ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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後書きにお知らせがあります。


23話

「……ほんとにいたんだ」

 

 これは目的の人が来たのを確認したユイガハマが漏らした一言である。

 あの後、ユキノシタはいろんな奴らに取り囲まれていたが、俺の姿を見つけるや否やコツコツとヒールを鳴らして俺のところまで来ると再び俺の腕へと絡んできた。それを見たユイガハマも負けじと腕を絡めてくる始末。

 なんなんだろう、このいたたまれない空気。男どもの殺気が痛いくらいに突き刺さってくる。だが、それもわからなくもない。俺だって、こんな風に両手に華を咲かせてる男がいたら嫉妬の念を送っているはずだ。

 まさか俺がその標的になるとは思いもしなかったが。

 で、その熱も冷めた頃に青みのかかった黒髪のポニーテールの姿があることを教えると二人してそっちを見たというわけだ。

 

「仕事をしているようだし、落ち着いてからにしましょうか」

 

 カワ……カワ…………なんだっけ? まあいいか、カワなんとかさんの様子を伺うことにした。

 あれ? そういや、ケロマツはどうした?

 

「なあ、ケロマツどこ行ったか知らね?」

「ああ、ケロマツならお腹空いたみたいだからついてきてないよ」

 

 あいつマジで自由すぎんだろ。

 となると俺が万が一、多分ないとは思うが万が一バトルを申し込まれたとしたら、リザードンだけでバトルすることになるのか。

 まあ、だからと言って何かが変わるわけでもないんだけど。

 

「あら? いつも何かと言ってるけど愛着でも沸いたのかしら?」

「そんなんじゃねぇよ、たぶん………」

 

 うん、そんなことはこれぽっちも思ってないぞ。

 ただ、いつもいるのに急にいなくなると心配というかアレがアレしてアレんなっちまうんだからしょうがないだろ………………。何言ってるのかよく分からなくなってきたぞ。

 

「そっか………、ヒッキーもなんだかんだでケロマツのこと気に入ってるんだね」

 

 こんなこと言われてしまえば俺に返す言葉は見つからない。

 こいつはそれを分かって言ってるんだろうか。

 

「それで、あなたはバトルしてこなくていいのかしら? こういう所好きなんじゃないの?」

「別に好きってわけでもないぞ。人に話しかけねぇとバトルできねぇし。話しかけられることはないし………と、ん?」

 

 二人と話していたら俺の目の前に白い手袋が投げられてきた。

 もしやこれって……………。

 

「あら、タイミングいいわね」

「なあ………これ拾ったらバトルする流れだよな………」

「そうなの?」

「ええ、昔の舞踏会などではこういったスタンスで決闘を行ってたりしたのよ。そしてここはバトルシャトー。伝統に趣を置いている所よ。まちがいないと思うわ」

 

 ひ、拾いたいような拾いたくないよな………。

 なんかバトルしたいようでしたくない。

 たぶん、みんなに見られると思うとやりづらいんだろうな。

 ポケモンリーグとかこれの何倍もいたってのに。

 あの頃の俺は逞しいこと。

 

「てか、誰だよ………」

「たははー、たぶんあれじゃないかなー」

 

 すっげー気まずそうにユイガハマが指を指している。

 指の先を見やると。

 見知った顔がいた。

 

「………なんでいるんだよ……………」

 

 ワイングラスを片手にヒラツカ先生がこっちを見ていた。

 マジでなんでいるの?

 しかも先生も爵位はバロネスなのかよ。

 

「なんだ? 拾わないのか?」

 

 ニヤニヤとしている。

 うぜぇ。

 これ拾わないと何されるんだろうな。

 はあ…………、仕方ねぇな。

 

「はいはい分かりましたよ。先生とバトルすればいいんでしょ」

 

 仕方なく手袋を拾いました。

 

「今日こそはお前に勝つ、覚悟しろヒキガヤ」

 

 今日こそはって、先生とバトルするの人生二度目なんですけど。

 何、何度もバトルしてるかのように言ってんだよ。少年漫画じゃあるまいし。

 

「それでは皆様。再びテラスの方へ。バトルするお二方はバトルフィールドの方へお願いします」

 

 やだなー、絶対何か企んでるぞ。

 あの自信満々の笑顔が超怖い。

 

「……なぜか無性に腹立つあの笑顔をコテンパンにしてきなさい」

「いってらっしゃい。がんばってね」

「へーへー」

 

 さて、今度は何をしてくるのやら。

 先生とバトルしたのはスクール卒業の時だったか。

 あの時はなんでもありの野戦で俺がリザードン一体に対し、先生はカイリキーとサワムラーを同時に出してきたっけ。

 まあ、今回は一対一だし、公式ルールだし。

 大人気ないことにはならないとは思うんだが………。

 あの少年のような心の先生ならやり兼ねんのだよなー。

 

「ルールの説明をさせていただきます。使用ポケモンは一体。どちらかが戦闘不能になった時点でバトル終了となります。なお使用技は四つまでとします」

 

 フィールドに行くと気合の入ったドレスを着ている先生がニヤニヤとして待っていた。

 あー、なるほど。

 ここに来たのはそういうことなのか。

 

「良きバトルを」

 

 モンスターボールをこすり合わせると先生がそう言ってきた。

 まあ、仕来りみたいだし言わないとな。

 

「はあ………良きバトルを」

 

 ほんといいバトルにしてくださいよ。

 昔みたいに大人気ないことなんかしたら、周りの男どもに捨てられちまいますよ。

 

「それではバロン・ヒキガヤ様とバロネス・ヒラツカ様のバトルを始めます。準備はよろしいですね。バトル開始」

 

 二人してうなずき返すとバトルが始まった。

 

「いけ、エルレイド」

「残業だ、リザードン」

 

 そう、これは残業なのです。

 俺にとってもリザードンにとっても、夜に他人とバトルすることなんて予定外なことだからな。

 あ、前にハクダンでジャーナリストとバトルしたのは仕事の範疇だから論外ね。

 あんな殺気を放たれてたら敵だと思っちゃうじゃん?

 

「エルレイド、サイコカッター!」

 

 エルレイドが腕から伸びる両刃刀を引っさげて迫ってくる。

 サイコパワーによって腕の刀からは離れたところに両刃刀が作り出され、距離感を違えてきた。

 

「掴んで抑えろ」

 

 衝撃波のように飛ばされてきた刃を片手で掴み、潰す。

 

「かみなりパンチ!」

 

 その間にリザードンの懐に飛び込んできたエルレイドが拳に電気をまとい出す。

 

「リザードン、ハイヨーヨー」

 

 今はあまり使いたくないんだけどなー。

 でもそんなことも言ってはいられないし。

 急上昇でかみなりパンチを回避させる。

 

「テレポート」

 

 だけど、いつの間にか頭上を取られていた。

 

「かみなりパンチ」

 

 ピンポイントにテレポートしたエルレイドはすかさずかみなりパンチを打ち込んでくる。躱すタイミングもなく、諸に受けてしまった。

 効果抜群だから結構痛いんだよなー。

 

「……ははっ、まさかそうきますか」

 

 態勢をを立て直して降り立つリザードンを確認すると俺は口を開いた。

 

「言っただろ、今日こそは勝つと」

 

 エルレイドがシュタッと降り立ち、先生と同じポーズをしてくる。

 なんか着実に先生色に染められてるようで。

 

「そのエルレイド、俺と再戦するために育てましたよね」

 

 ようやく理解した。

 なぜ、カイリキーでもなくサワムラーでもなくエルレイドなのか。

 それは俺と一度もバトルしていないから。

 つまり俺にはエルレイドのバトルを知られていない。

 先生はそこにつけ込もうと言うのだろう。

 しかも先生の大好きなかくとうタイプでありながら、エスパータイプも兼ね備える優れもの。俺のリザードンについてこれないのであれば追いかけずとも追いつく戦法を考えたのだろう。

 それがテレポートを使った瞬間移動であり、躱すタイミングも与えないピンポイントの位置に飛び込めるように練習もしたはずだ。

 

「別に君のためってわけではないが、意識しなかったかと言われれば嘘になるな。だが、こいつの力がこれだけだとは思うなよ」

 

 ふふんと自慢げに言ってくるが、先生もかわいいポケモンでも欲しかったんだろうか。そして、順調にキルリアまで進化したけど、サーナイトに進化するときにめざめのいしに触れてしまいエルレイドになってしまったとか。

 なんか先生かかわいそうになってきたな。

 まあ、結果的にかくとうタイプとなったわけだし、よかったのか? よかったってことにしておこう。

 

「我が力に応えよ、キーストーン。進化を越えろ、メガシンカ!」

 

 うわー、すげぇ生き生きしてんな。

 あー、そういやザイモクザがもらってきた資料にサーナイトとエルレイドの名前もあったな。

 さすがポケモン博士の研究所。キーストーンといい、メガストーンをいい豊富に取り揃えてあるのかね。

 

「リザードン、りゅうのまい」

 

 もう最近メガシンカをよく目にしてるからか全く驚かなくなってきたわ。逆に進化の間の時間にりゅうのまいでもしとけばよくね、とか思う始末。

 エルレイドは頭に巻いた王冠に(よく見ると)嵌められているメガストーンにより白い光に包まれ、リザードンはさっきのオーダイルのように炎と水と電気を三点張りに作り出し、頭上で絡め合わせていく。

 

「メガ、シンカ………」

 

 テラスの方からポツリとそんな声が聞こえてきた。

 

「さあ、第二ラウンドといこうか」

 

 先生の声に応じるようにエルレイドが白いマントを翻す。

 え、なにあれ。

 超かっこいいんですけど!

 メガシンカってあんなのもあるのか。

 てか俺、めっちゃ驚いてんじゃん。

 

「また先生の好きそうな姿だな……」

「エルレイド、テレポート」

 

 一瞬にしてリザードンの背後に回りこむ。

 メガシンカしたことで素早さも上がったのか。

 さっきよりも動きにキレがあるな。

 

「かみなりパンチ!」

「ブラスターロール」

 

 だが、こっちもりゅうまいで竜の気を纏ってるんだ。

 素早さはこっちも上がってるんだっつーの。

 

「なっ!?」

 

 地面を蹴って翻り、エルレイドの背後を取る。

 そう簡単に背後をやるかよ。

 

「シャドークロー」

 

 なんか前にゴーストタイプの奴とバトルしたときにドラゴンクローを影にして打ち込んだことがあったな。そんなことがあったって事実しか覚えてないけど、いつ覚えさせたんだろうか。残ってる記憶じゃ、割と使ってるんだよなー。

 

「テレポート!」

 

 寸でのところで瞬間移動で躱された。

 だけど、これはシャドークロー。

 夜になって月明かりと建物の明かりによって影はいたるところに存在する。

 ほら、エルレイド自身にも影ができてるじゃないか。

 

「エルッ!?」

 

 影を使って攻撃するシャドークローは夜に使うとやりたい放題である。

 影から作り出した爪であるため、影に潜らせてしまえば、目の前に相手がいなくても影を通して攻撃を当てちゃう、なんてことも可能な技なのだ。

 チートな技だよな。

 でもそれを言ったらゴーストタイプ自体がチートだと思うんだよ。

 なんだよあいつら。すぐ影に隠れやがって。

 あとあの夢喰いさんもだな。

 

「エルレイド!?」

 

 急所に入ったのか、体をプルプルとさせている。

 あー、やっぱメガシンカして耐久力もアップしてるのか。一撃では仕留められなかったようだ。

 仕方ない、こっちもやりますか。

 

「メガシンカ」

 

 面倒なので使っちゃった。

 まあ、先生もメガシンカさせてるんだし文句ないよね。ていうか絶対待ってただろうし。

 ズボンのポケットにしまってあるキーストーンを握るとスカーフの下に付けたネックレスが反応してリザードンが白い光に包まれる。

 うーん、やっぱりこの進化してる間の時間がもったいない気がする。今度進化しながら攻撃できるようにやってみようかな。

 

「来たな、メガシンカ。エルレイド! テレポート!」

 

 一瞬にして背後に回り両腕を振り上げた。

 あれは………?

 

「インファイト!」

 

 決死の力で両手両足を使って攻撃をするかくとうタイプでの技の中でも強力な技の一つ。守りなんて知るかボケ、て感じでただただ攻撃してくるため、守りを気にしない分恐ろしい技である。

 

「カウンター」

 

 だけど、そんな最恐な技でもカウンターで返してしまえばこっちのもんである。

 ほんとはシャドークローを撃ち込んでやろうかと思ったけど、インファイトでこられたんじゃカウンターを打つしかない。その方がリスクが少ないからな。

 

「エルレイド!?」

 

 早すぎて誰も見えないだろうが、リザードンが最初の一撃を右の脇で挟み込み、相手のスピードを使って反転し、遠心力でエルレイドを投げ飛ばすと最後に右の拳でエルレイドから受けた全ての力を叩き返した。

 エルレイドは地面に何度も打ちつけられながら飛ばされ、フィールドの縁に当たったところでようやく止まった。

 

「……エルレイド、戦闘不能」

 

 気を失ったエルレイドが進化を解いたのを確認するとメイドさんが判断を下した。

 

「よって、リザードンの勝利とします」

 

 淡々とした物言いにやっとバトルが終わったことを理解したリザードンも進化を解く。

 

「はあ…………やっぱり勝てなかったか」

「俺、一応元チャンピオンなの知ってるでしょうに」

 

 先生が大きなため息を吐いてくる。

 

「いや、知っていたとしても君に勝ちたいと思うのは仕方がないだろう。教師の威厳を取り戻さねば気が済まん!」

「だからってあそこまで徹底して育てなくても………しかもメガシンカまで用意してるし」

「そこは君がメガシンカしてくると踏んでだな…………」

「それでいい男には出会えたんですか」

「…………それは聞かないでくれ……………」

 

 ああ、察し。

 

「それでは皆様、健闘した両ナイトに、そしてポケモンたちに惜しみない拍手を」

 

 テラスの方から盛大な拍手が送られてきた。

 

「はあ………、これが嫌だから人前ではバトルしたくないってのに」

 

 こんな大勢の前でぼっちを注目の的にさせるとか犯罪でしょ。俺死んじゃう………。

 

「なんだ? まだ慣れてないのか?」

「一生慣れませんって。恥ずか死ねるレベル」

「そんなことで死ぬ方が恥ずかしいと思うぞ」

「うっ……………」

 

 コマチとか絶対笑うもんな。

 まあ、実際に死んじまったらすっごい泣くだろうけど。

 

「さて、研究所に帰るとするか」

「あれ? もう帰るんですか?」

「ああ、君たちがイチャイチャしてるのを見たくないからな」

「別にイチャイチャしてませんよ。ユキノシタの絶対権限でユイガハマがそれに便乗というか拗ねて同じようなことしてくるだけですから。俺に拒否権はない」

「傍から見ればそう見えるってもんだよ」

 

 それだけ言って先生は席に出て行ってしまった…………。

 

 

 そういや俺、ここに何しに来てたんだっけ?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「まさか先生までいるなんてね」

「ああ、まあ、察してやれ」

「大人になってもああはなりたくないわね」

 

 俺が戻ると二人が出迎えてくれた。

 

「それにメガシンカまでできるなんて………」

「ああ、それこそあの人が今いるところを考えれば、別にメガシンカを使えたとしても何らおかしくはないと思うぞ」

「……あ、そっか…………プラターヌ研究所だもんね」

「何だか私だけが取り残されてる気分だわ」

 

 シュンとするユキノシタというのは珍しいのが見れたな。

 これがコマチだったら普通に頭を撫でていただろう。

 お兄ちゃんスキルというものはいついかなる時にでもオートで発動してしまうからな。コマチ限定だけど。

 

「別にお前だけってわけでもないだろうに」

「そうかしら? あなたを初めとしてハヤマくんもミウラさんもトツカくんもメガシンカが使えるのよ。おまけに先生まで…………姉さんなんかカメックスとバンギラスをメガシンカさせられるって言ってたし……………」

「うぇ?! あの人も使えるのかよ。よく知らんけど」

「当然じゃない。あなたが使えるんだから姉さんが使えて当然よ」

 

 そんな当たり前だと言われても。

 本人に会ったことないし。

 いや、会ってるけどバトルしかしてないから何も知らないし。

 

「……ねえ、カワサキさん。手が空いたみたいだよ」

 

 ユイガハマに言われてカワなんとかさんの方を見ると手持ち無沙汰にただただグラスを磨いていた。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 というわけで、本来の目的をやっと実行できるのか。

 長すぎだろ。

 なんで俺とユキノシタがバトルしなきゃならねぇんだよ。

 余興が多すぎじゃね?

 

「カワサキ」

「申し訳ございません。どちら様でしょうか?」

 

 俺が一声あげるとカワサキが困ったような顔をした。

 

「同じクラスだったのに顔も覚えられていないとかさすがヒキガヤ君ね」

 

 感心したようにユキノシタが言う。

 

「や、ほら、スクールを卒業してから五年も経つんだししょうがないんじゃないの」

 

 ユイガハマがそうフォローを入れてくる。

 

「待ってたわ、カワサキサキさん」

「……ユキノシタ…………」

 

 ユキノシタは分かるのか。

 まあ、それだけ有名ってことなんだな。

 

「こんばんわ」

 

 すました顔で挨拶するユキノシタにカワサキは目を細めた。

 二人の視線が交錯し、光の加減からか影だったのか、火花が散ったように見えた。なにそれ超怖い。

 それから視線はユイガハマへと注がれる。ユキノシタといることからして同じスクールの奴なのかと睨めつける。

 

「ど、どもー………」

 

 その迫力に負けたのかユイガハマは日和った挨拶をする。

 

「……ああ、ユイガハマか。一瞬わからなかったよ。ということは彼もクチバのスクールの人?」

「あ、うん。同じクラスだったヒッキー。ヒキガヤハチマン」

 

 うすと会釈をするとカワサキはふっとどこか諦めたように笑う。

 

「そっか、ばれちゃったか」

 

 拭いていたグラスを置き、俺たちに向き直った。

 

「何か飲む?」

「それじゃ、ペリエで」

 

 え? なに? ペリー……? そんなのがあるのか?

 

「あ、あたしも同じものでっ!?」

「あ………」

 

 俺も続けて言おうとしたのに。他に何があるのか知らねぇよ。

 

「ヒキガヤだっけ? あんたはなに飲む?」

 

 うっ………、さっきのペリーさんは飲み物なんだよな。ハリスとか言えばいいのか? 絶対なさそうだけど。

 

「彼には辛口のジンジャエールを」

 

 注文を聞くとカワサキは慣れた手つきで用意していく。

 

「それで、なにしに来たの? まさかそんなのとデートってわけじゃないでしょ」

「まさかね。横のこれを見て言ってるのだったら、冗談にしても趣味が悪いわ」

「ねえ、二人の会話なのに俺を貶すのやめてくれる」

 

 だが俺の意見は流され、代わりにジンジャエールを出してきた。

 二人の前にもグラスが置かれる。

 

「単刀直入に言うわ。カワサキさん、バイトはやめないのかしら?」

「だと思った。やめる気はないよ」

 

 再びグラスを拭き始めるカワサキ。

 

「弟のタイシが心配してたぞ」

「そう、そりゃ悪かったね。タイシにはちゃんと言って聞かせとくから。これ以上関わらなくていいよ」

 

 顔色を変えることなく俺の言葉は流されてしまう。

 

「あ、あのさ………カワサキさん、なんでここでバイトしてんの? あ、やー、ほら、あたしもお金ないときはバイトしたりするけど、夜中まで働こうなんて思わないよ」

「別に………お金が必要なだけだけど」

 

 …………………夜のバイトってそんなにいいのか?

 バイトしたことないから分からん。やったとしても初日からばっくれてたからな。

 

「あ、やー、金が必要なのはわかるけどよ」

 

 何気なく俺がそう言うとギロッと睨みつけてきた。わー、超怖いんですけどー。

 

「あんたにわかるわけないじゃん。人のパンツをローアングルから覗き込むような変態に」

 

 なんだ覚えていたのか。あの一度会っただけなのに。

 

「や、それは不可抗力だ。俺が悪いんじゃない。ミミロップが悪い」

「何色だった?」

「黒のレースです」

「しっかり見てんじゃん」

 

 恥ずかしがることもなく、カワサキは呆れた顔をする。

 しかもなんか両側からわき腹をつねられてるんですけど。超痛い。

 

「あんなバカ丸出しのあんたに……………いや、あんただけじゃないね。ユキノシタもユイガハマにも分からないよ。別に遊ぶ金欲しさに働いてるわけじゃないし。そこらへんのバカと一緒にしないで」

 

 再度、俺を睨みつけてくる目には力があった。邪魔をするなと、力強く吠える瞳。だが、それとは裏腹に瞳は潤んでいた。

 だが、果たしてそれは強さと言えるのだろうか。誰にもわかりはしないだろうと、そう叫ぶ言葉は誰にも理解されないことへの嘆きと諦め、そして誰かに理解してもらいたいという願いがあるように俺には思えてしまってならない。

 例えば、ユキノシタユキノ。彼女は誰にも理解されなくとも嘆くことも諦めることもしない。それでもなお貫き通すことが強さだと確信しているから。

 例えば、ユイガハマユイ。彼女は誰かを理解することに逃げも隠れもしない。表面上であったとしても触れ合い続けることで何かが変わると祈っているから。

 

「あ、や、でもさ。話してみないとわからないことだってあるじゃん? もしかしたら、何か力になれるかもしれないし………。話すだけで楽になれること、も……」

「言ったところであんたたちには分からないよ。力になる? 楽になる? だったら、あたしのためにお金用意できる? うちの親が用意できないお金をあんたたちが肩代わりしてくれるの?」

「そ、それは………」

 

 困ったようにたじろぐユイガハマ。カワサキさん超怖いっす!

 

「そのあたりでやめなさい。それ以上吠えると……」

 

 一瞬カワサキも怯んだが、小さく舌打ちするとユキノシタの方に向き直った。

 

「ユキノシタ、あんたの父親さ、クチバのそれなりのお偉いさんなんでしょ? そんな余裕のある奴にあたしのこと、わかるはずない、じゃん…………」

 

 静かに、ささやくような口調。それは何かを諦めた声だった。

 直後、カシャンとグラスが倒れた。

 

「おい、ユキノシタ……?」

 

 見るとユキノシタがグラスを倒してしまい、ペリーさんがグラスから溢れていた。

 彼女は彼女で唇をかみしめるようにぎゅっと身を縮ませて、震えている。

 

「ちょ、ちょっと今はゆきのんの家のことなんて関係ないじゃん!」

 

 さすがにユキノシタのこととなれば黙っていないユイガハマが、初めてカワサキに対して吠えた。進化した時のサブレみたいだと思ったのは言わないでおこう。

 

「だったら、あたしの家のことも関係ないでしょ」

「そ、それとこれとは……」

「大丈夫よ、ユイガハマさん」

 

 身を乗り出したユイガハマを軽く制止させる。

 すごいなこの二人。お互いがお互いの抑制剤となるとは………。

 

「もう今日は帰ろうぜ。予定外のことがありすぎて疲れた。正直眠い」

 

 二人の背中を軽く叩き、体質を促すと素直に従ってくれた。

 

「ほれ」

「なに……?」

 

 訝しむように俺が差し出した金を睨んでくる。

 

「この屋敷にいる間は世話になった使用人にチップを渡すもんなんだろ。さっきから周りの人たちもやってるし、俺たちの分のチップ」

「別に、いい」

 

 そっぽを向いて受け取ろうとしないカワサキが可愛く見えたとか言ったら三方向から殴られそう。

 

「そう意固地になるなって。代わりに明日の朝、時間くれ。タイシのことで話がある。コボクのポケモンセンターで待ってるからな」

 

 強引にチップを渡して俺たちはバトルシャトーを後にした。

 出るまでの間、ずっとユキノシタが俺のジャケットの裾をぎゅっと握りしめていたのは内緒だぞ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「あ、おかえりハチマン。どうだった?」

 

 すっかり夜が更けてしまったようで、出迎えてくれたのはトツカだけだった。

 ザイモクザは俺たちが来てもゲームかなんかしてる。こいつはいつもこんななので気にしない。きにするとうるさいので気にしないのが俺たちのためだ。

 

「あー、まあ、とりあえず明日の朝、話をつけることにしたわ」

「そう、なんだ…………」

 

 いい結果を期待してくれていたんだろうが、現実はそううまくいくものではない。

 だが、解決への糸口ははっきりとした。要は自分の働きで金を稼げてなおかつタイシたちに心配がかからないようにすればいい。

 

「今日は帰ろうぜって………デリバード? まだいたのか?」

「うん、帰らなくてもいいのか聞いたんだけど、どうも待っててくれてるみたいでさ」

「そういえば、ユキノシタが入る前に何か吹き込んでたな。おい、ユキノシタ……?」

「なにかしら、同じクラスだった人に顔も名前も覚えられていなかったワスレラレガヤ君」

 

 暗い雰囲気を纏っていたユキノシタがパッといつもの調子へと早変わりした。戻るならジャケットを掴んでる手も離しなさいよ。

 

「うん、いつものお前に戻ってなによりだわ………じゃなくて、お前デリバードに何か吹き込んだろ」

「ドレスを運んでもらおうと思ったのよ。あなたたちの分も。さすがにこれを持って旅をするのは邪魔になるでしょ」

 

 あー、そういうこと。

 でもそれならどこに持って行くんだよ。

 

「ちゃんと部屋は押さえてあるから心配しないで」

 

 こいつがこう言うんだから大丈夫なんだろう。

 

「んじゃ、外で着替えるわけにもいかないし、コボクのポケセンまで付いてきてもらうか」

「そうね」

 

 さて、後はあそこで寝ている我が妹をどうにかしなければ。

 ついでに首の周りのケロムースを自分とコマチの枕にして寝てるカエルもだな。ご丁寧にコマチの腹にまでケロムースが乗ってるし。

 

「偉そうに寝やがって………」

 

 こいつがここに残ったのはこのためだったのかね……。

 コマチが寝落ちしてもいいように、見ていたのかもしれない。考えすぎか?

 

「おーい、起き「そのまま寝かせとこうよ」ろーって、俺にどう運べと」

「リザードンに乗って帰ればいいんじゃない」

「落としそう………」

「大丈夫だって。ヒッキーなら、可愛い妹を死んでも離さないと思うから」

「それもそうか」

「認めちゃうんだ………」

 

 心配するなトツカ。お前のことも死んでも離さないからな。

 

「よっこいせっ、と………んじゃ、いくか」

「うん、さすがにあたしももう眠い」

 

 コマチを抱きかかえてリザードンに乗り、リザードンにはケロマツの首根っこをつかませると、ユキノシタとクレセリアに乗ったユイガハマが目をこすりながらそう漏らした。

 

「羽振りはいいけど残業代がでないんだよなー」

 

 まあ、緊急時に動けるように備えておくための給料、というのが俺に割り振られている給料なので残業とか関係ないんだけどな………。

 普通に働くのとどっちがいいのやら………………。

 

 

 あ、そうだ。どうせ寝るならあいつにあの続きを見せてもらおう。

 




活動報告の方に本作のアンケートコーナーを作りました。

内容は「原作俺ガイルのイベントを今後も使うか」についてです。

それ以外のことでも何かご意見などがあれば、コメントをいただけると幸いです。

これからの本作品への参考にさせていただきます。

それではよろしくお願いします。

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