ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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無理かなーと思いましたが、何とか流れが決まりました。

これから先、テンポが少し早いと感じたらごめんなさいです。


31話

 案の定、外でニヤついていた年少二人を連れ、ジムへ向かうと入り口のところにトツカがいた。

 

「あ、ハチマン」

 

 今日初めてのトツカに俺の心はぴょんぴょん跳ね上がる。

 

「いやー、それにしても起きたらハチマンとユキノシタさんが一緒に寝てたから驚いちゃったよ」

 

 俺の跳ね上がった気持ちは奈落へと落ちた。

 ああ、そんな眩しい目でこっちを見ないでっ。

 

「もう、ハチマンったら。それならそうと言ってくれればよかったのに。ハチマンも人が悪いなー」

 

 やめてっ、それ以上蒸し返さないでっ。

 

「と、トツカ………一つ言っておくが俺とユキノシタはそんな関係じゃないからな。あれはユキメノコに唆されたコマチとイッシキによるドッキリだからな。はっきり言って俺は起きるまでユキノシタが横にいることなんて知らなかったんだ」

「ええ、そうよ。トツカ君が想像しているようなことは断じてないわ。全然全くこれぽっちも、ね」

「おいユキノシタ。そんな顔を赤くしてたら逆に嘘のように聞こえるからな。というか何でそんな真っ赤なんだよ」

「あら、今思い出してみれば先に起きてたのはヒキガヤ君で、私の寝顔はもちろんのこと寝ている間に何かしたのではと今更になって思ったからよ」

「してねぇよ。どっちかつーとお前の方からしてきたからな」

「それは聞き捨てならないわね。私が何をしたのか詳しく聞こうじゃないかしら」

「やめておけ、自爆するだけだぞ」

「あっはははー、やっぱり二人とも仲良いね」

 

 どこをどう見たらそう思うのかは分からないが、トツカには俺たちが仲良く見えるらしい。

 

「冗談はやめてくれ」

「さすがに今はそんな冗談を言わないで欲しいわ」

 

 身がもたない、とユキノシタは続ける。

 

「そう? まあこれからだね」

 

 多分、誤解は解けずそのまま解として出てしまったらしい。

 はあ………全くどうしてこうなるんだよ。

 

「ゔぇっ!? なんでヒッキーたちまでここにいるのっ!?」

 

 二人してトツカの言葉に嘆いているとジムの中からユイガハマが出てきた。

 あ、マジでいたんだ。

 これもドッキリか何かだと心のどこかで思ってたわ。

 

「あ、ユイさん、どうでした? 勝てました?」

「あ、コマチちゃん。うん、まあ、ご想像の通りといいますか………」

 

 ああ、負けたのね。

 

「いえいえ、中々に筋はいいと思いますよ」

「ザクロさんっ!」

 

 ユイガハマの後ろから髪に色のついた石を編み込んだ(昨日コマチにどうなってるのか教えてもらった)長身のジムリーダー様が現れた。

 

「ハリマロンのつるのムチを使った回避やグラエナの多様な技、ドーブルのトリッキーさ。どれを取っても今後が楽しみですよ」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 にこやかスマイルでユイガハマの今後に期待するザクロさんに対して、彼女は深々と頭を下げた。

 

「いえ、これもジムリーダーの務めですから。それに君たちはどうやら危険な渦の中に潜り込んでしまったようですし。わたしにできることをしたまでです」

 

 うーん、紳士だな。

 

「…………ちなみにこいつの今後の課題とかってありました?」

「課題ですか………。そうですね、どうやら師が二人いるようですしバトル自体にはこれといって問題はないんですが、後は知識でしょうね」

 

 俺とユキノシタを見て、もう一度ユイガハマを見やる。

 

「技をいかに理解しているか、ポケモンをいかに理解してるか。そういったことが今後左右してくると思いますよ。要は経験ですね。ただ見ただけの動きではどうにもできない。付け焼き刃の特訓では逆に隙ができてしまう。それが今回の敗因でしょう」

「なるほど、さすがアホの子だな」

 

 結局知識かよ。

 ということはあれだな。

 同じアホの子でも感覚的にできるコマチと違って、ユイガハマは一度頭を通した方が今後につながるのかもしれない。

 

「むー、またアホの子って言ったー。アホって言った方がアホなんだからっ! ヒッキーのアホー!」

「おい、しっかり言ってんぞ」

 

 やっぱアホだわ。

 

「では、今後はそういうところを重点的にやっていきましょうか」

「うぇっ? 教えてくれるの?! ありがとう、ゆきのーんっ」

「あ、暑苦しい」

 

 ユキノシタに抱きつくユイガハマ。

 ゆりゆりしくていつもありがとうございます。

 ほんと抱きつくの好きだよな。

 ユキノシタも口では嫌がりながらも引き剥がそうとはしないし。本気で嫌だったらあっさり躱すくらいはやるだろうからな。

 

「それにしてもあの黒い穴を使われた時は驚きましたよ。そんな珍しい技を覚えているドーブルを連れているなんてまず思いませんからね」

「黒い穴? ダークホールのことか?」

 

 ドーブルが勝手にスケッチした黒い穴なんてダークホールしかない。

 

「ダークホール、と言うのですか? 初めて見る技でしたので………わたしもジムリーダーとしてまだまだですね」

 

 どうやらザクロさんはダークライについては知らないようだ。

 まあ、神話というか伝説が言い伝えられているのがシンオウだし、知らなくてもおかしくはない。

 俺だって、ここ半年の間に知ったくらいだし。何なら実物をトツカに言われるまで知らなかったくらいだし。ほんと、五年も知らないまま付き合ってたぞ。

 

「いや、別にそれはないでしょ。そもそもダークホールはあるポケモンしか覚えない技だから、変身やスケッチしない限りは誰も使えませんって」

「なるほど、特別な技というわけですか。しかし、ジムリーダーでもないあなたに教えられてしまうというのもおかしな話ですね」

「それこそ、ポケモン協会じゃ俺はあんたより上の立場になるだろうし問題ないでしょ」

「というと?」

 

 訝しんでくるわけでもなく、素直な返しだった。

 

「詳しいことは『ポケモン協会』『ハチ公』で検索すれば出るんじゃね?」

「素直には教えてもらえないのですね」

 

 がっくりと肩を落とすザクロさんに少し、ほんの少しだが面白いと思ってしまった。なんでだろうな。

 

「公言するものでもないっすからね。なぜか知ってるやつは知ってるけど。噂で広がる領域がさっぱり分からん」

「それは是非に調べさせてもらいますよ。少し興味が湧いてきました」

 

 子供のように目を輝かせるジムリーダーをほんとジムリーダーかと思ってしまった。ま、ハクダンでもそれは思ったことだけど。

 

「知らない方がいいこともあると思いますけどね。好きにしてください」

 

 あっちのジムリーダー様と意外にも話が弾むかもしれないしな。

 

「ねえ、ゆきのん」

「そうね。ヒキガヤ君、ケンカを売るならもっと大きくいきなさい」

「うぇ? 止めるんじゃなかったの?!」

「あら、どうせやるなら決着付けた方がいいじゃない」

「あの、そもそも別にケンカ売ってるとかそういうのはないからな」

「冗談よ」

 

 冗談に聞こえねぇ………。

 こいつがケンカを売る時は他人のふりしておこう。事が大きくなりそうだわ。

 

「さて、取り敢えずユイガハマさんのポケモンの回復にいきましょうか。後の事はそれから決めましょう」

 

 ん?

 なんかユキノシタに違和感を感じる?

 んー、まあいいか。

 

「…………あれ? 俺、朝飯食ってなくね?」

 

 取り敢えず、腹拵えのためにポケモンセンターへと戻った。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「でね、イワークにサブレがこおりのキバで攻撃したんだけど、硬くて硬くて。挑戦者は交代もできるみたいだからマーブルに替えて、ハードプラント? を使ってなんとか倒せたんだー。でもガチゴラスだっけ? あの進化したアゴの大きなポケモンにはヒッキーが連れてる黒いポケモンが使ってたあのおっきな黒い穴で眠らせたんだけど、なぜかすぐに目を覚ましちゃってマーブルがやられちゃったんだー」

 

 ポケモンセンターに戻ってくるとユイガハマはポケモンたちを預け、ジム戦についてユキノシタたちに話していた。

 俺以外はふむふむと真剣な表情で聞いている模様。

 なんか一人足りない気もするが気にしないでおこう。

 で、俺はというと。

 

「これ美味いな」

 

 腹が減ったから帰ると言いだしたら、なぜかザクロさんが俺にパン? をくれたのでそれをむしゃむしゃ頬張っている。

 結構歯ごたえがあって固いんだけど、それでも美味い。

 それだけで食べても美味いのだが、ついでにくれたバターを塗ってリザードンに焼いてもらうと香ばしい匂いが鼻をくすぐり、頬張ると口の中で旨味が広がっていく。

 ただ、こんな長いのを一本丸ごともらっても食いきれねぇよってくらいにはまだ残っている。割と食べたはずなんだが。

 

「………あの、先輩さっきから美味しそうな匂いがすごいんですけど」

「食うか?」

「気前いいですね。なんかいいことでもあったんですか? あ、いただきます」

 

 焼いたパンをイッシキに渡すと素直に受け取り、カプリとかぶりつく。小さい口が何ともアレだな。うん、アレだわ。

 

「別に俺はいつだって気前がいいと思うぞ」

「……ごくっ、や、それは私以外にじゃないですか。私にまで気前がいいとなると何かの前触れか何かかと」

「いいことねー」

 

 で、自然とユキノシタの方へと目がいった。いってしまった。

 目がばっちりと合っちゃったよ。

 え? なに? お前も食いたいわけ?

 

「………なんだよ、お前も食いたいのか?」

「え? あ、や、そういうわけじゃ…………」

「あ、じゃあ、あたし食べるー! バトルして頭使ったからお腹減っちゃった」

「………こうしてあの大きな丘は出来上がるのか」

「何言ってんですか。それセクハラですよ」

 

 ユキノシタにも差し出したパンを当の本人が顔を真っ赤にして歯切れの悪い返事をするのを聞いて、ユイガハマが受け取り一口パクリとかぶりつく。

 イッシキがジト目で見ているのは気付かないことにしよう。

 

「ふぉおっ、ほれおいひいね」

「飲み込んでから喋れ」

 

 まるで子供のように(というか実際年齢の割に言動が子供だよな)、はしゃぐ。

 それをじっと見つめるのはユキノシタであり、ユイガハマが一かぶりしたパンを差し出すと彼女もパクリと一口いった。

 なんだよ、結局食いたかったんじゃねーか。

 

「………すごく美味しいわね」

「でしょ! ちょっと硬いけど、美味しいよね!」

「で、結局ユイガハマは何でいきなりジム戦にいったんだ?」

 

 もぐもぐとパンを頬張るユイガハマに聞いてみると、ごくっと喉を鳴らしてパンを飲み込んだ。

 

「いやー、ゆきのんに昨日扱かれた分を忘れないうちに出しておきたくってさー。でも案外上手くいかないもんだねー」

 

 たははーと頭をかきながら苦笑いを浮かべる。

 

「そりゃそうだろ。練習と本番じゃ心の持ちようがそもそも違うんだから、緊張もするし想定外のことが起きれば動揺だってするさ。逆にコマチがそうならない方が不思議なくらいだな」

「せんぱーい、私はどうなんですかー」

「あ? イッシキは…………つーか、お前がバトルしてるとこ一回しか見たことないからなんとも言えねぇわ」

 

 イッシキがまともにバトルしたのってミアレのレストランでのダブルバトルくらいじゃん。それも相手はユキノシタだったから、こいつのバトルスタイルとか全くと言っていいほど知らん。

 

「じゃあ、それも含めてバトルしましょうよー」

「お前、なんでそんなに俺とバトルしたがるんだよ」

「そりゃ、何気に先輩とだけ一回もバトルしたことないからですよ」

「…………」

 

 言われてみればそうかも。

 コマチとユイガハマとは三人がポケモンをもらった日にバトルしてるし、ユキノシタともレストランでダブルバトルをしている。トツカとはどこでやったのかは知らんが、この言い方からしてすでにバトルしてるのだろう。ミアレには結構いたからな。その間にバトルしてたっておかしくはない。

 

「そこまで言うんだったら今からやるか?」

 

 冗談交じりでそう言うとくりんとした目が笑った。

 あー、これはやっちまったパターンだな。

 

「言いましたね。今、はっきりと言いましたね! やりましょう! 今すぐにでも! さあっ、ほら早くっ! 行きますよ!」

「あ、こら。俺まだパン食ってんだろうが」

「んなのどうだっていいですよ。さあ、早く。さあ」

 

 俺の腕をこれでもかというくらい力を込めて俺を立たせると、引き摺るように外へと運んでいく。

 コマチたちも全く止めようとせず、俺たちを追いかけてきた。リザードンもゲッコウガも止めようとしねぇんだけど。ねえ、見てないで誰か止めてよ。

 はあ…………なんでこいつはこんなにもウキウキしてんだよ。まるで新しいものに興味を示した子供じゃねーか。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「さあ、先輩。ルールはどうしますか?」

 

 強制送還されてポケモンセンターに併設された外のバトルフィールドに立たされた。

 

「はあ………マジでやるのか。ルールはお前が決めていいぞ」

 

 ルールとか考えるのがもう面倒くさい。

 

「んー、じゃあ一対一の技の制限はなしでどうですか? あ、先輩はゲッコウガでお願いしますねー。ちょっと借りを返さないといけないんで」

 

 決めさせたらルールとか関係なく俺はゲッコウガでバトルするらしい。固定かよ。まあ、それくらいハンデないと無理だよな。ハンデとも言えないけど。

 つーか、借りってなんだよ。

 

「ゲッコウガ、お前イッシキになんかしたのか?」

「コウ?」

 

 聞くと本人は心当たりがないらしい。

 さて、借りとは何なんだろうな。

 

「あー、その顔は覚えてないって顔ですね。初日には私を叩き、ミアレで再会した時にはテールナーのメロメロにすらかからなかったんですから。今日こそは堕として見せます!」

 

 あれ?

 なんか俺らただの被害者じゃね?

 初日のだってイッシキが先生に謝らないから悪かったんだし、テールナーのことだって元々メロメロが効かないからだし。そんな俺らが悪いと言われる筋合いはないよな。

 

「んじゃゲッコウガ。ご指名みたいだからよろしく」

「コウガ」

 

 リザードンをボールに戻すタイミングを失ったため、コマチたちと観戦。

 あいつに見られてるとかなんか違和感感じるわ。

 

「さあ、いくよ、テールナー」

「テーナ!」

 

 テールナーをボールから出すと尻尾にさしていた木の棒をこっちに向けてきた。

 ゲッコウガに対しては敵意丸出しだな。

 

「…………ユイガハマ」

「うぇっ? なに? どしたの?」

「審判、やるか?」

 

 そういや昔ヒラツカ先生に無理やり審判をやらされてたよなーと思い出し、声をかけてみる、

 

「あー、昔もヒラツカ先生にやらされたよね。いきなりだったからよく分からなかったけど。うん、分かった。あたしが審判やるよ」

 

 どうやら同じことを思ったようで、乗り気になった。

 

「それじゃ、二人とも準備はいい?」

「ああ」

「いいですよー」

「すー、はー…………バトル開始!」

 

 深呼吸する必要あったのか?

 

「テールナー、にほんばれ!」

 

 えー、初っ端から日差しきつくするなよ。暑いじゃねーか。

 

「取り敢えず水は使わせないってか。ゲッコウガ、かげぶんしん」

「コウガ」

 

 日に日に影が増えているかげぶんしん。

 どうしたらあんなに増えるのかね。

 ちょっと多すぎて気持ち悪いわ。

 

「テールナー、かえんほうしゃ!」

 

 一掃するように木の棒からかえんほうしゃを放ってくる。にほんばれにより炎技の威力が上がっているため、当たるのはまずいか。

 

「かげうち」

「ワンダールーム」

 

 摩訶不思議な空間を体内から広げていき、見えない壁に本体以外はかき消されていく。

 ワンダールームか。

 どの効果の部屋だっけ?

 トリックはすばやさだしマジックは………道具?

 あー、じゃあワンダーは防御系の能力の入れ替えか。

 

「後ろ! 躱して!」

 

 本体によるかげうちを素早く回避。

 

「また変な空間作り出したな」

「ゲッコウガは素早いですからね。閉じ込めないと逃げられちゃいますよ」

「なるほど」

 

 けど、それはイッシキにも言えることだ。

 

「ほのおのうず!」

 

 木の棒をくるくると回して燃え盛る炎の渦を作り出すと乱雑に放ってきて、見えない壁に当たると跳ね返り、部屋の中は火の海に変わっていく。

 さすがにこの状態じゃゲッコウガでもやりにくいか。

 

「みずのはどう!」

 

 ならば消化活動といきますか。

 にほんばれの影響下ではあるが、使わないよりマシだ。タイプもみずになるから炎の効果も半減されるし。

 

「テールナー、スキルスワップ」

 

 テールナーが木の棒を振り、お互いの特性を入れ替えてしまった。

 はっ?

 マジで?

 ちょっとー、誰よこの子を初心者って言ったの。手練れ感半端ないんですけど。

 なんだよスキルスワップって。ゲッコウガの特性奪うなよ。もらったもうかとか使いもんにならんし。

 

「最後に使ったのがみずのはどうだからみずタイプってことでいいのか」

 

 んー、これはそろそろ倒しにかからないとまずいな。

 

「ゲッコウガ、ハイドロポンプ」

 

 威力とかこの際どうでもいい。さっさと片付けてしまおう。

 

「ソーラービーム!」

 

 はあ…………なかなか使わないから覚えてないかと思ったけど、ちゃんと覚えてやがったよ。なんだよ、マジで。もう最初から俺なしで充分戦えてんじゃん。

 もうね、今まで戦ったことのない嫌なタイプだわ。

 変化技を多彩に操るやつとか初めて見たぞ。

 

「ゲッコウガ、そのまま氷に変えろ!」

 

 口から吐き出される水砲を氷に変えていく。

 言ってはみたものの本当にできる辺り、ゲッコウガらしいな。

 

「ぐぅ、意外と飲み込みが早いですね」

 

 木の棒から放たれた太陽エネルギーの光線を凍らせるとイッシキがそんなことを言ってきた。

 

「そりゃ、結構世話になってる特性だからな」

「だったらもう一度ソーラービーム!」

 

 懲りずにもう一度放ってくる。

 

「かげうち」

 

 ゲッコウガは影に潜り、光線を回避する。

 今度は逃げることにした。ほんとはさっきも躱したかったが、ハイドロポンプを放っていたため仕方なく技を変更することにしただけだし。

 

「つばめがえし」

 

 テールナーの背後に回ったゲッコウガはぬっと影から現れて、裏手握りの二刀で切り裂いた。

 効果は抜群だ、てな。

 

「テールナー!?」

 

 バタンと崩折れるテールナーにイッシキが呼びかけるも返答はない。

 ユイガハマがパタパタと歩いて行き、確認を取る。

 

「意識ないね。テールナー戦闘不能。ヒッキーの勝ち!」

 

 はあ……………なんかどっと疲れた。

 こいつの相手とかもうこりごりだわ。

 

「やっぱ先輩は強いですねー」

「いや、お前こそいつの間にバトルスタイル確立してたんだよ」

「あ、それはハヤマ先輩とバトルしたりトベ先輩で練習しましたんで」

 

 おおう、憐れトベ。

 まさかの練習台になるとか。

 

「ハヤマの入れ知恵か?」

「いえ、たまたま覚えた技が変化技だったってだけですよ。だから別に打倒ケロマツとか息込んでやってたわけじゃないんですよ」

 

 やってたのか。

 というかこいつらそんなにケロマツもといゲッコウガを倒したかったのかよ。

 

「うーん、このままじゃまだ先輩たちとリーグ戦なんて無理そうですね。確かにもう少しポケモンを増やさないと」

「取り敢えず、回復してもらってこい」

「はーい」

「あ、イロハちゃん。あたしもいくよ」

 

 テールナーをボールに戻すとユイガハマを引き連れてポケモンセンターの中へと消えていった。

 うーん、イッシキって結構育つとやばくね?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ねえ、お兄ちゃん。イロハさんいつの間にか強くなってない?」

「それな。強くなってるというよりかは変化球を挟んでくるからやりにくかったわ」

 

 何なのあいつ。

 日差し強くして部屋作って特性まで入れ替えて。

 頭使わないといけないからすげぇ疲れたわ。

 

「……彼女、磨けば相当のトレーナーになりそうね」

「ああ、俺に相手しろとか言ってくるけど、もう充分だと思うんだよなー」

 

 あんなに相手しろとか言ってたから教えてくれって意味だとばかり思ってたんだが、ただの実力試しだったし。

 

「それは多分、強さの線引きがお兄ちゃんだからだよ。とにかくお兄ちゃんのポケモンを一体でも倒せたら強くなったって目に見て分かる証明になるから」

「確かに…………それじゃ私も」

 

 ユキノシタがキランと目を輝かせて俺を見てくる。

 あなたとやるのは本気でやらないといけないからパスの方向でお願いします。

 

「もうしばらくはバトルしたくないわ。ここんとこ毎日バトルしてんじゃん」

「………仕方ないわね。シャラシティに着くまではお預けにしとくわ」

「やるのは確定なのかよ」

 

 無理だったか。どうやら俺はユキノシタとシャラで再戦することになるらしい。

 その頃には忘れてるといいなー。

 

「………担当分けの話だけど、ヒキガヤ君このままイッシキさんのこと育ててみない?」

「はっ? 何そのこのポケモン育ててみない? 的な発言。ポケモン博士じゃねーんだからよ」

「やっぱりみんなの底上げはやっておくべきだと思うわ。巻き込まれても自分の身は自分で守れたら、あなたも動きやすいんじゃない?」

「……………今日のお前、やっぱおかしいぞ」

「あなたって時々失礼よね。これでも結構心配してるんだから」

「全くそう見えんのは俺だけなのか? ………はあ、分かったよ。あいつの面倒を見ればいいんだろ。そのうちあいつに勝ち越されても知らねぇからな」

「それはすごく楽しみね」

 

 うわー、すげぇ憎たらしい笑み。

 いつものユキノシタだったわ。

 ってことは少しは素直になってるってことなのか?

 はあ、よく分からん。

 

「あのー、お二人さーん。何二人の世界に使ってるんですかー。一応ここにはコマチとトツカさんもいること忘れないでくださいねー」

 

 ジトーっとした目でコマチが俺たちを見てくる。

 その後ろではトツカが笑っていた。

 

「やっぱり、二人って仲良いよね」

「「よくない!」」

 

 

 

 それから部屋に戻って荷物をまとめて、シャラへ向けてショウヨウを出発した。

 やっぱり何か忘れてるような気がするんだが…………全く思い出せん。

 

「いやー、それにしてもテールナーの意識を狩るだけとか、ゲッコウガってヤバくないですか」

 

 さっきからずっとイッシキはこんなことを言っている。

 10番道路に入り、昨日行った脇には入らず(あまり目にしたいものでもないからな)ぼちぼちと歩いてるんだが、回復しに行ったイッシキ曰く、テールナーは意識がないだけでダメージはなかったんだとか。

 峰打ってわけでもなくちゃんとつばめがえしで攻撃したはずなんだがなー。

 当のゲッコウガさんを見ると何故かテールナーに懐かれている。

 意味わからん。何がどうしてそうなった。

 

「俺からしてみればテールナーがゲッコウガに懐いたことの方がやばいと思う」

「どうもゲッコウガに惚れこんじゃったみたいなんですよねー。元々は浅くはない関係みたいですし」

「はっ? マジで? どこにそんな要素があったんだ? つうかどういう関係だったんだ?」

「女心を理解できない先輩には言っても分かりませんよ」

「ばっかお前、そもそも人の心がよく分からん」

「もっと悪かった!?」

 

 なんかユイガハマが驚いているが、まあいつものことなので放っておこう。

 

「あ、お兄ちゃん、あれ見て」

 

 突然コマチが声を上げたので、指の指す方を見ると。

 ジバコイルがいた。

 もう一度言おう。

 ジバコイルがいた。

 

「あ、なんか忘れてると思ったらザイモクザじゃん」

「おおー、中二さんのことこってり忘れてた」

「彼は一体何をしているのかしら」

 

 ジバコイルの上には当然、コートを羽織り黒の指抜きグローブを嵌めた太った奴がいる。というかザイモクザがいる。

 空で何を見てるのかは知らんが、今まで何をしてたんだろうか。

 

「ねえ、お兄ちゃん。ちょっと様子見てきてよ」

「えー、俺が行くのか?」

「あ、じゃあ僕がいこうか?」

「コマチ、俺が悪かった。さっさと蹴り倒してくる」

 

 トツカをあんなところで奴と二人きりにとか危険すぎる。

 俺はトツカのためならば例え火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中あの子のスカートの中…………まで行ったらただの変態だな。うん、俺は決して変態ではないからな。そんなことはしないぞ。トツカに嫌われちゃう。

 

「リザードン」

 

 ボールからリザードンを出して背中に乗り、ザイモクザのところへと向かう。

 

「おい、ザイモクザ」

「おお、これはこれはユキノシタ嬢と仲のよろしいハチマンではないか」

「よし、今すぐその減らず口を閉ざしてやろう」

「待て待て待て、待つのだハチマン! 我が悪かった! 全面的に謝るから! 痛いのはやめてー!」

 

 気持ち悪い声を上げたので少し距離を取る。

 

「で、お前何してんだよ」

「うむ、それなんだがこの10番道路にある石を見て何か思わぬか?」

「石?」

 

 そう言われてこの先に続く10番道路を見ると地面から突き出した石がいくつもあった。しかもそれは等間隔にあり、規則性を有している。

 

「それがどうかしたのか? 規則性があるところからして人工的に作られてものなんだろうけど」

「それと、奥に薄っすらと見えるセキタイタウンを見てくれ」

「セキタイ? あー、あの石に囲われたようなところか」

「うむ」

 

 ザイモクザに言われて10番道路を辿ってセキタイを見やる。

 丸い感じの街だな。

 石と民家以外は特に何もないような過疎地とも言えるか。

 

「鍵穴、のようには見えぬか?」

「鍵穴? …………」

 

 鍵穴か。

 セキタイが丸く、下に続く10番道路が長方形………確かに鍵穴のように見えなくもない。

 

「それがどうかしたのか?」

「いや、特に理由はないのだが、気になってな」

「ふーん。まあ、偶然じゃねーの」

「であればいいのだが」

 

 ザイモクザにしてはやけに食いつくな。

 そんなに気になることでもあるのだろうか。

 

「ま、取り敢えず降りてこい。どうせついてくるんだろ」

「うむ、飯が美味いからな」

 

 着々とユキノシタに餌付けされてるようで。

 こうして、『忘れ物』をつれてみんなのところへと戻った。

 


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