ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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3話

 場所を変えて、研究所の敷地内にある簡易バトルフィールドに俺たちは来ていた。

 地面にフィールドを白線で作っただけというな。

 マジで簡易すぎるだろ。

 ポケモンセンターでもベンチくらいはあるだろうにそれすらもない。

 ただ、研究に使うためだけに作ったかのようである。

 

「で、なんであいつらもいるわけ」

 

 フィールドの外にはコマチたちの姿があった。

 

「君たちが来るまでここで彼女たちとポケモンバトルしていたからね。ポケモン渡して実践もなしに外に出すのは僕の性分じゃないんでね」

 

 俺のつぶやきに答えたのは博士だった。

 何故この音量で聞こえたのか考えないようにしよう。

 

「それにしてもユキノシタさん、綺麗だよねー」

「ほんとですねー。トレーナーズスクールにいた時は可愛かったのに、今では大人びて綺麗って方が合ってますよねー」

「お兄ちゃんが負ける未来しか見えないんだけど」

 

 おーい、そこのお三方。

 しっかり聞こえてるからな。

 コマチは後で覚えてろよ。

 

「そんなにあいつ強いのか?」

「うん、ジョウト・ホウエン・シンオウのポケモンリーグ優勝して三冠王って呼ばれてるくらいの有名人だし。それに引き換え、特に何もないお兄ちゃんが相手じゃね」

 

 コマチがいろいろと教えてくれるが…………。

 確かに、各地方のポケモンリーグで優勝したことがあるのなら、実力は上々だろう。

 後、コマチよ。

 俺だって何もないわけではないからな。

 

「ユキノシタ………ね」

「あら、私の名前がどうかしたかしら」

「いや、確かトレーナーズスクールにそんな奴いたような気もするな、と思っただけだ」

 

 名前は聞いたことがある。

 ユキノシタ………ハルノ? だったか。

 顔は見たことないし声も聞いたことはない、と思う。

 ただ、名前だけが飛び交っていた。

 その後、彼女が卒業してからはユキノって方の名前が飛び交っていた気がする。ただし、当時の映像なんかは全く思い出せない。思い出なんて思い出がないからなのかね………。

 

「なるほど、どちらにせよ有名人で実力者なわけか」

「何を考えていたかはなんとなく想像がつくわ。だけど、私は私よ」

 

 やっぱり、こいつは妹のユキノの方か。

 確かに雪みたいに冷たい視線向けて来るしな。

 

「では、ルールだけ確認しておくぞ。使用ポケモンは二体。どちらかが二体とも戦闘不能になったらバトル終了とする。なお、使う技はポケモン一体につき四つまでだ。準備はいいな」

 

 ヒラツカ先生が審判をとるらしく、合図を出した。

 

「いつでも構いません」

「俺も」

「では、バトル始めっ!」

 

 腕を振り下ろすと同時にユキノシタがポケモンを繰り出した。

 

「行きなさい、エネコロロ」

 

 ユキノシタはエネコロロで来るのか。

 タイプはノーマル。

 だけど、技の多様性は高い。

 戦法も多岐にわたる。

 

「つっても、手持ちは決まってるしな」

 

 俺の手持ちはリザードンと言うことを聞くのか怪しいケロマツ。後は………いや、こいつはダメだな。それと、今いるかは分からない影に潜んでいるやつも。

 

「おい、ケロマツ。起きろ、仕事だ」

 

 まずはこいつがどういう奴なのかを確かめるのがいいだろう。

 ちょうどいい機会だしな。

 

「ケロッ?」

「お前がどういう奴か俺に教えてくれ」

「……………」

 

 なにその嫌そうな雰囲気。

 頭に乗ってるから顔は見えないが、絶対嫌そうな顔してんだろ。

 

『早速、手こずってるな』

 

 突如、どこからともなく声が聞こえた。

 まあ、声の主くらいは分かっている。

 それにこの声は俺にしか聞こえていないようだし。

 

「んだよ、起きたのか」

 

 周りには聞こえないように小声で応える。

 

『いや、結構前から起きてはいたが。それよりもそのポケモンがやる気ないのならオレがやるが』

「ばっか、お前。それだと研究所ごと破壊しちまうじゃねーか。お前を使うのは緊急性の時のみだ。そもそもお前は俺の手持ちと言っていいような奴でもないだろ」

 

 勝手についてきやがって。

 

『お前の言い分は確かであるが、今はお前の手持ちと考えてもおかしくはないだろう』

「そうだとしても、お前は却下だ。なにが悲しくて破壊活動に積極性を出さにゃならんのだ。暇だってんなら、俺の頭の上にいる奴をどうにかしてくれ」

『やれやれ、お前はポケモンへの愛情というものがないのか』

「俺とお前は利害が一致して行動してるだけだろうが。それ以上でもそれ以下でもない。ぼっちの俺とお前が一緒にいるのは」

『間違っている。そう言いたいのだろう? まあいい、今回は貸し一つにしといてやる』

 

 全く、こいつはいつも唐突すぎるんだよ。

 オーキドのじーさんの所から帰る途中にいきなり現れたかと思えば、「俺を連れて行け」とか。急すぎてビビったわ。

 今考えてみても俺はどうしてあの時了承したんだろうか。

 コマチが初の旅ってことで浮かれてたんだろうな。うん、そういうことにしておこう。

 

「ケロッ!」

 

 あいつがケロマツになにを吹き込んだのかは知らないが、ようやく俺の頭からフィールドへと降り立った。

 

「次いでに使える技とかも聞いてくれると………」

『そんなことだろうと思って聞いておいた』

「さすがぼっち。気配りの神だな」

 

 ぼっちは気配りで出来てると言っても過言ではないからな。

 俺なんか周りに迷惑にならないように一人で旅をしてたくらいだし。

 

「あら、あなたはそのケロマツで来るのね。いいわ、エネコロロ。まずはでんげきは」

「エネッ!」

 

 ケロマツが出てきたことを確認するとユキノシタは先手を打ってきた。

 

『技はみずのはどう、あなをほる、かげぶんしんだ』

「え? 三つだけ?」

『それ以外は使わないそうだ』

「マジか、………まあいい。ケロマツ、かげぶんしんで躱せ」

 

 俺が言った通りにケロマツはかげぶんしんででんげきはを躱した。

 だが、虚空を切ったでんげきはは軌道を変え、ケロマツ本体を的確に捉えて再度降り注いだ。

 

「必中ってだけはあるな。ケロマツそのままみずのはどう」

「ケロッ」

 

 両の掌の間に水の塊を作り出し、飛んでくる青白い雷撃に向かって投げ放った。

 純水ならば電気を通さないしな。

 それを隙だと見たのだろう。

 

「今よエネコロロ、メロメロ」

「エ~ネッ」

 

 エネコロロはウインクをしてハートの作り出し、技を放った直後のケロマツに当てた。

 くそっ、面倒な技を使いやがって。

 一度メロメロにかかれば滅多に技を使えない。

 いくら攻撃されても喜んでいる始末である。

 ドMかよって思うくらいにはな。

 

「ケロ………」

 

 ………………………。

 あれ?

 目がハートになったりしねーぞ?

 

『あざとい、だそうだ』

 

 …………………………………。

 

「え? あなたのケロマツ、オスよね?」

「あ、ああ」

「何故メロメロにかからないのかしら?」

 

 どうやらユキノシタでも状況を呑み込めていないようだ。

 

「なんか、あの目ヒッキーみたい」

「私、さっき二度はあれをくらいましたよ、先輩に」

「コマチ、お兄ちゃんを見てるみたいだよ」

 

 おい、そこの外野。

 うるさいぞ。

 特にイッシキ。俺だって、自分を見てるような感覚なんだからな。そういうことは言うな。

 

「なるほど、類は友を呼ぶ、ということね。いいわ、それじゃ攻撃あるのみね。エネコロロ、でんげきはで影を消しなさい」

「エネっ!」

 

 どうやらあのケロマツは信じがたいことに良くも悪くも俺に似てるらしい。

 全く嬉しくないが。

 

「ケロマツ、あなをほる」

「ケロッ!」

 

 ケロマツ本体は穴を掘る事で乱れ打ちするでんげきはの飛び火を避ける事には成功した。

 つーか、地中にいるんだしそのまま攻めた方がいいのか。

 

「ケロマツ、そのまま地中でかげぶんしんだ」

 

 出てくる穴が特定できなければ、技の出しようがないはず。

 と思いきやユキノシタは自分の耳を塞ぎ始めた。

 何してんだ?

 

「エネコロロ!」

 

 ……………耳塞ぐ?

 

「掘った穴から」

 

 ………ま、さかッッ!?

 

「ケロマツ! 耳を塞げ!」

 

「「ハイパーボイス」だ!」

 

 命令されたエネコロロはケロマツの掘った穴に即座に移動し、大きく息を吸い込むと穴に向かってハイパーボイスを打ち放った。

 う、うるせぇぇぇええええええ。

 ハイパーっつーだけの事はある。

 耳を塞いでいても鼓膜がジンジンする。

 地上でこれなら反響のすごい地下にいるケロマツは堪ったもんじゃなかろう。

 

「「「「「「「ケロッ!」」」」」」」

 

 だが、その心配は杞憂だったらしく、首周りにある泡っぽいので耳を覆い、そのまま技を発動させていたようだ。

 意外と機転が利くようだな。

 俺ですらそんな発想はなかったわ。

 次々と地上へ姿を現したケロマツの影に紛れて、一体が砂埃を纏いながら正確にエネコロロへと突撃していった。

 どうやら、あれが本体らしい。

 持ち上げられたエネコロロはそのまま空中で耐えているようで、苦しげな顔色を見せている。

 

「エネコロロ、そのままでんげきは!」

 

 だが、そこは三冠王。

 切り返しが早い。

 しかも技の選択も的確である。

 二匹を覆う砂埃の中、青白い閃光が走るのが見えた。

 

「直接ならいくらあなたのケロマツでも避けられないでしょう?」

 

 ああ、そうだ。

 さっきのは距離があったからこそ避ける事ができた。

 だが、今は直接身体が触れている状態。

 そんな中で、効果抜群の技を浴びればケロマツにとっては致命傷だ。

 まさかここまであいつのシナリオ通り、とまではいかないだろうが穴を掘った時点で狙ってはいたのかもしれない。

 してやられたな。

 

「これまでか………?」

 

 ゆっくりと競り合った二匹が地上に着地した。

 

「エネコロロ………」

 

 エネコロロはでんげきはを出したものの技を的確に受けていたのには変わりないらしく、結構ダメージを受けたようだ。

 

「おい、ケロマツ……」

 

 反面、なぜこいつは今も変わらずピンピンとしているのだろうか。

 俺の頭は理解しがたい現象として捉え始めたぞ。

 当然、他の奴らも何が起こったのかわかっていないだろう。

 一人を除いては。

 

「これは驚いた! 君はへんげんじざいの持ち主だったのか!」

 

 嬉々としてケロマツに熱い視線を送るポケモンマニア。

 超どうでもいいが、目が変態でしかないように見えるのは俺だけだろうか。

 

「へんげんじざいって何ですか?」

 

 イッシキが博士にそう聞き返した。

 へんげんじざい、か。

 意味としては分かるがこいつの特性のことなのだろうか。

 だが、ケロマツはげきりゅうの持ち主だったはず。まあ、それは今はいいか。

 とにかくあいつはあなをほるを使った後は電気技を受けなかった。その事実さえ分かればいい。

 

「ケロマツ、もう一度あなをほる」

「ッッ!?」

 

 説明を聞こうとしていたユキノシタは一瞬戸惑いの色を見せた。

 

「ケロマツの特性がげきりゅうだってことはみんなも知ってるよね」

 

 博士は語りだすが俺は決してバトルを中断する気はない。

 

「だけど、ごく稀にもう一つ、へんげんじざいって特性を持ってることが確認されているんだ」

 

 これはポケモンバトルなんだからな。

 相手がどんなポケモンを持っていようが、どんな特性を持っていようがそれを見極める知識は自分で得るしかない。

 そのためのトレーナーズスクールであるわけだし、そこの卒業生ならばここで俺がバトルを中断させる義理も義務も全くないのだ。

 

「エネコロロ! エネルギーを蓄えなさい」

 

 エネコロロが、光を体内に吸収し始めた。

 

「僕も見るのは初めてだけど、へんげんじざいは技を出す直前にその技のタイプに自分のタイプを変化させるんだよ。今のケロマツはまさにあなをほるを使うことでじめんタイプになり、技の発動の最中にでんきタイプの技をくらった。当然、じめんタイプにはでんきタイプの技は効果がないからね。ケロマツは全くダメージを受けていないからあんなに元気なんだよ」

 

 ほえー、とバカみたいな声を漏らす三人。

 気にしてる場合ではないが何となく三人に目線がいってしまった。

 三人というよりは三人の影。

 

「太陽か………」

 

 ああ、なるほど。

 そうくるわけね。

 ならば、俺の打つ手段は…………。

 

「ケロマツ、もう一度地中でかげぶんしん。穴を開けたら、そのまま地中からみずのはどう」

 

 ユキノシタが手を変えてくるなら俺もそれに沿うように変えるのが妥当だ。

 特性のカラクリが知られた以上、さっきの手は使えないということを意味するしな。

 

「わあー、綺麗ー」

 

 ボンっと激しい音とともに無数の水の玉が地中から天に向かって仰いだ。

 そして、空中でそれらは全て弾け、エネコロロを覆うように地面へと降り注ぐ。

 

「今だ! みずのはどう」

 

 空中から出てきたケロマツ本体が水の壁を挟んでエネコロロへとみずのはどうを放った。

 

「今よ、ソーラービーム」

 

 対してユキノシタはみずタイプでもじめんタイプでも効果抜群の草技で対応してきた。

 だがな、ユキノシタ。

 

「なッ!?」

 

 エネコロロには水を通した光の屈折で、ケロマツの位置が僅かながらにでも逸れて見えてるんだよ。

 その分、こっちはみずタイプだからな。

 水の中じゃ屈折は当たり前だし、それに慣れてるケロマツにはこれくらいなら正確に技を決められるだろう。

 

「エネコロロ戦闘不能。ケロマツの勝ち」

 

 ソーラービームはケロマツから逸れ、天高く昇り消えていった。

 

「ほえー、あのお兄ちゃんが勝っちゃった」

「うっそ、ユキノシタ先輩が一敗って………やっぱり先輩は………」

「たはは、さすがヒッキーだね………」

 

 おい、そこの外野三人。

 そんなに驚くことのようなことでもないだろ。

 それにもう一体いるんだぞ。

 ここでやばいの出てきたら普通に立場がひっくり返るからな。

 それとユイガハマ。さすがってどういう意味だよ」

 

「え、あ、べべべ別に深い意味はないからねっ!」

 

 あれ、声に出てたか。

 まあいいや。

 

「お疲れ様、ゆっくり休みなさい」

 

 ユキノシタはエネコロロをボールに戻すとこちらを見据えてきた。

 

「相変わらず憎らしい戦い方ね」

「相変わらずって俺とお前は今日初めて会ったばかりだろう」

 

 何言ってんだこいつは。

 今日あったばかりの奴とバトルして相変わらずも何も比べるものがないだろうに。

 それとも何か?

 俺の戦いをどこかで見たとでもいうのか。

 何それ、超怖い。ストーカーかと思っちゃうじゃん。それは一人で十分だからね。なんなら、その一人ですらどうにかしたいレベルだから。

 

「………そう。まあ、いいわ。私も勉強不足だったみたいだから。けど、次はそうはいかないわよ」

 

 そう言うとユキノシタは新たにモンスターボールを取り出した。

 

「行きなさい、クレセリア」

 

 出てきたのはシンオウ地方の伝説のポケモンだった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 クレセリア。

 幻のポケモン、ダークライと対を為すと言われる伝説のポケモン。

 ダークライが自分の特性で誰彼構わず眠っている者に悪夢を見せてしまうが、クレセリアから取れる三日月の羽で治すことができるのだとか。

 後は知らん。

 どっかで読んだ文献にそんなことが書いてあっただけだし、実際にあったことないからその話が本当なのかも怪しいと思えるくらいだ。

 だが、まあ何はともあれユキノシタはそんな言い伝えを残すような伝説のポケモンを出してきたのだ。

 ちょっとやそっとじゃ、太刀打ちできないだろう。

 

「まさかここでクレセリアを見ることができるなんて。今日の僕はついてるなー」

 

 場にいる全員が驚いている中、一人だけ違う反応の奴がいた。

 少しは空気読めよ。

 

「さて、どうしたものか」

 

 多分、このままケロマツでいっても、そこまでいいバトルにはならない気がする。

 それにさっきからリザードンがまだかとばかりにボールの中で暴れている。

 お前どんだけ戦いたいんだよ。

 

『悩むようならオレを使うのが手っ取り早いと思うが?』

「ばっか、それはさっき断っただろうが。それにさっきからリザードンがボールの中でまだかまだかと暴れてんだ。悩んでいるように取れるなら、どう戦うか悩んでんだ。それと相手はエスパータイプだぞ。同じエスパータイプのお前を出しても戦いにくいだけだろうが」

 

 なんでこいつまで何気にやる気になってんだよ。

 

「……なんかさっきもああやって誰かと話してませんでした? 先輩」

「うん、なんか、キモいよね。ヒッキーだからなおさら」

「まあ、たまにお兄ちゃん一人で喋ってるときがありますから。気持ち悪いですけど」

 

 聞こえない聞こえない聞こえない。

 ハチマンナンニモキコエナイ。

 妹の口から気持ち悪いと言われてるのとか全く聞こえない。

 

「おい、お前のせいですげー気持ち悪がられてるんだけど」

『気にしたら負けだ』

 

 こいつっっ!?

 すげぇぶん殴りてぇ。

 今ならヒラツカ先生直伝の抹殺のラストブリットまで出来そうな気がする。

 

「はあ、どう考えてもやってみないことにはなんとも言えんな。ケロマツ交代だ」

 

 え、いや、そんな驚いた顔するなよ。

 なんだよ、閉じてた目がぱっちり開いてんじゃん。

 

「リザードンがやりたいらしくてな。さっきからうるさいんだ」

 

 だから、そんな「ええー」って顔するなよ。

 

「ああもう分かったよ。今だけ頭の上に乗ってるの許してやるから」

 

 そう言うとすぐさまフィールドから出て、俺の体をよじ登ったかと思うと頭の上で丸くなった。

 ああ、そうですかそうですか。

 もうそこがあなたの定位置なんですね。

 どんだけ好きなんだよ。

 

「仕事だ、リザードン。相手は伝説のポケモンだ。好きなだけ暴れるがいい」

「シャァァアアアアアア」

 

 大きな雄叫びをあげながら、待ってましたと言わんばかりの勢いでボールから出てきた。

 尻尾の炎はいい具合に燃え盛っている。

 

「あら、流石のあなたも本気というわけね」

「別にそう言うわけじゃねーよ。こいつがやりたいって言うから、その意思を尊重しただけだ」

「………いつ見ても彼のリザードンは他とは違うわ」

 

 小声で言ってるつもりかもしれませんけど、ちゃっかり聞こえてますからね。

 なに、こいつってそんなに違うところあったっけ?

 別に普通だと思うんだが。

 

「俺は早く終わらせてゆっくりしたいんだ。さっさと済ませるぞ。リザードン、ドラゴンクロー」

 

 爪をシャキンと立てて、一気に間合いを詰める。

 

「躱してみらいよち」

 

 ユキノシタはそう命令するが「躱して」の部分ですでにリザードンの爪がクレセリアに食い込んでいた。

 深追いを嫌って一旦下がったクレセリアは一瞬のうちにどこかにみらいよちを放った。

 こうなってはみらいよちが放たれるまで気を引き締めていなければならなくなった。

 それはリザードンも感じ取ったのか警戒の色を深めている。

 

「リザードン、連続でドラゴンクロー」

 

 二発三発とドラゴンクローを決めていくリザードン。

 だが、クレセリアにはあまりダメージが通っているようには見えない。

 一頻りに攻撃を加えると今度は反撃と言わんばかりにユキノシタが命令を下した。

 

「クレセリア、チャージビーム」

 

 また電気技かよ。

 しかも特殊攻撃も追加であげてくるとか。

 

「リザードン、躱せ」

 

 いよいよもって俺のきけんよちがみらいよちに反応し始めたぞ。

 まあ、こんなこと考えてる時点でまだ余裕はあるな。

 

「もう一度チャージビームよ」

 

 再度少し角度を変えてチャージビームを放ってくる。

 まるで何処かへ誘導しようとしてるかのように。

 

「クレセリア、もう一度チャージビーム」

 

 誘導………。

 それなら、確実にみらいよちの落下地点だろう。

 いっそこのまま誘いに乗って落下地点を見るってのもいいかもしれない。

 リザードンのスピードがあればギリギリ躱すこともできるだろう。

 そう俺が頭の中で逡巡していると、その時は来た。

 

「今よ、くさむすび!」

 

 地面から草が伸びてきてリザードンの足にへと絡まりつく。

 スピードを急激に殺されたリザードンの体は仰向けで地面に叩きつけられた。

 そして、その頭上では空気が圧縮され、ついにはみらいよちが放たれた。

 避けられない。

 だったら………。

 

「リザードン、真上に向かってブラストバーン!」

 

 リザードンは全身から炎を吹き出し、両手で地面に叩きつけた。

 通常なら対峙する相手の足元を狙って撃ち出すものだが、両手打にすることで出来上がる火柱を二本にし、リザードン自身をブラストバーンの範囲外へと誘導する。

 出てきた火柱はリザードンの首の両脇。

 本来受けるはずのないダメージだが、地面を隆起させてしまう技なため寝転がっている今の状態では、幾らかはダメージをもらってしまうが、みらいよちを諸に喰らうよりは断然いい。

 

「間一髪だな」

 

 降り注ぐ火の粉で足に絡まった草が焼けていく。

 技の反動で動きの鈍いリザードンがゆっくりと立ち上がる。

 苦い表情を浮かべるものの興奮はさらに度を増しているようだ。

 

「全く、たかだかみらいよち程度に究極技を使う人がいるとは」

 

 ようやく収まった炎の海からそんな声が飛んできた。

 声の主はもちろんユキノシタ。

 

「ま、それほど追い込まれたってことにしておけ」

「そう、では仕切り直しといきましょうか」

 

 服に付いた砂を落としながらユキノシタは冷徹に言葉を口にした。

 

『今ので大体把握できた。同じエスパータイプならどうやら感じ取ることもできなくはないらしい』

「サンキュー、恩にきるぜ」

 

 これで後はあの耐久力をどう削ぎ落とすか、だな。

 

「クレセリア、みらいよち」

「させるかよ、ドラゴンクロー」

 

 みらいよちを放つにはほんの少し溜めがいるようで動きが止まる。

 それだけあればリザードンが間合いを詰めるのには十分すぎるくらいだ。

 しかし、やはりドラゴンクローではそれほど期待できるダメージは与えられていない。

 再び、リザードンが一呼吸入れた隙にみらいよちを放たれた。

 あれを試してみるのも悪くはないのかもしれない。

 だが、俺もリザードンも初めての試みだ。

 ここで暴走なんかしたらコマチたちを巻き込みかねない。

 それだけは避けたい。

 

「クレセリア、チャージビーム」

「そう何度も同じ手に乗るかよ。リザードン、空に逃げろ」

 

 チャージビームが放たれるすんでのところで、リザードンが地面を叩きつけるように蹴り上げ空へと羽ばたいた。

 だがこれはただの時間稼ぎでしかない。

 クレセリアとて特性はふゆう。

 飛んでいるも当然なのですぐに追いかけてくるだろう。

 

「クレセリア、追いかけながらチャージビーム」

 

 ユキノシタの命令とともにクレセリアも空へと浮上した。

 どうやらこっからはチャージビームが当たるかみらいよちに誘われるかの二択になるようだ。

 まあ、地表近くに行けばくさむすびが待っているが。

 

「少しギアを上げて躱せ」

「シャアッ!」

 

 俺に聞こえる反応を示す。

 たまにこういうところで律儀なんだよな。

 今は超どうでもいいけど。

 

「仕方ないわね。クレセリア、サイコキネシスで動きを封じなさい」

 

 四つ目の技がサイコキネシスか。

 念動力でこっちの動きが完全に封じられるからな。

 かといって脱出手段もない。

 なら、当たらなければいい。

 

「リザードン、トップギアで躱せ」

 

 シャア、と鳴きながら一気に加速する。

 その影響で俺たち全員の髪が大きく靡いた。

 こんな時でもユキノシタは映えるし、イッシキはあざとい仕草を忘れない。具体的には「きゃっ」とかわいい声をあげている。

 

「クレセリア、照準を変更よ。フィールド及びその上空一帯をサイコキネシスで空間ごと支配しなさい」

 

 これにより、トップギアに加速したリザードンも急減速し、動きを止められてしまった。

 つーか、空間ごととか有り得ねーだろ。

 

『やったことはないができなくもない。ましてや相手は伝説に名を残すポケモンだ。力は持っているだろう』

「そうは言うがこっちは割と万策尽きた状態に近づいてきてるんですけど」

『それをなんとかするのがトレーナーだろう?』

「お前、いい性格してんな」

『そろそろ、みらいよちがくるぞ』

「無視かよ」

 

 こいつ、言いたいことだけ言って話変えやがったぞ。

 前にある少年と一緒に共闘したことあるとか言ってたが、そいつはどうやってこいつに命令できたのだろうか。

 謎でしかない。

 

「リザードン、爪をドラゴンクローに」

 

 身動きは取れないといっても技のモーションはできるようで、シャキンと爪が鳴った。

 

「そのまま腕を上に持っていけ」

 

 強引に腕を動かすリザードン。

 命令してなんだが………。

 ギチギチと嫌な音がするが大丈夫なのだろうか。

 まあ、ポケモンは空から落ちても生きてるくらいだし大丈夫だよな。

 

「シャアアアアッ!!」

 

 おお、やりやがった。

 無茶な要求をしたと思ったんだがな。

 よくやる。

 

「あら、まだそんなに動けるのね。やはり、空間全体だからかしら? いいわ、クレセリア。そのまま照準をリザードンに絞り込みなさい」

 

 苦しみの雄叫びをあげるリザードン。

 拡散していたサイコキネシスが凝縮されて加わったのだ。

 苦しいことこの上ないだろう。

 だが、それでもリザードンは俺の命令とやめようとはしていなかった。

 

「全く、忠義者だよ。お前は」

『来るっ』

「リザードン!」

 

 上空が光り、そのままみらいよちがリザードンの頭から振り下ろされた。

 命令通り、爪で受け止めるも徐々に身体は地面に近づいていく。

 まだだ。

 もう少し。

 あと少しだ。

 

「………今だ! 斬り裂けっ!」

 

 リザードンの両足が深く地面に着いたところで命令を出す。

 リザードンは言われた通り、踏ん張る力を利用してみらいよちを真っ二つに切り裂いた。

 切り裂かれた紫光弾は地面に叩きつけられ、二つの爆風を挙げた。途中で見えたリザードンの目はいい目をしていた。どうやら時は来たようである。

 

「リザードン、一気に決めるぞ! クレセリアに直接ブラストバーン!」

 

 混じり合う爆風の中から一閃の風が吹き抜け、次の瞬間にはそれはクレセリアを片手で掴んでいた。全身からは激しく揺らめく赤いオーラを纏っている。

 リザードンの特性、もうかだ。

 ダメージをかなり受けた時に発動するが、感情が高ぶるあまり我を忘れるという例もあるらしい。俺はまだ見たことないがな。

 まあ、でも今の状態は過去に一度見たことがある状態に近い。あの時は連戦で戦ったからな。あの状態に一体で持っていけるとはさすが伝説のポケモンである。

 

「やれ」

 

 俺の一言でクレセリアは無慈悲にも地面に叩きつけられ、そのままブラストバーンを諸に受けた。

 

「……クレセリア、戦闘不能。よって勝者、ヒキガヤ」

 

 暴走一歩手前まで高まったもうかから直接放たれたブラストバーンには、流石の伝説のポケモンといえど、耐えることはできなかったようだ。

 

「…………また、勝っちゃ、った………」

「勝っ、ちゃいましたね、先輩。まるで、あの時みたい………」

「うっそ、あのお兄ちゃんが………」

 

 え?

 なにそのあり得ないようなものを見る目。

 勝ったのにその反応はなくね?

 

「……あなたはいつもそうね。近づいたと思っても決して近づけていないということを叩きつけてくる」

 

 なんかユキノシタが語りだしたんだが。

 突然なんなんだよ。

 

「いくら学年一位だろうがリーグに優勝して三冠王と呼ばれようが、あなたのバトルを見ると肩書きなんて無意味だって思い知らされるわ」

 

 え?

 なに?

 どゆこと?

 全く話についていけないんですけど」

 

「そうよ、これは私の一方的なものだもの。ましてあなたは私を知らなかったのよ。そんなあなたが分かるはずもないわ」

 

 なら言うなよ。

 

「ああ、そうかよ。なら、なんで言ったんだよ」

「人には口にでもしないと感情を抑えることができない人だっているものよ」

「お前がそういう奴だっていう風には見えないがな」

 

 こいつは普段から落ち着き払っているように見えるんだがな。

 こうも感情を剥き出しにするような奴には見えん。

 

「ええ、そうね。そもそも負けることも数少ないないからこんな気持ちにはならないのだけれど。あなたは別よ」

「それは嬉しいとは判断しかねるものだな。つーか、何さらっと自慢してくれちゃってんの?」

「それじゃ、さようなら。私はもう行くわ」

 

 流された。

 流されたで思い出したが、賭けは俺の勝ちってことでいいんだよな。

 

「おい、ちょっと待て。賭けは俺の勝ちでいいんだよな」

「そうね。甚だ遺憾ながらあなたの勝ちよ。私はなんでもいうことを聞くわ。けど、特にないのでしょう? だから貸し一つってことにしといてあげるわ」

「何故そう言い切れる。事実だから否定はできんが」

「その腐った目がそう語ってるもの」

 

 え?

 顔に出てるって言われるならまだしも、目が語ってるとか初めて言われたぞ。

 

「冗談よ。あなたのことだから今の今まで忘れていたのでしょう」

「うっ」

 

 何故分かった。

 こいつもエスパータイプなのか。

 

「それじゃ、今度こそ。また」

 

 ユキノシタは小さく手を振って、俺たちの前から姿を消した。

 多分、研究所内から出ていいたのだろう。

 また、ね……。

 

 

 ってか、ヒラツカ先生との約束はどうするんだよ。あれも無効ってことでいいのか? まあ、どっちにしようがユキノシタが勝手にいなくなったんだから、俺には分かり兼ねることだな…………。

 

 

 ユキノシタ、か………、やはり最近何かで見たような気がする。


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