ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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24話

 翌日、早朝。

 夢を振り返りつつ、ポケセンのロビーで待っていると、青みのかかった黒髪ポニーテールが帰ってきた。

 

「…………何やってんの?」

「ちょっと昔の俺を思い出してただけだ………」

 

 ほんと何言ってんのって感じだ。

 あの時の俺はどうかしてんだ。きっとそうだ。だからあんな恥ずかしいセリフを惜しげもなく言えたんだ。

 ソファーで悶えていた俺を見て、カワなんとかさんは変なものを見るかのように目を細めてくる。

 

「………で、話って何?」

「もうちょっと待ってくれ。今くるはずだ」

 

 ふうっ、とデコの汗を拭うと一層変なものを相手にしてるなって感じのオーラを放ち、訝しむように俺を見てくる。めっさ怖いからやめてほしい。

 

「お兄ちゃん、連れてきたよ」

 

 刺々しい視線に耐えていると奥からコマチとタイシ、ユキノシタとユイガハマがやってきた。トツカたちはちょっと他の準備をしてくれている。

 

「またあんたたち………て、タイシ!?」

「よ、よお、姉ちゃん」

 

 はははーとちょっと怖いのか苦笑いを浮かべている。

 まあ今は気まずいよな。

 

「……あんた、何勝手に人に話してんの」

「い、いや、だってあんな毎晩ガルーラたちを置いてどこか行くなんて気になるじゃん。しかも俺、いかにもな怖い人に声をかけられて姉ちゃんのことを言われたら心配にもなるって…………」

 

 この話は初めてだったのか、心底驚いたような顔をする。

 

「……何かされたの!?」

「い、いや、ただ姉ちゃんによろしくって。どうも俺たちがここにしばらくいるのを知ってたみたいで、俺のとこに挨拶に来た、みたいな?」

「そう………………」

 

 その顔が強かったのかタイシが一歩下がると、さらに一歩滲み寄る。タイシじゃないけど超怖ぇ。

 

「とりあえず座らないかしら」

 

 傍で黙って聞いていたユキノシタが口にしたことで、皆がいそいそとソファーへと座っていく。俺の両側にはコマチとタイシが座り、向かい側にはユイガハマを真ん中にカワサキとユキノシタが座った。

 

「なあ、タイシ。お前の姉ちゃんがどうしてこんな時間まで働いているか分かるか?」

「お金、ですか?」

「ああ、金だ。けど、何の金か分かるか?」

「………遊ぶ、ため?」

 

 そうタイシが言うとカワサキはそっぽを向いた。

 そしてもう一度首を動かし俺を睨んでくる。

 

「まあ、遊ぶためでもあるな。だが、根本的には違う。タイシ、家にいた頃はこんなことはなかったんだろう」

「はい、昼間にバイトに出てたりしてたくらいで」

「で、変わったのはお前の旅についてきてから」

「そうっす」

「あ、弟くんの旅のお金が必要だったから、それで……」

 

 ぽん、と何かを閃いたかのようにユイガハマが言う。

 だが、そうじゃない。

 

「いや、タイシの旅費についてはカワサキ家の中ではすでに解決している」

「……そういうことね。旅費が必要なのはタイシくんだけじゃないものね」

「ああ、しかも下にもまだいるみたいだからな。金は必要になってくる。だけど、それだけじゃない。バトルシャトー。そこでは紳士淑女たちによるポケモンバトルが行われる。そして、それに参加できるのは何も来た者たちだけではない。求められたら、執事だろうがメイドだろうが対戦相手になることができる」

 

 なぜバトルシャトーなのか。ずっと気にはなってたが、タイシの言うカワサキの過去を見ればそれも見えてくる。こいつは昔はよくバトル大会などにも参加するようなポケモントレーナーだった。だけど、家の手伝いやらでその機会も徐々に減っていった。そこにタイシの旅が重なり、同時にお金も必要になってきた。そして、運良く金ももらえてバトルもできるバトルシャトーを見つけた。

 それが、こいつのバイトの経緯だろう。

 

「要するにトレーナーとしての技量も鍛えられるということね。だから、自分たちの旅費を稼ぐついでに大会に出られない現状でバトルできる場所を欲した。そして大会に出る準備をしているわけね」

「そういうことだ」

「姉ちゃん……………」

「はあ………、だからあんたは知らなくていいって言ったのに」

 

 大きなため息をつくとカワサキはタイシを見据える。

 

「あたし、大会には出るつもりだから。まだ何に出るかは決めてないけど。それをあんたたちに迷惑かけたくないだけ」

 

 スパンと言い切るカワサキの目は本気である。

 結局、こいつもトレーナーだったってだけだ。いつしか弟たちの目には家の手伝いをしている姿しか映らなくなっていたんだろうが、影でこっそりとポケモンを鍛え上げていたのだろう。それを旅に出ることになり、見つからないようにするのが難しくなった。なんてことはない。ただ恥ずかしいのだ。バトルからかけ離れた姿で認識されている現状で、バトルの特訓をしている姿を見られたくなかったのだ。だから旅費を口実にバトルシャトー通った。

 

「……なあ、カワサキ。お前、俺とバトルしないか」

「は? 何言ってんの?」

「……お前がどれほどの強さなのか見てみたくなった。それが理由じゃ不満か?」

「そうじゃなくて。あんたがあたしの相手になれるとは到底思えないんだけど」

「そりゃ、やってみないとわからないんじゃねーの。それとも怖いのか?」

 

 じっと俺を睨んでくる。その目は相手として不足していると言った目である。

 

「はっ、言うじゃん。いいよ、相手してあげる。だけど、あたしが勝ったらこれ以上関わんないで」

 

 だから挑発してみたら、案の定乗ってきた。

 俺のやっすい挑発にも乗るんだな。

 

「ああ、約束だ。もちろん、俺に勝てたらだけど」

 

 こうして、カワサキサキとバトルすることになった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ほんとにやるんすか? 姉ちゃん、すごく強いっすよ」

 

 トツカとザイモクザにフィールドの貸し出しを先に済ませてもらっていたため、すぐにバトルフィールドへと移動した。

 するとタイシが心配そうな目で俺を見てくる。

 

「強いなら結構。久しぶりにやる気出てきたわ」

 

 日が昇って地面が熱くなってきたのか、木陰に避難しているケロマツを見つけた。

 

「おい、暇人。今からバトルするけど、やるか?」

「ケロ?」

 

 短い足を組んで寝ているその姿はまさに偉そうである。これで枝なんか加えてたら、キモリみたいだよな。そういや、前に一度キモリを助けたこともあったっけ。

 

「相手は、たぶん強い、らしい」

「ケロ」

 

 俺がそう言うとむくっと体を起こし、準備運動を始めた。

 現金な奴め。

 

「んじゃ、お前から出てもらうからな」

「ケロッ」

 

 すっかりやる気を出したケロマツ。

 昨日はバトルしなかった分、今日は思いっきり暴れてもらおう。

 

「それで、ルールはどうするわけ」

 

 フィールドの方へ行くとカワサキがすでにスタンバッてた。

 ちょっと、火をつけすぎちゃったかもしれない。

 モンスターボールを手でポーンポーン弾いていて、まるでお手玉みたいである。

 

「ルールは………、手持ち全部、技の制限はなしのシングルスでどうだ」

「ふーん、ま、あんたがそれでいいってんならあたしはいいけど」

 

 なぜ俺はバトルしようなどと言ってしまったのだろう。

 今更にしてふと思う。

 たぶん、あの夢が原因なのだろう。今は考えたくない。あの夢のことは考えたくない。そんなことを思っている自分が心のどこかに確かにいるわけで。

 それを紛らわすためにもバトルをしたいのだろう、そう結論付けておく。

 

「なら、審判は俺がやるっす。二人とも準備はいいっすか?」

「ああ」

「いいよ」

「なら、バトル始め!」

 

 タイシが合図を出すと、準備運動を終わらせたケロマツがピョンピョン跳ねて、バトルフィールドにやってくる。

 

「へえ、ケロマツね。こっちはあんたからだよ、オニドリル!」

 

 まず出してきたのはオニドリルか。

 怒らせると怖いんだよなー。

 ほら、あんな感じで睨んでくるし。

 トレーナーと同じ目してるのは気のせいかな………。

 

「ドリルくちばし!」

「キエーッ!」

 

 翼を翻し、回転しだすオニドリル。そしてそのままケロマツに突っ込んできた。

 

「岩を纏え、がんせきふうじ」

 

 そう言うとケロマツは岩をいくつか四方に作り出すと自分の周りで回転させ、壁を作った。

 その岩の一つにオニドリルの嘴が刺さる。そして回転しているためその岩は砕けたが、オニドリルに一瞬の隙を作り出す。

 

「飛ばせ」

 

 砕かれた岩の破片に身をよじらせ一瞬だけ怯んだオニドリルに容赦なく全ての岩を飛ばしていく。オニドリルは「キエーッ」と呻き声を上げながら後方へと下がる。

 

「はがねのつばさ!」

 

 翼を固めると飛んでくる岩を次々と打ち返し始めた。

 方向性はバラバラでケロマツの方へは運良く届かない。

 ほんとあいつ運よすぎだろ。

 

「あなをほる」

 

 なんか地上は危険そうなので、一旦地中へと避難する。

 

「かげぶんしん」

 

 いつものように地中でたくさんの姿を作り出しておく。

 

「オニドリル、こうそくいどう」

 

 居場所を特定されないように高速で動き出したか。

 だったら、足止めを作るか。

 

「くさむすび」

 

 地面から無数の草が伸び始めてくる。ぐんぐんと伸び高さを増す。そしてそれらは不規則に絡み合い、網のようになっていく。

 

「キッ」

 

 目の前まで伸びてきた草を躱すとすでに目の前にあり、嫌って右に避けるとまた目の前にあり、というように何度も方向を変えその度に草にオニドリルは進路を阻まれていく。

 ついには四方八方を草で埋め尽くされ、高速で動いていた身体は動きを留めた。

 草はすでに鳥籠のようになっており、中が網の隙間からしか見えてこない。

 

「ねっぷう!」

 

 だが、カワサキは怯むことなく熱風で草を燃やし始める。

 燃やすのはいいけど、あれ自分も燃えないのだろうか。

 さて、草の鳥籠が無くなる前に攻撃するとしますかね。

 

「ケロマツ、れいとうビーム」

 

 オニドリルの真下から顔をのぞかせたたくさんのケロマツはれいとうビームを放った。四方八方埋め尽くされ、草の鳥籠を焼くのに必死なオニドリルには躱すという選択肢はない。

 諸にれいとうビームを受け、草が燃え尽きるのと同時にふらふらと地面に落ちていった。

 

「オニドリル!」

 

 カワサキの呼びかけに応えようと必死で身体を動かそうとする。

 

「まだ力は残ってるか。なら、くさむすび」

 

 地面から出てきたケロマツは再度地面から草を生やし、オニドリルの身体に巻きついていく。

 

「くっ、はかいこーーー」

 

 カワサキが言い終わる前にケロマツがオニドリルの嘴を草で結んだ。

 容赦ないなー、こいつ。

 誰に似たんだろうな。

 

「とどめだ、れいとうパンチ」

 

 凍らせるのもなんなので、とりあえず抜群の技で一発殴っておく。

 さっきまでの身をよじらせて飛び立とうとする動きは止まった。

 

「………お、オニドリル、戦闘…………不能…………」

 

 タイシが現実を理解できていないような声で、それでも目の前の事実を口にする。

 

「………くっ、戻れオニドリル」

 

 ボールにオニドリルを戻すカワサキの顔はとても悔しそうであった。

 

「………お、お兄さん、めっちゃ強いんすね」

 

 タイシが間の抜けた声をあげてきた。

 

「いや、俺が強いんじゃなくてこいつが容赦ないだけだから」

 

 俺に指をさされたケロマツはえっへんと胸を張る。

 や、別に褒めてないからな。

 

「ねえ、日に日にあの二人似てきてない?」

「ヒキガヤ君ですもの。仕方ないわ」

「お兄ちゃん………」

「いやー、さすがハチマンだなー」

「ハチマン怖い、ハチマン怖い」

 

 ちょっとー、最後のやつ。そんなに怯えないでくれます? お前が一番俺のバトルを見てきてるだろうが。この程度でビビるなよ。

 

「ねえ、あんた一体何者なの」

 

 カワサキがオニドリルのボールを握りしめて俺を睨んできた。

 

「ただのーーー」

 

 ただのクチバの兄貴、と言おうとしたら俺の声は女性陣にかき消された。

 

「番犬だっけ?」

「可愛くない愛犬じゃありませんでしたっけ?」

「どちらでもないわ。忠犬よ。全く見えないけど。ふふっ、ハチ公」

 

 俺はいつからみんなのペットになってしまったのだろうか。

 

「……………あんたも大変だね」

「分かってくれるか………」

 

 すっごい可哀想なものを見る目で俺を見るなよ、カワサキ。

 分かってくれるのは嬉しいけどよ。

 

「それで、次は誰で来るんだ」

「ケロマツは水タイプだし、ハハコモリ、出番だよ」

 

 二足歩行の葉っぱか。

 ハハコモリは確かむし・くさタイプだっけ。焼くのが手っ取り早いがケロマツは炎技ないし。………ひこうタイプでいいか。

 

「ケロマツ、つばめがえし」

 

 シャキンと刀を出し、ハハコモリに切り込んでいく。

 うーん、こうして見ると体格差が結構あるな。

 

「ハハコモリ、リーフブレード」

 

 パッと飛びかかるケロマツを草の剣で受け止めた。

 右腕で止められるくらい、ケロマツは軽いのか。

 

「刻め」

 

 空いている左腕で切りつけてきた。

 うん、素早いな。

 だが、まあ今のケロマツには効果はそれほどないし。

 

「れいとうビーム」

 

 吹き飛ばされながら正確に照準を合わせ、れいとうビームを打ち込む。

 こういうところはこいつのすごいところだよな。

 

「リーフストーム」

 

 対して、ハハコモリは口から風を起こし、無数の葉でケロマツを攻撃してきた。

 れいとうビームが葉を凍らせ、風に流され帰って来る。

 

「まもる」

 

 とりあえず、一旦守って仕切り直しだな。

 

「………やっぱり、そのケロマツなんかおかしい。くさタイプの技を受けても全く怯まないなんて………」

 

 ふむ、どうやらちゃんとバトル中でもポケモンの動きを逐一観察しているようだな。まあ、タイシが強いって頑なに言ってきてたし、そういう細かいところからもバトルの展開を組んでいけるのだろう。

 

「ケロマツについてどこまで知っているかは知らんけど、お前らの知識が全てではないってことだな」

「はっ? それくらい当たり前でしょ」

「なら、ヒントだけ。最終進化系のゲッコウガはしのびポケモン。要は忍者。変わり身の術とか背景に溶け込んだりする漫画とかによくいるキャラだよな」

「あっそ、つまり変幻自在に技を使いこなすってわけね」

 

 頭のキレもいいようだ。

 いいね、こいつ。

 

「さて、次行きますか。ケロマツ、えんまく」

 

 黒煙を吐き、ハハコモリ共々煙の中に埋もれる。

 

「ほごしょく」

 

 あ、タイプ変えてきた。

 ほごしょくだろ。

 ここ、一応地面が土だしじめんタイプかノーマルタイプかのどちらかだな。

 タイプを変えてどう出てくるか、少し見てみるか。

 

「かげぶんしん」

 

 黒煙の中で再度かげぶんしんを行い、回避率を上げる。煙が晴れればケロマツでいっぱいになってることだろう。なんて気持ち悪い。

 

「しぜんのちから!」

「うおっ!?」

 

 そう言った途端、地面が激しく揺れだした。思わず、バランスを崩してしまったぞ。

 周りを見ると他の奴らもバランスを崩してふらふらと今にも転けそうである。

 しぜんのちからによるじしんか。

 この技がじめんタイプに変わったということはほごしょくもーーー。

 

「ケロマツ、ハイド………ロ………ちょ、お前どういう躱し方してんだよ………」

 

 地震の振動により黒煙が晴れてしまい、ケロマツとハハコモリの姿が見えたのだが。

 なぜかケロマツは影と一緒にタワーを作っていた。

 じしんの振動を激しく揺れる前に感知して、躱すために影を足場にしてタワーを作ったんだろうけどさー。

 ほんとこいつ、バトル中でも一芸挟んでくるよな。

 思わず、吹き出しそうになったじゃねーか。

 

「ケロ?」

 

 そして、至って真面目にやっているのがこいつなんだよな。

 もう何なのこいつ。

 

「あーもう、ハイドロポンプ!」

「ケー、ロッ!」

 

 タワーの天辺にいる本体がハイドロポンプを放射すると、影も次々と……ってこら、妙にタイミングをずらして遊ぶな!

 

「こうそくいどう!」

 

 そんな俺の心中を露知らず、ハハコモリは高速で動いて躱していく。

 だが、それを追いかけるように影が少しずつずれ、『全方向』に放射できるように位置を変えていく。

 当たらなくても相手からしてみれば結構険しい表情をせざるを得ないよな。ちょっとどころか激しくおかしな攻撃布陣ではあるが、効率的といえば効率的である。だって、自分には攻撃が届いてこない上に、相手にプレッシャーを与えられるんだし、こんなのを思いつくケロマツのバトルセンスは並外れてるよな。

 

「ハハコモリ、もう一度しぜんのちから!」

 

 躱してばかりのカワサキが痺れを切らして攻撃を仕掛けてくる。

 技名を聞いたケロマツは、一番下にいる影がジャンプし、その上にいる影もジャンプし、次々と順にジャンプをしていく。

 そうか、だからタワーにしたのか。

 下からジャンプしていけば、じしんを躱すための滞空時間を大きく稼ぐことができる。もちろん下にいるケロマツは攻撃を受けてしまうが、そもそもは影。ただ消えるだけである。

 

「なっ……!?」

 

 これにはさすがのカワサキも驚いていた。

 

「……何なの、あんたのケロマツ。ケロマツってそんなに強かったっけ? どういう育て方してんの」

 

 すっげー訝しむように見てくる。

 目が超怖い。

 

「……いや、俺まだこいつをもらって一ヶ月も経ってない………」

「はっ? なに、だったら、元々がこんな強さを持ってるってわけ?」

「そういうことになるな。正直、俺が驚いてる」

 

 いやだって。

 一度見ただけの技でもすぐに使えて、なおかつ扱いの難しいへんげんじさいの持ち主で、さらに自由気ままな性格なんだぞ。それだけで充分なのにその上、バトルすらも自由な発想で組み立てるとか、もう初心者殺しでもないぞ。上級者殺しの域に達してるわ。

 これ、前のトレーナーが可哀想になってきたわ。この扱いづらさで進化すらも言うことを聞いてくれない。無理ですね………。

 

「でも、こいつは最初からこういう奴だったわ。だから、な。みずのはどう!」

「ならこっちはリーフブレード!」

 

 でも、だからこそこいつがどうしてタワーで『全方向』へハイドロポンプを打ったか理解できたわ。

 上空から重力に従って落ちてくる一塊の水。

 それを波導を用いて主導権を握り、照準を合わせる。

 ハハコモリは草の剣をジャンプしてケロマツに突き刺しにかかる。

 ケロマツは目の前まで引き付けると一気に水の一閃を突き落とした。

 

「ハハコモリ!?」

 

 全く警戒をしていなかった上空からの一閃に、ハハコモリは地面に打ち付けられる。

 しかも今のハハコモリには効果抜群だからな。

 

「………ハハコモリ……戦闘不能…………マジっすか………」

 

 なんかタイシを含めて周りの反応が唖然としているのは気のせいですかね。

 

「ケロマツめちゃめちゃ強いじゃないっすか」

「加えて、元々が似たような性格の二人だから、バトルも意外と息が合うのよ」

 

 タイシの言葉にユキノシタが補足してくる。

 まあ、こいつの方から俺のポケモンになったわけだし、気が合わないかと言われれば嘘になるけど。

 俺って、こんな性格だったか?

 

「捻くれた性格とかぐうたらなところとかお兄ちゃんそっくりですもんね」

「強い相手になると楽しそうなところとか昔のヒッキーにそっくりだよね……」

「や、別に楽しいってわけじゃ」

「でも、やる気は出るんでしょ?」

「うっ……、まあそうかもしれんが」

 

 ユイガハマめ。

 俺を戦闘狂みたいに言いやがって。

 相手が強けりゃ強いほどオラわくわくすっぞ、的なことは言わないからな。

 どこのサイヤ人だよって話だし。

 

「ふーん、まあ、大体分かってきたけど。次はあんただよ、ゴウカザル!」

 

 ボールにハハコモリを戻すと次のポケモンを出してきた。

 今度はゴウカザルが相手か。

 本物は初めて見たけど、手足長っ!

 

「マッハパンチ!」

 

 地面をザッと蹴り出すとゴウカザルは一瞬にしてケロマツの目の前にまで迫ってきていた。

 

「まもる」

 

 防壁を張って咄嗟に攻撃を受け止める。

 うーん、さすが猿だな。動きが早い。

 

「ハイドロポンプ」

 

 防壁からゴウカザルが離れたタイミングでハイドロポンプを打ち込む。

 

「かげぶんしん!」

 

 だが、ゴウカザルのかげぶんしんにより躱されてしまった。

 技を出すタイミングも早いときたか。

 

「ケロムースを撒き散らせ」

 

 たくさんの影に攻撃するのも本物を選別するのも俺にしろケロマツにしろ面倒なことでしかない。

 ならば、攻撃以外で選別すればいいだけのこと。

 ちょうど、ケロマツの首の周りにはケロムースというふわふわの泡があるからな。意外とあれ引っ付くと落ちないし。

 

「かえんほうしゃ」

 

 あー、それでもダメか。

 さすが言うだけのことはある。

 ちょっと意外なことでは動揺しないようだ。

 さっきのはそれほど強烈だったということなのだろう。

 

「あなをほる」

 

 地上を占拠されたので、こっちは地中を取ることにする。

 

「じしん」

 

 だが、それを待っていたかのように少し笑みを浮かべてそう言った。

 激しい揺れによりケロマツが地中から投げ出されてくる。

 

「かみなりパンチ」

 

 ケロマツの弱点をついて電気をまとった拳を次々と当ててくる。

 だが、当然今のこいつには効果はない。

 パンチの衝撃だけをもらい、影の消えたゴウカザルから距離をとった。

 

「…………やっぱり、そういうことか」

 

 こいつ……。

 先の二戦で勘付いていたのか。

 それでゴウカザルでかみなりパンチを当てるために地面技を誘った。そのために地上を影で埋め尽くしたのか。

 ………素材としては申し分ないな。

 

「あんたのケロマツ。使った技のタイプに変わるみたいだね。それでおかしいと感じるわけか。けど、カラクリが分かればこっちのもの。ゴウカザル、突っ込め!」

 

 今度は何を狙ってる?

 取り敢えず。転けさせとくか。近づかれると危険だし。

 

「くさむすび」

 

 ゴウカザルの脚に巻きつこうと地面から草が生えてくる。

 

「フレアドライプ!」

 

 だが、全身に炎を纏うことで草を焼き払った。そしてそのままケロマツの方へと迫ってくる。

 距離にしてすでに十メートルもない。

 

「纏え、がんせきふうじ」

 

 自分の周りに岩を作り出すと、その岩でゴウカザルの動きを受け止めた。

 だが、あっちの方が体格も体重も全てが上であり、力負けしてしまうのは当然のこと。衝撃でまたしてもケロマツは吹き飛ばされていく。

 

「ハイドロポンプ」

 

 宙で逆さになりながらも正確にゴウカザルへと打ち込んでいく。

 だが、当のゴウカザルはケロマツを見ていなかった。代わりにカワサキとアイコンタクトを取っていた。

 

「ッッ!?」

 

 気づけばゴウカザルはケロマツの背後に来ていた。

 拳は電気を帯びている。

 

「つばめがえし!」

 

 咄嗟に身をよじると同時につばめがえしを打ち込もうと腕を差し出す。

 だが、届かなかった。

 リーチが相手の方が長かったのだ。

 その分だけ早く攻撃できたというわけだ。

 

「ケロマツ………戦闘不能っすね。さずがにゴウカザルには勝てなかったっすね」

「まあ、今のは俺の判断ミスもあるが、あそこでみがわりを合図なしに使って俺たちの気を一瞬でも引いたあいつらがすげぇよ。それと……」

 

 ふにゃってるケロマツを抱き上げる。

 

「こいつの腕が短かったってのもあるな。あの手足の長さにはスピードは追いつけてもリーチの差までは埋めることができなかったんだ。けど、大したものだ。進化もしないでここまでやるようなのはあの男のライバルのポケモンであるピカチュウくらいじゃねーの」

 

 聞いた話によればピカさんは最強らしい。ライチュウに進化もしていないのに。

 ケロマツもそれに近いものがあるように思うんだよな。

 まあ、この敗北がこいつに何を与えるのかはわからんけど。

 

「さて、ようやくこいつの番だな。リザードン」

「シャァァァアアアアアアアアアアアンッッ!!」

 

 待ってましたと言わんばかりに雄叫びをあげてボールから出てきた。

 ケロマツのバトルに触発されたのだろう。

 

「飛びながら、りゅうのまい」

 

 出てきた勢いのまま空を翔け、自分の周りに三点張りで炎と水と電気を作り出す。

 

「かみなりパンチ」

 

 ゴウカザルは速攻で仕掛けてきた。

 拳に電気を纏い、振り下ろす。

 

「カウンター」

 

 りゅうのまいをしている間に攻撃しようとしたのだろうが、それはこっちだって読んでいる。

 炎と水と電気を頭上で絡め合わせてながら、タイミングをしっかりと見計らってカウンターを返した。

 勢いを全く同じで返されたゴウカザルは後ろの木々を何本か折ってようやく止まった。

 あー、また環境を破壊してしまった。

 木とか折ったら次育つまで何十年ってかかるのに。

 

「シャァアアアッッ!」

 

 頭上で完成した竜の気を身体全体に降ろし、纏う。

 

「ストーンエッジ!」

 

 起き上がったゴウカザルは地面を叩きつけ、地面から幾つもの岩を作り出してくる。その勢いは今まで見てきたストーンエッジの中では割と早い方ではないだろうか。

 

「躱して、じしん!」

 

 翼を使ってバク宙を行い、そのまま地面に拳を打ち付けた。

 地面は激しく揺れ出し、ゴウカザルの足元をピンポイントで段差をつけ、バランスを大きく崩させた。

 

「つばめがえし!」

 

 尻餅をついたゴウカザルに次なる攻撃を浴びせていく。

 今回は翼ではなく刀を作り出し、それを両手にゴウカザルへ突っ込んでいく。

 

「いわなだれ!」

 

 リザードンの頭上に無数の岩を作り出し、雪崩れ込むように落としてきた。

 両手の刀で切り裂いていくが、その間にゴウカザルが次の行動へと移っている。

 

「かげぶんしん」

 

 行く手を阻む岩々を処理し終えると今度は影の処理が待っていた。

 リザードンも俺も「面倒くさい」という感想を抱きながらも仕方ないので処理していくことにする。

 

「ブラストバーン!」

 

 再度地面を拳でたたきつけ、今度は火柱を作り出す。

 広範囲の大きさで作り出した火柱はリザードンもゴウカザルも影共々巻き込んで天へと燃え盛っていく。

 

「ストーンエッジ!」

 

 囲われた火柱の中で地面から尖った岩を突き出してくる。

 どうせ狙ってくるのは真下に出てくる岩のみ。

 だったら、そこに集中して対処すればいい。

 

「はがねのつばさで地面を叩きつけろ!」

 

 翼を固い鋼にして、地面を叩きつける。

 岩の出てくる前に衝撃を与えて、相殺させるためだ。

 

「かみなりパンチ」

 

 だが、実際の彼女の狙いはこっちのようで、地面に翼を叩きつけた時にはすでにゴウカザルが振りかぶっていた。

 いいね、かくとうタイプらしくて。

 ヒラツカ先生も大喜びだと思うぞ。

 

「ドラゴンクローで受け止めろ!」

 

 腕をクロスさせ、伸びた竜爪で拳を受け止める。

 

「翻って斬り裂け!」

 

 衝撃を受け流すように身体を回し、ゴウカザルの背後を取る。そして、背中から大きく二度切り裂き地面に叩きつけた。

 火柱は衝撃波の影響ですっかり消えてしまい、二対の姿がはっきりと見えてくる。

 

「ゴウカザル!?」

 

 地面に倒れるゴウカザルをリザードンがじーっと見つめていた。しゃがんでまで。

 あれかな、生きてるか確認してるのかな。

 

「ゴウカザル、戦闘不能。………ケロマツがまだ可愛く見えてくるっす」

 

 ジャッジをするたびにタイシがポツリと呟くが、彼も少しは喋りたいのだろう。

 寂しい男だな。

 

「お疲れ、ゴウカザル」

 

 ゴウカザルを労い、カワサキはボールへと戻していく。

 

「なるほど、あんたが育てるとそういう風になるんだ。割と激しいバトルが好みのようだね」

「…………昔の話だ」

 

 昔はなー、すごかったからなー。

 

「んじゃ、次はガルーラ。あんたの番だよ」

 

 四体目はガルーラか。

 まさかフルで連れてたりしないよな?

 

「みずのはどう」

 

 早速、水を波導で固めて弾丸して飛ばしてきた。

 だが、軌道がおかしくないか?

 逸れてるぞ。

 

「引いて」

 

 なんていうのも束の間、リザードンを通り過ぎていったみずのはどうは後ろから迫ってきた。

 

「はがねつばさで撃ち返せ」

 

 再び翼を鋼にして身を翻す。

 

「今だよ、爆発」

 

 だが、撃ち返す前に弾丸は割れた。水が四方に飛び散り、リザードンの身体を濡らす。

 顔が濡れて力が出ない、なんてことはないよな。

 

「10まんボルト」

 

 濡れた体にすかさず電撃を放ってくる。

 濡らしたのはこのためだろう。

 より電気を通すためのみずのはどうか。

 どうでもいいけど、あれって清水じゃないんだな。

 

「かえんほうしゃ」

 

 炎と雷撃が交錯し、爆風を生む。

 

「ドラゴンクロー」

 

 リザードンは爪を立て、爆風の中ガルーラに飛びかかっていく。

 

「ブレイククロー」

 

 爪には爪を、という感じにガルーラも爪を立て、腕をクロスさせてリザードンを受け止めた。

 

「はかいこうせん!」

 

 近距離で撃ってくるか。

 ならこっちも。

 

「ブラストバーン!」

 

 両者の口から撃ち出される究極クラスの技。

 マグマのように燃え盛る炎とオレンジ色の光線。

 交錯の衝撃で二体の身体は距離をとるが、撃ち合いは終わらない。

 だが、ガルーラの方が徐々に足元が滑り、下がっていっている。

 

「押し返せ」

 

 俺の一言に両者が反応し、片やさらに威力を上げ、片や踏ん張る状況になった。

 

「負けるんじゃないよ、ガルーラ」

「じしん」

 

 カワサキが踏みとどまろうとするのでさらに追い討ちをかけてみる。

 リザードンが右足で勢いよく地面を蹴り、ぐらぐらと揺らす。

 その衝撃でバランスを崩したガルーラは踏ん張る力を逃してしまい、ブラストバーンの炎を顔に受けてしまった。

 

「ガルーラ!?」

 

 後方へと飛ばされたガルーラはピクリとも反応しない。

 タイシが駆け寄って見に行くと首を横に振ってきた。

 

「ガルーラ、戦闘不能。まさか……あのガルーラが負けるなんて」

 

 どうやら、ガルーラはカワサキ姉弟にとっては強い存在だったのだろう。

 

「よくやったよ、ガルーラ。あんたの仇はこの子がとってくれるよ。いきな、ニドクイン」

 

 五体目として出てきたのはニドクイン。

 どこぞのロケット団の首領もニドクインを連れていたな、なんて記憶が頭をよぎった。

 あいつはじめんタイプの使い手という面も持っているため、地を使ったバトルが得意であったが、その中でもニドクインはじめんタイプの技を使ってきた記憶がない。カウンターやどくばりなど嫌な戦い方ばかりされ、相方のニドキングのような強引な攻撃はあまりしてこなかった。

 さて、カワサキのニドクインはどんなバトルをしてくるのやら。

 

「ポイズンテール!」

 

 ボールから飛び出てくるとそのまま紫色の尻尾を振りかざしてくる。

 掴んで投げ飛ばしたいところではあるが、毒がまとわりついているんじゃ下手に触るのは危険だろう。

 

「かえんほうしゃ」

 

 炎を吐いてニドクインを押し返そうとするが、尻尾で炎を真っ二つにしてきやがった。

 そのまま尻尾を打ち付けられたが、幸い毒にかかることはなかったようだ。

 

「意外とパワーを兼ね備えてるみたいだな」

 

 ゆっくりと立ち上がるリザードンを視界に入れながらカワサキを見据える。

 

「あたしの最初のポケモンだからね。付き合いも長いし、それだけちゃんと育ってるよ」

 

 当の本人はこう言ってくる。

 

「あんたの本気見せてやんな。つのドリル!」

 

 うぇ!?

 まさかの一撃必殺かよ。

 頭の角がすんごい早く回転しだしたんだけど。

 あれ、当たったら死ぬぞ。

 

「チッ、えんまく!」

 

 ニドクインの視界を黒煙で遮る。

 足音からして構わず突っ込んできているのは明白だ。

 

「ハイヨーヨー」

 

 勢いよく急上昇を行い、ニドクインから距離をとる。

 

「上だよ!」

 

 カワサキの声にニドクインは煙の中から飛び出し勢いよく地面を蹴り上げジャンプする。あの重そうな体でも跳べるもんなんだな。

 

「相手は右回転だ。左回転でトルネード」

 

 一方で、リザードンは急下降でスピードを上げ、竜の爪を前に出し、左回りの回転を始める。

 爪と角がぶつかり合い、回転を相殺していく。

 

「ばかぢから!」

 

 あらん限りの力を頭に持って行き、そのまま突進をしてくる。

 

「躱して、グリーンスリーブス・ドラゴン」

 

 身を翻して、ニドクインの足元を取り、竜の爪で大きく突き上げる。それを何度も何度も繰り返し、空へと切りつけながら突き上げていく。

 

「スイシーダ」

 

 充分空まで達したら、今度は上からチョップで勢いをつけて地面に叩き落とした。

 ズドンッ! というものすごい地響きが鳴り渡る。

 あれだけの連撃を受けたんだし、もう立てはしないだろう。

 

「ニドクイン!?」

 

 カワサキは二度クインに呼びかけるも反応はない。

 

「ニドクイン、………戦闘不能っす」

 

 いやー、つい一撃必殺に対して火がついちまったよ。あんなの受けたら負け確定だし。あんなの持ってるんだったら早いとこ倒さねぇとこっちがやられちまうわ。

 

「姉ちゃん、もうポケモンは」

「いないよ。あたしの負けだ」

 

 悔しそうに俺を睨んでくる。

 

「お兄さん、マジで何者なんすか。あの姉ちゃんに勝っちゃうなんて」

 

 タイシが恐ろしいものを見るような目で俺を見てくる。

 まあ、あれはさすがにやりすぎたかなーと思わなくもないんですよ。

 だからってそこまで怯えられるのも久しぶりすぎて泣けるわ。

 

「んー、まあ、その話は後でな。その前にユキノシタ、ザイモクザ。カワサキの資質はどうだ?」

 

 さて、こいつらの問題を片付けるとしますかね。

 タイシの質問はそれが終わってからたっぷりと教え込もう。そして俺を崇めるように洗脳しよう。

 


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