ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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後書きにお知らせあります。


34話

 メガシンカした黒い姿のリザードンはゲッコウガの刃を素手で受け止めた。

 衝撃が周りに伝わり、俺たちの髪を逆立たせる。

 

「全く、手のかかる野郎だな」

 

 刃を受け止められたゲッコウガはすぐにかげぶんしんで姿を隠した。

 

「よく鍛えられている」

「………元からだよ」

「キリキザン、レパルダス!」

 

 バラの命令により一対三になってしまった。

 どうしようか。

 マジでどうしようか。

 俺、結構ヤバくね? ピンチだよね。

 

「焼き払え、かえんほうしゃ!」

 

 四方に散らばるゲッコウガの影をかえんほうしゃで掻き消していく。

 その間にキリキザンとレパルダスはリザードンと俺の背後を取ってきた。

 

「やれ!」

 

 再び二体はそれぞれ刃と爪を立て、迫ってくる。

 

「みずのはどう!」

 

 だが、俺たちに届くことはなかった。

 

「ユキノシタ………」

「いいからあなたはゲッコウガに集中しなさい。仲間としては頼もしいけれど、敵に回れば一番厄介なポケモンなんだから」

 

 突然現れたユキメノコの水壁により、キリキザンとレパルダスは後方へと吹き飛ばされたからだ。

 どうやらゲッコウガの拘束を先に解かれてしまったので、助っ人に来てくれたらしい。正直、今はありがたい。ミュウツーを出せば片のつく話ではあるが、こいつを今全ての元凶に見せるわけにはいかない。もう知られているかもしれないが、実力を生で見せてしまえば、より多くの情報を与えることになってしまう。そうすれば何か対策を立ててくるだろう。こいつらならやり兼ねないため、迂闊に力を見せるのは後々自分の首を絞めることになる恐れがある。

 

「三冠王…………、ふっ、なるほど。ならばわたしも出るとしよう。行け、ギャラドス、カエンジシ、コジョフー」

 

 フラダリまで参戦してきたしマジで暴君を出したい気持ちが山々だが、我慢する他あるまい。かといって、もう一体の黒い奴も現状、どの程度まで力が回復しているのかも分からない。相手は全部で六体いるし、ゲッコウガも操られている。隙をついてダークホールで眠らせるのが無難だろう。だが、全員を一遍にやらなければならない。一度見せてしまえば警戒するのは間違いないからな。

 

「くそっ、おい、目を覚ませボケガエル。リザードン、かみなりパンチ!」

 

 みずしゅりけんを何発も打ち込んでくるので、かみなりパンチで水を電気分解させていく。

 

「ニャオニクス、シグナルビーム。オーダイルはアクアジェットで一掃しなさい!」

 

 後ろのことは分からないが、何かが飛んでくることはないようなのでユキノシタが上手く対応しているらしい。

 

「かみつく、ハイパーボイス、ダブルチョップ」

「カラマネロ、つじぎりだゾ」

 

 げっ、またハイパーボイスかよ。

 さっきは未然に防いだが、今回はさすがに無理だぞ。

 

「オーダイル、ハイドロポンプ。ユキメノコ、10まんボルト!」

 

 ユキノシタが命令を出して、俺たちの鼓膜生命を左右するフラダリのそっくりさん、カエンジシに浴びせていく。蹴られたり噛み付かれたりしているようだが、それでもカエンジシが怯んだのを確認すると辺り一帯に水と電気を撒き散らし始める。

 

「ヒキガヤくん!」

 

 大体の意図が読めたので俺も使わせてもらうことにした。

 

「リザードン、ブラストバーン!」

 

 ゲッコウガが作り出した岩の雪崩を竜の爪で切り裂いていたリザードンは床を思いっきり叩き、炎の柱を数本唸らせた。

 ゲッコウガのみずしゅりけんをかみなりパンチで電気分解したように、ユキノシタはハイドロポンプを10まんポルトで電気分解していたのだ。電気分解されれば当然酸素が生まれる。そこに炎が巻き散ればーーー

 

「ぬぅ!?」

「なっ!?」

「爆発、なんだゾ!?」

 

 ーーー激しい爆発が起きるってんもんだ。

 化学とかよく分からんが、これは前に読んだ本に出てきたいた。

 他にも空気中の酸素を電気分解、再化合させてオゾンを作り出すってのもあったな。セロリがそれで酸素を奪われてきついって言ってたっけ。

 

「………はっ、やっぱりお前には無理があるか」

 

 煙の中、一体だけがまともに身動きを取っていた。

 さすがだよ、ゲッコウガ。

 いくらさいみんじゅつで操られているとはいえ、元々のスペックが初心者殺しなんだ。本能的にまもるを使ったのだろう。

 

「ヒキガヤくん!?」

 

 ユキノシタが後ろから声をかけてくるが応答してる暇はない。

 だって、リザードンじゃなくて俺目掛けて見よう見まねのつじぎりで切り込んでくるんだもん。こいつ新しく技を覚えてまでとか、俺を殺す気満々じゃねぇか。

 かといって、リザードンは今し方究極技を打ち出したところ。咄嗟に受け止められるような俊敏性に欠けている状態だ。

 ユキノシタもそれは然り。自分の後ろの状況を確認して対応に出る頃には俺は切られている。

 ならば致し方ない。もう一度力を使わせてもらおう。

 

「こい!」

 

 右足で地面を二度叩き、合図を送る。

 すると黒いオーラが俺の体を包み込み、そのまま俺は腕を前に突き出した。

 上手くタイミングがあったようで、ゲッコウガの黒い刃を受け止めることができた。ダークライが上手く合わせてくれたのかもしれない。でなければ俺がそんな芸当できるはずがない。

 

「よっ」

 

 そのまま刃を掴み引き寄せる。

 

「おい、いい加減目を覚ませ。お前がそんな姿になったらテールナーが泣くぞ。泣いて引っ付いて離れなくなるぞ」

 

 胸の中にすぽっと収まったゲッコウガに聞こえているのか分からないが声をかける。テールナーが引っ付いて離れないとかゲッコウガからしたら迷惑な話だろうなー。引き剥がすのをすぐに諦めそうだけど。俺だって、あいつらに引っ付かれたらすぐに諦めそうだもん。

 

「今のお前には俺がいるし、みんながいる。俺だってそうらしい。お前がいるしみんながいる。ユキノシタに言われたが俺たちはもう、一人じゃないらしいぞ」

 

 こいつが今まで何を見てきて何を考えてきたのかは分からない。聞く気もないし、調べる気もない。だが、ずっと一人だったってのは何となく分かる。みんなが言うように俺とこいつは似ているらしいからな。感覚的な部分は一緒なのかもしれない。

 

「ほれ、さっさと敵さん倒して帰るぞ」

 

 多分、俺のポケモンになってから初めて頭を撫でたような気がする。

 

「………コウ、ガァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 何が鍵だったのかは知らないがどうやら目を覚ましたらしい。

 目を覚ましたのはいいけど、なんか俺の視界に俺の胸が映ってるんですけど。どゆこと?

 

「ひ、ヒキガヤくん………?」

 

 心配そうな声を漏らすユキノシタが普通に見える。

 あれ?

 俺の後ろにいたよね。なんで見えるの?

 

「な、んだ……」

「これは…………」

「ぬう、なんだゾ! カラマネロ、もう一度さいみんじゅつだゾ!」

 

 ゾーさんが地団駄を踏んでいる音がする。

 きたーーー

 

「つじぎり」

 

 振り返り黒い刀を出して、弾状のさいみんじゅつを切り裂きカラマネロに突っ込んでいく。

 

「こっちもつじぎりだゾ!」

「キリキザン、レパルダス!」

 

 カラマネロが触手をうねうねと這わせてつじぎりを叩き込んでくる。後ろからはキリキザンとレパルダスも遅れながらにやってきた。

 逃げ場がない、ならばーーー

 

「かげぶんしん」

 

 影を増やして攻撃網から一旦脱出する。

 ん?

 影をよく見てみるとゲッコウガが深い水のベールで覆われていた。

 視界がゲッコウガのものになっていることと言い、どうなってやがる。

 

「ギャラドス、たきのぼり。カエンジシ、かえんほうしゃ」

「ユキメノコ、10まんボルト。オーダイル、ハイドロポンプ!」

 

 後ろではフラダリとユキノシタがドンパチしている。

 

「ひっくりかえすだゾ」

「リザードン、じしん」

 

 三体で一気に影をかき消したゾーさんが命令を出してくる。

 カラマネロが体を反転させて、胴体をこちらに向けて突っ込んできた。

 レパルダスとキリキザンの相手をしていたリザードンは地面を大きく蹴り付け揺らし始める。これに二体は足元を取られて体勢を崩した。

 

「ハイドロポンプ」

 

 水の勢いで逆にカラマネロを地面に叩きつけ、そのまま切り込んでいく。

 

「つじぎり、ブラストバーン」

 

 カラマネロを切りつけ、戦闘不能に追いやる。

 リザードンも火柱を上げて、バラのポケモンを地に伏せさせた。

 後はこのポケモンたちのトレーナーの意識を刈らなくては。

 そう考えたら、体が勝手に動いた。一瞬でゾーさんの背後に回りこみ、首を叩いて意識を奪う。それを見ていたバラの背後にも回りこみ意識を刈り取った。

 

 ーーああ、これはゲッコウガの体なんだな。

 

「リザードン」

 

 合図を送り、フラダリの方へと先に行かせる。

 

「コジョフー、ダブルチョップ」

 

 突っ込んいくリザードンからフラダリを守るようにコジョフーが両腕で受け止めた。

 

「甘いっ」

 

 だが、リザードンは囮である。一瞬遅れて背後に回りフラダリの首に手刀を叩きつける。意外と筋肉質なのか硬かった。

 

「……お? 戻った………?」

 

 事が片付いたためか視界が俺のものになった。

 マジでなんだったんだ。

 前にもこんな現象があったような………。

 

「お? おおおっ!?」

 

 体に力が入らず、ふらふらと地面に向けて倒れていく。

 

「ヒキガヤくん!?」

 

 ドサッと倒れた俺にフラダリのポケモンを倒したユキノシタが駆け寄ってくる。

 

「ちょっと、どうしたの!? どこかやられたの!?」

「お、おお、ユキノシタ。多分、頭がオーバーヒート起こしてる。頭痛が、半端ない」

「そ、そう………怪我とかではないのね」

 

 ほっと安心した顔を浮かべるユキノシタにこっちも何だが気が緩くなってきた。

 ユキノシタにより仰向けに寝かされ、膝枕までされてしまった。帰ったらイッシキ辺りが何か言ってきそうで怖い。

 

「………もう、今日は無理だわ。死ぬ……」

 

 段々と意識が遠のいてくる。

 

「ユキノシタ、ーーーーー」

 

 最後に見たユキノシタの顔はちょっと涙を浮かべていた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「全く、調子がいいんだから…………。リザードン、あなたも大変ね。こんな捻くれた性格のご主人様で。さあ、帰りましょう。オーダイル、ゲッコウガをお願い。リザードンはヒキガヤくんを願いできるかしら」

「オダッ」

「シャア」

「それじゃ、ユキメノコ。まずはポケモンセンターに行くわよ」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「………ここは………?」

 

 目が覚めると知らない天井だった。

 うっ、体が、やけに重い……。

 何があったんだっけか。

 

「あら、ようやく起きたようね。おはよう、ネムリガヤくん」

「ユキノシタ………か」

 

 思い出そうとしたらユキノシタの顔がぬっと視界に入ってきた。

 

「ここがどこか、だったわね。シャラシティの病院よ。気を失ったあなたとゲッコウガをここまで運ぶのは大変だったわ」

「………なにゆえシャラ?」

「あのままセキタイにいたんじゃ、すぐにフレア団に見つかるでしょ。だからザイ………ザイ………ザイツくん? だったかしら。たまたまポケモンセンターに戻ったら起きてて、ユイガハマさんたちも全員こっちに運ぶことにしたの」

 

 運ぶと言うからには運んできたのだろう。どうやってかと言えばクレセリアを始めとしたエスパータイプたちの力だろう。後はザイモクザのジバコイルとかの電磁移動する奴。というかユキノシタ。まだザイモクザの名前を覚えていなかったのか。

 

「………悪かったな、その………迷惑かけて」

「それは一緒に寝ている二人に言ってあげなさい。三日三晩、寝ているあなたのことが心配で離れようとしなかったんだから」

 

 はっ?

 どゆこと?

 と思って、自分が寝ているベットを確認してみるとユイガハマとイッシキが俺の両腕を枕に眠っていた。

 ゲッコウガに言ってやったことがそのまま俺に返ってきちゃったパターン?

 

「………ゲッコウガは?」

「あっち」

 

 ユキノシタが指差す方を見ると俺と同じく意識を失ったというゲッコウガがテールナーと一緒に寝ていた。あのテールナー、ちょっと懐きすぎじゃね?

 

「やっぱりヒトカゲの時みたいにあいつと一対一で勝負するべきかね」

 

 ヒトカゲ(今のリザードン)との出会いはある意味運命的なものだったのかもしれない。たまたま俺の家の前にいて、それから何やかんやあって、最終的にオーキド博士の研究所で再開してゲットした。そう、ゲットしたのだ。貰ったのではなく、あいつ自身が俺とバトルすることを望み、自分をゲットできる実力かを試された。俺も俺でそれに乗るくらいだから、案外他のポケモンよりも愛着があったのかもしれない。

 

「何か言ったかしら?」

「や、ゲッコウガが起きたらちゃんとゲットしようかと思ってな」

「どういうこと?」

「まあ、俺なりのポケモンを自分のものとするための儀式みたいなものだ」

「私には分からないことね」

「まあな」

 

 少しの間沈黙が走り、俺の腕に絡まっている二人の寝息だけが聞こえてくる。

 

「………なあ、これからどうなると思う」

「さあ? ただ、しばらくはここにいるでしょうね。何と言ってもここはメガシンカの聖地らしいから。例えフレア団が攻めてこようともメガシンカ使いがいるんだから、何とかなるんじゃない? 先生も来てくれたみたいだし」

「えっ?」

 

 今なんて言った?

 先生が来てる?

 ヒラツカ先生が?

 こんな状態なのに?

 恐怖でガバッと起きちゃったよ?

 

「ッッッ!?」

「無理は体に毒よ」

 

 くっそ体が痛い。軋む。

 

「いや、この状況を、先生に見られる方が、毒だ。………よし逃げよう」

「やめておきなさい。今のあなたは相当疲労が溜まってるみたいだもの。ダークライの力とメガシンカとゲッコウガのあのよく分からない現象のおかげで脳への負担がかかったみたいよ」

 

 本のページをめくりながらそう言ってくる。

 確かに体を起こそうとしたが、ほとんど動かない。二人に腕を掴まれているからなのかもしれないが、それにしたって力が入らないことはないだろう。だとしたら、俺は今体に力が入らないくらい疲労してるということなのか。そりゃ、ぶっ倒れたり三日三晩寝てたりしたらそれが当然か。生きてただけでも良しとした方がいいのかもしれない。

 

「………三日三晩って言ってたよな」

「それがどうかしたかしら」

 

 本から目を落とさず返答してくる。

 

「今日は倒れてから四日目ってことでいいのか?」

「そうなるかしらね」

「その間、フレア団は」

「姉さんに私が話せることは全て話して、手を回してもらったわ。あなたを守るためだったら使える手段は全て使うつもりだから」

 

 姉、あの人か………。

 確かにあの人ならば何とかできそうではあるな。

 だけど、

 

「………別に、お前がそこまでする義理なんて俺にはないだろ」

 

 どうしてユキノシタは俺にここまでするのだろうか。そんなに交流なんてなかったはずなのに。俺なんて本人に会うまで知らなかったようなものだし。

 

「そう思ってるのはあなただけよ。私、昔から姉さんの言うことにずっと従ってきてたから、自分で考えて動こうにもどこか姉さんの言葉を気にしてしまう。……あなただけよ。私が姉さんの言葉を気にせずに動けたのは。だから私のためにもあなたを守るわ」

「……お前に守られるとか、昔の俺じゃ考えられねぇな」

「ふふっ、昔の私からは想像できないことを言ってるわね」

 

 でもまあ、これでいいのかもしれない。

 俺一人だった時には何も気にせず動けたが、今はコマチがいる。ユイガハマがいる。イッシキがいる。トツカがいる。そしてユキノシタがいる。近くにこれだけの人がいればどうにも守らなければなんて考えが生まれてしまうみたいだ。人間の性ってやつなのかもしれない。ザイモクザも毎度よく俺に付き合ってくれるよな。

 

「人間、そう変わらないと思ったが変化というものは常に起きているもんなのかね」

「日に日に成長しているってことを変化と捉えればいいのではないかしら」

「………なるほど、常に変化してるな」

「素直にそこは認めるのね………」

 

 要は無意識化で行われている変化に気付けるかどうかなのかもしれない。

 あれ? そういや最初ユキノシタにあった時になんかそんなこと言われなかったっけ?

 

「………これで賭けは私の勝ちかしらね」

「あー、あったなそんな賭け」

 

 なんか俺を真っ当な人間にするとかなんかそんな感じの内容だったか。よくは覚えてないけど。

 

「別にあれは売り言葉に買い言葉だったのだけれど。結果としてそうなってくれたのはいいことだわ」

「よくなったかどうかは知らねぇよ。俺はただ事実を受け止めたまでだ」

「まあ今じゃどうでもいいのだけれど」

「………こいつらにはどこまで話したんだ?」

「ヒキガヤ君がまた一人で無茶してきたって言っておいたわ。なんかもうみんなして分かってたみたいだったけどね」

「お前らの感情がどう動いてるのかは俺には分からんが、何だかんだで見られてるんだよな」

「ぼっちは見られると辛いとか言ってたのにね」

「それな」

 

 ほんと何でみんなして俺のことを知ってんだろうね。いつの間に見てんだよって話だわ。

 

「ただいま帰りましたよ、ユキノさーん」

 

 なんてユキノシタと取り留めのないやりとりをしているとコマチが帰ってきた。

 一人ではないらしく後ろにはヒトカゲがある。

 

「おかえりなさい。先生には会えたかしら?」

「はい、ちゃんと。あ、お兄ちゃん、起きたんだ。まったくー、また無茶なことしてるんだから」

「お。おお、コマチすまんな。それより逃げていいか」

「ダメに決まってるじゃん」

「よお、ヒキガヤ。羨まけしからん状態で何よりだ」

「終わった…………何もかもが終わった…………。ユキノシタ、俺は今日死ぬ。多分今死ぬ」

「それは三日前にも聞いたことよ。それで生きてるんだから多少のことでは死なないんじゃないかしら?」

 

 そういえば言ったような気もする。

 ………………。

 体が動かんから逃げようにも逃げられない。

 

「ダーク、ライは無理か………あいつにも無茶させたし」

「よおし、ヒキガヤ。まずはお仕置きといこうか」

 

 バキッボキッと指を鳴らすヒラツカ先生。

 あ、俺粉砕される。

 

「あ、あの………ここ病院。俺患者…………」

「衝撃のファーストブリットぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!」

「ぐぇっ」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「せんぱーい、生きてますかー」

「ヒッキー、生きてるー」

 

 二度目の目覚めではイッシキとユイガハマの声が出迎えてくれた。

 

「………生きてるな」

「だから言ったでしょう。あなたは多少のことでは死なないわ」

「これを多少と言えるお前がすげぇわ」

 

 二人に手伝ってもらいながら軋む体を起こしてユキノシタに言葉を返す。

 

「で、ヒキガヤ。何があった」

「………ほんと何が起きてるんでしょうね。世界の浄化とか美しい世界だとか、規模がデカすぎて正直参ってますよ」

 

 ほんとロケット団みたいに世界征服とかならまだ分かりやすいし、奴らを止めれば何とかなるようなことだったけど。今回はさすがに規模がデカすぎて何をしたらいいのやら。しかもまだ表立った動きはしていないというのだから、正直俺でもどうすればいいのか手に負えない。

 

「詳しく聞かせろ。お前は今、何を抱えている」

「えー、言わないとダメっすか。やめた方がいいですよ」

「私の元教え子がまた碌なことに手を出しているのをみすみす見逃せるわけないだろう」

 

 何バカなこと言っての? 的な目で先生が言ってくる。

 はあ、聞かない方が身のためだと思うんだけどなー。

 

「………お前らも、世の中には知らない方が幸せなことだってあるんだぞ」

「ハチマン!」

「うぉっ!? な、なんだよトツカ」

「それ、ハチマンの悪い癖だよ。知らない方が幸せなことだってあるだろうけど、知らないで後悔することの方がずっと辛いんだよ。だから教えて」

 

 トツカが………トツカが怒った、だと……………!?

 怒るトツカも可愛いとか思っちゃう俺って結構重症だな。

 

「はあ……………昔々、ある王の時代。大規模な戦争が起きました。戦争には王のポケモンも駆り出され、そして戦死しました。王は嘆き悲しみ、そのポケモンを生き返らせようと機械を作りました。彼のポケモンはその機械により生き返りました。しかし、その機械を動かすためには多くの命が使われたことをそのポケモンは悟りました。そして王の前からそのポケモンは姿を消しました。王は再び悲しみ、機械を最終兵器へと転換させ、戦争を終わらせました。文字通り、何もかもを終わらせました」

 

 昔読んでいた絵本の中にこんな絵本があった。

 何故家にある本の中でこれだけ悲しい話なのかと母ちゃんに聞いたことあるが、母ちゃんは貰いもんってだけ言っていた。

 だから俺がその本を手にしたのはただの偶然なのだろう。

 

「何の話だ?」

「昔読んだ絵本ですよ。そして、これが今回の事件の全ての始まりです」

 

 だけど、それがまさか実話だったとは思いもしなかった。しかもその絵本の中に出てくる王まで生きているとは………。

 

「………む? それってまさか………」

「ああ、その通りだザイモクザ。あの男がその王だ。そして3000年前に起きたという戦争の時代の王だ」

 

 ザイモクザは一度……いや二度か。あの男にあってるからな。それに俺と一緒に色々と調べてたんだ。今までの内容とこの絵本の内容を繋げば一本道ができるだろうよ。

 

「すまん………話がよく見えんのだが」

 

 だがまあ、先生たちには分かるわけもない。

 少し説明する必要があるよな。

 

「3000年前、カロスでは大規模な戦争が起きてるんです。年代からして相手はイッシュ地方って見方もあるみたいですよ。で、その時の王を描いたのがその絵本であり、今回の鍵です」

「…………ふむ、要するにその最終兵器とやらで世界を浄化するということでいいのか?」

「ええ、実物も見てきましたよ。あの花が完全に咲いた時には世界は終わる」

 

 さすが先生。理解は早いようだ。

 

「花?」

「………花です。イッシキ、昏睡状態だったポケモンのことは覚えてるか?」

「はい………」

 

 イッシキに話をふるとちょっと悲しそうな声が返ってきた。

「あれは最終兵器を起動するために生体エネルギーを吸い取られたものだ。まだ実験段階なのだろうが、いずれ大量に出てくる。絵本にあったように多くの命が使われるんだ」

「それって……」

 

 ようやく理解したイッシキが口に手を当てて、はっとした顔をする。

 

「ああ、ポケモンの大量死」

「でもあの子達は………」

「昏睡状態だった、だろ? あそこから生きる気力をなくせば死ぬんだよ。そして、そんな計画を企んでいるのがフレア団。俺たちを襲ってきたあの赤装束たちだ」

 

 これで話は繋がっただろう。

 敵地へ潜り込んでようやく俺も理解した。

 ただ、奴らはまだ何かを企んでいる。起動実験もその内終わるだろうが、果たして奴らがそんなちまちまとエネルギーを溜めるとも思えない。

 

「………はっきり言っておくが、今回は俺でもお手上げだ。どうなるか分からない。今の俺たちはそういう世界に巻き込まれている」

「お兄ちゃんはどうするの?」

「………知ったからには動くしかないだろ」

 

 知りたくもなかったけど。

 でももう遅い。

 すでに奴らの目には俺が敵として映ってるし、危険視だってされているだろう。そして、それはユキノシタも同じだ。俺を助けに来て暴れたんだ。俺と一緒に名前が挙がっていることだろう。

 協会の方がどこまで動いているのかは定かではないが、当てにはできない。

 

「私も動くしかなくなったわ。あっちにもバレちゃったみたいだし」

「我が相棒を捨て置くことはできん。我も参加する」

「というわけだ。どうする? カントーに帰るのがオススメだな。というか俺が帰りたい」

「先輩、人が悪いです。そんな話聞かされたら帰りたくても帰れませんよ」

 

 ですよねー。

 だから言いたくなかったのに。

 

「………でも、あたしたちに何ができるのかな」

「最悪の一手は考えてある。タイミングが合えばの話だけど」

「なら、ヒキガヤ君にはその手を使わせないようにしないといけないわね」

 

 お見通しかよ。

 

「だってヒキガヤ君だもの」

「それ言われると返す言葉もないわ」

 

 ほんとよく見ていらっしゃるようで。

 

「取りあえず、この前言ってた担当分けでやる。トツカ、ザイモクザ。コマチを頼む。ユキノシタはユイガハマを。イッシキには面倒だけど俺がつく」

「先輩、一言多いです」

「ヒッキー、体はもう大丈夫なの?」

「さあ? どうにかなるんじゃね?」

「それ、絶対大丈夫じゃないやつだ!」

 

 大袈裟な反応を示すユイガハマは放っておこう。

 

「先生は………つか、先生は何しに来たんですか」

「ああ、そうだった。お前たちがシャラに着きそうだって言ってたんでな。博士に頼まれて付き添いにきた。そろそろ来る頃だろう」

 

 来る? 誰が?

 というか付き添いって………。

 

「ここかのぉ」

「ねえ、おじいちゃん。こんな病院にまで来て誰に会わせようっていうの」

「会ってみてのお楽しみってことで」

 

 女の子とじーさんの声が聞こえて来る。もう少しボリューム下げて廊下歩こうや。

 なんて思っていたら、俺の病室のドアが開かれた。

 

「よく来てくれました、コンコンブルさん」

「おっさん!?」

 

 いつかの軽快な老人がそこにはいた。

 

「よお、カントーチャンピオン。いや、今はもう『元』をつけるべきか」

 




次回は一旦こちらをお休みしてヒトカゲさんとの出会いをスクール編の方でアップします。

他と比べて平和です。

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