「ユキノシタ、ザイモクザ。カワサキの資質はどうだ?」
俺がそう二人に聞くと二人してため息を吐いてきた。
「ポケモントレーナーとしての能力は問題ないと思うのだけれど」
「うむ、我も文句の付けどころはない。………ハチマン、本気なのか?」
本気も何もこれが一番手っ取り早くて簡単な解決策だと思うんだが。まあ、本人が最終的に選んでもらわないといけないけど。
「本気も何もこれが一番いい解決策だと思うんだがな」
「もしや、とは途中から思っていたのだけれど。あなたもつくづくお人好しね」
ユキノシタが呆れたように俺を見てくる。
いやー、だって他に解決策なんて思いつかんし。
「ねえ、あんたたちさっきから何の話してんの? つか、このバトルして何か意味があったわけ。まあ、あんたが強いってのは充分わかったけど」
俺たち三人の意味ありげな会話にカワサキが睨みつけてきた。
バトルしてる時の目とは違って超怖い。
「あー、カワサキ。お前ポケモン協会に入らないか?」
「はっ?」
そう。
俺が出した解決策はこいつをポケモン協会に所属させることだ。そうすれば、あんな夜の部のバイトをしなくてもすむし、タイシたちに心配をかけることもない。
「何か命令が下る、そうだな災害や警察では片付けられない事件などが起こった時には動かなきゃならんが、基本暇だ。何しててもいい。そして、ちゃんと給料も出る。だからもちろん旅も続けられる。何も起きない限りではあるが」
基本休みって仕事はいいよね。
まあ、その間にポケモンを鍛えとけってことなんだろうけど、好きにしてていいわけだし。
「ちょ、待ってよ! どうしてそんな話になるわけ!?」
「なあ、『ポケモン協会の忠犬ハチ公』って聞いたことないか」
「あ、あるけど………はっ? マジッ?!」
どうやら忠犬ハチ公でピンときたらしい。
だって、ハチ公だもんな。
この流れで出てきたら気づくよな。
「そうそう、それ俺。で、形上俺の部下になってるのがザイモクザ。ユキノシタは知らん」
チャンピオンを辞退してから色々あって、ようやく片付いて戻ってみると理事に「よくぞ帰ってきてくれた」なんて喜ばれて、半強制的に所属することになり、ついでに一緒にいたザイモクザも俺の部下という形で所属することになったわけだ。
「あら、私は一応姉さんと同じ扱いになってるわ。あの人は関係なしに動いてるようだけど」
で、ユキノシタは三冠王とか呼ばれてるから順調に勧誘されて所属しているのだろう。
「…………はっ、はは。まさかあんたたちがそういう類の人たちだったとは」
はあー、とカワサキは驚きを通り越して呆れたオーラを出してくる。
「いいよ。あんたの提案に乗る。けど、一つだけ条件がある。弟たちを、タイシたちを巻き込まないって約束して」
「ぷっ、………くくくっ」
「ちょ、何笑ってんのさ!」
やべー、超睨んでるけど。
けど、笑いが止まらん。
どんだけブラコンなんだよ。
「くくっ、いや、悪い………。すー、はぁ…………それ、俺が出した条件とまるっきり同じだったんでつい笑いがくくくっ」
ほんと勘弁してくれ。
俺が協会に属する条件に出したのとまるっきり理由が同じって、あーもーまた笑いが。
「引っ叩いていい」
「どうぞ、お好きにしてちょうだい」
「分かった、俺が悪かったから。ちゃんと約束はする。それも込みで理事に持ちかけてみる。ちょっと待ってろ」
そう言って平手打ちの準備をしているカワサキを制止してポケナビを取り出す。
かける相手はジョウト・カントーポケモン協会の理事。
「……もしもーし、生きてますかー」
『生きてるわ! 人を年寄り扱いするな!』
「そりゃよかった」
『それで、君が連絡をよこすなんて何か用があるんだろう』
「理解が早いようで助かります。一人、所属させたいのがいるんで、それの申請をと思いまして」
『はっ? 君が勧誘だと?! 頭でも打ったのか?』
「あっ? んなわけねぇだろ。俺はいたって正常だっつの」
『ははは、冗談だ。それでそいつは強いのか?』
「俺とザイモクザ、それとユキノシタユキノのお墨付き、て言えば充分でしょ」
『なに?! ユキノシタユキノもそこにいるのか?!』
「そうだよ。俺だって驚いたわ。なんでこんなところに三冠王がって」
『カロスへ行くって聞いてはいたが、まさか君と一緒にいるとは。まあ、所属に関しては認めよう。君たちが認めたトレーナーなら申し分ない』
「あー、ただ条件として弟たちや家族を巻き込むなって言われましたよ」
『…………くくくくっ、懐かしいな。君もそんなことを言っていたのを覚えている』
「チッ、覚えてやがったか。さっさとボケて忘れればいいのに」
『………よし、君の部下ってことにしておこう。そんな条件を付けられたのならなおさら君に預けるのが一番だろう。しっかり面倒見てやれ。あっ、ちなみに給料は君のところから差し引かせてもらうぞ』
「やっぱりそうなるか。まあ、部署から差し引くってことになるだろうとは思っていたが………まあそこはいいですよ。それよりも俺のとこに置くと一番危険なような気がするんですけど?」
『なら、他のところに君の知り合いを任せられるのか? 自分で勧誘した奴を』
「あー、まあそれを言われちゃ何も言い返せませんよ」
『それじゃ、成立だな。本人に代わってくれるか』
「はいよ」
理事とのしょうもないやりとりを済ませると、変わってくれと言われたので、カワサキを見る。
「な、なにっ?」
「理事が話したいって」
「あ、うん……」
それからポケナビをカワサキに渡し、俺はその場に座り込む。
あの人と話してるとどっと疲れるわ。
まあ、今こうしていられるのもあの人のおかげっちゃおかげなんだけど。
「ねえ、ヒキガヤ君。あなた理事とちょっと親しげすぎない」
なんて空を見上げてると、ぬっとユキノシタの顔が現れた。
「うおっ!? ビビるからやめろよ」
だからつい変な声が出てしまった。
「で、俺が理事と親しげだって話だっけか? 俺、あの人直属の部下? みたいなもんだから」
「………ようやく分かったわ。だから『忠犬ハチ公』と呼ばれているのね」
「………どういう意味だよ」
どう解釈したら、通り名の意味の理解に至るんだよ。
「ねえ、ハチマン。理事ってポケモン協会のトップの人なんだよね」
「ああ」
「で、ハチマンはその人直属の部下。要するに懐刀って奴なんじゃないかな? だから中から噂が流れ始めてそれが広く伝わっていって、通り名として定着したんじゃないのかな」
あー、なるほど。
そういうことか。
天使、もといトツカの説明でようやく理解できたわ。
だからいつの間にか犬扱いされてたのか。
「僕は『忠犬ハチ公』って通り名、可愛いと思うよ」
キラキラとした笑顔を浮かべてくる。
ドックンと。
強く鼓動が鳴り響く。
え、なにこれ?
まさか、これが恋という奴なのか?
「サイカ、結婚しぶっ?!」
トツカのキラキラに心を奪われてるといきなりぶられた。頰がめっちゃ痛い。
「な、なにしゅるんでしゅかー」
「電話を代わろうとしたら、あんたが怪しいオーラを出してるからじゃん」
頰には冷たい金属品の感触が伝わってくる。
こいつか、原因は。
「あー、はい、代わりましたよー」
『いい子じゃないか。ちゃんとしていて君の部下には勿体ないくらいだ』
「まあ、そうでしょうね」
『………話は変わるが、ハチマン。フレア団には気をつけろ』
「………やっぱり、存在していたのか…………」
『どうやらまだ遭遇したわけではないようだな』
「ええ、名前くらいしか聞いたことはないです。ただ、奴らはひょっとするとメディアを掌握している可能性がある。ところどころで噂が流れていたりするのにどの情報メディアにも全くと言って名前が出てこない。何なら、こっちで流通しているホロキャスター。これも盗聴されているかもしれない」
『……なるほど…………、とりあえず引き続き情報集めと警戒をしておいてくれ。こちらでも調べてみるが役に立てるかは保証できない』
「当然、今は妹も連れてきてるんだ。あいつの危険になるようなものは全て破壊します」
『無茶はするなよ。………と言って、聞いた試しはなかったな』
「大丈夫ですよ。ちゃんとあんたの言葉は頭の片隅に置いてますから」
『ならいいが。ではそっちは頼むぞ』
「了解」
フレア団か。
カントーでその名が上がるのであれば、それはもはや存在しているとみて間違いないだろう。
何を狙っているのかは分からないが、害になるなら排除するまでだ。
「ねえ、『君の上司は頼りになるから安心しなさい』って言われたけど、あたしの上司って誰なの?」
よし、とりあえずあのくそじじいを呪ってやろう。
✳︎ ✳︎ ✳︎
それから。
カワサキは寝るために部屋へ戻り、することのなくなった俺たちは散り散りと各々でやりたいことをやっている。
俺はというとタイシとコマチがバトルをやると言い出したので、リザードンとケロマツをジョーイさんに預けて木陰で二人のバトルを眺めていた。
イッシキと…………。
「ねえ、なんでお前いるの」
「ぶー、ひどいです先輩。可愛い後輩が一人寂しくしている先輩を構ってあげようとしてるだけじゃないですかー」
「要するに暇なのね」
なーんかカワサキ姉弟の問題が解決したところで、見たことのある連中がコボクのポケモンセンターにやってきたんだよなー。
ユイガハマはそっちに行っちゃうわ、代わりにイッシキが残るわでユキノシタが寂しそうだった。
「俺を構うよりもユキノシタを構ってやれよ」
「ふとした瞬間に出てくるあの凍てつく視線が怖いです」
「ああ………」
ユイガハマがいないと出るアレな。
どんだけユイガハマのこと大好きなんだよっていう、あの目な。
「二ドリーノ、つのでつく」
「ゴンくん、メガトンパンチ」
ボケーっと見ていると再びイッシキが口を開いた。
「コマチちゃん、カビゴン捕まえたんですね」
「ああ、ボール当てたのはカマクラだけどな」
「想像できちゃうのが悲しいです」
なら俺を見るなよ。
「言っとくが、俺は捕まえたことないからな。だから、あいつは俺の先をいったわけだ。だから、俺の入れ知恵じゃない。残念だったな」
「べ、別に残念なんて思ってないですよーだ! ………ただ、ちゃんと成長してるんだなーって思っただけです」
あっかんべーってしてきたかと思えば、どこか遠くを見るように空を見上げる。
「にどげり」
「ゴンくん、のしかかり」
「別に、コマチだけじゃないだろ。お前だってポケモンには懐かれるんだし、それも一つの成長…………そういや、昔お前みたいなやつがスクールにいたな」
「ギクッ!?」
確か、あいつに見せられた夢の中じゃ一個下だっけ?
亜麻色の髪で………人間版メロメロが使えて…………あれ? そういや、そんなやつがここにも……………?
あ、二体とも戦闘不能になった。
「………ヤドキング」
「ひぃっ!?」
変な声を上げてイッシキが俺から距離をとった。
まさかな………。
「お前、ヤドキングに追いかけられたこととかあるか?」
「え、な、べ、別にそんなことは全く決してここここれぽっちも記憶にないですよっ!?」
「お、おう……………」
………………。
「ストライク、シザークロス!」
「カメくん、からにこもる!」
ちょっと、動揺しすぎじゃね?
そんなにトラウマなの?
「……………思い、出したんですか?」
「………ああ、まあな」
これは本人であると認めたと思っていいんだよな。
「………そう、ですか」
「こうそくスピン」
「つじぎり」
「つっても俺が卒業する数日前だけなんだけどな」
「………大丈夫ですよ。保健室で会話したのが最初ですから」
「そうか………」
俺って、ほんとに誰とも会話してなかったんだな。学校での話し相手がヒラツカ先生か保険医の……ツルミ先生? だけって………スクール側からしたら問題児でしかないよな。
「なるほどな。だからお前は俺のことを知ってたのか」
「はい……。あれは私の中ではいい思い出ですよ。ハヤマ先輩たちが卒業してからは特に珍しいこともなくなってしまって退屈でしたけど、どうしてもあの時のことだけは鮮明に覚えてるんですよねー」
イッシキが不思議な顔で記憶を掘り起こしている。
「カメくん、みずのはどう!」
「ストライク、むしのさざめき!」
うおっ、耳痛ぇ。
「それにー、私ってこんな性格じゃないですかー。女子との折り合い上手くなかったんですよね………話し相手といえば男子か先生かヤドキングくらいで」
「はっ?」
え?
なんでそこでヤドキングが出てくんの?
そんなにずっと懐かれてんの?
あ、ストライクが押し合いで負けてるし。
「あれ以来、ヤドキングは良くも悪くも私に構ってくれるポケモンになっちゃって。私が卒業する時なんか号泣して離れないくらいでしたから」
んー、要するに俺とオーダイルみたいな関係だった………ってわけでもないな。まあ、そんな感じでそのポケモンのトレーナーではないけど懐かれたってことなんだろうな。まあ、あれを懐いたと言っていいのか測りかねるが。好き好きオーラ出しまくってたし。
「キルリア、マジカルリーフ」
「カメくん、こうそくスピン」
「お前も充分ポケモンに懐かれる質なんじゃねーか。人のこと散々言ってたけどよ」
「やだなー、先輩よりは効果半減ですよ。雄にしか懐かれませんから…………ほんと雄だけ…………」
後半になるにつれて尻窄みになっていく。
「そういやナックラーも雄だったな………」
「ほんとヤドキングを思い出しましたよ。初めて会った時は」
ああ、だろうな。
ちゃんとは見てないし聞いただけでしかないけど、普通に想像できてしまった。
この前のナックラーもあの時のヤドキングと同じような反応だったし。
「お前も苦労してんな」
「先輩に比べたらまだまだですけどねー」
うわー、すっげーあざとい笑顔。
思わずチョップしたくなったわ。
しないけど。
「あ、そういえば私のことも思い出したみたいですし、当然ユイ先輩のことも思い出したんですよね?」
「はっ、えっ?」
「ロケットずつき」
「ねんりき」
「え? まだ思い出してないんですか! 私のこと思い出したんならユイ先輩も一緒にいるはずですよ!」
「って言われてもなー」
ユイガハマなんていたか。
ユキノシタはハヤマらしきイケメンといたし、亜麻色の髪の後輩と一緒にいた奴って言うとあのお団子頭の黒髪しか…………お団子?
「なあ、まさかユイガハマの髪って昔は黒かったか?」
「んー、確か先輩が卒業する前は黒かったような………」
……………。
嘘だろ。
なんてこった。
あいつ、マジで髪の色染めて茶髪にしたのかよ。しかもそれを律儀に今も守ってるなんて………。
「言葉ってのは時には人を縛り付ける道具にもなり得るんだな。言霊ってやつか………」
「何言ってるんですか、先輩キモいです」
キモいは余計だ。
「戻ってカメくん。カーくん、いくよ。サイコキネシス」
「シャドーボール」
あと君たち。
展開速くない?
「いや、俺の何気ない一言がずっとあいつを縛り付けてたんだなって思っただけだ」
縛り付けてるって表現は間違ってるかもしれないが、あの珍しく気の回した言葉が仇となるとは。
『ヒキガヤハチマンさーん。ポケモンの回復が終わりましたよー』
タイミングよくマイクを通して院外に聞こえるようにジョーイさんが知らせてきた。
さて、取りに行きますか。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
「あ、はい」
よっこらせと起き上がり、トボトボと歩いていく。
ポケモンセンターの中に入るとロビーでユキノシタが本を読んでいた。
取り敢えず、ポケモンたちを先に受け取るとようやく俺に気がついたのか、こちらの方へと顔を上げてくる。
「………そろそろ出る準備だけはしておいた方がいいかしら」
「そうだな。コマチたちもそろそろバトル終わると思うし」
「あら、どっちが勝ったのかしら」
「さあな」
なんて気のないやりとりをしながら外へ出ると、遠くからプテラらしきポケモンが空をかけているのが見える。
奴は段々と近づいてきてるようで、そのシルエットが大きくなっていく。
「ラァーッ」
俺たちの目の前を過ぎていくとポケセンの建物の横にあるバトルフィールドへと飛んでいく。
そして「うわぁっ!?」という聞き覚えのある声がしたかと思えば、プテラがまた空をかけて行った。
「あ、コマチだ………」
奴の足にはコマチがぶら下がっている。
「お兄ちゃーん!」
足をバタバタさせてプテラと一緒に段々と山の方へと離れていく。
「チッ、ユキノシタ後は任せた。リザードン、プテラを追いかけるぞ」
受け取ったモンスターボールから早速リザードンを出し、背中に乗る。
「最初からトップスピードでいくぞ!」
「シャアッ!」
地面を強く一蹴りし、一気に加速してプテラの後姿を追う。
「コマチが落ちたら危険だし、下手に攻撃はできないか」
かえんほうしゃでも仕掛けてみようかと思いはしたが、動きの早いプテラが相手では躱される可能性の方が高いため、その動きでコマチにやけどを負わさせるわけにはいかない。
「取り敢えず、近くまで行くしかないか」
徐々にプテラとの距離は縮まってくるが、いかんせん奴のスピードが早いため、どんどんコボクから離れていってしまう。
「コマチ!」
とうとう追いついて並走したところでコマチに声をかける。トラウマにならないといいが。
「あ、お兄ちゃん!」
ごめん、前言撤回。
こいつすげぇ楽しそうだわ。
「この子、結構面白い子だよ!」
「ラー」
どうやらすでに意気投合してしまったらしい。
コマチのメンタルもすげぇな。
「でね。この子、コマチをどこかに連れて行きたいみたいなの」
「だから俺にもついて来いってか」
「そうそう。ねえ、プテくんあの山越えるの?」
「ラーッ」
バトルシャトーも通り過ぎ、その先にある高い山が見えてくる。このまま行けばぶつかってしまうが、この先に目的地があるようなのでもうプテラに任せるしかない。
「ならさっさと案内してくれ」
「ラー」
俺がそう言うとプテラはさらに加速し、山の方へと飛んでいく。
追いかけるように俺たちも後を追った。
敵じゃないことを祈りたい。
✳︎ ✳︎ ✳︎
山を突っ切るのかと思えば段々と左へ寄って行き、渓谷の方を超えてとある町に出た。
たまには空の旅というのもいいものだな。
「ここは………」
ホロキャスターで調べてみるとここはコウジンタウンというらしい。
なんというか崖の上に作られた町って感じだな。
「アーッ」
プテラが白い建物の前で地上に降り始めた。
どうやらここへ連れて来たかったらしい。
俺もリザードンから降り、ボールへと戻す。
「プテくんが連れて来たかったのって、ここなの?」
「ラーッ」
コマチが聞くとコクコクと首を縦に振りだす。
それが可愛かったのかコマチはプテラの頭を撫で始めた。
「おお、プテラ!」
取り敢えずザイモクザにコウジンタウンにいることを伝えていると、中から人が出てきた。
白衣を纏っているところを見ると研究職の人かなんかなのだろうか。
「アーッ」
どうもプテラの様子を見ているとこの人のポケモンか何かなのだろう。
で、ふと見渡してみると『カセキ研究所』という看板が目に付いた。
あー、そういうことか。
「それで、君たちは………?」
「プテラに拉致られてきました」
不機嫌そうに白衣の男に言ってやると「そ、それはすまなかった」と謝罪された。
「それで、こいつはどうしたまた妹を連れて来たんですか」
「……たぶん、原因は今朝方のことだろうな。取り敢えず中に入ってくれ」
「はあ………」
なんかよくわからんが、俺普通に会話してるし。
中に入るとフロントから奥の部屋に至るまで物が荒らされた形跡があった。
それをせっせと他の職員の人たちがかたしているという現状。
「これは……?」
「今朝方、賊に入られてね。化石を復元させて経過観察を行っていたチゴラスを一体、奪われたみたいで、警察にはすでに動いてもらっている。分かっていることと言えば、賊はオレンジ色の服装をしていたということくらいだ」
オレンジ色の賊か………。
うーん、まだ断定まではできないな。
「それがコマチたちを連れて来た理由ですか?」
「かもしれないという話だよ。状況を理解したこのプテラがいきなり飛び出して行って、探そうとも思ったがこっちに手一杯でそれどころではなくてね。帰ってきてくれてなによりだよ。君達には迷惑をかけたみたいだけど」
それで俺たち、というかコマチを連れて来たのか。
でもなんでコマチなんだ?
「この子は人間の女の子が好きなようでね。ちょうど君はこの子の的を射ているみたいだね」
………なんかみんなして変なポケモンを呼び寄せる力を持ってるみたいだな。
懐かれ方はそれぞれみたいだけど。
「所長! 大変です! 例の『宝石』がなくなってます!」
「なに!?」
隣の部屋から一人の研究員の男性が顔を見せた。その顔は険しく、事態の重さを物語っている。
というかこの人ここの所長だったのか。
それにしても、例の宝石………か。
それが一体何を指しているのかは分からないが、様子を見る限り大事な物、あるいは高級な物なのだろう。
「例の宝石ってプテくん何か分かる?」
「アーアッ?」
コマチにしがみつくようにプテラは肩に足を置く。
そして、バカっぽい顔を見せてくる。
どうやらプテラも分からないらしい。
まあ、逆に知っていたら驚きもんではあるけど。
「せっかく化石から復元させたポケモンたちの調査結果と一緒にプラターヌ博士に渡そうとしていた物が………」
プラターヌ?
そうか、ここも一応研究所なんだしあの博士とも当然つながりがあるよな。
ということはプラターヌ博士絡みで宝石………………まさかな………。
一応念のため確認をしておくか。
「あの、…………宝石ってこんなやつだったりします?」
そう言って俺はポケットから虹色に輝くキーストーンを取り出して所長さんに見せた。
「これは………なんとも綺麗な宝石であるな。だが、違うよ。こんな色ではなく透明感あって中が紫色っぽい柄がある丸い石さ」
透明感があって中に柄…………そういえばそんな石も見たことあるような……………。
「リザードン」
ついさっきボールに戻したリザードンを再度出してみる。そして、スカーフで隠しているメガストーンをしっかりと観察した。
「ッッ!?」
「どしたの、お兄ちゃん。顔怖いよ」
色は違うが、リザードンに持たせている石も透明感のある青色で、それよりもさらに濃い青色の柄があった。
「……盗られた宝石ってのはメガストーンかもしれない」
「「ええっ?!」」
白衣を纏う二人の男は盛大に驚きを見せる。
手に持っていた紙束を床にばら撒くくらいには相当な衝撃らしい。
「メガストーンってメガシンカに必要な?」
「ああ、これを見てどうですか。似てますか?」
コマチの質問に答えて白衣の男二人にメガストーンを見せる。すると二人が頭を抱え始めた。
「ああ、なんということだ。まさかあれがメガシンカに必要な物だったなんてっ」
「プラターヌ博士になんと謝罪を申し上げればいいのだっ」
え?
なんか賊に入られたという事実よりも驚いてない?
「あの、可能性の話なんで……違うかもしれませんから………」
だめだ、聞いちゃいねぇ。
「……………」
「……な、なんすか」
と思いきや涙目で俺をじっと見つめてくる。
おっさんに見つめられても嬉しくないんだけど。
どうせ見つめられるなら、コマチやトツカがいいなー。
「トレーナーさん!」
がしっと俺の手を掴んでくる。
ちょっとー、汗がすごいんですけどー。
すっげぇ湿ってる。
女の子と手を繋ごうとして緊張している思春期の男子並みには湿ってる。
「あなたは強いトレーナーと見ました! そこで折り入ってお願いが「無理です」ありますって最後まで言わせてくださいよ!」
だって、どうせその目は宝石を取り返してくださいとかいう目だろ。
絶対無理だって。
手がかりもなければ、足取りすらわかってないんだ。
面倒臭すぎる。
「無理なものは無理です。賊がどういう輩かも何の目的で盗ったのかも分からない現状で動きようもないので無理です」
「そう…………ですか」
しゅんとする研究員を見てコマチが俺の脇腹を突いてきた。
「はあ………分かりました。取り敢えず、プラターヌ博士には口聞きしときますから」
そう言うとパァッと明るくなった。
なんかムカつくな。
まあ、ムカついててもしょうがないので早速ホロキャスターで研究所にコールをかける。
『もしもし、こちらプラターヌ研究所です』
「あー、なんだヒラツカ先生ですか」
博士が取るとは思ってないが、まさか先生が取るとは。
『その声はヒキガヤか? 開口一番でとんだ挨拶だな。それで、用件はなんだ?』
「あー、いや博士います? ちょっと伝えておきたいことがあるんで」
『分かった、ちょっと待ってろ』
そう言ってしばらく無音が続く。
横を見ると男二人の呆然とした姿が眼に映る。
『やあやあ、ハチマン君。元気にしてるかい』
するといきなり無駄に元気な声が聞こえてくる。
結構しつこい声だよな、この人。
「あんたの声を聞いたら元気が無くなってきたわ」
『ハハハッ、君は面白いことを言うね』
「研究のし甲斐があるとか言い出すんだろ」
『まあね。それで、僕に伝えたいことって何かな』
「あー、今コウジンタウンにいるんだけどよ」
『コウジンタウンか。あそこはいいよ。海も近いし山も近い。自然がたくさんで野生のポケモンが周りにたくさんいていいところだよ。あとカセキ研究所があるのもそこだね。そこにはもう行ったかい? 古代のポケモンのことに関して研究しているところだから、いい勉強になると思うよ。特にコマチちゃんたちには行かせてみるべきだと思うよ』
長い、長いから。
あそこはいいよ、の部分でホロキャスターを持ちながら伸びとか始めたからね。
暑苦しいんだよ。
「説明長ぇよ。んな無駄話はいいからさっさと言わせろよ」
『ごめんごめん。つい熱くなってしまったよ』
「で、そのあんたの言うカセキ研究所に今いるわけなんだけどよ。どうも今朝方に泥棒が入ったらしい。チゴラス一体とメガストーンらしき宝石を盗まれたようでな」
『それは本当かいっ!? 職員のみなさんは無事だったのかい!?』
おお、さすがに泥棒とくればふざけた雰囲気もなくなるんだな。
「怪我は………」
所長に目配せすると首を横に振ってくる。
「誰もしていないみたいだ。ただ俺が気になるのは宝石の方だ。職員の人曰く、透明感のある紫色っぽい柄の入った丸い石だったんだとか。試しにリザードンのを見せたら似てるらしい」
『………君の説明からすると確かにメガストーンかもしれないね。実際に見ないことにはわからないが、色からして恐らくプテラナイトだろう』
「プテラナイトねー」
『どうかしたかい?』
「いや、俺とコマチをカセキ研究所に連れてきたのがプテラなんだよ。別に関係はないだろうけど、女の子が大好きとかいうプテラだし」
そう言って、カメラにコマチにしがみついているプテラを映るように見せる。
『はははっ、また面白い子に気に入られたようだね』
「コマチが、だけどな」
『……関係なくはないかもしれないよ。君たちを選んだのは偶然だろうけど、プテラが動く理由としては申し分ないからね』
「あ、そう……」
『メガストーンで思い出したけど、シズカ君とバトルシャトーでバトルしたんだってね。ホウエン地方に出張へ行った時に気まぐれでコンテストに参加しようとしてラルトスを捕まえたらしいよ。ただ忙しくてコンテストには参加してないみたいだけどね』
「あんたの所為であの人滅茶苦茶生き生きしてたんだけど。今日こそお前に勝つ、って言われたぞ」
やっぱり、あの人自分も可愛い系を目指そうと頑張ったんだな。すぐに玉砕したみたいだけど。
『はっはっはっ、シズカ君らしい。彼女にはエルレイドのメガシンカに関して調べてもらっているところなんだよ。ああ、そうそう。君と、コマチちゃんにも謝っておかなければならないことがあるんだ。ゼニガメの進化系のカメックスのメガストーン、カメックスナイトをジョウト・カントーのポケモン協会からの申請である人に貸すことになってしまってね。一応コマチちゃんのゼニガメがカメックスに進化するまでっていう条件は出したんだけど、すぐには渡せそうに無くなってしまったよ』
まさか君達がハクダンシティに向かった次の日に申請が来るとは思わなかったけどねー、と軽い表情を浮かべてくる。
「……返ってくるのかは心配だが、コマチにはまだ早いからな。ああ、それと一応カメールには進化したからな」
『それはそれは。コマチちゃんも順調にトレーナーとしての腕を磨き上げてるみたいで何よりだよ』
「まあ、用件はそれだけだから。プテラのメガシンカに関して調べられなくなるけど、職員の人の所為にはするなよ」
『まさか、僕がそんなことするわけないじゃないか。みんなが無事であることが僕には何よりも吉報だからね』
「なら、いいけど。んじゃ、切るぞ」
『また何か報告してくれるかい?』
「はいよ」
プツンと切るとすっごい眼で二人がこっちを見ていた。
「……な、なんでしょう?」
「博士にタメ口って…………」
「なんて恐れ多いことを………」
んなこと言ったってな。
最初からこうだったし、今更な………。
「腐れ縁みたいなもんなんで」
うおぉぉぉおおおおおおおっ、となぜか男泣が始まった。
なあ、プラターヌさんよ。
あんたも結構変なのに好かれるタイプみたいだぞ。というか崇められてそうだぞ。