でできた手裏剣が迫ってきていた。一つだけならいいのだが、五つくらいはあるな。なんて頭では冷静に考えていながらも体は勝手に腕の動くままに手裏剣をはじき返していた。また本能的に動いてしまった……………?
「なわけないか」
もうここまできたら俺が今握っているものが何なのかは分かってきている。
どうせポケモンなのだろう。
思い返せばゲッコウガのつばめがえしを受け止めた時も二本の剣は白く光っていた。こちらもつばめがえしを使ったらしい。
「コウ、ガッ!」
ゴウッと唸るような音がし、水砲撃が飛ばされてくる。だが、もうそんなのがきてもどうにかなることは分かっている。
俺は二本の剣を裏手に持ち直し、再び下げて構えを取る。ハイドロポンプが目の前まできたところで両腕を掬い上げ、腕をクロスさせて受け止めた。そして、右手の剣を回して縦に斬った。水は俺の両脇を駆け抜けていき、やがて消えた。
「ねえ、ゆきのん。あれってポケモン?」
「さあ、どうかしら。そこの知ってそうな人に聞いた方が早いと思うわよ」
「そこのって………!?」
ザイモクザ……………、お前のポケモンかよ。なんで外にいたんだよ。ってかなんで地面に放置されてんだよ。
「けぷこん! いかにも! 我のポケモンである! 紹介しよう、我がヒトツキの進化した姿、ニダンギルである! 昨日進化したのだが、ゴーストタイプを持っているためか中々の自由気ままな性格でな。勝手にボールから抜け出してそのうち帰ってくる癖があるらしく、今日は外で寝ていたようだ。どうだハチマン! かっこいいだろ? あの二本の剣とかマジよくね?」
取り敢えずムカついたので一本をザイモクザに向けて投げた。だが、真剣白刃取りでパンっと挟んで受け止めやがった。ザイモクザの癖に妙なテクニックを持ってんな。
「コウコウコウ!」
岩石を飛ばしてきたため、残ったもう一本の剣を天へと翳す。すると読み通り剣が長くなった。急激に重さが増したため、両手で掴みなおし、飛んでくる岩々横に薙ぎ払って一掃する。
せいなるつるぎ。
イッシュの三剣士+αが覚えるらしい技を何故かヒトツキが覚えているという話を前にザイモクザから聞かされていた。実際に技の発動フォームまで見せてくれて、今俺が握っている剣がそのヒトツキの進化であることが分かった時点で、せいなるつるぎが使えることも意味していた。
タイプはかくとうであり、岩を砕くには持ってこいの技である。
「コウッ!」
声のする方を見るとゲッコウガが再びえんまくで俺の視界を遮ってきた。
やばいな、これじゃザイモクザに飛ばした方の剣を受け取ることができなくなってしまったじゃないか。
そんなこんなしてる間にもゲッコウガは影から俺の隙を突こうと蔓延っている。
取り敢えず、剣で上空にモンスターボールを打ち上げておく。
野球で言うところのピッチャーフライだな。
「コウ、ガッ!」
それを狙ったかのように俺の背後に回ってきた。
さっきと同じように剣を裏手に持ち直し、脇を通して後ろを突く。
だが、今度は何の手応えもなかった。
ーーースカした?
そう思ったのも束の間、目の前にはゲッコウガが腕を振り上げていた。
ーーーやばい。
急いで剣を裏手のまま掬い上げてガードに入る。だが、攻撃はされなかった。
「………影か、よっ!?」
気づいた時にはすでに地面に倒れ伏していた。
いやね、そもそもが無理だと思うわけよ。ヒトカゲないしリザードならね、まだいいと思うのよ。でもゲッコウガは無理でしょ。オーダイルよりも無理だと思う。ほとんど動き見えてねぇもん。俺の攻撃なんてただの勘だもん。というかほとんど対応できてたのってこのニダンギルのおかげだもん。
「……あー、どうしたもんかね」
俺の上に馬乗りになって首に手刀を当て、アップで映し出されるゲッコウガから視線を外して上空を見る。
ちょうどいい感じに落ちてきていた。
「取りあえ、ず!」
ゲッコウガの腕を掴み、両足で力いっぱいに投げ上げた。
重い、重すぎる。
勢いでいけたけど、これ腰にくるわ。
「「「あっ、」」」
投げ飛ばされたゲッコウガを目で追っていた観衆からはようやく気づいたという反応が返ってくる。
俺も痛みに悶えながら上空を見るとゲッコウガがボールに吸い込まれていくところだった。
はあ………、今回は俺のペースでいけたか。やっぱ、あの時がおかしかったんだって。自分から入ってくるやつがあるかよ。
「…………疲れた」
カチッとボールがなるのを聞きながら大きなため息が思わず出てきたしまった。
「ゲッコウガ、最後自分から行ったよね」
「いきましたね」
「あのドヤ顔、どうしましょうか」
「うちの愚兄のことはしばらくそっとしておいてあげてください。そのうち治りますから」
コロコロと転がってきたボールの開閉スイッチを押してゲッコウガを出す。
仁王立ちして出てきた奴はいつものように糸目だった。見えてんの?
✳︎ ✳︎ ✳︎
「で、なんでいきなり私は先輩とバトルすることになってんですか」
ゲッコウガのゲットに成功してしばらく、ザイモクザによるニダンギル紹介という名の自慢を長々と聞かされ、充分に休憩した俺はせっかくなのでイッシキとバトルすることにした。
「この前はテールナーだけしかバトルしてなかったろ。だからもう一体の方もどんなもんか確かめておきたくてな」
「いいですけど、テールナーは打倒ゲッコウガで燃えてましたけど、この子はそういうのはないですよ?」
イッシキが連れているもう一体のポケモン、ナックラー。
イッシキのメロメロにかかって追いかけてきたとかいう奴。
ミアレジムをナックラーで勝ったとか言ってたが俺は実力を知らん。ミアレジムも行ってないのだし、一度見ておく必要があるだろう。
「あ、そうだ、イッシキ」
唐突に先生がイッシキを呼んだ。
何かあったのだろうか。
「はい?」
「ある人にお前の話をしたら、こいつを連れて行けと送ってきたぞ。ほれっ」
先生はモンスターボールを取り出すとイッシキに向けてぽいっと投げた。
「あ、とっと………。嫌ーな予感がプンプンするけど………」
慌ててなんとか落とさずに受け取り、苦い顔をしながら開閉スイッチを開けた。
「ヤードンッ!」
「やっぱりーッッ!?」
どうやら予感は当たったらしい。
それにしてもヤドキングか。で、あの懐き様を見るにあの人のだろうな。
「校長がヤドキングの世話を頼んだぞって言ってたぞ」
ニヤニヤとしながらヤドキングに追いかけ回されているイッシキに向けて言葉を投げかける。
「なんでこんなところにまでついてきてんのー! 校長のバカー!!」
割と初めて見るイッシキの本気の逃げっぷり。
もうナックラーのボールを落としていることにも気づいていない様子で辺りを走り回っている。当のナックラーは落ちた拍子にスイッチが空いたのか、姿を現している。そしてじーっとイッシキとヤドキングを見ていたかと思うと、二人の間に割って入った。その権利は自分だけのものだと主張したいのだろうか。
「…………」
「…………」
ナックラーの姿に足を止めるヤドキング。俺を盾代わりにして身を隠すイッシキは、追いかけてきていないことに「ふぇっ?」とこれまたあざとい声を漏らした。
「…………」
「…………」
コクッと頷きあうとなんかこっちに向けて全力疾走してきた。
「ぎゃああああああああああああ、せせせせんぱいたたたたた助けてくださいっ!」
「いや、俺を巻き込むなよ」
そんなこと言っているが俺までピンチなのは変わりない。
はあ………と深いため息を吐いてゲッコウガの背中を軽く叩いた。
ゲッコウガは一瞬でナックラーの四方をみずしゅりけんで塞ぎ、ヤドキングの首に黒い手刀をピトッと当てた。しばらく時間が止まったかと思うとヤドキングが両手を挙げて降参のポーズをとる。なんでそういうのを知っているのだろうか。こいつ、何なんだよ。
「え、っと………ヤドキングさーん? 落ち着いてもらえましたー………?」
俺の後ろからそーっと顔を出したイッシキは両手をあげるヤドキングを覗き込む。
無言でコクコクと頷く姿はマジシュールである。
「ナックラーも落ち着いた……?」
四方を手裏剣に囲まれたナックラーはコテンと首を傾げてくる。
「………先生、なんでヤドキングがこんなところにいるんですか」
「ん? だからさっき言った様に校長からの贈り物だ」
「や、私初心者トレーナーですよ。ヤドキングとか結構バトル慣れしてるベテランじゃないですか。私じゃ扱いきれませんよ」
未だ俺の後ろから離れようとしないイッシキが先生に投げ掛けるも、先生はニヤニヤと笑っている。そしてそんなイッシキの姿に何故かユイガハマが羨ましそうな目を向けている。
「あー、それなんだがな。あのヤドキングが自分から言いだしたことだから仕方なかったんだよ。恨むなら過去の自分を恨むんだな」
「はあ…………、ヤドキングはそれでいいの?」
ゲッコウガに連行されてくるヤドキングとナックラー。
『いいも何もそこの目の腐った男からイロハを守るために来たんだから拒否されてもオレっちに戻る気はない』
………………………………。
あれ? 幻聴かなー。今なんかとんでもない言葉が聞こえてきたような気がするんだけど。
「しゃ……………しゃべった!?」
「え? え? ちょ、えっ?」
初めてのことにコマチとユイガハマは驚愕を露にしている。
「これは………」
「テレパスだね。僕も受け取るのは初めてだよ」
ユキノシタとトツカはテレパスには驚いているみたいだが、知識としては持っていたようだ。
「ちょ、ヤドキング! みんな驚いてるから!」
「お前、知ってたのかよ。つーか、ヤドキング。今なんか色々とまずいことを言わなかったか?」
『ふんっ、さっさとイロハから離れろ、このハチ公が!』
仁王立ちになって俺を睨んでくる。
何このムカつくポケモン。
どこかの暴君様より偉そうなんですけど。
つーか、え? なに? こいつイッシキのストーカー?
「よし、いいだろう。お前を今から滅多切りにしてやるよ」
「ちょ、せんぱい! 落ち着いてください!」
なんかヤドキングのくせにバカにしてきたんですけど。
『いいだろう。あの時はお前にやられたオレっちだが、今回はそう簡単にいくと思うなよ』
「ちょ、ヤドキングまで!?」
なんだろう、この暴君以来のポケモンとの会話。
ポケモンなのにやっぱり人間らしさを感じてしまう。というか一人称がオレっちだったことに驚きだわ。
『さあ、イロハ。オレっちの実力を見せてやる』
こいつ、ゲッコウガに捕まってること完全に忘れてるのな。
「もう、どうなっても知らないよ」
ゲッコウガを振りほどいてヤドキングがバトルフィールドの定位置にまで移動していくと、イッシキは諦めた声を漏らした。
何気にこいつらって仲いいのかね。
「ゲッコウガ、頼むぞ」
「コウガ」
コマチが持ってきたボールにナックラーを収めると、イッシキは渋々といった足取りでヤドキングの後を追った。