ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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33話

「ようこそ、我がフレア団へ。忠犬ハチ公殿」

 

 振り返った男は俺の通り名を口にした。

 チッ、なんだよ。もうバレてんじゃねぇか。ならもう、変装の意味もないか。

 

「………隠す気もないんだな」

 

 そう言いながらウィッグとサングラスを外す。

 はあ………、ちょっと気持ち身軽になったわ。なんというか違和感しかないから気持ち悪いんだよなー。

 

「それはお互い様ではないか」

「ご最も。で、あんたがフレア団のボスでいいのか?」

「いかにも。わたしがフレア団のボス、フラダリである」

 

 漫画だったら「ドーン!!」的なのが後ろにつきそうな雰囲気をしてるな。

 なんか横では緑頭のバラ様が慄いてるけど。

 

「この前は随分なご挨拶をしてくれちゃったみたいだが?」

「その節は大変失礼した。しかし、あの程度の人数、ハチ公殿には些か物足りなかったのではないか?」

「よく言うよ。二班に分かれて俺たちを排除しようとしたくせに」

「ならば、今ここでわたしとやり合うか?」

「はっ、この施設丸ごと壊していいならやってやるよ」

「む、それは困るな。まあ、最も。ここを破壊すればニュースでカロス中に知れ渡ることになるがね。君の顔と共に」

 

 なるほど、やはりメディアは操作できるというわけか。ここを破壊すれば俺は忽ち犯罪者になり、まだ何も確かな証拠を残していないフレア団はただの被害者となる。そうして全てが終わった後には何もかもを俺に背負わせようという魂胆かよ。

 

「やること全てが汚ねぇな」

「この世界は醜い人間の争いによって澱み続けている。わたしは美しい世界のためにこの世界を浄化する。その準備でいくら汚れようが大差はない」

「いやまあ、あんたらのような汚い大人はたくさんいるけどよ。そもそも汚いものがなければ美しいものだって際立たないと思うんだが?」

「ふむ、それも一理ある。だがそこには限度というものもあるだろう。今の世界はまさにその限度を超えている」

「俺からしてみればいつの時代でも限度は超えてるけどな」

 

 醜い世界の浄化。

 そのためのとして3000年前に戦争を一掃させた最終兵器とやらを使おうっていうことか。

 また突拍子もないことを思いつきやがるな。何をどう考えたらそんな発想に行き着くのやら。あ、俺みたいに育てばそうなるか。意外と簡単じゃん。

 

「どうだろう、偶然にも君はここに姿を見せた。これも何かの縁だ。こちら側にこないか」

「いかねぇよ。それこそ何をどう考えたら俺があんたにつくと思ったんだって話だわ」

「ふむ、それは惜しいことをしたな」

「全然惜しくないから。何ならここに来れたのも偶然じゃなくてあんたの差し金だろうが。俺が入ってくる時に勝手に扉が開いたのだって、あんたがそこのモニターから監視してたんだろ。それで態々俺を招き入れた。これのどこが偶然なんだよ」

「おい、そこまでにしろ。さっきから聞いていれば勝手なことばかり」

「ッ!?」

 

 おおう、この鉄の刃。

 なんかこの感じつい最近味わったぞ。

 

「ふん、これがお前のポケモンか」

 

 腰に巻きつけたボールを見つけるとバラ様はしゅるっとベルトごと奪いやがった。首には刃物が当てられ、その持ち主を見るために後ろを見えるだけ見るとキリキザン(だと思う)だった。

 

「これはあれだな。もう少ししっかりと教育しろよってやつだな」

「これにはさすがのわたしも謝るしかないな」

「なっ!? 空のボールだと!」

 

 レパルダスにボールを切らせていき中身を確認して驚いている。

 

「あら、一つだけ高級そうなボールがあるじゃない。しかも中身もちゃんといるようだし。ぐあっ!?」

 

 ゴージャスボールに触れようとした途端、彼女の体は吹き飛ばされた。

 

「ゲッコウガ」

 

 トレーナーがバカをやっている間に影からキリキザンを倒してもらい、首が解放された。あー、意外ときついな。首締まるっつの、あの無機質素材。

 

「悪いが、あんたにそのボールに触れることはできないと思うぞ」

 

 吹き飛ばされても何度も掴もうと躍起になっているバラ様を見て、少し笑えてくる。

 

「バラよ。そこまでだ。お前にはこの男を捉えることはできない」

「くそっ!」

 

 段々とイライラしてきたのか口がさらに悪くなっている。

 

「こい」

 

 俺がそう言うとゴージャスボールは一人でに俺の右手まで飛んできて収まった。

 

「なっ!?」

「バラ、命令だ」

 

 なおも追いかけようとする部下をボスがギロッと睨んで静止させる。

 いやー、やっぱどこの組織を見てもこういうところは一緒なんだよなー。

 怖い怖い。ちびっちゃいそうなくらいには怖いわ。

 

「は、はい………」

 

 にらみつけるを受けたポケモンのように怯み、さっきまでの勢いがまるで別人のように消え失せた。

 

「花はこの下だ」

「そういうの俺に教えちゃっていいのかよ」

「問題ない。君が言ったところで何かができるわけでもないし、起きることもない。今やカロスはわたしの手の中にある。例え君が何をしようともどうにもできないというわけだ」

「そういうのを驕りって言うんだぞ。んじゃま、見学して帰りますかね」

 

 くるっと回って部屋の入り口へと戻る。

 

「あ、そうだ。最後に一つ言っておくが、お前らはそのうち潰される。そう相場で決まってるんだ」

 

 それだけ言って俺は部屋から出た。

 廊下に出てみたもののやはり暗くてよく分からない。

 下って言ってたんだしエレベーターとかないのかよ。

 

 チーン。

 

 あ、すぐそこにあったよ。

 ランプ光ってるし。不気味だな。

 というかこれ誰か出てくるパターンじゃね?

 

「ご苦労なんだゾ」

 

 案の定、エレベーターからは太った男が出てきた。急いでいるのか俺の服装を確認するだけで顔すらも見ず、適当に言葉をかけてボス部屋に向かって走って行った。どうでもいいけどボス部屋っていうとダンジョンっぽくて雰囲気出るね。

 

「取り敢えず下だな」

 

 空になったエレベーターに乗り込み、よく分からないので下に行くようにボタンを押した。するとガコンと揺れ下へと動き出す。

 

 ……………………………。

 

 え? 何あの白い顔の男。人間なのん?

 こんな暗い施設の中であんな白いかの奴がいきなり出てきたら俺でなくてもビビるくね?

 ないわー、マジないわー。

 まだ幽霊の方がマシかもしれんレベルだわ。

 結論、フレア団施設はお化け屋敷である。

 

「はあ……………、オレンジだったり緑だったり白だったり。みんな頭大丈夫なのかよ」

 

 敵ながらちょっと心配になってくる。

 ほら、染めてるんだったら地肌とか超傷むじゃん?

 あの人らの頭も大丈夫なのかね。将来ハゲるかもしれんな。

 なんて考えてたらチーンという音とともにまたしてもガコンと揺れた。

 立て付け悪くない? 老朽化?

 

「誰もいませんように」

 

 そう願いを込めて扉が開くのを待つ。

 待つ…………待つ………………ま…………。

 

「閉じ込めらた?」

 

 あー、そう来ちゃう感じ? だったらこっちにも考えがあるってもんだ。

 

「ゲッコウガ」

 

 呼ぶとぬっと俺の影から姿を見せる。

 言わなくても理解していたのか、俺の腕を掴むとそのまま自分で作り出した影に戻っていく。

 おおー、なんか新鮮。

 真っ暗で何も見えん。

 だが、見えないのは俺だけらしく、ゲッコウガさんはすいすいと俺の腕を引っ張って前へと進んでいく。何か匂いでも分かるのだろうか。つってもゲッコウガだしな。

 

「コウガ」

 

 ようやく足を止めたかと思うと上を指していた。多分………気配的に。見えないからさっぱり分からん。

 

「お任せします」

 

 どこにいるのかもさっぱりなので、ゲッコウガにナビを任せることにした。マジで今どこにいんの?

 

「コウガ」

 

 俺の腰に腕を回しジャンプしたかと思うと、どっかの部屋の中に出てきた。部屋というにしては広すぎるけど。どちらかというと実験場みたいな? 飛行機とかのメンテナンスするところ以上の広さはあると思う。割とドーム型だし。

 

「天井高ぇー」

 

 空間の中央にはどデカい蕾みたいなのがあった。

 

「花?」

 

 そういえばAZは最終兵器の起動を花が咲くと表現してたっけ?

 だとするとこれが最終兵器というやつなのだろうか。

 

「………地上だとどの辺りなんだ?」

 

 ふと疑問に思ったので繋がるのかどうか怪しいホロキャスターを起動する。

 あ、一応繋がるみたいだな。まあ、言うて俺がいるのは開発本部な訳だし当たり前っちゃ当たり前か。

 

「セキタイ………のど真ん中…………ど真ん中ねー」

 

 要するにセキタイタウン自体が最終兵器を隠すための街なのかもしれないな。だから、別にそれ以外には何も必要としておらず、発展もしていないのか。

 

「見ての通りそれが最終兵器だ」

 

 ホロキャスターと蕾を交互に見返していると、後ろから低い声は響いてきた。声の主は当然フラダリ。

 何しに来たんだよ。やっぱりやろうってのか?

 

「どうだ、これを見てわたしとともにくる気にはならんかね」

「生憎、俺は誰かと共にすること自体が無理な生き物なんだよなー。そんな考えは全く出てこねぇよ」

 

 ともに、か。

 何故人は誰かとともに行動しようとするのだろうか。友達付き合いとかならまあいいとしよう。だけど、志が同じ方向を向いているという理由だけで人がともに行動するのかは理解できないな。志なんて方向は同じでも感じるのは自分だけなんだ。人と同じようにしてたところでそれで満足できるかと言われたら、百パーセント満足しているわけがない。ならば一人でやっても同じことではないか。確かに一人でやる分には限界というものがあるかもしれないが、数人やそこらが増えたところでそれは誤差の範囲だ。限界なんてすぐに来てしまう。

 

「わたしはこれまで人々に与える側として慈善事業を行ってきた。だが、いつしかそれが当たり前だと思われる社会になってしまった。だからわたしは奪う側に回ることにした。汚れた世界を終わらせて美しい世界を新たに築きあげるのだ」

 

 だからバカバカしい。

 仲間だの世界だの、そこまで愛着を持てる奴の気がしれん。俺がこうして動いてるのだって、ただ死にたくないってのとコマチに危険が及ぶからってだけなんだ。それ以外の感情なんて特に持ち合わせていない。

 

「…………あんたも面倒な生き物だよな。自分の野望を叶えるために人を集めなければならない。力を借りなければならない。人間は醜いだとか世界は美しくないだとか吐かしてたけど、あんた自身がすでに醜い生き物になってるじゃねぇか。部下の力を借りなければメガストーンを集めることも俺たち邪魔者を排除することもできはしない。結局、あんたの言い分は自分勝手なだけだ。自分が気に入らない世界だから壊すことにした。ただそれだけだろ」

「ふん、交渉決裂か。惜しい……実に惜しいな。だが、遠慮はしない。わたしに刃向かったこと、後悔するがいい」

 

 ボールを取り出したかと思うとギャラドスとコジョフー? だっけ? とフラダリのそっくりさんを繰り出してきた。

 え、何あいつ。めちゃくちゃ似てて気持ち悪いんだけど。ポケモンはトレーナーに似るとかそういう次元を遥かに超えているレベル。似すぎてて気持ち悪っ。

 

「結局やるのかよ………」

 

 と言ってても身の危険が差し迫ってるので戦うしかないのだろう。

 右足でもう一体の影に潜めてる黒い奴に合図を送ると黒いオーラが俺の体を覆い始める。

 

「たきのぼり、ハイパーボイス、ダブルチョップ」

 

 フラダリの命令の下、三体は俺を殺さんばかりの勢いで迫ってくる。生身の人間相手に技を使うあたりロケット団を彷彿させてくるな。

 対して俺は、もう一度右足で地面を叩き合図を送る。すると黒いオーラが壁を作り出し、三体の攻撃を全て受け止めた。そして黒いオーラはそのまま光線となり三体に目掛けて打ち出され、ゼロ距離で攻撃を受けた三体はフラダリの遥か後方へと吹っ飛んで行った。

 

「……なんだ今のは………」

 

 何が起こっているのかフラダリでも分からないらしい。

 種明かしをすると黒いオーラはダークライによるあくのはどうであり、波導を操り壁を作ったり攻撃に転じたりしたわけだ。

 俺が黒いオーラをまとっているのは、その方が相手に摩訶不思議な体験をさせられ、俺を畏怖の対象として捉えるようにするためである。

 野生のくせに俺のいうこと聞きすぎだと思うけど。

 

「はっ、この程度かよ。じゃあな、これ以上俺たちにちょっかいを出せば次はねぇぞ」

 

 それだけ言って俺はゲッコウガとともに影に潜った。

 最後に見たフラダリの顔はやっぱりあいつのポケモンにそっくりだった。

 

「………なあ、俺には全く見えんからあれなんだが、メガストーンがあるところとか分かったりするのか?」

 

 影の中で手を引かれて歩いていると、なんとなく思いついたのでゲッコウガに聞いてみた。奴は立ち止まると少し考え始め、再び歩き出した。

 否定がないということは分かったのかもしれない。何故分かるのかはこの際聞かないことにしよう。

 

「コウガ」

 

 しばらく歩かされているとどうやら着いたらしい。

 明日というか今日はこいつに好きなだけ食わせてやろう。

 

「上か」

 

 ゲッコウガに引っ張られるようにして影から出ると狭い部屋だった。

 棚が幾つかあるくらいで後は机くらいか。

 特に何もなさそうだが、その棚にはメガストーンらしきものが陳列させていた。

 

「ギャラドスのは………と。やっぱりねぇか」

 

 奪われたとかいうギャラドスナイトを探しに来たが、やっぱりここにはないようだ。だが、フラダリが出してきたギャラドスには付けられていなかったし………。

 やっぱりキーストーンを入手するまでは自分で持っているということなのかもしれない。

 

「ん………なんか……………眠くなって…………」

 

 ヤバいな…………いつの間にか催眠術を受けていたようだ。眠い、超眠い。だが、ここで寝らた負けだ。

 

「くそっ」

 

 霞む視界の中、適当にメガストーンを一つ拝借させていただきました、ぐーzzz……。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「はっ」

 

 え?

 なんか背中が冷たいんですけど。

 というか痛い。硬い。痛い。

 

「……………知らない天井、だな」

 

 あ、旅してる以上知らない場所に行くんだから、知ってる天井なんか最初からなかったわ。

 

「ようやく覚めたか、だゾ」

「うおっ!?」

 

 ちょ、いきなり話しかけんなよ!?

 マジでビビるから。というかビビってるから。

 

「し、白い顔………」

 

 怖ぇよ。

 なんで目が覚めて一発目がこの白い顔をマジかで見ることになるんだよ。気持ち悪すぎてもう一回意識失いそうだわ。

 

「って、柵………?」

 

 驚いたせいで覚醒した頭でようやく自分の置かれた状況を理解した。

 いやー、捕まっちゃいましたねー。

 まさかの捕まっちゃったよ。何気に初めてだよ。うぇーい。

 混乱しすぎて頭の中がおかしくなってるな。

 

「お前は全てが終わるまでここにいるんだゾ。フラダリ様の邪魔はさせないんだゾ」

 

 なんだろう。

 この白い人、本当に人間なのか怪しくなってきた。

 ポケモン? にしては人間に近いし、機械でできてるのかも。

 

「全く、面倒な男だゾ。カラマネロの催眠術が効いたから良かったものの、効かなかったらどうするつもりだったのか、ボスの考えもよく分からないんだゾ」

「あの、ゾーさん。ここどこ?」

 

 名前が分からないので、かといって白い人と呼ぶわけにもいかないので取り敢えず口癖であろう『ゾ』をとってゾーさんと名付けておこう。

 

「基地の中だゾ」

 

 あー、やっぱり?

 そんな移動したようには思えなかったし、施設の中でよかったのか。

 

「なあ、せめて布団くらいくれない?」

「お前、自分の立場分かってるのかだゾ」

 

 仕方ないのだゾ、と言ってゾーさんはどっか行ってしまった。

 ふう、これで一人になれたか。

 奪われたものとかは…………うん、ボールがないな。まあ、あれはバラ様に取られたからだし関係ないか。

 しかし、困ったことになったな。

 こんな柵の中に囚われたのは何年ぶりだろうか。

 懐かしいというかなんというか…………シャドーに誘拐された時を思い出すわ。

 シャドーじゃ、監禁までとはいかないがリザードンを人質(人じゃないけど)にされて、馬車馬の如く働かされたっけ。で、その時の世話係だったのがかおりちゃんだったわけだ。

 はあ…………尻痛い。

 

 …………………………。

 

 にしてもあれだな。

 あんなセリフを最後に言っておいて綺麗に捕まってるとか、俺格好悪すぎんだろ。こうなるんだったら言わなきゃ良かった。

 絶対あのおっさん笑ってるぞ。

 

 ………………。

 

「いるんだろ。出てきても大丈夫だと思うぞ」

 

 なんとなくずっと気配を感じている影にそう言うとぬっと黒いのが出てきた。

 ダークライの手にはゴージャスボールが握られている。

 どうやらこいつのおかげで暴君様は無事だったようだ。あの白いのが一番敵の手に渡っちゃいけない奴だからな。

 何ならホロキャスターまで持ってるよ。いつの間に取ったんだよ。

 

「まあ、そのなんだ。助かったわ」

 

 俺が柄にもなく礼を言うと細い目が一瞬見開いたかと思うと自分だけ影の中に帰って行った。

 恥ずかしかったのだろうか。

 付き合いが長くてもこいつだけはよく分からんわ。

 

 カチャ。

 

 帰ってきたのだろうか。

 これで布団にありつけるわけだな。

 コツ、コツ、という靴が床を叩く音が段々と近くなってくる。

 取り敢えずボールをポケットにしまってだな………。

 

「こんばんわ、おバカなハチ公さん」

「お前…………」

 

 姿を見せたのは見たことのある顔だった。

 というか一番知られたくない人物だった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ユキノシタ…………」

 

 目の前にユキノシタがいることに俺は戸惑いを隠せないでいた。

 どうしているのかも気になるが、それよりもこの状況をこいつに知られたことに対して色々と頭の中がぐちゃぐちゃになっている。考えが全く纏まらん。

 

「入るわよ」

 

 え?

 どうやって?

 と思ったら、俺がゲッコウガにやってもらうように影に潜って柵の中に入ってきた。

 

「メーノ」

 

 入って来るや否や、何か冷たいものに抱きつかれた。

 いや、もう誰だか分かってるんだけどね。

 

「ユキメノコか………」

 

 俺の胡座の中に飛び込んできたユキメノコの頭をそっと撫でると嬉しそうにすり寄ってくる。

 

「それにしても無様に捕まってるわね」

「それについては自覚あるから言うな。いや、言わないでください」

 

 ユキメノコがいるので土下座はできず、そのまま体だけを折った。

 

「………どうして」

「どうしているのか、でしょ。……………姉さんよ。フレア団に襲われた日の夜、姉さんからメールが来たのよ。あなたが今回も一人で動くってことをね」

 

 ん?

 ユキノシタの姉貴といえばあの人だよな。

 ん?

 なんでそんな未来を見たかのように予言できてるんだ?

 

「その顔だと全く分かってないようね。姉さんにはネイティオがいるのを忘れたのかしら?」

 

 あー、この前も連れてたな。

 ……そうかネイティオか。過去と未来を見通す力があるとか何とか言われているあのポケモンなら、あの人が未来を知ってたって問題はないよな。

 

「ようやく理解したようね。姉さんはあなたが一人でどこまでやれるのか見たかったようだけど、私はそうは思わなかったわ。それに丁度ユイガハマさんたちと昔話もしてね。私は色々と後ろめたい気持ちばかりだったから、ユイガハマさんのあなたを守れるくらい強くなるってセリフには感心したわ。それと同時にずっと逃げていてはダメだと思った。ようやく過去のことに対しての気持ちに踏ん切りがついたの。だからあなたの未来を変えるためにも私の気持ちも一緒にぶつけたって言ったのに…………。私を頼ってと言ったのに………………」

 

 何かすんごい目で睨んでいらっしゃる。結構ご立腹のようだ。

 ユキノシタは音もなく俺に一歩一歩近づいてくる。

 背後に回ると背中に熱が伝わってきた。

 前が冷たいからなおさら人の熱というものを強く感じる。

 

「あの………ユキノシタさん?」

「心配、したんだから」

 

 ちょっと泣きそうな声でぎゅっと俺を抱きしめてきた。

 あの、すげぇ恥ずいんですけど。心臓がバックンバックン言ってるだゾ。

 

「………寝てたらいきなりユキメノコがやってきてあなたのキーストーンを見せてきたのよ。それで結局未来は変えられず、あなたの心も私には変えることなんてできなかったんだって思い知らされたわ。ゲッコウガもいなくなっててテールナーも寂しそうにしてたわよ。危険だから連れてこなかったけど」

 

 あの時、ユキメノコは起きてたのかもしれない。

 だとしたら、起きていながらも俺を止めることはしなかったってことになるのか。

 全く、毎度毎度こいつには敵わないな。

 

「いい加減気づきなさい。あなたはもう一人じゃないのよ。私たちがいるのよ。勝手に行動されたら心配だってするんだから………」

 

 一人じゃない、か。

 

「………なら聞くけどよ。こんなところに忍び込むだなんて言ってお前らは当然止めるだろ。だったら、言わないで一人で忍び込んだ方が止める者もいなくて楽じゃねぇか」

「バカね、今更あなたの行動を止めるだなんて、そんなことは誰もしないわよ。行くことに対して心配するし、当然行って欲しくないって思うけど、あなたは止めても無駄だって分かってるもの。それがしなければならないことだって分かってる。だから無断で行かれる方がよっぽど………」

「…………そうか。そりゃ……その…………悪かったな」

「悪いと思うのなら次からしないで欲しいものね」

「善処して気持ちを抑えます」

「及第点ってことにしておいてあげるわ。さあ、帰りましょ」

 

 ……やっと解放された。

 にしてもなんでここまでユキノシタは俺のことを心配してるんだろうか。それに最近、密着イベントが多いような気もするし。

 

「………そうしたいのは山々なんだが…………」

「ゲッコウガかしら?」

「ああ、うん、まあ…………はい」

 

 あいつらどこで捕まってるんだろうな。

 あの忍者が捕まってるって考えると、技も使えない状態にされているのかもしれない。

 

「もちろん助けに行くわよ」

「……場所分かるのかよ」

「偶然、あなたが運ばれるところに居合わせたってだけよ。その時、ゲッコウガは両手両足に何かはめられてたわ」

「その場で助けてくれてもいいものを」

「あなたが一人になった時の方が話しやすいじゃない」

 

 ……………。

 

「お前、やっぱり無理して来ただろ」

「か、借りを返しに来ただけよ」

 

 昔の俺ならば………とも思うが、しばらくこんなこともなかったしな。

 はあ………俺もだいぶ勘が鈍ってきたのかね。

 何となくポケットの中に手を入れてみると丸いものがあった。

 

「メガストーン?」

 

 取り出してみると色は違えどメガストーンだった。

 中の色は赤と水色。

 ………………………。

 誰のだよ!

 

「どっかで見たことのある色の組み合わせではあるな」

「ギャラドス?」

「いや、置いてなかった。多分、最後に適当に掴んだ奴だと思う」

「博士に聞くしかないわね」

「みたいだな」

 

 それもこれもこっから脱出しなきゃ意味がないんだけどな。

 

「さあ、行くわよ」

 

 ユキメノコに連れられて再び影の中の冒険が始まった。

 全く見えんから冒険にもならんけど。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「どうやらこの上のようね」

 

 ユキメノコに手を引かれるように歩いて行くとたどり着いたようだ………。

 

「いや、違う。ここじゃない」

「……どういうことかしら? 私たちはゲッコウガの居場所も確認してから来たのだけれど」

「勘だけど、こうなんか違うんだ。ここじゃない」

「……ユキメノコ、ヒキガヤくんのいう場所に行ってみて」

「メノ」

 

 俺にもよく分からないがゲッコウガを感じるのだ。歩き始めてからそれに気づき、さっきよりは近くなったし、強く感じられるようにもなったけど。まだこうピンポイントに来た感じがしない。

 

「すまん」

「いいのよ。私たちよりもあなたの方がゲッコウガのことを理解している。何も不思議なことじゃないわ」

 

 顔は見えないが声は穏やかなものだった。

 そまま俺が方向を逐一ユキメノコに伝えながら進んでいくと、ようやくここだと言える場所にたどり着いた。

 

「この上、だな」

 

 今いる場所が一番ゲッコウガを強く感じられる。

 

「………危険だと思ったら俺を置いて逃げてもいいからな」

「………それだと私が何しに来たのか話にならないじゃない」

「それもそうか。んじゃ行きますか」

 

 ユキメノコに連れられてそーっと影の中から顔を出して場所を確認する。

 そこまで広くはないが、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「ゲッコウガ、か。あの男が影に消えた時は驚いたが、なるほど、へんげんじざいの持ち主であればそれも可能というわけか」

「そのようですだゾ。あの忌々しい男が我らの仲間を大勢捕まえたんだゾ」

 

 フラダリとゾーさんか。

 

「それよりも報告なんだゾ。あの男が檻の中から消えていたんだゾ。檻も壊されていなかったところを考えるとまだ仲間がいるんだゾ」

 

 あ、一応布団持ってきてくれたのかね。

 

「問題ない。奴は必ずここに来る。ゲッコウガを連れ戻さねば奴は何もできはしない」

 

 あらー、バレてるー。

 まあ、そうなんだけどさー。

 そういうことは言わないで欲しいなー。

 

「ボス、いい加減教えて下さい。あの男は何者なんですか?!」

「落ち着け、バラ。あの男はカントーのポケモン協会で密かに有名な男だ。奴の仕事模様からついたあだ名が忠犬ハチ公。何故この遠いカロスにいるのかは疑問ではあるが、いる以上は排除する以外にない」

「強い、のですか」

「お前も目の当たりにしただろう。あの男は危険だ。直接手を下すことなく刃向かう者を消す、そう言われているのだ。野放しにしておく理由がない」

 

 あ、ちょ、引っ張るなよ。

 なんか二人に引っ張られて影の中に戻されてしまった。

 

「な、なんだよいきなり」

「あなた、どうやってゲッコウガを連れ戻すか考えはあるのかしら」

「勘だが方法はある。と思う」

「まったく当てにならない解答ね」

「取り敢えず、リザードンについては触れてもいないみたいだし、ゲッコウガがまだボールを持っているとみていいだろう」

「そういえばリザードンも今いないんだったわね。ならオーダイルでも」

「いや、いい。まずは俺が先に出てあいつらの気をひく。お前はその間にゲッコウガの拘束を解いてくれ。その後はどうにかする」

「………別に私も戦ってもいいのだけれど」

 

 そんなにバトルしたいのかよ。

 でもな、相手は何してくるか分からん連中だからな。

 

「ユキメノコ」

「メノ」

 

 ユキメノコに合図を送ると俺を地上に出してくれた。

 

「よお、ちゃんと目論見通り来てやったぜ」

 

 俺が声をかけるとお三方は驚くようにこちらを見てくる。

 

「……やはりちょっとやそっとじゃ身動きを封じられる相手ではなかったか。仕方がない。お前たち、この方の息の根を止めて差し上げろ」

「り、了解!」

「了解だゾ」

 

 フラダリがそう言うとバラとゾーさんはそれぞれキリキザンとレパルダス、カラマネロを出してきた。

 畏まって言ってるけど、それ要するに俺を殺せって言ってるよな。

 

「カラマネロ、さいみんじゅつだゾ」

 

 なるほど、俺たちに催眠術をかけて眠りにつかせたのはこいつだったか。カラマネロは確かポケモンの中でも最も強力な催眠術を施すことができると言われてたはず。ならば一度かかって仕舞えば相手の独壇場になってしまうというわけか。

 俺は右足で地面を叩き合図を送る。先ほどと同じように黒いオーラに包まれ、オーラがさいみんじゅつをはじき返した。

 

「キリキザン、レパルダス、切り刻みなさい!」

 

 今度は二体同時のきりさくか。

 どうしようか。掴んでみたい気もするが鋭い爪と刃だし。

 右足で地面を二回叩き、攻撃をオーラで受け止めることにした。

 

「お前、本当に人間なのか」

 

 失礼な、人間ですよ。

 

「ボス、よろしいですか、だゾ」

「うむ、存分に地獄を味わわせてやれ」

 

 ゾーさんがフラダリにそう聞くと奴は壁に張り付けの刑に処されていたゲッコウガの拘束を解き放った。

 ゲッコウガの側では一瞬空間がブレたように見えたが、あれは多分ユキノシタだろう。

 

「カラマネロ」

 

 ゾーさんがカラマネロに合図を送ると、ゲッコウガに向けて催眠術を放った。

 なるほど、そういうことか。フラダリが言っていた地獄というのは自分のポケモンとバトルをしろということらしい。しかもそれはどちらかが死ぬまでの殺し合い。

 

「やれ、だゾ」

 

 この中では最も恐ろしいのがゲッコウガである。いくらカラマネロの支配下に置かれていようとも奴の強さは変わりない。あんなデタラメなバトルをされたんじゃ、相手するのも嫌になるね。

 

「一か八か………か。来い! リザードン!」

 

 どこにいるのかも分からないし、催眠術にかかっている可能性だって拭えないが、一か八か呼んでみることにする。

 するとゲッコウガの口が無理やりこじ開けられ、中からモンスターボールが出てきた。

 おい待てゲッコウガ。なんつーところに隠してんだよ。

 

「なっ!? だゾ!」

 

 ゾーさんは驚いても『ゾ』をつけ、バラ様は開いた口が塞がらない状態。フラダリは「なんと!?」と関心を示している。

 

「うぇ、べっとり………」

 

 飛んできたボールを掴むと涎でべっとりしてきた。生暖かいし、正直気持ち悪い。

 思わず放り投げてしまい、そのままリザードンがボールの中から出てくる。

 

「あれはっ!?」

「メガストーンなんだゾ!!」

 

 リザードンが出てくると何もない空間から輝く石を投げつけられた。何とか落とさずキャッチして一言。

 

「メガシンカ」

 

 ここから先は俺のターンだ。

 そう言わんばかりに正気を保っていたリザードンは雄叫びをあげて姿を変えた。

 


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