リザードンに乗ってコウジンへ戻ると南東の方から激しい音が聞こえてくる。爆発音、に近いけど多分違う。ポケモンたちが戦っているのだろう。ということはコマチたちは南東、9番道路の方にいるのかもしれない。
俺はリザードンから降りて走ってゲートへ向かった。
ズドン!
またしても地響きがした。
激しくぶつかり合ってるのかもしれない。
さすがに早くいかねぇとな。
なんて考えてたら9番道路へのゲートが見えてきた。
ここまで来るのに人が全くいなかった。研究所の方は大丈夫なのだろうか。
まあ、あっちがどうなってるか分からないが、奴を出すことも考えておいた方がいいだろう。
「くそっ」
巻き込まないように引き離したのに結局巻き込むとか、ハチ公の名が泣くな。まあ、名前なんか泣かせとけばいいんだけど。
まさか俺が囮に引っかかるとは。
だが、これでカセキ研究所を襲ったのがフレア団だということは確定した。
証言通りの赤っぽいオレンジ色のスーツ。
変な髪型で、赤い色の入った眼鏡……サングラスになるのかはわからんが、とにかく異様な服装をした集団である。まさに悪の秘密結社と言った型だな。
「おいおい………」
ゲートを抜けるとそこは戦場だった。
フレア団の数がさっきとは比較にならねぇくらい半端ない数がいる。それをハヤマがリザードンとエレキブルとブーバーンを使い倒していき、ユキノシタはコマチと一緒に戦っていた。カマクラがサポートに徹しているって言うのも初めてかもしれない。オーダイルは単独で動いてるし。
ザイモクザは珍しくジバコイルから降りて命令を出している。命令といってもジバコイルとダイノーズとポリゴンZにロックオンからのでんじほうの一斉射撃だけど。トツカはその援護に回っているみたいだな。
ユイガハマやイッシキ、それに金髪縦ロール達はどこ行ったんだ?
「……取り敢えず、俺の仕事をするか」
気にならないといえば嘘になるが、今は俺の仕事に専念しよう。
リーダー格だと思われるスキンヘッドのところまで走っていく。
結構足にくるな。
「お、そっちはどうだった?」
どうやらバレてないらしい。
上手くいってるみたいだな。
「うす、全滅っす」
「なんだとっ!?」
赤いメガネから覗く目がくわっと開いた。
「あれだけいてたった一人に勝てなかったというのか?」
「………うす」
「…………何者なんだ………。それにこいつらといい、一体なぜ余所者がカロスにいる」
「こっちの作戦の方はどうなりましたか」
「三冠王ユキノシタユキノと四冠王ハヤマハヤトの排除、それとギャラドスナイトとキーストーンの回収だったが、見ての通りだ。メガストーンの回収は早々に終わらせたが、こいつら強すぎる」
苛立ちを隠せずにいるスキンヘッドの眼光があいつらをキッと睨む。
「そうですか、では自分も加わります」
「ああ、思う存分やってくれ」
よし、これで俺がここにいても怪しまれなくなったぞ。
それにしてもユキノシタとハヤマの排除、ギャラドスナイトの回収と来たか。
あっちじゃ、そこまで話を聞き出すこともできなくて狙いすらもわからなかったが、メガストーンだけは回収されてしまったのか。
ああ、それであの金髪縦ロールの姿がないわけね。あと、あのチャラ男と眼鏡の人。
「なあ、おい! こんなところにまだいやがったぜぇ!」
「ハヤマ………先輩………」
「ゆきのん……………」
技が飛び交う中、歩き回っているとそんな声が聞こえてきた。
見ると二人の団員がユイガハマとイッシキをつれていた。
首には刃物が添えられ、人質状態である。
こいつら、ここまでするのかよ。
爆風を浴びながらそっちへと近づいていく。
「ま、待ちなっ!」
その後ろからは金髪縦ロールと他二人が追いかけてくる。
ミロカロスが彼女の半歩前まで出てきた。
「おっと、それ以上動いたらこいつらがどうなっても知らないぜ」
「ひひッ、こんな上玉そうそうありつけねぇぜ」
ゲスな決まり文句を口にしてくる。
そしてなぜか俺と目があった。
「よし、そこのお前。手伝ってくれ」
「お、おう………」
急な展開に俺の頭も一瞬ついていけなくなったが、これはこれで好都合だな。
「後ろのやつらの始末を」
「了解」
すれ違いざまにそう呟かれた。
ちょっとニヤけが収まりそうにないな。
後ろの奴の始末でいいんだろ。
これはお前らが言ったことだからな。文句言うなよ。
「やれ、ゲッコウガ」
かげうちでゴーストタイプになって俺のかげに潜んでいたゲッコウガが、団員二人の首を叩き、意識を狩る。
ちゃんと俺は言う通りに俺の後ろにいる奴を始末しただけだぞ。
「はっ?」
「えっ?」
「おい!」
「お前っ!」
それを見ていた全員が手を止める。
視線は全て俺に釘付けである。
そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど。
「ったく、世話がやける」
振り返って、倒れた団員の下敷きになっているユイガハマとイッシキを見下ろす。
その目は状況を把握できていないのと恐怖に満ちていた。
ちょっと涙目なのがポイントだな。
「ああ」
そういやウィッグつけてたんだっけ?
フレア団から拝借したウィッグを外すとアホ毛がぴょこんと立つのが分かった。
眼鏡も外すと彼女たちの涙腺が決壊し出す。
ちょっと、ドッキリさせすぎたかな。
「……ヒッ、キー…………」
「………しぇんぱい………」
気を失った団員を退けて俺にしがみついてきた。
「あいつ、裏切り者だ!」
「いや、そもそも潜入されてたんだ!」
「くそっ、ワルビアル! かみくだくだ!」
「グラエナ、バークアウト!」
「デルビル、ヘルガー、かえんほうしゃ!」
「ヤミカラス、あくのはどう!」
「ニューラ、こおりのつぶて!」
相手を放棄してまで、団員たちは俺にめがけて技を放ってきた。
「ゲッコウガ」
名前を呼ぶだけで使う技は伝わったようだ。
新しく覚えたみずしゅりけん。
その名の通り水でできた手裏剣をいくつも飛ばし、攻撃する技。
ゲッコウガはワルビアルの開いた口、グラエナ・デルビル・ヘルガーには体に、ヤミカラスとニューラには技を相殺するように撃ち込む。
「悪いが、お前らの計画は破壊させてもらう」
「くっ、おい! 急いで本部に連絡を!」
「はっ!」
スキンヘッドが部下に命令し、通信の準備にとりかかる。
だが、遅い。
「ゲッコウガ。どろぼう」
シュタッと一瞬にして姿を消したゲッコウガは通信機を奪ってきた。
それを片手で破壊して地面に投げ捨てる。
「他にも機械は全て壊せばいいぞ」
「コウガ!」
俺がそう言うと次々とパソコンや通信機を破壊していく。
「くそっ、こうなったら、全員で奴を倒せ! 殺しても構わん!」
「「「「「うおおおおおおっっ!!!」」」」」
おお、スキンヘッドが見た目と同じようになったぞ。
怖いわー。
俺、殺されるかもしれんみたいだぞ。
怖いわー。
「リザードン」
しがみつく二人の少女の頭を撫でていた手を止め、愛着のあるボールを取り出す。
開閉スイッチを押すと中からやる気に満ちているリザードンが出てくる。
雄叫びを上げてるなんて珍しいな。
「お前の好きなようにやっちまえ。メガシンカ」
左手でキーストーンを握り締めるとリザードンのメガストーンと反応しだし、メガシンカが始まる。
何を思ったのか、ハヤマもリザードンをメガシンカさせてきた。あいつ、まだ本気出してなかったのかよ。だからギャラドスナイトも奪われたんじゃねーの。
「カーくん、てだすけ。プテくん、ストーンエッジ!」
「ニャオニクス、シグナルビーム。コマチさん、あなたのお兄さんをしっかり見てなさい。あれが彼の本来の姿よ。オーダイル、行きなさい」
「オーダ!」
ユキノシタがボールから残りの手持ちを全て出して、オーダイルをこっちによこしてきた。
俺がオーダイルを使えとな。
ユキノシタはクレセリアに乗り、コマチがプテラに連れられて空へと避難する。
飛行しているポケモンは二人を狙いに行き、陸上にいるポケモンは俺めがけて突撃してくる。
ゲッコウガは機械を全て破壊しきると今度はフレア団の下っ端たちの意識を奪い始める。
リザードンは俺のところに向かうポケモンたちに青いブラストバーンで進路を塞いだり、攻撃したりと滅茶苦茶にしている。
「オーダイル、アクアジェットで一掃しろ。……ユイガハマ、イッシキ。下がってろ」
未だに俺にしがみついて泣いてる二人に声をかけると顔を上げた。
口が震えて言葉がうまく紡ぎ出せないようだな。
「おい、そこの三人。こいつらを頼む」
後ろの三人に声をかけるとハッとなって俺のところまでやってきた。
「ひ、ヒキタニくん、これマジヤバいでしょ。どうするよー。マジヤバいわー」
こんな時でもうるさいな、こいつは。
ある意味、いつもと同じ調子で安心するレベル。
「……どうするも何も今から片付けるんだけど。だから、この二人がいると危険というかなんというか………」
「……ユイ、イッシキ。こっちきな」
「…………」
「…………」
金髪縦ロールが二人に声をかけるが一向に俺から離れようとしない。
そんなこんなしてるうちに相手のポケモンたちがやってくる。
ザイモクザやトツカが叫んでくるがそれどころではない。
はあ、仕方ないか。
本来、こいつに借りは作りたくないんだが。
まあ、こいつの目的がよく分かってもいないし、今を切り抜けるには使わせてもらおう。あっちの黒いのは役割があるから、これだけの人数ともなると力を必要とするし、温存させといた方がいいだろうしな。
「ちょ、ヒキタニくん!? マジ、これヤバいって!」
「あー、たぶん大丈夫だろ。お前に貸し一つくれてやる。破壊しろ、ミュウツー」
『お前に貸しを作れるのか。ならば、オレも動いてやるか』
暴君改め、ミュウツーのご登場。
こっちに来る前にこいつに再会したのが事の始まりなのかもな。
自分から来といてゴージャスボールにしか入る気はないとか言い出すし。
おかげで無駄な出費が出てしまった。
だが、悪い事ばかりでもない。
最強にして最恐のポケモンであるミュウツーの力を直に借りる事ができるのだ。リザードンのメガシンカの特訓には全力を出しても足りないくらいだし、いい練習相手である。
「なっ!?」
「うそっ?!」
驚きの声がそこらじゅうから聞こえてくるが、俺もミュウツーも聞いてはいない。はどうだんで突っ込んでくるポケモンたちを一蹴し、来た方へと打ち返していく。
それをリザードンとオーダイルがドラゴンクローでとどめを刺していった。
ちらっと見たハヤマの方もバッタバッタと倒しているようだ。俺ほどじゃねーけど、狙われてんな。
「ボーマンダ、ハイドロポンプ。ユキメノコ、エネコロロ、れいとうビーム」
「プテくん、はかいこうせん!」
ミュウツーはヤミカラスやドンカラス、サザンドラたちと空でやりあっているコマチたちを見ると、今度はそちらにもはどうだんを撃ち込む。
それをクレセリアがサイコキネシスで操り、確実に当て、地面へとたたき落としていった。
「ジヘッド、りゅうのはどう!」
「ニューラ、マニューラ、つじぎり!」
「レパルダス、きりさく!」
「コマタナ、キリキザン、アイアンヘッド!」
「ドラピオン、どくづき!」
まだまだ敵はいるようで。
次々と俺やミュウツーを狙ってくる。
ようやく気づいたが、こいつら全員使っているポケモンがあくタイプの持ち主ばかりである。たぶん、ユキノシタがクレセリアを連れているのを事前に知っていたのだろう。強力な伝説の力を恐れ、エスパー技の効かないあくタイプを用意したと見える。
人数をかけ、しかも相手の強力なポケモンへの対策も欠かさない。
この状況は以前から企てられていたのだろう。
「ふざけるなよ、たかが下っ端風情が。バンギラス、サザンドラ、はかいこうせん!」
とうとうスキンヘッドの幹部さんもポケモンを出してきた。
こいつらを倒せば、すべての心が折れる事だろう。
『オレはこのまま雑魚を片付ける!』
「はいよ、リザードン、ブラストバーン! オーダイル、ハイドロカノン!」
ここでハードプラントもあればよかったんだが………。
「えっ? あ、マーブル!?」
いつの間にか俺から離れて下がって見ていた(今気づいた俺氏)ユイガハマが、声を張り上げる。
マーブルってドーブルだったよな。
するとトコトコと俺の横に来ると勢いよく地面を叩きつけ、巨大な根っこを地面に這わせて張り巡らせていく。向かうはバンギラスとサザンドラ。
まさかのここで三つの究極技が合わさる形となった。
ハードプラントが先に二体のポケモンを絡め取り、その蔦を伝って、マグマのような青い炎と圧縮された水砲撃が二重螺旋を組み襲いかかる。
ミュウツーの方はスカタンクやカラマネロ族たちを次々とサイコパワーで作り出したスプーンで叩き潰していっている。あっちでもいたズルズキンとかシザリガーの姿もあるな。ズルッグって言ったっけ? ズルズキンの進化前。あれもいるし。
「バンギラス!? サザンドラ!?」
バッタバッタとポケモンたちが倒れていく中、スキンヘッドのポケモンも例外なくはかいこうせんを押し返され、倒れていった。
下っ端たちはそれを見て敗北を悟ったのか逃げ足になっている。
ふん、ここまで来て逃がすかよ。
「ゲッコウガ、くさむすび」
ゲッコウガが地面を叩き、再度ドーム状に草で覆い出す。人間もポケモンも関係なく絡め取り、グングン伸びていく。
「クレセリア、あなたもくさむすびよ」
「カーくん、てだすけ。ニャーちゃん、エナジーボール!」
ゲッコウガの動きを察したユキノシタが空からクレセリアに命令を出す。クレセリアが「リーアーっ」と鳴くと、さらに外から草が伸び始める。
カマクラはユキノシタの白いニャオニクスを手助けし、エナジーボールを撒き散らし、草の成長を促していく。
「ダークライ、フレア団とそのポケモンたちにダークホール」
俺がそう言うとぬっと俺の影から出てきたダークライが、「やっとお仕事ですか」と言わんばかりにバッと腕を開く。
すると小さな黒い穴がフレア団とそのポケモンたちの足元に創り出されていく。
ふと横を見るとドーブルがスケッチしていた。技は………ダークホールかよ。
「ドー」
自分もー、と言うようにまだ作り出されていない奴の足元に黒い穴を創り出していく。
シュウーっと回転を始め、穴が吸い込み始めた。
「ゲッコウガ」
「クレセリア」
それぞれに合図を送ると絡まる草を緩める。
慣性により一瞬宙に浮いた体はそのまま黒い穴へと呑み込まれていく。
「ふう…………、逃げた奴はいないな」
お掃除終了。
あとは輸送用のヘリが来るのを待つだけだな。
「にしても荒れたな………」
地面には小さいクレーターがいくつもでき、山の縁も削られて自然環境が滅茶苦茶になっている。
野生のポケモンたちだっているはずだろうに、騒乱で姿を隠してどこにも見当たらない。
『どうやら、オレの掴んだ情報はあっていたようだな』
「みたいだな。お前の目的は大雑把にしか聞かされてないけど、どうせポケモン絡みなんだろ」
『ああ』
「なら、こうなった以上現実味を帯びてくるわけか」
ミュウツーが動く時ってサカキ絡みかポケモン絡みだって、オーキドのじーさんの孫に聞いたことあるからな。
まさかサカキがカロスにいるはずもないし、フレア団による害なのだろう。
ゴージャスボールを出すとミュウツーは自分からボールに入っていった。
「ま、今ので情報が本部にでも伝わってれば、俺たちは徹底的にマークされるだろうな。そうなると…………」
こいつらも巻き込むことになりかねないのか。
現にすでに巻き込まれてるし。
「お兄ちゃん!」
「おお、コマチ無事だったか」
すっかりコマチに懐いてしまったプテラにつれられて俺のとこにやってきた。
「ユキノさんがいたから大丈夫だけど。そ・れ・よ・り! 何が起こってるのさ! いきなり現れたかと思ったら襲ってくるし、逃げることもできなくて何とかしのいでいたらお兄ちゃんが変装してるし。わけわかんないよ」
「ああ、これはまあ、戦利品?」
「ヒキガヤくん、ちゃんと説明してくれるかしら」
「や、俺だって把握できてねぇよ。さっきまであいつらのお仲間さんたちと一発やりあってきて、戻ってきてみればこの有様だし。どうも計画としてはユキノシタとハヤマの排除、それとキーストーンとメガストーンの回収らしいが………」
ちらっと後ろの金髪縦ロールを見ると、顔を背けられた。
「………そういうことか。だから連中はユミコのギャラドスを」
「ああ、みたいだな」
エレキブルとブーバーンをボールに戻して、リザードンとともにハヤマがやってきた。
と、そこでバラバラバラバラと再びヘリの音が聞こえてくる。
「来たか」
輸送用の黒いヘリコプターは砂を巻き上げながら降りてくる。
女子のスカートが捲れて下着が見えそうなんだけど。
「いてっ」
ぎゅっと背中をつままれた。
気配からしてユイガハマかイッシキだろう。
うるさすぎて、声が全く聞こえてこない。
「あっれー、ユキノちゃん?」
「姉さん………」
着陸する窓から顔を出してきた姉にユキノシタは一睨みを利かせる。
あまり仲が良くないのだろうか。
「ハルノさん……」
ハヤマも彼女の顔を見た途端、険しい表情に変わった。
あの人一体何者なんだよ。
「ダークライ、マーブル」
ハッチが開いて中から出てくる準備に取り掛かり出したのを見て、俺も引き渡しの準備を始める。
ダークライとドーブルは宙に黒い穴を創り出し、吸い込んだフレア団とポケモンたちを出していく。
みなさんぐっすりと眠ってらっしゃるようで。
どんな夢を見てるかは知らねぇけど。
碌な夢じゃないのは確かだろうな。ダークライがいるし。
「どうして姉さんがここにいるのかしら?」
ユキノシタさんが降りてきて早々に噛み付いていく。
「ただのお仕事よ。ユキノちゃんこそ、ヒキガヤくんと一緒に旅してたんだ」
「ええ、そうよ。誠に遺憾ながら、この男と一緒に行動することになってしまったのよ」
「……へえ、よかったわね」
「……どういう意味かしら?」
うわー、なんかバチバチと火花を散らし始めましたよ、この二人。
「は、ハルさーん、手伝ってくださーい」
「あ、ごめんごめん。お仕事だよ」
うん、やっぱりこの人は癒しだな。
悪くなった空気を一掃してくれちゃったよ。
めぐりんパワーはすごい効力なようだ。
ユキノシタさんはさっきと同じカメックスとネイティオとメタグロスを出し、フレア団たちをヘリの中へと運ばせる。
「ヒキガヤ!」
名前を呼ばれたのでそちらを見ると、ヘリの中から遅れて見慣れた顔が出てきた。
青みのかかったポニーテール、カワサキサキ。先の一件で俺の部下になった奴。
「……何があったの……?」
俺たちのところまで来るとそう切り出した。
「………何があったんだろうな」
こっちの事情はいなかったため、俺は知らない。
聞こえてきた会話からして、金髪縦ロールのギャラドスのメガストーンが奪われたのは確かだろう。それまでの経緯などは知らんが。
「それは俺から話すよ」
ちらっと見やるとハヤマが頷き返し、口を開く。
「ハヤマ………」
有名人の顔を見るや、カワサキが睨みつけ出す。
「ヒキガヤが一人、どこかへ飛んで行った後、取り敢えず待っていても仕方ないし9番道路へ出てきたんだ。そうしたら、いきなりさっきの連中に取り囲まれて襲われた。人数はざっと数えて30・40はいたと思う。真っ先に狙われたのは俺とユキノシタさんとユミコだった。俺はリザとエレンとブーで応戦し、ユミコもギャラドスとミロカロスで抵抗した。だけど、いきなり出てきたニャスパー四体のねんりきにギャラドスの動きを一瞬封じられて、その間にチゴラスに噛み付かれてメガストーンを奪われてしまった」
金髪縦ロールは顔をしかめて、そっぽを向く。
余程悔しかったのだろう。
「その後はもうただただ防戦一方だったよ。全員あくタイプの持ち主だから、ユキノシタさんのクレセリアの力は上手く機能しないし、初心者のユイとイロハはこの状況に恐怖を覚えてしまったみたいで動けなくなるし」
服の背中を掴む二つの手にぎゅっと力が込められる。
その手は震えているようで、さっきのことを思い出してしまったのだろう。
これが普通の反応なのだろうな。コマチがあの場で適応できていたことの方がおかしな話なのだ。まさか俺の妹だから、とかないよな。コマチまでこんな危険な奴になっちゃったらお兄ちゃん泣くからね。
「ハヤトくん………それはちょっと……」
「あ、ごめん。そういうつもりじゃないんだ。……逆に俺のせいでユイやイロハにまで怖い思いをさせてしまったのは申し訳ないと思ってる」
チャラ男の言葉にハヤマは頭を押さえて苦い顔を浮かべる。
こいつも慣れてないんだろう。
誰だってそうだ。
こんな大事な事件に巻き込まれた経験なんてこの中にどれだけいるんだって話だ。俺やザイモクザはともかく、ハヤマたち表にいた奴らにはあの場を切り抜けるので精一杯だったはずだ。しかも初心者トレーナーが三人もいる状況で圧倒的な数から脱出しなければならないのだ。ハヤマやユキノシタには相当なプレッシャーがかかっていただろう。
「……別に、お前が謝っても何も変わらんだろ。狙われたのはお前とユキノシタとミウラ? だったか。ハヤマは四冠王、ユキノシタは三冠王。そんな通り名を持つ二人が奴らの計画の害になると見て奇襲をかけたんだろ。ついでにメガストーンの回収も行った。キーストーンはトレーナーが持っているから奪いづらいが、ポケモンが持っているメガストーンの方はバトル中なら奪うことなんざ容易いことだ。なぜリザードンのメガストーンは奪わずにギャラドスだけを狙ったのかは疑問だが、そこは何か奴らの企みがあるんじゃねーの」
うん、これで色々と辻褄があう。
カセキ研究所を襲った奴と金髪縦ロール改めミウラのギャラドスからギャラドスナイトを奪ったのは同一人物と見て間違いないだろう。ギャラドスからメガストーンを奪ったというチゴラスは元はカセキ研究所で奪われたポケモン。そして、奴はそこでもメガストーンらしき宝石を盗んでいるのだ。奴の仕事はメガストーンの回収とかなんだろうな。
「君はすごいな。こっちに来る前にも戦ってきたんだろう? それなのにこの場まで片付けてしまうなんて………。昔を思い出すよ」
「思い出さなくていいから。お前はそういうが、俺の仕事はこんなんばっかなんだよ。慣れだ慣れ。慣れたくもねぇけど。結局、狙われたのは俺たち全員なんだよ。ハヤマとユキノシタを含むこの大パーティーを二分裂させて仕留めるのがあいつらの計画だったらしい。それにこっちとあっちじゃ人数が違う。俺だってミュウツーの力を借りなかったら、どうなってたか分かんねぇよ」
いやー、やっぱあのチートな力は反則だと思う。あくタイプだろうがなんだろうが、サイコパワーでどうにかできてしまうあの力は最強の証しだろう。
「………なぜミュウツーがあなたといるのか気になるところではあるけれど。まずはこの連中が何者かを知る必要があるわね」
「ああ、それに関しちゃ名前だけなら予想はできている。たぶん、こいつらはフレア団だ。はっきり言ってロケット団よりも危険な連中だ。目的はわからんが、すでにメディア各局は奴らの手に落ちてるかもしれない。何ならこのホロキャスターだって危ないかもしれない」
ポケットから俺のホロキャスターを見せると皆が驚愕の顔を見せてくる。
無理もない、俺たちだってその可能性に至った時には驚いたからな。
「もし俺たちが世界を征服するとしたらってザイモクザと話していた時にその可能性に至った。人を監視するには身近にあって便利なものを持っていればいいのではないかってな」
「うむ、ハチマンの言うとおりである。我が支配者ならばまずは国民の監視からだ。下手な動きを見せたものには消えてもらう」
「うへー、お兄ちゃんたちが言うと信憑性がありすぎだよ…………。絶対しないでよ」
「やらねぇよ。そもそも組織的行動ができないのが俺たちだぞ。まず人が集まらん」
「それもそっか……」
我が妹ながらあっさりと認めてしまうのはちょっと悲しいよ、お兄ちゃんは。
「へー、さすがハチ公だね。もうそこまで掴んでるんだ」
ニヤッと含みのある笑みを浮かべるユキノシタさん。
「ただの推測ですよ、可能性の話です。実際はユキノシタさんたちが聞き出すまで正確な情報はわかりません。それがいつになるかも」
「ふうん、これがユキノちゃんが追いかけてる男の子ね………」
え?
やっぱりストーカーだったの?
「姉さん、誤解を生むような言い方はやめてくれるかしら」
ユキノシタが姉に対して冷ややかな視線と声を向ける。
「ありゃ、そっかそっか。まだユキノちゃんはこっちにいたかー。そうだよねー、最初にワニノコを選んだのもそうだったもんねー」
だが、そんなことはまるで気にしてないかのように(実際に気にしてないと思う)おちゃらけた声をなおも続ける。
「は、ハルノさん……そこまでにしておいたほうが………」
それを見てハヤマが止めに入るが、この人に強く出れないみたいではっきりとしない。というか声が弱い。
「あれー、ハヤトはそう思わないの? ユキノちゃんは今誰を追いかけてるんだろうね」
「そ、それは…………」
「姉さん、ハヤマ君が困ってるからその辺にしてちょうだい!」
「操り人形のようにしてるだけでいいユキノちゃんは健在か」
今度はユキノシタさんが妹に対して冷ややかに一瞥する。
「は、はるさーん。終わりましたしそろそろ行きますよー」
ちょうどいいタイミングで癒しのボイスが聞こえてくる。
ああ、今までの刺々しい言葉のキャッチボールがお花畑に変わっていく………。
「…………」
じっと俺を見つめてくる。
睨んでるの間違いかもしれない。
なんというかこの人の心が全く読めない。
一枚二枚じゃない外壁をまとっているように感じさせるその表情ははっきり言って恐怖を覚える。
そんなことを思案しているとすっと俺の耳元に顔を持ってきた。
え?
なんでもうそこにいるんだよ。
というか近い近い近いいい匂い心臓うるさい!
「………ユキノちゃんを守ってくれてありがとう」
俺にだけ聞こえるようにそっと囁くと伸びをしながらヘリの中へと消えていった。
連れてきたカワサキを置いたままヘリコプターは再び空へと戻っていく。
風は女子のスカートを翻らせ、男子の心を掻き立てる。
進化してもその習性は治っていないゲッコウガはしゃがみこむ。今しゃがむ必要ないだろうに。
「嵐のようだな」
あれはなんだったんだろうか………。
というかなんか俺、背中をつねられてない?
両側から痛みを感じるんですけど。
「「ばか………」」
背筋に電気が走った。
おい、お前らいきなり耳元で囁くのはやめろよ。
心臓に悪いじゃねーか。
「ばか………」
あ、なんかこっちからもジト目が送られてくるんですけど。
ユキノシタが顔を赤くさせてるなんて珍しいな。
「……なんつーか、すごい人だったな」
「ええ、そうね。悔しいけど姉さんはすごい人よ。どんなに努力してもどんなに追いかけても追いつけはしないどころか、距離が開くばかり」
「あ、いやそれはもう知ってるから今更だけどよ。なんつーの、強化外骨格みたいな? あの誰にでも打ち解けそうな人格をまとっていたかと思えば、きつい性格も持ち合わせている。はっきり言って超怖いんですけど」
特に目がやばかった。
ビデオで見たあの時も外面だったというわけか。
彼女の素顔は想像したくもないな。
「あら、あなたも十分すごいと思うわよ。一度会っただけでそこまで姉さんのことを見切る人なんてそうそういないわ」
「正確に言えば二度目だけどな」
あれ?
三度目になるのか?
まあ、どっちでもいいか。
怖いのには変わりないからな。
「それで、ヒキガヤ」
切り出すタイミングを計っていたカワサキがようやく口を開いた。
「あたしはどうすればいい?」