翌日、昼。
俺たちは新たにイッシキを加えてショウヨウシティへと向かい、今ようやく着いた。コウジンからは砂浜を挟んだところに位置し、高台にあるコウジンからはショウヨウの街が見渡せるほどには近い。
そんなショウヨウシティに着いた俺たちはまずはジムの前へと赴いた。
「とりあえず、ジムだな」
「結局、お兄ちゃんはジム戦やらないのー?」
「や、ハクダンでも思ったけど俺がジム戦したところで勝つのは目に見えてんじゃん。それを分かっててジム戦をやるのもジムリーダーに申し訳ないというか」
「やりたくないだけじゃんっ」
ユイガハマがていっとツッコミを入れてくる。物理的に。横腹に。何気に痛い。
「まあ、コマチとしてはお兄ちゃんがどんだけ強いかは分かったから、いいんだけどねー。でもお兄ちゃんのバトルを見たいって気持ちもあるのは忘れないでね」
「……そんな見ても面白いとは思えんのだが………」
「あなたの奇想天外なバトルはいい勉強になるわ」
そうだな、ユキノシタはすぐにでも俺のスタイルを模倣してくるもんな。
しかもいやらしく精度を上げて。
「お前、細かいところまで見てるもんな。俺が深く考えてないところまで事細かに」
「なっ!? そ、そんなことはないわっ。それはただただ偶然に目がいってしまってたまたま脳裏に焼き付いてしまったってだけの話よ。決して見ようとして見てるわけじゃないわっ」
「………見事なツンデレっぷり………」
んなことで感心するなよ、イッシキ。
それにツンデレっていうよりただツンとしてるだけだと思うだが。デレの要素が一つもねぇ。
「んー、でもやっぱりコマチもお兄ちゃんのバトルは勉強になるかなー。発想とかそういうこともあるけど、スクールじゃ習わらなかったというか、公式に則ったバトルをしないところがいいんだよなー」
「あ、それ分かるかも。僕もハチマンのバトルは昔から型に囚われないものだったから、見てて面白いと思うんだー」
おう、まさかのトツカにまで褒められる始末。
俺、これどう対処したらいいの?
誰か教えてくれ……。
正直すげぇ恥ずい。
「ま、まあ、あっちが誘ってきたらな。ハクダンの時にはジム戦初めてのコマチのために情報を探るようなバトルをしてたけど、あれ速攻で終わらせられたバトルだったし、ジムリーダーと俺たちにはそれくらいの差があるってことだ。今回はコマチが初見でバトルしてみてそれをユイガハマが見て何か掴んでいけばいいと思うぞ。今後ジム戦巡りをするにしろしないにしろ、一度ジム戦を経験しておくことに無駄はないからな」
「……ぶー、分かったよ」
不貞腐れるユイガハマというのも案外面白い顔だな。
イッシキみたいにあざとくないから見てて安心する。
「………先輩、今超失礼なこと考えてませんでした?」
「なんのことだか」
「だったら、目を合わせて言ってください」
チッ、そういうところは見逃せよ。
「そういやイッシキはジム戦やるのか? それともジム戦よりもハードなリーグ戦をやるのか?」
「なんでその二択しかないんですか。そもそもリーグ戦って……」
「相手は俺とユキノシタだな。余興にザイモクザを入れてもいい」
四天王ってわけじゃないがそれに匹敵あるいはそれ以上の実力を持つやつらばっかの相手だ。すぐに根を上げるのは間違いなしだな。
俺がこいつらの時だったら絶対にお断りしてるわ。
「全員個性的すぎてバトルしづらいですね。せめて先輩一人だけにしてください。他二人はユイ先輩とコマチちゃんの特訓に付き合うんですから、余り者同士仲良くやりましょうよ」
「いや、俺は別に余り者ではないからな。テスト用紙、試験材料、実戦相手。それが俺の役割りだ」
あ、こいつやっぱり俺を仕事しない人間だと思ってるのね。
「要はそれまで暇ってことですよね」
「まあ、そういうことになるな」
間違いじゃないから否定できないな。
「じゃあ、いいじゃないですか。私の相手してくださいよ」
「えー、やだよ面倒くさい」
もうオブラートに包むことすらする気が湧かないわ。
なんかイッシキにだけはこの調子でいるのがベストなような気がするまである。
「先輩って時々私の扱いだけ蔑ろすぎません?」
「別にそんなことはないと思うが」
「まあまあ、イロハちゃん。それだけヒッキーが面倒みなくても一人で何とかできるって見込んでるからだと思うよ」
ユイガハマが俺たちを見てフォローに入るが、イッシキは俺を上目遣いで睨んでくる。ちょっとウルッとしてるのがハチマン的にポイント高いわー。
「……むー………怪しいです」
なんとあざとかわいいことだろう。
思わず、口の中に含んだ空気を頬を押して抜きたくなるわ。
「…………あざとい」
良くも悪くもイッシキイロハはあざとい。
それが長所であり短所である、俺はそう思う。
「まあ、そのあざとさがお前の武器になると思うんだよなー」
だから、こいつが強くなるとしたら、そこにヒントが隠されていることだろう。己をよく知り、己の好むスタイルを早く見つけられるといいな。
「どういう意味ですか、それ」
「コマチは数をこなして成長するタイプだろうし、ユイガハマの場合は付きっ切りで一から百まで叩き込めば強くなると思うけど、イッシキの場合は数とかそういうのよりも強い奴らのバトルから戦法を盗むって方が性にあってるんじゃね? 好きだろ、人の振り見て我が振り直すの」
ほら、他の女子の様子を見てキャラ作りしてるじゃん?
そういうの得意そうじゃね?
「別に好きってわけじゃないですけど、要は引き出しを増やせってことですね」
「そういうことになるな」
「なら、早速ジムに入りましょうか」
いきなりだな。自分がやるわけじゃないのに。
「そうですねー。サクッと終わらせちゃいましょう」
コマチもたくましくなっちまったようで。
ハクダンの時とは全然違うじゃねーか。
「うう………なんか緊張してきた」
「お前はまだやらんだろうが」
なんでユイガハマが緊張してるんだろうか。
そんなにジム戦って緊張するもんなのか?
俺はしたことないから分かんねぇ感覚だな。
そう心の中で押し止め、ジムの中に入った。
「「「「「「………………………………」」」」」」
中に入るとみんなして上を見上げて、唖然としてしている。
目の前には壁があり、所々に小さな石が飛び出ている。
いわゆる、ボルダリング。
やったことないから楽しいのかは知らん。
ただこの壁は高所恐怖症の奴らには無理そう。ちょっと高くね?
「おや、ジム戦ですか?」
声のした方を見ると壁を野郎が一人登っていた。
野郎と言っても線の細い長身で肌が黒褐色のなんともひょろっとした男性である。
そんな彼はするすると石を伝って俺たちの所まで下りてくる。慣れているのか下も見ないで長い手足を伸ばして淡々と下りてきた。
すげぇな、この人。
俺にはできない芸当だわ。
「ようこそショウヨウジムへ。わたしはザクロ。このジムのジムリーダーをしています」
スーツでも来ていたら映えるような紳士的なお辞儀をしてくる。
ただそれら全てをかき消すような頭はなんなんだろう。というかあれどうなってんだ? 石だよな。赤とか青とか髪の中に埋め込まれてないか? マジであれどうやってつけてんだ? すげぇ、気になる。私、気になりますっ!
「ジムリーダー………」
ほえーっとコマチがザクロさんを見上げている。
ユイガハマなんか口にまで「ほえー」が出ていて、俺はつい一歩後ろに下がってしまった。
アホの子二人揃うとやっぱりアホの子だな。
「は、初めましてっ。ヒキガヤコマチといいます。今日はよろしくお願いします!」
ハッと我に帰ったコマチが自己紹介をしていく。
「君が挑戦者ですか。分かりました。受けて立ちましょう。………それより皆さん。よろしければ壁登りますか? 挑戦者には登っていただいて、精神統一をしてもらっているんですが。別に強制ではないので、あっちにはちゃんとエレベーターもあります」
「精神統一かー。他の人も結構やってるんですか?」
「ええ、もちろん。意外と好評のようですよ。まあ、さすがに高い所が苦手っていう人は素直にエレベーターに乗ってますけど」
「へー、じゃあコマチものーぼろーっと」
「それではわたしは先に上で待ってますね。ゆっくりでいいですから、焦らずに気をつけてくださいね」
そう言うとザクロさんは再び壁に手をかけるとするする頂上を目指して登り始めた。
登るのも早ぇな。
まるでエイパムみたいだな。
「………私も登ろうかしら」
「やめとけ。お前は絶対途中で力尽きる」
だってユキノシタって体力だけはないんだもん。すぐに疲れるみたいだから長い距離を歩くとなると休み休みで歩くことになるからな。
空飛べばいい? それだと旅じゃなくなる。
「よっと」
「先輩は登らないんですかー?」
「ばっか、お前。コマチが落ちそうになった時に助けに行けるように登りきるまで下で見守ってるに決まってるだろうが」
「さすがシスコン。ブレないですね」
もうね。
コマチが登り始めたんだけど、いつ落ちてくるかハラハラドキドキで胸がバックンバックン言っててうるさいくらいだわ。
ユイガハマがジムに入る前に緊張していたのよりも重症かもしれん。
「お前らは先にエレベーターで上に行ってろよ。俺もコマチが登りきったら上に行くから」
「はーいっ」
猫なで声のような声、ではなく素だと思われる声が返ってくる。
「お兄ちゃん、ボルダリングって結構きついね」
「んなこと言われても、俺はやったことがない。まあ、壁を登る時点できつそうではあるけど」
「でも楽しいよ」
コマチは意外とこういう体を動かすのも好きだったりするからなー。ちょっとした運動なら楽しめてしまうのだろう。俺はかったるいとしか思えんが。
「なんだゲッコウガ。お前も登るのか?」
俺の横でじーっとコマチを見上げるゲッコウガ。
登りたいのならさっさと登ればいいと思うんだが。
「………コウ、ガッ!」
踏み込んだかと思うといきなりジャンプしてあろうことか壁の頂上まで登りきってしまった。
「……………」
「……ふぉぉおおおおお、ゲッコウガすっごーいっ!」
頂上から見下ろしてくるゲッコウガに壁を登りながらコマチが賞賛の声をあげる。
いや、うん、すごいけどさ。
跳躍力半端ねぇとは思うけどさ。
「……なるほど、いい脚力を持っているようですね、ゲッコウガ」
ぬっと現れたザクロさんまでもがゲッコウガの脚力を評価している。
なんでもいいけど、天井から照らされてる明かりのせいで顔に影ができてて怖いわ。
「コウガ」
その後は特に問題はなくコマチは頂上へとたどり着いた。俺はそれを見届けると、エレベーターに乗って観客席の方へと赴いた。
「壁を登ってみてどうでしたか?」
「楽しかったです」
「登っている時、何か考えたりしましたか?」
「ここで落ちそうになったりでもしたら、お兄ちゃんはすごく焦るんだろうなー、とかは考えていましたけど」
「なるほど、君はお兄さんをよく見ているようですね。いいことです」
壁の上はバトルフィールドになっていたようで、ザクロさんはコマチと相対するように移動して、そう言ってくる。
彼の落ち着いた口調は何をも飲み込んでしまいそうな深みがあり、ジムリーダーとしての風格を感じられた。
「それでは改めまして、ヒキガヤコマチさん。わたしが当ジムのジムリーダー、ザクロです。タイプはいわ。今度はわたしという壁を登りきってみてください」
ゲッコウガが観客席の方へと帰って来る。
「それではルールの説明をします。使用ポケモンはジムリーダーが二体。挑戦者は特に規定はありません」
「ええっ?!」
要するに全力でかかってこいということなのだろう。
「わたしは挑戦しにくる全てのトレーナーの可能性を見たいのです。なので、手持ち全てでわたしを倒してください」
他のジムリーダーとは少し毛色が違うと感じたが、まさかこういうことだったとはな。それだけ自分のポケモン達に自信があるのか、あるいは………。
「交代は挑戦者のみとします。それではバトル始め!」
「それではまずはこの壁です。いきますよ、イワーク」
開始の合図とともに出してきたのはいわへびポケモンのイワーク。
ユキノシタさんが以前使っていたハガネールの進化前の姿。
タイプはいわ・じめん。
とくれば。
「イワーク………まずはカメくん、いくよ!」
だよな。
いわ・じめんの両方に抜群で与えられる、実質四倍ダメージを与えられるみずタイプのカメールを選ぶよな。
イワークはああ見えて動きが速い奴もいたりするし。殻にこもって移動すればカメールならその攻撃も交わすこともでくるだろう。
「カメール、ですか。ではまず挨拶代わりに、アイアンテール」
みずタイプに対して効果はいまひとつではあるが、あの重たい岩の塊が宙を飛び、鋼鉄の尻尾を振りかざしてくる。
多分タイプとかそういうことよりも体重を乗せた技として使っているのだろう。あれだけの重さがあればたとえ効果は半減されていても物理的に衝撃によるダメージは来るからな。
「カメくん、からにこもる! からのこうそくスピン!」
カメールはコマチの指示通りに殻の中に入り防御を上げると、高速で回転を始め振り降ろされる鋼鉄の尻尾を躱した。
イワークの尻尾は地面に突き刺さるも踏ん張ることで抜け出し、再び宙を駆け巡っていく。
「それではわたしのお気に入りの技を見せてあげましょう。イワーク、がんせきふうじ!」
なんだ、お気に入りっていうからもっと凝ったもんかと思ったけど、がんせきふうじかよ。
いや、技自体は結構優秀だぞ。ただこう言ってくるもんだからもっと凄い技でも持ってるもんだと思ったからさ。
「がんせきふうじ…………カメくん、はどうだんの乱れ撃ち!」
ま、これはコマチも同じだったようで、特に驚いている様子はない。どちらかといえば今までに見てきたがんせきふうじを頭の中の辞書から引っ張り出してきて、対処法を探っているようである。
なんだかんだでこのジムはコマチにとっていい復習の場所になるのかもしれない。
「おや、あまり驚かないみたいですね」
次々と現れる岩々に対して、カメールは甲羅の中から体を出し、はどうだんを乱雑に撃ち出し砕いていく。
乱雑に撃ってもはどうだんは勝手に目標に向かっていくところがいいよな。
「ではイワーク、スピードをあげましょう。ロックカット」
また嫌な技を出してくるな。
ロックカットは岩の重さを軽くして素早さを上げる技だからな。全身岩のイワークはすごく身軽な動きになることだろう。
「カメくん、みずのはどうだん!」
カットしてる間に今度は弾状のみずのはどうを打ち込んでいく。
だが、そこはロックカット。
イワークに当たる寸前に躱されてしまった。
「はやいっ!?」
確かにあれは速いな。
ロックカットというものはここまで速さを上げられるものなのか。
技自体は知ってはいたが、いかんせん見るのは初めてなんでな。
案外、今まで戦ってきた奴らが誰も使ってこなかったということに驚きだわ。
「だったら、はどうだん!」
みずのはどうよりはダメージが下がるが確実に当てに行けるはどうだんに切り替えていく。
「乱れ撃ち!」
次々と波導の塊を作り出し、イワークへと撃ち出す。
「イワーク、アイアンテールで薙ぎ払ってください」
「ワーク」
再び巨体がジャンプし、それに合わせて追いかけてくるはどうだんを鋼鉄の尻尾で地面へと叩き落とし始めた。
「カメくん、みずのはどうだん!」
コマチははどうだんに紛れてみずのはどうも撃ち放っていく。
これも尻尾で打ち返されてしまうが、衝撃でその場で弾けていく。
弾けた水はカメールによって操られ、イワークへと降りかかった。ちょうど雨に打たれるイワークといった構図だな。横殴りの雨だけど。
「イワーク、ラスターカノン」
だが、さすがジムリーダーといったところか。
驚くそぶりも見せず、冷静に判断を下していく。
たぶんこれが普通のジムリーダーの姿なんだよな。ビオラさんとかがちょっと特殊すぎただけだよな。あの人はもうダメでしょ、色々と。
「カメくん、ゴーッ!」
イワークが苦手な水を一掃している間にコマチはカメールをイワークの真下まで移動させていた。
コマチの合図でカメールはジャンプし、イワークの尻尾へと掴まる。
「みずのはどうっ!」
「アイアンテール」
しがみつくカメールを振り落とすように尻尾を激しく動かし始める。
カメールは必死で掴まりながら体の周りに水をまとい始める。
そしてその水はイワークを包み込むように奴の体を移動し出した。
「ワーックっ!?」
苦しむイワークはそれでも鋼鉄の尻尾を地面へと叩きつけた。カメールと一緒に。
「カメくんっ!?」
コマチが呼びかけるが反応はない。
イワークは尻尾を地面に突き刺したまま、重たい体を地面へと叩きつけた。今ので相当のダメージを受けたようだ。
「引き分け…………か?」
両者とも反応がない。
少し間をおいて、審判の人がコールを出そうとした時。
岩の尻尾がむくっと動いた。
これはイワークが立ち上がるパターンか?
「カー……メッ………」
だが、聞こえてくるのは低い声ではなくまだかわいいと言える声だった。
なんだ、カメールが重たい岩の体の下敷きになって抜け出せなかっただけなのか。一応反応はあったし、これはカメールの勝ちだよな。
「やはりまだでしたか。イワーク、がんせきふうじ」
「ワークッ」
ふむ、と単に観察するようにイワークの尻尾を見たかと思うと命令を出した。しかも反応まで返って来る始末。
やべぇ、これマジコマチピンチじゃね?
あ、ほら。尻尾の上から岩々が現れて降り注いできたじゃねーか。
尻尾を犠牲にしてまでカメールの動きを封じ込み、そこに攻撃を仕掛けてくるとは。
どの辺からが彼の策だったのだろうか。
「ッッ!? カメくん、からにこもる!」
ようやく気がついたコマチがカメールに慌てて指令を出した。
カメールは自身の甲羅に身を隠し、降り注ぐ岩々から身を守っていく。なんならイワークの尻尾も壁の役割を担っていた。
「ワー………」
一頻りに攻撃をするとついに力尽きたのか、イワークは意識を失った。
「イワーク、戦闘不能」
「お疲れさまでした、イワーク」
ザクロさんは判定が下るとイワークをボールへと戻した。
重たい岩の塊がなくなったことで岩石封じに使われた無数の岩が崩れ落ちる。
落ち着いたところで埋もれていたカメールが姿を見せた。
すげぇ、ヘロヘロって感じだな。
いつ意識を失ってもおかしくはない。
「それでは次の壁はこの子です。いきますよ、チゴラス」
「ッ!?」
チゴラス…………だと?
いや、そんなわけないよな。
いわタイプの使い手だし、あれは別の個体………別の個体だよな。
「………さすがにここでもジムリーダーが悪の組織の一員、だなんてことはないと思いたいわね」
ユキノシタも同じことを考えていたのか、ぽつりと呟いた。
んー、でもなー。
マチスと忍者のおっちゃんとかエスパーの姉ちゃんとか、なんならサカキもジムリーダーだったしなー。風の噂じゃ、忍者のおっさんは今四天王やってるんだとか。
うーん、分からん。
「でも、彼が仮にフレア団だったとして役割がメガストーンの回収ってのはあまりにも不釣り合いだわ」
「確かに…………」
ロケット団ではジムリーダーは幹部を務めていた。ロケット団の三幹部と言わしめるほどの圧倒的な力を団内ではあったらしい。
それを踏まえると仮にザクロさんがフレア団の一員だったとして、幹部クラスでないのはおかしな話だな。
「君のお兄さんは用心深いようですね。………昨日の事件のことは聞いていますよ。近隣にも目を光らせておくのもジムリーダーの役割ですから、昨日の9番道路でのことはある程度知っています。そこにチゴラスを使う輩がいたということもね」
俺の訝しげな表情を掬うかのように言葉を並べ始める。
「皆さんがその被害者だということは今ので理解しました。助けに行けず申し訳ありませんでした。ジムリーダーを代表して謝罪させていただきます」
深々と頭を下げてきた。
うーむ、これが演じているのであればまだいいのだがそんな感じでもないし。
やはり、この人ではないのだろうか。
「いえいえ、ザクロさんが謝るようなことではないですよ。みんな無事ってわけでもないですけど、お兄ちゃんがちゃんと片付けてくれましたので」
「………そうでしたか。君のお兄さんは強いのですね」
「いやー、強いといいますかチートといいますか」
「さて、それでは続きといきましょうか」
「はい、とりあえずカメくんは休んでてね。ゴンくん、いくよ!」
「ゴァーン………」
湿っぽい話もすぐに終わりバトル再開。
コマチはカメールと入れ替えてカビゴンを出した。
当の奴は眠たそうに欠伸をしている。
「チゴラス、がんせきふうじ」
チゴラスはカビゴンの頭上から岩々を降り注いでいく。
「ゴンくん、いわくだき!」
上から降ってくる岩に対しパンチをかまし、カビゴンは次々と岩を砕いていく。
だが、いかんせん重たい体なので落ちてくる岩のスピードについていけず、所々でダメージを食らっている。
「ドラゴンテール」
「跳んだっ!?」
おおい、なんつー跳躍力だよ。
ゲッコウガほどではないけど、跳躍力ありすぎだろ。
「ゴンくん、くるよっ」
未だ降り注ぐ岩を砕いているカビゴンに喚起を起こす。
「メガトンパンチ!」
「顎で拳を受け止めてください」
がばっと開いた顎にちょうど拳が収まってしまった。
パンチの威力を消したチゴラスは身を翻して竜の気を帯びた尻尾を振りかざす。
突然のことでコマチは反応もできずに攻撃を受けてしまい、カビゴンはボールの中へと帰っていく。
技の効果で強制的ポケモンの交代が行われ、でてきたのはプテラだった。
「アー?」
「プテラを連れていましたか」
バッサバッサと翼をはためかせて宙を駆け巡る。
なぜ自分がでてきたのか全く理解していないようだ。
「プテくん、よくわからないけど今度はプテくんの番だよ。いくよ、ちょうおんぱ!」
「ラー? アーッ、アアアアアアアアアアアアアアッッ!」
よくわからんけどとりあえず攻撃に移る、って感じのプテラだな。
それより耳が痛ぇ。
オンバーンの時にも思ったが、音波を出すポケモンには要注意だな。耳がイかれる。
「くっ、チゴラス! がんせきふうじで壁を作ってください!」
うるさい声が響く中ザクロさんがチゴラスに命令を出す。大声を張っている姿は違和感感じるわ。
「ラー、スッ」
苦い顔を浮かべながら、それでも岩を積み重ねていく。
「プテくん、そのままはがねのつばさ!」
だが、プテラはそれを許さず、ちょうおんぱを放ちながらチゴラスに鋼鉄の翼で切り込んでいく。
チゴラスが作り出した壁も翼で砕いていき、突破。
「かみくだく!」
壁を突き抜けてきたところでチゴラスは大きな顎でプテラに噛み付いた。
「そのまま叩きつけて!」
言われるがままに地面にプテラを叩きつける。
翼を打ったのか、再び飛び上がるのに苦難している。
「がんせきふうじ」
悶えている間に岩々が次々とプテラに突き刺さっていく。
実はプテラに対していわタイプの技は効果抜群だったりするんだよなー。
これ、もう終わったかもな。
「はかいこうせん!」
というわけでもなかったようで。
コマチははかいこうせんで降ってくる岩を一掃させてしまった。
「プテくん、もう一度はかいこうせん!」
今度は照準をチゴラスに合わせて口から放った。
一直線に向かっていくも、
「ドラゴンテールで薙ぎ払ってください」
竜の尻尾で受け止められた。
だが、それでもはかいこうせんは徐々にチゴラスに迫っていく。
「がんせきふうじ」
尻尾で受け止めながら再び岩を落としてくる。
「プテくん!」
今度こそプテラは躱すこともできず、攻撃を受けた。
プテラは音もなく地面に倒れ伏し、意識を失ったみたいだ。
「プテラ、戦闘不能。よってチゴラスの勝ち」
「プテくん、急だったけどバトルしてくれてありがと。ゆっくり休んでね」
ボールに戻し、コマチをザクロさんを見据える。
「実にいいバトルです。突然の交代にも慌てず、柔軟に対処してくれました」
「ありがとうございます、でいいのかな…………。それじゃ、もう一度だよゴンくん」
交代させられてボールの中でゆっくりしていたのか、出てきて早々また欠伸をしている。
「そろそろ、ですね」
何か意味深なことを呟いたような気がしたが、バトルが再開してしまったので気にもとめていられない。
「チゴラス、がんせきふうじ」
「ゴンくん、メガトンパンチ!」
今度は降ってくる岩を躱しながらカビゴンはチゴラスへと向かっていく。
「かみくだく」
目の前まで来るとチゴラスは顎で拳を受け止めた。
だが、二度も同じ型を使えばトレーナーもポケモン自身も慣れてしまっているので、ある程度予想はしている。
だから拳に勢いを乗せ噛み付かれたまま、チゴラスを打ち上げた。
パワーではカビゴンの方が分があったようで、「あ〜れ〜」という感じに飛んで行く。
「ようやくきましたか」
打ち上げられたというのにザクロさんは心底嬉しそうな顔をしていた。
それが逆に危険な匂いを放っている。
「あれは………ッッ!?」
ユキノシタが驚くので俺もしっかりとチゴラスを見てみると、白く輝きだしていた。
まさかここで進化かよっ!
………そうか、だからザクロさんは嬉しそうだったのか。
「進化…………」
ようやくコマチも理解したようで、緊張感を放ち始めた。
やばいと思ってるんだろうな。
まあ、それも無理もない。
あの顎が進化してデカくなるってことなんだからな。
危険でしかない。
「ガチゴラス、りゅうせいぐん!」
天から降り注ぐ数多の隕石。
炎を纏った岩の塊が無数にガビゴンを襲う。
どうでもいいけどなんかかっこいいな。デカイだけあって強そうだし、あの顎とか味方だったらヤバいわー。マジヤバいでしょ。
どこかのチャラ男かよ。
「ゴンくん!?」
カビゴンはもろにダメージを受け、うつ伏せに倒れ伏す。
ガチゴラスは軽快に着地した。
「カビゴン戦闘「ゴンくん、じしん!」」
地面を拳で叩き揺らし出す。
これはまさか…………。
「………やられましたね」
じしんによりガチゴラスはよろめいて、転けた。
それを見届けたカビゴンは今度こそ意識を失った。
「盗めるものはなんでも盗むのが兄の教えなんで」
コマチはさっきのザクロさんと全く同じことをしていた。戦闘不能になったかと思わせて、最後の力を振り絞って攻撃させる。単純だが巧妙な攻撃手法。
全く、俺の妹はどんだけ模倣が上手いんだか。
「カビゴン戦闘不能。ガチゴラスの勝ち」
「お疲れゴンくん。このバトル、ちゃんと勝つからね」
コマチがボールに戻しながらカビゴンにそう囁く。
「カメくん、決めるよ!」
残り二体となったコマチのポケモン。
対してザクロさんは今出ているガチゴラスのみ。
だが、カメールは先発で出ていてダメージも残っている。残るカマクラがどうにかできるのかも怪しいところだ。
次で決めると言ってるしコマチには何か考えがあるのだろうか。
「ガチゴラス、がんせきふうじ」
ザクロさんの命により今度は岩をまとい始めた。
俺がゲッコウガでやった時と同じだな。
「……なるほど、これを見ても驚かないということは君はすでにがんせきふうじを巧みに操れる人を見ているようですね」
「逆に他にもできる人がいることに驚いてますけどねー」
コマチはちらっと俺たちを見るとそう言った。
「カメくん、からにこもるからのこうそくスピン!」
「何度も同じようにはいきませんよ。ガチゴラス、飛ばしてください」
自分の周りに衛星のように纏う岩を順に飛ばし始める。
進化したことでより重しのついた岩を自在に操り、移動するカメールの進路を妨害していく。
これがまさにがんせきふうじといった感じだな。
今までのはどちらかというといわおとし、あるいはいわなだれに近いものがあったし。
「カメくん、みずのはどう!」
岩を纏うガチゴラスに対して、カメールは水を纏い始める。
水は波導によって操られ、進路を塞いでくる岩を一点集中で砕いていく。
それが何度も何度も繰り返され、徐々にカメールはガチゴラスへと近づき始めた。
「そろそろですね、りゅうせいぐん!」
近づいたことで今度は空からの流星群に道を阻まれた。
隕石の量はがんせきふうじの比ではなく、がんせきふうじに慣れ始めた頃合いに打ち出されるという嫌なタイミングを図られてしまったようだ。
これには俺も上手いと思ってしまった。
ポケモンにしろトレーナーにしろ単調に同じことが続けば慣れてしまう。だから急に展開が変わってしまうと今までの慣れが原因で反応と対処にどうしても遅れが出てしまうのだ。元々そういうことを頭に入れながら注意深く先を読んでいるのならば対処できるだろうが、今のコマチにはそれはできていなかった。
んー、どうなるかねー。
「カメくん、そのままガチゴラスにロケットずつき!」
何を考えているのやら、コマチは強引な突破を選択した。
甲羅の中から頭を出して隕石を砕きながらも頭突きをかましていく。頭割れないのかね。すっげぇ痛そう。
そういや今回もジム戦では技の使用制限とか言ってなかったな。
五つ目だけどいいんだよな。
「今です。かみくだくで受け止めてください」
ガチゴラスが再び大きな顎を開き、タイミングよくそこにカメールがすっぽり頭から入ってしまった。
「…………食われたな」
「…………食べられちゃいましたね」
イッシキと二人して開いた口が塞がらない思いだった。
なにこれ、マジシュール。
「わおっ、カメくんが食べられちゃった!?」
コマチが両手を頬に当てて驚きの表情を見せる。アッチョンブリケー。
「ふふん、カメくん今だよ! りゅうのはどう!」
だが、すぐに不敵な笑みに変わりそう言った。
カメールはコマチの命に従い、ガチゴラスの口の中でりゅうのはどうを放つ。
奴の体は技を出すと同時にガチゴラスの顎の中から抜け出した。
あいつ、攻撃と逃げを一遍にやりやがったよ。
「ガチゴラス!?」
これにはさすがのジムリーダー様も驚きのようで、カメールがガチゴラスの顎にすっぽり埋まったことよりも驚いてるくらいだ。
あの人まさか狙ってやったとかないよな。
「ガチゴラス……戦闘不能! カメールの勝ち。よって勝者、ヒキガヤコマチ!」
審判の人も慌ててガチゴラスの様子を確認し、そう高らかにジャッジを下した。
「やったよカメくん! お疲れっ!」
帰ってきたカメールを抱きしめながらくるくると回るコマチ。
いやー、勝ったなー。
「コマチちゃん、勝ちましたねー」
「ここに来て一段とヒキガヤ君と血の繋がった兄妹であるのを強く見せられた感じだわ」
「………どうしよう、あたし無理かも………」
何やらユイガハマが弱気な発言をしているが、聞かなかったことにしよう。
でもまあ、これで二つ目のバッジか。
ここに来るまで長かったな………。
ハクダンでジム戦してから何日経ってんだ?
ミアレに滞在していたのを抜いても結構日が経ってるよな。
「コマチさん。これがウォールバッジです」
そんなことを考えながらコマチのところまで行くと、バッチを受け取っていた。
なんかテトリスみたいなバッチだな。
はっ、まさか全部のバッジを集めるとテトリスができるようになるとか!?
絶対ないな。
バグバッジの時点で無理だったわ。
「おおー、二個目のバッジ!」
バッジを受け取るとケースにしまった。
バグバッジと並べた時に見せた笑みが可愛かったのは言うまでもない。
「これで二つ目のようですね。これからの行き先は決まっているのですか?」
「はい、シャラシティにメガシンカについて聞きに行くところなんです」
「ああ、なるほど。でしたらそのままシャラシティを目指すのがいいでしょう。ジム戦もできますからね。あそこはわたしとは違ったバトルを味わえる思いますよ」
うむ、ということはジムリーダーがメガシンカさせてくるとか、そういうことなのだろうか。
「それで、なんですが。わたしは先ほどのゲッコウガに強く心を打たれました。是非、わたしとバトルしていただけませんか? ヒキガヤハチマンさん」
あれ、俺名前言ったっけ?
「君のバトルはバトルシャトーで一度見せてもらいました。中々に迫力のあるバトルで今でも鮮明に覚えていますよ」
ああ、なるほど。
あの夜あそこにいたわけね。
って、ならさっさとそれ言えよ!
「わたしはバトルシャトーでの爵位はグランデューク。あそこでは戦えませんでしたが、ここなら問題ないでしょう?」
澄ました顔で手を差し出してくる。
これを握り返せば合意となるのだろう。
「………はあ、面倒くさっ………」
「お兄ちゃん、さっき誘ってきたらバトルするって言ってたじゃん」
「そうですよ先輩。なんならここに録音も……」
怖い、イッシキが超怖いんですけど。
なに盗聴してくれちゃってんですか!?
「分かったよ。やるよ、やればいいんだろ」
「よろしくです☆」
あざとさ全開の敬礼にたもうめ息しか出ないわ………。
結局バトルするのか。
面倒くさっ………。