ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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22話

 強い衝撃に襲われ目が覚めた。

 おい、途中で起こすなよ。

 続きがすげぇ気になるんだけど!

 いや、でもほんとヒラツカ先生はまんまだったな。

 というか俺、何先生を挑発しちゃってるわけ。

 子供って怖いもの知らずだけど、俺もその一人だったとは……………。

 

「いつまで寝ているのかしら、この男は」

 

 なんか上の方からユキノシタの声が聞こえてくるんだけど。

 

「仕方ないわね。ユキメノコ、もう一度めざましビンタ」

「メノ」

 

 ん?

 ユキメノコ?

 めざましビンタ?

 

 ………………。

 

「待て待て待て待てっ! 起きた、今起きたから!」

 

 ようやく覚醒した頭でやっと理解した。

 強い衝撃ってユキメノコのめざましビンタだったのかよ。

 これじゃ、落ち落ち寝てられもせんな。

 

「あら、ようやく起きたのね。起きて早々なのだけれど、あのダークライは何なのかとかいろいろ聞きたいことは山ほどあるのだけれど。とりあえず、アレを見なさい」

 

 ふぅ、とため息を吐くユキノシタが指を指している方に何か問題があるらしく見ようと体を動かしたら、地面に落ちた。

 

「いでっ! なん、え? あ、リザードンの背中にいたのね」

 

 どうやら眠りこけた俺をリザードンが運んできたらしい。勝手に出てきたのか、ユキノシタたちにボールから出されたのかはわからないが、お手数おかけしました………。

 

「悪いな、で………ここどこ?」

 

 リザードンの背中を手すり代わりにして立ち上がると見たことのない風景がそこにはあった。いや、まあ、都会じゃなければどこに行こうが似たような風景なんですけどね。

 

「7番道路よ。で、問題はアレ」

 

 もう一度指をさすので今度こそしっかりと目を向ける。

 

「…………気持ちよさそうだな」

「あ、ヒッキー起きたんだ」

 

 ぼそっと言ったはずなんだが、問題のアレの側で観察していたユイガハマに聞こえてしまったらしい。体をこっちに向ける彼女の腕にはケロマツが抱えられていた。

 俺が寝ている間はあいつの腕の中で運ばれていたようで。だが、あいつは今絶対に起きている。何ならあの大きなお胸様を頭で堪能しているはずだ。あいつはそういう奴だ。ぬかりなくやるはず。

 

「……………ねえ、ヒキガヤくん。その発言はあのカビゴンに対してなのかしら? それともケロマツに対してなのかしら?」

 

 返す言葉によって、どうやら俺は処刑されてしまうらしい。

 

「んなもん、カビゴン………に決まっ、て………………るじょ………」

 

 にしてもケロマツが羨まけしからんな。

 

「ユキメノコ、しばらくヒキガヤ君を好きにしてていいわよ」

 

 ちょ、ちゃんと答えたじゃねぇか。

 いや、噛んだけどさ。見てたけどさ。

 いいじゃん、見るくらい。あんなに強調されてたら目が行くのも仕方ないだろ。

 

「あ、お兄ちゃん。やっと起きたんだ」

 

 ユキメノコとイチャコラさせられてるとコマチとトツカとついでにザイモクザが帰ってきた。

 え? どこ行ってたわけ?

 

「………やっぱり、パルファム宮殿の人にポケモンの笛を借りてくるしかないみたいですよ。よくこの時期はあの橋でカビゴンが寝るらしいんで、それを以前ならショボンヌ城の城主さんがポケモンの笛を吹いて起こしてたみたいです。ただ、今ではその笛がパルファム宮殿にあるらしく、借りてこないと起きないみたいですね」

 

 ポケモンの笛か。

 まあ、カビゴンを起こすのにはぴったりの道具だよな。

 というか俺も持ってたな。

 

「………ハチマン、どうかしたの?」

「要はカビゴンを起こして橋を渡ってこの先を行かなきゃならねぇんだよな。空から行けばいいのにとか思ったけど、たまには人助けでもしてみるかな、ってな」

 

 とか、さもいい人っぽいセリフを吐いて自分のリュックを漁る。

 たぶん、持ってきてるはずなんだけど…………お、あったあった。

 

「…………ねえ、それ」

「ん? ご所望の笛だけど?」

 

 モンスターボールの絵柄がついた笛を取り出すと、ユキノシタがジトーとした目で見てきた。

 

「………なんでお兄ちゃんが持ってるの?」

「俺がいつ持ってないなんて言ったよ」

「や、言ってないけどさ」

「そういえば、カントー地方にもカビゴンいるもんね。よく道路で寝てたりするし」

 

 あははーとトツカが思い出したように苦笑いを浮かべる。

 え? なにこの空気。

 俺が持ってるのがそんなにおかしいわけ?

 

「あー、とその前に。たぶん、あのカビゴン起きたら襲ってくるかもしれねぇから。バトルして追い返すことになると思うぞ」

「………ねえ、カビゴンって強いの?」

 

 気持ちよく橋の上で通せん坊をしているカビゴンを起こすと大体怒るからな。寝起きが悪いという奴か。いや、あいつ寝癖も悪いな。

 

「まあ、パワーはあるな。あとあの腹を見ろ。弾力性が抜群な気持ちよさそうな腹してるだろ。だから、耐久力もある」

「すなわち、バトルになると厄介なポケモンよ」

 

 あ、俺のセリフとるなよ。

 せっかくそこを言うために引っ張ったのに。

 ふふん、と鼻を鳴らすユキノシタが無性に腹立つな。

 

「よし、なら捕まえよう!」

「マジか?!」

「え? だって、ユキノさんもユイさんもトツカさんもおまけに中二さんも新しくポケモン捕まえてるんだよ。コマチも自分でポケモンを捕まえてみたいし、ちょうどいい機会じゃん」

 

 いや、うん、その通りなんだけどね。

 ポケモンとしては申し分ない強さを誇る奴だし、コマチにも是非そういう奴を仲間にしてもらいたいんだけどさ。

 なにぶん、食費がかかるのなんのって。

 前にオーキドのじーさんから聞いたことあるけど、赤い人がカビゴンを連れていて大会で優勝した賞金のほとんどがカビゴンの食費に当てられてるって話だぞ。それ思うと、なー。

 どうせ、俺の金で食うことになるだろうし…………。

 

「ダメ?」

 

 上目遣いとかやめろ!

 俺を落としにかかるな。

 そんなことをコマチにされたら断れなくなるだろうが。

 

「わかったよ…………。その代わり自分で捕まえろよ。俺はまともなポケモンを捕まえたことがないから何もできん」

「うん、わかった! あれ? でもお兄ちゃん。あの黒いポケモンはお兄ちゃんが捕まえてきたんじゃないの?」

 

 あの黒いポケモンとはダークライのことだろう。

 

「あいつは今でも野生のポケモンだ。よくわからんが俺の言うことを聞いてくれるんだよ。その分、夢とか記憶とかいろいろ食ってるみたいだけど」

「うぇ!? じゃあ、昔のこととか覚えてないわけ!?」

「主にスクール時代のことだな。どうもコマチとの思い出は覚えてるみたいだし、一応選んでいるみたいではあるぞ」

「………ほんと、お兄ちゃんって何者なの?」

「俺が聞きたいくらいだっつの………」

 

 でもまあ、まさかの正体がダークライみたいだし。付き合いも長いし、今更突き放すなんてことはできないんだよなー。

 等価交換ってことなのかね。

 夢と記憶を差し出す代わりに力を貸してくれるみたいな。

 あれ? なんかそんなことを言ったような気も……………。

 自分との出会いを忘れさせるとか、そんなに思い出して欲しくないのか?

 いや、でも最近じゃスクール時代のことを夢に出してくるし、さっきだってスクールの時のことを見せられたわけだし。

 ……………実は夢をあの穴の中に保存しておいて、それを見て楽しんでるとかないよな。それじゃ、どんなデータバンクだよって話だし。

 

「それじゃ、ユイガハマ! カビゴンから離れてろ!」

「はいはーいっ」

 

 カビゴンの腹をペチペチ叩いていたユイガハマが未だにケロマツを抱えたまま、俺たちのところに帰ってきた。怖いもの知らずにもほどがあるだろ。寝返り打たれただけで恐怖を覚えるってのに。

 

「んじゃ、吹くぞ」

 

 パパパ〜パパパ〜、パパパパパパ〜。

 

 吹き終わるとむくっとカビゴンが体を起こし始めた。

 どうでもいいけど久しぶりなのに指は覚えてるもんなんだな。ほんとどうでもいいわ。

 

「カメくん、行くよ!」

 

 大きなあくびをしてからこちらを睨んでくる。

 その目に俄然やる気を見せるゼニガメ。

 体がちょっと震えているのは果たしてどっちなんだろうな。

 短い足でドサドサ走ってくる巨体。腕を振りかぶってるのを見ると、あれはメガトンパンチだろうな。

 

「カメくん、からにこもる!」

 

 露出部を全て殻の中に引っ込めることで、防御に徹する。

 振り下ろされた拳は硬い甲羅を叩き、痛かったのかすぐに離した。なんなら摩ってるまである。そんなに痛かったのかよ。

 

「縦にこうそくスピン」

 

 甲羅に潜ったまま立ち、くるくると地面を回転し始める。器用に甲羅を縦にしてるし。

 さて、何を狙っているのやら。

 

「うおっ!」

 

 なんて見てたら、カビゴンが足踏みをして地面を揺らしてくる。じしんか。

 

「カ、カメくん、ジャンプしてロケットずつき!」

 

 よろけながらも命令を出す。

 ロケットずつきか。

 回転を加えることでさらに威力を高めようとしたのか。コンボ技にはならないが、回転することで威力は増すからな。俺だって、よくリザードンにドラゴンクローを回転させながら出させたし。

 

「早速、あなたを真似たというところかしらね」

 

 ユキノシタも同じことを思ったようで感心している。

 

「………ねえ、ヒッキー。あれ、進化じゃない」

 

 ユイガハマに言われてゼニガメを見ると白い光に包まれていた。

 進化だな。

 まさかとは思うけど、進化のタイミングまで合わせていたとかそんなんじゃないよな。

 

「カー、メッ!」

 

 大きくなった体でカビゴンの腹にずつきを構す。

 体が重くなったことで威力がさらに上がったのか、巨体が浮いた。

 だが、やはり巨体は巨体。カメールヘを進化した体を両腕で掴むと向きを変えてカメールを押しつぶすように地面に腹で着地した。

 のしかかり。

 言葉の通りのしかかって、押しつぶす技。たまに麻痺してしまったりする嫌な技。しかもあの巨体から繰り出されるのしかかりは致命傷でしかない。

 

「カメくん、はどうだんで打ち上げて!」

 

 ドンッ! とものすごい音とともに再度巨体が中に浮く。というか結構高くまで飛んでいく。

 

「カメくん戻って!」

 

 落ちてくる巨体を躱すためにカメールをボールへと戻す。

 

「今度はカーくんの出番だよ!」

 

 交代させる必要あるのか?

 カチッと開閉スイッチを押してニャオニクスを出す。

 

「サイコキネシスでボールをカビゴンに当てて」

 

 あ、こいつズルする気だ。

 自分で投げろよ。いい発想だけど。

 ズシンと地響きをさせて地面に叩きつけられた巨体にカマクラがサイコキネシスで空のモンスターボールを当てる。

 カビゴンはボールに吸い込まれていき、ボールが左右に揺れ始める。しばらく揺れた後、無事にカチッとロックのかかる音がした。

 

「お、おお! おにいちゃん! コマチ捕まえたよ! 自分で捕まえられたよ!」

 

 はしゃぐコマチであるが、果たしてこれはコマチが捕まえたのだろうか。どっちかっつーとカマクラが捕まえたよな。

 

「うん、まあコマチが捕まえたってことでいいんだよな………」

 

 カマクラがサイコキネシスでカビゴンの入ったボールをコマチの手元まで持ってくる。

 

「ゴンくん出てきて」

 

 え?

 もう名前つけたのか?

 というか雄なのか?

 

「お前、性別とか見ただけで分かるのか?」

「さあ? ゴンくん、ゴンくんとゴンちゃんとどっちがいい?」

 

 右手をゴンくん、左手をゴンちゃんと表して、カビゴンに両手を出した。

 迷わずカビゴンは右手を取る。

 どうやら、雄らしい。

 

「今日からよろしくね、ゴンくん!」

 

 カビゴンの腹へとダイブするコマチ。

 それを優しく受け止め、頭を撫で始める。

 寝起きでなければ気は強い方ではないらしい。おとなしい性格なのかもしれないな。

 

「………また金がなくなる……………」

 

 やっぱり、あのスーツ代は痛い…………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 新たにカビゴンを仲間に加え、橋を渡って歩くこと数十分。

 ようやくそれらしき建物がはっきりと見えてきた。

 特にこの道は何もないため、建物自体はうっすらと見えてはいたんだが、こうして近くで見ると結構デカいな。

 

「さて、目的地に着いてしまったし、暇になったな」

 

 スーツが届く日没までまだ時間もあるし、何をしようか。

 

「疲れたからゆっくりしようよー」

 

 歩き疲れたユイガハマがその場に座り込む。

 

「ま、時間はあるんだし、好きにしたらいいんじゃねぇの」

 

 人通りもない長閑な所なようで聞こえてくるのはポケモンたちの声くらいだろうか。

 川が近くを流れているためか風も清々しく、眠たくなってくる。

 ユイガハマの胸の中ではケロマツが寝ている……………。

 

「おい、ケロマツ。いい加減ユイガハマの胸から離れろよ。起きてるんだろ」

 

 しがみつくように寝たふりをするエロガエルに言ってやるが、一向に動こうとしない。

 

「………今度はユイさんの胸が寝床となっちゃったのかな」

「あっははははー」

「トレーナーに似て自由なこと」

「トレーナーよりも自由だと思うぞ…………」

 

 ほんと自由すぎるだろ。

 バトル以外じゃ基本言うこと聞かないし、なんでこんな奴が俺のポケモンになったんだろう。自分から俺んとこに来たしわけがわからん。

 

「でもハチマン以外にも少しずつ歩み寄ってる証拠なんじゃないかな」

 

 と、ケロマツのフォローをするのはトツカだ。

 なんと優しいことだろう。

 まあ、確かにそう言われるとそうなのかもしれんが。

 だからって、あの寝方はないだろうに。

 羨まけしからん。

 

「ねえ、お兄ちゃんは新しくポケモン捕まえないの?」

 

 ケロマツの首根っこを掴んで強引に引き剥がすとコマチが聞いてきた。

 おい、名残惜しそうにするなっ。

 

「別に、そんな予定はないな。リザードンいるし、手のかかるこいついるし。なんなら野生のくせについてくるあの黒いのいるし、充分じゃね?」

 

 あと最強で最恐な奴もいるし。

 このメンツですでに何が起きてもどうにかなりそうじゃん。

 

「や、確かにすでに強いのばっかりだけどさー。一度でいいからお兄ちゃんがポケモンを捕まえてる所を見たいなーって思ったんだよね」

「やめとけ、失敗しか見れないから」

 

 コマチでも初めてで捕まえられたんだから俺でも……………いや、捕まえたのはカマクラか。

 

「というかコマチも自分で捕まえてないだろ」

「カーくんが捕まえたんだからコマチが捕まえたも当然じゃん」

 

 えっへんとない胸を張るが、それでいいのかよ。

 

「それ言ったらユイさんも捕まえたというよりは意気投合して連れてきたって感じだよ」

「いやユイガハマの場合はその通りだからな」

「ねぇ、なんでコマチちゃんまで言い当てちゃうの!? あたし言ってないよね!?」

 

 顔を真っ赤にして驚くユイガハマであるが、分かってしまうもんは仕方ないだろう。

 

「だって、ユイさん。バトルして捕まえるのとか苦手そうですし」

「ゆきのん、あの兄妹怖いよー」

 

 涙目でユキノシタの胸の中に飛び込んでいった。

 

「あ、暑苦しい」

 

 そう言いながらも頭を撫でるユキノシタには感服です。

 

「でも逆に言えば、野生のポケモンとも仲良くなれるってことなんだし、いいことなんじゃないかなー」

 

 またしてもトツカがフォローに出た。いい奴だな。

 

「それではハチマンも凄い奴になってしまうではないか、トツカ氏。我は嫌だ! 断じて嫌だ! ハチマンが我よりも遥か遠い存在になってしまうのは我は嫌だぞ!」

「うーん、ハチマンのはちょっと異常だと思うなー」

 

 ぐっさり。

 トツカの言葉は俺の胸に刺さりました。

 今日はもうダメかも……。

 

「………お兄ちゃん、反応がいちいち大袈裟すぎるよ。そんなにトツカさんの言葉ってくるの?」

 

 ドサッと倒れた俺にコマチが靴を脱いで軽く足蹴りをしてくる。

 踏むなら腰のあたりにしてくれねーかな。

 

「ばっかお前。あの天使のようなスマイルであんなこと言われたら立ち直れなくなるまであるぞ。それと踏むなら腰の方を踏んでくれ」

「じゃー、コマチに言われたら? というかなんでコマチがマッサージしなくちゃいけないのさ」

「コマチに言われたら泣く。絶対泣く自信がある! それと日頃の疲れがたまってるんだよ!」

「そんな自信満々に言うとかさすがごみぃちゃんだね。どっちの意味でもごみぃちゃんだよ」

 

 そう言いながらも腰のツボを踏んでくれるコマチ。

 ああ、でもやっぱり地面がゴツゴツしてて痛い………。

 

「ただの変態にしか見えないわね」

「………あたしの知ってるヒッキーじゃない…………」

 

 や、家にいた時はこんなもんだったぞ。

 

「デー、バー」

「あ、デリバードだ」

 

 一体のデリバードが日が傾きだした空を翔ていく。

 

「あら、そろそろ行った方がいいかしらね」

 

 どうやらあいつがスーツを運んできたようだ。

 よっこらせと起き上がり、パンパンと砂を落とす。

 

「んじゃ、行きますか」

「頑張ってね、ハチマン」

「おう、荷物番よろしく」

 

 トツカたちに見送られて俺たち三人はバトルシャトーに向かった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 バトルシャトーの前ではデリバードが待ち受けていた。

 スーツとドレスを受け取り、建物の中へと入る。

 受け取る時にユキノシタがデリバートに何か言ってたが、何だったんだろうな。

 

「いらっしゃいませ」

 

 出迎えてくれたのはメイドさん。

 シックなロングスカートのメイド服に身を包み深々と頭を垂れた。

 

「初めての方たちとお見受けしますが」

「ええ」

 

 ユキノシタが応対するのを他所に俺は中を見渡していた。

 エントランスとしてはだだっ広く奥には部屋が続いているようである。

 装飾もさながら、昔の趣をしっかりと残してあり、ここが伝統的な施設であることが見て取れる。

 

「このバトルシャトーについては」

「一応爵位制であることは知ってるわ」

「では、改めてご説明させていただきます。このバトルシャトーでは騎士たちによる決闘を再現すべく、騎士精神に則ったバトル形式となっております。バロンから始まる爵位制と設けており、最高でグランデュークとなります。爵位はバトルしていただくことで上位へと上げることができますが、同じ爵位の者としかバトルできない規定となっております。現在、奥の部屋で他のナイトの方たちがコミュニケーションを取りながら、同じ爵位の者たちをお探しになっておられます。まずは新規の方たちとーー」

「おや、これはこれは有名な方たちがお揃いなようで」

 

 メイドさんがバトルシャトーについて説明してくれていると奥の部屋からご老体がやってきた。

 

「イッコン様!?」

 

 イッコンと呼ばれたご老体は深々と頭を下げてきた。

 メイドさんが驚くような人ということはここの支配人あたりなのだろうか。

 

「初めまして、私イッコン申します。まさか三冠王のユキノシタ様にポケモン協会の番犬の異名を取るヒキガヤ様がお見えになられるとは。支配人冥利に尽きるというものでございますな」

 

 あ、俺のことも知ってるのね。

 

「実力は予々お伺いしております。そこでどうでしょう。私からバロン及びバロネスの称号を授与したいと思うのですが」

「……よろしいのですか? 他の方たちは新規から称号を取られているのでしょう?」

 

 イッコンさんの申し出にユキノシタが聞き返す。

 別に、もらえるもんならありがたくもらっておくことに越したことはないと思うんだけどな。

 

「ええ、私としてはグランデュークの称号を授与させていただきたいのが本音ではございますが、そこはバトルシャトー。色々な方たちとバトルをしていただいて爵位を上げていくもの。ですので、バロン・バロネスの称号からで申し訳ありませんが、私から称号を授与させていただきたいのです。その方が奥の部屋でのバトルの相手選びにも幅がきくかと思われますゆえ」

「はあ…………ではお言葉に甘えさせていただきましょうか。ヒキガヤ君もそれでいいかしら?」

「ああ、別にそれでいいぞ」

 

 つか、なんだっていい。

 

「では、本日よりバロン・ヒキガヤ様、バロネス・ユキノシタ様とお呼びさせていただきます。………そちらのお連れ様は申し訳有りませんが……」

「い、いえ、あたしはその、付き添い、みたいなものなので…………お構いなく………」

 

 胸の前で両手をふりふりさせるユイガハマ。

 まあ、さすがにユイガハマまで先に称号を与えられるわけないわな。

 逆に俺にだって与えられたのが不思議なくらいだし。

 

「ありがとうございます。お召し物なのどはお持ちでしょうか? お着替え用の部屋も設けてありますので、よろしければお使いになられますか?」

「ええ、ぜひ」

「では、こちらへ」

 

 というわけでまずはスーツに着替えることになった。

 逆にこんな格好で居られるような場所じゃないな。ユキノシタの言う通り、スーツを用意しておいて正解だったわ。

 

 

 ちゃちゃっと着替えを済ませて部屋から出るとちょうどユキノシタと目があった。

 うん、やっぱり髪をアップにしてるユキノシタは新鮮だよな。

 

「ちょっとそんないやらしい目で見ないでくれるかしら」

「や、悪い。別にそういうつもりで見てたわけじゃないんだが………」

「ヒッキー顔赤いよー?」

 

 カーテンが開くとユイガハマが顔を覗かせてニヤッと笑みを浮かべてきた。

 こっちはこっちで髪を下ろしてるから、なんかいつものアホっぽさがなくて大人びて見える。中身アホだけど。

 

「う、うるせ」

 

 返す言葉がなくなった俺が絞り出した返しがこれだった。俺もテンパるこうなるわけだ。テンパってたのかよ。

 

「それではナイトの方たちをご案内させていただきます」

 

 待っていてくれたイッコンさん自らが先頭に立ち、奥の部屋へと案内してくれた。

 

「こちらのお部屋でございます。何かあれば私共にお申し付けくださいませ。それではごゆるりと」

 

 案内された部屋の中には割と人がいた。

 なんというか立食パーティーみたいな感じである。いや、ソファーとかもあるしそこまでかしこまった感じでもないのか?

 

「ちょ……」

 

 中に入ろうとしたらユキノシタが俺の右腕に彼女の腕を絡ませてきた。

 それに倣いユイガハマまでもが左腕に絡めてくる。

 

「いいから黙ってなさい」

「……へい」

 

 両手を美少女二人にがっちりホールドされながら部屋の中へと入った。

 すげぇ、見られてるんですけど。

 恥ずかしい………帰っていいかな。

 

「あれって……………」

「だよな…………」

 

 ざわざわと口を揃えて俺たちの、というかユキノシタの登場に驚いていた。

 

「……………三冠王………」

「本物………なの?」

「本物だったら、あの男は何者なんだ」

 

 あ、なんか雲行き怪しくなってきたぞ。

 段々と視線が俺に集まってきてるんだけど。

 

「………本当に何者なんだ、あの男は。美少女を二人も侍らせて………」

「昔いたという噂のプレイボーイ………?」

 

 また、古いの持ってきたな。

 見た目間違ってないけど。間違ってないけども!

 そんなんじゃないと叫びたくなるわ。

 

「……何処に行っても変わらないわね」

 

 周りの空気に呆気にとられているとユキノシタがぼそっと冷めた言葉を口にした。

 こいつもこいつで苦労してんだな。

 とか思ってるとユキノシタが絡めていた腕を解き、一歩前に出た。

 

「バロン・バロネスの方、いらっしゃいますか?」

 

 方々からおずおずと手が上がり出す。

 その中には眼鏡に三つ編みの女の子の姿があった。

 どうやらユキノシタも彼女に目がいったようで、そっちに歩いて行った。

 

「あなた、名前は?」

「ふ、フジシャワシャワコっていいましゅ」

 

 ユキノシタを前にして緊張しているのか噛みっかみだった。

 ありゃ、俺たちよりも歳下だな。

 

「私とバトルしてくれるかしら」

「よ、よよよよろこんで!」

 

 動揺も止まない内に彼女とバトルすることになった。

 どんだけ動揺してんだよってくらいには噛みっかみ。

 

「それでは皆様、テラスの方へ。バトルをするお二方は下のバトルフィールドへとお願いします」

 

 袖に控えていたメイドさんたちがテラスへと続くガラス張りの窓を開け、俺たちに移動と促してきた。

 全くユキノシタもサービス精神旺盛すぎやしませんかね。

 しかし、有名人ともなればそれくらいしなければならないのかもしれない。半端に名の知れている俺にはあまり理解できないところの話ではあるな。

 

「それではルール説明をさせていただきます。使用ポケモンは一体。どちらかが戦闘不能になったところでバトル終了となります。なお技の使用は四つまでとします」

 

 公式戦と同じなのか。

 池の上に設置されたバトルフィールドでは審判のメイドさんが俺たちにも聞こえるようにルール説明をし、二人はお互いのモンスターボールを押し当てている。

 

「よ、良きバトルを」

「良きバトルを」

 

 フィールドに立ってなお緊張しているフジサワという少女。

 あそこまで来るとそろそろ心配になってきたぞ。

 

「只今よりバロネス・ユキノシタ様と同じくバロネス・フジサワ様のバトルお行います。お二方とも準備はよろしいですね。それではバトル開始!」

「いきなさい、オーダイル」

「いくよ、ピカチュウ」

 

 オーダイルの相手はピカチュウか。

 首には黄色い珠を付けてるということはあれが電気玉か。

 

「ピカチュウ、ボルテッカー」

 

 おおい、マジか。

 電気の究極技を覚えてるのかよ。

 バチバチと鳴る電気をまとったピカチュウがオーダイルに向かって突進していく。

 

「オーダイル、ハイドロカノン」

 

 こっちはこっちで完成した水の究極技で迎え撃つのかよ。

 フィールド壊れないかな………。

 

「最初からなんか激しいね……」

 

 横で見ているユイガハマが呆気にとられながら口を開いた。まあ、俺も人のことは言えないんだが。

 まさかあの三つ編み眼鏡の少女がこんな激しいバトルを最初から仕掛けるなんて思いもしないっつの。

 バトルが始まってから速攻でいくか?

 相手はユキノシタなんだぞ。いや、ユキノシタだからこそなのか?

 

「ピカチュウ止まらないよ」

 

 ユイガハマの言う通りピカチュウは止まらない。なんならハイドロカノンに真っ向から突っ込んでいってるまである。

 だが、よく見るとピカチュウにはダメージが通ってないようにも見える。

 

「ピーカッ!」

 

 あれ、オーダイルさん攻撃受けちゃいましたよ?

 マジで?

 ヤバくね?

 

「……なるほど、ボルテッカーとも来ればまとっている電気だけで水を瞬時に分解にまで至らせてしまうのね。いいわ、だったらオーダイル。りゅうのまい」

 

 未だ電気の突進を受けて体をバチバチ言わせているオーダイルが、炎と水と電気を三点張りに発生させ、それを頭上で絡め合わせて竜の気へと作り変えた。

 

「ピカチュウ、10まんボルト」

「ピーカ、チュゥゥウウウ!」

 

 オーダイルが止まっている隙にピカチュウは10まんボルトを打ち込んでいく。

 

「ドラゴンテール」

 

 だがそれを、作り出した竜の気をそのまま尻尾に移動させて、竜の気を帯びた尻尾で弾き、霧散させた。

 

「アクアジェット」

 

 今度は竜の気を身体全体にまとわせ、その上から水のベールをまとってピカチュウに突進していく。

 

「重ねがけかよ」

 

 水に竜の気にどんだけまとえば気がすむんだよ。

 しかも普通に技を出すための竜の気とは違ってその場限りのものではない、攻撃の威力も素早さも底上げしてくれる竜の気ときたか。

 あれ、俺とのバトルでは使ったことないよな。そんなにバトルすらしてねぇけど。

 

「ピカチュウ、もう一度ボルテッカー!」

 

 懲りずにもう一度ボルテッカーで突っ込んくる。

 だが、ヒョイっとオーダイルは躱してしまった。

 りゅうのまいの効果がここで出たな。

 これはもう勝負あったと見ていいだろう。

 

「ドラゴンテール」

 

 切り返したオーダイルは竜の気を再度尻尾へと持っていく。

 そして、勢いをすぐには殺せないピカチュウの背中から叩きつけた。

 

「……ピカチュウ、戦闘不能。よって、オーダイルの勝利とします」

 

 淡々と判断を下していくメイドさん。

 

「皆様、健闘した両ナイトに、そしてポケモンたちに惜しみない拍手を」

 

 ちょっと上の方にあるテラスの部分からイッコンさんのものだと思われる声がした。

 彼女たちに盛大に拍手が送られる。

 ふと、部屋の扉が開かれたような気がしたので流し目で後ろを見やると、青みのかかった黒髪ポニーテールの執事さんが入ってきたところだった。

 


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