ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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28話

 あれから。

 俺はとりあえずカワサキにはフレア団への警戒と周りの一般人の観察を言いつけた。

 俺がそう言ったら、「そんなことでいいの?」なんて言ってきたが、そんなことが大事なのだ。

 たぶん、今回のことでハヤマやユキノシタはもちろんのこと、俺もフレア団の警戒対象になったはずだ。そんな俺が堂々と動いていれば、また襲われかねない。だから今回全くと言っていいほど、フレア団と鉢合わせていないカワサキが頼りになるというわけだ。中に溶け込んで情報を探る人材も時として必要だ。特に今回のような代替的な支配力が動いていればなおさらだ。ノーマークのカワサキにしか結果としてできない仕事になってしまったのだ。

 タイミングというのも一つの武器になることがよく分かったぜ。

 

 で、今俺たちが向かっているのはカセキ研究所である(カワサキはオニドリルに乗って帰って行った)。

 もちろん勝手についてきてしまったプテラを返すためだ。

 コマチにはすでに懐いているようでバトルでも命令に従うほどのゾッコンっぷりであるが、これでもコマチのポケモンではない。これはあれだな、俺とオーダイルのような関係だな。つまり変わった関係である。

 我が妹はしっかりと俺と血を別けているようだ。トレーナーとして育てばコマチもポケモンに好かれること間違いなしだな。

 

「こんにちわー」

 

 コマチを先頭に研究所に入ると職員の人たちが一斉にこっちを見てきた。

 ぎょっとした目が結構なくらいで怖い。お化け屋敷かと思っちゃうレベル。

 

「き、君たち無事だったのか!?」

 

 ダッと詰め寄ってきてコマチの肩を掴んでそう切り出す。

 あの騒ぎを耳にでもしたのだろう。というかすぐそばでやってたんだし知ってて当然か。

 

「だ、大丈夫でしたよー。お兄ちゃんがちゃんとお掃除してくれましたから」

 

 おい、コマチ。

 俺は掃除屋じゃないからな。

 

「そ、そうか………それはよかった………ん? プテラもついて行ってたのか?」

「はいっ、プテくん暇だからついてきちゃったみたいで。でもちゃんと活躍してくれましたよー。ねー、プテくん」

 

 翼を下ろしてコマチの横を陣取るプテラの頭を撫でると「アーッ」と陽気に返してくる。

 

「んで、プテラを返そうと思ってきたんすけど」

「……それはすまなかったね。…………けどまあここまで懐いたら………プテラ」

「アー?」

 

 所長さんがプテラに声をかけると首をかしげた。

 こいつ、結構反応するんだな。

 

「お前外の世界を見に行くか?」

「アーッ!」

 

 それって……。

 バサバサと喜びを翼で表すプテラとは対象的に俺は頭が痛くなった。

 要するにコマチにプテラをくれるってことだろ。

 この懐きようを見ればそういう考えに至るのもわからなくもないが、化石ポケモンだぞ。結構レアなやつだぞ。そんな簡単に渡していいのかよ。

 

「いいんですかっ!?」

 

 コマチが驚くように聞き返す。

 

「ああ、研究やなんだってのは人間の勝手な行いだ。生まれてきたからにはポケモン自身が自分の道を選ぶのが一番だと思ってる。だから行って来い、プテラ。お前の力があればこの子達の助けになるはずだ」

「ラーッ! ラーッ!」

 

 薄々、こんな結果になるだろうと思ってはいたが。

 まさか本当になるとは………。

 俺みたいにならないか、お兄ちゃん本気で心配になってきちゃったよ。

 

「はい、これがプテラのモンスターボールよ」

 

 女性職員がプテラのボールを持ってきて、コマチに手渡した。

 あいつ一応ボールに入ってたんだな。ちょっとびっくり。

 

「あー、そうだ。一つ分かったことが」

「ん? なんだい?」

「今朝入った賊はフレア団だと思われます。さっきの襲撃でこっちもメガストーンを奪われたし、その時に使ってたポケモンがチゴラスだったみたいで」

「なるほど………確かに奪われたチゴラスとすればあり得る話だな。こっちも防犯カメラの解析で分かったことがあるんだが、その賊はニャスパーを四体連れていたみたいだ」

「ビンゴですね。こっちもチゴラスの他にニャスパーを使っていた。間違いなくそいつと見ていいと思います」

 

 確定だな。

 これで犯人はフレア団で、研究所で奪われた宝石というのもメガストーンと見て間違いないだろう。何が目的かはわからないが、碌でもないことを企んでいることだけは確かだ。

 はあ………どこに行ってもこんな奴らばっかだな。

 ちなみに俺がフレア団の下っ端から剥ぎ取って変装に使っていたスーツは一着五百万するんだとか。バカじゃねーの。怖いからさっさと脱いで、リュックにしまったよ。持ってても仕方ないしどうしようか。

 

「そもそもフレア団とは何者なんだ?」

「さあ、そこまでは。碌なこと考えてない連中ってだけは予想できますけど」

「そうか。まあ、ありがとう。こちらも充分注意しておくよ」

「そうしておいてください」

「それより君は一体………」

「知らない方が身のためですよ。面倒なことに巻き込まれないためにも」

 

 なーんかこう、引き寄せるというか。

 どっかの名探偵みたいに行く先々で殺人事件に出くわす感じだな。

 タイミングがいいというか悪いというか。

 

「……分かった、これ以上は聞かないでおくよ。まだまだ研究したいことは山ほどある。まだ死にたくはない」

「知ったところで死ぬわけじゃないですけどね。そうしてくれると助かります」

「あ、ということは君たち結構な手練のトレーナーさんよね。だったら、8番道路の先にあるショウヨウシティにジムがあるのよ。そこに挑戦してみたらどうかしら」

 

 話を聞いていた女性職員がパンッと手を鳴らしてそう言ってくる。

 ジムか。

 そういやハクダンから全くジムのことなんて考えてなかったな。

 

「……おお、ジム戦! コマチ、本来の目的を忘れるところだったよ。お兄ちゃん、ジム戦行くよ!」

 

 こいつも忘れてたのか。

 俺はコマチにジム戦を強制的にさせられてるんだけどなー。

 

「なあ、もうお前一人でもジム戦いけるんじゃねーの?」

「ちっちっちっ、甘いよお兄ちゃん。なんたってコマチたちはお兄ちゃんのジム戦を見たいんだから!」

 

 えー。

 そんな高らかに言われても俺はやりたくないんですけどー。

 強いなら話は別だけど。

 

「や、ハクダンの時はケロマツだったから、それなりのバトルになったけどよ。今はもうゲッコウガに進化してんだぞ。絶対一方的になる」

 

 フレア団と戦ってそれはよくわかったわ。

 ゲッコウガに進化してかげうちを習得したことで陸と影の両方から攻めることができるようになって、手のつけられないくらいまでになっちまった。技を使えばタイプは変わるし、見ただけで技を覚えるし。はっきり言ってチートだよ。

 果たして、俺の横にいるこいつに限界はあるのだろうか。ケロマツの時点であそこまでやってやっと限界だったんだぞ? ゲッコウガの状態では限界が想像できない………。

 

「せんぱーい、私まだ先輩のジム戦見たことないんで見たいでーす。ね、ハヤマ先輩っ!」

 

 またか。

 こいつ、ミアレでも俺にバトルさせてきたよな。そんなに見たいのかよ。俺としては見せたくないんだけど。

 

「ああ、そうだね。俺も君のバトルは一度じっくりと観戦してみたかったよ」

「いやいや、お前はすでに何回も見てるだろ。何なら二回はバトルしてんだぞ。実体験を二回もしてんだぞ。見なくていいだろ。というか見るな」

「えー、いいじゃないですかー。じゃないと…………私…………わたし……………」

 

 ふざけてた声が一転、イッシキはしおらしくなってしまった。というか泣きそう。体は震えていて、涙をこらえている。

 あー、マジかよ。ちょっと重症じゃん、これ。

 

「………」

「あ、ちょ、ユイっ!?」

 

 イッシキの声に思い出してしまったのか、ユイガハマが研究所から飛び出して行ってしまった。

 ったく、あの赤装束団。なに、初心者にトラウマ与えてんだよ。

 いや、バカなのは俺か。

 コマチはそれなりに俺とバトルしてたし、ユキノシタと一緒だったから重くならなかったようだが、他二人には俺の服を終始掴んでいるくらい恐怖を覚えてたんだ。ポケモンバトルというものに対して恐怖心やトラウマを抱えてしまったとしてもなんらおかしくはない。それをイッシキは俺のバトルを見ることで以前のように戻るかもって思ったのだろう。言わないだけでそれはユイガハマも同じだった。分かっていたことなのに………恐怖に対しての耐性が異常になってんだな。慣れって怖い。

 

「……恐怖を与える者は恐怖を与えられる者の感情が分からない、か」

「どしたの、お兄ちゃん」

「いや、前に本でそんなことが書いてあったなと思ってな。あー、すんませんけどあのバカ回収してくるんで俺は行きますわ」

 

 所長にそう言うとみんなが微笑ましく見てくる。

 イッシキだけはどこか寂しそうではあるが。

 目で俺に行くなと言っている。

 

「んな目で睨むなよ。ちゃんとジム戦するから。それで逆に怖くなっても知らねぇけど」

 

 頭をポンポンと撫でると「む~」と頬を膨らませて上目遣いで俺をさらに睨んでくる。子供扱いするなと言いたいらしい。なんか知らんけど、イッシキにはコマチのために磨き上げたお兄ちゃんスキルがオートで発動してしまうみたいだな。気をつけねば。

 

「つーわけで……ってゲッコウガはどこ行った」

「先に行ったわよ」

「あの野郎……」

 

 どんだけユイガハマのこと気に入ったんだよ。

 もう体でかくなったんだから、前みたいに抱きかかえてもらえないと思うぞ。

 

「はあ……あいつら仕事だけ増やしやがって。今度会ったら組織ごと潰してやろうかな」

「……一度、やりかけてる人が言うと洒落にならないわね」

「そんなことまで知ってるのか………。お前、どんだけ知ってんだよ。怖いんだけど」

「そんなこと言ってる暇があったらさっさと行きなさい」

 

 ユキノシタ………。

 話し逸らすってことは他にも知ってるってことだよな。

 怖いよ、マジ怖い。あと怖い。

 これが恐怖心というやつなんだな。

 なんか懐かしいわ。思い出したくはなかったけど。

 

「あーもう、分かったよ。行きゃいいんだろ」

「いってらっしゃーい」

 

 コマチに見送られて俺はユイガハマを探すことになった。

 あいつ、どこいったんだろうな。

 そんな遠くに行けるほど、精神状態がよろしくはない思うが。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 さて、ユイガハマはどこまで行ったんだろうな。

 ゲッコウガも追いかけて行ったみたいだし、何かあっても大丈夫だとは思うが。

 ぐ~、と鳴る腹。

 やべぇ、落ち着いたら腹減ってきた。

 朝からバトル三昧で昼飯のことすっかり忘れてたな。今は………うわっ、もう三時過ぎかよ。そら腹も鳴るわ。

 

「はあ………、マジでどこまで行ったんだよ」

 

 意識すると途端に何か食べたくなってきて、だんだんと足取りが重たく感じてくる。

 ポケモンセンターにも寄ったが、ユイガハマの姿はなかった。

 ゲッコウガが何か印でも残していればわかりやすいのだが、無理だろうな。ケロマツの時だったらケロムースでなんか印でも作ってくれてただろうけど。

 と、ぼちぼち歩いていたら水族館に到着。

 その横でなんか出店が出ていた。『シャラサブレ 出張販売!』なんて旗を掲げている。

 サブレか………どこぞのグラエナを思い出すな……。

 腹減ったし何枚か買ってくか。

 

「十枚入り一つ」

「あいよー」

 

 やる気のなさげなおっちゃんが十枚入りの箱を袋に入れて用意しだす。

 表示してある金額を財布から取り出し、おっちゃんに手渡してシャラサブレを受け取った。

 

「……………いた」

 

 屋台の向こう側に見える海岸に見たことのあるお団子頭が見えた。

 ゲッコウガさんもいるじゃないですか。寝てるけど。

 

「あの……海岸ってどうやって行けば……」

「ああ、水族館を通り抜ければいけるぞ」

 

 通り抜けできるのかよ。

 というかしていいのかよ。

 

「あざっす」

 

 おっちゃんに礼を言うと横の水族館に入る。

 中は青々しく、みずポケモンが多数水槽の中を泳いでいる。

 客もまあそれなりにきてるみたいで、子連れの母親の姿がちらほらと見受けられた。

 お父ちゃんはお仕事ですかね。

 

「出口は……と」

 

 とりあえず、階段を降りると出口の表示があった。

 しばらく進むと出口が見えてくる。

 水族館なのに全く観覧しないというね。

 

「あー、せっかくだし一枚味見でもするか」

 

 シャラサブレの箱を取り出し、中を開けるとふんわりと甘い匂いが漂ってくる。四角い形に絵柄が何か書かれているが、これが何を示しているのかはよく分からない。

 口に含むとこれまたやっぱり甘く、一口噛むごとに口の中の水分が持って行かれてる感じである。事実、喉が渇いてきた。

 

「飲み物も買うべきだな」

 

 ぼりぼり頬張りながら砂浜を歩いていると目的の人物が体育座りで海を眺めていた。

 無言で後ろになって、ぼりぼりサブレを食っていると、ふと後ろを見てきて、前を向く。

 

「って、何食べてんのっ!?」

 

 もう一度振り返るとやっとツッコミを入れてきた。

 

「サブレ」

「ええッッ!?」

 

 盛大に誤解している反応だな。

 自分のポケモンにそんな名前つけるから………。

 

「お前のポケモンじゃねーよ。シャラサブレっつーお菓子だよ」

 

 ほれっと箱ごと差し出すとユイガハマは中を見やる。甘い香りに誘われて一枚抜き取り口へと含む。

 ぼりっと頬張ると途端に「んん~っ」と旨そうに悶えだす。

 アホっぽい反応を見ているとジトッとした目でゲッコウガが見上げてきた。

 

「ほらよ」

 

 箱から一枚抜き取って顔の上に持っていくと首に巻いたピンク色の何かが動き、俺の手からサブレを掻っ攫った。

 そのままピンク色の何かを呑み込んでいく。

 ………舌か!

 あれマフラーとかそういう類のもんだと思ってたけど、舌だったのかよ。

 なんかあれだな。巻いてないと違和感感じるわ。

 

「で、お前何してんの?」

「………」

 

 なんて聞いてみたけど、ぼりぼりとサブレを頬張る音だけが返ってくる。

 

「………あたし、分かんなくなっちゃった」

 

 ゴクリとサブレを飲み込むとぽつりと言葉を漏らした。

 

「ポケモンってさ、生き物なんだよね。なのに、それを道具のように扱う人もいて、ポケモンもそれには逆らわない。そういう人たちのせいで争いは起きるし、ポケモンも争いの原因になる。………あたしさー、もっとこう軽い感じの旅をするもんだと思ってたんだよね…………。博士からポケモンもらっていろんな人たちと出会ってバトルして仲良くなったりして。けど、あんなの見せられたら……………」

 

 徐々に声はかすれていき、鼻をすする音さえ聞こえてくる。

 

「あたし、怖かったんだから!」

 

 再三に渡り振り返ってくるその顔には涙がたまっていた。

 頬を伝い静かに砂の上にこぼれ落ちていく。

 

「ヒッキーが! あんなことするから! ヒッキーに嫌われたんじゃないかって! そしたら変な人たちに囲まれてあのゆきのんやハヤトくんたちが苦戦してて、あたしはどうすればいいか分からなくて! でもあたしと同じ初心者のコマチちゃんはゆきのんと一緒に戦ってて、あたし自分が情けなくなって! ヒッキーもこんなあたしだから嫌いになったんだって! そんなこと、思ってたら、ヒッキーがいるし………あたし………う、うわぁぁぁあああああああああああああああああああああああっっっ!?!!」

 

 相当溜め込んでいた恐怖やら何やらを全て吐き出すように、俺の胸に飛び込んでくる。いきなりだったためよろけてしまい、そのまま尻餅をついた。地面が砂でよかったわ。

 これはあれだな。原因が俺にあるってやつだな。

 

「………俺はお前の言うポケモンは道具にすぎないって言うやつを嫌ってほど見てきたけど、そういうやつらに限って碌でもないことを企んでたりする。よくは覚えてないがロケット団とかシャドーとか、ポケモンを商品として扱うようなやつもいた。でも結局、そういうやつらは最後は誰かに潰される。今回だってそうだ。必ず奴らの計画は潰れる。誰かがやらないなら、その時は俺が動くまでだ。それが『ハチ公』としての仕事だ。だからお前らを巻き込むわけにはいかないんだ」

 

 わんわん、ポチエナのように泣くお団子頭を撫でながら、言いたいことを言っていく。

 

「そう思って突き放したけど、逆にそれがお前の不安を煽っちまったんだよな。はっきり言って、俺はあの方法以外お前らを巻き込まないようにする手段は知り得ない。俺一人で終わらせるやり方しか持っていないんだ。今までもこれからもそういうやり方でしか上手く動けない、と思う」

「……………」

「でもな、別に俺が昔言ったからって今でもその髪を続けてなくてもいいんだぞ。気に入ってるってんならアレだけど」

「…………嫌じゃ………嫌じゃないもん………ぐすっ、ヒッキーに言われたからってのは、ぐすん、間違ってない、けど、ずずっ、そりゃ、ヒッキーに見てもらいたかったけど、それだけじゃないもん」

 

 見上げてくる綺麗にメイクした顔は涙で色が不自然に剥がれ落ち、ぐちゃぐちゃになっている。

 

「思い出だから…………、あたしの大事な思い出だから、忘れたくない、だけ………」

 

 …………。

 ああ、俺はこいつから大事な思い出を奪おうと、捨て去ろうとしてしまったわけか。それが原句に不安を掻き立てたってわけか。

 これは全面的に俺が悪いわな。

 

「………あー、その悪かったな。お前の思い出を踏み躙るようなこと言って。あの時の俺は焦るあまりに言葉を選ばなかった。その……、初めてだったんだよ。今までなら巻き込まれるのは俺一人だし、守るものなんて何もなかったから。一人でどうにかなっちまってたってところもあるけど。だけど、さっきはその………コマチを守らねーとって思ったら気持ちが焦っちまって…………だからその、俺が悪かった」

 

 頭を撫でながら顔が見られないように胸の中へと抱き寄せた。

 

「………あたしのことは、守ってくれないの………?」

 

 くぐもった声でそんなこと言ってくる。

 

「なんだ? 守って欲しいのか?」

 

 だから聞き返してみると。

 

「……ううん、もうずっとヒッキーには守ってもらってるから。………あたし、強くなる! 今度はあたしがヒッキーを守れるくらい強くなる!」

 

 バッと胸から離して見上げてくる笑顔は上で輝く太陽のように眩しかった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「なあ、すげぇベトベトなんだけど」

「ごめんってば」

「お前あれだな。泣くと鼻水「ヒッキーのバカ! デリカシーなさすぎ!」………おう」

 

 誰かさんの涙と鼻水で俺の洋服はどろっどろになっている。

 そんな気持ち悪い感触を腹回りに感じながら、ようやくポケモンセンターまで戻ってきた。ちなみにシャラサブレはもうない。どこぞのカエルがいつの間にか食してしまっていた。俺ら一枚しか食ってないのに。

 

「あ、せんぱい、おっそーい」

 

 ポケセンに入って早々、イッシキと目が合うとどこぞの駆逐艦みたいな反応をしてくる。

 

「……お前はもう大丈夫なのかよ」

「そりゃ、不安はありますけどねー。ユキノシタ先輩の話を聞いてたら悩むのがバカバカしくなっちゃいました」

「逞しくて何よりです」

 

 一体ユキノシタは何を話したのだろうか。

 こんな逞しい心に入れ替えてしまうような話って一体………。

 

「あ、ユイ先輩、先輩に何もされませんでしたかー?」

 

 さっきのあれはなんだったのかと思いたくなるような笑顔を見せるイッシキを見てると、なんか俺も色々と考えるのがバカバカしく思えてきたわ。

 

「って、目真っ赤じゃないですかー。先輩、何泣かせてるんですか」

「や、別に俺のせいってわけじゃ…………あれ? 俺が泣かせたことになるのか?」

「あー、お兄ちゃんユイさんのこと泣かせたんだー」

 

 ぬっと顔を出してきたコマチが俺を指差して子供のように言ってくる。まあ、子供なんだけど。

 

「ユイガハマさん、………もう大丈夫そうね」

 

 ユキノシタがユイガハマの前に立つと静かに言った。

 

「うん! あたし強くなる! あたしが憧れた二人に追いつけるように頑張るから!」

「………なら、俺の代わりにジム戦やろうな」

「ええっ?! なんでいきなりそうなるの!?」

「強くなるんだろ?」

 

 だって、俺ジム戦したところで意味ないし。

 なんなら元チャンピオンだし。

 

「そうだけど、そうだけど。なんか違うー」

「ちょ、先輩約束と違いますよ! 私のためにもジム戦してくれるんじゃなかったんですかっ!?」

 

 うっ……、覚えてやがったか。

 

「お前………そこまでして俺のジム戦見たいのかよ。さっきので分かっただろ。俺がジム戦をするレベルじゃないって。あいつ、いるんだぞ?」

 

 あいつ、絶対やらないだろうけど。

 

「ぶー………だったら、私とバトルしてください」

 

 調子を取り戻したイッシキがいつものあざとさ全開で頬を膨らませる。

 

「いいけど、もう少しお前が強くなったらな。テールナーとナックラーだけじゃ、無理だと思うぞ」

「ぶー、…………ああ言えばこう言う先輩ですね。分かりました。だったら、私があと三体捕まえたらバトルしてください」

「あーあー、分かった分かった。分かったから引っ張るな。お前が握ってるとこ、ユイガハマの鼻水「とりゃあっ!」うおっと、危ねぇ」

「うぇぇ、なんか手がベトベトします」

「ヒッキーのバーカバーカ!」

 

 いきなりユイガハマがリュックを飛ばしてきて、避けたらゲッコウガが受け止めるというね。

 しっかし、いつの間にあいつはこんな凶暴になってしまったのだろうか。

 もっとこう、おしとやか…………ってわけでもなかったな。なんというか攻撃的ではなかったはず。

 

「いやー、お兄ちゃんも青春してますなー」

「あはは、ハチマンもいつも通りに戻ったみたいだね」

「うむ、死ねばいいと思うぞ。リア充め」

 

 しばらく、ユイガハマに罵声を浴びせられてたり、イッシキが俺の服で手を拭い出したり、それをユキノシタが気持ち悪いものを見るかのような目で見てたりしていた。これを誰も止めようとしないところはやはり俺たちらしいというか。

 

 

 閑話休題。

 

 

「で、ハヤマたちは?」

「彼らなら部屋で休んでいるわ。ミウラさんがまだ立ち直れていないみたいよ」

 

 そらまあ、メガストーンを奪われたらしいし。

 

「ともかく、この件は今の俺たちにはどうしようもない。本部からの情報が集まらない限りは俺としても動きようがないな」

「でしょうね。あなたが動けないんじゃ私だって動けるはずがないわ。情報を待つしかないわね」

「これからどうするの?」

「とりあえず、ショウヨウシティにジム戦しに行くか。計画的にハヤマやユキノシタを狙ってた以上、どこに行こうがあいつらに居場所は特定されている可能性だってあるし。だったら、また来る可能性だってあるし、そのためにもお前らも実力をつけておく必要があるだろ」

 

 コマチとユイガハマとイッシキを見やると、じっと見つめ返してくる。

 照れるからやめてっ。

 

「おおー、つまり先輩が手取足取りポケモンバトルの技術を叩き込んでくれるというわけですねっ!」

 

 最初に口を開いたイッシキがそんなことを言ってくる。

 

「あ、ずるいっ。あたしもヒッキーに教えてもらいたいっ」

 

 なぜかイッシキに対抗心を出すユイガハマ。何をそんなに張り合っているのだろうか。

 

「いや、ユイガハマはユキノシタとマンツーマンだ。ユキノシタ、一から徹底的にユイガハマにバトルというものを叩き込んでやってくれ」

「分かったわ。これもユイガハマさんのためですもの。遠慮はしないわ」

「ゆきのんっ、ちょっとは遠慮してよっ! 怖いよ、その目っ。あたし、何されるの!?」

「コマチは流石俺の妹なだけあって充分にセンスを発揮している。つーわけで、癖のあるザイモクザとトツカとだな」

「シスコン」

「シスコンね」

「さすがシスコンです」

 

 おい、そこの外野うるさいぞ。

 

「うむ、ハチマンの頼みとあらば引き受けよう。我がレールガンをしかと受けるがいい」

「うん、分かったよ、ハチマン。僕も頑張ってみるよ」

 

 ザイモクザが何かやらかさないか心配だが、まあいいだろう。

 

「あとはイッシキだけど………そもそもお前、ハヤマたちと旅してんだろ。あいつに鍛えてもらえよ」

「あ…………」

 

 こいつ、完全に忘れてやがったな。

 

「……どうしましょうか」

「知らねぇよ」

「だったら、ヒキガヤについて行けばいいさ」

 

 げっ。

 なんでこいつがいるんだよ。

 部屋にいたんじゃねーのかよ。

 

「ハヤマ先輩っ!?」

「やあ、イロハ。いろいろ心配させて悪かったな。ユミコはだいぶ落ち着いたよ」

「は、はあ………それはよかったです」

 

 いつの間にかハヤマが壁に寄りかかって俺たちの会話を盗み聞きしていた。

 全く気配感じなかったんですけど。地に足ついてるよね。

 

「ヒキガヤ。今の俺たちじゃイロハを鍛えてやるのは無理そうだ。ユミコのこともあるし、俺自身がフレア団とかいう連中に狙われている以上、俺の側にイロハを置いておくのは危険だ」

「それを言ったら、こっちにもユキノシタがいるし、危険なのは一緒だと思うが?」

 

 計画としてはハヤマとユキノシタの殲滅だからな。

 

「そっちには君がいる。ポケモン協会の誰もが恐れる『忠犬ハチ公』である君がいるんだ。俺たちといるよりは安全じゃないか?」

「狙われてる以上、安全もクソもねぇだろ」

「ははっ、相変わらず手厳しいな」

「手厳しいも何も事実だろ。さっきので総勢何人が本部に戻ってないと思ってるんだ? あれだけの数がたった一人だけしか帰還しない相手っつー認識になるんだぞ、俺たちは。お前やユキノシタがいようがいまいが俺たちはすでにやつらにとっては危険視されてるはずだ。誰といようが危険度は変わらんだろ」

 

 数なんて数えてないから分からんが、あんな大勢を集約させて練った計画が失敗してるんだ。一つだけ成功したメガストーンの回収をしている奴だけが帰還した現状、俺たちは危険視されているはずだろう。というかたった一人で半隊を壊滅させた俺のことが行き渡っていれば、俺といるのが最も危険だと思うんだけど?

 

「いや、そうだとしても君といる方が安全さ。君といれば学ぶことも多いだろうからね。イロハのことだから、それを自分のものにするのにはそんな時間がかからないはずだ。だから君といれば自分自身を守れる力はつけられる」

「お前といても自己防衛力は身につくと思うが」

「時間の問題さ。君が周りに与える影響は良くも悪くも大きい。その分、身につく時間も早くなる」

「買い被りすぎだろ」

「現に俺やユキノシタさんは君の影響を強く受けている」

 

 はあ…………こいつ、意外と頑固だな。

 続けてたら一向に終わらないレベルだ。

 埒があかない。

 

「……だってよ」

「うー、うーん」

 

 イッシキの方を見やるとすっごい葛藤してるのがわかった。

 何をそこまで葛藤する必要があるのか分からんが。

 

「それにイロハも」

 

 そう言うとハヤマはイッシキの側まで歩いて行き、あろうことか顔を耳に近づけて何かを囁いた。

 

「〜〜〜ッッ!?」

 

 何を吹き込んだのかは知らんが、イッシキの顔がみるみるうちに赤くなっていく。逆上せそうな勢いである。

 

「な、なんでっ!? そ、そそそそれをハヤマ先輩が知ってるんですか!?」

「見てれば分かるよ」

「〜〜〜ッッ」

 

 プシューと煙が上がってもおかしくないほど上気し、へなへなと地面にへたり込む。

 

「というわけでイロハのことは任せるよ」

「えー、面倒くさっ」

「まあまあ、俺たちも出来る限り追いつくようにするからさ」

「諦めなさい。意外と彼、言い出したら聞かないわよ」

「………みたいだな」

 

 はあ……………。

 まさかこいつまでついてくることになるとは。

 俺は床にへたり込むイッシキを見て大きなため息を吐かずにはいられなかった。

 


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