ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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次回はもしかしたら金曜の投稿になるかもしれないです。

火曜に投稿できたらいいな……


30話

「一対一のどちらかが戦闘不能になればバトル終了でいいですか?」

「はあ………なんでもいいっすよ」

「では、バトル開始!」

 

 審判のお兄さん、手間暇かけてすみません。さくっと終わらせられるよう頑張ります。

 

「アマルルガ、いきますよ」

 

 俺が心の中で審判のお兄さんに合掌をしていると、ザクロさんがアマルルガ? を出してきた。

 あー、なんだっけ。確か化石ポケモンだっけ? 進化前がかわいいアマルスって白っぽい水色の肌を持ったやつで、進化するとデカくなって可愛さが…………うん、確かそんなやつだったはず。

 タイプがいわ・こおりの脆そうな組み合わせだったか。

 

「んじゃま、サクッと終わらせるか、ゲッコウガ」

「コウガ」

 

 頷き返してくれるようになったね。

 ちょっとは人間不信も治ってきた………のか?

 あ、それ言ったら俺が人間不信だから俺も治さないといけなくなるのか。このことは忘れることにしよう。

 や、だって、無理なもんは無理だし。

 

「アマルルガ、ほうでん」

「かげうち」

 

 高電圧の電気が走ってくるが影に潜って回避。したら俺に当たりそうになるというね。

 

「アマルルガ、自分の影に向かってフリーズドライ」

「アー、マッ」

 

 フリーズドライ?

 みずタイプにも効果があるとかなんとかって技か?

 なるほど、みずタイプのゲッコウガに対してほうでんにフリーズドライ。俺の対処の仕方を見ようとしているのか。

 

「れいとうパンチ」

 

 影から出てきて、冷え切った体のままアマルルガに拳を入れる。

 ダメージとしては小さいが、こっちもダメージを小さくできたんだ。しかも奴の懐に飛び込むこともできた。

 

「グロウパンチ」

 

 なら次はこちらの番だろう。続けて拳を入れて弱点を突いて攻撃も上げていく。

 

「がんせきふうじ!」

 

 クロスレンジを守るように岩を纏い始める。

 ゲッコウガは作られた岩をいくつか砕き、すぐに間合いを取る態勢に入る。

 

「こごえるかぜ」

 

 岩を凍風に乗せて飛ばしてきた。

 また凝ったことするな。

 

「がんせきふうじ」

 

 ならばと、こちらもがんせきふうじで相殺させてもらおうか。

 自分の周りにアマルルガのように岩を作り出す。

 それを飛んでくる岩に向けて打ち出し、粉砕していく、

 

「ハイドロポンプ」

 

 岩と岩の交戦をしながら、口から水を撃ち出し攻撃に転じる。

 

「壁を作って」

 

 アマルルガは冷気を使って壁を作り出す。

 意外と硬く、水砲撃は弾かれてしまった。

 

「かげぶんしん」

 

 岩を纏ったまま、ゲッコウガの姿が増えて行く。

 ケロマツの時よりも影が増えたのは気のせいではないだろう。

 

「飛ばせ」

 

 影によって無数に増えた岩で一気にアマルルガを埋め尽くす。

 擬似いわなだれってところか。

 

「アマルルガ、ほうでん」

 

 再び電気を走らせ、岩を砕いていく。

 

「ゲッコウガ!」

 

 だが、それは囮にすぎない。

 本来の目的はこっち。

 グロウパンチで冷気で作った壁を壊し、懐に潜り込む。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 至近距離からのハイドロポンプ。

 これで結構なダメージが与えられるはずだ。

 事実、避けるタイミングを逃したアマルルガは諸に受け、水圧により後方へと押し飛ばされていった。

 

「グロウパンチ」

 

 痛手を負って怯んだ隙に再度間合いを詰め、高まった攻撃力を最大限に生かした四倍ダメージをお見舞いする。

 

「アマルルガ!?」

 

 ジャブからのアッパーを喰らい、そのまま仰け反り宙で一回転し倒れ伏した。

 

「アマルルガ戦闘不能。ゲッコウガの勝ち。よって勝者、ヒキガヤハチマン」

 

 はい、サクッとってわけでもないけど終わりましたよ。

 うーん、こんな一方的なバトルを見て何が楽しいのだろうか。

 俺にはさっぱり分からん。

 

「いやはや、恐れ入りました。確かにメガシンカを使いこなせるだけのことはありますね。いい勉強になりました」

 

 パチパチと拍手をして俺のところにやってくるザクロさん。

 勉強になったって何がだよ。

 

「はあ………どうも」

 

 よく分からんがとりあえず礼? だけ言っておく。

 んなことで褒められても嬉しくないが。

 

「だからお兄ちゃん、もう少し気の利いたこと言おうよ」

「や、別にいいだろ。特に言うことなんてないんだし」

「はあー、これだからごみぃちゃんは」

 

 って言われてもなー。

 ほんとに言うことなんて全くないし。

 

「君にもバッジを渡しておきましょう。ビオラからももらったようですし、わたしとのバトルも勝利したことですし」

「………バッジ賭けてないのにか」

「バッジは本来ジムリーダーが実力を認めた者に与えるものです。それを分かりやすくしたのがバトルなだけで、わたしに勝利した君には受け取る権利があるのですよ」

 

 そういや、前にどっかでそんなことも言われたっけ。誰だっけ、そんなこと言ってたの。

 

「はあ、まあもらえるんなら貰っておきますけど」

 

 審判のお兄さんが持ってきたテトリスのようなバッジを受け取る。

 はあ………図らずもジム戦をしてしまった…………。

 

「先輩、昨日はあんなこと言ってたのに結局バッジ貰っちゃってるじゃないですか」

「それな」

 

 ジトッとした目で俺を見上げてくるイッシキ。

 ほんと俺、何してんだよ。

 

「あ、ということはあたしはジム戦しなくていいってことに「さて、ポケモンセンターに戻って特訓しましょうか」ならないか………………」

 

 がっくりと肩を落とすユイガハマ。

 スパルタなユキノシタがそんなに怖いのだろうか。

 昨日は座学を寝るまでやらされたみたいだし。

 

「……君達は逞しいですね。昨日のことがあっても前を向いている。それでいいのです。旅は何が起こるか分かりません。いつどこで何に巻き込まれようとも諦めてはそこで全てが終わってしまいます。君達は大きな存在に目をつけられてしまったようですし、何かあればわたしを頼ってください。出来うる限りサポートしますよ」

「はあ……まあ気が向いたらジムリーダーの権限を使わせてもらいます」

 

 実際、ジムリーダーがどこまで力を行使できるのかしらないが、これで一つ伝ができたと思えばいいのかもしれない。

 用心するに越したことはないからな。

 すでにフレア団の存在が明らかになった今、俺にできることはやっておいた方がいいのだろう。

 ざくろさんの言う通り、何が起きるか分からないんだし。

 

「では、お気をつけて」

 

 そうして、俺たちはジムを後にした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ポケモンセンターに戻ってからはコマチはトツカとおしゃべり、ユイガハマはオニノシタ教官の元で特訓。ザイモクザは知らん。

 で、俺はというとイッシキに首根っこを掴まれて10番道路へと来ていた。

 後一時間もすれば日が暮れ出すというのに何をしようというのだろうか。

 というか何故俺なのだろうか。

 

「なあ、今更なんだがなんで俺はお前に拉致されてんだ」

「まー、先輩暇そうでしたし、別にいいかなーって」

「よくねぇよ。午前中は動いたんだし、ゆっくりさせろよ」

「もう、こんな可愛い後輩と二人きりでお散歩できるんですから、いいじゃないですかー」

「自分で言ってたら世話ないな」

 

 きゃは☆ とあざとさ満点の笑顔を向けてくるイッシキにそう返してやる。

 

「あ、見てください」

 

 何かを見つけたイッシキが指差す方を見ると、道のはずれにある花畑にデルビル、ラクライ、ノズパスが寝ていた。

 そおーと近づいていくイッシキに俺もついていき、

 

「………寝てるん、ですかね…………」

「ッッ!?」

 

 これは、死んでる!?

 寝ているというよりは死んでいると表現した方が合っているような………。

 

「ミュウツー………」

 

 ポケモンのことはポケモンに聞くのがベストだろう。

 ボールから暴君を出して聞いてみる。起きててよかった。

 

『………生きてはいる。だが、意識というか生体反応というか………人間で言うところの植物人間、昏睡状態といったところか』

 

 何があったんだ!?

 これもフレア団の仕業だというのか!?

 

『人間め、オレたちポケモンを道具の一部として使いやがって』

「(普通に考えてこんなことは起きるものなのか?)」

『いや、まず起こり得ない。これは人工的に行われたものだ』

「せんぱい?」

 

 つんつんとデルビルを突っついているイッシキがどこか遠くを見るように俺を見てくる。

 

「あ、や、その…………」

 

 果たしてこれを彼女に話すべきことなのだろうか。

 聞けば当然悲しむだろうし、昨日のことを思い出させてしまうかもしれない。

 だが、見てしまった以上ちゃんと説明してやった方がいいのか?

 どれを選べばいいんだよ。

 

「………先輩、今何か隠したでしょ。言っておきますけど、昨日は確かに怖かったです。先輩が来なかったらと思うと、今でも体は震えます。でも! もう私は巻き込まれました。先輩が言ってたように私ももう目をつけられてるんですよ。だったら、向き合うしかないじゃないですか。だから教えて下さい! この子たちに一体何が起きてるんですか?!」

 

 何だ、意外と見透かされてるんじゃねーか。

 そうだな、こいつはこういう奴だったな。

 普段はあざといくせに大事なところはしっかりしている。

 よく見ているし、勘も働く。

 だったら、隠したってしょうがないか。

 

「………こいつらは、寝ているんじゃない。昏睡状態だ」

「ッッ!? 昏睡、状態…………」

「ああ、そこの白いのが言ってるんだから間違いない」

「で、でもどうして!?」

「恐らくは、フレア団によるものだろう。まず起きないことらしいからな。人為的に施されたようだ」

「なっ!?」

 

 結構ショックだったのか口に手を当てて覆いした。

 

「おい、こいつらはどうしたら元に戻れる」

『それはこいつら次第だ。生体エネルギーを搾り取られたことによる一時的なもの。生きることをやめなければそのうち目を覚ますだろう。だが』

「それがいつになるかは分からない………ってか」

『ああ』

 

 生き物が持つ生体エネルギをー搾り取られてその残りカスが今のこのポケモンたちの姿ってわけか。

 何なんだよ一体。

 フレア団は何を企んでるんだよ。

 こんなことまでして一体何を考えていやがる。

 

「………先輩、今日はもう戻りましょ」

「………そうだな」

 

 ぎゅっと俺の袖を握ってきたイッシキの手が震えていたので、従うことにした。

 暴君をボールに戻して昏睡している三体のポケモンに花を手向け、ショウヨウに戻ることにした。

 結局何しに来たんだろうな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「先輩、好きな人とかいるんですか」

 

 袖を摘みながら俺の後ろをついてくるイッシキが口を開いた。

 なんでいきなりそんな話題になるわけ。

 唐突すぎて心臓止まるかと思ったじゃん。

 

「にゃ、べ、別にそんなやつはいないじょ」

「噛みすぎですよ…………」

 

 ふぇぇ、口開いた時点で負けが確定してるぅ。

 

「な、なんだよいきなり」

「いや、先輩は私の扱いがいつも適当なのに今も昔も気まぐれに優しくなるので」

「あー、あ? そうか?」

 

 俺、そんな優しくしたつもりもないんだが。

 昔っていうとスクールでのことだろ。

 ありゃ不可抗力というか俺が悪かっただけだろ。

 

「そうですよ。ユイ先輩であれユキノシタ先輩であれ、先輩は肝心な時には優しくするから、みんなこの人は好きな人とかいないんじゃないかって思っちゃいますよ」

 

 そ、そんなことを思われてたのか。

 女子って怖っ。

 

「先輩、告白とかもしたことない口でしょ」

「……………いや、一回だけ」

 

 目を背けて答えると、

 

「えっ!? マジですか先輩の姿からはあまりに想像できないんで詳しく教えてください」

 

 食い気味に反応してきた。

 

「や、なんでだよ」

 

 あれはそう、シャドーに拉致された時。

 連れて行かれたアジトでの世話係になったカオリちゃんに告ってフラれて次の日、胃を決するように俺は脱出を図ったのだった。おわり。

 あ、なんか普通に脳内再生しちゃったよ。ほとんど覚えてないからな。確かこんな感じだったはずってだけ。

 

「だって先輩が告白とか、くくくっ」

「ありゃ勘違いだったんだよ。一人右も左もよく分かってないところに優しくされて、「こいつ俺に気があるんじゃね?」的な発想に至り結果、当然のごとくフラれた。ただそれだけのことだ。だからあんなのは恋でもなんでもないんだよ」

 

 あの頃の俺は病気の最高潮にあったからな。

 もう何を考えていたのかさえも思い出したくもない。

 

「………それでよく女性恐怖症になりませんね」

「すでに人間が怖いからな」

「あ、納得です」

 

 納得されちゃったよ。

 ちょっとは否定して欲しかったなー。無理だろうけど。

 

「じゃあ、なんで先輩はユキノシタ先輩に罵倒されても一緒にいるんですか?」

「お、おう、なんか今日のお前、グイグイくるな。ユキノシタのあれは、最近じゃ罵倒してる時に顔が赤くなったりするからな。そのギャップを見て楽しんでる。真顔の時はすげぇ怖いけど」

「なんか想像と違った答えでびっくりですよ?! びっくりぽんですよ! 確かにあの赤くしてる時は反則なまでに面白いですけど。じゃ、じゃあユイ先輩はどうなんですか」

 

 びっくりぽんってなんだよ。

 

「ユイガハマは……………ってなんで俺がこんなこと言わなきゃなんねーんだよ」

「チッ、もう少しで面白い話が聞けると思ったのに」

「俺は面白くないわ! どっちかつーと恥ずかしいわ」

「でも本当のところはどうなんですか。一人でしか旅をしたことがない先輩がこんな大勢で旅をするとか昔の先輩からじゃ想像できないです」

 

 ちょっとー、スルーしないでくれるー。

 

「……………なあ、ポケモンはトレーナーに似るって話知ってるか」

「もちろん、現在進行形でそれを観察できていますからね」

 

 それは俺とゲッコウガのことを指しているんだろうか。

 なら、それは間違ってるぞ。

 最初から似てるみたいだからな。

 

「ポケモンにも人間らしい一面がある。それは感情を持つ生き物であるからして当然ではあるが、トレーナーの感情に左右されてより人間らしく形成されていく。愛情をかければかけるほどトレーナーに似ていくんだ。いわばポケモンとトレーナーの感情はシンクロしてるんだよ。一昨日、ユイガハマにも聞かれたが犯罪に加担するポケモンもそれが原因なんだと思う。だが逆に言えばオーダイルやユキメノコが懐いてくるのもサブレが飛びついてくるのも」

「うぇっ!? 先輩それって…………」

「あとは………言わなくてもわかるだろ」

 

 ああ、恥ずかしい。なんでこんな話してんだよ。帰ったら絶対顔見れないまであるな。これでこの研究結果が間違ってましたってなったら俺泣くよ。いろんな意味で泣くよ。

 顔を赤くするイッシキの頭をポンポンと撫でて、とぼとぼとポケモンセンターに向かった。

 今日は帰りたくないなー。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 日が昇り始めた時間帯。

 俺は体が重く感じ目を覚ました。

 おまけに右半身だけ冷たい。

 そう思って右腕を見るとユキメノコが俺の腕に絡まって寝ていた。そら確かに冷たいわ。じゃなくてこれは一体どういう状況なん?

 この前みたく起こしに来たとかなら分かるが、まだ起きるには早すぎる時間帯だと思うんですけど。

 だが熱があるのはそっちではなく左側。

 どこかで嗅いだことのあるような甘い匂いが俺の鼻を燻ってくる。

 長い黒髪が薄っすら視界の端に映った。

 ………黒髪?

 

「ッッッ!?」

 

 ぐりんと首を百八十度回して左腕を見るとーーー

 

「なんでいるんだよ、ユキノシタ」

 

 ーーーユキノシタユキノが俺の左腕を抱き枕にして眠っていた。

 

「どうしてこうなった」

 

 昨日は確か、イッシキと二人で出かけた後、ポケモンセンターに帰ってくるとユイガハマがグロテスクな惨状になっていた。

 なんというか魂が抜けている感じ。

 ゲッコウガがペチペチ叩いても涎を垂らして机に突っ伏し、反応がなかった。

 とりあえずユイガハマを放置して残りの奴らで晩飯にして、俺はザイモクザとトツカと一緒に部屋に戻ったはず。

 二段ベットが二つある部屋に俺は左側の下の段を陣取り、右側上をトツカ、下をザイモクザが占領した。

 女性陣はイッシキ曰く「ガールズトークがあるので部屋には近づかないように」と念を押されたくらいで、それからは誰とも会っていない。

 なのに、起きてみればどうしてユキノシタが俺のベットで寝ているのだろうか。

 って、ちょユキノシタさん!?

 そんなに力込めないでもらえませんかね!

 近い近い近い近いいい匂い近い近いいい匂いなんか柔らかいっ。

 ヤバイな、ちょっと本気で鼻血が垂れそうなんですけど。

 こう鉄っぽい感覚が鼻の粘膜を刺激してくる感じがする。

 

「はちまん」

 

 え? ちょ、マジこれどういう状況!?

 なんで、え? 夢でも見てんの? それとも起きてたりするわけ?! というかなんでマジでいるの?!

 もう頭がパンクしそうなんですけど。

 わけ分かんねぇ。

 

「……ごめん、なさい……………」

 

 は? え? いきなり何の話?

 やっぱりこいつ夢みてるよね。

 トイレとかに行って戻ってきた時に部屋を間違えただけだよね? だよね?

 ダレカタスケテ〜。

 

「キシシシシシシッ」

 

 子供っぽい笑い声がいきなり聞こえたのでそちらを向くと、ユキメノコがいた。

 

「……ユキメノ「メーノ」」

 

 つい名前を呼んでしまったが最後まで言わせてもらえず、口に手を置かれてしまった。こいつが起きているということは、ユキノシタをここに運んできたのもこいつなのだろうか。

 何を企んでいるんだ?

 ユキノシタが起きた時に俺が焦る姿を見ようとしてるのか?

 そんな念を込めて見つめ返すと、首を横に振ってきた。何気に伝わったのが驚きだ。

 

「メーノ、メノメノ」

 

 俺の右手を掴むとユキノシタの頭に持っていかれた。

 撫でろとでも言ってるのだろうか。

 

「はあ………」

 

 為されるがままにユキノシタの頭を撫でると満足したのか、ユキメノコはすーっと影に消えていった。

 はあ………要するにたまには本人に甘えさせようってことなのね。

 ったく、普段からもう少し素直になっていればいいものを…………。

 

「守って、くれ、て…………ありが、と……………」

 

 おい、なぜそこで涙を流す。

 流す必要性はないだろ。

 それともアレか? 俺を泣き落とししようとしてるのか?

 ま、それはないな。ユキノシタだし。

 

「ふふ、気持ち悪い顔」

 

 訂正。

 こいつ絶対起きてんだろ。

 なんだよ、俺は夢の中でも気持ち悪いと罵倒されているのか。それもこんないい笑顔で。

 なんか無性にデコピンしたくなってやってみたら「あうっ!」と情けない声を上げた。録音しておけばよかったな。何なら動画とかでもいいか。

 けど、今ここでこいつに目を覚まされでもしたら、俺は死ぬな。確実に。

 顔を真っ赤にして俺を睨んでくるユキノシタが容易に想像できてしまうあたり、俺も病気かな。

 

「はあ…………二度寝して知らなかったことにしよう」

 

 ただ危険なのはコマチやイッシキの外野である。自分じゃないから弄りたい放題だ。さぞ楽しそうな顔をすることだろう。

 ま、次に起きればユキノシタもいなくなってるだろうし。

 そう思ってもう一度眠りについた。

 

 

 

 なんて時期が俺にもありました。

 なんでまだいるんだよ!

 トツカやザイモクザもとっくに起きたのか部屋にいねぇじゃねぇか。

 これ見られたパターンじゃね? んで、そっとしておこうって気な感じで気を使われて…………………………うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。

 トツカの微笑ましい笑顔が今はすごく怖いんだけど。

 これ、俺起きられないかも。

 こんなの見られたかと思うともう顔も合わせらんねぇ。

 

「ゆ、ユキメノコ。いたら出てこい」

 

 ………………。

 ことの元凶であろうユキメノコを呼ぶが気配すら伺えない。

 あれ? これ詰んだパターンじゃね?

 

「んみゅ…………」

 

 んみゅってなんだよ、可愛いなこんちくしょう!

 

「ん…………あさ…………?」

 

 やばいやばいやばいやばいやばいやばい!

 起きちゃいけない時にこの子起きちゃったよ!?

 ど、どうする俺。どうすればいい。

 

「………………………」

「…………………よ、よお」

「ッッッ!?!??」

 

 目をとっさにつぶっていればよかったのだが、体を起こすユキノシタに不覚にも見惚れてしまいパッチリと目が合ってしまった。

 当の彼女は声にならない声を上げて慌てふためき、ベットから落ちた。

 妙なポンコツさに笑うのを我慢していたら、キッと睨まれた。これ結構なマジ顔だった。背中に寒気まで走ったからな。

 

「お兄ちゃーん、今すごい音したけど、夢現でベットから落ちたのー?」

 

 コンコンガチャっと俺の了承もなく扉を開けてくるコマチ。

 我が妹によって逃げ場を塞がれてしまいました。

 

「……………」

「……………」

「……………」

 

 俺とユキノシタは一気に青ざめ、対してコマチはいい笑顔でこっちを見ている。

 

「あれー、コマチちゃん。先輩どうだったー?」

 

 ぴょこんとコマチの後ろから姿を表すイッシキ。

 その手にはボードがあり、ドッキリ大成功と書かれていた。

 

「……………」

「……………」

 

 え? どゆこと?

 いまいち状況にピンと来ないんだが…………え? ドッキリ?

 

「ぷっ、あっははははははっ!」

「くくくくくくっ! 先輩、その顔すっごい間抜けな顔になってます、あははははははは!」

 

 あ、これ本当にドッキリだったみたいね。

 あれ? でもどこからがドッキリなんだ?

 そう思ってユキノシタを見ると、

 

「〜〜〜〜〜〜〜」

 

 顔を真っ赤にしてもごもごと口を動かしていた。

 あ、これユキノシタもやられた方なのね。

 意外と冷静な俺にびっくりだよ。

 

 

 

 で。

 

「なにゆえあのようなことを仕掛けたのでしょうか? お二人さん」

 

 エントランスにて事情聴取。

 もうね、コマチとイッシキが笑いを止めないわ、ユキノシタが不貞腐れて窓の外を見ているわ、結構な勢いでカオスな状況になっている。

 おい、ユキノシタ。俺だってできることなら不貞腐れてたいわっ。

 

「くはははっ、い、いや、昨日の夜、なんですけどね。すー、はー………ユキノシタ先輩に先輩のこと聞いてみたんですよ。そしたら、顔を赤くしながら先輩のことを罵倒し始めたので「本人いないんだから隠さなくてもいいですよ」って言ったら、ポツリポツリと昔のこと話してくれましてねー」

「ユキノさん恥ずかしくなったのかすぐに寝ちゃって、そしたらユキメノコがユキノさんをお兄ちゃんのベットに連れて行こうなんて言い出して」

「で、ああなったと」

「「そう!」」

 

 やっぱり犯人はあいつか。

 というかユキノシタさん? なに煙を上げて茹でダコになってんですか。そういうことされるとこっちも恥ずかしいからやめてっ!

 

「はあ…………」

「メーノメノ」

 

 俺の背中には事件の発端であるユキメノコが抱きついている。

 冷んやりとして気持ちいい。

 あ、俺も結構顔赤くなってたりしてるのね。

 

「ったく、イタズラ好きにも困ったもんだな」

「メーノ」

「でもそもそもは先輩が悪いんですよ。昨日あんなこと言うから」

「俺が何か言ったか?」

「人とポケモンの感情のシンクロの話ですよ。こんなことになったのもこの話が原因なんですからね」

「あー、えー? なんでそうなるんだよ」

 

 というかあの話をしちゃったの?

 あんな小っ恥ずかしい話を?

 ないわー、マジないわー。

 

「あ、ちなみにユイ先輩も同じ反応してましたよ」

「だからいないのか」

「んーん、ユイさんはジム戦しに行ってるよ」

「はっ?」

「なんか見られてると恥ずかしいからってトツカさんと一緒に行って外で待ってもらってるみたい」

 

 え? ちょ、あいつ何してんの?

 昨日の今日で行くとかどう考えても無理だろ。

 まさかユキノシタのスパルタ授業がそこまでして嫌だったとか?

 有り得なくないな。

 

「でも大丈夫だと思うよ。今まで散々二人のバトル見てきたみたいだから。やり方さえ理解できれば再現できてるんじゃないかなー」

 

 いや、そう上手くはいかんだろ。あいつアホだし。

 

「何ならそろそろ迎えに行く?」

「あ? マジで?」

「行ってからもう結構経ってるからね。そろそろ終わる頃なんじゃないかなー」

「はあ……………好きにしろよ」

 

 とは言ったものの気にならないかといえば嘘になる。

 だって、あのアホの子だよ。

 昨日ジム戦とか無理って言ってたような奴がだよ。急に今日になって行くとか何を考えているのやら……………。

 

「じゃあ、早速行きましょうか」

 

 コマチとイッシキは早々に立ち上がりポケセンを出て行った。

 残ったのは俺とユキノシタ。

 

「はあ…………」

 

 なんだってこんなことになってんだよ。

 あれはただの研究結果であって可能性の話なんだぞ。

 シンクロしてるつってもそれが嘘か真かなんて俺には分からねぇんだし。

 

「ねえ」

 

 なんて心の中でぼやいていたら声をかけられた。

 もちろん相手はユキノシタ。

 

「どうしてあなたはいつも私に優しくするのかしら」

「あ? なんだよいきなり」

 

 彼女の方を見ると窓の外を見ながら俺に声をかけてきていた。

 

「私はあなたを傷つけたのよ。一度や二度じゃなく何度も。あなたは気づいてないでしょうけど」

「どういうことだよ」

「私、昔シャドーに潜入調査に行ったことがあるの。子供だから怪しまれないだろうって理由でね。だけど、バレたわ。だって私はそんなコソコソしたことは苦手だったから。その時、私を逃がしてくれたのは偶然にもあなただったのよ」

「覚えてねぇよ、そんなこと」

「でしょうね。あなたはいつもそうだもの。覚えてない、忘れた、記憶にない。覚えていてもそれは自分に原因があったから。…………ずるいわ、私は毎日毎日どう謝ろうかどうお礼を言おうか迷ってるのに、その機会さえ与えてくれない」

 

 いや、それは………。

 

「だから、ね」

 

 すっと立ち上がったユキノシタはゆらりゆらりと俺の方へとやってくる。足音がしないのがちょっと怖い。

 

「え? ちょ、ユキノシタさん!?」

「オーダイルのこともシャドーでのこともごめんなさい。私が未熟だったらからあなたを傷つけてしまったわ。それとありがとう。私を守ってくれて」

 

 ちょ、ユキノシタさん?!

 マジでどうしちゃったの?!

 なんでいきなり後ろから抱きついちゃってるわけ?

 あ、ちょ、耳元でしゃべらないでっ。めっちゃこそばゆいっ!

 

「でも、あなたは今回も一人で動こうとするんでしょうね。ロケット団の時もそう。一人でなんとかできてしまうから、とか言って他に頼ることもなく。だから、私はあなたのやり方は嫌いよ。自分を傷つけるようなやり方しかできないあなたが嫌い。昔の自分…………ううん、今もそうね。自分を見ているようで嫌いだわ。今のあなたには頼れる人たちがいる。私にもそれは同じこと。だから、少しは私たちを頼ってちょうだい」

 

 ……………………。

 

「ユイガハマさんにも言われたわ。ヒキガヤ君を守れるくらい強くなるって。あなたからしたら私たちなんてお荷物かもしれないけど、あなたが守ろうとしているものくらいは守りきる自信があるわ」

「……………俺は別に何かを守ろうとかそんなことは考えちゃいねーよ。はっきり言って俺はその対極に位置する壊す方だ。俺が誰かを守るとかそんなのおこがましいにもほどがあるだろ。強いて言えばコマチくらいだな。ありゃ、俺の妹だからな。家族くらいは守る気持ちを持ったってバチは当たらんだろ。けど、もう巻き込んじまった以上壊すことしかしてこなかった俺に守りきるなんて自信はない……………。今回は特にな。ロケット団の比じゃないかもしれない。そういうやつらがカロスを支配しようとしているんだ。ポケモンたちで解決できるならまだいいが、それも無理かもな」

 

 平気で人質を取るような奴らだ。もしかしたら誰かをすでに殺しているかもしれない。

 まして、ポケモンに人間を襲わせることでもあれば俺たちではどうにもできない。ポケモン対人間なんてすでに勝負がついているようなものなんだ。

 

「今までだったら、何でも持っている姉さんに頼ったかもしれないけれど。今回は私の意志であなたについていくわ」

「ストーカーかよ」

「否定はしないわ。だって、ずっとあなたをーーー」

「別に無理して最後まで言わなくていいぞ。どうせ顔真っ赤になってるんだろ」

「あら、そういうあなたこそ耳が真っ赤よ」

 

 だからそれは耳元で喋るからだ!

 

「そろそろいきましょ。二人が待ってるわ」

「ニヤついてる顔を想像できてしまうのが悲しいわ」

 

 こうして、ユキノシタと仲直り…………これって仲直りなの? 蟠り………になるのか? よく分からんが取り敢えずこれで今まで溜め込んでたものは吐き出したんだろう。知らんけど。

 とにもかくにも心臓がバクバクなので早く離れてくださいっ!


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